任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 えいぞう・番外編2-3


公認デート

真夜中。
真子の自宅に誰かが帰ってきた。
帰ってきた男は、直ぐに二階へと上がっていく。
真子の部屋のドアを、そっと開けた。
真子は穏やかな表情で眠っていた。その側では、ぺんこうが、真子の手を握りしめたまま、俯せになって寝入っている。二人の様子を温かな眼差しで見つめる真北は、この日の疲れを癒していた。

俺の出る幕、無し…か。

そう思って、部屋を出ようとした時だった。

「ちゃんと、仕事を終えて、休み取ったんですよね?」

ムクッと体を起こして、ぺんこうが言った。

「……俺の気配で起きるな」
「いつも、オーラを発しないでください」
「発してないんだがなぁ」
「私の質問には応えないんですか?」
「今日のリベンジ」
「そうですか」
「……その恰好で寝ると、体がガチガチになるぞ」
「添い寝してもよろしいんですか?」
「駄目だな」
「交代しませんよ。明日一日一緒なんですから」
「…………解ったよ。栄三に愚痴る」
「そうしてください」
「ほな、お休み」
「お疲れ様でした、お休みなさい」

ドアが静かに閉まる。その途端、ぺんこうは、再び俯せになり、寝入ってしまった。



リビングの灯りを付ける真北は、ソファに寝転ぶ男に目をやった。
男は、片目を開けて、笑みを浮かべる。

「御自分で、どうぞ」
「解ってる。いつもすまんな」
「休みですよね?」

『休み』の部分を強調しながら、男=栄三は、体を起こした。

「寝ててええぞ」

そう言いながら、真北はテーブルの上に用意されている夜食を食し始めた。

「朝まで愚痴でしょう?」
「眠っている所を無理矢理起こしてからの方が、愚痴り甲斐が
 あるんだけどなぁ」
「聞く身にもなってください」
「やなこった。くまはちは?」
「珍しく寝てますよ」
「そうだろうな。オーラが無い。……で、どうなんや?」

真北が尋ねる『どうなんや?』とは……。

「私だけで充分ですよ。組長には、ばれてます」

栄三が掴んだ情報と、真子がどこまで知っているのかという内容が含まれている。真北が言いたいことは、全て解るほど、共に行動し、同じ思いを抱いている栄三。二人の思いは、一つ…………だけなら、良いのだが……。

「差し障りのない程度に応えておくよ」
「お願いします」

真北は食事を終えて、自分で食器を洗い、綺麗に片付けた後、二つのグラスと度数の高いアルコール、そして、氷を用意し、お盆に乗せ、嬉しそうな表情でリビングへとやって来た。

「真北さんの方は、どうだったんですか? あの後、全くといって良いほど
 情報が途絶えているんですけどぉ」

慣れた手つきで二人分の飲物を用意して、真北に一つ差し出す栄三。

「お前の情報と交換や」

アルコールを一口飲み、真北は栄三をギロリと睨み付けた。

「それなら、こちらも極秘裏に行いますけど、たどり着く先が同じでも
 手を出さないでくださいね」
「ほな、お前に任せておく。明日一日で終わらせろ」
「処理はお任せします」
「………チッ」

舌打ちをして、真北は一気に飲み干した。

「酒豪…」
「慶造よりもな。…八造君には、負けるけどな」
「八やんは、底なしですよ」
「栄三もだろ?」
「まぁ、それなりに、判断力に来ますけどねぇ」

栄三も飲み干した。

「自覚はあるわけか…」
「えぇ…」

沈黙が続く。
氷が弾ける音がした。

「明日……」

真北が、そっと口を開く。

「………無事に帰宅できることを願うよ」
「やっぱり、納まってませんか…ぺんこうは」
「俺に当たってるからな」
「組長命令なんですから〜」
「帰りは、ええから」
「明日も残業ですか」
「俺が居るからなぁ」
「そうですね」

何故か笑い出す二人。
その笑いに含まれる意味は……。




次の日の朝、眠そうな目をしている栄三は、ぺんこうが運転するの自分の車に、強引に乗せられて、帰宅する。
ぺんこうは、仕事なので、栄三の喫茶店のところから、歩くことになる。

「あの人に付き合って、朝まで飲むなっ」
「やめれぇ、ぺんこぉ〜、あたまぁに、ひびくぅ…」
「そして、飲み過ぎてるし…」

項垂れるぺんこうを見て、栄三は笑みを浮かべた。

「なんや、えいぞう」
「いやぁ、仰る通りだなぁと」

栄三の言葉に、ぺんこうは、カチン!
思いっきりアクセルを踏み込んだ。

「ど、どわぁ!!!!」

急発進に対応できず、栄三は座席に背中を強打した。




真子も眠たそうに目を擦りながら、リビングへと入ってきた。

「おはよぉ」
「こんにちは、お姫様。すでにお昼ですよ」

真北がリビングでくつろぎながら、そう言った。

「ごめんなさぁい。………くまはちは?」
「庭ですよ。そろそろお昼ご飯にしますから」
「呼んでくるぅ」
「先に顔を洗ってからにしてください」

真北は、庭に向かおうとしていた真子の肩を掴み、くるりと180度方向変換させて、リビングから追い出した。そして、その足でキッチンへと向かう。くまはちは、リビングから真子のオーラを感じ取ったのか、庭木の手入れを直ぐに終え、素早く片付けてから、リビングへと戻ってきた。

「くまはち、そろそろ昼ご飯」
「組長は?」
「顔洗ってる」
「そうですか」

と言いながら、くまはちもリビングを出て行った。
少しすると、洗面所から真子とくまはちの会話が聞こえてきた。二人のやり取りを耳にしながら、真北は四人分の昼ご飯を作り始めた。
(くまはちだけ、二人分)



食後、くまはちは、庭の手入れを、そして、真子と真北は、庭に面した所に腰を掛けて、くまはちの手入れを眺めていた。

「昨日は、どうだったんですか?」

真北が尋ねる。

「楽しかったぁ。電車で京都へ行くのは初めてだったし、
 時々テレビで観ていた納涼床も、すごく涼しくて、美味しかったよぉ。
 まさか、そこのオーナーが、ささおじさんのお弟子さんの息子さんとは
 驚いたけど……真北さん、知ってた?」
「えぇ。笹崎さんは、たくさんの弟子を世に放ちましたからねぇ」
「今も現役なんでしょう?」
「元気になさってますよ」
「むかいんのこと、気にしてるのかな…」
「気にしてますよ。…真子ちゃんもでしょう?」
「うん……」

小さく返事をして、真子は少し俯いた。

「いつか、思い出しますよ。橋も言っていたでしょう?
 記憶喪失の人には、強引に思い出す行動は危険だと。
 むかいんだって、完全に忘れたわけじゃないと応えたし、
 機会があれば…とも言ってたでしょう?」
「……だって、あの日…無理だったんでしょう?」

真子の言う、あの日とは、真北が連れてきた夫婦と、むかいんの店で会った時のこと。その時は、真北関連の事件に巻き込まれた夫婦だと思っていた真子。しかし、ふと飛び込んできた言葉が気になり、後日、真北にそれとなく尋ねていた。

「あの日の目的は、あのお二人を安心させることでしたから、
 記憶が戻るということは、考えてませんでしたよ」
「………うん……」
「真子ちゃん」
「はい」
「まだ、本調子じゃないんだね…」
「寝過ぎただけ…」

そっと応えて真北を見上げる真子。
その眼差しに弱い真北は……。

「ん〜!!! かわいいっ!」

真子を抱きしめる。

「………真北さん、年齢を考えてくださいね」

はやっ……。

くまはちが、真北の両手を掴み上げていた。

「大丈夫だよぉ」
「駄目です」
「どうして?」

真子が首を傾げて、くまはちを見上げる。
その眼差しには、くまはちも、弱い。

「……続きしてきます」

真北の両手を離し、くまはちは、庭木の手入れに戻っていった。

呆気なぁ……。まぁいいか。

「ねぇ、真北さん」
「はい」
「料亭のオーナーが仰ってたんだけど…」
「何をですか?」

真子の言葉に対して、真北は、たくさんの答えを用意する。
あの料亭のオーナーの事は、色々と知っている。昔のことから、今のことまで。それら全てに対して、真子に差し障りのない程度の答えを、真子が尋ねる言葉までの短時間で用意する程、脳をフル回転させていた。

「紅葉…綺麗なんだって」

空振り。
真北が考えていた質問とは全く違い、的外れな内容だった。

「京都の紅葉も美しいですよ」
「真北さんは、観たことある?」
「えぇ。ありますよ。でも、納涼床の時よりも、観光客が多いですよ」

真子が考えている事は解る。だからこそ、真北は、真子の考えを覆そうと、答えを用意する。

「納涼床は、夏だけだよね」
「えぇ」
「秋は、どうしてるんだろう」
「少し迫り出した場所で、紅葉を楽しめるようにしてるみたいですよ」
「料亭からじゃなくても、紅葉は楽しめるんだよね?」
「えぇ。でも、観光客は多くなりますよ。それに、歩きますし…」

どうしても、避けたい事がある。
真子が人混みに紛れて観光することだ。
真子の立場から避けたい行動なのだが……。

「行きたいですか?」

真子が望むことは叶えてあげたい真北。
避けたいことなのに、どうしても、そのような言葉を口にしてしまう。

「いいの?」

真子だって、自分の立場は解っている。
望みを叶えることは難しい。だけど、やはり、叶えたい。

「一番綺麗な時期に連絡頂きましょうか。その時は、私も一緒ですよ」
「本当に、いいの?」

爛々と輝く眼差しで、真北をジッと見つめ、嬉しそうな笑みをグッと堪えているのか、微かに笑みを浮かべている真子。

だ、だめだ…。

「……かわいいっ!!!」

どうしても、声に出して、そして、行動に出てしまう。またしても、真子をギュッと抱きしめてしまった真北。
この時ばかりは、くまはちの阻止が無かった。

ったく…どうして、いつも負けるんですか…真北さぁん。

と思いながらも、

紅葉となると、あれだな…。

流石、敏腕ボディーガードのくまはち。
真子が紅葉刈りに行く日の護衛のシミュレーションを、脳が自然と考え始めていた。





紅葉が美しい時期がやって来た。

が………。

「すごぉおおおおい!!!」

真子の眼差しが輝いていた。

「真っ赤!! 綺麗!! そして……人も多い…」

真子が見渡す景色の中には、美しい紅葉だけでなく、大勢の観光客の姿もあった。

「真北さんの言った通りだったね」
「そうですよ。でも、その真北さんも……ここまでは想像してなかったでしょうね」
「……また、嘆くんだろうなぁ」
「仕方ないですよ。無茶しすぎです」
「ほな、えいぞうさん」
「はい」
「本日も、宜しくお願いします!」
「では、ご案内致しましょうか、真子ちゃん」

真子と腕を組んで歩き出す栄三。
本来なら、真北とくまはち、そして、まさちん、ぺんこう、むかいん…と、いつものメンバーで来る予定だった紅葉刈り。そういう予定にしていた真北たち。しかし、いつもの行動が、今回ばかりは裏目に出てしまった。

真子が安全に、安心して楽しめるように。

真子の予定に合わせて、周りの危険を排除するように、いつも以上に動く三人の男。
その予定に合わせて、仕事を切り詰める一人の男。
食事でも楽しめるようにと思っていた一人の男。
誰もが、この日に合わせて動いていたのに、それが……。

「ったく…真北さんはぁ」

真子が少し膨れっ面になってしまう。

「仕方ありませんよ。まさか、あのような行動に出るとは
 くまはちでも予想できなかったでしょうし…」
「…それだけ、敵の能力がアップしてるということか…」
「えぇ」
「……須藤さんたちも、張り切るから…」
「予想を遥かに超える量でしたね…あれは…」

須藤達が用意した資料が、あまりにも膨大だった為、この日までに処理できなかった、まさちん。そのまさちんだけに任せてられないと、軽傷で済んだくまはちが、手伝っている。

「むかいんは、仕方ないかぁ」
「まさかの人員不足は、私でも考えられませんでしたね…」

むかいんの店の料理人の半数が、なぜか、この日に限って、身内に何かが起こってしまったらしく、突然の休み。料理長であるむかいんは、真子に言われて、仕事に出掛けてしまった。

となると、真子の楽しみを奪いたくない男達に、渋々頼まれてしまったのは、栄三。
栄三自身、この日の予定は、真子を影から守る事だったのだが、表に出ることになり、そして、今に至るのだった。

「健も一緒に来たら良かったのにね」
「店を閉められませんから」
「たまには、いいやんかぁ」
「駄目ですよ」

そりゃぁ、この日の為に、真北たちへ情報を渡す仕事を休み無しで続けていたら、健だって、倒れてしまうに決まってる。兄としての心遣いなのだが、本音は違う。

二人でデート。

「健が一緒だと、紅葉を楽しめませんよ」
「そっか…ずっと笑いっぱなしだよね」
「笑いすぎて疲れてしまいますよ」
「それでも、楽しいなら、良いのになぁ」
「では、来年は、健も一緒に」
「みんなで楽しもうね!」
「張り切らないように、学習しまぁす」

栄三の言葉に、真子は大笑い。

「私も気をつけまぁす!」

二人の笑顔は、紅葉に負けないほど、輝いていた。
二人の本来の姿を知らない者達には、素敵な恋人同士にしか見えない。
周りの目を気にせずに、真子と栄三は、たくさんの観光客の流れに逆らわないように、紅葉が続く道を歩いていった。



お昼時。
真子と栄三は、紅葉がたくさん見え、尚かつ、狙われにくい場所に敷物を広げ、腰を下ろした。栄三が自分の上着を脱いで、真子の膝に掛ける。そして、真子のリュックから、お弁当箱を取りだした。
もちろん、それは…。

「おおぉぉぉっっ!!! 紅葉に負けてない!!」

むかいんお手製のお弁当。
紅葉と同じ感じの盛り合わせになっていた。

「やっぱり、時期に合わせたメニューも必要か…」

客商売を営む栄三が、呟く。

「喫茶店のメニューには、難しいでしょう? 秋だよ?」
「かき氷は、夏ですし…。軽食の方に考えてみましょうか…」
「……そこまで凝らなくても…」
「お客様には、和んでいただきたいですからねぇ」
「負けず嫌い……」

真子が呟く。

「……その通りですよ…。私は負けず嫌いです。…次のお弁当は
 私が作ります」

栄三が断言した。

「むかいんが、黙ってないよ?」
「……そうでした………」

むかいんの怖さは、誰もが知っている。
今でこそ、笑顔の料理人として過ごしているが、その昔、店を持つ前は……。

「私が行った時の食事にしてね!」
「そうですね。では、真子ちゃん特別メニューということで」
「楽しみにしてる!!」

真子の笑顔が更に輝く。

……う〜ん、期待通りに出来たら、ええんやけどなぁ。

その笑顔に負けないようなメニューを考えるものの、難しいかもしれない。そう思った栄三の表情は、ちょっぴり引きつっていた。



昼食を終えた二人は、暫くの間、紅葉と観光客を眺めていた。

「ねぇ、えいぞうさん」
「はい」
「色々な表情があるね…」
「そうですね。みんな、和んでいますね〜」
「………になると……いいね…」

組長…。

真子が、そっと呟いた言葉に、栄三は何も言えなかった。
真子の気持ち、いや、慶造やちさとが抱いていた思い。それは、自然と真子に引き継がれている。それを改めて感じたからだった。

「…!!! ……眠いなら、仰ってくださいよぉ」

急に栄三の肩にもたれかかってきた真子。
食後の眠気に襲われていた。

「このような襲撃なら、嬉しいことですけどね、組長。
 …組長の想い、叶うように…がんばりますよ。例え、
 怒りに触れようとも、私の思いは、あの日から………」

変わってませんよ……、ちさとさん。

そっと笑みを浮かべた栄三は、寒くないようにと、真子の肩に手を回し、真子の頭に自分の額をそっとくっつけた。
まるで、壊れそうなものを包み込むかのように……。



「真子ちゃん、起きてください」

栄三が、優しく声を掛けると、真子が目を開けた。
その表情は、栄三の何かを刺激した。

やばい……。

「そろそろ移動しましょう。夕焼けも美しい場所があるんですよ」
「オーナーが教えてくださったところ?」
「えぇ。そろそろ向かわないと、夕焼けに間に合いませんよ」
「そっか! ほな、出発ぅ〜」
「はいなぁ〜」

寝起きが悪い真子だが、この時だけは違い、目覚めた途端、元気に動き始めた。
この時、栄三だけでなく、真子自身も心拍が高くなっていた。
真子は、栄三が額をくっつけてから、暫くして目を覚ました。しかし、栄三が全く動かない様子の為、そのままの姿勢で、暫く様子を伺っていた。
すると、栄三の寝息が聞こえてきた。

えいぞうさん…眠っちゃった…。
やっぱり、無理してたのかなぁ。
ゆっくり休んでるのかなぁ。

そう考えていた時だった。

「好きです………ちさとさん。…でも…今は……」

寝言を耳にしてしまう。
その言葉を耳にした途端、真子の心拍が高くなり、体を強ばらせてしまう。
その動きが、栄三を眠りから目覚めさせてしまった。

俺まで寝てどうするんだよ…。
やっぱし、無理が来たか…。寝てないもんなぁ、三日ほど。

気を取り直して顔を上げ、時刻を確認すると……。

真子が目覚めた途端、動けた理由は、そこにあった。


「忘れ物無し! では、お願いします」
「行きますよぉ」
「どこまで?」
「少し小高いところになりますから、ハイキングに近いですねぇ」
「私は元気だけど、えいぞうさんは、大丈夫?」
「平気ですよ」
「ほんとにぃ?」
「えぇ。元気が無かったら、こうして、ここに来てません」
「そっか。えいぞうさんは、正直な人だったっけ」
「嘘つきですよ?」

栄三の言い方に、ちょっぴり棘がある。

「もしかして、まだ……根に持ってる?」
「いいえ。あれは、すでに水に流しました」
「それなのにぃ〜」
「反抗的なだけですから」
「そうだった……」
「……納得しないでください」
「ええやんかぁ」
「…意地悪」

そのようなやり取りをしながら、二人は恋人同士を演じながら、目指す場所へと歩いていった。



夕焼けまで時間があった。
だからこそ、とても良い場所に立つことが出来た。
暫くして、夕焼けが美しく見える場所を知っている人達が集まってくる。
真子と栄三は、しっかりと寄り添い、夕焼けになるのを今か今かと待っていた。


陽が落ちてきた。
先程まで青かった空の色が変わっていく。
紅葉に負けないくらいの真っ赤な夕焼けが始まった。
見ている人達から、声にもならないような、不思議な吐息が広がっていく。真子も同じような声にならない吐息を漏らす。

「素敵だね…。…いつも…ありがと、えいぞうさん」

そう言って、真子は栄三を見上げた。

「どういたしまして」

素敵に微笑む栄三の顔は、夕焼けに染まって、真っ赤になっていた。



真子と栄三は帰路に付く。

「疲れてませんか?」

栄三が気を遣う。

「それは、私の台詞ぅ」

真子も気を遣っていた。

「滅多に歩きませんから、疲れたでしょう? この後、電車で
 帰ることになるんですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫だもん。でも、途中で疲れたら背負ってもらうもん」
「真子ちゃんを背負うほど、元気はありませんよ」
「ほらぁ、無理してる」

ギクッ…。

「みんなに合わせて、それ以上に張り切ってたんでしょう?
 それなのに、どうして?」
「……確かに、仰る通りなのですが、今日は、あいつらが
 強引に交代したんですから」
「……そうなの?」
「えぇ。いつもなら、私が三人分プラスで動くのに、今日は
 違ってましたよ。…まぁ、真北さんの場合は、無理なのは
 明らかなのですけどね。一番奨めたのは、ぺんこうですよ?」
「知らなかった……でも、驚いたぁ」
「どうしてですか?」
「えいぞうさんと二人っきりには、させてもらえないんだもん。
 なんでかなぁ」

真子は首を傾げていた。

「そりゃぁ、誰もが私の思いを知ってるからでしょう」

自信ありげな表情で、栄三が応えた。

「お母さんが好きぃ〜ってこと?」
「そうですね」
「私を通して、お母さんを思ってるってこと?」
「それもありますね」
「いつの間にか、私の事を一番に考えてるってこと?」
「それは昔からですよ」
「私に内緒で無茶しそうだから?」
「そうでしょうね…って、あっ……」

慌てて口を噤んでも遅い。
珍しく、真子の言葉巧みな(?)誘導に負けてしまった。

「私の為に、無理しないでしょぉ」
「すみません…。でも、楽しみにしていたでしょう?」
「その通りだけど…」

真子の表情が、ちょっぴり暗くなった。

ったく…。

栄三は、真子の肩を抱き寄せ、

「その疲れが吹き飛ぶほど、楽しみました。私の方こそ、
 ありがとうございました」

優しい声で、そう言った。

「え、えいぞうさんっ!!」

いつも真子の前で見せる雰囲気とは違う栄三。
それは、さながら、女性をくどく時の雰囲気なのだが、栄三自身、そのようなオーラを発していることには気付いていない様子。
やっぱり、疲れている……。

「どうされました?」

本当に気付いていない。

「大丈夫???」

栄三の方が、真子よりも体力的に来ているらしい。

「大丈夫ですよ」

とは言うものの、このままでは、電車で帰るのは、本当に……。
その時だった。
二人が歩く道の先に、見慣れた男が三人立っていた。

「あれ?????」

真子が、妙な声を発した事で、栄三は我に返る。




「…やっぱり、お前の言う通り、完全に参っとるな」
「あの報告書の細かさから、どんな動きをしていたのかは、
 深く考えなくても解ることだ」
「だから、俺は電車で先に帰るって言っただろぉ」
「帰る先は一緒なんだから、ええやろが」
「帰ってからでは、遅いだろ!」
「遅くなっても大丈夫だ」

青い服を着た男と金のメッシュが髪に入った男が言い争い始めた。

「気付かない程だぞ…どうする?」

前髪が立った男の眼差しが変わった。

「ここまで待ってやれ」

青い服を着た男が、言い放つ。

「じゃかましいっ!」

前髪が立った男が短く怒鳴る。
苛立っていた。
三人が見つめていた男女が顔を上げ、女性の方が、嬉しそうに手を振ってきた。




真子は、道の先で待っている、まさちんたちに気付き、手を振った。

「ねぇ、えいぞうさん」
「はい」
「誰だと思う?」
「そりゃぁ、くまはちでしょう。まさちんは、こういう事には疎いですから。
 むかいんも気付いているでしょうね。でも、強引に連れて来られた…と
 いうところでしょう」
「結局、ばれてたんだね、えいぞうさんの体調」
「それなら、俺を選ばないで欲しかったなぁ」
「私とのデート、嫌だったの?」
「嬉しいことですけど、あいつらの代わりというのが、嫌ですね」
「……後半は…嘘…?」
「正解ぃ〜」

それ以上、言葉にしなかった。いや、出来なかったのだ。
まさちんたちに近づいた途端、真子の表情が、更に明るく変わっていた。ほんの少し前まで、二人っきりの雰囲気を楽しんでいた時も、輝いていた真子の笑顔。それが、まさちんたちを前にすると、更に輝いている。

真子の周りにいる男達の中で、二番目に真子との付き合いは長い栄三。
しかし、一緒にいる時間は少ないことは事実。
その時間の影響が強いのだろう。

負けた気分だなぁ。



「どうしたん?」

真子は、まさちんに冷たく尋ねた。

「電車で帰るのは無理だろうと思いまして、こうして、
 わざわざ、ここまで迎えに来ました」

刺々しく応えるまさちんの脛に、真子は蹴りを入れた。

「っ!!!!!」

予想以上の強さだったのか、まさちんは脛を抑えながら飛び上がる。

「くまはち、むかいん、ありがとう。お疲れの所、ごめんなさい」
「気になさらないでください。本来なら、自宅の方で待ってるはず
 なのですが、誰かさんに、強引に連れてこられました。なので
 夕食、遅れますが…よろしいですか?」

むかいんの言葉が、チクチク刺さるまさちんは、恐る恐る顔を上げた。

「それなら、俺の店でのんびりしろ」

栄三が応える。

「厨房借りてもええんか? 材料はあるんか?」
「健に連絡しとけ」

そう言って、懐から携帯電話を取り出し、むかいんに渡した。
むかいんは、直ぐに連絡を入れた。

「組長、大丈夫ですか?」

くまはちが、そっと声を掛ける。

「…それよりも、そっちは、どうなったの?」
「報告は明日に致します。まだ、まとまってません」
「珍しい……。もしかして…」

真子が思った通りなのか、くまはちは、優しく微笑むだけだった。

「くまはち、急げ。健をいじめる口実が無くなる!!」

連絡を終えたむかいんが、何かを企んだのか、突然、声を張り上げた。

「ここから、えいぞうの店まで、1時間15分は掛かるぞ」
「だからだよ! 頼んだ品物と下ごしらえは、1時間半掛かるのに、
 健の奴、50分で終わらせると言い切った!」
「捌け口を、健にするなよぉ。後で、俺が大変なんやぞぉ、むかいん〜」
「ええやろがぁ。ほら、早く!!」

急いで駐車場へと走り出したむかいんだが、真子達は、ゆっくりと歩いていた。
駐車場に来た真子達。栄三は、真子を後部座席に座らせ、自分は助手席に座った。運転は、くまはちだった。隣り合わせた栄三とくまはち。その途端、鈍い音が響いた。

こるるらぁ、八やん…てめぇ。

くまはちの拳が、見えない速さで、栄三の腹部にぶち当たっていた。
その拳に含まれる意味は、深く考えなくても解る。
栄三の行動、そして、真子への接し方に、くまはちは、怒っていたのだった。

「時間的に、残業してる男も一緒になりそうだから、
 そのつもりでな」

後部座席の真子の隣に座ったむかいんが、思い出したように言った。

「いわずもがな。…って、もう寝てる…」

車が発車すると同時に、真子は、まさちんにもたれかかるように眠ってしまった。

「えいぞうぅ、無茶させるなと念を押しただろがっ」
「しゃぁないやろ。場所が場所やねんから」
「……言い争うのは、組長が居ない所にしてくれよな…」

低い声で、くまはちが、二人の言い争いを阻止した。
真子が寝ている。
起こすような事は……という意味も含まれていた。

「到着した時は、むかいん、よろしく」
「………あのなぁ……」

真子は、まさちん以外の男達には、怒らない。それを思っての、まさちんの言葉だった。

車は、渋滞に巻き込まれることなく走り、予定の時間より少し早く、栄三の店に到着した。むかいんに、やんわりと起こされる真子は、この時も、寝起きは元気だった。

珍しい…。

真子の寝起きが悪い事を知ってる者達は、非常に驚いていた。


早速、厨房を借りて、むかいんが夕食を作り始める。その傍らで、健も手伝っていた。
むかいんの嫌味を、ちょびっと受けながら……。



夕食が仕上がった頃、残業していた男が、店にやって来た。

「ぺんこう、お帰りぃ、お疲れ様ぁ」
「組長、お帰りは、可笑しいですよ。ここは、自宅に値しません」

妙な言葉を発しながら、真子の側に歩み寄る、ぺんこう。

「どいつもこいつも、嫌味しか言わんのか…」

店の片付けをしながら呟く栄三。

「何か言ったか、えいぞう。…聞こえへんけどぉ…」

ぺんこうが、聞こえていたくせに、尋ねると、

「なぁんにも。こうやって、ここに集まるのは、珍しいなぁと
 思って呟いただけや」
「それも、そうやな。特に、むかいんが、珍しい」
「まぁ、今日の延長戦ってとこや。本来なら、こうやって、
 みんなで楽しみたかったんだってさ」

栄三は、珈琲を煎れながら、カウンター席に座ったぺんこうに言った。

「組長、そう言ってたのか?」
「あぁ。俺にとっては、二人っきりというのは嬉しいことだけど、
 組長にとっては、みんなが大切だからさ…」
「その中で、奴だけは、一番だもんなぁ〜」
「そうやな。…だからこそ…」
「いじめたくなるんだよなぁ」

ぺんこうが、珈琲に手を伸ばしながら言うと、

「だから、いつも以上に情報を細かくしたんやけどなぁ」

栄三がしみじみと応えた。

「それが、徒となったんやろが。あほ」
「充分反省してます。…と同時に、癒されました」
「ちゃんと休んでおけよ。組長が心配する」

そう言って、ぺんこうは、珈琲を一口飲む。

「先に珈琲?」

真子が声を掛けてきた。

「食前珈琲ですよ」
「本当に、珈琲が好きだよね、ぺんこうは。特にえいぞうさんが
 煎れた珈琲…好きだよね!」
「私以外に美味しい珈琲を煎れるのは、えいぞうだけですから」
「えいぞうさんの得意分野だもん」
「親父譲りですけどね」

栄三は軽くウインクをしながら、真子に応えた。

「おじさんも誉めるほどだもん」

真子の笑顔が輝いた。

「お待たせしましたぁ」

たくさんの料理を手に、むかいんと健が厨房から出てきた。くまはちも運ぶのを手伝って、栄三の店にあるテーブルにたくさん乗せられた。

「むかいん、はりきりすぎ!」

真子が、嬉しそうに言うと、

「これでも足りないと思いますよ」

真子以上に嬉しそうな表情で、むかいんは応えた。

「では、いただきます!!」

それぞれが、料理に箸を運びはじめた。





真子達が帰った店は、とてもガランとしていた。
少し寂しさを感じながら、この日の真子とのデートの時間を思い出し、栄三は、明日の準備に取りかかっていた。

「兄貴ぃ、明日の買い物も済ませたから」
「ありがとさん」
「組長、楽しんでた?」
「恐らく、今頃、ぺんこうにもたれかかって寝てるだろうな」


栄三が言った通り、帰路に付く車の中で、真子はぺんこうに寄りかかって眠っていた。


「それで、言ってたメニュー、取り入れるん?」

健が言うと、

「むかいんには、負けてられへんし」

栄三は張り切ったように応えた。

「むかいんに教えてもらった方がええって」
「お前が手伝った時に、何か感じなかったんか?」
「…取り敢えず…、盗めそうなものは、頭に叩き込んだけど、
 無理やって。難しそうやもん」
「そういうものこそ、やりがいがあるってこった!」
「兄貴…やる気満々…、どないしたん?」
「内緒や」

何かを企んだように笑みを浮かべた栄三。
この日、栄三の心の奥底に眠る何かが、目を覚ましたのは、言うまでもない。

「明日から、もっと忙しくなるで。覚悟しとけや、健」
「はいなぁ!!」

栄三の店の灯りが消えた。
そして、辺りが静かになる。
次の日からの栄三の行動は、誰も予想できないものだった。



(2015.11.16 UP 改訂版2016.5.22. UP)



番外編・短編 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP





※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。



Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.