〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



独り占め。

真子の自宅・庭。
くまはちが、庭の手入れをしている側には、美玖が座り込み、くまはちの作業を見つめていた。
そんな二人を真子と真北が少し離れた芝生の上に腰を下ろし、眺めている。

「くまひゃちぃ、つぎは、こりぇきるの?」

いつも庭の手入れをするくまはちを見つめている美玖は、くまはちの行動を把握しているのか、指を差していた。

「そうですね…。この辺りが伸びてきましたから、切りますよ。
 美玖ちゃん、もう少し後ろに下がってねぇ」
「はぁい!」

美玖は元気に返事をして、少し後ろに下がる。


「ほんと、くまはちって、なんでもこなすよねぇ。子供の扱いも慣れてる」

真子が微笑みながら、真北に言った。

「末っ子ですよ、くまはちは」
「そうだよね…」
「真子ちゃんの為…でしょうね」
「嬉しい事です」

真子と真北は、再び、くまはちと美玖を見つめる。

「どうですか、体調は」
「明日から、仕事に張り切るからね! 真北さんは、どうなの?」
「私はいつも通りですよ」
「……まさちんに…感謝しないと…」
「また、それですか…。芯が怒りますよ」
「焼き餅の間違いとちゃうん?」
「そうですね!」

二人は微笑み合う。そして…。

「真子ちゃん」
「ん?」
「まさちんと……何か遭った?」
「何もないよ」

真子は即答する。その応え方が、あまりにも不自然に感じた真北は、仕事柄、更に尋ねてしまう。

「もし、大人の世界の事があったのなら、それは、浮気ですよ。
 まぁ、私自身、人を叱る立場じゃありませんが、真子ちゃん、
 本当は、どうだった?」
「ひみつ」

真子は静かに応え、庭の先に目をやった。


一仕事を終えたくまはちに、美玖が駆け寄る。くまはちは、美玖を抱きかかえ、高い高いをして、そのまま、鬼ごっこをし始めた。鬼の役のくまはちに追いかけられる美玖は、楽しそうにはしゃいでいた。


「まさちん…」

真子が静かに語り出す。

「あの事件で受けた傷の後遺症で、男性としての機能が働かないって。
 だから、今の畑仕事と趣味の映画以外…まぁ、美玖と光ちゃんの
 プレゼントや、私の猫グッズなどもあるけど、…女性に興味が
 持てなくなったって…。星の数ほどの女性と付き合っていたのに」
「そうですね」
「体の機能を奪ったのは私のせい……。だから、私……」

真子は、膝に顔を埋めてしまう。
そんな真子の頭を優しく撫でる真北は、静かに言った。

「責めてませんよ。それに、真子ちゃんの気持ちでしょう?
 まさちんから真子ちゃんを奪ったのは、芯。その芯に対する
 気持ちも解るけど……。一番大切なのは、真子ちゃんの気持ち。
 それに応えただけ…そうでしょう?」

真子は、そっと頷いた。

「それで、まさちんは、どうだったんですか?」

少し興味津々な尋ね方…。

「………戻った」
「…やはり、真子ちゃんに対する思いが一杯で、自分自身で抑え込んで
 機能しないと思いこんでたんでしょうね。ったく……」
「あの時と同じだった。まさちん……変わってない……私の知ってる
 まさちんだった。優しくて、強くて…そして、心が落ち着く…そんな感じ…」
「芯には、感じない?」
「ぺんこうは、また違うよ……」

そう言って、真子は真北に目線を送る。

「真北さん」
「はい」
「真北さんは、どうなの?」
「…っい?!?!??」

真子の、あまりにも色っぽい言い方と目。流石の真北も、それには、クラァ…とくる。

「ま、真子ちゃん……」
「なぁに?」
「あまり、そうやって、色気を蒔かないで下さい……私は耐えられませんよ…」
「お母さんに似てきたから?」
「それもありますが……」
「他にもあるんだ」

真子は、足音が近づいてくる事に気付き、顔を上げる。美玖が、真子に駆け寄ってくるところだった。

「どうしたの? 美玖」
「ママ、しんどい?」

真子が膝に顔を埋めている所を目にして、心配して駆け寄ってきたのだった。

「大丈夫だよぉ。美玖、ありがと!」
「あんしんっ!」

胸に飛び込んでくる美玖をしっかりと受け止める真子は、優しく微笑み、更にギュッと抱きしめた。

「みぃんな、大好きだもん!」
「だからといって、誰から構わず、そういう行動は慎んで下さいね」
「……もしかして、芯……」
「知らないはずですよ。そういう事がありそうだったら、常に相談してきますから」
「いつになったら、兄離れするのかな…。ね、くまはち」
「私は、とうの昔に離れてますよ」
「私が、弟離れをしないと駄目なんでしょうね」

真北は、真子の膝の上に座る美玖の頭を撫でながら、そう言った。

「いっそのこと、離れよっか?」

真子の言葉に、誰もが解る反応を示した真北。

「いやだぁ〜。」

しかし、その行動は、予想出来なかった。
真北は、否定の言葉を発しながら、真子と美玖を抱きしめていた。

「って、真北さぁん!!」

慌てて真北の腕を掴むくまはちだったが、それは、間に合わなかった。


真北と美玖が、庭で鬼ごっこを始めた。それを眺める真子とくまはちは、静かに語り合っていた。

「そうだと思いました」
「気ぃ付いてたん? その間、おらんかったのに」
「組長の雰囲気ですよ。あの日と同じものを感じましたから」
「普通に振る舞ってるんだけどなぁ」
「それが、かえって不思議になるものですよ」
「なるほどぉ〜」

真子は、くまはちに寄りかかる。

「組長?」
「眠い…」
「それでしたら、部屋の方に…」
「ここがいい」
「お疲れですか?」
「それは、くまはちやろ? 退院したのは、今朝やんか。それも無理矢理
 えいぞうさんは、やっと一般病棟に移ったんやろ?」
「私は、軽いものですよ? あいつと一緒にしないで下さい」
「ごめん〜」

真子の額に手を当てるくまはち。
熱は、無い。
くまはちは、真子の額に当てた手で、真子の肩を抱いた。

「くまはちも…………」
「私は、そのような立場じゃありませんよ」
「解ってるって。でも…」
「ご心配無く」

そう言って、真子を見るくまはち。真子は、くまはちを見上げ、微笑んでいた。その微笑みに応えるかのように、くまはちも微笑む。
その笑みは、真子の心臓を高鳴らせる……。

「益々、凄くなってるで、くまはち」
「えっ?! す、すみません!!! 気を付けます」
「いいって。それがくまはちだもん」

真子は、庭ではしゃぐ二人を見つめる。


「たっだいまぁ」

元気な声と共に、買い物に出掛けていた理子と光一、そして、理子の母と水木桜が、玄関から庭に通じる扉を開けて近づいてきた。

「お帰り…って、おばさんと…桜姐さんまで…どうされたんですか?」

理子の母と桜の姿を見て、真子は驚いたように言った。くまはちは、立ち上がり、二人に一礼する。

「こんにちはぁ」
「こうちゃん、おかえりぃ」

真北の腕の中で、美玖が光一達に手を振っていた。

「まきたん、ぼくも!」

そう言って、光一は、真北に駆け寄る。
もちろん、真北は光一を抱きかかえた。

「お帰り、楽しかったかぁ?」
「うん!」

真北の表情は、緩みっぱなし……。

「ほんまに好きなんやなぁ、真北さんは」
「まぁな。…で、どうされたんですか?」
「真子ちゃんと同じ事、尋ねるんやねぇ」
「応えてないから」

素っ気なく言う真北に、桜は笑顔で応える。

「遊びに来てただけや。そこに、理子ちゃんと光ちゃんが来たんやもん。
 真子ちゃんが元気になったって聞いたから、会いに来ただけやぁ」

そう言って、桜は真子に近づき抱きついた。

「ちょ、ちょ、ちょっ!!!」

焦る真子。あたふたする仕草が、桜の笑いを誘っていた。

「ほんま、いつになったら、慣れるんよぉ、真子ちゃんはぁ」
「桜の癖、真子ちゃんには、無理やって」

理子の母が言った。

「ほっといてんかぁ……!!!」

桜は、何かに気が付いた。
どうやら、桜の仕草を見て、美玖と光一が、真似をしたくなったようで…。

「…って、ちょっ! あかんって!! わぁっ!」
「組長!」

美玖と光一に勢い良く飛びつかれた真子は、二人をしっかりと受け止めたものの、ばったりと真後ろに倒れてしまった。その真子を後ろで支えようと手を伸ばしたくまはち……。
間に合わなかった…。



リビング。
真子達は、ソファに座り、くつろいでいた。くまはちが、桜と理子の母に飲物を差し出す。

「ありがとぉ。くまはっちゃんも元気になって安心やわぁ」
「ありがとうございます」
「栄三ちゃんは?」
「知りません」
「つめたぁ」

真子の膝の上には美玖が、理子の膝の上には光一が座っていた。

「そうや。真子、これもらって来たんやけど…」
「ん???」

理子が差し出す封筒。真子は、手に取り中身を確認する。

「幼稚園…入園手続き???」
「うん。そろそろ二人に必要やんか。私も涼の店を本格的に手伝いたいし、
 その間、お母さんに頼むんも、二人とも大きくなってきたやんかぁ」
「幼稚園……」
「ここな、桜さんの知り合いが経営する所やし、安全って聞いたから…」
「……まぁ、そりゃあ、ここは、水木組関係だけど…」

組関係の情報が自然と浮かぶ真子。その口調は、煮え切らない雰囲気…。それには、桜が気にして口を出す。

「五代目ぇ。大丈夫ですよ。結構古い幼稚園やけど、駅にも近いし、
 しっかりと対応してくれるし、夜遅くまで働く家庭の為にも
 二十四時間営業にしてるんやで〜。何か不安なことでも?」
「…経営方針は知ってるって、月一で報告書に目を通してるもん」
「それなら、何か…」
「………必要なん?」
「?!?!???」

真子の言葉に首を傾げる理子達。その会話を聞いていた真北は、ちらりと真子を見る。
真子は悩んでいる様子。

あっ……。

「小学校に入るまでは、家庭内での教育で大丈夫なんだけどな…」

真子が首を傾げる。

「ちょ、ちょっと…真子……」
「ん?」
「まさかと思うけど…………あっ、そっか、真子には必要なかったというか
 あまり外出させてもらへんかった……。真北さんの……教育???」

理子の言葉で、誰もが真北に目をやった。

「六歳までは私、それからは、くまはち、そして、芯……集団生活に
 顔を出したのは、確か…小学五年……??」

真北の言葉に、くまはちが頷く。

「そら、頭に無いわなぁ〜」
「えっ? えっ?!??」
「あかん……真子と付き合い長いけど、すっかり忘れてた…
 箱入り娘だったって…」
「…真北さぁん、どうなん?」

真子が尋ねる。

「そうですね…。その幼稚園でしたら、任務の方には許可出てますから、
 安心ですよ。真子ちゃんは、どうしたいんですか?」
「美玖に、たくさん友達が出来るんだったら、私は……」

美玖を見つめながら真子が言う。美玖は、にっこりと笑う。

「ママ、ようちえん、たのしいの?」
「う〜ん…ママには、判らないなぁ…くまはち…」
「私も判りません。真北さん」
「覚えてるわけないだろが」

そう言って、真北は理子を見る。

「楽しいよぉ〜。色々なこともできるし、お友達も一杯できるよ」
「おともらち…って、たつみしゃんやとらちゃんとか…、いっぺくんとか…」

…と美玖の口から出てくる名前は、どれもが組関係…。
流石の真子も項垂れる。

「…あかん…やっぱし、幼稚園に行く事、必要かも知れへん…。
 美玖の友達って、…友達というより…なんというか…はぁ…」
「真子は、その年頃は、どうやったん?」
「真北さんと……お母さん…かな」

そう言って、真子は優しく微笑んでいた。

真子ちゃん…。

真子の細かい表情を逃さない真北は、真子の言葉に耳を傾ける。

「色々な所に行ったの…覚えてる。まぁ、側にはえいぞうさんや
 他の組員が居たけど、それに気付かないように、真北さんが
 振る舞ってたし、えいぞうさんも視野を遮ってた。…それに、
 天地山……初めて逢った時の、まささんも覚えてる。
 素敵な人だった。…今まで逢った事のない雰囲気の人…」

思い出に浸るように、真子は目を瞑った。

「同じ年頃の友達なんて、居なかった。でも…楽しかった。
 それは……真北さん……」

真子は、真北を見つめる。

「ん?」

真北は静かに返事をした。

「私が寂しくないように…そう思っての行動だったんだね」
「さぁ、それは…。……私自身が寂しさを紛らわせていただけですよ」
「…真北さん…」
「それに、あの頃は、本当に危険な時期でしたからね。幼い真子ちゃんが
 危険な目に遭わないようにと…慶造の思いもありましたから…。
 でも、今は…。真子ちゃん自身には、危険があるけど、美玖ちゃんは、
 安全ですから」

それは、真北さんが……。

真子は知っていた。
真子だけでなく、美玖に魔の手が伸びないようにと、今まで以上に動いていることを。
もちろん、最愛の弟の為でもあるのだが…。

「そうだね。……それなら、入園手続きしよっか。美玖、どう?」
「ようちえん、いく!!」
「ようし!! ほな、理子、早速記入! 桜姐さん、よろしいですか?」
「まっかせなさぁい!!」

心強い(?)返事に真子は微笑んだ。

「ねぇ、ママ」
「なぁに、美玖」
「…ようちえん、ママもいくの?」
「ママは時々かな…」
「くまひゃちは?」
「さぁ、それは…」
「まきたんも?」
「……あの……美玖」
「はい!」
「幼稚園は、美玖や光ちゃんと同じ歳のお友達が行く所だよ。
 ママも真北さんも、くまはちも送り迎えするだけ」
「……ママもいっしょがいい…」

美玖は、真子の胸に顔を埋めた。

「美玖……」
「ママもあそぼ…」
「…う〜ん…えっとね、美玖…」

その時、チャイムが鳴った。くまはちが応対する。
室内モニターに映っている姿を見て、項垂れた。

「くまはち、誰?」

真子が尋ねる。

「須藤さんと水木さん……。ん? ……一平くんも一緒ですね…」
「明日の事で、わざわざ、来たんかな…」
「かもしれません。玄関で応対しておきます」
「いいって、上がってもらいぃ」
「組長」
「桜姐さんとおばさんが居るから、修羅場にはならんやろ」
「…五代目…何の心配かと思ったら…」
「あっ、でも…」

真子は、ちらりと真北を見る。

「私が二人を見ておきますよ。その代わり、無茶はしないこと。
 くまはち、ええな」
「はっ」

真北に一礼して、リビングを出て行く、くまはち。

「ほな、うちも真北さんと一緒にぃ〜。お母さんも来る?」
「そやね。離れに行こか」

くまはちに言われて、須藤、水木、そして、一平がリビングへやって来る。

「お邪魔します」
「…なんや、桜、おったんかい」
「靴見て判らんか?」
「玄関に無かったで」
「……そっか。靴、庭や」

庭から入ってきた事を思い出す桜だった。

「ほななぁ、真子。記入しとくで」
「よろしく」

理子と光一、美玖を抱えた真北、そして、桜と理子の母は、理子が住む離れへと向かっていく。

「組長、よろしいんですか? 一家団欒…」
「かまへんよぉ。座ってんかぁ」
「って、組関係は、くまはちに。組長は、AYAMAですよ!!」

テーブルに置いた書類に手を出そうとした真子に、須藤は慌てて言った。

「なんでぇ〜?!」
「ほんまは、全部くまはちに頼もうと思ったんですけどね、AYAMAの
 新作は、組長のサイン待ちだけなので…」
「それに、真子ちゃんに逢いたかったんや」

須藤の言葉を遮るように、一平が言った。

「…って、一平くん…」
「一平ぃ〜お前なぁ………水木、どないしたんや?」
「なんで、桜が、おるんか…判らん…」
「理子のおばさんと話し込んでたそうですよ」
「…ほんと、あの日から、週一で遊んでるんやもんなぁ〜」
「あの日?」
「組長の結婚」
「そう言えば、それまでは電話で時々話してたけど、あの日からは
 頻繁に逢ってるって聞いたっけ」

真子はソファに座る。真子が座ったのを確認して、須藤達が腰を下ろす。

「ほな、くまはち」
「じゃぁ、真子ちゃん」

須藤親子は同時に言葉を発していた。

「……水木さんは、どっちなん?」

真子が尋ねる。

「もちろん、あ…」
「こっちや」

水木が応えるよりも先に、須藤の手が水木を引き寄せていた。

「何すんねん!」
「うるさい!」
「AYAMAの発端は俺やろが!」
「今は、一平が担当や」
「あのなぁ〜」
「なんやぁ?」

睨み合う二人。そして、項垂れる三人。
離れから、リビングの様子を見ていた真北も項垂れていた。

「堪忍なぁ、真北さん。あの二人、昔っからやし…」

桜が言った。

「変わらんなぁ、二人も」

理子の母が懐かしむように言う。

「真子ちゃんも楽しんでるやろし」

しみじみと言う真北。

「ほんまに、真子ちゃんの事しか考えてへんな、真北さんは」

桜の言葉に、真北は、ちらりと振り返り、微笑んでいた。

「ぺんこう先生そっくりやな」
「兄弟ですからね」
「それもそっか」
「ねぇ、まきたん」

窓際に立つ真北の足にしがみつく美玖は、真北を見上げていた。真北は、しゃがみ込む。

「なんだぁい、美玖ちゃん」
「ママ、おしごと?」
「明日のお仕事の準備だよ」
「いっぺくん、きてた」
「そうだね。終わったら、遊んでもらおっか?」
「うん!!!」

嬉しそうに返事をする美玖。光一も近づき、大きな声で言う。

「こうちゃんも!」

二人の子供の声は、リビングに聞こえていた。


「一平くん、終わったら…」
「その予定やで、真子ちゃん」
「いつもありがとね」
「俺も楽しいで」

一平の言葉に、真子が微笑む。
その傍らでは、睨み合いが続いている。

「……そこ、早くしてんか…」

真子の一喝?

「はっ、すみません」

という言葉と同時に、クッションが宙を舞う……。
くまはち、須藤、そして、水木の言葉遣いに、真子の怒りが……。
クッションを顔面でキャッチした三人は、クッションを膝に抱きかかえたまま、話しを続けていた。

「似合わねぇ〜」

呟く一平だった。



真子と一平は、AYAMAの新作で話し込んでいる。
くまはちが、それとなく席を立ち、新たな飲物の用意をし始めた。

「それでな、これ。美玖ちゃんくらいの歳の子供にも出来るかなと
 思ったんやけど…どうやろ。美玖ちゃんと光ちゃん、出来るかなぁ」
「う〜ん。資料を見る限りだと…出来そうだけどさぁ」
「何か…問題あるん?」
「…子供は、外で元気よくが、いいかなぁと思って…」
「やっぱり、そうやんなぁ。真子ちゃんだと、そう言うと思ってたんや…」
「あの年頃から、テレビゲームに入り浸るのは、良くないし…」

腕を組んで悩む真子は、資料に見入っている。
くまはちは、テーブルの上に置かれている飲物を、そっと交換する。一平が、それに気づき、一礼する。くまはちは、優しく微笑んで、キッチンへと戻っていった。
一平は、ちらりと目線を移す。
そこでは、須藤と水木が睨み合っている…。

なるほど…。

「なぁ、くまはち」
「はい」

手を拭きながら、キッチンから顔を出す。

「割ってないよね」
「ご心配なく!」

力強く応えるくまはち。

「…どう思う?」
「私も組長の意見に賛成です。子供は外で、元気よく…ですね…。
 一平さん、待ちきれないみたいなんですが…」

恐縮そうに言うくまはち。
そのくまはちが見つめる先には、美玖と光一が、爛々と輝く眼で、一平を見つめている姿があった。

「ママ、おわった?」
「……一時保留かな…。一平君、そういうことで…」
「そうやなぁ。ほな、そうするかぁ。…じゃぁ、美玖ちゃん、光ちゃん!」
「あい!」

一平に呼ばれて、元気よく返事をする二人は、一平と一緒に庭へと出て行った。
一平と楽しむ美玖と光一を見つめた後、再びファイルに目を向けた。

「組長、そこまで深刻ですか?」

須藤と水木が声を掛ける。

「…くまはち、外…いいかな」
「はい」

真子に言われて、直ぐに庭に出て行く、くまはち。

「組長?」
「…本当の理由は?」

真子の目が五代目を醸し出す。

参ったな…。バレバレか…。

「実は……」

須藤が言いかけて、口を噤む。
真北の目が光っていた。

言うなよ、それ以上。

その目が訴えている。

「まぁきぃたぁさぁん?」

もちろん、真子は気付いていた。

「はい」
「他に何を隠してる?」
「何も隠してませんよ。先日の事だけです」
「じゃぁ、なんで、須藤さんは口を噤んだ?」
「すみません…まさちんのことを…」

須藤が応える。

「…未だに、六代目…そう思ってるんだね…。もういい」

真子は、立ち上がり、庭に出て行った。
くまはちを交えて、思いっきりはしゃいでいる美玖と光一、そして、一平。真子が出てきた事で、美玖と光一は、再び…。
真子は支えきれずに、倒れてしまう。
慌てるくまはちと一平。
庭は笑いに包まれていた。真北は、窓から、その様子を見つめながら、須藤に言った。

「まさちんの事を出せば、気が逸れるとでも思ったんか?」
「えぇ」
「後で問いつめられるのは、俺だろが。ちっとは考えろ」
「すみません」
「…で、その後、新たなのが入ったのか?」
「あのカルテットが帰った後ですよ。動きが活発になりました」

水木が静かに語り出す裏の組織の情報。それは、健が調べ上げた情報よりも詳しかった。
真北は、水木の話に耳を傾けながら、庭に居る真子を見つめていた。

「……暫くは、リックの目が光っていることでしょうから、
 ここは、体勢を整えて、動きやすいように…」
「水木にしては、珍しい発言だな」
「真北さぁん、そんな言い方ないでしょうがぁ」
「お前なら、俺に報告もせんと暴れてるやないか」
「悪化させたくありませんからね」
「だから、珍しいと言ってるんだよ…。何かあったのか?」
「…真北さん…。あんたと同じ思いですよ…。須藤だって、
 そして、一平君も…。…くまはちだって、そうなんでしょう?
 思いは……」
「あぁ、そうだ。真子ちゃんに、幸せになって欲しい。それだけだ。
 それは、俺の責任でもある。…慶造に頼まれたからじゃない。
 ……俺が…あの時に、真子ちゃんを停めていたら…」

五代目を継ぐと言った、あの時に…。

「真北さん…?」
「何もかも…俺が悪いんだよな…」
「…そうやって、御自分を責める…。組長、気にしてますよ」
「解ってるよ」
「真北さん自身、どうされたいんですか? ちさと姐さんが
 亡くならなかったら…、そして、組長が五代目を継がなかったら、
 それこそ、今の生活から五代目を除いた生活を…」
「………早く、真子ちゃんには、普通の生活だけを…」

沈黙が続く。

「それで、真北さん、対策は?」

須藤が尋ねる。

「なるように…なるって」
「あがぁ〜。また、それですかぁ」

須藤と水木は同時に言って、ソファにドカッともたれかかった。

「いつものことだろ。気にするな…。…で、須藤、いいのか?」
「何がですか?」
「一平君、我を忘れてるぞ…」

真北の言葉で、須藤も庭を見る。
そこでは、真子とくまはちが、唖然とするほど、一平が、美玖と光一とはしゃぎまくっていた。

「珍しいな…」

笑いを堪えるように須藤が呟く。
美玖が、リビングへと駆けてくる。

「まきたぁん、おなかすいた!」

美玖は、そう言いながら、真北の足にしがみつく。

「はしゃぎすぎですよ」

真北は美玖を抱きかかえる。

「そろそろお腹が空く頃だと思って、作りに来たけど…、
 真子が庭に居るから、話し…終わったん?」
「えぇ」
「ほな、おやつにしよっか、美玖ちゃん」
「はぁい!」

光一を抱きかかえた真子と、そして、一平とくまはちが、リビングへ戻ってくる。

「ごめん、光ちゃん寝ちゃった」
「あららぁ、買い物で歩き回ったのが、あかんかったかぁ」

真子から光一を受け取る理子は、離れへと戻っていった。

「ほな、おやつは、うちらでぇ〜」

と言ったのは、桜だった。

「って、桜、あのなぁ、お前はぁ〜」
「ええやんかぁ!」
「ここのキッチンは、汚したらあかんねんぞ! お前は、散らかすだろが!」
「そうなん?」
「そうやで、桜姐さん。少しでも汚れてたら、むかいん…機嫌悪くなるし…
 それやったら、慣れてる私がするから」

そう言って、真子がエプロンをして、おやつの用意をし始めた。

「……って、真子ちゃん!」
「はい?」

真子の真後ろに立って、背中越しに桜が話しかける。

「体調、悪いんやろ? 座っとき」
「大丈夫ですよ。それに…あまり心配掛けたくないから」

真子は、ちらりと真北を見る。

「ほんまに、真子ちゃんは…」
「いいんですって」
「それなら、私も手伝うって」

理子の母が言う。

「おばさんまでぇ」
「それよりも、入園手続きの用紙に真北さんが代わりに記入してたけど…」
「それなら、何も気にする事ないね。真北さんに任せていたら安心だし」
「ほんと、不思議な関係やなぁ、真子ちゃんと真北さんって」
「父親だもん」

お皿に盛りつけながら、真子が、かわいらしく言う。

「う〜ん!! やっぱし、女の子欲しいっ!!」

と、桜が真子に抱きついた。

「って、桜っ! …!?!」
「??!!!?」

水木よりも先に、桜は誰かに引っ張られた。
足下を見ると、そこには、美玖が立っていた。

「み、美玖ちゃん?」

美玖はふくれっ面…。

「ママは、みくのママなの!」

桜は、真子から手を放す。

「ごめんねぇ〜美玖ちゃぁん」
「はい、美玖。出来たよぉ。そぉっと持っていってねぇ」
「うん!」

ちょっぴり危なっかしいが、須藤達のおやつまで運んでいく美玖。くまはちが見守るように、後ろから手を差しだしていた。
そんな二人を優しく見つめる真子。
そんな真子を見つめる真北の目。
それぞれが、何か強い想いを心の奥にしまいこんでいるようで………。
賑やかなおやつ時。誰もが自分の『立場』を忘れて楽しんでいた。
美玖が、真北にもたれかかって、眠り始めた。
真子も、ちょっぴり疲れを見せる。

「上に連れて行きますよ」

真北が、美玖をそっと抱きかかえてリビングを出て行った。

「ほな、俺らも帰ろうや、親父」

一平が言った。
真子の体調を気遣っての事。

「そうやな。ほな、組長、これで」
「うわぁ、こんな時間かよ」

水木が慌てたように言った。そして、急いで片づける。

「後は、私がするから。いいよ」
「しかし、組長」
「お客さんに片づけさせられへんやん」
「それでも……そっか…。むかいんに怒られますね。それでは
 お言葉に甘えます」
「今日はありがと」

真子が微笑む。

「ほら、桜、帰るで」
「うち、お母さんを見送ってくるから」
「光ちゃん、未だ眠ってるん?」

真子が尋ねる。

「そうやね。暫く大丈夫やから。ほな、真子、よろしく!」

須藤、一平、そして、水木と桜、理子の母と理子は、リビングを出て行った。
くまはちも見送りに出て行く。
真子は、片づけ始めた。


玄関先。

「ほな、くまはち。明日な」
「宜しくお願いします」

須藤と一平は車に乗り、去っていく。水木と桜は、待たせてあった車に乗り込み、そして、須藤たちとは反対の方向へと去っていく。理子と理子の母は、公園の方へと歩き出した。
ちょうど、ぺんこうとむかいんが二人揃って帰ってくる所に出くわす。
むかいんは、ぺんこうに荷物を持たせ、理子達と公園へ向かって歩き出した。

「お帰り」
「須藤さん来てたんか?」
「真北さんに伝言でな」
「ふ〜ん」

ぺんこうとくまはちは、素っ気ない会話をして、家に入ってきた。

「ただいまぁ」

ぺんこうが言っても、誰も応えてくれない。

「真子は?」
「片づけると言ってた」
「なんで、お前がせぇへんねん」

少し怒った口調で言って、ぺんこうは、リビングへと入っていった。

「真子……なんだ…寝てる…」

真子は、片づけている途中に、ソファで寝入ってしまった様子。

「くまはち、片づけ頼む」
「あぁ」
「むかいんが帰る前に終えろよ」
「難しいな…」

と応えたものの、その動きは素早かった。
真子は、微笑みながら眠っていた。

「真子。ただいまぁ」

ぺんこうは、真子の側に腰を下ろし、真子を見つめる。
くまはちは、食器類を洗い始めた。

「…なぁ、真子。何を考えてる? まさちんの…事か? それとも美玖?
 兄さんの事…そして……組の事…かな…」

ぺんこうの言葉に耳を傾けるくまはち。

「美玖は上か?」
「あぁ。真北さんが、連れて行った」
「じゃぁ、俺も」

ぺんこうが真子を抱きかかえる。

「後、頼んだで」

泡の付いた手を挙げて、返事をするくまはちを見届けて、ぺんこうはリビングを出て行った。


ぺんこうの部屋。
真子をベッドに寝かしつけ、着替え始めるぺんこう。

部屋のドアが開き、真北が入ってくる。

「兄さん、ノック」
「美玖ちゃんは、真子ちゃんの部屋に寝かしつけたぞ」
「……お出かけですか?」
「まぁな」
「あまり…」
「何も言うなって。この時間から勤務だから、休んでたんだって」
「…でも、報告だけは…」
「お前が無茶しそうな事だけは伝えないからな」
「兄さん…」
「任せておけって」

真北は微笑んで、ぺんこうの部屋を出て行く。

「ったく…その微笑みが心配なんですって」

呆れたような表情をして、ぺんこうはドアを閉める。
真子が寝返りを打つ。
ぺんこうは、ベッドにそっと腰を掛け、真子の頬を優しく撫でる。
表情が、少し綻んだ。

「真子…。俺は何も言わない。でも、俺の事も、もっともっと
 考えて欲しいな…。真子……無茶はするなよ……な…」

ぺんこうは真子の頬に、軽く唇を寄せた。
真子の寝顔は、更に綻んでいた。



(2004.7.15 『極』編・独り占め。 改訂版2014.12.23 UP)





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