〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



心絆思考行

一台の高級車が、住宅街に停まった。運転手は、エンジンを切って遠くを見つめていた。
道の向こうから、大きな荷物を持った女性が歩いてきた。すれ違う街の人と話し込む。女性は、笑顔で話し、そして、別れる。歩き出した女性の表情は、とても寂しそうだった。
高級車の運転手は、ドアを開け、車から降りた。側に来る女性に声を掛けた。

「ご自宅まで、お送り致しましょうか?」

声を掛けられた女性は、ギッと運転手を睨み付けた。
運転手は、短い髪をし、サングラスを掛けていた。そのサングラスをそっと取る。

「……政樹…?」

女性が言ったように、その運転手こそ、あのまさちんだった。
女性は驚きのあまり、荷物を手放してしまった。

「うそ…政樹は…死んだって…」

女性は、まさちんの足を見つめる。

「足…、これは、本物だから」
「死んで…ない…。政樹……政樹っ!!!」

女性・まさちんの母は、まさちんに飛びついた。まさちんは、しっかりと母を支える。

「!! おかあさん……。ただいま!」
「……うん……うん……」

母は、感極まって何も言えず、ただ、頷くだけだった。



まさちんの母の自宅。
母は、お茶を差し出す。まさちんは、少し照れたように湯飲みに手を伸ばした。母は、まさちんの前に、ちょこんと座り、じっと見つめる。

「そんなに見つめないでください。穴が開きます…」
「いいの。開いても。…それにしても、真北さんからは、亡くなったと…。
 守れなくて、申し訳なかったと…連絡あったんだけど…」
「あの時、真北さんの腕の中で、心臓、停まったそうです。でも…」

生き返った…。

まさちんは、自分の手を見つめた。

「あれから、二年…。政樹の事を聞いて、心に穴がポッカリと空いて、生きていることが
 嫌になっていたの。だけどね、…芝山くんが、いつものように、政樹の代わりにと
 尋ねてくれたから…」
「芝山にも、私が死んだと伝わってると思います」
「そうだろうね。そう言ってたから」
「芝山は?」
「仕事が忙しいみたいよ。…それに、真子ちゃんの事も話してくれるんだけど…」

まさちんの表情が辛そうなものへと変わった。

「政樹?」
「…組長には、…私が生きていることを伝えてません。私が死んだものと思って
 とても荒れていた。死んだ私を追いかけるような感じで、無茶をしていたらしい。
 だけど、今…普通の暮らし…組長の夢だった、普通の暮らしをしている。
 とても幸せそうな笑顔だった」
「逢ったの?」

まさちんは首を横に振った。

「真北さんに、逢えと言われたけど、…組長が混乱すると思って…。
 遠くから見つめただけで、去ってきました」
「伝えなくて…逢わなくて…もいいの?」
「いいんです。…遠くから、組長を……見守ってますから」

そう言って、まさちんは、お茶を飲み干した。その仕草で、母は、まさちんが無理していることを悟っていた。

「どうするの、これから」
「…一緒に暮らしては、駄目ですか?」
「私とかい?」
「はい。今までの時間を取り戻したい…。それに、あの場所で静かに暮らしたい…」
「政樹……」

母は一点を見つめ、そして、静かに応えた。

「好きなようにしなさい。…もう、自分で考えてもいい、歳なんだから」
「……そうですね」

柔らかい表情で、まさちんは言った………。



広大な緑の広がる場所に大の字に寝ころんでいるまさちん。誰かの足音で体を起こした。

「お母さん」
「休憩と思ったんだけど、もう、してたんだね」
「すみません」
「だから、一人でこれだけを耕すのは、しんどいと言ったんだよ」
「できそうだったんで…。やはり、体力は未だ、戻ってませんね…」
「そりゃ、そうだよ。右腕も、動かしにくそうじゃないか」
「はぁ…。でも、じっとしていては、治りませんから」
「…戻る気…ないんだろう?」
「はい。……。今夜は、星が綺麗でしょうね」

そう言って、まさちんは、空を見上げた。母も同じように見上げる。
澄み渡る青い空が広がっていた。

「綺麗だよ」

母は応えた。



まさちんの運転する車が、街の商店街の近くに停まった。

「一人で大丈夫だと言ってるのに」

母が、そう言いながら下りてきた。

「荷物くらい、もてますよ」
「街は、そういう世界の人も居るんだから、厄介でしょ?」
「大丈夫ですよ。誰も、昔の私には気が付きません」

と言っている先から、少し強面の男性が二人近づいてきた。

「おい、あんちゃん」
「はい」

声を掛けられ、まさちんは振り返る。

「…駐車場は、あっちだ。そこは、うちの親分の場所だからな」
「すみません。すぐ、移動します。お母さん、停めてきますので」
「じゃぁ、先に行ってるよ」

母は商店街へ、まさちんは、車に乗ろうとした時だった。

「ちょっと待て、あんちゃん」
「はい?」
「お前、どっかで、観たことある面だな…」

ギクッ……。こいつらは、須藤組傘下の奴ら…。俺を知ってるんか…?

「よくある顔なので…」

まさちんは、笑顔を見せて、車に乗り、素早く駐車場へと向かっていった。

先ほどの男達の親分が乗っている車が、やって来た。そして、車を停めた後、商店街とは別の方向へと向かって歩いていった。それを見届けたまさちんは、車から降り、そして、母が向かった商店街へと歩き出す。
母は、思いっきり買い物をしていた……。

「あのね…」
「気にしない。だって、政樹のもの、何一つ無いんだから」
「必要なものは、自分で揃えましたよ」
「母は、なんでも買いたくなるの! おじさん、これも!」

母の張り切り様に、まさちんは、脱帽……。

「あっ」

そう言って、まさちんは、とある場所に向かって歩き出す。

「政樹?」

母は、まさちんを目で追った。まさちんは、グッズの店のウインドーを見つめていた。

「どうしたの?」
「組長…喜ぶかな…」
「…政樹…」
「あっ、すみません。…思わず…。身に付いてるんですね…恐らく…」

照れたようにまさちんが言った。

「真子ちゃん、猫グッズを集めていたんだっけ」
「えぇ。猫なら、何でも買ってました。恐らく、今もでしょうね」

真子の事を語るまさちんの表情は、とても柔らかい。

「…って、買うのかい?」
「…あっ…」

まさちんは、店のドアノブに手を伸ばしていた。



荷物を持って、商店街を歩いていくまさちんと母。まさちんの足が、ふと停まった。

「…政樹、趣味は変わってないんだね」

まさちんが見上げる場所。それは、映画館。

「長い間、観てなかったな」
「何作もハシゴして、大丈夫なの?」
「大丈夫でしょう。元気ですから」

その時、映画館の裏口から、先ほどの親分と声を掛けてきた組員が出てきた。まさちんの姿に気が付き、組員が睨んでいる。親分が、その組員に話しかける。組員は、まさちんを指さしていた。

「…行きましょう」
「ん? あの人たちが、何か?」
『昔の私を知ってるかもしれません』
『地島政樹をかい?』
『はい』

こっそりと話しながら、何も無かったような顔をして、まさちんと母は歩き出した。

「ちょっと、そこのあんちゃん。さっきのあんちゃんだろ?」

声を掛けられても、気づかないふりをして歩いていく。

「待てって!」

まさちんは、肩を掴まれ、歩みを停めた。

「お前、阿山組本家の地島政樹じゃないのか?」

親分が声を掛ける。

「………あ…」

まさちんが、声を発する前に、母が怒鳴った。

「どこの誰と間違ってるか知らないけど、私の息子をやくざ呼ばわりするなんて
 あんたたち、承知しないよっ!」

母の声に親分は、まさちんから手を離した。

「それは、申し訳ございません。ただ、とても似ているので…。しかし、その
 地島政樹は、亡くなったと…。だから、その……組長の為と思って…」
「組長?」

まさちんが反応する。

「あぁ。…その死んだ地島の事を追って、無茶していたからな…。今では、すっかり
 あの素敵な笑顔を取り戻して、元気に過ごしておられるそうなのでな。
 あんちゃん、すまんかったな」
「……いいえ…失礼します」

まさちんは、軽く頭を下げて、母と去っていった。

自宅に戻る車の中。
まさちんは、映画館前の一件以来、何も話さず、考え込んでいた。

「政樹…。無理しなくてもいいんだよ? 真子ちゃんの事が気になるんだろ?」
「気にならないというと、嘘になりますよ。だけど、…これでいいんです。
 組長の姿を見てから三ヶ月。今更、どんな顔をして、逢えばいいんですか…」
「そうだね…。親を騙してることになるもんね…。ほんとに、悪い子だね、政樹は」
「えぇ。組長の命令に背く程、悪い奴なんです、私は」

笑顔を見せるまさちん。しかし、その目は、すごく潤んでいた。今にも零れそうな涙を、母は見つめていた。

「もう、何も言わないからね、政樹」
「ありがとうございます」
「あんたの、涙、久しぶりに観た。確か、あの時だったよねぇ〜」
「それ以上、言わないで下さいっ!」
「言いたいよぉ〜」
「お母さんっ!!」

笑いに包まれる車は、自宅に到着した。



まさちんは、採れたての野菜を見つめていた。

「おいしくできたかなぁ」
「あれ、政樹が、料理するの? ちゃんとおいしさを引き立てて作れるのかぁ?」
「大丈夫ですよ。これでも、組長専属料理人直々に教えてもらってますからね」
「じゃぁ、その腕、楽しみにしてるよぉ」
「まっかせなさぁい!」

キッチンに立ったまさちん。軽快な包丁の音に、母は凄く期待をしていた。


「………」
「どうですか?」

終始無言の母に、まさちんは、恐る恐る尋ねる。

「…おいしいっ! すごいね、これから、ご飯は政樹に任せようかなぁ」
「構いませんよ。お母さんには、ゆっくりしていただきたいですからね」
「時々お願いする。やっぱり、息子の為に何かをしないと生きた気がしないでしょ!」
「ありがとうございます」
「今夜も行くのかい?」
「オールナイトですからね」
「無茶しないように」
「心得てます」
「それなら、気を付けて行ってらっしゃい」
「はい」

そして、まさちんは、オールナイトで映画を観に出掛けていく…。





真子が、目を覚ました。ふと隣を観る。そこには、夫であるぺんこうが眠っていた。その腕は、真子の体をしっかりと包み込んでいる。

「芯〜、起きてよぉ。美玖が泣いてるの」
「ん〜」
「…って、芯っ」

真子の声と誰かの声が重なった。真子は、ふと目を向けた。そこには、真北の姿があった。泣いている美玖に手を差し伸べ抱き上げる。

「あの…真北さん…」
「ん? 私が来ても目を覚まさない程、疲れてるんでしょうね。暫く、そのままで。
 美玖ちゃんは、私がぁ〜」

すごく弛んだ表情で、美玖を部屋から連れ出す真北だった。

「ったくぅ。一体、誰が美玖の父親なんよぉ」

と呟く真子を、力強く抱きしめるぺんこう。

「芯、起きてるでしょ?」
「起きてるよぉ。あの人のオーラで目を覚ましたんです」
「じゃぁ、離してよぉ」
「いやぁ」
「芯〜!!」

ぺんこうは、真子を胸に抱きしめ、布団に潜った。


真子の自宅・リビング。
真北が美玖と遊んでいる所に、理子とむかいん、そして、光一がやって来る。

「おはようございます」
「おはよう」
「あれ、真子は?」
「二人でイチャイチャ」

真北らしくない言葉。それほど、自分というのを失って、美玖と遊んでいる。

「真北さん、その…」

思わず焦るむかいん。

「ん? …あぁ、すまん。何だ?」
「朝食、どうされますか? ぺんこう、休みでしょう?」
「そうだな。俺も休みだけどなぁ」
「天気も良いですし…」
「ピクニックか?」
「理子と、そう話していたんですが、組長は、どうなんでしょうか…」
「くまはちが、この時間に帰っていないということは、休みなんだろな」
「そうですね。…って、こら、光一!」

光一は、真北の姿を見た途端、近づいていった。真北は、手を差し伸べ、光一も抱きかかえる。

「ピクニックの準備…お弁当作り、理子ちゃんも?」
「涼が一人で作るって。私は、光一と遊ぶつもりだったんだけど…」
「理子ちゃんもゆっくりすればいいよ。光ちゃんは、私に任せて」
「………って、真北さん、それ…先日も…」

理子が言った。

「理子、気にしないでいいよ。真北さんが任せろと言ってるんだから。
 真北さんから、取り上げると、それこそ…………」

むかいんの口は、『お』の形で停まっていた。
真北が、睨んでいる……。
しかし、その睨みも、二人のやんちゃな子供の前では、すぐに治まる。

「じゃぁ、お言葉に甘えてぇ」

そう言って、理子は、自分たちが住む離れに向かって行った。

「って、理子ぉ、手伝えよぉ」

むかいんの言葉も空しく、理子は、ベッドに潜り込んだ。

真子とぺんこうが潜る布団。なにやら、もそもそと動いていた。

「…………って、あがぁっ!!!! 真子、やめれぇ〜!」

そう叫んで布団から飛び出すぺんこう。真子は、ベッドに座り、にやりと微笑んでいた。

「真子、そこは、駄目だと言っただろぉ」
「いいやんかぁ。ぺんこうの弱点だもん」
「あのね…ったく…」

ベッドの下に座り込んで、ぺんこうは、頭を掻いていた。

「…下りましょう。むかいんの奴、出掛ける準備してますよ」
「ん? 出掛けるって…」
「天気も良いですし、恐らく、ピクニックに行く用意でしょうね」
「そうだね。起きるっ!」

真子が、ベッドから、ぺんこう目掛けて飛び降りた。

「うわっ!!」

もちろん、しっかりと受け止めるぺんこうだった。



河川敷に、真子、美玖を抱きかかえたぺんこう、そして、理子、光一を抱きかかえたむかいんが、やって来た。真子と理子が、シートを敷く。美玖と光一が、シートの上に降ろされた。そこへ、荷物も一緒に置かれる。

「んーーー!!! 気持ちいいっ!」

真子が両手いっぱい広げて背伸びをした。それを見ていた美玖も真似て手を広げる。光一も真似していた。

「ほんと、真子の真似ばかりするんやからぁ。まぁ、それが、おもろいけど」

理子は笑っていた。

「じゃぁ、遊ばせてくるね」

真子が美玖と光一の手を引いて歩き出した。

「真子!!」
「大丈夫だって」

真子は、笑顔で歩いていく。

「って、ぺんこう、誰も居ないんだろ?」
「あぁ」
「あぁ…って、大丈夫なのか?」
「あの姿。誰が見ても母親だろ?」

ぺんこうは、落ち着いた口調で言った。むかいんは、ぺんこうの見つめる先…真子の後ろ姿を見つめた。二人の子供と一緒に歩く、その姿こそ、本当に母親だった。

「お母さん…か」

むかいんの表情が暗くなる。

「どうした?」

ぺんこうが尋ねた。

「俺には、記憶にないことだから…」
「そうだったな」
「あぁいうもんなのか?」
「あぁいうもんだよ、母親は。守りたくなる程の存在なのに、いざというときは、
 とても強い存在だ。母親は、とても偉大に感じるよ」
「お前のお袋さんもか?」
「…そうだな…」

ぺんこうは、遠い日を思い出していた。




真北とくまはちは、えいぞうの茶店に来ていた。

「ご一緒すればよかったのに」

えいぞうが、お茶を差し出しながら、真北に言った。

「その予定だった。だけどなぁ、あいつの目…そりゃぁ、もう、怖いったら…。
 なぁ、くまはち」
「知りません」

短く応えるくまはち。

「一緒におったろが」
「感じる前に、目を反らしましたので」
「逃げるなって」

奥の部屋から健が出てきて、会話に参加する。

「でも、仲良し家族で楽しみたいんでしょう?」
「そうだろうな。むかいんも芯も、昔っから、親友って雰囲気だったし、
 真子ちゃんも理子ちゃんも親友だからなぁ。…もしかして、美玖ちゃんと
 光ちゃんも、そうなるのかな…」
「双子同然で過ごしてるから、勘違いしてるかもしれませんね」

えいぞうが言った。

「くまはちは、どうだったんだ? 八人兄弟だろ?」

真北が尋ねる。

「親父が、あぁなので、兄弟というよりライバル意識が強かったですね。
 それでも、兄貴たちには、かわいがってもらいました」
「俺は…芯とは、歳が離れてるし…。兄弟というか…なんというか…だな。
 えいぞうと健はどうだよ。お前ら、兄弟って言わないと解らないだろ」
「そうでしょうね。俺と健は、性格が正反対ですからね。俺は親父に似てるし、
 健は、お袋似ですから」
「そうだよな。健は、美穂さんの性格そのままだよな」

真北は何かを懐かしむような表情をしていた。

「お袋、未だに、頑張ってますからね」
「昔は、かなり世話になったけどな」
「もし、本部から出ること無かったら、今でもお世話になってるんでしょう?
 お袋、言ってましたからね。真北さんは、先代より質が悪いって。
 無茶ばかりするんだからぁ〜ってね」
「…よく耳にした言葉だな…それ。懐かしいなぁ〜。本部…か」
「真北さん、どうして、本部から、こちらに?」

えいぞうが、分かり切った事を尋ねる。

「さぁな。俺も、あの場所から出たかったんだよ。…それに、慶造が居なくなったなら、
 俺が本部に縛られる必要もないだろ? 何より、真子ちゃんを連れ去りたかっただけ」

あっけらかんと言う真北に、えいぞう、健、そして、くまはちは、思った。

やっぱりね…。

真子が大阪で過ごすようになってから十五年は経っている。改めて、真北の気持ちが解った三人は、それ以上何も言わずに、それぞれの行動に移る。えいぞうは、接客、健は、くまはちに情報を伝える。真北は、遠い昔を思い出していた。




ピクニックを楽しんでいる二家族。子供達と一緒にシートを敷いた場所に戻ってきた真子は、昼食の用意をしているむかいんを見つめる。その場所には、むかいんしか居なかった。

「むかいん」
「はい」
「どれだけ、用意してきたの?」
「くまはちも来ると思ったんですよ」
「真北さんもだよね。…ったく、芯は、どうして、あぁまで怒るんかな…。
 人数多い方が楽しめるのにね」
「組長」
「ん?」
「ぺんこうと美玖ちゃん、そして、組長の三人で出掛けたことありますか?」
「ないよ」
「だからですよ」
「なんで?」
「家族だけで一緒に居たいんですよ」
「真北さんも家族なのに」
「そうですが、父と母、そして、娘の三人だけで、楽しみたいんですよ」
「むかいんは、どうなん?」
「組長のお言葉で、ほとんど三人で過ごしてますよ。離れでは、本当に
 三人だけですから。でも、組長は、美玖ちゃんの母、ぺんこうの妻で、
 そして、阿山組の組長ですから。真北さんだけでなく、くまはちも付いてるでしょう?」
「まぁ、そうだけど…。それで、真北さんに冷たいのかな…」
「それは、昔っからですけどね」

むかいんは、微笑んでいた。真子は、離れた場所に立っている理子とぺんこうを見つめた。

「あの二人、何を話してるんだろ…。話すことあるのかな…」
「ありますよ、たっぷりと」
「……私の事でしょ?」

むかいんは、何も応えなかったが、笑顔が、そう応えていた。


「そうやんなぁ…。確かに、真子の立場なら、しゃぁないけど、一人の母…そして、
 妻やん。家族だけで出掛けるん、楽しいけど、真子の立場は…ね」
「えぇ。組長は、そういうことには、疎いですからね。周りの安全ばかり考えて、
 ご自分の大切なものを見失う傾向…昔っから、変わってないですね」
「ほらぁ、先生、また言ってるで、組長って」
「…そうだった。…やっぱり、野崎と話してると、昔を思い出して、そうなるんだよなぁ。
 それに、どう接していいのか、解らなくなってきた」
「私にとっては、先生やで」
「俺にとっては、野崎は生徒だけど、組長の親友で、俺の親友の妻だからなぁ。複雑や」
「まぁ、うちは、気にせぇへんけどぉ」
「そうして下さい」

ぺんこうは、素敵な笑顔で理子に振り返る。

「ほんと、ありがとう」
「あの時のお礼?」
「そう。真子の幸せ。私には、考えられなかったことでしたよ」
「昔、結婚式の話をしてた時、言っとった。自分も憧れてるって。だけど、相手は
 居ないし、それに、そんなん、できへんって。決めつけてたもんなぁ。
 真子にとって、夏は嫌な思い出ばかりやもん。だから、うち、景気づけに、
 あのような行動を取ったんや」
「だから、今の真子がある。…昔以上に、笑顔…輝いてるから…」

ぺんこうの目線は、むかいんと笑顔で話しながら、美玖と光一の相手をしている真子に移る。

「母親…やもん。…あの笑顔、独り占めしたかったん?」
「そうですね」
「真子って、美玖ちゃんや光一に怒らへんよなぁ。いっつも笑顔見せてる」
「そう心掛けてると思ったんですよ。違ってました」
「ちゃうん?」
「あれが、組長そのものなんですよ。まだ、無垢な子供なので、笑顔を絶やしたくない。
 そういう思いだそうです。…というよりも、怒る事を忘れたのかもしれません」
「向こうの世界で、常に、気を張ってるから、こっちでは、ゆっくりしたいんかな…」
「……未だに、心はつかめません。ただ、解ってるのは、幸せを感じてるということ。
 そんな組長の側に居るだけで、私も嬉しいですから」
「…光源氏計画。人は、そう言うけど…。先生、どうなん?」
「違いますよ。それは、真北さんに言ってください。あの人こそ、組長が生まれた時から
 今まで、そして、これからも、付きっきりですし、組長の事ばかり考えますからね」
「もし、真北さんの計画が実行してたら? 先生より先に真子をかっさらってたら…」
「…ぶん殴ってますね」
「天地山の時よりも?」
「その時にならないと解りませんが、恐らく、凄いでしょうね」
「あっ、出来たみたい」
「そのようですね。戻りましょうか」
「…って、またぁ、組長の親友扱いしてるぅ」
「ほっとけ」
「あっ、先生だ…」
「…あのなぁ〜」

理子とぺんこうは、真子とむかいんたちが待つ場所へと駆けていった。そして、楽しい昼食タイムが始まった。(一歳ちょっとの子供に食べさせながらなので、ハチャメチャな雰囲気の楽しさだが…。)


楽しい一時…それが、悪夢へと一転する……。

真子達が帰る支度をしている時だった。

「ゴミ、無いねぇ?」

真子が、周りを見渡しながら、理子達に話しかけていた。
風が、起こり、真子の髪の毛がなびいた。

「真子っ!」
「組長っ!」

その風を起こす人物が視野に飛び込んだのか、ぺんこうとむかいんが、同時に叫んだ。

ガッ!

真子が、力一杯、何かを抑え込んでいた。それは、細いナイフを持つ腕。その腕の先には、黒服を着て、金髪の男が…。

「なんだよ…ったくぅ」
「(命…頂く…)」
「(上げませんよ)」
「(うるさいっ!)」

そう言った途端、男は、もう片方の腕を振り上げ、目にも留まらぬ早さで真子の腹部に突き刺した。

「(残念…)」

真子は、そう言って、口元をつり上げた。
腹部目掛けて突き出された腕の先には、ナイフが。そのナイフを握りしめて、阻止している真子だった。

「真子っ!」

ぺんこうが、真子に近づこうとする。

「来るなっ! それより、早く…」
「(皆殺し…)」
「(狙いは、私だろ?)」
「(無事に返して欲しいなら、その手を離せ…)」
「(それは、私を倒してから、言うんだな…)」
「(そうですねっ!!!)」
「!!!!!!!」

真子の目が見開かれた。腹部に痛みを感じ、目をやる。
抑えているナイフの刃が伸び、真子の腹部に突き刺さっていた。
男を抑える腕の力が少し弛む。それと同時に、地面に赤い物が滴り落ちた。
真子が跪く。その瞬間、男は、素早く姿を消した。

「真子ぉっ!!」

ぺんこうが駆け寄った。

「大丈夫だって。かすり傷…」
「どこがだよ…。真子…やっぱり…」
「駄目だって…。だって、芯は、もう……」

真子は、ぺんこうにもたれ掛かるように倒れ、気を失った。

芯は、関係ないことだから…。

「真子、真子?」

むかいんが、駆け寄ってきた。

「早く、病院に」
「あ、あぁ…」

むかいんの言葉に、ぺんこうは、真子を抱きかかえて立ち上がる。

「出血は?」
「大丈夫だ」

急いで車の所へやって来る理子たち。そして、車に乗り、走り出した。
助手席に真子を乗せ、気を配りながら運転するぺんこう。

「俺……守ったら、駄目なのか? あの場合も…」
「それは、俺にも解らない。ただ、言えることは、妻を守るのは、当たり前だということだ」

むかいんの言葉が、ぺんこうの胸の奥深くに突き刺さる。

俺が、強くならないと駄目なのか…。何に対しても…真子に対しても…。

ハンドルを持つ手に力がこもる……。




橋総合病院。
大事には至らなかったが、念のため、入院をさせられる真子。嫌そうな表情は、相変わらずだった。

「そう、露骨にせんといてやぁ」

橋が嘆く。

「大丈夫なのにぃ」
「傷が塞がってからじゃないと、美玖ちゃんに痛めつけられるやろが」
「そうだけど…、芯が…」
「大丈夫だって。それより、深刻な表情をしてたけど、何か考えてるで、あれは」
「真北さんが?」
「ぺんこうが」
「それは、いつものことやん」
「そりゃそっか。…でも、真剣に考えや」
「はぁい」

ぺんこうが病室に入ってきた。

「橋先生、どうですか?」
「大丈夫。一週間ほど、ゆっくりしといたら、ええから」
「ほとぼり覚めるまで…駄目ですか?」
「ほとぼり覚めるんは、何時や?」
「解りません」
「何か遭ったら、すぐに言えよ」
「はい。ありがとうございます」

橋は、真子の病室を出て行った。ぺんこうが、ベッドの側にある椅子に腰を掛け、真子の頭を撫で始める。

「理子ちゃんが見てくれるそうです」
「いつも…悪いね、理子には」
「子育てが楽しいそうですから、いいんじゃありませんか」
「でも二人は…ねぇ」
「仕方ありません。その代わり、理子ちゃんが大変な時は、解ってますね」
「解ってます。……何か、相談?」
「はい。…その…阿山組五代目…引退…」
「ぺんこう、それは…」
「真子には、もっと普通の暮らしを楽しんでもらいたい。今回のような事件、
 これからも、起こりうるでしょう? 美玖が成長するにつれ、隠し切れないでしょう?
 だから、まだ、記憶のないうちに…」
「できないよ。私は、美玖の母であり、ぺんこうの妻であり、そして、
 阿山組五代目でもあるんだから。…確かに欲張ってるけど、大丈夫だから」
「それなら、今回のような場合、私に守らせてください。…組長を守る。
 それは、昔っから…。だけど、今は、自分の大切な妻を守る夫です。
 駄目ですか?」
「駄目」
「組長…」
「芯の口から、組長という言葉と、組長としての口調が消えるまで、駄目」
「それは…」
「癖。解ってるけど、確かに、そういう立場だけどね、ぺんこうは、…芯は、
 私の夫なんだから、もっと、威厳を…」
「…解ってます…」
「それが出来るまで、守ってもらわなくてもいい。次は、失敗しないから」
「それでも…」

そう言って、ぺんこうは、何かをひらめいた表情をした。

「芯?」
「…あいつ…あいつに、連絡しませんか?」
「あいつ? まさか、まさちん?」
「はい」
「駄目」

真子は、即答した。

「まさちんは、死んだんだから…。そう…思っておかないと、私が頼ってしまう…。
 まさちんの存在は、阿山組五代目にとって、途轍もなく大きいんだから…」
「…ごめん…真子」

ぺんこうは、真子を抱きしめる。

「俺が、不安になってる…。真子を失うんじゃないかって…。そんなの嫌だから…。
 失いたくない…。大切なものは…」
「私もだよ。…ありがとう、芯」
「これから、家族で出掛けた時は、夫である私が、守りますよ。くまはちなんて、
 頼りませんから」
「じゃぁ、美玖と三人で出掛ける時間、増えるってこと?」
「そうなります。駄目ですか?」
「そうしよう!」

明るい真子の声を聞いて、ぺんこうの悩みは、少しだけ軽くなった。

悩みを解決するために、ぺんこうは、真子や真北に内緒で、とある計画を立てていた。

怒らないで下さいね。

病室のベッドで熟睡している真子を見つめながら、ぺんこうは、病室を出て行った。そして、廊下に待機しているキルに声を掛ける。キルが、ぺんこうに近づく。

「あのな…」

キルの耳元で、真剣な話をし始めるぺんこう。
そういう時の表情は、夫でも父親でも、そして、教師でもない…まだ、荒れていたあの頃のように、血に飢えたヒョウになってしまう…。

「解りました。ご協力致します」
「忙しい所、すまんな…」
「お気になさらず。では」

キルは、姿を消した。
ぺんこうは、窓の下を見下ろした。

「ったく、どうして、窓から飛び降りるんだよ…って、俺も言えた口とちゃうか」

真子の緊急事態に、仕事先の寝屋里高校職員室の窓から飛び降りているぺんこうは、大きく息を吐いた。

すまんな、まさちん。



まさちんが住む家。
キッチンで夕食の用意をしているまさちん。鼻歌交じりに炒め物をしていた。母は、別室で洗濯物をたたんでいた。キッチンから漂う香りに、気持ちを和ませる。
その時だった。
何かが割れる音に母は気づく。

「政樹?」

母は、キッチンへ駆けていく。

食卓が乱れていた。その向こうに人が居る様子。母は、近づいた。

「政樹っ! 大丈夫かい?」
「…あっ…お母さん…。大丈夫です…ちょっと目眩を起こしただけです。
 すぐに片づけますから」
「横になってなさい。私がするから」

まさちんの顔色は、凄く悪く、立ち上がるのも、やっとの様子。まさちんは、食卓の椅子に腰を掛ける。

「体を休めることも覚えなさい。どうして、そこまで無茶するの?
 自分の為に生きてるんでしょうが」
「……限界が…解らないんです。…恐らく、傷の影響かと…」
「見極めなさい」
「はい」

母は、まさちんに強く言った後、散らかったものを片づけ始めた。まさちんは、大きく息を吐きながら食卓に俯せになり、母を見つめていた。


真子が襲われた時間とまさちんが倒れた時間は、全く同じだった。
離れていても、何かが繋がっていた。
しかし、お互い、そのことに気づかず、体調を取り戻すまで、無理をしないように心掛けていた。



(2003.11.1 『極』編・心絆思考行 改訂版2014.12.23 UP)





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