任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 むかいん・番外編2-2


笑顔の料理人の暴走

真子の事務室にある応接室。
真子の前には、三人の料理人が座っていた。
それぞれの前に、まさちんがお茶を差し出す。
おいしい香りが漂い始めた。
料理人達の目は、まさちんが差し出したお茶に釘付け。

「本当に……美味しそうですね……」
「香りだけで解ります」
「心が落ち着きます……」

それぞれが、口を揃えて言った。

「ありがとうございます」

まさちんは、優しく微笑み、応えた。

「むかいんが何か…大変なことでも?」

真子が親の目で料理人達に尋ねる。

「その…………」


料理人の一人が、そっと口を開いた。




むかいんの店・厨房

この日も豪快な動きと炎で、むかいんが調理中。
いつもと違う感じのむかいんを側で働く料理人達が、驚きながら横目で見つめ、手を動かしていた。
料理を皿に盛る。そして、飾り付けを終えたむかいんは、

「8番テーブルできた」

そう言って、皿をカウンターに置き、次の調理に取りかかる。
やはり、豪快な炎で調理をしている。それはそれは、無表情で………。
観ていて、こ、恐い……。

「料理長、あの…」

一人の料理人が、恐る恐る声を掛けた。

「ん? 仕込み、頼んでいいか?」
「はい」

あれ? いつもと同じだ…。

「いつもの2倍でよろしく」
「はいっ!」

むかいんの言葉に、元気よく返事をし、仕事に取りかかる料理人。
先程まで尋ねようとした事をすっかり忘れていた。
炎が勢い良く上がり、厨房を一瞬、赤く染めた。
厨房で働く料理人達は、一瞬、手を止め、振り返る。

えっ……???

むかいんは、何事も無かったような表情で、調理を続けていた。




「それが、もう1週間も続いているんです。
 料理長は平気な表情をしてるんですが、私たちは
 気が気でありません!!」
「ご自宅の方で、何か、遭ったんですか?」
「まさちんさん、まさかと思いますけど、料理長にちょっかいを…」

突然呼ばれて、まさちんは、目を丸くする。

「まさか、まさちん…私の知らないところで、むかいんにぃ〜?」
「してませんよ!! からかわれるのは、私の方ですっ!!」

思わず反論する。

「当たり前やん」

真子の言葉に、一同、ずっこける。

「それにしても、どうしたんだろう。家ではいつもと変わらないんだけど…」

真子は腕を組み、口を尖らせて考え込む。

うわぁ、真北さん、そっくり…。

まさちんは、思った。そして、ちらりと料理人達を観ると……。

なんとなく、真北さんに似てるような…。

どうやら、真子を見つめる料理人達も同じ事を考えているらしい。
思わず笑みを浮かべるまさちんだった。

「取り敢えず……向かいますか」

真子は、そっと応えた。



夕方。
真子とまさちんは、帰宅する前に、むかいんの店に足を運ぶ。
真子は、廊下から見える厨房をそっと覗き込む。まさちんは、店の入り口で、店長と話しはじめた。
厨房には、真子の目線に気付くことなく、仕事をしているむかいんの姿があった。その真子が見つめる前で、むかいんは、炎を勢い良く上げた。誰もが一瞬、目を奪われる。
むかいんは、いつもと変わらない表情で調理中。
炎の勢いが衰え、調理を終えたのか、むかいんは、皿に盛りつける。そして次の料理にとりかかった。

「組長」
「ん?」
「店長も仰ってました。料理人だけでなく、店の従業員
 みんなと……」

まさちんは、言葉を濁した。

「…ったく…しゃぁないな…」

そう言って、真子は慣れた感じで、厨房に続くドアを開け、厨房へと入っていった。



むかいんは、次の料理に取りかかり、材料を炒めようと気合いを入れ、そして、炎を……。
料理を皿に盛りつけた時だった。
視界に入る料理人ではない服装。
むかいんは、目線を移した。

「!!!! 組長! こちらには…」
「むかいん。気付いてないでしょ?」
「えっ?」
「何か不満でも?」
「いいえ、何も」
「いつもと違うんだけど…何かあった? 相談にのるよ?」
「……組長……。あの……仰ることが解らないのですが…」
「気付いてないんだ…」
「何か違うところでも…?」

むかいんは、悩み出す。
あれでもない、これでもない。
自分はいつもと同じなのだが…。

「むかいん」
「はい」
「それと同じ…炒め物…作ってくれる?」
「は、はぁ…」

真子に言われて、同じ料理を作り始めるむかいん。
材料を用意し、切り、そして、フライパンに油を敷いて……。

炎が上がった。

「むかいん」
「はい」
「それ」
「えっ?」

炒め物を終え、皿に盛りつける。

「組長…一体、私の何が…?」
「炎……上げすぎ」
「えっ??????」

真子に言われても、自分の変化に気付かない様子のむかいんだった。



むかいんの店・控え室。
むかいんは、頭を抱えて座り込んでいた。

「気付かなかった……それでか……。最近、私に対しての
 眼差しが…違っていたのは…」
「それには気付いてたんだ」
「はい。何かに恐れるような眼差しを感じてました。でも、みんな
 いつもと変わらないから……」

むかいんは、顔を上げる。

「組長。私…一体……」

不安げな眼差しで真子を見つめた。

「変わってないよ。でも、その一部だけ変わった」
「もしかして、私……調理中に……本能が……?
 もし、そうだとしたら、俺…………これからは…」

むかいんは自分の両手を見つめた。
その手が、少し震え出す。

ったくぅ。

真子は、むかいんが考えている事が解っていた。
恐らく、自分の本能と好きな仕事が重なり合って、仕事中に本能が目覚め、それが原因で、仕事仲間を傷つけてしまうのではないだろうか…。
そう考えていた。

「大丈夫。料理している時のむかいんは、違うよ。
 でも、どうしてだろう……炎を使うときだけ、
 いつもと違っていたんだけど…。表情は同じなのに、
 なんだろう……」

真子が腕を組み、口を尖らせて考え込んでしまった。
こうなると、誰が声を掛けても、何が起こっても、動くことはない。
暫く、沈黙が続いた。

「もしかして……」

真子は、何かに気付いたのか、

「まさちん、松本さんに電話」
「は、はぁ…」

真子の言動が今一理解できないものの、まさちんは言われるがまま、松本に連絡を入れた。

『どうした、まさちん』

出た途端、松本は必ず、こう応対する。

「組長が連絡を…ということなので、変わります」
「松本さん、今、事務所に帰ってるところですか?」

電話を変わった途端、真子が尋ねた。

『須藤の事務所ですが…』
「そうだったの???」
『えぇ。次の仕事のことで、長引いてしまいまして、
 そろそろ帰ろうかと思ったところなのですが、何か
 問題が御座いましたか?』
「すぐに、むかいんの店に来てくれませんか?」
『は、はい!』

松本は、直ぐに電話を切った。

「……焦ってる??」
「どうされました?」

真子から電話を受け取りながら、まさちんが尋ねる。

「いつもなら、丁寧に応対するのに、直ぐに切った。
 …私、何か焦るようなこと、口にしたのかな…」
「いいえ、何も」

と話している間に、松本が須藤と一緒に、厨房へと駆け込んできた。

「組長!!」

その慌てっぷりは、想像以上だった………。



「えっ? 炎??」

真子の話を一通り聞いた松本が、驚いたように声を挙げた。

「そうなの。むかいん自身が気付かないほど勢い良く」
「こちらのコンロは、プロ専用の品物を用意しましたが、
 その後のメンテナンスでは、問題は御座いません」
「うん。それは、私も知ってる。だけど、むかいんは
 思いっきり炎を上げるんですよ」
「う〜ん」

誰もが悩み出す中、一人、蚊帳の外のような状態だった須藤が、ふと、口にする。

「自宅で何か変わった事は?」
「…最近、IHヒーターに替えたくらいですよ」
「最新のものですね。それって、確か、炎は見えないんですよね」
「うん。ちょっと物足りないけど、いつも以上に素敵な料理だよ」

真子が嬉しそうに応えるものだから、むかいんの表情は、綻んでいた。

「それですよ」

須藤の言葉に、一同、首を傾げる。

「それって、何??」
「IHヒーター」
「なぜ????」

更に首を傾げてしまう。

「むかいん、料理人にとっての炎は?」
「命に近いですね」
「目にしないときは、どんな感じだ?」
「なんとなく、物足りないですね。だから、私は、炒め物の方に
 力を入れているんですが…」

その言葉に、その場にいる料理人達は、頷く。

「……もしかして、自宅で、炎を目にできない分、俺…
 体のどこかが、無意識のうちに、炎を求めて……?」

誰もが、むかいんに目をやった。

「だから、俺…ここで、いつも以上に???」

沈黙が広がる。

「松本さん、明日早くにでも良いから、自宅のコンロ…
 元に戻してください」

真子が言った。

「でも、あのコンロは、炎の勢いが足りないということで、
 IHに替えたんじゃありませんか?」
「そうだった…」

再び、沈黙……。

「自宅のコンロも、ここと同じやつにしたら、ええんちゃうんか?」
「同じだったのが、使いすぎて…」
「でも、ここの炎、勢い良いんやろ?」
「替えたの?」

須藤とむかいんの会話が気になったのか、真子が尋ねた。

「少し、調整し直しただけです」

松本が応えると、真子は再び考え込む。

「それなら………あのコンロも調整すれば、大丈夫かも…」
「…そうですね。では、あのコンロと同じもので…」
「いや、もう少し、強めにしてあるもの、無理かなぁ」
「メーカーにお願いしてみましょう」
「よろしく!!」

またしても、真子が決めてしまった………。
側では、まさちんとむかいんが顔を見合わせて苦笑い。そんな二人の表情に気が付いて、須藤は笑いを堪えていた。




真子の自宅・キッチン。

「それでは、こちらはお聞きしました通り、向こうへ
 運んでおきます」
「お願いいたします。向こうには、伝えておりますので
 その通りにお願いいたします」
「かしこまりました。それでは、失礼します」
「ありがとうございました」

むかいんは、業者を見送った後、新しく設置されたコンロを眺めていた。
そっと手を伸ばし、火を付ける。
火力が強い。
にんまりと笑みを浮かべたむかいんは………。



「ただいまぁ〜。むかい〜ん、ビルの方は、ちゃんと設置してたから
 大丈夫だよぉ〜〜………って………むかいん……??」

ビルから帰ってくるなり、キッチンに迷わず向かっていった真子は、キッチンに入った途端、目が点になる。

「お疲れ様でした組長。ありがとうございます」
「…う、うん……あの……むかいん…」
「はい」
「今日は、くまはち……帰らないよ?」
「えぇ、存じてます」
「ぺんこうは出張だよ?」
「はい」
「………まさちんと真北さんと私…そして、むかいんの
 四人なんだけど……その……」

真子に振り返るむかいん。

「うわぁっ、なんやこれ。そんなに新しいコンロが嬉しいんか、むかいん」

驚いたように声を張り上げる、まさちん。
そう。
キッチンのテーブルには、もう、皿を並べる隙間すら無い程、料理が並んでいた。

「あっ、その……つい…」
「食材…」
「買い足した。…あまりにも求めていた火力だったものだから、
 腕が停まらなくなってしまって……」

そこにタイミング良く、真北が帰ってきた。

『ただいまぁ〜。今日は早めに切り上げましたよぉ』

玄関先から聞こえてくる言葉。
早めに切り上げたのではなく、ぺんこうが出張ということで、これは、チャンスだとばかりに、原とくまはちに仕事を押しつけて、さっさと帰ってきただけなのだが、

「お帰り、真北さん! 早く帰ってきて正解だよぉ」

リビングのドアまで迎えに出る真子の笑顔に負けたのか、

「待っててくれてありがとぉ」

真子を抱きかかえて、頬にチュウ……。
呆れるまさちんを余所に、真北はキッチンのテーブルに並ぶ料理を見て、目が点。

「今日は四人だぞ…大食いは一人だけだが…」
「すみません…つい、その……」

真北の言葉で、やっとこさ、自分の行動に反省するむかいんだったが、

「……むかいん、そんなに嬉しかったのか?」

真北の嬉しそうな言葉に、思わず

「はい! 求めていた火力だったので、考えていた試作品を
 全て作ってしまいました!」

元気よく応えていた。

「IHは、無事にビルの方に設置したよぉ。あれはあれで
 使える料理もあるんだって。みんな喜んでいたよ。
 すっごく高額な代物だって驚きながら」
「ということは…あいつら、徹夜してるんじゃ…」
「新たなメニューを考えてた」
「明日は試食か…楽しみだなぁ」

むかいんの眼差しが輝く。
その眼差しを観て、真子の笑顔が輝いていく。
そんな真子を見つめる真北は、顔が、どんどん弛んで………。

リビングの電話が鳴った。
直ぐ側に居た真北が受話器を手にし、応対するが、直ぐに切った。

「誰から?」

真子が尋ねるが、

「間違い電話でしたよ」

即答して、着替えに上がる真北だった。

ありゃ絶対、ぺんこうだな…。
あぁ。俺知らんぞぉ。

むかいんとまさちんが、静かに語り合うように、電話の相手は、ぺんこうだった。



真北は部屋に入り、上着を脱いだ時だった。
携帯電話が鳴り出した。

「なんや?」
『…勝手に切らないで下さい…というより、原さんと
 くまはちに仕事を押しつけて、さっさと帰らなくても
 よろしいんじゃありませかっ?』
「ええやろが。休み無しやったんやで」
『それでもねぇ……』
「で、なんやねん」
『その……』
「コンロだったら、新しいのん来たで」
『むかいんが作りすぎて、食べられないんじゃないかと思って
 心配して電話を掛けたんですが…』
「その通りや。ちゃぁんと、お前の分、残しておくから。
 想像以上の作りっぷりやぞぉ」

真北は、着替えながら、ぺんこうと電話をしていた。

『そこまで、追い込まれていたんですか。驚きですね』
「まぁな」
『組長には、食べ過ぎないように、しっかりと……』
「伝えておくから。そろそろ夕食の時間ちゃうんか?
 時間厳守やぞ」
『解っております』
「帰ってくるまで、お預けや」
『……ったくっ!!! では、お休みなさい』

電話が切れた。

「何もそんなにムキにならんでもなぁ」

優しく微笑みながら、部屋着を身につけた真北は、直ぐに部屋を出て行った。

『真北さぁん、早く!!』
「直ぐに行きますよぉ」

キッチンから、真子の元気な声が聞こえていた。
キッチンに入ると、むかいんが、料理の説明を始めていた。
しっかりと耳を傾け、そして、口に運ぶ真子。

「うんうん! そういう感じ!! ね、ね!これは?」
「こちらは……」

真子の期待に応えるように、むかいんが語り出す。
その二人を見つめる真北は、心を和ませていた。
まさちんは、こっそりと横からつまみ食いしてるのだが、むかいんと真子には、気付かれていなかった。


その日を境に、むかいんは、職場で激しい炎を上げることなく、いつもよりも素敵な笑顔と腕で、更に客を和ませ、厨房で働く料理人達を魅了させていた。

「25番、出来ましたぁ」

むかいんの元気な声が、今日も店を和ませる………。


厨房の片隅に、IHヒーターが、静かに陣取っていた。
もちろん、ちゃぁ〜んと働いている。







「へぇ…そうなんや…」

理子が静かに言った。

「うん。だから、この話は、辞めた方がええで…」

そう応えて、真子はテーブルの上に広げているカタログを閉じた。

「まぁ、別に、これにせんでも、危険なことはしっかりと教えたら
 ええことやし、それくらい、理解もするやろうし…」
「側に寄るのは、それが解ってから…ということで」
「そうやなぁ。…これよりも、危険…やわ…」
「……うん」

静かに語り合った理子と真子は、目線を移す。
そこは、キッチン。
そこで、夕食の準備に張り切る一人の男の姿があった。
炒め物をする男の笑顔は輝いている。
素早く皿に盛る動きが、とてもリズミカル!
煮物の火加減を確認しながら、次の料理に取りかかる笑顔の料理人・むかいん。
ふと、目線が気になったのか、リビングのソファで語り合う二人に振り返った。

「あと二品ですから」

そう応えて、再び調理に夢中になる。

「…ほんと、好きやなぁ…」

理子が呟いた。

「しゃぁないやん。理子より、料理が一番やし」

真子が、理子をからかうように言うと、

「その料理より、更に上が、あるんやけどなぁ」

ちょぴりふてくされたように、理子が答える。

「ん?」

理子の言葉に、真子は首を傾げた。

「なんでも、あらへん! ほな、うち、呼んでくるわ」

そう言って、理子は立ち上がり、庭に出て行った。
そこでは、美玖と光一、そして、その二人よりも楽しそうにはしゃぐ真北の姿があった。理子が出てきたことで、真北たちは振り返る。

「もうすぐご飯だから、手を洗っておくことぉ」

理子が優しく語りかけると、

「はぁい!」

美玖と光一、そして……

「……真北のおっちゃぁん……」
「あっ、…思わず……」

美玖と光一と同じように返事をした真北。理子に言われるまで、気付かなかったらしい。

「ほんと、子供好きやなぁ〜。真子が嘆くん、解るわ」
「かわいいですからねぇ〜」
「いつもありがとうございます」
「気にしないでくださいねぇ〜。美玖ちゃん、光ちゃん!」
「はい!」
「手を洗うぞぉ〜」
「はい! せんめんじょ!!」

そう言って、美玖と光一は、リビングへ向かって走っていく。

「真北のおっちゃんもですよ」
「解ってます〜」

と返事をした真北は、理子の目線が別の所に移ったのが解り、優しく微笑んだ。

「俺でも、嫉妬しますよ」

真北も理子と同じ所を見つめていた。

「私より料理、その料理よりも大切なんだもんなぁ〜」

理子が静かに言った。
二人が見つめる先、それは、キッチンだった。
むかいんと真子が、笑顔で夕食の準備をしている姿が、そこにある。
真子が笑っていた。
それ以上に笑顔が輝いているのは、むかいん。そのむかいんは、理子と真北の目線に気付き、

「もうすぐ出来るでぇ、理子、早く!!」

理子を促すように、声を掛けてきた。

「うん」

理子は笑顔で応える。

「…なぁ、真北のおっちゃん」
「ん?」
「私の一番は……」

理子は、静かに真北に言う。
理子の言葉に、真北は微笑み、理子の頭を優しく撫でる。

「理子ちゃんは、特別ですから」
「そうかな…」
「えぇ。だから、悩むことはありませんよ」

真北の言葉は、理子の何かを吹き飛ばした。

「真子じゃないけど…ほんと、凄いなぁ」
「何が…ですか?」
「この手ぇ」
「ん?」

真北は、理子を撫でていた手を見つめる。

「真子ちゃんが、私のことを……何か……言ってました??」

恐る恐る尋ねるが、

「へへへ……内緒」
「理子ちゃん……教えてください」
「駄目ぇ〜。それは、女同士の内緒事やもん」
「いや、それでも…」
「真子のこと、何でも知ってな、気ぃ済まんのん、諦めぇやぁ」
「嫌ですよぉ」
「ママぁ、てぇあらったぁ!」
「りこママぁ、てぇあらったぁ!」
「まきたん、まだぁ!!」

光一と美玖が、同時に真北を促した。

「洗ってきますぅ」

そう言って、真北はリビングを通り過ぎ、賑やかな声を背後に、洗面所へと向かう。


洗面所へ入った真北は、水を流し、手を洗い、うがいをする。顔も洗った後、鏡に映った自分を見つめた。

真子の笑顔で喜ぶ、むかいん……か…。

理子が静かに言った言葉を思い出す真北。

本当なら、真子ちゃんの笑顔を独り占めしたかったんだけどなぁ。

真北の本音。
それは、既に、誰もが知っていることなのだが、真北は気付かれていないと思っている。

「ふぅ…」

ため息を吐いて、子供の字で『まきたん』と書かれた場所に掛けられているタオルで、水分を拭き上げる。
ふと思い出すのは、遠い昔のこと。
あの頃と比べると、かなり変わったものの、全く変わっていない。

真子が生きている世界は、真北と慶造が動いていた頃に比べると、かなり変わっている。
なのに、その世界で生きている自分は、全く変わっていない。
なぜ、自分は、この世界で生きているのだろう。
深く考える………こともなく、

「まぁ、なるように、なるか!」

いつもの言葉を口にしていた。


キッチンへ戻ると、

「先に食べてるよぉ」

真子が笑顔で言った。

「たべてるよぉ」

光一と美玖が、真子の口調を真似る。
真北の表情が綻ぶ瞬間。

「では、いただきます」

そう言って、むかいんの料理に箸を運ぶ。
味は、どんどん変わっていく。
むかいんの料理を食する度に、心が和む。
むかいんは、真北の表情を観察していた。
それだけで、真北の心が解る。

ちゃぁんと伝えないと、怒る奴が居るからなぁ。

むかいんの目線に気付いたのか、真北が顔を上げた。

「ん? 大丈夫やで」
「ありがとうございます」

むかいんの表情も綻んだ。

「明日は早いから」

真北が素っ気なく言うと、

「真北さん、お休みだとお聞きしたんですが…」
「仕事は休みで、私用で出掛けるだけ」
「では、いつものようにしておきます」
「よろしく」

このやり取りは変わらない。
真北が私用で出掛ける時は、むかいんはお弁当を用意する。

「真子ちゃんは、あと二日休みですよね?」
「くまはちには悪いけどね…」
「その方が、くまはちは喜びますよ」
「その後は、くまはちは休み」
「……くまはち、嘆きますね…」
「いいの。むかいんは?」
「暫くは休みはありませんね。なので、申し訳ありませんが…」
「気にしなくていいのにぃ。光ちゃんも美玖も良い子だもんねぇ」
「ねぇ〜」

光一と美玖が同じように応える。

「言わなくていいの?」
「ええ」

ニッコリ微笑んだ真北は、優しい眼差しで真子を見た。
真子も微笑んでいる。

ほのぼの〜。

誰もが心を和ませている。
一口一口が、顔を綻ばせる。
その表情を見る度に、和んでいるのを感じる度、さらに腕を磨ける気がする。

こりゃ、また、大変だな……コンロ…。
また、松本さんに頼まないと駄目かなぁ。

その意気込みは、炒め物の時の炎にまで、影響するのか、真北と真子は、お互い、目で語り合っていた。
その二人が気にする、笑顔の料理人。
頭の中は、次の料理のことで一杯である。



(2015.11.16 UP 改訂版2016.5.22. UP)



番外編・短編 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP





※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。



Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.