〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



昔と今、繋がる想い(4)

水木が経営するスナックの裏口。そこには、駐車場がある。
いつもは、ひっそりとしている駐車場だが、この朝は違っていた。

楽しく語りながら、車に乗ろうとしていた真子と水木は、駐車場の入り口から感じるオーラに反応する。
そこには、ちょっぴり怒った表情のぺんこうと、心配顔のくまはちが立っていた。
真子は息を飲む。水木は、恐れる素振りを見せず、二人を見ているだけだった。

「…水木、お前……真子の行方…知らん……。そう言ったよなぁ」

ぺんこうが、静かに言った。

「お前が来た後」

あっさりと応える水木に、ぺんこうは更に話し続ける。

「……ずっと、そこに居たぞ。…俺が出た後、表に鍵を掛けたよなぁ。
 裏には誰も来なかったぞ……」
「知っていて聞くのか?」
「あぁ」

沈黙が続く。そんな中、くまはちが、真子に歩み寄った。真子は、くまはちを避けるかのように、距離を取る。
くまはちは、歩み寄る。
真子は距離を取る………。
くまはちから逃げる真子は、水木に捕まった。

「水木さん…放してよ…」
「…さっきの意気込みはどうされたんですか?」

水木が優しく話しかけた。

「………だって……。気合いを入れた途端、目の前に現れたら…」
「時間が早くなっただけですよ。ほら、組長」

水木は、真子の両肩に手を乗せ、そして、くまはちの方へ振り向かせた。
真子は、照れたように目を伏せる。しかし、くまはちは、真子を見つめたままだった。

「組長」
「くまはち…」

二人は同時に言葉を発した。それが二人の口を再び閉じてしまう。

「組長、先に言いますか?」

水木が尋ねると、真子は頷いた。

「くまはち、組長の言葉…聞け」

なぜか水木が仕切る。
いつもなら、そんな雰囲気を醸し出した途端、水木は誰かの怒りに触れていたが、この時ばかりは違っていた。真子に注目するぺんこう、そして、くまはち。
真子は、意を決して、口を開いた。

「ごめんなさい!!!」

真子は深々と頭を下げる。

「く、組長?!」

いきなりの行動に、くまはちは焦る。

「くまはちの気持ち…解っているんだけど、心が追いつかなくて…。
 いつも無茶ばかりするから、…いつになく苛立ってたみたいなの…」
「組長、それは…」
「立て続きだったでしょ…今回は…。それに、まだ落ち着いてないでしょう?
 次の襲撃の事を考えたら、これ以上、くまはちの側に居られなくて……。
 だから、こうして……」
「単独行動は、止めるように申してますよ。それでもですか?」
「くまはちの怪我が治るまで……」
「それは、私が認めません。私が怒られるんですよ?」
「………それでも、私は……嫌だな…。くまはちが傷つく所を見るのは…」
「組長の哀しむ表情…これ以上、そのような表情をさせてしまう状況を
 作りたくない…そういう想いが先走っていたようですね…。
 組長……ご心配をお掛けしました。申し訳御座いません」

くまはちは深々と頭を下げた。

「くまはち…」
「これからは、怪我をしないように、努力します。組長に心配掛けないよう
 もっともっと、精進します。だから、組長、お一人になるなんて事は
 もう、止めて下さい」
「くまはちを守る事……それは止めないよ?」
「組長…」
「それに、私は自分を守れるし、相手を倒す事も出来る。
 …伊達に長年、この世界で、それもトップに立ってないんだよ?
 私は、阿山組五代目組長だから…。それを狙ってくる輩に
 対抗することくらい、……慣れてるもん…」

真子の声は震えている。

「それをされると、今度は、あいつに怒られますので……」

くまはちが指を差すところには、ぺんこうが立っていた。

「………五代目のオーラは、子供に悪影響を与えますから」
「解ってる……」
「解ってませんよ、真子」
「……芯……。…そういう芯も、いつまで、そのオーラを持つつもり?」
「真子が五代目を止めない限り、私も止めません」
「芯……。芯には……」
「兄さんの事を考えてますね?」

真子は、そっと頷いた。

「兄さん……真北春樹との縁は、切れてますよ」
「…それでも…私にとっては…」
「気になさる事ではございませんよ」

真子は口を噤んでしまった。

「真子」

ぺんこうが呼んでも、真子は返事をしない。
三人のやり取りを見ていた水木が、呆れたように大きく息を吐いた。

「あのなぁ〜。いつまでもそのままやったら、変わらんやろがっ!
 組長は、くまはちに守るなと言うし、くまはちは、守ると言う。
 ぺんこうは、五代目の立場を強調しとるし、やくざなオーラを
 捨てへん言うし……。いつまでも滞ったままやったら、
 ……俺らが迷惑するんや。…はっきりしてもらわな、困るで」

水木は、煙草に火を付け、煙を上に向かって勢い良く吐き出した。

「くまはち、無理なんやったら、そう言えや」
「…無理?」
「組長を守る事。それが、組長の側に居る時しかできないんやろ?
 昔は違っとったやろ。まさちんが居(お)ったから、影で守れたんやろ?」
「そうだが…」
「今は、影で守れへん。その事が組長に危機を及ぼしとんのやろ?」
「………確かにそうだが…」
「だから、お前が組長の前で怪我をすることが増えた。…違うか?」
「その通りだ…しかし…」
「えいぞうが居るやろが」
「それは……」

水木の言葉に、くまはちは、真子をちらりと見た。
えいぞうを側に置かないのは、真子の意志。
えいぞうの心には、未だに癒えない傷がある事を真子は知っている。
二度も同じ目に遭わせたくないというのが、真子の気持ちだった。

「だから、俺が側に居ると…」

ぺんこうが口を挟む。

「芯は、教職があるでしょう!!」

それには、真子が怒る。…当たり前だが…。

「ぺんこうもだなぁ…」
「なんだよ」
「組長をかっさらったのは、どういう気持ちやったんや? 自分の事を
 後回しにしてまで、やくざな俺達を心配し、そして、一生懸命になる。
 自らの危険も解っていながら、俺達の為に笑顔を向ける。
 この世界から離れていった奴も数多い。…お前もそうやろ?」
「あぁ」
「普通の暮らしを望みながら、それを叶える事が難しくて、命を
 失い掛けたこともある。そやけど組長は生きている…夢に向かって。
 その夢を少しでも叶えさせたくて、かっさらったんちゃうんか?」
「水木……お前…」
「お前と結婚して、子供も出来て…少しでも普通の暮らしを
 してるだろが。だけど、五代目も続けている。それが心身共に
 大変なことくらい、知っとるやろ? 解っとるんやろが!」
「…水木…解ってる事を言うなよ…」

そう言って、ぺんこうは真子を見た。

真子が泣くだろ!

目で訴えるぺんこうだが、水木は、話し続ける。

「ぺんこう…お前自身がいつまでも宙ぶらりんのままやから、
 こうなるんちゃうんか?」
「な……っ!」
「お前が六代目? あほ言うなっ。自分の復讐の為に、やくざに
 喧嘩売って、そして、浸かったままやから、そんな考えが
 出てくるんやろがっ。お前に教職を勧めた組長の気持ち…
 もっと解ってやれやっ!」
「水木さん、もういい! もういいから……」

真子が水木の腕を引っ張って、引き留める。しかし、水木の怒りは、真子に向けられた。

「組長もですよ? 俺との事で、二人っきりになるなと言われてるのに、
 どうして、のこのこと来るんですか? まるで俺の事を試してるみたいに…。
 俺は、もう、痛い目に遭いたくないんや。解ってて来るんですか?」
「違う……」
「くまはちの立場も理解してるのに、苛立つ事ないでしょう?
 嫌なら、命令すればどうですか? くまはちは、組長の言葉には
 絶対に服従する男ですよ? どうして、命令しないんですかっ」
「出来ないよ……。守るな…なんて言えないやん。…もしもの事が遭ったら、
 くまはちが……猪熊のおじさんのような気持ちになるの…解るもん。
 おじさんは、私の言葉で元気になった。…まだ、希望はある…そう言って…。
 それは、私が生きてるから。…だけど、くまはちが同じ立場になったら…。
 だれが、助けてくれるの?」
「だれも助けないでしょうね。くまはち自身が何をするかも解りません。
 だけど、組長は死なないんでしょう?」

水木は、誰かの言葉を真似るように言った。

「襲ってくる相手には、自然と防御と攻撃に出るんでしょう?」
「そうだけど…」

真子が静かに言った。

「そういう行動に出ないようにと、くまはちにきつく言ってるのは、
 ぺんこうだろ? 美玖ちゃんの為に…そう思って…」
「そうだよ。組の事にかまけて、母親としての時間が減るのは
 子供のために良くないからな。怪我をして、入院…そうなれば
 子供との時間が減るだろ? 現に、少ないんだからな…。
 だから、くまはちに頼んでる。真子を傷つけるな…と」
「なら、ぺんこうは、どうしたい?」
「……五代目を引退して、母として過ごして欲しい…それだけだ」

ぺんこうは力強く言った。

「それなら、なぜ言わない?」
「真子の気持ちも大切にしたいから…」
「組長の気持ちを大切にしたいなら、くまはちに無茶を言うなよ。
 かえって負担を掛けてること…解らんのか?」
「………水木…お前……」
「俺が言える立場じゃないことくらい、解ってるわい。だけどな、
 三人が三人とも自分の思いや意見を曲げないようなら、
 第三者が加わる方が、いいんだよ。…まぁ、それでも
 頑固なお前らだもんな。自分の意見は絶対に通すやろなぁ」

呆れたような口調で水木が言う。

「自分の思いを譲らないなら、譲らない方向で、最善を尽くせや」

水木は、煙草を地面に落とし、踏み消した。

「………で、ここで話しとってもしゃぁないから、どうする?」
「どうするって、水木…」
「俺、組長の気分転換にドライブ行くつもりやったけどなぁ。
 組長と一日過ごしてええんやったら、お前らを自宅に送って
 その後、出掛けるけどぉ〜」
「……………!!!」

水木の言葉に、ぺんこうのピクリとなった……………。




くまはち運転の水木の車が、街の中を走っていた。助手席には水木が座っている。

「席順ちゃうやんかぁ」

ふてくされていた。

「アルコール残ったまま、運転は危険ですよ。飲んでないのは俺だけでしょ?」
「まぁなぁ〜」

そう言って、水木は、運転席と助手席の間から、後部座席をそっと覗き込んだ。
後部座席では、真子がぺんこうにもたれかかって眠っていた。真子の肩に腕を回すぺんこうも、眠っている。

「まぁ、組長は、珍しく早起きしていたから考えられた事やけど、
 ぺんこうが寝るとはなぁ」

水木は、姿勢を戻す。

「空腹に度の強いアルコールを飲むからですよ」
「注文やねんから、しゃぁないやん。飯喰ってへんの知らんかったし」
「あまり悩ませるような言動はしないで下さいね。あいつ、あぁ見えても
 弱いんですから」
「そう見えないな。…思えないよ……あの日の緑の姿を目の当たりに
 してるからな…俺。…西田の腕、そして、桜の狂乱…。それ程まで、
 緑は、恐ろしいんやで……。くまはちは知らんやろ? 」
「ぺんこうの怖さは知ってますよ。本部に居た頃から」
「そうなんか…それやったら…ええわ」

水木は、外の景色を眺める。

「…残り一日…」
「はい?!」
「組長…残りの一日や…そう言って、俺を抱き寄せた…」

水木の言葉に、くまはちは怒りを覚えたが、今回ばかりは、行動に出なかった。
真子が一人になったのは、自分のせい…。
そういう想いからだった。

「昔なら、俺は感情に負けて、組長を目一杯………だけど…
 出来なかったよ。……抱きたい気持ちは強いさ…。なのにな…俺…」
「組長の本当の優しさを知ったら、誰も手を出せませんよ」

くまはちが静かに言った。その言葉で、水木は、くまはちの心の奥底にある『何か』を悟った。

「くっくっく……そういう事か。…お前も辛いなぁ」

ふざけた口調で、水木は言った。くまはちは、ただ、微笑んでいるだけだった。

「もしよぉ、抱け…言われたら、どうするんや?」

水木は、後ろに聞こえないような声で、くまはちに尋ねた。
くまはちは、人差し指を口に当て、何も言うな…という仕草をする。

「組長も悪い癖だな」

水木の言葉に、とうとう、くまはちの拳が飛ぶ。腹部を強打した水木は、前のめりになりながら、くまはちを見上げていた。

「運転に集中しろや!」
「誰が発端だ?」
「………………………俺…」

消え入るような声で、水木は応えた。


車は山道を登っていく。
頂上にある駐車場に来た車は、景色が良く見え、なおかつ、人目に触れにくい場所に停まる。
運転席に座るくまはちと、助手席に座る水木は、同時に後ろに振り返る。
後部座席の二人は、車のエンジンが切れても、起きる気配が無い。

「どうするんや、くまはち」
「起こさないと、組長に怒られますからねぇ」
「寝てる所を起こしたら、その方が厄介ちゃうんか?」
「この際は仕方ありませんよ」

そう言いながら、くまはちは、ぺんこうの足を叩く。

「ぺんこう、着いたで、起きろ」
「…〜ん? ……あぁ、おはよ」

寝ぼけ眼をこすりながら、ぺんこうは姿勢を正す。

「真子、起きろぉ。着いたってさ」

真子の耳元で、優しく声を掛けるぺんこう。

「…まだ…眠いから……やだ……」

そう応えた真子は、姿勢を崩し、寝転がる。そして、ぺんこうの膝枕で再びすやすやと眠り始めた。

「駄目だ。三十分、このままでいいか?」
「まぁ、ええけどぉ」

水木が応える。

「何か飲むか?」

くまはちが気を利かせて、尋ねた。

「今は良いよ」

そう応えて、ぺんこうは窓の外を見た。
朝の景色は初めて見る。いつもは、夕方か夜景。もうすぐ梅雨がやって来る時期に、こうして山から街の景色を見ようと言い出したのは、真子だった。
天地山にも行けない、本部にも帰れない。
今は未だ、子供が長距離の移動に慣れていない為、それを気遣って、真子は、ぐっと我慢していた。
景色を眺めて、心を和ませたい…。そうすれば、何かが見えるかも…。
それには水木が直ぐにOKを出した。

「言い出しっぺが、これじゃぁ〜大変だな、お前らも」

水木の言葉に、拳が飛ぶ。

「止めろってっ!」

ぺんこうとくまはちの拳を簡単に受け止めた水木だった。

「……で、どうするんや…お前ら…」

水木の質問は唐突だった。

「そりゃぁ、まさちんが居った頃は、本当に安心出来たよな。
 それでも危険な時が遭ったけど…。今はそれ以上だな…。
 くまはち、どうする?」

ぺんこうが尋ねた。

「今のままで…。確かに、組長の前では、あのような行動は出来ない。
 だけど、守るだけでは、本当に危ない。もし…俺が殺られたら…
 それこそ、組長が危険な目に遭ってしまう……。悩むとこさ…」
「答えが出る前に、俺も協力するから……健の情報よりも
 早いこと、お忘れなくぅ〜」
「水木さんに任せたら、真北さんの仕事が増えるから、
 控えているんだけどなぁ〜俺…」
「くまはちぃ〜」
「あのなぁ〜」

ぺんこうと水木が、嘆いたように同時に言った。




真子が目を覚まし、体を起こして背伸びをした。

「…ん? あらら?!」

真子は車の中に居る事に気づき、そして、中にいる三人の男にも気が付いた。
運転席の男は、前髪が立っている。
助手席の男は、座席を少し倒して、腕を組んでいた。
そして、隣に居る男は、窓に肘を突いて目を瞑っている。
どう見ても、寝てる雰囲気が……。

「……くまはち…水木さん……って芯まで…ちょっとぉ〜」

真子は隣に座るぺんこうの体を揺さぶった。

「ん…? あっ起きたかぁ?」
「起きたかぁ〜じゃなくて、どうしたん? それも三人とも寝てさぁ」
「真子が、あまりにも眠りこけるから、こっちまで眠りに誘われただけ」
「景色眺める……」
「と言い出した本人が眠ってたら、付き合うこっちも………」

真子はふくれっ面になっていた。そして、怒り任せに……。

「!!!! いてっ!!! な、何を……」

助手席の水木の頭を叩いていた。いきなりのことで驚きながら目を覚ました水木。振り返ると同時に、後部座席のドアが開き、真子が降りていく。

「なんで、俺やねん…」
「さぁ〜」

頭をさすりながら嘆く水木に、ぺんこうは、笑っていた。
その騒ぎで、くまはちがやっと目を覚ます。フロントガラスから見える姿に慌てて車を降りていく。
真子が、車の前に立ち、景色を眺めていた。くまはちは車から降りて直ぐに、真子を守る体勢に入った。人目に触れないような位置に立つくまはち。真子は、背後にくまはちの気配を感じていたのか、話しかけてきた。

「ねぇ、また、説明してよぉ」

ちらりと振り返る真子に、くまはちは一礼して、歩み寄る。

「確か、あの辺りだよね、ビルは」
「そうですね…」

くまはちは目を凝らす。

「どしたん?」
「今日は休みの所が多いですね」
「えっ? 見えるん?」
「はい。これもキルに教えてもらいましたよ。カメラのレンズのように
 遠くも見えるように……………。………組長?」

真子は、恐れたような表情で、くまはちを見ていた。

「こ、こわっ!」
「……恐いのは、私の方ですよ」
「どうして?」
「この方法…キルは、当たり前だと言ったんです。という事は
 ライの居た組織の連中は、身につけているということですよ。
 しかし、キルのような腕の立つ者は、すでに組長の側に。
 残党は、それ程、力が無いそうですね」
「それなら、くまはちが怪我したのは…私のせい………か」
「組長…」
「……もう……遠慮しないでいいから……。ね、くまはち」

真子の声は、とても柔らかく、くまはちの心にあるモヤを吹き飛ばしてしまった。

「はっ」

くまはちは、深々と頭を下げた。

コン…。

「もぉ〜っ」

くまはちの態度に、真子はちょっぴり怒り、くまはちのスネを蹴っていた。

「ねぇ、あのビル、無かったよね」

真子は雰囲気を切り替えるかのように、景色を見つめ、くまはちに尋ねる。くまはちは、真子の質問に優しく応えていく。
そんな二人の様子をぺんこうと水木は、車の中から見つめていた。
背もたれを完全に倒し、寝転びながら真子を見つめる水木。後部座席に座るぺんこうは、姿勢を崩して真子を見つめていた。

「ほんと、人によって表情や雰囲気が変わるよな…組長は」
「その人の良いところを引き出そうという、真子の心意気だよ」
「……真北さんからか?」
「さぁ。元々備わっていた気質だろ。兄さんは、そう育ててないってさ」
「知らんうちに…ってことは、無いんか?」
「無いな…」

そう応えたぺんこうは、目線を感じ、その方に向いた。水木が見つめていた。

「……なんだよ。俺はノーマルだぞ」

そう応えるぺんこうに、水木は笑っていた。

「あほ、桜が惚れる男に手ぇ出すかぁ〜」
「あのね…ほんまに……??」
「ぺんこうは、自分の事に気付いてないんか?」
「俺自身?」
「お前の仕事は?」
「教師」
「教師というのは、…生徒の見えない力を引き出したり、生徒の
 良いところを引き出したり……。そうやろ?」
「…ん、ま、まぁ…そうだが…」
「お前を育てたのは、誰だよ」
「兄さん……まぁ、十二歳までだけどな」
「それから六年後に再会して、今があるんやろ? 組長を通して
 ほとんど毎日一緒に過ごしてるやないか。ぺんこうも影響してて
 当たり前ちゃうんか?」

水木の言葉に、ぺんこうは考え込む。

「……確かに……そうだけど……」
「ということは、真北さん、知らず知らずに、そう育てとったんやで。
 …確か、刑事になる前は、お前と一緒で教師目指してたんだよな」
「俺が教師になる…そう決心したのは、兄さんが教師を諦めたと
 知ってから。…それまで、何も考えずに、ただ、兄さんの後を
 追いかけてばかりだった。……そういう記憶は未だに曖昧だけどな」
「それは、…薬の影響なのか?」

水木は静かに尋ねる。ぺんこうは、真子とくまはちのじゃれ合いを見つめながら、応えた。

「さぁ…な。それは解らん。…水木、どうして知ってる?」
「組長が、お前の体の事で翻弄してたとき、真北さんから聞いたんや。
 あの人が、とある組のことで躍起になってる事を知ったんも、
 そん時や。……実際、俺らが阿山組と懇意にし始めた頃な、
 その組の情報を事細かに調べる真北さんが気がかりやった。
 まぁ、確かに、その組と阿山組の抗争が発端で、今の
 真北さんが阿山組に居る事になったんやもんな。…俺は、
 その復讐やぁ思とった。…違ってんな。……ぺんこう……」

水木は、ぺんこうを見つめる。ぺんこうは、それ以上、言うな…と言いたげな目をして、水木を見ていた。
その眼差しは、普通の男…血に飢えた豹のような鋭いモノではなく、兄を心配し、兄の気持ちを悟り、その優しさを肌で感じた男の眼差し…。

こいつ……本来の姿は、こっちなのか?
真北さんと同じで……。

その時、窓を叩く音がした。
水木は、慌てて体を起こし、窓を開けた。

「どうしたんよぉ〜。一緒に眺めるんちゃうん?」

真子だった。

「二人とも、二日酔い?」
「それは、真子じゃないのか?」
「私は元気だもぉん!! ほら、早く!」

真子は手招きしながら、展望台の方へ走っていく。

「すっきりした表情やなぁ」

水木が体勢を整えながら言う。

「結論…出たってとこか」

ぺんこうは服を整えながら、呟いた。
二人は、同時に車から降り、そして、車の前に並んだ。

「…不似合いな場所だよ…俺には」

水木が呟く。

「それなら、一緒に行くと言うな」
「しゃぁないやろが。組長の落ち込み……激しかったんやからな。
 それよりも、お前はどうなんや? 組長に、これ以上負担を掛けるなら、
 俺は、ほんまに…」
「真子の好きなように……させるよ。一人で考える事…出来るから」
「そうだな…。俺…あんな事をしたのに、組長はいつまでも
 子供だと思ってしまうよ。…まさちんとお忍びで来た頃のまま…」
「…俺も…妻というより、教え子だと未だに思う時もあるよ。
 ……思わず組長と…呼んでしまう事も…」
「誰もが未だに成長してへん…っつーことやな」
「そうかもな…」

真子が手招きしている。水木とぺんこうは、顔を見合わせて、そして、真子とくまはちが居る展望台の方へと駆けていった。

三人の男と一人の女が展望台から、遠くに見える街並みを眺めていた。
建設中のビル、その向こうには、飛行機雲が広がる。所々に緑が冴える。
風が、頬を撫でる。
真子の髪が風でなびき、真子は、そっと髪の毛を抑えた。

こんな日々が、いつ……訪れるのかな……。

真子は背伸びをする。

「ん〜っ!!!!! 和んだぁ?」

真子が、三人の男に尋ねる。

「すっかり和みましたよ、組長」
「芯は?」
「久しぶりに、のんびり出来ましたね。また、美玖と三人で来ましょう」
「そだね。…くまはち……」
「はい。ありがとうございます」
「傷が治るまで…家に居るからね。暫く、母親だけにする」
「お言葉に甘えます。また、実家に戻って、初心に返ってきます」
「………ったくぅ〜」

くまはちの言葉に、真子はふくれっ面になったが、くまはちのすっきりした表情を見て、安心していた。

「おじさんに、宜しく言っててね。…と言っても、また海外に
 行ってるかもしれないけどねぇ〜」

う〜ん、組長、御存知でしたか……。

苦笑いのくまはちに、真子は優しく微笑んでいた。

「さぁてと。もうすぐお昼かな?」

真子の言葉に直ぐ応えるのは、くまはち。

「そうですね」
「どこかで食べて行く?」
「途中に、良いところがありますよ」

水木が応える。

「水木さん、お奨めのところ?」
「えぇ。よろしいですか?」
「うん! 決定ぃっ! ほな、行こう!」

真子は車に向かって歩き出す。三人の男は、真子を追いかけて小走りになる。

「運転は水木さん?」
「そうですね、私の方が道に詳しいでしょうから」
「ほな、よろしく!」
「あっ、そうだ、組長」

水木が呼ぶ。

「はい?」

後部座席のドアを開けた真子が振り返る。

「組長は助手席に」
「…なんで?」
「今日は、私とデートの約束だったのに…」

ちょっぴりふてくされたように、水木が言って、二人の男を見下したように見ていた。

「そうだけど…」
「…だから、こちらに」

水木は助手席のドアを開け、真子を迎え入れ、

「今日は、俺の女…っつーことで………………」

と思わず口にした言葉に、ぺんこうとくまはちが、カチン………。
二人の蹴りが空を切る。

「って、ええやないかっ! それとも何か? あの日のように、
 後ろの席で…って……あっ、うわっ…と……っ……!!!!
 うごっ…………………」

更に口走った言葉に、水木は口を噤んだが、それは後の祭り……。
目にも留まらぬ速さで繰り出された二人の蹴りを避け、体勢を整えた所に、ぺんこうの蹴りが……。

「いて……っ…ほんまに……、……!!! って、おい、こらぁっ!!」

腹部を抑えて座り込んだ水木は、ドアが閉まる音、エンジンが掛かる音を耳にして顔を上げた。
車は、水木をその場に残して去っていく……。
慌てて立ち上がり追いかける水木。
車は坂を下りて見えなくなってしまった………。

「徒歩は無理だろがぁ〜ここぉ〜。……げっ、携帯は車ん中…。
 どうせぇっつーねんっ……はぁ〜」

自業自得。
自分の発言を反省しながら、徒歩で山を下りていく。

水木の車は、あの日から替えていない。
真子との思い出がある車。なぜか、新車に替えることを拒んでしまう。
一人で運転するときに思い出す、あの日の事。
しかし、昨夜で、十日目となってしまった。
ただ、寄り添って眠っただけの十日目。そして、終わりを告げた…。
ふと、右手を見た。
いつもは小刻みに震えている手が、大人しい。
あの日の後に仕掛けられた、くまはちとまさちんの『ゲーム』による傷の後遺症。真子の側に居ると必ず震えてしまう右手。その震えが止まっていた。

心が作り出した…震えなのか…。

フッと笑ってポケットに手を突っ込み歩いていく。
山の自然を満喫しながら路肩を歩いていると、少し先に、見慣れた車が停まっていた。その車の後ろには、女性が立ち、自分を見つめている。

…組長……。

真子は水木の姿を見た途端、駆け寄ってくる。もちろん、くまはちが、車から降りてくる姿が、真子の後ろに見えている。

「やっぱり歩いてきたぁ」
「やっぱりって…」
「ったく…あんな事言うから、こんな目に遭うのっ!」
「すみません。…俺の心に残ってる事ですから…」
「……車を新車にしないのは、そのせい?」

真子が静かに尋ねてくる。

なぜ、解るんだ?!

「まぁ、それもありますよ。でも、新車にするということは、
 真北さんの手の内に居る事に等しいので、やめてるんですよ」
「やっぱり、知らない所で暴れてるんだ……」
「私なりに、動いてるだけですよ。ご心配なさらずに」
「あんまり……無茶しないでね……」

上目遣いで真子が言う。

うっ…組長、そんな目で見ないで下さいぃ……。

「行きますよ」

水木は、真子の肩を優しく抱き、車に向かって歩き出す。


その様子を車のバックミラーで見ていたぺんこう。

「くまはち、撃っていいぞ」

後部座席のドアの所に立つくまはちに、ぺんこうが言う。

「あほ。俺のは護身用」
「どう見ても襲われてるやないかっ」
「………大丈夫だ。連絡はしてる」
「…そっちじゃなくて、水木だっ」
「うるさいっ」

くまはちの一喝で、ぺんこうは舌打ちをしながら、背を向ける。
水木は真子を守るかのように車まで歩き、そして、くまはちがドアを開けると同時に、真子を後部座席に座らせた。ドアを閉めたくまはちは、水木と目で会話する。

連絡してある。
解ってる。あほがっ。そのまま降りていけや。
組長に止められた…怒られただけだ。
それもこんな危険な所に停めて、一人で走らせやがって…。
それなら、さっさと運転代われっ。

くまはちは、水木の腕を引っ張り、運転席に乗せた。
水木が立っていた場所で、何かが弾ける。
くまはちは、素早く助手席に周り、そして乗り込んだ。
水木は、アクセルを踏んで、その場から去るようにスピードを上げた。

「って、水木さん!! スピードぉ」

真子が叫ぶ。

「お腹空いてるんですよ!! それにお昼時には混みますからね」
「だからって、急がなくてもぉ〜っ」
「ご安心を」

水木は、ルームミラーで後部座席の真子に、素敵な笑顔を見せていた。

「ったくぅ。…たぁっぷり食べるぞぉ!!!」

張り切る真子だった。



車を停めていた場所に、一人の男が舞い降りる。その男は、去っていく車をいつまでも見つめていた。

「ふぅ〜」

息を吐いたと同時に、背後に何かが落ちてくる。
黒服を着た金髪の男が、七名。
地面にばったりと倒れていた。

真子様、これからは、私が影でお守りしますよ。
だから、ご安心を。

それはキルだった。
昨夜、真子の行方を捜していた、くまはちとキル。
くまはちは、真子が一人で行動した理由をキルに伝えていた。もちろん、くまはちの行動の『訳』も話していた。そこで、キルが買って出る。
キルの行動は、真北の許可が必要だった。


「ったく、これじゃぁ、昔と変わらないだろが」

渋々許可をした真北は、この日、自宅の庭で美玖と遊んでいた。

「まきたぁん、よごしちゃったぁ」

土の上で転んだのか、美玖の服は汚れていた。

「……ぱぱに、おこられるかな……」
「洗えば綺麗になるから、大丈夫だよ、美玖ちゃん」
「じゃぁ、あらう! ぱぱとままが、かえってくるまえに!
 まきたん、あらって!」
「一緒に洗おうか?」
「うん!」

真北と美玖は、部屋に戻り、美玖は服を着替えた。そして、二人は洗濯機で汚れた服を洗い始めた。
洗濯機の中の様子をフタの窓から見つめている美玖。

「美玖ちゃん、目が回るよ」
「だって、たのしいもん!」
「そうだね、楽しいもんねぇ」
「ねぇ〜!」

穏やかな時間。
真北は、昔にも同じように過ごした事を思い出す。

早く……帰って来いぃ〜不良夫婦っ!

真北の心の声は………。


「あぁっ!!! くまはち、食べ過ぎだって!」
「いいじゃありませんかぁ」
「傷に響くでしょぉ! それ、私のぉっ!!」
「………おかわりっ!」

くまはちが、店の主人に手を差し出す。

「はいよっ!」

ここは、にぎり寿司の店。
その昔、水木に助けられた事のある店の主人が経営する所。
水木が時々、女性と来ている事もある。この日は一番大切な人を連れてきたと伝えた水木。
もちろん、主人は真子の事を知っている。
水木以上に丁重に応対する主人だった。

「真子さんは、どうされますか?」
「くまはちと同じやつ!! …あっ、やっぱり、くまはちのん!」

そう言って、主人がくまはちに差し出した皿に手を伸ばす。

「組長、それはっ!!!」
「うるさぁいっ!!」

横取りされたくまはちは、ふてくされる。

「………真子、味わって食べなさい」
「いいやんかぁ」
「ご主人が、心を込めて握った寿司ですよ」
「味わってるもん………。ご主人、もう一皿っ!」
「はいよっ」

なんとなく、どこかで見た事のある光景。
その昔に繰り広げられた、取り合い…。
真子とくまはちの間にあった『何か』は、すっかり消えている様子。
ぺんこうは、その光景を、穏やかな表情で見つめていた。

なんとか、なるか……。

そう思い、ぺんこうは、寿司を頬張る。
わさびが利いているのか、ぺんこうの目は潤んでいた。



(2004.11.15 『極』編・昔と今、繋がる想い(4) 改訂版2014.12.23 UP)





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