任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 短編 その6-5


一騒動(5)

ロープウェイが頂上の駅へ向かって登っていった。

「一番乗りじゃなかったんだ…」

真子が呟いた。

「朝六時から動いてましたよ」

ぺんこうが応える。

「そっか。頂上で働く人も居るもんね」
「えぇ。朝日を観たい人も居るはずですよ」
「綺麗だろうなぁ」

そう話ながら、真子とぺんこう、まさちんは頂上を見つめていた。
くまはちが、人数分の往復切符を購入しに窓口へと足を運ぶ。
健は辺りをさりげなく見渡して、警戒していた。
えいぞうは、ベンチに腰を掛ける真北の前に立ち、

「……無理しない方がよろしいですよ」

ロープウェイに近づく度に青ざめていく真北を心配し、声を掛ける。

「俺一人じゃつまらんやろ」

いつもの調子で応えるものの、声は震えていた。

「ぺんこうたちが来なかったら、今日の予定は?」
「今日も散歩」
「…先に猫グッズ店を見つけられたら、予定も狂いますよねぇ」
「うるさい。だから、お前らに頼んでいただろが」
「すみませんねぇ、出尽くして」
「…えいぞうぅ、お前なぁ」

くまはちが、切符を買い終えて、真子達に配り、そして、真北の所へとやって来た。

「大丈夫ですか?」

切符を渡しながら、くまはちが尋ねてきた。

「一度登ってるから、大丈夫や」

やはり、声は震えている。

「組長、忘れておられるんですね」
「言わなくてええ」
「かしこまりました」
「俺より、あっちな」
「はっ」

真北の目線は、真子とまさちん、ぺんこうの阿山トリオに向けられていた。
まさちんとぺんこうのやり取りを、真子が止めようと必死になり、一緒に巻き込まれて……。
くまはちは真子が巻き込まれる前に、二人を阻止する。
その『カルテット』を見つめながら、真北は心を和ませて……いたいが、無理だった。

「……本当に、大丈夫なんですか?」

さりげなく、えいぞうが尋ねると、真北は軽く手を挙げるだけ。
その時、ロープウェイが到着した。

「真北さん、えいぞうさん、健! 来たよぉ」
「はいなぁ」

健は元気よく返事をするが、真北は、重い腰をゆっくりと上げるだけ。

「腕……組みましょうか?」
「うるせぇっ」
「真北さん、早く!」
「今行きますよ」

真子に応える声だけは、しっかりとしていた。

チッ…。

と舌打ちをするのは、ぺんこう。
自分たちが居るから、諦めて見送るのかと考えていたらしい。
改札を通り、ロープウェイに向かって来る真北を観て、ぺんこうは、ため息を付いた。



真北は、下が見えない位置に腰を下ろした。
ロープウェイに乗ったのは、偶然にも真子達だけだった。
ロープウェイのドアが閉まり、動き出す。
真北は、下が見えてない為、先日よりは、落ち着いていた。
下の景色が、遠ざかる。ロープウェイが昇り始めた。

「観て観て! 綺麗でしょぉ」
「ほんとですね、組長。下から見上げるのも綺麗ですが、
 上から見下ろすのも綺麗ですね」

ぺんこうが応える。

「あの旅館ですね、私たちが泊まったところは」

まさちんが言う。

「そうだよ! 紅葉に囲まれた旅館なんだよ、ねっ、真北さん」

真子が真北に振り返った。

「えぇ。紅葉で有名な旅館ですから」

笑顔で応える真北に、またしても、ぺんこうは、ムッ……。

「組長、あの辺りですか? その猫グッズが売っていた場所は」
「……えっと……。そうみたい! 凄い! ぺんこう、どうして解ったの?」
「今朝、ジョギングの時に見つけましたから」

ニッコリ微笑んで、ぺんこうが応えた。

「組長、あれは?」

まさちんが、真子とぺんこうの会話に割り込んでくる。

「あれはね…」

まさちんの質問に、優しく応える真子。
真子が外を見つめている時に、まさちんがぺんこうに目をやり、ニヤリと口元をつり上げた。
それには、ぺんこうがカチン……。

「!!! ぺんこう、てめぇぇ」

ぺんこうの蹴りが、まさちんの脛に入ったらしい。

「!!! …まさちん……お前なぁ」

まさちんの拳が、ぺんこうの腹部に突き刺さった様子。

「ぺんこうぅ〜」
「まぁさちぃぃ〜ん」

二人はお互いの胸ぐらを掴み上げる。

「あれはね……???」

と説明しようと振り返った真子は、まさちんとぺんこうがお互いの胸ぐらを掴み合っている事に気付いた。掴んでは離され、離されては掴み…二人が勢い良く繰り返すものだから、ロープウェイが、少し揺れ始めた。
くまはちが、二人を止めようと一歩踏み出した…ら、

「静かにせぇやっ!」

真北の怒鳴り声が響き渡った。
………怒鳴ったが、真北は目を瞑っていた。

あっ…。

真子は思い出す。

無理するから…。

ぺんこうは、呆れていた。

????

まさちんは、またしても、理解できず……。

「ごめんなさい、真北さん…」

真子が静かに言うと、

「お気になさらずに。もうすぐ到着ですから」

震える声で真北が応えた。
そして、ロープウェイは頂上へと到着した。
真北は、真子に支えられながら、降りてきた。

「真北さん、二日酔いですか…」

こういう所は鈍いまさちん。的外れな質問をしていた。



展望台にやって来た真子達は、下に広がる紅葉を眺めていた。
まさちんとぺんこうが、真子を挟む形で展望台から眺めている。
二人は、真子と語り合うのを取り合っているらしい。
くまはちの姿は、その展望台には無かった。
健は、少し離れた所にあるベンチに腰を掛け、何かを小さなノートに書き込んでいる。
真北とえいぞうは……。

「はい、どうぞ」
「サンキュ…」

えいぞうが、差し出したお茶に手を伸ばす真北は、まだ、顔色が青かった。
お茶を一口飲む。

「…はぁ……」

少し落ち着いたらしい。

「ったく、あいつら……解ってて揺らしたんやろな」

吐き捨てるように言う真北に、えいぞうは苦笑い。

「下で待っていたら良かったんですよ。あいつらが居るなら
 大丈夫でしょう?」
「とある一人が居ないなら、そうしてるがな」

そういう真北の目線は、ぺんこうに向けられていた。

「そうですね。ここも安全なら、そうしていたんでしょう?」

ぺんこうまで、巻き込むのは良くないと、そういう事だった。
ぺんこうは、一般市民。
もし、ぺんこうに何かあれば、真子だけでなく、誰かも哀しむことになる。

「それで、くまはちは、何処や?」

真北が小さく言うと、えいぞうは惚けたように首を傾げ、

「さぁ、お昼の予約でもしてるんちゃいまっかぁ」

いつものように、軽い口調で応えていた。

「ったく…」

真北はお茶を飲み干した。

「真北さんも、こっちに来たらぁ?」

真子が振り返って、真北を呼んだ。しかし、真北は、首を横に振り、みんなで楽しめと、手で合図を送った。真子は、健の姿を見つけ、駆け寄っていく。真剣に何かを書き込んでいた健は、真子に呼ばれて直ぐに反応する。そして、まさちんとぺんこうの所へと、真子と一緒に駆けていった。
その途端、まさちんの拳と、ぺんこうの蹴りが健に向かって差し出された。
健は軽々と避けて、真子の後ろに姿を隠す。

「組長〜ぅ、助けてくださいよぉ」
「もぉ〜。どうして、健に攻撃するんよぉ!」

真子がふくれっ面で言うと、

「なんとなく」

二人は同時に応え、そして、いつもの如く、睨み合う。

「はぁ〜〜〜〜〜……」

真子が長くため息を付いた。

「健、二人で、向こうに行こっ!」
「はいなぁ〜!」

真子は、健の腕を掴んで、ズカズカと別の場所へ向かって歩いていった。

「って、組長っ!」

まさちんとぺんこうは、真子と健を追いかけていく。

「二人仲良く、眺めときぃっ!」

『いーだ』という表情をして、真子が言う。それには、二人は項垂れた。

「すみません…」

小さく呟いて、二人は真子を追いかけていく。
少し離れた場所で、真子達は再び紅葉を眺め始めた。

「よろしいんですか?」

えいぞうが、真北も紅葉を楽しめば?という感じで、誘う。

「あいつら眺めてる方が、楽しいやろ」

真北が楽しそうに言うと、

「それも、そうですね」

えいぞうも楽しそうに応え、真子達に目をやった。
くまはちが戻ってくる。
その表情を見て、解る。

一仕事を終えてきた……。

真北とえいぞうは、項垂れてしまった。

「掃除してきました」

真北に、そっと伝えるくまはち。

「先に来ていたということか。…あいつらも、先手を打つとはなぁ」
「やはり、周りを固めた方が無難です」
「それすると、真子ちゃんが気付くやろ」
「しかし、奴らは…」

くまはちは、急に口を噤んだ。
真子が振り返り、手招きしていたからだった。

「呼んでるで」
「はい。失礼します」

くまはちは、真北に一礼して、真子の所へ駆けていく。
真子に何かを言われたのか、くまはちは、恐縮そうに応え、何かを誤魔化したのか、まさちんとぺんこう、そして、健が、真子から顔を背け、必死で笑いを堪えていた。

「くまはち…組長の前では、あぁなんですか?」

えいぞうが、不思議そうに言う。

「あぁ…。真子ちゃんの前では、常に…な」

そう応えた真北の表情は、とても穏やかだった。
顔色が戻っていた。

「落ち着いたんなら、御一緒しましょうか?」
「ん? 俺は遠慮する。一度、観てるしなぁ」
「そうですか。では、私も楽しんできますよ」
「そうしろ。…その代わり…」
「はい?」
「…巻き込まれるなよ」
「ほへ?」

真北の言葉が気になり、真子達に振り向くと、カルテットに一人加わって、クインテット状態。

「健まで加わるとは……珍しいことですよ」
「ここの空気が、そうさせてるだけやろ。ほら、行って来い」
「失礼します」

えいぞうは、真子達の所へと駆けていった。
えいぞうに気付き、真子がえいぞうに、何かを頼む。どうやら、団子状態になっている四人の男を止めて欲しいと頼んでいるらしい。しかし、えいぞうは、止めるどころか、それを楽しむかのように眺めているだけ。真子にも、そう勧めたのか、真子も四人の団子状態を眺め始めた。
真子の表情が、穏やかに変わる。

ったく…えいぞうの得意技やな。

真北は、フッと息を吐き、空を見上げた。
秋晴れの素敵な空。
思わず、誰かに語りかけていた。



真子達は、頂上でのんびりと、紅葉を眺めて、お昼を迎えた。
その頃には、頂上に来る客も増えていた。
先に予約をしていた為、レストランではすんなりと、席に着く。
そこでも、クインテットは続いていた。
ぺんこうが真子に何かを話し、優しく応える真子に、まさちんが横から語りかける。真子の顔がまさちんに向くと、ぺんこうが真子に語りかける。それが何度か続くと、今度は、くまはちが、二人を止めるように声を掛けた。そこに、健も加わって…。

いつまで、続くんや…ったく…。

真北は、フッとため息を吐いて、食後のお茶を飲む。

まぁ…楽しいけどなぁ。

真北の表情は、綻んでいた。





「…………」
「…………すみません…」
「……はぁ……あのなぁ、まさちん」
「ほんの一瞬でした。……本当に…」
「もぉええ。何も言うな……」

ったく、ぺんこうはぁ……。

真北の眉間にしわが一本、増えた。
食後、勘定を済ませている、ほんの少しの間に、

「先に出てますよ」

と言って、真子と一緒に店を出たぺんこう。まさちんが、追いかけるように店を出たが、すでに、二人の姿は見当たらず、キョロキョロと探している時に、真北達が出てきて、そして、今。
店の周りには、他の観光客と、昼食に並ぶ客の姿があるだけで…。

「まぁ、しばらく、二人にさせとけば、ええんちゃう」

ちょっぴりふくれっ面で、健が言うと、

「…健…お前が手引きしたなぁ〜?」

えいぞうが、健の首に腕を回し、耳元で呟く。

「その方が、安全やんか。…うようよ居るのにぃ」
「その方が、かえって危険やろっ」
「目立つのん、まさちんとくまはちやんか」
「俺が何や?」

くまはちの耳には、二人の会話が届いていた。

「あっ、いや、なぁんにも」
「ふん。お前らの、その言葉は聞き飽きてる。…ここは
 任せたから、…手ぇ出すなよ。…俺の仕事や」

そう言って、くまはちは、人混みに紛れて、姿を消した。

「みなまで言わんでも、ええのになぁ」

えいぞうは呟き、真北に目をやった。
真北は、まさちんともめていた。
ぺんこうと真子を二人っきりにさせたことを、どうやら……怒っているらしい。

まさちんに怒っても、しゃぁないやん…。

呆れたように息を吐き、えいぞうは目を瞑った。
ゆっくりと目を開けたえいぞうは、とある場所に目線を移した。
その眼差しこそ………。




ぺんこうは、真子の手を引いて、広大な場所へと駆けてきた。

「ぺんこうぅ〜! 駄目だって!」
「いいんですよ! いい薬です」
「もぉ〜」

真子がふくれっ面になると、ぺんこうは、思わず笑みを浮かべた。

「私だって……」

思わず口にしそうになった言葉を飲み込み、

「…け、景色、本当に、美しいですね。真北さんと、
 ここまで来たんですか?」

…と誤魔化した。
それには、真子は目をパチクリ。

ったくぅ〜。

どうして、真北の名前が出るのか、真子は驚いていた。
真北から引き離すために、健に無理矢理頼んで、二人っきりになったというのに、真北を気にしている。

「来たよぉ」

ちょっぴり意地悪っぽく、真子が応えると、今度は、ぺんこうがふくれっ面に。
そんなやり取りに、思わず笑い出す二人だった。

「組長〜」
「なによぉ、ぺんこう〜」

そして、二人は、景色が一番よく見える場所へと歩み寄った。柵に寄りかかり、その向こうを見つめる。
その場所は、紅葉を一望できる場所だった。

「本当に、真北さんと、一緒に来たんですか?」

ぺんこうは、足下を見つめながら言った。
ここは、山の頂上。そして、足下は、景色が良く見えるようにと、少し迫り出している。柵の向こうは…。

「……来てないよ…」

真子が小さな声で応える。

「ったく…」

ぺんこうは、真子の頭を、くしゃっと撫でた。

「綺麗ですね」
「うん」

二人は暫し、景色に見とれていた。
突然…。

「ねぇ、ぺんこう」
「はい」
「私と……どっちが綺麗?」
「いっ?!?!?!???」

真子の言葉に、ぺんこうは何も言えなくなる。
一点を見つめたまま、ぺんこうは、硬直。

綺麗って、そりゃぁ、その……く、く……く…。
く……!!!!!!

「組長っ!」
「えっ? きゃっ!」

突然、ぺんこうが、真子を抱きかかえて横に転がった。
真子が立っていた場所で、何かが弾けた。

銃……弾…?

ぺんこうと真子は、同時に顔を上げた。
そこには、いかにも、同業者という面構えの男が四人、立っていた。
ぺんこうは見覚えがある。

「狙いは…俺だろ?」

ぺんこうが言うと、男は口元を不気味につり上げた。

「そのつもりだったが……まさか、一緒だとはねぇ。
 阿山の五代目がっ」

そう言った途端、男は、右手を振り上げた。
その手には、鉄パイプが握りしめられている。

「狙いは私だろっ! この人は、関係ないっ!」

真子が叫び、そして、振り下ろされる男の腕を掴んだ。
しかし、男の体格は、かなり大きく、腕も筋肉質である為、男は、真子に掴まれた腕を再度振り上げた。

えっ!!!

「組長っ!」

真子の体が宙に舞い、そのまま、柵の向こうに飛びだしてしまう。
ぺんこうは、真子を放り投げた男を押し退けて、真子に手を伸ばした。

届かないっ!

ぺんこうは、柵に上がり、右手を伸ばす。
真子の腕を掴んだ。

しまったっ!

真子の腕を掴んだものの、バランスを崩し、自分の体も柵の向こうに落ちる形になってしまう。

「くっ!」

なんとか、柵の下の方を掴み、ぶら下がる形になった。

「組長、私の腕を掴んでください」

ぺんこうの言葉で、真子は、ぺんこうの腕を掴む。

「ぺんこう、上!」

真子が叫ぶ。
ぺんこうが見上げると、四人の男が柵から覗き込み、そのうちの一人が、真子に銃口を向けていた。
男が、引き金を引く。
ぺんこうは、うまい具合に腕を動かし、銃弾から、真子を守った。
しかし、男は容赦なく、引き金を引いていた。
ぺんこうが、真子を守るのに限界がある。
真子は、ぺんこうから手を離した。

「組長!」
「ぺんこう、離して! 下は木だから、大丈夫」
「クッションになるとしても、この高さは…」
「大丈夫だから、離して! ぺんこうが怪我を…」

真子は、あの日のことを思い、そう口にした。
もう、誰も哀しませたくない。

「ぺんこう!」
「…離しません。離しませんよ。あなたが怪我をしたら、
 あなたが、哀しむじゃありませんかっ!」

真子が怪我をすると、周りに影響する。
真子の周りの男達が、怒りに満ちていく。
それを知った真子が、自分を責め、そして、哀しんでしまう。
今まで、そういった事が続いていた。
だからこそ、ぺんこうが、口にしたのだった。

「だけど…」
「弾は切れてます」
「次があるっ!」

先程、真子を振り落とした男が、手にした鉄パイプを振り上げ、柵を掴むぺんこうの手を狙って、振り下ろそうと……。

「…!?!???」

ぶら下がる二人は、見上げていた男達の姿が急に消えた事に、疑問を抱く。

「組長っ!」

見上げていた景色に、えいぞうの顔が現れた。

「えいぞう…」
「ぺんこう、頑張れ。今、引き上げるから。だから、組長。
 ぺんこうの腕を掴んでいてください」

えいぞうは、柵の間から手を伸ばし、ぺんこうの腕を掴んでいた。
引き上げようとするが、えいぞうの力では、二人の体重を引き上げるには、足りない。それでも、えいぞうは、渾身の力を込めて、ぺんこうと真子を引き上げようとしていた。
ぺんこうの体が、少し上がる。
ぺんこうは、柵を素早く握り替えた。
少し、体は上がったが、真子はぶら下がった状態。

「組長、耐えてください」
「私より、ぺんこうだよ!」

真子が、そう言った時だった。
一人の男が、柵を乗り越えた。

「真子ちゃん、手!」

真北だった。
真北が柵を乗り越え、ぺんこうと同じようにぶら下がり、ぺんこうが掴んでいない真子の手を掴もうと、手を伸ばしていた。

「芯、真子ちゃんを引き上げろ。それじゃぁ、届かん」
「はい」

ぺんこうは、真子を掴む腕に力を入れ、真子の体を少し、引き上げた。
真子が、もう一つの手を伸ばす。そして、真北の手を掴んだ。

「引き上げるぞ」

真北の言葉と同時に、ぺんこうは真子を引き上げた。
真子は、両手で柵を掴む。
その途端、くまはちに引き上げられた。
真子の無事を確認した真北は、ぺんこうの体に手を伸ばし、引き上げる。
そして、真北自身、何事も無かったような感じで、柵を乗り越えていった。

「………」

ぺんこうは、柵の向こうから戻ってきた真北を見つめていた。

「ったく。勝手な行動をするからや」

真北は、そう言って、ぺんこうの頭をコツンと軽く叩いて、少し離れた所へと向かっていった。

「まさちん、健…お前ら…やりすぎ」
「えぇ〜、しゃぁないやんかぁ。こいつら…」
「……これじゃぁ、口が割れんやろ」
「あっ…」

手加減を知らないというのは、こういう事をいうのだろう。
四人の男達の腕は見慣れない方向へ曲がり、顔は、変に歪んでいた。
もちろん……気を失っている。

「後が厄介やろが」

そう言いながら、真北は、何処かへ連絡を入れた。
その様子を観ていた、ぺんこうは、その場に座り込み、項垂れた。

真子の危機に、気が気でなかった。
しかし、自分が行動すれば…。
もし、誰も来なかったら、二人して、下に落ちていたかもしれない。
いや、その方が安全だと思えば、そうしただろう。
ほんの少し、判断が早ければ、こんな気持ちには…。

なぜ、俺を……。
名前…呼んだ…。
もしかして………。

ぺんこうは、拳を握りしめた。
その拳を包む、温かい手があった。
人の気配を感じ、ぺんこうは、顔を上げる。

「組長…」
「ごめん…痛めた?」
「…あっ、いいえ……。すみませんでした」

そう言って、ぺんこうは、立ち上がる。

「ぺんこう?」

真子達に背を向けて、ぺんこうは、ゆっくりと歩いていく。

「くまはち、お願いっ」
「はっ」

真子に言われて、くまはちが、ぺんこうを追いかけていく。

「えいぞう……どうしたらいいの…」

真子が、潤んだ眼差しで、えいぞうを見つめて、そう言った。
えいぞうは、優しく微笑み、

「大丈夫ですよ。真北さんの意外な姿を観て、驚いてるだけです」
「…くまはちに……任せて…いいよね」
「えぇ。その方が、落ち着くでしょう。…組長、怪我…ありませんか?」
「無い。でも……怖かった…」

真子の声は、震えていた。

「怖いなら、手を離せと、命令しないように」

ちょっぴり怒った口調で、えいぞうが言い、そして、真子の頭をそっと撫でた。

「反省してます…」
「よろしい」

その途端、えいぞうは、頭のてっぺんに、強烈な痛みを感じた。

「…って、真北さぁぁん、それは、無いでしょぉがぁ」
「うるさい」

真北の拳が、えいぞうの頭に力一杯落ちたらしい……。




ぺんこうは、ただひたすら、歩いていた。
周りの景色に目も暮れず…。
だから、

「ぺんこうっ! 前をちゃんと見ろ」

足下に気付かず、階段から落ちそうになった所を、くまはちに支えられた。

「………っ!! お前なぁ……」
「ほっとけ」
「自分を責めてるんか? それとも…愛を感じたか?」
「何も応えんわ」

そう言って、くまはちの腕を振り払い、階段を下りていく。

ったく…。

くまはちは、ぺんこうを追いかけていく。

「単独行動禁止」
「関係ない」
「勝手な行動も禁止」
「だから、関係ないっ」
「一人で、拗ねるのも、禁止」

そう言われた途端、ぺんこうは歩みを停めた。
力強く握りしめられた拳が震えている。
肩も震えていた。

「無理するなって」

くまはちは、ぺんこうの肩に手を回し、その手で、ぺんこうの目を覆った。
その隙間から、一筋の滴が、流れていった。



(2007.5.24 UP / 改訂版2017.3.12)



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