〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



出発準備!(2)

真子の自宅。
リビングは、賑やか。
美玖と光一が、幼稚園で習ったお遊戯を、キルに見せていた。
どうやら、クリスマス会で、発表するらしい。

「ねぇ、キリュもいっしょに、する?」

光一が言うと、

「クリスマス会にですか?」
「うん。ももかんせんせいにおねがいしてもいいよ?」
「こうちゃん、キルは、おしごとだよぉ」
「そっか。はしせんせいのおでしさんだから、たいへんなんだね」
「はぁ、まぁ…。患者が少ないなら、大丈夫ですよ」
「それなら、クリスマスかい、どう? いっしょに、おゆうぎぃ」

今度は美玖が言った。

「う〜ん、私には、難しいですね…。美玖ちゃんと光ちゃんが
 お遊戯してるところを観る方が、嬉しいです」
「それでね、つぎはね…こうなの!」

美玖と光一は、再び、お遊戯を始める。
そんなリビングの雰囲気を感じながら、真子は夕飯の用意をしていた。

「組長、明日、どうされますか?」

部屋着に着替えたくまはちが、キッチンへ顔を出す。

「明日も休むよ。ごめん、くまはち」
「では、その予定で、進めておきます」
「今日は、真北さんと一緒だった?」
「午後からですね」
「それなら、進んでないんちゃうん?」
「情報は手に入れてますから」
「大丈夫だね」
「えぇ」

真子と会話をしながら、食卓に食器を並べ始める、くまはちだった。
その頃、真北は……。


俺の方が、ひどい…ってか…。

帰宅後すぐに、美玖と光一を抱きかかえた事で、傷が悪化していた。
くまはちと真子に促されて、真北にしては、珍しく、自分の部屋のベッドで横たわっていた。
階下から、おいしい香りが漂ってくる。
それに釣られて、お腹が鳴った。

そういや、昼…少なかったっけ…。

お腹をさすりながら、くつろいでいた。



「真北さんの体調、どうなん?」

真子が、くまはちに味見をさせながら、尋ねた。

「……いつもよりは、悪いでしょうね。昼食、少なかったですよ」
「それなら、消化の良いものも作った方がいいね」
「組長もですよ」
「…いや、私は、大丈夫…」
「熱が下がったからといって、油断は大敵ですよ」
「解ったよぉ、もう…」

ふくれっ面になりながら、調理担当をくまはちと代わり、ふと、リビングに目をやった。
美玖と光一が、キルにしがみついて、はしゃいでいる。
そんな光景を見つめる真子は、自然と微笑んでいた。
真子が和む雰囲気を背中に感じながら、くまはちは、真子と真北の為の料理を作り始める。
その手さばきは、慣れたもの。
本当に、何でもこなす、くまはちだった。
ただ………。


調理を終えたくまはちと、真子が交代。
真子はキッチンの片付けに入っていた。
やっぱり、辺りを汚してしまう、くまはち。
汚れがあると、すごく不機嫌になる人物が、キッチンの主だけに、真子は、綺麗に拭き上げる。

「美玖、光ちゃん、キルさん、できたよぉ。くまはち、真北さんを
 起こしてきてぇ」
「はい」

くまはちはキッチンを出て行く。

「キルとごはん、ひさしぶりだね!」
「ひさしぶりぃ」
「すみません、真子様。私まで」
「気にしないでよぉ。…っと、橋先生と比べないでね」
「比べませんよ!!! 真子様の料理は、むかいんさん直伝ですから、
 疲れも吹き飛びますし、心も和みますから」
「そこまで、気合いは入ってないけど…」
「気合いではございませんよ。真子様に備わってるものですから」

おいしい香りにも釣られているのか、キルの表情が、凄く和んでいた。
真北とくまはちが、ダイニングへとやって来た。
いつになく、寝ぼけた表情の真北を見て、真子は思わず笑い出す。

「くまはち…起こし方…変だよぉ」
「仕方ありませんよ。本当に熟睡されてましたから」
「真北さん、起きてる?」
「……夢うつつ……」

と、ふらふらな声で返事をしながら、席に着いた。

「それでは…」
「いただきます!」

それぞれが、箸を運び始め、静かではあるが、心が和む、ちょっぴり早い食事時が始まった。




寝屋里高校・職員室。
外はすっかり、暗くなっていた。
職員室は、明々と灯りが付いて、その中で、ぺんこうが仕事をしていた。

「お先です」
「お疲れ様でした」

職員が次々と帰っていく中、ぺんこうだけは、まだ、仕事を続けていた。
職員室に残ったのは、ぺんこうだけ。
一人になった事にも気付かない程、真剣になっていた。

「ふぅぅぅぅ…………って、こんな時間?!? 一人やんっ!」

一段落付いて、ようやく気付く、ぺんこう。

「まぁ、いいか。キルが居ることだし…」

と何かを呟きながら、更に仕事を続ける。
守衛が見回りにやって来た。

「山本先生、まだ掛かりますか?」
「あと三十分ですね」
「明日も出勤じゃありませんでしたか?」
「明日も、更にありますので…すみません」
「かしこまりました。では、先に見回ってきます。こちらに戻るのは
 ちょうど、三十分後になりますから」
「それまでに終わるように頑張りますよ。気をつけて」
「ありがとうございます」

守衛は、校内の見回りへと足を向けた。
その間も、ぺんこうは、ひたすら仕事を……。
一体、何を真剣に…????

ったく…どうして、いっつも、俺が、
試験の問題……作らないとあかんのやっ!

どうやら、試験問題を任されているらしい……。





AYビル・むかいんの店。

「ありがとうございましたぁ」

理子が、客を見送り、テーブルの片付けに入る。

「理子さん、後は、私がしますよぉ」

店員の一人が慌てたように声を掛けていた。

「まだ、掛かるみたいだし…」
「早く帰らないと、光一くんが待ってるんでしょぉ」
「大丈夫。何やら、楽しそうだったし」

そう言う声が、ちょっぴり寂しげに聞こえた。
理子と店員は、素早く片付け、テーブルをセッティング。

「OKです!」

理子の声と同時に、次の客がやって来た。

「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりでしたら、お伺いします」
「今日のお奨めを2つ」

店員が、客と応対している間、理子は、厨房に顔を出した。
厨房で仕事中のむかいんを見つめる。
………むかいんは、理子の目線に気付かない程、集中している………。

まだまだ掛かりそうだなぁ。

寂しげな表情に気付いたのは、厨房で働く他のコックだった。

「理子さん、呼び戻しますか?」
「無理だと思うけど…」
「………確かに……。それにしても、今日は集中しすぎですねぇ。
 いくら年末年始の休暇を取ったとはいえ、これは珍しいですよ」
「やっぱり、緊張してるのかなぁ」
「その…料理長の師匠って、それほど…」
「うん…。私は詳しくは知らないんだけど、何もかもに優れる人だと
 真北さんから聞いてる」
「料理の腕も…ですか?」
「その師匠の話って、涼、してないん?」
「昔のお話は、あまり…ご両親の事も覚えてないと仰ってましたし…」
「そうだよね」
「…理子ぉ、御免、あと三十分」

二人の会話は聞こえていたのか、むかいんが、急に声を掛けてきた。

「料理長ぉ〜、あとは、私が行いますから。光一君、待ってるんでしょう?」
「何やら、楽しそうだったから、まぁ、ええかなぁと思って」
「駄目ですよぉ。真子さんの体調も…」
「キルが一緒だから、大丈夫」
「それでも…」
「……予定を終わらせないと、そっちの方が、組長に怒られる」

その言葉に、コックと理子は、

「…それは、そうかも…」

納得した。

「ところで、料理長」
「ん?」

手を動かしながらも、話は出来る。

「その…師匠って、どのような方なんですか?」
「真北さんが言った通り」

理子とコックの会話を聞いていた様子。

「何もかも優れる人って、料理の腕もですか?」
「俺が、料理に関しては、一番尊敬してる人。そして、
 組長の次に、大切な人…かなぁ」
「今もお店に?」
「引退したはずだけど、厨房からは離れないらしいよ」
「らしい…って、料理長、まさかと思いますが…」
「だから、この年末に、何年かぶりに逢うから…緊張してるんだよっ!」
「あっ! キャラクターランドに行った時は、逢わなかったんですか??」
「………あの時は…組長の事ばかりだったし、それに、通してもらえなかった」
「そうだったんですか…」

コックは、むかいんを見つめていた。その目線に気付いたのか、むかいんが顔を上げる。

「ん??」
「あっ、すみません。その…」
「心の準備…必要だからさ…。俺…こっちに来るときも
 何も言わなかったから。組長の専属料理人になっても
 時々、料亭で手伝っていたけど、組長が五代目になってからは
 すぐに大阪に来たし、それからは、色々と合って……」
「店を持ったことは?」
「真北さんから話はしてもらってるけど、でも、何も無かった。
 店を任されるようになっても、恐らく、まだ…認めてもらってないんだと
 そう思ってる。そりゃぁ、おやっさんの店に比べると、全く違うし、
 それに、俺……まだまだだもんなぁ」
「……店って、その師匠の店は?」
「本部の横にある料亭・笹川の料理長」

むかいんが言った途端、厨房内が、急に静けさに包まれた。

「…料理長……」
「それって……」
「………恐れ多いです……」

むかいんとコックの会話を耳にしながら、仕事中だった他のコックまで、言葉を発していた。
むかいんは、コック達に目をやった。
誰もが恐れているような表情をしている。

「ん? どうした?? 俺、何か言ったか?」
「…笹川…って、あの高級料亭の……笹川…ですよね…」
「そうだけど…」
「料理長…そこで……修行を??」
「そうだけど、それが、何か??」
「だって、笹川って…」
「片手に入るほどの…」
「…そうだけど…それが??」

驚くコック達とは違い、きょとんとしているむかいん。

「だから、それに負けないようにと、教えてるだろがぁ。
 何を恐れてるんだよぉ」

むかいんの言葉に、誰もが何も言えなくなる。

「……知らんかった……。俺達……いつの間に…」
「勘違いするなよぉ。俺を通してだから、間接的だけど、
 おやっさんの心得は伝わってるだろ? 自信ないんか?」
「ありますよ!! 俺達の料理で、笑顔が増える。それが一番!」
「それなのに、涼。何に緊張してるん?」
「おやっさんに連絡してないから、怒ってるかも…」

そう言って、むかいんは緊張した表情になった。
しかし、

「…っと、すまん! ついつい…。今は仕事中! ほら、続ける!」
「は、はいっ!」

むかいんの声と同時に、コック達は仕事に戻った。

「…そんなに、凄いんですか?」

理子が、こっそりとコックに尋ねた。

「笹川ですか?」
「うん」
「全国で片手に入るほどですよ」
「そうなん?」
「えぇ。ほら、真子さんと、ぺんこう先生の逃避行先にあった旅館。
 そこにある料亭は、御存知ですよね」
「うん。両手に入るって、涼から聞いた」
「そこよりも、上位ですよ」
「………って、言われても、ピンとこない……」
「私たち料理を携わる者にとっては、凄いことなんです。
 知らなかった…。料理長の腕は、そこで磨かれたものだったんだ…。
 そりゃぁ、他と比べると、全く違うよなぁ」
「ふ〜ん…そういうもんなんや…」

理子は、新たな世界を見た気持ちだった。



「お疲れ様でした!!」
「ほな、後、よろしくな」
「はっ! お気を付けて!」

むかいんと理子は、コック達に見送られて帰路に付く。
二人は、料亭・笹川の話で盛り上がっていた。
理子には解らない料理人の世界。
むかいんが、どういう経緯で真子の専属料理人になったのかは知っているものの、むかいんが修行をしていた時期の事は、全く知らない事であり、新たな姿を見つけた気持ちだった。

「それで、両親の事……」
「……本当に思い出せないんだよな……」
「でも、真北さんは御存知なんやろ?」
「うん…でも、元気にしてる…としか、教えてくれなかった」
「逢おうと思わへんのん?」
「記憶に無いのに、逢ったとしても…」
「逢った途端、思い出すんちゃうん?」
「……そうだとしても、心の準備が必要だし……」
「そうだよねぇ…。…ねぇ、その笹崎さんのお話、もっとしてよぉ」
「どうして?」
「私も逢うやんか。話知ってた方がええやん」
「…話すと長いけど…」
「ええのぉ」

理子の期待に満ちた眼差しに、むかいんは、ちょっと頬を赤らめて、

「…実は……元極道……」
「えっ??????」

理子が驚いたのは、言うまでもない……。




寝屋里高校・職員室。
ぺんこうは仕事を終えて、背伸びをした。
それと同時に、守衛が顔を出す。

「おぉ!! 時間ぴったり」

二人は同時に声を挙げた。それには、思わず笑い出す。

「お疲れ様です」
「遅くなりまして、すみませんでした」

ぺんこうは、片付けをして、荷物を手に取る。

「明日もですか?」
「そうですね。少しでも切り詰めないと、長期休暇頂きますから」
「明日くらいは、美玖ちゃんの相手をしないと駄目ですよ。
 いくら、仕事で忙しいから…が慣れているとしても、お子さんは
 寂しいものですよ。家に帰っても、仕事するでしょう?」
「はぁ、まぁ……」

守衛に行動パターンを読まれてしまった。

「その代わり、休暇の時は、ずっと一緒ですからねぇ」
「その喜ぶ顔が見たくて、頑張る父! ほんと、不思議ですよ」
「そうですか??」
「校長じゃありませんが、色々な顔をお持ちで、それでいて、強い!
 頼りになります!」
「私でも弱いものがありますから」
「真子さんに…真北さんですか?」
「…真北さんは関係ありませんよっ」

思わずムキになるぺんこうだった。

「それでは、宜しくお願いします。あまり無理なさらないように。
 寒さ対策は忘れないでくださいね」
「いつも心遣い頂き、ありがとうございます」
「気をつけて」
「はい。それでは、失礼します」

ぺんこうは、守衛に深々と頭を下げて、職員室を出て行った。
裏口から出て行くぺんこうは、時刻を確認しながら、歩いていく。
職員室の電気が消えた。




真子の自宅・真北の部屋。
真北がベッドに腰を掛け、くまはちが、真北の服を片付けていた。

「俺の事は、ええから…」
「駄目です。組長から言われてますので」

クローゼットのドアを閉め、真北に振り返る。
真北は、ベッドに寝転ぶのも苦労していた。

「ったく……」

くまはちは、真北に手を貸して、寝転ばせた。

「…ったくは、俺の台詞や」

真北がふくれっ面になりながら、言った。
その言葉は、聞き飽きている。
くまはちは、真北の体に、そっと布団を掛けた。

「後は大丈夫やから、真子ちゃん…」
「キルが付いてますから」
「時間制限あるやろが。橋に怒られる」
「大丈夫です」

ハキハキと応える、くまはちに、負けた気分の真北だった。

「残りは私の方で仕上げておきます」
「今日は駄目」
「どうしてですかっ!」
「俺が動けないから」
「それでも…」
「ええって」

真北の言葉には、ある意味が含まれている。

「明日までは休暇」
「……知りませんよ、組長にばれても…。それでなくても、
 あの方の姿を見た途端、組長は、静かに暮らしていると
 思っているんですから…」
「知らんわ…。桂守さんに言ってくれよぉ」
「小島のおじさんに伝えておきます」
「俺、嘆かれるん、ややでぇ」
「知りませんっ!」

ちょっぴり強い口調になる、くまはち。

「…ほんま、そっくりや…」
「似てませんっ!!」

絶妙なやり取りだった。

「寝るまで、側に居ますよ」
「俺、子供ちゃうし…」
「組長に伝えないと、御心配なさりますから」
「……あいつの間違い…ちゃうんか?」
「それもありますよ。組長の顔色一つで、ぺんこうの機嫌も変わりますからね。
 本当に……益々厄介な男になりましたよ…」
「嫌味か?」
「その通りです」
「…あがぁ。知るかっ! あいつの性格やろが」
「全く、どなたに似たんでしょぉねぇ」
「ほぉぉぉんまに、くまはちぃ……。怒ってるやろ」
「その通りです。……無茶しないでください」
「しゃぁないやろ。……あぁ、それと、キルに情報…」
「こっそりいただきましたよ」
「それなら、ええわ。…絶対、動くなよ」
「体に言ってください」

本当に、くまはちは不機嫌だった。

「寝るっ」

短く言って、真北は壁に向き、布団を引っ被った。

「お休みなさいませ」

くまはちは、一礼して立ち上がる。そして、ドアに向かって歩き出した時、

「なぁ、くまはち」

真北が声を掛けた。

「はい」

くまはちは振り返る。真北は、布団を引っ被ったまま、話し続けた。

「……あの能力……」

真子が持っていた特殊能力の事。
真子から消えたとはいえ、気になっている真北は、時々、こうして、くまはちに尋ねる事がある。
それは、まだ、解決していない事があるからで……。

「能力を受けた人間の違いって、なんやろな…」
「もう、終わったことですよ。これ以上は…」

くまはちが応えた途端、真北が勢い良く起き上がった。
その行動は、真北の体に……。

「痛っ…」
「無理しないでくださいっ!!」

くまはちは、素早く駆け寄った。手を伸ばした途端、その手を掴まれた。
その手こそ、あの爆発で引きちぎれかけた腕。

「橋と道先生から、聞いてる。…神経が、まるで生きてるように
 自ら動いて繋がったと…。今、思えば、もしかしたら……」
「仰りたい意味が…解りません」
「その神経の動き方は、まるで意志があるようだったと。
 それは、お前が鍛えているからだと、当時は思ったそうだ。
 だがな、リックからの資料で、もしかしたら、それは、
 青い光の能力の影響で、細胞の自己治癒能力に変化が
 起こっているのと同じかもしれないと」

くまはちは、真北の言葉に耳を傾ける。

「お前が大阪で動いていた時、何度か世話になっていたんだろ?」
「えぇ。須藤さんの知り合いということで」
「慶造とも、何度か逢っていたらしいな」
「お話…」
「…なんとなく、解っていたよ。だけど、敢えて連絡しなかった」
「不思議な絆でした」
「あぁ、そうだな」
「当時、橋先生は、四代目を恨んでましたから、何も言えませんでした」
「その事については、感謝してるよ。…でも、まぁ、ほら、あいつの
 あの性格を考えると、気にしすぎたかなぁって…」
「そうですね」
「その時の話にも繋がるんやけどな…」

真北は真剣な眼差しを、くまはちに向けた。

「傷の治りが、早いなぁ。…自分が開発した薬の効果だと
 当時は思っていたらしいが、真子ちゃんの傷の治り、そして、
 まさちんやむかいん、…芯の傷の治り方、リックの資料。
 それらを統合して考えると、まさかと思うが……」

くまはちは、そっと真北から手を離す。

「……私が、青い光を受けた…とでも?」
「あぁ」
「それは、ありませんよ。いつ、受けるんですか?
 組長の青い光が復活したのは、確かに、あの日ですが、
 でも、それは、むかいんに向けた時に倒れて、俺は…」
「そうだけどな、…それ以前に……。まだ、俺が真剣に
 閉じこめていなかった頃だ」
「あなた程の重傷はありませんよ。四代目に怒られますから」

くまはちの力強い言葉に、それ以上、言葉を発せ無い真北は、口を尖らせた。

「それよりも、真北さんには、話して欲しいことがありますよ」
「ん? なんや?」
「あなたが急に姿を消した五日間。全く連絡をよこさなかった
 あの五日間の事です」
「いつものことやろが」
「その後、急に姿を現した桂守さんの事も関わってますよ」
「……それは、桂守さんに聞いたらどうや?」

そう言って、真北は布団を引っ被った。

「真子ちゃん、呼んでるでぇ」

その言葉に、くまはちは耳を傾けた。
確かに、真子が呼んでいる。

「すぐに行きます!!」

返事をしたくまはちは、

「ゆっくりお休みくださいね」
「あぁ。あと、よろしく」

布団の中に籠もった真北の声は、何かを誤魔化したように感じた。
くまはちは、静かに真北の部屋を出て行き、ドアを閉めた。

……それは、誰にも言えませんから……。

あの日、約束した事は、本当に誰にも話していない。
真子とくまはちだけの秘密だった。
くまはちは、リビングへと降りていく。

「くまはち…真北さんは、どう?」

片付けを終えた真子が声を掛けてきた。

「強引に寝かしつけましたよ」
「ありがとう。芯が戻る前で良かったぁ」
「ぺんこう、まだ仕事ですか?」
「そうみたい。…それで…ね…」

ちょっぴり潤んだ眼差しで、真子はくまはちを見上げた。

「解りました。キルの帰宅時間ですからねぇ」
「そうなの…ごめん!」
「大丈夫ですよ」

優しく応えたくまはちは、リビングではしゃいでいる美玖と光一に振り返った。
二人は、キルに何かをお願いしている。

「だめぇ?」
「うん。御免よぉ。そろそろ帰らないと、橋院長に怒られますぅ」
「おじかん、もらったのにぃ?」
「えぇ。約束の時間を一時間過ぎてしまってますので。
 お風呂は、また今度…」
「ママのじっかでね!」

美玖の言葉に、キルは返事できず……。

真子様、助けてくださいぃ…。

真子に眼差しを贈っていた。

「美玖ちゃん、光ちゃん、お風呂入るぞぉ」

くまはちの言葉が一番効果がある。美玖と光一は、キルと話していた事を忘れたように、振り返った。

「くまはちぃ! いっしょに、はいる!」
「はいるぅ!!」

二人は、くまはちに駆け寄ってきた。

「お世話になったキルに、挨拶は?」
「きるぅ、ありがと!」
「ありがと!」
「また、遊びましょう、美玖ちゃん、光ちゃん」
「うん! おふろ、いっしょ!!」

あちゃぁ、誤魔化せなかった…。

苦笑いで誤魔化すキルだった。

「では、入りますよぉ」

そう言って、くまはちは、美玖と光一を抱きかかえて、リビングを出て行った。
すぐに、風呂場から賑やかな声が聞こえてくる。

「ごめんね、キル」
「いいえ、楽しかったです」
「それにしても、慣れてきたねぇ」

真子は話しながら、キルの飲物を用意する。

「仕事で、子供の患者と会いますからね」
「そっか。…でも、いいの? お風呂…」
「あの…、私が本部に行く方が、気になるんですが…。
 本当に、よろしいんですか?」

キルに飲物を差し出し、キルの向かいのソファに腰を掛ける真子は、

「一緒に来た方が、いいかなぁと思って」

何かを考えているような表情で応えた。

「一体…」
「…キルも顔を合わせた方が良いかなぁと思ったの」
「本部の方に…ですか? それとも……例の男…?」

と尋ねたキルは、真子が膨れっ面になった事に気付いた。

「す、すみませんっ!!!」

その表情は、何度も観たことがある。
キルの考えに怒っている証拠。

「ったくぅ。どうして、未だに、その考えが出るんよぉ!!!
 …キルは、今、何してるのっ!」
「医者です」
「そうでしょ!! もぉぉぉっ!! 私に内緒で、何度も動くからっ!!」
「すみませんっ!!!!!」

深々と頭を下げるキルだった。

「美穂先生に逢って欲しいだけなのにぃ」
「道先生から、お話は聞いております」
「それなら、話は早いでしょ! だから…」
「橋院長の許可が必要です」
「……????? どうして???」
「何かと弟子を放さない道先生ですから…」
「そっか……それがあった……」

真子も知っている。
橋が育て上げた医者は、尽く、道の病院に連れ去られてしまうことを…。
まぁ、その道病院で、更に腕を磨き上げる事にもなるのだが、道が、絶対に手放さないのも事実。

「難しいなぁ、そっちの世界も」

真子が、しみじみと言った。

「えぇ、そうですねぇ」

キルも、しみじみと応える。

「では、私はこれで」

飲物を飲み干したキルは、直ぐに立ち上がった。

「今日もありがと」
「決して、無理しないように。…真北さんにも伝えてくださいね」
「かしこまりましたぁ」

笑顔で応えた真子だった。





むかいんと理子が電車で帰宅中。
むかいんは、電車に乗っても、笹崎の話を続けていた。
駅に止まる。
乗客が乗り降りし、ドアが閉まった。
電車が動き出す。

「なんか、複雑ぅ……」

理子の眉間にしわが寄っていた。

「でも、そんな雰囲気は微塵も感じなんだよなぁ。俺だって、
 部屋にある写真と慶造さんとのやり取りを見ていて、感じただけだし」
「本当に、真子のお父さんの思いを大切にしてるんや」
「慶造さんの思いが達成する所を見届けて、それを見守り続ける。
 だからこそ、未だに……」
「懐かしい話やなぁ」

むかいんと理子の話に急に入ってきたのは……、

「ぺんこうっ!! びっくりしたぁ」

ぺんこうだった。

「それは、俺の台詞。俺が近づいても気付かへんし、話に
 耳を傾けたら、ほんまに、懐かしい話やし…」
「お疲れ様ぁ」

理子が言った。

「遅かったんやな、理子ちゃん」
「涼が張り切ってたんやもん」
「てっきり、帰宅してるもんやと思った」
「俺は、ぺんこうは、もっと遅くなると思ったけどなぁ」

むかいんが、ちょっぴり嫌味ったらしく言った。

「ほっとけ。それで、なんで料亭の話?」
「理子が、知らんから」
「そういや、こっちに来てからは、話してへんかったよな。
 それに、旅行の時も、ずっと本部やったし」
「……ま、まぁ……それは……その…」
「未だに緊張してるんやろ」
「……すごぉ、先生、すごいやん」
「ん?」
「やっぱり、長年付き合ってると、そこまで解るもんなん???」

ぺんこうが、むかいんの心境を当てた事に、理子は感心しっぱなし。

「そりゃぁ、考えなくても解ることやし」
「そうなんや。ほんと、私には、難しいことだらけやぁ」
「笹崎さんは、楽しみにしてるんやで、理子ちゃんと光ちゃんに
 逢うこと」
「えっ? 私???」
「そうやで」
「……??? …なんで、先生が、そのこと知ってるん?」
「俺、月に一回、墓参りして、その後、顔を出してるもん」
「……………そっか…先生も、実家は、向こうやったっけ」
「ぺんこう、そんな時間…あるんか?」
「今は日帰り出来るし。結構、楽になったんやで」
「それなら、真北さんも?」
「まぁ……そうなるんやけど…いっつも、先を越される…」
「月命日…争ってどうするねん」
「ほっとけ」
「えぇ、私……?? 緊張するやんか…」

理子も急に、緊張し始める。

「それやったら…俺のこと…」
「時々、話題に出るから、話してるけど…あかんかったか?」
「う………」

言葉に詰まる、むかいんだった。





キルは、車のエンジンを掛け、見送りに出てきた真子に一礼して、去っていく。
真子は、直ぐに家に入っていった。



ぺんこうとむかいん、そして、理子の三人が改札を出てきた。
いつの間にか、料亭の話で盛り上がっている三人。
理子は、まさか、ぺんこうまで、料亭の主人と知り合いだったとは、思ってなかったらしい。
むかいんとぺんこうの出会いの話で盛り上がりながら、いつもの公園のところまでやって来た。
クラクションが鳴り、車が、側に停まった。

「お疲れ様でした」

キルだった。

「キルさん、ごめんね、ありがと。光一、わがまましてなかった?」
「楽しいお話でしたよ。心が和みましたし、疲れも吹き飛びました」

キルの笑顔が輝いていた。

「まぶしぃ……」

ぺんこうとむかいんが、呟いた。

「今、美玖ちゃんとくまはちさんと三人でお風呂に入ってます。
 真子さんは、リビングに戻った頃でしょう。体調もだいぶ
 良くなりました。そして…」
「後はええわ」

ぺんこうが、キルの話を遮った。

「寝てますから」

それでも強引に話し続けるキル。

「すまんな、あの人まで世話になって」

そう言う口調は、とても怒っている。

「気になさらずに。でも、今日は安静ですからね」
「……そんなに?」
「美玖ちゃんと光ちゃんを抱きかかえて、悪化させてます」
「ったく……」

呆れたように頭を抱える、ぺんこうだった。

「では、これで。お休みなさいませ」
「おやすみぃ! 気をつけてね!」

理子に見送られて、キルは去っていった。

「キルさん、益々素敵になってきたね!」

いつまでも見送る理子に、

「ほら、急ぐで」

ちょっぴり嫉妬したのか、むかいんが珍しく強引に理子の手を引っ張っていく。

「あぁ、もぉ!! 私だって、真子に妬いてるのにぃ!!」
「えっ?」
「だって、涼……」
「…ごめん……」
「許したってやぁ、理子ちゃん」
「解ってるもん。そんな涼が、一番好きやねん!!」

そう言って、むかいんに抱きつく理子を見て、

「見てられへん…」

目を反らすぺんこう。

「先生もやんかぁ!!」
「ほっとけっ!!」

ちょっぴり賑やかな三人が帰宅する。
ちょうど、お風呂から上がった美玖と光一が、体から仄かな湯気を出しながら、

「りこママ、りょうパパ、しんパパ!! おかえりぃ!!」

玄関へと、元気よく駆け出した。

「ただいまぁ」

いきなり賑やかになる真子の自宅。
それぞれの笑顔が、凄く輝いていた。








それぞれが、年末年始の長期休暇に向けて、ほとんど準備を終えていた。
ぺんこうは、受験用の問題を作り上げ、早々と三学期の準備を始めている。
むかいんは、年末年始の予定表を作り上げていた。
その量は、いつもの三倍。

「料理長…張り切りすぎ…」

コック達の嘆きの声が、聞こえた。
理子は、いつものように笑顔で接客中。
内線が入る。

「もしもしぃ」
『理子ぉ、お昼は、そっちに行けないぃ。御免』

同じビルの最上階で働く真子からの連絡。

「解った。持って行くで。一平くんのお父さんたちの分も?」
『そうなる…よろしくぅ』
「はいなぁ」



真子は受話器を置いて、大きく息を吐いた。

「組長、後は私が…」

恐縮そうに、くまはちが言うと、

「いつものことやんか…ったく」

目の前の書類に目をやる。
その書類は……。

「でも、こればかりは、私から言えないし…。どうして、お二人は
 いつまでも、こうなんやろ…」
「慶造さんの思いを大切にしているからこその行動です」
「解ってることだけど…本当に、もぉ…」

真子は膨れっ面になる。

「本部に戻ったときに、叱ってください。私からは言えませんから」
「そうする。…思いっきり、怒ってやるぅ」

うわぁ〜これは、ほんまに…。

くまはちは、これから先に起こることを予測する。

親父、どう反応するだろうなぁ。

ほんの数ヶ月前に帰宅した時、くまはちは、父親と語り合った。
今の真子の生活のこと、そして、自分のこと。
その時の父親の言葉に、くまはちは何も言えなくなったが、父親の『今の思い』を再確認した瞬間でもあった。



慶造の代わりに、五代目の世界を見届ける。
五代目の…大切な世界を…。
だから、俺は引退しない。
慶造には怒ってるんだからなっ。
俺を置いて、先に逝くとは、約束してなかった。
慶造を待たせておくんだ。
あの世で…待ちくたびれてろって!!



猪熊の言葉を思い出したのか、くまはちは、思わず笑い出す。

「どうしたん、くまはち…」
「あっ、すみません。親父の言葉を思い出して、つい…」
「フフフ…。おじさん、お父様のことを怒ってるんでしょ」
「その通りですね。元気になった途端、そうなんですよ、すみません」
「おじさんのことだもん。解る解る!」
「本当にすみません…」
「あっ、それより、真北さん、また…言ってたんちゃう?」
「例のこと…諦めないみたいで…」
「もう、話しても大丈夫ちゃうん?」
「いいえ、これだけは、絶対に、誰にも言えません。
 組長との約束ですから」

くまはちの言葉に、真子は優しく微笑んだ。

「あの時は、本当に……」
「何度も仰らないでくださいぃ!!」
「ごめん〜! でも、真北さんは諦めないんちゃうん?」
「こちらも、切り札を持ってますから、おあいこですよ」
「そうだね! …絶対に、話しそうにないけど…」
「えぇ」

二人の会話は、微妙にずれていた。
真子が考える内緒と、くまはち思う内緒。
それは、すれ違ったままだった。

「そろそろ持ってくる頃ですよ」
「そうだね!」

上手い具合に話を切り替えた、くまはち。
この仕事が一段落付けば………。
真子の事務室のドアがノックされた。



(2007.12.28 『極』編・出発準備!(2) 改訂版2014.12.23 UP)





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