任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 短編 その4


人生の分岐点

阿山組・本部。
何やら、慌ただしい屋敷内。その中で、一際、静かな時間が流れている場所があった。

「こら、真子。お出かけするんだから、走り回らないの」
「やだぁ。あたち、これがいい!」
「…もぅ」

それは、阿山組四代目組長の妻・阿山ちさととその娘・真子(三歳)が住む部屋での出来事だった。

トントン。

「失礼します。…ちさとさん、申し訳ありません」

そう言って部屋へ入ってきたのは、真北春樹という男。

「慶造からですが、少し出発が遅れると…」
「そうなの? …ったく、あの人は。こちらは準備は出来てるから、
 いつでも出掛けることは、できますよ」

ちさとは、にっこりと笑っていた。そして、すぐに、困った表情に変わった。

「わかりました。真子ちゃん、お外に行く?」

真北は、ちさとが何かに困っていることに気が付いたのか、ちさとから少し離れたところにいる真子に声を掛けた。

「やだ」

真子は、ふくれっ面になっていた。

「真子ちゃん、それが、いいの?」

真北は、真子が手に持っている服が気になっていた。

「うん。あたち、これきたい。まきたん、おねがい」

真子は、手に持っていた服を真北に差し出した。真北は、真子の服を着せ替えた。

「へへぇん!」

真子は、嬉しそうな自慢げな表情で、ちさとに見せていた。

「この子ったら、真北さんから頂いた服しか着ないんだから」
「嬉しいことですね」

真北は、ちさとに微笑んでいた。



庭が一望出来る廊下に真子を抱っこしているちさとと、真北が立って、何かを話し込んでいた。

「真北さん、本当に無茶しないで下さいね。あなたには、大切な任務が
 あるのですから…」
「ありがとうございます。しかし…無茶しないといけない時は
 仕方ありませんよ」

真北は、心配顔のちさとに微笑んでいた。

「はふぅ〜。…すっかり、染まっちゃったのね…。この世界に…。
 …やっぱり、真北さんには、その姿、似合わないよねぇ、真子」

真北の服装は、赤いシャツに黒いスーツ、そして、首には、金のネックレスという感じに『派手』だった。そして、いつの間にか、髪を茶色に染めていた…。

「にわわないぃ、まきたん〜」
「真子ちゃんまでぇ〜」

真北は、真子の頬を突っついた。真子は、ふくれっ面になった。

「ふくらんだぁ」

真北は、真子のほっぺの膨らみを軽くへこました。

「ぷぅ〜〜! まきたぁん、いたいぃ」
「ごめん、痛かった?」

真子は、頷いた。
そんな二人のやり取りを見ているちさとの表情は、とても、優しかった。

「真子は、真北さんの事、好き?」
「うん!」
「…真子ちゃんは、誰にも渡さないさ。私の大切な人だからね…」

真北は、格好付けて、真子に言った。

「…どゆこと?」

真子は、真北の言葉を理解できる年頃では無かった。

「恋人ってことですよ」
「こいびとぉ?」
「えぇ」

真北は、真子に微笑んでいた。

「じゃぁ、ママよりもこいびと?」
「ま、ま、ま、ま、ままままま真子ちゃん!!!」

真北は、慌てたように、真子の口を塞いだ。

「うがうがぁ!!」

真子は、ちさとの腕の中で、暴れていた。そんな真子をそっと抱きかかえ、ちさとから距離を置く真北は、真子に、こっそりと告げた。

「ちさとさんには、内緒ですよ」
「まきたん、ママすきだもんね」
「ですから、内緒ですよ! 約束」

真北は、真子に小指を差し出した。

「やくそく!!」

真子も小指を差しだし、そして、二人は、小指を絡め、指切りげんまんをしていた。

「なぁに? 二人で、何を約束したの?」
「ひみつ!」
「秘密です!」
「あらそうなのぁ。二人だけの秘密なの? 私も知りたいなぁ」
「だめぇ〜」

ほんわかムードの中、少しドスの利いた声が聞こえてきた。

「真北ぁ、準備できたのか? そろそろ出かけるぞぉ」

それは、慶造の声だった。

「いつでもいいぞぉ。お前次第や」
「そうかい。10分後な」
「はいよ。…ったく、慶造の奴、出かける寸前に仕事思い出して…」
「いつもの事だから。あの人の癖かしら?」
「治らないもんだなぁ」
「真北さん」

ちさとは、静かに真北を呼んだ。

「はい」
「…天地山って、…その…原田って方がおられる…」
「その原田と約束したんですよ。天地山が生まれ変わったら、
 俺達を招待しろってね」
「…真子が行っても…大丈夫かしら?」

ちさとは、真北に抱っこされている真子を心配そうに見つめながら、真北に尋ねた。

「大丈夫ですよ。原田は、あの時の…真子ちゃんの前に現れた時の
 原田では、ありませんから。奴も生まれ変わったんですよ」
「…素晴らしい景色だと、お聞きしてるんですが…」
「素敵なところですよ。真子ちゃん、絶対に気に入ると思いますよ」
「…真北さんが、そうおっしゃるのなら、安心しました」

ちさとは、優しく微笑んでいた。

「私も久しぶりに、行くんですよ。どれだけ変わったか、楽しみです」

真北は、ちさとの微笑みに高鳴る心臓を誤魔化すかのように、真子を地面に下ろした。

「真北さんも変わったと言われるかもしれませんね」
「はぁ…」

真北は、照れたように頭を掻いていた。
その時だった。
真子が、真北の足を蹴って、ちさとの後ろに隠れた。そして、そっとちさとの後ろから顔を出し、真北を見上げた。しかし、真北の姿は、そこには無かった。
真子は、驚いて、キョロキョロと真北を探していた。

「!!!」

なんと、真北は、真子の後ろに回っていたのだった。そして、真子の目をそっと覆った。

「まきたん!」
「真子ちゃん、駄目ですよ。人を蹴っては」
「だって…まきたん…」

真子は、真北とちさとが話している姿を見て、嫉妬しているようだった。

「べぇ!」

真子は、あっかんべーをして、その場を去っていった。

「真子ちゃん!! そろそろお出かけだよぉ! 山中ぁ!捕まえろ!」

突然、名前を呼ばれた山中は、真北の言葉に反応するかのように、部屋から飛び出し、本部内を逃げ回る真子を追いかけ始めた。

「お嬢様、お待ちください!!」
「やだもん!」
「お嬢様ぁ!!」

真子は、山中の腕をすり抜け、逃げまどっていた。そんな二人を見つめるちさとと真北は、ほほえましい雰囲気に包まれていた。そこへ、慶造がやって来た。

「…出かける前に、何やってんだよ」

呆れたような感じで真北に言った。

「悪いぃ。真子ちゃんに嫉妬された」
「あのなぁ。お前、何考えてるんだよ」
「何も。…で、OKなのか?」
「あぁ。ちさと、勝司じゃ、真子を捕まえられないだろ」
「大丈夫ですよ。それに、滅多に観られない光景でしょ?」
「そうだけどなぁ。…勝司に悪いだろ」
「あら? 山中さん、あぁ見えても、真子の事に関しては、あなたよりも
 よくお世話してくれますのよ」

ちさとは、少しふくれっ面になっていた。

「…嫌みかぁ?」
「少しは、真子の相手をしてあげてくださいよ」
「…言ったろ? …女の子をどう扱っていいのか、わからんって…」
「自分の娘だろ」
「真北ぁ、何か? 喧嘩売ってるんか?」
「…お前とやりあっても、しゃぁないやろ。…俺が捕まえてくるよ」

そう言って、真北は、真子と山中を追いかけていった。

「ほんと。俺より父親らしいな」
「えぇ。…真子には、やはり、この世界では、育って欲しくないわ」
「…あぁ」
「それと」
「ん?」
「真北さんに、あのような格好させないでください。まるで、やくざだわ」
「俺も、やめるように言ってるんだがな…様になりすぎてるんだよ…」

ちさとと慶造は、真子を追いかける真北に目線を移した。真北は、真子に逃げられる一方だった。山中もあたふたしている…。ちさとは、微笑ましくその光景を見つめ、そして、そっと言った。

「私、考えたの。真子が一番懐いているのは、真北さんだわ。だから、
 真北さんに、預けたら…どうかしら?」
「真北、あれでも、子供好きだからなぁ。…でも、男手一つで、
 育てるのは、難しくないか…?」
「そうですね…」

ちさとの表情が、少し曇っていた。

「真北に、要相談だな」

慶造は、ちさとの思いがわかったのか、そっとちさとを抱き寄せ、頭を撫でていた。


「捕まえたぁ!!!」
「つかまったん!!」
「はぁはぁはぁ…すみません、真北さん…」

追いかけっこをしていた真子と真北、そして、山中。その中で、息が上がっているのは、山中だけだった。

「…体力ないなぁ、山中」
「私は、持久力がないんですよ」
「もっと鍛えろよぉ」
「鍛えておきます。で、そろそろご出発ですか?」
「そのようだな…っと、もう少し、このままだな」

真北は、ちさとと慶造の方をちらりと見た。二人の仲むつまじいラブラブな姿を見て、目を反らすような感じで、そう言った。

「そうですね。…では、私は、支度を済ませたら玄関で待機しております」
「あぁ。俺もすぐに行くよ。準備は既にできてるからな」
「では」

山中は、一礼して、自分の部屋へ向かっていった。

「真子ちゃん、庭に行こうか」
「うん」

真北は、真子を抱きかかえ、庭に向かって歩いていった。

「これからね。その庭よりももっと、もっと、素敵な所に行くんだよ」
「すてきなところ?」
「てんちやまと言う所だよ。夏は涼しくて、冬は、雪がいっぱいあるんだって」
「ゆき? …あのそらからのしろいおくりもの?」
「そうだよ」
「いきたいぃ!」
「そうだねぇ、そろそろ出発したいんだけど…ちさとさんも慶造も
 何か深刻そうだからなぁ…」

真北は、少し不機嫌な表情になっていた。それを真子は見逃さなかった。
真北の頭を小さな手が、撫でていた。

「真子ちゃん?」
「まきたん、さみしそうだもん。だから、なでなでしてあげる」
「…真子ちゃん、優しいなぁ。ありがとう。もっとなでなでしてくれる?」
「いいよぉ。だって、こいびとだもん」

真子は、真北の頭をたくさん、たくさん撫でていた。真北は、嬉しいやら、寂しいやら…。複雑な気持ちだった。


真子と真北が、庭で遊んでいる時だった。慶造が、やって来た。

「真北ぁ、出かけるぞぉ!」
「わかったよ。さっ、真子ちゃん、行くよ!」
「うん!」

真北と真子は、微笑み合っていた。真北は、真子を抱きかかえ、、駆け出す。その勢いで、玄関まで走っていく二人。

「お待たせぇ」

真北が行った。そこには、慶造だけでなく、ちさと、山中、猪熊、そして、小島が待っていた。

「じゃぁ、出発っ!」

それぞれが二台の車に分かれて乗り込み、本部を出て行った。






自然溢れる天地山。緑が美しく、そして、空気もおいしい。
その天地山の頂上に、一人の男が立っていた。
頂上から見下ろされる景色は、絶景で、その自然と比べると、人間は、本当にちっぽけに感じる。

覚悟……しなきゃな…。

その男こそ、この天地山を守る、原田まさという男。
その昔、この辺りを仕切る組に仕えていた男だった。

一点を見つめたまま、原田は考え込んでいた。

あの日、向けた刃は、そのまま突き出すこともできず、命を奪ったことにして、その場を去る計画だった。しかし、その刃は、一人の男に突き刺さった。
あの日、その場に居た者が、今日、この天地山にやって来る。

どの面下げて、顔を合わせれば、いいんだよ…。

原田は大きく息を吐き、空を見上げた。
そこには、澄み渡るほどの青空が広がっている。

心も澄んでいく……。

大きく息を吐き、そして、思いっきり吸い込んだ。

覚悟……。

グッと拳を握りしめた、その時だった。
突然聞こえてきた足音に振り返ると、そこには真北の姿があった。

「やはり、ここだったか」
「真北さん……ということは、来られたんですね」
「あぁ」

真北の言葉に、原田の表情は強ばった。
原田は、一呼吸置いた後、再び、景色を眺める。真北は、原田の横に立ち、同じように景色を眺め始めた。


雲が、流れる…。


「いつ観ても…素敵な景色だな」

真北が言った。

「えぇ。仕事の後、悩んだ時や、疲れた時、心が荒んだ時は、
 この自然の偉大さを肌で感じて、心が和んでいきますから」
「……そうだったな。……で…今日は、どうして?」
「…緊張しているんですよ」

その声から、緊張感が伝わってくる。原田は、話し続けた。

「足を洗って、こうして、天地山を守るように過ごして三年。
 あの争いがあった天地山とは全く違って、今は、このように
 和やかになりました。…だから、あの頃よりも、落ち着きます」
「お前の努力の成果だな。街を見てきた。お前を拉致した日も
 同じように見たけど、あの頃の面影は全くないな。
 普通の活気溢れる街だったよ。真子ちゃんも喜んでいた」

原田は、『真子』という言葉に、ピクッとした。

「うるさいくらいに喋るようになったぞぉ。ったく、誰に似たのか…」

真北は、微笑んでいた。その微笑みにつられるように微笑んだ原田は、覚悟を決める。

「では、そろそろ下りますか?」

原田の言葉に、フッと笑って応える真北は、

「そうだな」

短く応えた。



「は、初めまして…。原田…まさ……です」

真子につられて、原田は自己紹介をした。

あの日、刃を向けた幼子が、こうして、話しかけるまで育っている。
どんな仕事をしているのかと、興味津々と尋ねてきた。

「し、仕事ですか…。その…」

目の前で無邪気に微笑む真子に対して、応えが思い浮かんでこない。

しまった、それは…考えてなかった…。
助けてください…真北さぁ〜ん。

思わず真北に助けの眼差しを向けてしまった。

ったく……。

呆れたように笑みを浮かべた真北は、

「真子ちゃん、あててごらん?」

真子に言った。
真子は考え込みながら、原田をじっと見つめていた。

「…ホテルのえらい! そうでしょ、はらだまささん!」

『ホテルの偉い人』。
真子は、そう言いたかったらしいが、うまく言葉が出てこなかったようで…。

えっ? えっと…ホテルの…えらい…って、えっと…。

頭の回転は速い原田。しかし、このときばかりは、真子の言葉の意味を理解できなかった。ところが、真子の言葉に戸惑う原田を横目に、真北が真子を撫でながら、

「正解! よく解ったね、偉い偉い!」

そう応えていた。その時、ハッと気が付いた。

ホテルの偉い人…ということは、支配人…??
って、真北さん!! 俺、違いますって!!!

原田は、そう言いたかったが、真子が嬉しそうに微笑んでいるものだから、何も言えずにいた。
しかし、このとき、原田の心は、和んでいた。
真北に誉められ、凄く嬉しそうに笑っている真子が、そこに居た。
その真子の笑顔が、緊張していた原田の心を和ませていた。

笑顔で、心が和む。
そういうことも、あるんだな…。

和んだ心のまま、原田は真子に微笑んでいた。
真子の笑顔がさらに素敵な笑顔へと変わった瞬間でもあった。

「真子ちゃん、遊ぼうか?」

原田は、自然と声にしていた。

「うん!!」

真子が元気に返事をした。



真子と一緒にはしゃぐ原田を、慶造達が見つめながら、何かを話し込んでいた。
その内容は……。



「私が、ホテルの支配人ですか?」

慶造の言葉に、原田は戸惑いをみせた。

「あぁ。ここには、温泉もある、スキーもできる。
 そのつもりで、そうしてたんとちゃうんか?」
「あっ、これは、組の者が楽しむようにと造っただけで…」
「それをそのまま利用したらどうや?」
「しかし…」

いきなりの話に、原田は、どう応えていいのか、分からない。

「施設は可能としても、私は、接客業には……」
「相手の特長を読むのが得意なのに?」

慶造は、痛いところを突く。
その昔、殺し屋として生きていた。

「そ、それは、生業上、仕方なく身についたもので…」
「それを、接客に向けることできるやろが」
「慶造さん…」
「って、真北が言ってたんだが…」
「……真北さぁん……」

思わず目をやる原田に、真北はただ、微笑むだけだった。

「真子ちゃんの意見だ」
「…真子の意見って、原田をみて、昨日泊まったホテルの支配人と
 よく似た雰囲気だったから、そう応えただけだろが。それを何だ?
 原田、お前はぁ〜。違います、と言えなかったんか?」
「……どう応えれば、よろしいんですか……。私のことを
 どのように紹介すればよろしいんですか? 言えませんよ…」

原田の思いを知ってるだけに、慶造は何も言えなくなった。

「決まりだ」

そう力強く言った真北に、

「…好きにしろっ」

諦めたように言う慶造に、その場に居る誰もが微笑んでいた。

「お世話に、なります」

深々と頭を下げた、その瞬間、原田のこれからの人生が、(強引に近い感じで)決まった。





あの日が、私の人生の分岐点でした。
お嬢様の言葉が無かったら、今の私は御座いません。
新たな人生でもあります。
だから、私は、全うします。
天地山ホテル支配人、原田まさ。
これからも、お客様の心を和ませるよう、努力します。
いいや、努力しなくとも、自然と出来るようにならなければ!
お嬢様、ありがとうございます。

支配人室にあるデスクの引き出しに、そっとしまい込んでいる、真子の笑顔が輝いている写真。
原田は、一日の終わりには必ず、その写真に語りかけていた。
語り終え、引き出しをしめる原田は、その日の書類に目を通し始めた。

時刻は日付が変わる頃。
外は雪が、しんしんと積もっていた。



明日、その人生の分岐点を与えてくれた方が、
天地山にやって来る……。



(2002.4.2 / 改訂版2017.3.5)



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※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。



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