任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 短編 その2


背(せな)に漂うもの

寂しさが漂う場所に、大勢の人の気配があった。
その部屋には、黒い服を着た人々が、ガラスの向こうに広がる景色を眺める姿があり、その人数の多さとは違い、誰もが静かに語り合っていた。
その部屋から、学生服を着た男の子と幼い男の子が外へと出て行った。


静かな庭をゆっくりと歩く二人は、池のある場所へとやって来る。そして、池の中を優雅に泳ぐ鯉を見つめて居た。

学生服を着た男の子が幼い男の子を抱きかかえる。

「ねぇ、パパは、どこいったの?」

学生服を着た男の子に、幼い男の子が無邪気に尋ねてきた。

「空の彼方に、旅行だよ」

学生服を着た男の子は、優しく応えた。

「いつ、かえってくるの?」
「それは、兄さんにも解らないな…」

兄と言った男の子は、そう応えて、建物の方を見つめた。
ガラス窓の向こうでは、その男の子の母親が、火葬場まで付いて来た人々に深々と頭を下げていた。母親の目にうっすらと浮かぶ涙に気付いた男の子は、腕に抱える弟をギュッと抱きしめた。

「おにいちゃん?」
「俺が、お父さんの代わりになるよ」
「おにいちゃんがパパ?」
「ん? お兄ちゃんだけど、パパと同じようになるってことだよ」
「じゃぁ、おまわりさんになるん?」
「そうさ。お父さんに負けないくらいのな!」

力強く言った男の子は、弟を高々と掲げ、抱き寄せると同時に、頬に軽く口づけする。

「行こうか」
「うん」

男の子は、弟を地面に下ろして、手を引いて母親の所へと歩いて行った。と同時に、館内放送が流れた。

部屋に居た人たちが、ぞろぞろと部屋を出て行く。

「春樹」
「はい。…お母さん、芯も一緒に?」
「兄さんに、預けてて…」
「はい」

寂しそうに言った母の言葉に従い、春樹と呼ばれた男の子は、後ろに居た伯父さんに弟を差し出した。

「芯、いい子にしてるんだよ。伯父さん、お願いします」
「ほぉら、芯、こっち来い」
「はぁい」

笑顔で伯父さんとその場を去って行く弟を優しいまなざしで見送る春樹は、母の後に付いて行った。


読経の中、すすり泣く声が、聞こえて来る。そして、灰になった父の姿を見つめ、骨を拾って行く………。


帰りの車の中、助手席に座る母の膝の上には、骨つぼがあった。何かを語っているのか、そっと撫でる母を、後部座席から、春樹が見つめていた。
芯は、春樹の膝の上で眠っていた。



仏前で、涙ぐむ母の後ろ姿を見つめる春樹は、意を決して、口を開く。

「母さん」
「ん? なに? ごめん。やっぱり…哀しいね。こうなることは、覚悟して
 この人と一緒になったのに」
「俺、刑事になる」
「えっ? 春樹、あんた…」
「親父…殺されたんだろ? …やくざに……殺されたんだろ?」
「違う」

母は、即座に否定する。

「葬儀の時に、刑事が言っていた。敵は取るって。…その時に…、
 やくざが、やったとも言っていた」
「春樹!」

母は、春樹の頬を叩いた。

「滅多な事を言うんじゃない! あの人の仕事上、こういうことも考えられた。
 殺されたなんてこと、口にしないの!!」
「母さん……。でも…俺、許せない。人の命をなんとも思わない連中…。
 俺が、親父の敵を取る」
「春樹!!」

母は心配していた。
『敵を取る』とは、同じ事を相手にも与えるということ。
母は、春樹の言葉をそう捉えていた。しかし、春樹の口からは、母の思いを揺るがす言葉が飛び出してくる。

「刑事になって、そんな輩を片っ端から締め上げる。…それなら、
 いいでしょう?」
「春樹……」

もしかしたら、息子も同じようなことに…。そういう思いが過ぎった母は、

「春樹まで…失いたくないっ」

自然と言葉にしていた。

「…母さん、俺は、大丈夫だって。心配すんなよ。守りたい者が
 あるから、死ねないよ」

凛とした表情で言いのけた春樹。その姿に、何も言えなくなった母は、唇を噛みしめ、春樹を力強く抱きしめた。

「決して、無理はしないでよ」

息子の思いは揺るがないことを悟ったのか、母は、優しく言った。

「解っております」

春樹は、力強く応えた。


それから、数年後……。


警察署の建物を見上げる男が居た。その男は、息を飲み、拳を握りしめ、意を決して玄関へ向けて歩き出す。そして、建物へと入って行った。


「真北春樹です。よろしくお願い致します!」

署長室で元気良く挨拶をしたのは、春樹だった。

「君の噂は、聞いている。…親父さんのように、無茶だけはするなよ」
「はっ!」

春樹は、署長に深々と頭を下げていた。

初々しさを見せながら、先輩刑事に案内されて、デスクに着いた春樹は、早速仕事を始めた。
書類整理だった……。

「よぉ、新人、眉間にしわ寄ってるぞぉ」
「…私には苦手なものですので…」
「解らん事あったら、聞けよ。教えるぞ」
「……大丈夫です。ありがとうございます!」

春樹は、一礼する。


「ほぉ、君が、あの真北先輩のご子息かぁ。先輩に似て、凄腕だって?」
「いいえ、私は…」
「でも、先輩の意志を継ぐつもりじゃないのか?」
「…それは……」
「まぁ、暫くは、デスクワークだろうから、そう力入れなくてもいいからな」
「ありがとうございます!」

少し緊張した面持ちで、深々と頭を下げる春樹だった。




「いやぁ、ほんと、あの頃は、初々しくてかわいかったのになぁ、真北」

とある飲み屋で、春樹は、先輩刑事と飲んでいた。

「…あのね…。先輩、あれから、何年経ったとお思いですか」
「二年。真北のスピード出世には、ほんと驚くよな。休みなしやろ」
「動いていないと死んだみたいで…」
「家には帰ってるんか?」
「えぇ。夜遅いですけど、必ず帰りますよ」
「弟さんも、大きくなったんだろうなぁ」
「なんとか、丈夫な体になりましたよ」
「入退院を繰り返して、大変だな」
「仕方ないことですけどね」

二人は、とある客に目をやった。
その客こそ、指名手配中の男だった。男は、春樹たちの目線に気が付いたのか、ちらりと振り向いた。

「真北っ!」

男の声と先輩刑事が重なる。
先輩刑事が停める間もなく、春樹は、指名手配中の男に飛びかかった。
男は、手に銃を持っていた。その銃を春樹に向けるが、春樹の素早さに追い付けず、銃を取り上げられてしまう。

「くそっ! なんだよ! 俺が何をしたんだよ!!」
「…敢えて言わなくても解るだろうが…あ?」

男を取り押さえる春樹は、恐ろしいまでの雰囲気を醸し出していた。それには、流石に先輩刑事も何も言えず、ただ、見つめているだけだった。


春樹が男を連行して、店を出て来た時だった。

銃声。

春樹の目の前で、男は、撃たれてしまう。力なくその場に座り込んだ男を観て、銃弾が飛んで来た方向を割り出したのか、春樹は、突然走り出す。
車のタイヤがきしむ音とともに、車が春樹目掛けて猛スピードで走って来た。
春樹は、懐から銃を取り出し、運転席に銃口を向けた。
しかし、車は、更にスピードを上げて来る。
春樹は、銃口をタイヤに向けなおし、引き金を引いた。

グワッシャァァン!!!

大音響とともに、車は店と反対側の壁にぶつかり大破した。
運転席から、転がるように出て来た男を、春樹は容赦なく取り押さえる。しかし、男は抵抗した。隠し持っていたナイフで、春樹の腕を斬りつけた。
春樹の腕から滴り落ちる血…。
深く切れたはずなのに、春樹は、男を取り押さえている手の力を緩めなかった。

「……許さねぇぞ、あ?」

斬りつけられた手で、男をぶん殴る春樹。
男は、気を失った。
それでも春樹は、拳を振り下ろす。

「真北、やめろ!!!」

その手を停めたのは、外で待機していた春樹の同僚刑事の鹿居だった。

「鹿居さん」
「手当てが先だろ!」

鹿居の言葉で、春樹は、我に返った。
自分の腕が真っ赤に染まっていることに気付く春樹は、自分で応急手当てを始めた。




病院。

「無茶するなって言っただろが」
「うるさい!」
「暫くは動かすなよ、深く切れてるからな。もう少しで神経だぞ」
「油断していたよ」

春樹の腕に包帯を巻く医者、院長になりたての橋だった。

「橋ぃ〜、院長の威厳が無いぞぉ?」
「言っただろ、俺は、お前の怪我を治療するために外科医になったって」
「それにしても、凄腕だな」
「まぁな。トップで卒業したし」
「昔っから、頭だけは良いもんな」
「だけだけは、余計だ!!!」

橋は、春樹の傷口を軽く叩いた。

「痛っ! お前なぁ〜」
「痛み止め出しておこうか?」
「大丈夫や。じゃぁ、またなぁ」
「って、おぉい!! ったく。あいつは、休んでるのかぁ?」

治療を終えた途端、出て行った春樹を見送る橋は、カルテに記入する。そして、次の患者を迎え入れた。



春樹の自宅。
その日、春樹は珍しく夕方に家に帰って来た。

「おや、珍しい。こんな時間に」
「おふくろぉ、それは無いでしょう? 署長から追い出されただけですよ」
「また、無茶したね、この子はぁ」
「芯は?」
「部屋で勉強中」
「そっか、受験近いからなぁ。ちょっと見てやるか」

そう言って、二階へ向かっていく春樹。
芯と書かれた部屋をノックする春樹は、返事も聞かずに部屋へ入って行った。

「あっ、兄さん、お帰りなさい。今日は早いですね」
「まぁな。勉強中か?」
「はい」
「本当に、私立を受けるつもりか?」
「はい。将来の夢の為に、どうしても、あの中学へ行く必要があります」
「そっか。じゃぁ、久しぶりに、みようか?」
「よろしいんですか?」
「あぁ。かわいい弟が、頑張るんだからな」

春樹は、弟の芯の頭を優しく撫でた。

「お願いします」

芯は、参考書を机の上に置いた。そして、春樹は、慣れた感じで芯にいろいろと教え始める。そんな二人の姿をこっそりと見つめる母は、微笑んでいた。


仏前で手を合わせる母は、嬉しそうに報告する。

「春樹も立派な刑事になりましたよ。あなたに負けず。
 あなた以上にスピード出世だそうですよ。私も驚きです。
 そして、芯は、春樹の夢…教師になるという夢を継ごうと
 頑張ってますよ。まだ、十二歳なのに、しっかりしてます。
 大人顔負けですよ。春樹がほとんど育てたのもありますけどね。
 あなた……二人を見守ってやってくださいね」

遺影の父の表情が、少し微笑んだようだった。


「兄さん、また、怪我ですか?」

芯は、春樹の包帯に気が付いた。

「ん? あぁ、これか。大丈夫。深く斬られただけだって」
「…あまり、母に心配掛けないで下さい」
「そうだな。親父で慣れてるかと思ってたけどな」
「お父さんは、お父さん。兄さんは兄さんですよ。いつも心配してます」
「そっか。気をつけるよ」

そう言って、春樹は微笑んだ。…が、すぐに真剣な眼差しを向けた。

「……芯」
「はい」
「おふくろを頼むよ。俺は、家に帰って来るのが、夜遅くて、朝早くに
 出掛けるからなぁ。…おふくろ、体壊してないか?」
「兄さんと同じで、健康の塊ですよ」
「なら、安心だな。…芯は、どうだ?」
「私も、大丈夫です。なんとか、丈夫な体になってきました。
 もう少し、体力が付けば、何かスポーツでもはじめようと思ってます。
 教師には必要な事でしょう?」
「そうだなぁ。まぁ、無理しない程度にしろよ。俺みたいに怪我ばかりしてたら
 それこそ、おふくろが心配するからな」
「はい。気をつけます」

『ご飯出来たよぉ』

階下から、母が呼ぶ。

「すぐいきます!」

春樹が、応えた。

「芯、行こうか」
「はい!」

元気に返事をした芯は、春樹の後を追うように部屋を出て行った。
そして、真北家の静かな夕食タイムが始まった。




春樹は、苦手なデスクワークをしていた。眉間のしわが、いつもよりも増えてている。

「真北」
「あん?」
「ここ」

同僚の鹿居に声をかけられた春樹は、顔を上げる。鹿居は、眉間を指差していた。

「ここ?」
「しわ寄ってる」
「ん???」

春樹は、しわを伸ばそうと慌てて手を当てた。

「ほんと、苦手そうだな、デスクワーク」
「座ってるよりも、体を動かす方が好きなんだけどなぁ」
「一週間動くなって言われただろが。まとめとけ」
「嫌だぁ〜」
「なんなら、もう片方も折るぞ」
「……うげっ…」

春樹は、無茶をして、片足を骨折したらしい。

「これくらいで、くたばらないんだけどなぁ」
「警視正からの言葉だろ。ったく、無茶するなよな。お前を失ったら、
 それこそ、裏社会をつぶす奴が居なくなるだろが」
「そんなの、俺でなくても、鹿居さんでも大丈夫じゃありませんか」
「お前の腕は、誰もが認めるものだろが!…ほんとに、もう片方、折ってやろか?」
「それだけは、勘弁してくれよ」
「冗談だよ、冗談。じゃぁな」
「鹿居さん、無理は禁物ですよ!!」

コートを羽織って出て行く鹿居に声を掛ける春樹だった。

「お前にだけは言われたくないな!」

笑顔で出て行った鹿居は、一人になった時に、とても暗い表情をしていた。それは、誰とも会いたくないという感じだった。



春樹は、立ち上がり、給湯室へと入って行った。そして、自分でお茶を煎れる。

「う〜ん。おいしい」

春樹の表情が綻ぶ瞬間だった。
署内が急に慌ただしくなった。春樹は、給湯室から、ひょっこりと顔を出す。

「真北、まただぞ」
「…阿山組ですか?」
「あぁ。今度は、一般市民も巻き込まれた」
「…ったく、あいつらは、周りを考えないんだな。やるなら、てめぇんとこだけで
 やれってんだよ。…今度という今度は、許さない…」

春樹の表情が、がらりと変わった。


次の日から、春樹の動きが激しくなった。相手は極道。ほんの少しだけでも、一般市民に迷惑を掛けたら、御用。しかも、阿山組を目の敵にしている感じだった。
やりすぎだ。という声は、挙がらなかった。
誰もが思う強い意志。だが、意志だけでは相手を抑えきれない。
その意志を実行に移しているのは、春樹だけだった。
そんな春樹に感化され始めた刑事が居た。

「お茶入りました!」

笑顔で春樹にお茶を差し出すのは、春樹を尊敬している富田司(とみたつかさ)という若い刑事だった。

富田の家は、阿山組本部の近くにある。
春樹が、阿山組の様子を伺いに行くと言った時、富田が春樹に

張り込みなら、実家を使ってください。

そう買って出た。それを機に、春樹は、富田の家を使うようになり、時には夕飯をごちそうになることもあった。その時、春樹にお茶の煎れ方を教わっていた。

「ありがと。う〜ん、おいしいね」
「真北さんの言う通りに煎れてみただけです。父にもほめられました」
「そっか。よかったな」

春樹は笑顔で応えた。その笑顔よりも更に素敵な笑顔を向ける富田だった。

「ありがとうございます!」

富田は去って行く。
春樹の表情が、がらりと変わる。

その眼差しこそ、獲物を狩る豹のようだった。

デスクの上にある資料を見つめる春樹は、何かを決心したのか、立ち上がり、署長室へと向かって行った。

「失礼します」

春樹が入って行った。

署長室から、聞こえて来る争う声に、刑事たちが集まって来る。

『俺、一人ででも!』
『真北、それは、先輩の二の舞いだぞ!』
『放っておけというんですか!!』
『駄目だ』
『…申し訳ございません。ですが、決めました。今夜にでも母に伝えます』
『真北……』
『失礼しました』

春樹が、署長室から出て来た。集まっている刑事たちに驚いた表情を見せるが、春樹は、そのまま、歩き出す。
署長が、飛び出して来た。

「誰か、真北を停めてくれ!!!」
「署長、何が遭ったんですか?」

富田が尋ねる。

「真北が、阿山組壊滅に乗り出すと言って来た」
「えっ? それは、絶対に行わないと言っていたはずです」
「とうとう堪忍袋の緒が切れたみたいだな」
「…停めてきます!」

富田は、春樹を追って走り出す。
駐車場に停めている車に乗り、アクセルを踏んだ春樹は、目の前に飛び出して来た富田の姿を見て、慌ててブレーキを掛けた。

「富田!!!」

富田の体の寸前で停まった車から、春樹は飛び下りて来た。

「署長から、聞きました。…真北さん、絶対に行わないとおっしゃったのに…」
「すまん。…しかしな、阿山組のように銃器類は使わない。きちんと
 仕事として、向かうだけだ。もしものこともある。だから、俺は…」
「私も、お願いします!」
「富田、知っているだろう? 相手は極道だ。もし、生き残りが居たら、
 それこそ、家族に迷惑が掛かるんだぞ。本部に一番近いお前の
 おやじさんたちが、危ないんだぞ?」
「親父だって、俺が、この仕事に就いた時に、覚悟してます!」
「…でもな、覚悟をしていても、その時が来たら、やはり……哀しいもんだぞ?」

春樹の目は、哀しみに包まれていた。

「俺が、そうだったからな…。親父から、常に言われていた。だけどな、
 その時が来たら、やはり、哀しかったよ。…俺は、富田の親父さんを
 そんな思いにさせたくないんだよ」
「それは、真北さんの母や、弟さんも同じではありませんか?」
「…あぁ。だから、今から、縁を切りに行くんだよ。…そうでもしないと…。
 これ以上、おふくろに迷惑かけられないからさ…」

春樹は、寂しそうに笑みを浮かべる。

「真北さん…。辛い思いは、みんなで分かち合えば、少しは楽ですよ。
 俺、みんなを募ってきます。決行日を教えて下さい」
「富田、お前…」
「今まで、共に動いて来たんです。お一人では行かせません!」
「……ありがとな…。言葉に甘えるよ」
「はっ! …でも、決して、お一人では向かわないで下さい」
「…富田…」
「真北さんのお考えくらい、解りますよ」

富田は笑顔で言った。

「ちっ、お見通しか。…親父さんにも伝えておいてくれよ。もしかしたら、
 迷惑が掛かるかもしれないからな」
「かしこまりました。お待ちしております」
「あぁ」

そう言って春樹は、車に乗り込み去って行く。
富田は、敬礼して春樹を見送った。

「ようし!」

やる気満々の表情で、富田は署内に戻って行った。



真北の自宅。
春樹は、母の前で深々と頭を下げていた。

「春樹……」

母は、そう言ったっきり、黙ってしまう。

「申し訳ございません」

春樹は、顔を上げ、母を見つめる。
母は、毅然とした表情で春樹を見つめていた。

「では、これで」

春樹は、静かに言って立ち上がり、自分の部屋へ向かって行く。
荷物をまとめている時だった。芯が帰って来た。

「兄さん、今日は、早いんだね。……兄さん?」

芯は、春樹の部屋を覗き込んだ時、春樹の姿を見て、疑問に思った。

「これから、出張ですか?」
「……長い間な」

春樹は、芯に振り返る。芯は、その表情を見て、何かを悟った。

「明日…合格発表です」
「そうだったな。お前なら、大丈夫だ」
「兄さん、一体…」
「芯」
「はい」
「おふくろを、頼んだよ」
「えっ?」
「お前なら、任せていて安心だからな。…そして、何が遭っても、
 俺の事は、一切、口にするな」
「兄さん、まさか、あの話………!!!」

芯は、春樹に抱きついた。

「行かないで…下さい……」
「…どうしても、許せなくてな。…これ以上、俺のような思いを
 させたくないからな」
「兄さん、俺の思いはどうなるんですか? 家族を犠牲にする
 必要があるんですか?」
「犠牲じゃない…守る為だ。相手は極道だ。もしもの時に、
 家族に危害を及ぼすかもしれない。現に、親父の時が
 そうだっただろ?」
「…俺は覚えてません。でも、そのことが遭ったのは知ってます」

芯の声は震えていた。
春樹は、芯を見上げる感じにしゃがみ込み、そして、言った。

「お前は、芯の強い子だ」
「強くなんか…ありません。兄さんが居たから…」

芯の目から、涙が溢れ、頬を伝う。
春樹は、その涙を優しく拭った。

「行かないで…下さい…」
「芯!!」

春樹は、芯をしっかりと抱きしめた。

「いつでも、見てる…見守ってるからな…心配するな」
「兄さん……!!!!」

芯は、それっきり何も言わなくなった。ただ、春樹の胸に顔を埋め、涙を必死で堪えているだけだった。



それから三日後、新聞の記事で、刑事たちが、極道の抗争に巻き込まれて命を落としたという事を知った芯は、まるで、人が変わったようになった。

春樹の生き写し。

春樹が今まで行って来た『父』としての行動を、自分なりに行っていた。
家計を助ける為に、働き始める。学業と両立させながら…。
名字も母方の『山本』に変えていた。

「ただいま!」

元気な声で家に入って行く芯を見つめる男が居た。男は、すぐに家を出て来た芯に声を掛けて追いかけて来た母を見ていた。

「ったく〜。宿題は?」
「学校でやったから、いいの! 行ってきます!」

呆れたような表情で見つめる母は、男の目線に気が付いたのか、振り返る。
母は、一礼して、家へ入って行った。
男の側に高級車が停まった。
スゥッと窓が開き、乗っている男が声を掛ける。

「真北ぁ、また、ここかよ。早く帰ってこい。真子が待ってる」
「あぁ」

そう言って、真北は、家に向かって深々と頭を下げて、車に乗り込んだ。
静かに去って行く高級車を家の窓から、見つめる母は、うっすらと涙を浮かべていた。

「あの子を…見守って下さい……あなた…」

流れる涙を必死で堪えようとする母。しかし、堪えきれずに流してしまった。
声を上げて、泣いていた。いつまでも、いつまでも……。






真北は、墓前で手を合わせていた。

『真北家之墓』

「…おふくろ…。申し訳ありませんでした。だけど、芯のことは…、
 俺に任せてください。あいつは、本当に、しっかりした奴ですよ。
 たった一人で、おふくろを支えて来た。教育大学を目指して
 猛勉強、そして、成績優秀だと聞きましたよ。何が、あいつをそこまで……」

真北は、フッと笑った。

「全部、俺の影響ですね。…独り立ちするのは、一体いつでしょうね。
 俺に捕われずに、生きて行くのは、…いつのことやら…。
 ……まだまだ、ですね、芯も」

真北は、人の気配を感じ、その場を静かに去って行った。
やって来たのは、芯だった。片手に花を持っている。そして、墓前に立った。

「まただ…。一体、誰が…」

芯は、自分が墓参りに来ると必ず、誰かが花を供えていることを気にしていた。そこは、真北家の墓。恐らく、父親の同僚か、後輩が供えに来ているんだろうと思っていた。

「母さん、どうですか? 俺、今回の試験もトップでしたよ。もっともっと
 頑張ります。…そして、兄さんを探します。…おふくろと過ごしていた
 時間を、兄さん探しに、使います。だから、心配しないでください。
 今までと変わらない過ごし方ですから」

笑顔で語る芯を、少し離れた木の陰から見つめる真北は、唇を噛み締めていた。

すまん…芯…。

真北は、きびすを返して、その場を去って行く。

その背に漂うものは………。



(2003.3.3 / 改訂版2017.3.5)



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