任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 短編 その3


元ボディーガード

阿山組組本部。
この日、懐かしい人物がやって来た。門番たちが、その懐かしい人物を見て、嬉しそうに駆けつけてくる。

「小島さん、お帰りなさいませ」
「もう、体調はよろしいんですか?」
「ん? まぁな。…この腕は動かないけど、こうして歩き回れるように
 なったから、四代目に顔を見せに来ただけだ。…で、おられるのか?」

この懐かしい人物こそ、小島という男。阿山組四代目組長のボディーガードとして生きている男だった。なぜ、懐かしいかというと、この男。ほんの少し前に天地組との抗争中、天地組の殺し屋との対決で、かなりの重傷を負い、片腕の機能を失ってしまった。付いているだけの腕。感覚も無ければ動きもしない。そして、右足。少し歩きにくそうに引きずっていた。

その抗争から約三年。歩き回れる程回復するには、それだけ時間が掛かってしまったのだった。
ボディーガードとして動けるように…。その思いが、時間を掛ける結果になってしまった。
この日、復帰許可をもらうために、こうして足を運んで来たんだが…。

「組長と姐さん、お嬢様。そして、真北さんは、もうすぐ外出なさるようです」
「そうか。猪熊は?」
「猪熊さんと栄三さんがご一緒なさるようですよ」
「まぁいいや。顔だけでも見せに行くよ」
「はっ。連絡致します」
「いい。突然行って驚かせるから」
「またですかぁ。怒られるのは、私なんですから…」
「ええやろが」

小島は、玄関まで歩いていく。そこには、出かけようとしている慶造と栄三、そして、猪熊が立っていた。
猪熊がいち早く小島の姿に気が付いた。

「小島!」
「四代目」
「小島、もう退院したのか?」

慶造が、冷たく言う。

「遅くなりましたが、復帰をと思いまして」
「すまんな。今日は今から出かけるんだよ」
「門番に聞きました。今日は顔見せだけと思いまして。で、どちらに?」
「ん〜本当なら、真子を連れて行きたくないんだけどなぁ〜」

慶造が困った顔をしていた。

「まさか、例の組との会食ですか?」
「あぁ。向こうがな、真子も連れて来いと言ってな」
「珍しい」
「お前で慣れてる思ったけどな、栄三は、また別だよな」

慶造は急に話を切り替える

「別とは、何ですか? 俺は、親父とは違うと何度も…」

栄三の言葉を遮るように慶造が言う。

「似すぎや。怒る時といい、いい加減さといい…」
「あっ、いや、その…、それは…言い過ぎ…」
「本当のことだろが。…まぁ、それが、お前ら親子の良いところだけどな。
 …それにしても遅いなぁ。真北ぁ、未だかぁ?」

慶造が奥の部屋へ向かって怒鳴りつける。

「どうされたんですか?」

小島が尋ねる。

「出かける寸前に、真子が嫌がってしまってなぁ。ちさとと真北が何を言っても
 無駄でなぁ。かといって、俺だけだと、相手も許さないだろうし…」

本当に困っていた。

「四代目、親父が来たことですし、それに、真北さんがご一緒なら、
 お嬢様は熱を出したことにして、私たちだけで…というのはどうですか?」
「栄三、あのなぁ、真子は、小島の顔を覚えてないだろが」
「そうでした……。それなら、猪熊のおじさんも残るということで…」
「……真子を連れて行きたくないのは、本当だからなぁ。…真北に相談かな…」

そう言って、慶造は、奥にあるちさとの部屋へ向かっていった。



ちさとの部屋の前では、二歳の真子がだだをこねていた。

「やだ!」
「真子ぉ、パパも待ってるよ」
「…やだもん」

ちさとは、困ったような表情で真北に振り向いた。

「真子ちゃん、楽しい所だから」
「真北さん、嘘は困ります。真子だって、楽しくないことを知ってるから、
 こうしてるんですよ」

真子は、座り込んでふくれっ面になっていた。小さな真子を抱えるくらいは簡単なことだが、強引に連れて行くのは、真子に良くないと思っている二人は、こうして、真子が納得するように話しかけているのだが……。

「真子ちゃんを置いていく訳にいきませんし…だから俺が真子ちゃんと留守番という
 ことになると、慶造の奴、何をするか解らないし…」
「真北」

慶造の声に振り返る真北。

「すまん。まだだ」
「小島が復帰だ」
「小島さん、退院してたんですか?」
「まぁな。それでな、栄三が、とんでもないこと言い出してなぁ〜」

頭をぽりぽりと掻きながら、真北に目を向ける。

「また、栄三の奴、何を言ったんだよ」
「どうしても欠くことの出来ない人物を除くと、猪熊と小島だけなんだよな」
「だからって、二人に任せるんか?」
「まぁ、幸い、猪熊に対しては警戒しないだろ」
「そうだけど、小島は初めてだろ。…顔見せしてからじゃないと結論は出せない」
「おーい、小島、猪熊、来いよ」

玄関の二人を呼び寄せる慶造。その仕草をじっと見ていた真子は、首をかしげていた。
そこへ、小島と猪熊がやって来た。

「真北、よろしく」
「おいおいおいおい…誰が父親だよ」

真北の言葉に、自分を指さすような仕草をしたが、その指は、すぐに真北へ向けられる。

「はいはい」

真北は、優しさ溢れる表情で、真子の前にしゃがみ込んだ。

「真子ちゃん。私もちさとさんも、慶造も出かけるんですよ」
「えいぞうさんは?」
「栄三もです」
「なら、まこ、ひとりでおりゅすばん?」
「一人は寂しいでしょう?」
「さみしいけど、いいもん。いきたくないもん」
「猪熊さんと小島さんが、真子ちゃんとお留守番するそうですよ」
「いのくまのおじさんと…こじまさん?」

真子は、慶造の側に立つ猪熊と小島を真北の肩越しに見上げた。
栄三に似た顔をした男の人。

「えいぞうさんのおとうさん?」
「よく解ったね。そうだよ。今まで出かけてたから、真子ちゃんに会うのは
 初めてだね。ご挨拶は?」

真北に言われて、真子は立ち上がり、そして、小島の前まで近寄った。

「はじめまして。まこです」

真子の突然の挨拶に戸惑う小島は、どう応えて良いのか考え込んでいる。

「…ただの挨拶だろが」
「あ、あぁ。…こんにちは。小島です。よろしくお願いします」

小島は深々と頭を下げていた。

「っつーことで、ちさと、いいか?」
「えっ、でも、真子…いいのかな…。って、あなたぁ〜」

慶造は、ちさとの心配をよそに、玄関へ向かっていく。

「真北さん。どうしましょう」
「真子ちゃん、いいの?」
「いかないもん。だから、いい。こじまのおじさん、たのしいことしってる?」
「た、楽しいことですか? …そうですね……」

ちらりと栄三に振り返る小島。

「…覚悟していてくださいね」

そう言って、栄三は、慶造を追いかけるように玄関へ。

「まきたん、ママ。いってらっしゃいませ」

真子は、深々と頭を下げる。それは、組員たちが、よくする仕草。時々見ていた真子は、いつの間にか、まねをするようになっていた。

「じゃぁ、猪熊、小島。よろしくな」
「は、はぁ…」
「ごめんなさい。お世話かけます。小島さん、後日、ゆっくりとお話致しましょうね。
 真子をよろしくお願いします」
「…はい…。お気を付けて」

真北は、真子に手を振って、ちさとは、真子の頭を撫でて、去っていった。
突然、子守を任された猪熊と小島は、顔を見合わせ困り果てる。

「どうする…」
「どうするって、俺、子守はできないぞ。ましてや慶造の…」

猪熊は、ちらりと真子を見る。真子は、二人を見上げていた。
嬉しそうな眼差しをして……。
目が、爛々と輝いている…これは、何か楽しいことを期待しているかもしれない…。

「いのくまのおじさん、こじまのおじさん、こっち!」

真子は、二人の手を引っ張って、庭に向かって走り出した。
小さな真子に付いていく、がたいのでかい二人。周りから見れば、ちょっぴり滑稽。組員たちも、珍しいトリオに驚きの眼差しを向けてしまう。

見るなっ!!

二人は、威嚇する。
庭に出た真子たちは、果たして、何をするのだろう…。

「お嬢様、何をなさるつもりですか?」

猪熊が尋ねる。

「えっとね、おにごこ! おには、こじまのおじさん!」
「わ、私ですか!?」
「にげろぉ!!」

真子の言葉と同時に、真子と猪熊は、走り出した。

「…って、猪熊っ!」
「お前が鬼やろが」
「だからって、俺は走れるほど力はない!」
「復帰の報告やろが。それくらいの体力ないんやったら、帰ってくるな!」
「あのなぁ〜」

猪熊は、小島に捕まった。二人を見ていた真子は、指をさす。

「いのくまのおじさん、おそいぃ〜。こんどは、おに!」
「は、はぁ…」

小島が猪熊から逃げるように走り出す。猪熊は、真子を追いかけていく。
真子は、きゃっきゃとはしゃぎながら逃げていた。真子に追いついた猪熊は、真子を抱きかかえる。

「つっかまえたっ!」
「つかまったぁん! こんどは、あたしがおに!」
「捕まりませんよ!」

猪熊は、真子に笑顔を向けて、そっと地面に下ろした。そして、逃げ始める。真子は、猪熊を追いかける。しかし、なかなか追いつかない。
真子が足をからめて、転けた。

「わっ、お嬢様っ!!」

驚いた小島と猪熊は、慌てて真子に駆け寄った。二人がさしのべた手は、真子に掴まれた。

「つかまえた!」

転けた時に顔をぶつけたのか、頬と鼻のてっぺんに土を付けたまま、真子が顔を上げ、微笑んでいた。

「大丈夫ですか?」
「お怪我はありませんか?」

猪熊と小島は同時に尋ねる。

「だいじょうぶだもん」

自分で体を起こして、服に付いた土を払う真子。

「おようふくよごしたら、まきたんにおこられる…」

汚れたところは、なかなか綺麗にならないようで…。

「洗濯しましょう。真北さんが帰ってくるまでに乾かせば大丈夫ですよ」

そう言いながら、猪熊は、真子の頬と鼻についた土を、優しく払いのけた。



真子の服を洗濯する猪熊。その間、小島が、真子を抱きかかえて何かを話していた。真子は、小島の話に大笑いしていた。

かわいいなぁ〜。

「小島ぁ、何考えてる?」
「ん? かわいいなぁと思ってな」
「お前なぁ〜それ、口にすると厄介やで」
「見たまんま口にしただけやのに?」
「…慶造やちさとさんだけでなく、真北さんが一番
 うるさいぞ。気ぃつけろよ」
「そういや、栄三に聞いたなぁ。本当の娘のように育ててるって」
「慶造は、あまり接しないようにしてるみたいだよ」
「なるほどな。……で、いつ頃や?」
「慶造からは何も言われてないな」
「剛ちゃん、待ちくたびれてへんか?」
「どうかなぁ」

何かを誤魔化すかのように返事をして猪熊は、洗濯物を取り出した。

「八ちゃん、まだ抱いてるんか? ほら、出て行くってやつ」

小島の質問には、猪熊は応えなかった。

「……よぉし、後は乾かすだけですよ。お嬢様、もうすぐですからね」
「うん」

小島の腕にしっかりと抱きかかえられている真子は微笑んだ。

「こじまのおじさん、おりるぅ」
「あっ、はい」

小島は、そっと真子を下ろした。真子は、降りた途端、猪熊の側に駆け寄っていった。そして、服を乾かしている猪熊を見つめていた。

「どうされました?」
「ごーちゃん、はちゃん…って、なに?」
「私の息子ですよ」
「むすこ?」
「えぇ」
「こじまのおじさんのむすこのえいぞうさん?」
「そうですね」
「まことあそんでくれるの?」
「う〜〜ん、それはどうでしょうか…」
「ごーちゃんと、はちゃんもくる?」
「いいえ。それは、お嬢様がもっと大きくなった頃ですよ」
「いのくまのおじさんくらいおおきくなったとき?」
「それは、まだ、解りませんが、ここまでは大きくなりませんね」
「…たのしみ!」

猪熊は、優しく微笑んだ。
それを見ていた小島は、不思議がる。

「どうした?」
「いいや、…そのな、お前の笑顔、久しぶりに見ると思ってな」
「お嬢様の前では、怖い顔をするな。…ちさとさんの想いでな」
「それでか。栄三が時々、笑顔の練習してるのは」
「そうだろうな。最近、良い面してるもんな。よぉし、乾いたっ!」

真子は、手を叩いていた。

「どうですか?」

猪熊は、綺麗になった服を真子に見せた。

「うん、きれい!」

真子は服を着替えた。そして、再び、庭で鬼ごっこをし始める。
いつの間にか、なじんでいる小島。猪熊以上に張り切って、真子の相手をしていた。

「捕まえたっ!」
「つかまったぁん!! まこがおにっ!」

真子は、小島を追いかける。小島は、真子を待ちかまえるような格好で立ち、真子が捕まえようとした途端、素早く横に飛び退いた。
真子は、小島が飛び退いた方に向かって体を動かした。

「…おいおい、まじかよぉ」

小島は捕まった。

「こじまのおじさんが、おに!」

真子は、逃げる。小島は追いかける。真子は逃げる。小島は猪熊にタッチ。

「お前が鬼」
「お嬢様、そろそろお部屋に戻りましょう」
「いのくまのおじさん、つかれた?」
「疲れました」
「たいりょくない…」

真子の言葉は子供なのに、なぜか、きつい…。
いつも真北が、若い組員に言っているようで…。

「お部屋で、楽しいお話でもしましょう」
「うん」

真子は、嬉しそうに微笑んで、縁側から家へ入っていった。そこにある洗面台で手を洗い、うがいをする。

外から帰ったら、うがいは忘れずに。

真北が教えたこと。それをきっちり守る真子だった。
手を拭いて、家へ入ってきた二人に振り返る。二人も、真子に言われる前に手を洗い、うがいをする。
手を拭いた二人を見て、真子は、笑顔を向ける。そして、二人の手を引っ張って、走り出した。

「家の中は走ると危険ですよ」

小島の言葉で、真子は、ゆっくりと歩き出す。
真子に握られている小島の手は、感覚もない、動かすことができない手。
真子は、小島を見上げていた。

「こじまのおじさん」
「はい」
「このて、けがしてるの?」
「えぇ。この怪我を治す為に、長い間入院していたんですよ」
「それで、えいぞうさんがきたの?」
「私の代理ですよ」
「だいり?」
「私の代わりということです」
「じゃぁ、こじまのおじさんがきたから、えいぞうさんは、かえるの?」
「いいえ。私は、四代……慶造さんの側で働きますよ。栄三は、
 お嬢様の側です。…ちさとさんの側とも言いますが…」
「ほんと?」
「栄三が居なくなると寂しいですか?」
「わらってくれるもん」
「そうですか。栄三が喜びます」

小島が微笑んだ。

「お前も笑ってる」
「笑わない方が可笑しいだろが」
「…自分が、この世界の人間だということを忘れるだろ」
「そうだな。…って、俺たちが入ってもいいのか?」

小島と猪熊は、ちさとの部屋の前で立ち止まった。しかし、真子は、そんなことを気にしない。ドアを開け、二人を引っ張って部屋へ入っていった。部屋の中央にあるソファに座る真子は、二人を見つめた。
ドアの所に突っ立ったままの二人を見て首をかしげる。

「すわらないの?」
「座れませんから」
「どうして?」

真子には、まだ、この世界の仕来りは、理解できない。それどころか、この世界から遠ざけるように過ごしている。
説明できない………。

「ったく、栄三の奴…」

小島が呟いた。

「慶造もだよ」

猪熊が呟く。

「なんで、俺らに任せたんだろな…」
「知らん」
「どうする?」
「座るしかないやろ」
「…あっそうだ」

小島が急に声を張り上げた。

「お嬢様、何か飲みますか?」
「おちゃは、まきたんのがいい」
「…真北さんが煎れるお茶のようには、煎れられません…」
「いらない。…はやく、おはなし!」

真子が手招きをして急かす。渋々真子を挟むように二人は腰を掛けた。

「何がいいですか?」
「どうぶつのはなし!」
「真北さんは、どんな話をしてるんですか?」

小島が尋ねた。

「あれ! ママもよむの」

真子が指をさしたところ。そこには、絵本があった。猪熊がそれを手に取って、真子に読み始める。真子は、絵本を覗き込み、猪熊の話に聞き入っていた。
それは、突然に起こる。

「お嬢様っ!!」

猪熊の膝の上にある絵本に倒れ込んだのだった。
慌てる二人は、真子を覗き込む。

「なんだ…驚いた」

二人は声を揃えて言った。
真子は、すやすやと寝息を立てて眠っていた。

「はしゃぎすぎやな」
「真北さんとは、いっつも、こんな感じなんだけどな…」

猪熊がそっと言った。

「知ってたんか?」
「まぁな。時々、見てるから」

小島は、自分の上着を、優しく真子に掛けた。
穏やかに眠る真子を見つめる二人。真子は、猪熊の膝枕で熟睡中。

「寝顔は、ちさとちゃんか?」

小島が言った。

「慶造にも似てるよ」
「そりゃぁ、二人の愛娘だもんな。…お嬢様には、あのようなこと…ないよな」

小島が、何かを思い出したように呟いた。

「小島……」

感覚の無い腕をさすりながら何かを思い出している小島。
それは、真子が生まれる前の事件。
天地組との抗争で起こった痛手。身も心もボロボロだった。
殺し屋にやられ、傷つき、そして、その間に、降りかかった悲劇。
ちさとが、報道関係に単独で殴り込んだことも知った。
母親としての強い思いから…。

「……何が遭っても、お嬢様だけは、失いたくないな。栄三の奴、できるんか?」
「大丈夫だよ。栄三ちゃん、あぁみえても、凄腕だからな。安心してる。
 お前と一緒でいい加減さを売りにしてるけどな。本当は……」
「誉めても何もでないぞ、猪熊」
「別に、期待してないぞ」
「それにしても、驚いたな」
「何が?」

猪熊が尋ねる。

「お嬢様の素早さ」
「あぁ、あれか。まさか、お前が飛び退いたところに向かうとはな。
 俺もびっくりや」
「無邪気に見えるけど、俺たちが知ることのない、何かが
 備わってるんだろうな。こんなに幼い時から、その血が現れそうだな」
「そら、そうだろ。あの二人の血をそのまま受け継いでるからな。
 怒り、優しさ。恐らく、二人の全てを受け継いでるんだろうな。
 …先が楽しみだよ」

猪熊は、自分の膝の上にある真子の頭をそっと撫でた。

「真北が、育ててるんなら、阿山以上にすごいのかもな」
「…慶造とちさとさんの想いが、実現する日が来るかもな」
「そうだろうな。…その時は、俺たち、どうしてるだろ」
「生きていたいよな」
「あぁ。お嬢様の成長を、見守りたいよ」
「そうだな」

この世界で生きて、何年も経つ男たちが、初めて口にした『生きる』という言葉。そんな言葉が出たのは、真子と過ごした、たった数時間が、二人の心に何かを響かせたのだろう。





「……なんで、こいつらが、ここで寝てるねん」

慶造が、こめかみをピクピクさせながら静かに言う。

「よろしいじゃありませんか。真子の相手に疲れたんですよ」

怒る慶造に優しく言うちさとは、二人にそっと布団を掛ける。
猪熊は、真子を守るかのように手を添えて、小島は、真子の手を握りしめて、ソファに座ったまま眠っていた。真子は、もちろん、小島の上着に包まれて、猪熊の膝枕で眠っていた。

「真子ったら、嬉しそうですよ」

ソファの背もたれ越しに、真子の顔を覗き込んだちさとが言った。

「しばらく、このままにしておきましょう」
「いいや、それは、俺が許さない。…修司、小島」

慶造に呼ばれて、目を覚ます二人。
いつもなら、飛び起きて、ビシッと立つのに、なぜか、座ったまま、目だけを慶造に向けるだけだった。…それは、眠る真子に気を遣っての行動だった。

「……昔のまんまだな。…真子に感化されたか…」
「すまんな…。俺たちまで寝入ってしまって」

猪熊が言った。

「どうやった?」

小島が慶造に尋ねた。会食の事が気になっていたらしい。

「…真子が行かなくて正解。真北の野郎がな…」

困ったような、ほっとしたような表情を見て、猪熊は悟る。

やっちゃったか……。

「それより、どうする? そのままだと、真子が起きるぞ」
「もうしばらく、お二人に頼んでいいかしら? 鬼ごっこして疲れたでしょう?」
「よくご存じで…」

笑いを堪えるように言う小島は、何か物足りない事に気が付いた。

「栄三は?」
「真北と一緒」
「…まさか、お二人でここまで?」
「真北が送って、そのまま行っただけだ」
「そっか…驚かすなよ、ったく」

危険極まりない行動を取ったのかと冷や汗をかく小島だった。

「もう少し、お休みくださいね。真子が目を覚ました時、お二人の姿が
 なかったら、泣きますから」
「…困りましたね…」
「大丈夫ですよ。私は、あの人と居ますので、目を覚ました時、伝えて
 下さいね。帰ってきた事と、真北さんは、まだだと言うことを」
「かしこまりました」
「お願いします」

ちさとは、慶造の手を引っ張るようにして、部屋を出て行った。
ドアが閉まると同時に小島と猪熊はため息を付いた。

「寝てたんだな…」

猪熊が呟く。

「あぁ。…ちさとちゃんが一緒で良かったな」

安堵のため息混じりに、小島が言った。

「真北さんが居なくて正解か…」
「そうやな」
「それより、お嬢様が側に居たからだろうな」

猪熊は、真子に目線を移す。真子の寝顔は、とても柔らかく、見ているだけで、心が和んでいく。

「俺たちを守ってくれたのかな…」

少しずれた上着を掛け直す小島は、真子の頭を優しく撫でる。

「元気に…育ってくださいね、真子ちゃん」

真子が微かに笑った。
それを見て、二人は、ちょっぴり驚いて、そして、笑い出した。


それから、ちさとの事件まで、何度か、真子のお守りをさせられる二人だった。






「ほんと、思い出すよな」

車を運転する猪熊が、後部座席で眠る真子をルームミラー越しに見つめて言った。

「あぁ。あの頃、そして、今。…五代目になっても、変わらないんだよ。
 俺たちのことを守ってくださる。そして、…素敵になられた」

助手席に座る小島が、後ろを振り返りながら言う。

「笑顔も、一段と輝いてるよ。…いろんな事件があったのにな」
「俺たち、これから、どうする?」
「五代目の命令に背けないだろ。人材を育てるしかないさ」
「しっかし、八っちゃんよりも凄腕は、難しいんちゃうか?」
「まぁな。素質が無い者が多いよ」
「八っちゃんは、剛ちゃんと同じで、素質あったもんな。まさか、
 八っちゃんが出るとは思わんかったで。お前と一緒で…」
「俺は、あそこまで、頑固ちゃうで」
「おぉっ、大阪弁か?」
「お前のが、うつった。どうしてくれる!」
「悩むことか?」
「悩むわい」
「悩んどけ!」
「てめぇ〜」
「駄目だよぉ…争っちゃぁ〜」
「す、すみません!!」

真子の声に素早く反応する二人は、真子に振り向いた。
真子は寝ていた。

「寝言?」
「そうみたいだな」
「そういうところも、変わらないんだな」
「あぁ」

優しく微笑む二人の男は、再び昔を思い出す………。




真子の側で寝入ってしまったことで、二人は、いつの間にか言い争っていた。
眠る真子に気を遣いながら、小声で……。

「ほんとに、信じられないな、お前の笑顔は」

猪熊が、言った。

「なんだとぉ? お嬢様を見て、微笑んじゃ駄目か?」

微笑んだ事をからかうように言われた小島は、反論する。

「誰も駄目だとは言ってない!」
「言ったようなもんだろが!」
「あのなぁ〜」
「なんやぁ?」
「…けんか、だめ……」
「す、すみません!!!……!?!?」


真子は、すやすやと眠っていた……。



(2003.4.28 / 改訂版2017.3.5)



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※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。



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