任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 短編 その1


真子、コンサートへ行く。

清々しい朝。空は晴れ渡り、雲一つないこの日。
何かが起こりそうな、そんな予感…。


真子の自宅・真子の部屋。
真子は、出掛ける用意をしていた。
いつも遊びに行く時に持参するポシェットに、タオルハンカチ、定期入れ、そして、財布を入れる。
その手がふと停まった。
真子は、財布を開け、中を確認する。
札入れの所から、一枚の紙を取りだした。それを手に取り、広げる。
真子は、嬉しそうに微笑んでいた。

『〜コンサート』

海外の有名なアーティストのコンサートチケットだった。
真子は、財布に戻し、その財布をポシェットへ入れた。立ち上がった真子は、クローゼットのドアを開け、鏡に向かって、服を整え始める。


リビング。
まさちんとぺんこうが、ソファに腰を掛け、睨み合っていた。

「…絶対に、目を離すなよ…。舞台に集中すんなよ…な」

ぺんこうがドスを利かせてまさちんに言う。

「てめぇに言われなくても…わかってるよ…」

まさちんは、負けじとぺんこうを睨み付ける。
リビングのドアが開いた。…と同時に、睨み合っていた二人は、何事もなかったような感じで、ソファに座り直す。

「お待たせぇ〜」

リビングに入ってきたのは、白のブラウスに、猫の足跡模様のベスト、そして、ベストとお揃いの模様のキュロットを着ている真子だった。腰まである黒く長い髪の毛は、いつものように後ろに束ね、大きく三つ編みをしていた。髪に付けられているリボンも猫の足跡模様…。

「…その…どんな服装がいいのか解らなかったから、動きやすくて
 それでいて、上品なものにしたんだけど…」

真子は、上目遣いでぺんこうを見つめる。

「駄目…かな?」

ぺんこうは、優しい眼差しで真子を見つめていた。

「かわいいですよ。他の男に声を掛けられても、返事しないように」
「まさちんが一緒だから、声を掛けてこないと思うよ」
「そうですね」

真子とぺんこうは、微笑み合っていた。そんな二人を観ていたまさちんは、もちろん…ふくれっ面…。

「ほな、まさちん。行こう!」

真子の言葉で立ち上がるまさちん。

「お気をつけて」

ぺんこうは、まさちんの背中を軽く叩く。

無茶は、するなよ。

まさちんは、ちらりとぺんこうを観て、口元を軽く上げ、真子と一緒にリビングを出ていった。

「行ってきます!」
「思いっきり楽しんで来て下さいね」
「うん」

真子は、とびっきりの笑顔でぺんこうに応えた。
そして、二人は、自宅を出ていった。
静かに閉まったドアに鍵を掛け、少し寂しそうな表情をするぺんこうは、ほんの三日前の事を思い出していた。



〜三日前の真子の自宅・リビング〜

真子は、ソファに座って、テーブルを見つめていた。そのテーブルの上には、海外の有名アーティストのコンサートチケットが二枚、置いてあった。
真子は、それを見つめていた。

「まさちん、喜ぶかなぁ〜」

その有名アーティストこそ、まさちんが、よく聴く曲を歌う人だった。

真子は、AYAMA社での仕事の時に、駿河と八太に、カラオケの話をしていた。
本部では、若い衆と行きまくるカラオケ。
真子は、何を唄っているのかという話から、まさちんの好きなアーティストの話へと展開していった。そして、後日、駿河は、お得意先から、そのチケットを手に入れ、感謝の気持ちから、真子に渡していた。

しかし、箱入り娘と呼ばれている真子のこと。
コンサートなんて行ったことがない。
ましてや、そんな人混みの中への外出なんて、真北さんが許さない…。
それで、真子は、どうしたもんかと悩んでいた。

まさちんに二枚渡すか、一緒に行くか…。

後者は絶対に無理だという考えから、まさちんに二枚とも渡すことに決めた。
そんなまさちんは、今、お風呂に入っていた。
真子の企みに気が付かずに…。

むかいんが、真子の前にオレンジジュースを差し出した。

「ありがとう」
「組長、そのチケットって、まさちんが、好きなアーティストじゃないですか。
 どこで、入手されたんですか? 入手困難なチケットですよ」

むかいんは、嬉しそうにチケットを眺めながら、真子に尋ねていた。

「駿河さんがね、くれたの」
「良い席じゃありませんか!」

少し興奮気味のむかいんに真子が、尋ねる。

「コンサートって、楽しいの?」
「あ……。組長は、行ったことなかったですね。すみません…興奮して…」
「まさちんと一緒にどうぞって、もらったんだけど、…無理だよね…」

真子の表情が少し暗くなる。

「組長。大丈夫ですよ。会場の中では、誰も狙ってきませんよ」
「でも、かなりの人でしょ?」
「はぁ、まあ…そうですね…」
「じゃぁ、むかいん、まさちんと一緒にどう?」

真子が、笑顔で言う。しかし、少し寂しそうな感じは残っていた。

「私は、この日、パーティーの準備がありますので、無理ですね」
「そっかぁ…それは、残念だね…。二枚ともまさちんに、渡すから、
 まさちんに決めてもらおうかなぁ」
「くまはちは、興味ないだろうし、ぺんこうは仕事だから…」
「…ねぇ、私たち以外だと、誰と行くと思う?」

真子は、オレンジジュースを一口飲む。

「明美さんか、ひとみさんを誘うんじゃありませんか?」
「ひとみさんかなぁ」
「まさちんのことだから…」
「俺が、なに?」

まさちんが、お風呂から上がり、リビングへと戻ってきた。

「むかいん、俺が、何だよ」

まさちんは、湯上がりにアップルジュースを飲もうと冷蔵庫を開ける。そして、グラスに注ぎながら、むかいんをちらりと観た。

「まさちん、これぇ〜」

むかいんではなく、真子が、少し照れたような感じで、封筒を一枚差し出していた。
まさちんは、疑問に思いながら、グラスを片手に真子に歩み寄った。そして、封筒を受け取り、中を確認した。
まさちんの表情が、目一杯緩んだのは言うまでもない。
それを観ていた真子とむかいんは、お互い顔を見合わせて微笑み合う。

「く、組長、これ…どうされました?? 私、入手できなかったんですよ」
「駿河さんから。…私とまさちんでって言われたんだけど、私、無理だから、
 まさちん、誰かと一緒に楽しんで来てね」

まさちんは、真子をちらりと観た。
真子の寂しそうな微笑みに気が付いたまさちん。チケットをそっと封筒にしまい込み、真子の前にしゃがみ込み、そして、真子を見上げ、そっと頭を撫でる。
その仕草は、まだ、本部に居た頃によく観られたものだった。

「なぜですか? 一緒に行きましょう」
「でも…人混みだし…危険だし…」
「行ったことないでしょう?」

真子は、ゆっくりと頷いた。

「だったら、尚更ですよ。組長。一緒に行って下さいませんか?」
「…行きたいけど…無理だよ」

寂しそうに言う真子。

「ったく。ちゃんと真北さんに許可をもらったら、行くでしょう?」
「もらえないって」
「言ってみないとわかりませんよ。私に任せてください。慣れてますから」

まさちんの優しい言葉に、真子は、そっと顔を上げ、まさちんを見つめた。
そこにある優しい眼差し。
それは、真子がまだ、『お嬢様』と呼ばれていた頃、寂しそうにしていたら、こうして優しく声を掛け、父・慶造に無理を言って外出していた時のもの…。真子は、その頃のことをちょっぴり思い出したのか、微笑んでいた。
玄関の鍵が開いた音がする。

「噂をすれば…」

真北とぺんこうが、珍しく一緒に帰ってきたのだった。二人は、嫌な雰囲気を醸し出しながら、リビングへと入ってきた。

「お帰りなさぁい。…仲良く帰宅?」

真子が意地悪そうに言った。

「玄関で逢っただけですよ」

真北とぺんこうは、声を揃えて真子に応えた。

「お疲れさまぁ」

そう言った真子は、まさちんをちらりと観る。まさちんは、微笑んでいた。そして、真北に言った。





「あかん」
「大丈夫ですよ。誰も、組長が、阿山真子だとは気が付きません。
 アーティストの方に夢中ですから」
「それでもな、どこで情報が漏れているかわからんやろ。駄目や」
「人混みに紛れて、わかりにくくなりますよ」
「駄目だ」

真北は、頑として許可しない。まさちんは、それでも、真北を説得するかのように、話していた。そんなまさちんの袖を引っ張って、阻止したのは真子だった。

「もういいよ。ありがとう、まさちん。解ってたことだもん」

真子は、微笑んでいるものの、やはり、その微笑みの中には、寂しさが……。
その表情には、真北も気が付いていた。そして、昔のことを思い出していた。

そういや、慶造にも、こうやって、こいつが、頼み込んでたなぁ。
必ず殴られて、蹴られて…それでも、こいつは、頼み込むもんだから、
慶造が、いっつも折れていたっけ…。
ということは、この後に出てくる言葉は…。

「組長には、もっと色々なものを観てもらわないと。閉じこもってばかりでは…」
「って、まさちん。真子ちゃんは閉じこもってへんで」
「あっ…その…そうですね…」

なぜか、焦ったように頭を掻いているまさちん。そんな仕草を観て、二人のやりとりを観ていたむかいんとぺんこうは、笑いを堪えていた。
もちろん、真北も…。

「まさちん、お前なぁ。慶造に言ってたときと同じ事言ってどうすんねん。
 あの時も、こう言ってたもんなぁ〜。…ほな、慶造と同じようにして
 ええか?」
「…嫌ですよ。…それなら、先代と同じ事をおっしゃってくださいね」

真北は痛い所をつつかれる。

 なら、行って来い! 思いっきり真子を楽しませてこい。

真北は、そんな言葉を自分の口から発するなんて、絶対できない。しかし、真子ちゃんの視野をもっと広げてあげたい気持ちはある。

困ったなぁ。

返事に困る真北は、口を尖らせて考え込んでしまった。

「警備を増やせばいいんじゃありませんか? それに、有名ですから、
 その辺りも、がっちりとしていると思いますよ」

ぺんこうが助言する。その言葉に、真北は、苦笑いをする。

「解ってるよ。だがな…こいつだぞ…。それも好きなアーティストじゃなかったか?
 目の前にしたら、真子ちゃんどころじゃなくなるだろが…」
「それは、ありません」
「いいや、あるね。あり得るよ。じゃあ、真子ちゃんと、このアーティストなら、
 どっちを取る?」
「組長です」

まさちんは、即答する。
まぁ、当たり前のことだが…。

「…そっか…そうだよね。…私が一緒だったら、まさちん楽しめないやん」

真子が突然発言した。

「あっ、組長、その…それは、大丈夫ですよ」

まさちんは、真子の言葉に焦っていた。

「まさちんの時間やん。私が一緒だと、まさちんの時間にならへんやん。
 だから、やっぱり、やめとくよ。まさちん。一緒に行く人探してね」

そう言って、真子は、『おやすみ』も言わずに、リビングを出ていった。
ドアが静かに閉まる。

「真北さぁん!!!」

まさちんが、怒りを抑えたような感じで真北を呼ぶ。真北は、鋭い目線を六つ感じていた。
まさちん、むかいん、そして、ぺんこうが睨み付けている…。

「…まさちんの時間だろ。お前が好きなようにしたらええんやろが。
 一緒に行く人を捜すのもまさちん。…さぁ、どうする?」

真北が、意地悪そうな表情をして、まさちんに言った。その言葉に、まさちんは、嬉しそうな表情をして応える。

「解りました」
「だがな、本当に、気ぃつけろよ。警備の方は何とかするから。
 真子ちゃんを思いっきり楽しませてこいよ」
「真北さん…。ありがとうございます」

そう言って、まさちんは、深々と頭を下げ、リビングを出ていった。

「えらい嬉しそうですね」

ぺんこうが、静かに言う。

「先代と同じ事をおっしゃてましたね」

むかいんが言った。

「…慶造の親バカさが、伝染ってしまったんだろな」

真北は、少し照れたような表情をしていた。

「しかし、真子ちゃん、大丈夫なんか? …コンサートなんて、初めてやろ?」
「えぇ。大学生の頃に、教養課程にあった、クラシックコンサートには
 参加していましたけどね」
「それに、便乗して行ってたんは、お前やろが」

真北は、鋭くツッコミを入れた。

「はぁ…まぁ」

ぺんこうは、誤魔化すかのように頭を掻いていた。
真北は、フッと笑っていた。

「お前らは、いいのか?」
「仕事ですから」

むかいんとぺんこうは、声を揃えて応えていた。

「なんか、慶造の気持ちが、ありありと解るぞ〜」
「親…ですから」

むかいんの言葉に、真北は微笑んでいるだけだった。


真子の部屋。
まさちんが、ドアをノックする。

「組長、よろしいですか?」
『うん』

まさちんは、真子の部屋へ入っていった。真子は、窓際のソファに座って、本を読んでいたのか、まさちんが入ってきた途端、本を閉じ、まさちんに振り返る。

「急用?」
「いいえ。コンサートですよ。真北さんの許可を頂きました」
「ほんと? …あっ…」

真子は、すごく嬉しそうな顔をしたが、慌ててそれを隠すように顔を背けた。

御無理なさって…。

まさちんは、ゆっくりと真子に歩み寄り、目の前に正座する。

「ん? なぁに?」

真子は、きょとんとした表情で、まさちんを見つめ、首を傾げた。

「本当は行ってみたかったんでしょう?」

まさちんは、優しく微笑みながら、真子に言った。真子は、暫く、まさちんを観ていたが、にっこりと笑い、頷いた。

「ったく。昔っから申しているでしょう? 御無理なさらないようにと」

まさちんは、真子の頭をそっと撫でた。

ドカッ!

まさちんは、仰向けに倒れていた。

「組長ぅ〜!!! いい加減にしてくださいぃ!!」

真子は、照れ隠しに、まさちんの腹部を思いっきり蹴っていた。

「もぉ〜、撫でるんやめてやぁ。いつまでも子供扱いしてぇ〜」

真子は、ふくれっ面になりながら、仰向けに倒れるまさちんにまたがり、拳を振り上げる。まさちんは、危機を感じたのか、体を起こし、真子の腕を掴み、反対に押し倒した。

「きゃっ!!」

真子は、小さく悲鳴を上げた。

「ったく、いつもいつもやめてくださいよぉ」
「それは、私の台詞やぁ!! なんで、反抗的なんよぉ!」
「照れ隠しに蹴りを入れるからです!」
「もぉぉっ!!」

真子は、素早く体を起こし、まさちんを押し倒そうとしたが、まさちんは、びくとも動かなかった。真子は、押し倒そうと必死にまさちんに突っかかる。しかし、まさちんは、動かない。
真子は、必死に……。

バタン!!!!!

真子とまさちんは、振り返る…と同時に、四つの足が視野に入る。
真子の視野が高くなり、目の前に居たまさちんは、後ろに引きずられる感じで仰向けに転んでいた。

「ええ加減に…せぇよ、てめぇ〜」
「大丈夫ですか、組長」

真北とぺんこうの声だった。真子の小さな悲鳴を聞いて、リビングから駆けつけてきたのだった。

「う、うん。大丈夫だけど、どしたん??!」

真子は、ぺんこうに抱きかかえられていた。ぺんこうの肩越しに、真北が見えた。その真北は、怒りの形相で何かを見下ろしていた。
真子は、目線を床に下ろす。
そこには、まさちんが、腹部を抑えてうずくまっていた。
どうやら、真北に強烈な蹴りを入れられた様子……。

「あ、あの、真北さん」
「ご無事ですか、真子ちゃん」
「もう一発、いれといて」
「はい」

ドカッ!!!



まさちんは、自分の部屋のベッドの中でふてくされて眠っていた。

「何か遭ったんか?」

日付の変わる頃に帰宅したくまはちが、珍しく大人しく寝ているまさちんを見て同じ部屋のむかいんに尋ねた。

「いつものことや」

くまはちの気配で目を覚ましていたむかいんは、そう応えて、再び眠りに就いた。

「なるほどね」

くまはちは、着替え始める。


リビング。

「まさか、もう一発出るとは…」

風呂上がりのぺんこうが、肩にタオルを掛けて、珈琲を煎れていた。

「たまには、役を代われ」

お茶をすする真北が、呟いた。ぺんこうは、珈琲の入ったカップを片手にソファへ腰を掛ける。

「私が、あなたの役をしたら、それこそ、血を見ますよ。停まりません」
「それも、そっか」

真北は、背伸びをした。

「で、どうされるんですか?」

ぺんこうが、静かに尋ね、珈琲を飲む。

「まぁ、いつものように、なるようになるってことさ」
「また、それですか…ったく」
「…居るんだろ? 確か、会場の前や近くには」
「えぇ。わんさか。それが、有名な人物のコンサートなら尚更…」
「そっちは、取り締まれないな。……どうにかするさ」
「はいはい」

ぺんこうは、冷たい返事をした。それに対して、真北は、呆れたような表情をして、ぺんこうを見つめていた。ぺんこうは、真北の目線を感じていたが、振り返らずに、テレビのスイッチを入れる。
リビングのドアが開き、くまはちが、顔を出す。

「真北さん、まだですか?」
「あぁ。すぐ入るよ」
「御願いします」

くまはちが、リビングへ入ると同時に、真北は、出ていった。そして、風呂場へと向かった。

「まさちん、ふてくされてるぞぉ」

くまはちが、ソファに腰を掛けながら、手にしている書類をテーブルに置いた。

「三日後、組長とまさちんが、コンサートに行くぞ」
「へ?!」
「海外の有名アーティストのコンサートや」
「大丈夫なのか?」
「あぁ、真北さんが、許可したからな。なんとか、なるやろ」

くまはちは、ぺんこうの話を聞きながら、ゲームの用意を始める。

「ほな、俺は確実に行かな、あかんな」

くまはちは、ポケットからチケットを三枚取りだした。ぺんこうは、それを取り上げる。

「くまはち、お前、これ!」

そのチケットこそ、真子が駿河からもらったチケットと同じものだった。

「駿河さんからもらったんや。これをする変わりにね」

くまはちは、AYAMAの試作品を始めた。

「俺、興味ないから、虎石と竜見にやろうと思ってたけど、組長が行くとなると
 これは、俺も行かないとあかんな」

ぺんこうは、チケットをじっと見つめていた。

「組長は、まさちんと二人っきりやと思ってるで」
「…ほな、邪魔できへんな。昔っから、そうやけど、二人が出掛ける時、
 ほんまに、組長が組長に見えへんからなぁ。まぁ、あの頃は、お嬢様
 だったけどな。二人の中に入れないで。それに…組長が一番輝く時や」
「そうだよな」

ぺんこうは、チケットをテーブルに置いた。

「ちっ」
「妬いてるんか?」

くまはちは、悪戯っ子のような表情で、ぺんこうに振り返る。

「!!!!!」

突然、目の前が暗くなり、光を遮ったものが、ぺんこうの足だったことに気が付いたくまはち。
ぺんこうの足は、くまはちの顔面まであと数ミリというところで停まっていた。

「傷つけたら、高くつくで」
「わかっとるから、寸止めや」

ぺんこうは、ゆっくりと足を下ろした。

「で、徹夜か?」
「まぁ、そうなりそうやな」

ぺんこうは、テーブルの上の資料をパラパラとめくり、そして、テレビ画面を見入っていた。



真北が風呂から上がって、リビングへと入っていった。

「くまはち、遅くなった……って、徹夜か?」
「そうなります」

リビングでは、くまはちだけでなく、ぺんこうまでもが、テレビ画面に見入っていた。そして、真北に同時に応えた。

「俺は寝るぞ。準備があるからな。三日でできるかなぁ」
「私も駿河さんから、チケットもらいましたので、参加しますよ」

くまはちの言葉に、真北が振り返る。

「座席は、離れてますが、ガードします」
「いや、それはいい。折角行くんだから、くまはちも楽しめよ」
「私は、興味ありませんよ。唄を知っているくらいですから」
「これは、真子ちゃんの代弁や」

真北の言葉は力強かった。

「わかりました。では、楽しませていただきます」
「…とか、言いながらも、きっちりガードしよるからなぁ、お前は」

そう言いながら、リビングを出ていく真北だった。

「で、まさちんは?」
「はじめは、組長、行かないって言ってな」
「そりゃそうやろな」
「まさちんが、昔のように…ね。許可をもらったからって伝えにいったが
 最後、いつもの如く、じゃれ合っていたんや」
「なるほど」

くまはちは、真子とまさちんの行動を想像しているのか、顔が緩んでいた。

「なるように、なるさ…だな」

くまはちは、静かに尋ねる。

「あぁ」

ぺんこうは、静かに応えた。




そして、当日。

真子とまさちんが、会場の最寄り駅に到着した。

「久しぶりに電車に乗ると、緊張するね」

真子が言った。

「ここから会場まで、かなりの人混みですから、気を付けてくださいね」
「大丈夫だよぉ。心配性だなぁ」

そう言いながら、真子は、まさちんと腕を組んだ。

「く、く……く……突然、何ですか!!」

まさちんは、焦ったような表情をする。

「ええやぁん。恋人同士の設定やろぉ」
「はぁ…まぁ…」

嬉しいやら、緊張するやらで、まさちんは、すっかり舞い上がっている様子。
二人は、同業者風の男達の側を通っていく。
男達が、まさちんの姿を見て、一礼した。

するなよ…。振り向くな。

まさちんは、男達に、目で訴える。その眼差しに気が付いた男達は、他人のフリを装い始めた。
真子とまさちんが、人混みに紛れて遠ざかった頃、男達が、話し始めた。

「地島さん、デートなのかな」
「それにしても、かわいい女の子を連れて、ここに来てるなんてなぁ」
「女の子にせびられたんちゃうか」
「そうやろな。なんせ滅多に手に入らへんチケットやしなぁ」

男達は、まさちんが行った方向を見つめながら話し込む。

「お前ら、二度とその話、口にするなよ。首無くなるぞ」
「なんでや?」

少し格が上の男が口を開く。

「…五代目や。あの女性は」
「あがが…ご!???」
「俺達にとっちゃぁ、雲の上の人や。だからなんやな。いつもよりも
 ガードが多いんは」
「そういや、そうですね。いつもの倍…いいや、昨日の10倍は…。
 客を装ってますが、いかにもって奴だらけですね。……あっ…」

男の目線が一点に凝視する。
人混みの中、頭一つ高く、二枚目の顔をして、前髪が立っている男が歩いていた。それも、辺りを警戒しながら…。その男に二人の男が、駆け寄ってくる。一礼して、何かを話していた。

「猪熊も一緒かよ…」
「さっさと仕事切り上げようや。まぁ、真北さんの手は、俺らまでは
 伸びないやろうけどな」
「まぁな」

そう言って、男達は、仕事に戻る。

「チケットもってるでぇ〜。どうやぁ〜」

この男達…阿山組系川原組傘下の組の…ダフ屋である…。



会場内
真子とまさちんは、ゲートを無事にくぐり、座席に着いた。アリーナ席中央、前から4つ目。

「こんな良い席で見るの? 舞台がすぐそこぉ」

真子は、嬉しそうに会場内を見渡していた。後ろの席の人と目が合ったのか、軽く会釈をする真子。まさちんは、10列後ろの男に目をやった。
そこに座ったのは、くまはちだった。くまはちは、まさちんの目線に気が付いたのか、目配せで合図をする。
まさちんは、何事もなかったように、真子に話しかける。

「聴いたことのある曲ばかりだと思いますよ。思いっきり堪能して下さいね」
「うん」

声に緊張感がある。

「緊張してますか?」
「そこに、立つと思うと……」
「その…組長が、舞台に立つわけでは…」
「禁句!!」
「すみません!」

人混みの中では、『組長』という言葉は禁句になっていた。

「まさちん、思いっきり楽しんでね。私は…大丈夫だから」
「一緒に楽しみましょう」
「うん……で、どんな風に??」

まさちんは、真子の言葉にずっこけた。

「ま、まぁ、兎に角、始まったら解りますよ」
「うん」

真子の目は、爛々と輝いていた。


会場の席は徐々に埋まっていく。そして、会場の電気が薄暗くなり……始まった。


アーティストが舞台に立った途端、椅子に座っていた客達は、総立ちになり、興奮状態になっていた。真子は、突然、周りの人たちが立ち上がった事に驚いた様子。

「立たないと見えませんよ」

まさちんは、真子にそっと声を掛け、一緒に立ち上がった。真子は、戸惑いながらも、周りの様子を見ながら、同じように手を挙げたり、手拍子をしたり…。
はじめは、ぎこちなかった真子は、いつの間にか、周りと一体化していた。まさちんは、真子に気を配りながらも、同じようにノリまくっていた…。

くまはちは、椅子に座ったまま、腕を組み、真子の気配を探っていた。隣に座っている虎石と竜見は、我を忘れて興奮状態…。
こんなところでも、冷静(?)なくまはちは、楽しそうにしている二人を見て、兄貴のように微笑んでいた。


コンサートも終盤になり、会場内はノリにノリまくっている。
いつの間にか、まさちんは、真子のことを忘れ、自分の世界に入っていた。真子は、隣でノリまくるまさちんを横目でみながら、そっと椅子に腰を掛ける。

子供みたいやん。こんなまさちん、初めて見るよぉ。

真子は、『親の目』で、まさちんを見つめていた。


アンコールも終わり、舞台に幕が下りた。そして、会場が明るくなり、客達が、パラパラと出口に向かって歩き出す。
まさちんは、我に返ったのか、慌てて真子を見た。
真子は、嬉しそうに笑っていたが、耳を押さえていた。

「耳がキンキンしてる」
「いきなり、これは、まずかったですね」
「いつもは、静かなコンサートだもん」
「大学の教養課程でしたね」
「うん」

真子は、立ち上がろうとしなかった。

「どこか、具合でも?」
「頭痛い…。…はしゃぎすぎたかな」

アリーナ席の客がほとんど居なくなっていた。まさちんは、人目も気にせず、真子を抱きかかえる。それに気が付いた会場の人が、急いで駆け寄ってきた。

「どうされました?」
「気分が優れないようで」
「車、手配致しましょうか?」
「手配はしているよ。ありがとう」

声を掛けたのは、くまはちだった。

「あれ? くまはち居たの?」

まさちんの腕に抱えられた真子が、驚いたように声を挙げる。

「取りあえず、人混みを避けるように、出られるとこありますか?」

まさちんが、会場の人に尋ねた。

「ご案内致します」

会場の人は、まさちんとくまはちをそっと出口まで案内する。出口には、既に、竜見運転の車が待機していた。助手席に座っていた虎石が素早く降りて、ドアを開ける。

「くまはちぃ〜」
「見てたら、直ぐに解るわい」
「ちゃうちゃう、なんで、竜見が車を回してるんやってことや」
「…もしもの為に、聞いていただけや」
「真北さんに…か」

ったく、真北さんはぁ。

いつの間にか、眠ってしまった真子を抱えたまま、後部座席に座るまさちんは、真子の寝顔を優しく見つめていた。くまはちは、案内してもらった会場の人や、出口付近に居た警備の人たちに一礼して、後部座席に乗りドアを閉めた。
車は、スゥッと出発した。

「今、会場を無事に出られました。お嬢さんは、お疲れの様子ですよ」

警備員が無線で連絡を入れる。

「ありがとう、お手数掛けました」

会場を一望できる近くにあるホテルの窓から、様子を伺っていた真北と原は無線を切る。

「ふぅ〜」
「お疲れさまでした。一日、ここにくすぼっているなんて、
 真北さんらしくありませんね」
「うるさい。…ったく、明日は、橋んとこに連れていかななぁ」
「そこまでしなくても…」
「会場の音にやられたやろな。真子ちゃん、あれでも、病弱」
「ほへ?! 病弱?? 見えませんよ」
「はしゃぎすぎると、すぐ体調壊すんだよ。…昔からな。俺、それでよく
 慶造に怒られたんや。連れ回すなってな」

真北は、懐かしそうな表情で窓の外の街の灯りを眺めていた。

「さてと、原、ありがとな」
「いつものことですから……って、すみません、言い過ぎました…」

真北は睨んでいた。
真北の目線は窓の外に移る。会場の周りで警備に当たっていた者達が去っていくのを見つめていた。



夜。
ぐっすり眠る真子の寝顔を見に部屋へ入ってきた真北は、そっと真子の額に手を当てる。
熱はない。
真北は、安心したのか、静かに部屋を出ていった。そして、自分の部屋へ入り、くつろぎはじめた。


「先手必勝。これ以上、真北さんに負担掛けられないしなぁ」
「そうやな。組長も解ってたみたいやし。で、どうやったんや?」
「そりゃぁ、途中から、こいつ、組長をほったらかしや」
「そうやと思った」

まさちん、くまはち、むかいんの部屋。
疲れて熟睡しているまさちんを見つめながら、むかいんとくまはちが、話していた。くまはちは、知っていた。
真北が、小さい頃の真子を連れ回して、体調を崩してしまった時に、慶造に思いっきり怒られていたことを。それは、えいぞうから聞いた話。真北を怒鳴りつける慶造を止めるのは、いつもちさとだった。
会場を出た後、車の中で少し熱が高くなった真子。自分でも解っていた様子。

『真北さんが戻る前に、飲むぅ〜』
『むかいんに連絡しておきます』
『すでに用意させましたよ』

くまはちが、言う。

『くまはちぃ〜』

まさちんは、なぜかふてくされる。

『いつものことだろ!』



真子は夢を見ていた。
自分が舞台の上に立って、唄っていた。隣では、まさちんとぺんこうもマイクを持って唄っている…が、いつの間にか、二人は、マイクの取り合いをはじめ……。

「やめなさぁい!! いっつもいつも二人はぁ〜」

真子の怒鳴り声。
寝言で、まさちんとぺんこうの名前を呼んで、そして、言う。

「いい加減にしなさぁ〜い!! むにゃむにゃ…あほぉ〜」
「すみません!!」

なぜか、まさちんとぺんこうは、同時に飛び起き、口にした。
そして、ばったりと眠りに就く…。



(2002.8.9 / 改訂版2017.3.5)




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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。



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