〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



驚異的聖夜

外は冬。寒さに身を縮めながら歩く人たちも、心和むこともある。
十二月二十三日。
この日、とある家では……。


「ジングゥベー、ジングゥベー」
「ジングルベルですよ」
「ジングゥベー?」
「ジングル」
「ジングル?」
「そう。ジングルベル」
「ジングルベー」
「あかん…」

そう言って項垂れたのは、健だった。

「健、まだ無理やって」
「それでも、ちゃんと教えておかんと、ぺんこうが怒るやろ」
「大丈夫やって」
「兄貴、それ取って」
「はいな。…光ちゃん、これ、健に渡してくれる?」

えいぞうの足下で座り込んでいる光一は、顔を上げて、にっこりと笑った。

「あい!」

元気に返事をして、えいぞうから、もこもこした物を受け取り、健へ持って行く。

「けんちゃん、あい」
「ありがとぉ〜光ちゃん。光ちゃんも飾り付け、手伝ってくれるかなぁ〜」
「……あい!」

光一は、既に飾り付けを手伝っている美玖の隣に座る。

「こりぇ!」
「はい」
「こりぇも」
「はぁ」
「あい!」
「へい」
「あい!」
「はぁ……。って、美玖ちゃん、それは、無理だよ」

美玖が手にしているもの。それは、ツリーの飾り付けを入れる箱。健に無理だと言われた美玖は、ふくれっ面になってしまう。

「じゃあ、ここに」

そう言って、健は、美玖の差し出す箱をツリーに付けた。

「…健、それは、変やで…」
「しゃぁないやん。美玖ちゃんが怒るから」
「美玖ちゃん」

えいぞうは、美玖の前にしゃがみ込み、優しい眼差しで、話しかける。

「あい!」
「それは、飾りを入れる箱だから、ツリーには付けないんだよ」
「こりぇ?」

美玖は自分が差し出した箱を指さした。

「そう、それ」
「けん、はずしゅ」
「はい」

健は、美玖の言うとおりに、無理矢理付けた箱を取り外す。

「えいぞうしゃん、あい」
「では、こちらに置いておきましょうね」
「あい!」
「返事は、はいですよ」
「はい!」
「おりこうさん!!!」

えいぞうは、美玖の頭を撫でまくる。
健と美玖、そして、光一の三人で、クリスマスツリーの飾り付けが終わった。満足そうに見つめる美玖と光一。健は、別の箱を手に取り、そこに入っているものを取り出した。
猫の形をしたクリスマスツリー。それも、ボタンを押すと、猫の鳴き声でクリスマスソングが流れてくるもの。

「にゃんにゃんりー!!」

美玖と光一は、嬉しそうに、はしゃぐ。どうやら、『にゃんにゃんのツリー』と言いたいらしいが…。未だにはっきりと話せない歳であり……。

「えいぞうしゃん、ママは?」

美玖が、真子の姿を探し始める。

「まだ、寝てるよ」
「おこしゅ!」
「ママは、疲れてるから、もう少し…そうだなぁ、パパが帰ってくるまで、
 そっとしていてあげようね」
「ママ、しんどい?」
「うん」
「ねとく!」
「いい子だなぁ〜」

再び、美玖の頭を撫でるえいぞうだった。光一も、撫でてもらいたいのか、頭を差し出していた。それに気が付いたえいぞうは、光一の頭を撫でていた。



真子の部屋。
真子は目を覚ます。

「……ん?」

ちらりと猫時計を見る。

「四時……って、猫逆立ちやん!!」

真子は勢い良く起きあがる。そして、じっくりと時計を見つめた。
午前十時二十分。

「…あかん…起きれない…」

真子は再び寝ころんだ。
耳を澄ます。
庭から聞こえる子供の声。真子は、ゆっくりと起きあがり、部屋を出て行った。
階段を下りリビングへ顔を出す。

「おはようございます。組長、体調はよろしいんですか?」

リビングの飾り付けを楽しんでいる健が、真子に気が付き声を掛ける。

「おはよ…って、健、今日だったっけ?」
「そうですよ。むかいんは、この時期忙しいでしょう? 今日、休みを取ったから
 今日だと……組長が確か決めたと思うんですけど…」
「二十三日って、今日?」
「そうですよ」
「…………」
「組長、もしかして…」
「しまった……何件か期限を間違った…」
「くまはちがビルに向かったのは、そのことなんですね」
「…私も行く」
「駄目ですよ。それでなくても、体調、思わしくないようなのに…」

寂しそうな表情で呟くようにいう健。

「あっ、その…確かに、ここ数日、張り切りすぎて疲れてるけど、大丈夫だって。
 健、ごめん!! …美玖は?」
「光ちゃんと一緒に庭です。兄貴が遊んでますよ」
「寒いのに」
「子供は平気ですからね。…兄貴は、厚着ですけど」

ちらりと庭に目をやると、確かに、えいぞうは厚着をしていた…。

「ぺんこうは、コンビを迎えに行ってます。むかいんと理子ちゃんは買い物に」
「荷物は誰が?」
「キルですよ」
「私が悪いか…」
「あっ、その…キルが喜んで一緒に行ったんです…」
「ありゃ、そうなんだ」

真子は、ソファに腰を掛ける。

「本当に大丈夫ですか? あまり、顔色が良くありませんよ」
「大丈夫。そんなにはしゃがないでしょ?」
「騒がしいですよ。頭痛があるなら、それこそ」
「大丈夫だって。ありがと」

真子は、健に微笑んでいた。

「ままっ!」

庭で遊んでいた美玖が、真子の姿に気が付いたのか、急いでリビングに入ってくる。

「まま、おはよ」
「おはよ。光ちゃんもおはよぉ。えいぞうさんもおはよぉ〜!!」
「…同じように扱わないでください」

えいぞうが、真子の仕草に、そう言った。

「あっ、つい…」

真子の仕草は、自然だったようで…。



キッチンでは、えいぞうが、真子の朝ご飯を用意していた。美玖と光一、そして、真子と健の四人がリビングで絵本を広げて遊んでいた。

「まま、さんたさん、くるの?」

美玖が、尋ねる。

「おりこうさんにしてたら、来てくれるよ」
「えいぞうしゃんに、いいこいいこしてもらったもん」
「光ちゃんも?」
「あい!」
「それなら、ちゃぁんと来てくれるよぉ。良かったねぇ!」
「うん!」

嬉しそうな表情を満面に浮かべる美玖と光一だった。

「できましたよ」
「ありがと。美玖と光ちゃんは、ここで、遊んでてね」

真子は、ダイニングへ向かう。そして、椅子に座った。

「いただきます」

えいぞうが、振り返り、真子の食べる姿を見つめていた。

「えいぞうさん、店は良かったの?」
「今日は休みですよ」
「…起こしてくれてもよかったのに」
「ぺんこうに停められましたから」
「芯?」
「明け方まで、パソコンで何をしていたんですか?」
「…知ってたんだ…」
「健も心配してたから、朝早く来たんですよ。そうしたら、組長は未だ
 寝てると…。明け方に寝たところだから、起きるまでそっとしておけと
 念を押して出て行きましたからね。だから、美玖ちゃんと光ちゃんを
 引き留めるのが大変だったんですよ」
「それで、早めのツリーだったんだ」
「そうです」
「いつもありがとぉ」
「お気になさらずに。…それで、結果は?」
「まだ、途中。くまはちから、連絡あった?」
「いいえ、まだ」
「なら、まだ気が付いてないのかな…」
「恐らく一人で解決するつもりでしょうね」
「いつまで経っても変わらないな…」

真子は、ちょっぴり寂しそうな表情をする。

「ままぁ」

美玖が真子の足下へ駆けてくる。

「ん? なぁに?」
「こうえん、いきたい」
「ママが食べ終わるまで待っててね」
「あい! ぶらんこのる!」
「はぁい」

真子の笑顔を見て、美玖は嬉しかったのか、弾みながらリビングへ戻っていった。

「私もご一緒致しますよ」
「いいよ。すぐそこだし」
「それでも、ご一緒します」

いつにない、えいぞうの真剣な眼差し、そして、口調。
真子は、えいぞうの心境を察した。

「じゃぁ、健も一緒に!」

えいぞうの心に残る何かを吹き飛ばすような笑顔を見せる真子だった。

組長…。

真子の優しさを感じた栄三は、いつものえいぞうに戻っていた。



真子の自宅の玄関先に、真子、美玖、光一、そして、えいぞうと健が姿を現した。戸締まりをして、五人は、近くの公園まで歩き出した。
健の右手に美玖、左手には光一が、しっかりと健の手を握りしめていた。そして、軽く走り出す。

「まま、はやくぅ」
「先に行っててね」

真子は、笑顔で応える。

「はぁい!」

返事をした美玖は、健を引っ張るように走り出す。

「っと、美玖ちゃん、早いよぉ」
「けん、はやく!」
「はいぃ〜」

音階が付いた返事をした健は、美玖と光一を小脇に抱えて走り出した。

「こら、健!! …ったく、あいつは…」
「ねぇ、えいぞうさん」
「はい」
「健も、子供好きなの?」
「そうですよ」
「知らなかった…。だって、私の時は、怖かったもん」
「あれは、元々の顔なんですからぁ」
「美玖と光ちゃんは、怖がらないね」
「そりゃぁ〜」

健の表情が違うもんな〜。

えいぞうは、言葉を濁す。
そして、二人は、美玖達に遅れて公園へ入っていった。美玖と光一は、すでにブランコに乗って揺れていた。

「まま、ここぉ!」
「美玖、手を放したら危ないよぉ」

真子は、美玖の両手をしっかりと握りしめる。そして、優しく揺らし始める。しばらくして、隣のブランコに居る光一の方も揺らし始めた。楽しく遊ぶ親子を見つめる健とえいぞうは、静かに語り合っていた。

「兄貴、思い出してるやろ」
「…ん? まぁな」
「ムキになって、あんなこと言うから。…いてっ!」

えいぞうは、健の足を蹴っていた。

「二度も見たくないからな。…それに、お前が言っとったことも
 気になるし…」
「くまはちに任せてるんやったら、心配せんでもええやん」
「まぁな…」

そんな話をしながらも、えいぞうは真子と美玖、そして、光一から目を離さなかった。

二度と……。



むかいんと理子、そして、キルが、買い物袋をたっぷり持って公園の近くを歩いていた。

「そろそろ起きてるやろなぁ。ったく、真子も無理ばかりするんやからぁ」
「恐らく、組長は、この日を忘れておられるかもしれませんね。
 キル、そうなんだろ?」
「そのようでした。明け方まで何かをお調べになってましたから。
 私が、朝だとお伝えするまで、時間を忘れておられましたよ」
「だから、キルさんも朝早くに来たんだ」
「はい。まさか、えいぞうさんと健ちゃんも……って、あれは…」

公園の入り口を通りかかった時だった。公園ではしゃぐ親子が視野に飛び込んだキル。その親子から発せられるオーラに覚えがあるキルだった。自然と体が反応し、両手一杯に荷物を持ったまま、公園にいる真子の所へと歩いていった。

「キルっ! えいぞうが居るだろがぁ」

むかいんの声も空しく、キルは、真子の側に行き、一礼していた。

「ったくぅ、準備に時間が掛かるのにぃ。キル、先に帰るで。だから荷物」

むかいんの言葉で、なぜかうろたえているキル。


「キル、えいぞうさんも健も居るから、大丈夫だよ。むかいんの手伝い、
 お願いするから。この際、料理も覚えるチャンスだよ」
「しかし…」
「大丈夫。くまはちが抑えてるんでしょ? …まさか、動き足りない…とかぁ?」

真子は、ジトォッとした目をして、キルを見つめる。

あっ、いや…その…。

「……では、むかいんさんのお手伝いに参ります。失礼します」

深々と頭を下げて、キルは入り口へ向かっていく。理子は真子に手を振り、むかいんは軽く一礼して自宅に向かって歩いていく。

「キルの性格…なんだか、橋先生に似てきたような…」

真子が言った。

「そりゃぁ、毎日顔を付き合わせていたら似てきますよ」

えいぞうが、光一を高い高いしながら応えた。そのえいぞうの足に、美玖がしがみつく。

「みくもぉ」
「おっしゃぁ〜っ!」

そう言って、光一と美玖を同時に抱きかかえ、公園内を走り始めた。

「……あれ、怖いんだけどなぁ〜」

真子が呟く。

「解りますよ。兄貴は、あれが楽しいと思ってるんですから。
 子供は絶対に喜ぶと思ってるんですよ。俺だって、やられましたから」
「…って、健が小さいときって、えいぞうさんは…」
「小学生なのに、怪力らしかったですよ」
「ふ〜ん」
「…組長?」
「ん?」
「記憶にあるんですか? だって、その…」
「真北さんの術で、その頃の記憶は封じられてたけど、今は覚えてる。
 お母さんの優しさ、えいぞうさんの優しさ。真北さんの優しさ。
 それがあったから、今がある。…大切な思い出…封じ込めた真北さんって、
 意地悪だよ」
「でも、それは、組長の事を考えてのことですよ。今、再び
 封じ込めないのは、組長の為。…いろいろと乗り越えてきましたから」

健の表情は、いつになく凛々しい。
そんな健を見つめる真子は、優しく微笑む。

「ありがとう。健のおかげだよ。いつも本当にありがとう」
「組長」

健は、なぜか、目を反らす。

やばいですって、組長。

「…!!!!! なにすんねん、ぺんこうっ!!!」
「何を考えてんだ、あ? こら…」

航翔コンビ(わたるかけるこんび)を迎えに行っていたぺんこうは、公園の前を歩いていた時、真子達の姿に気が付いた。真子と健が話している姿を見つめながら歩み寄り、声を掛けようとした時に、健の仕草を目の当たり。何を考えているのかが解ったぺんこうは、見えない早さで、健を蹴り上げ、胸ぐらを掴んでいた。

「だからぁ〜、やめてぇ〜」

たじろぐ健。その健の胸ぐらを掴み上げるぺんこうの手を優しく叩くのは、真子だった。

「芯、子供の前では駄目だって言ってるでしょぉ」

真子は、ふくれっ面。

「見せないように、二人に頼んでます」

と言いながら指をさす。その指の先では、航と翔が、えいぞうを交えて、美玖と光一と遊んでいた。その姿は、まるで、父と母は目に入っていないという雰囲気。

「そんなん、さみしいやんかぁ」

思わず真子が呟いた。

「で、ここで何をしてるんですか? むかいんの手伝いは?」
「組長、忘れてたんですよ。今日という日を」
「真ぁ子ぉ〜。あんだけ、滅茶苦茶精一杯言うから、今回限りで、
 その企画を承知したのに、忘れてるとは〜???」

ぺんこうのこめかみが、ピクピク……。そして、思わず握りしめる拳。

「ご、ご、ごめんなさぁ〜い」

真子は、恐縮そうに首を縮めていた。



真子の自宅。
真子達が帰ってきた。すでに、料理の用意をしているむかいん。理子は、リビングの飾り付けをしていた。健がしていたときよりも、派手に…。
どうやら、駅前の商店街で買ってきた様子。

「り、理子?」

リビングに足を入れた途端、その賑やかさに、一同、息を飲む。そして、真子が言葉を発した。

「お帰りぃ。真子ありがと、光一、わがまま言わなかった?」
「ほとんど、えいぞうさんが遊んでた」
「えいぞうさん、いつもありがとうございます」
「どういたしまして。お手伝いしましょうか?」
「高いところが大変なのぉ。お願いします」

理子の言葉で、えいぞうは、飾り付けを手伝い始めた。

「…だから、理子、これらは?」
「思わず買ってしもたぁ。だって、商店街のおっちゃんら、
 たっぷりくれたんやもぉん。飾らないと…」
「そうだね…。おじさんたちも楽しみにしてるからねぇ。ということは…」

真子の思った通り。
商店街の店主たちは、自分の店の売り物を手に、真子の自宅へと訪れてきた。むかいんが、自分で作ると言っても、店主たちは、頑としてそれを拒み、むかいんに味付けや焼き方を教わっていた。その通りに仕上げて、料理を持ってきたのだった。
むかいんたちの買い物が、二時間近かったのは、それが原因だった。


リビングは、クリスマスムードに浸っていた。
ツリーに、賑やかな電飾、猫の鳴き声で流れるクリスマスソング。テーブルにはクリスマスには欠かせない料理の数々。そして、その周りに集まるのは……。
極道に料理長、商店街の店主たちに、教師に、母と子。
なにか、足りない…。
父親であり、教師でもある一人の男の姿が見あたらない。
それに気が付いたのは、美玖だった。美玖は、真子の足にしがみつき、見上げる。真子は、美玖を抱きかかえ、優しい眼差しで尋ねた。

「どうしたの?」
「ぱぱ、いない。しごと?」
「そう。急に仕事が入ったんだって。パパがね、代わりに招待した人が
 居るけど、美玖、逢ってみる?」
「だれ?」
「美玖と光ちゃんが楽しみにしてた人」

美玖は、真剣に考え込んでいた。
その時、リビングのドアが開いた。
一人の男が入ってきた。
真っ赤な服を着て、白いもこもこが襟と袖に付いている。そして、真っ白なヒゲをはやした男。
美玖は、じっと見つめた。

「サンタさん!!!!」

美玖と光一は、サンタに駆け寄った。そして足にしがみつき、サンタを見上げる。
サンタさんは、優しい眼差しを子供達に向けていた。そして、手に持っている袋から、リボンの付いた箱を取り出し、美玖と光一にそれぞれ手渡した。

「ありがとぉ」
「あいがと」

美玖と光一は、それぞれ、お礼を言って、深々と頭を下げていた。そして、美玖は真子に、光一は理子に駆け寄っていく。サンタにもらったプレゼントを嬉しそうな表情で、母親に見せていた。真子と理子は、リボンを解き、箱を開ける。そこに入っていたのは、美玖と光一が、欲しがっていたものだった。それを手に取り、ぎゅっと胸に抱きしめる二人。

「良かったね。いい子にしてたから、サンタさんがくれたんだよぉ。
 これからも、いい子にしてようね。サンタさんは、いつでも見てるよぉ」

理子が光一に言った。

「美玖、ちゃんとお礼言った?」
「うん。みく、いいこだから、くれたの?」
「そうだよ。だから、もっといい子にしていたら、サンタさん、もっと素敵な
 プレゼントくれるかもよぉ」
「ほんと?」

そう言って、美玖は、サンタさんを見つめる。サンタさんは、航と翔をギロリと睨んでいたが、美玖の目線に気づき、優しい眼差しに変わる。
その変わり様に、航と翔は笑いを堪えていた。

……てめぇらぁ〜。

優しい眼差しの奥には、怒りの眼差しが……。

「サンタさん、たべる?」

美玖が、サンタに尋ねる。しかし、サンタは、首を横に振って、美玖の頭をそっと撫でてから、リビングを出て行った。

「サンタさん、ばいばい!」

美玖は、手を振って見送った。そして、真子の所へと戻ってきた。嬉しそうにプレゼントを抱きしめる美玖。真子は、とても心を和ませていた。
その奥には、疲れを隠しているが……。



廊下に出たサンタさん。二階に上がりながらヒゲを取り、帽子を取った。

「もう、しないっ!」
「来年もしろよ。美玖ちゃん喜ぶだろ?」
「……………そう言うのなら、目を反らして、笑いを堪えないでください、兄さん」

ぺんこうがリビングから出てきた時に、ちょうど玄関の鍵を開け、ドアを開けた真北。少し嬉しそうで、それでいて、ふてくされているぺんこうに声を掛けていた。
しかし、どうしても、笑ってしまうようで…。

「あ、あかん…。はよ着替えてこいや」
「言われなくても着替えますっ!」

どかどかと階段を昇り、そして、自分の部屋へ入っていくぺんこう。それを追うように真北も自分の部屋に入り、そして、思いっきり笑っていた。

あそこまで、変わるもんかな…人って…。

真北は、笑いながらも、大切な弟の変わり様に嬉しく思っていた。
真面目すぎる少年。
そう言われていたぺんこう。しかし、いつの間にか、その印象は無くなり、極道界で噂され、恐れられる程の存在になっていた。それでも、心の奥底にあるものは、変わっていない。
何事にも一生懸命。最善を尽くす。
自分に対しての反抗も、一生懸命だったのだろう。だから、『血に飢えた豹』という異名まで付けられたのかもしれない。

そう考えながら、真北は着替えて、部屋を出る。
ぺんこうも着替え終え、部屋を出てきた所だった。

「なんで、揃うかな…」
「なぜ、一緒なんですかっ」

二人の言葉も重なる。
流石、兄弟……。


真北も加わり、更に賑やかになったリビング。
今年も天地山には行けない真子は、こうして、大阪の自宅で楽しい時間を過ごしていた。
長旅で、子供が愚図るかもしれない。
それを心配して、真子は、暫くは天地山に行かないように決めていた。子供が大人しく出来るまで、それまで、真子は……。



その夜。
天地山ホテル支配人の原田まさは、パソコンの前でメールチェックをしていた。
真子からのメール。

「待ってましたよ、お嬢様」

画面に向かって思わず話しかけてしまう、まさ。添付ファイルを開ける。

「……本当に、今年もサンタの格好をしたんだなぁ、ぺんこうは。
 まっ、今年は美玖ちゃんと光ちゃんの為にだろうなぁ〜。
 …うわぁ、目、怒ってる……。こりゃぁ、航翔コンビに無理矢理…か」

たっぷりと送信されてきたクリスマスパーティーの写真。もちろん、健がデジカメで撮影したもの。真子は、またしても、天地山のまさに、送っていたのだった。
真子のメールも読み終えたまさは、その日の疲れが一気に吹き飛んだような表情をして、椅子の背もたれにもたれかかった。背伸びをしながら、真子への返事を考え、そして、キーボードを打ち始める。



真子の自宅。
真子は、パソコンの前で組関係の仕事をしていた。
パソコンのスピーカーから聞こえてくるメール着信のメロディー。
真子は、すぐにチェックする。
まさからの返事だった。クリックして、読み始める真子は、笑っていた。

「ったく、まささんたらぁ」

どうやら、天地山のパーティーでも、サンタをしてもらえないかという内容のようで…。その後、何度かメールのやり取りをする真子。
時刻は、就寝時間を過ぎている。
いつの間にか、組関係の仕事に戻っている真子。真子の部屋から灯りが漏れていることを気にした、くまはちは、ドアをノックする。

「組長、まだ、こちらですか?」

返事がないことが気になり、くまはちは、ドアをそっと開けた。
真子は、デスクに突っ伏して眠っている。

「組長、体壊しますよ。寝室に戻って下さい。組長?」

くまはちの視野に飛び込むパソコンの画面。

「明日の分…終わらせてしまったんですか…。……ん?」

真子の手には、パソコンのマウスではなく、ペンが握りしめられている。そして、猫柄の便箋と封筒が。便箋の頭にある文字を見て、真子が何をしようとしていたのか、くまはちは解った。

やはり、未だに…。

真子の肩に、ブランケットを掛けるくまはち。その仕草で真子が目を覚ます。

「…くまはち…。ありゃ、私、寝てしまったんだね…」
「就寝時間ですから」
「ほんとだ。知らなかった」
「寝室へ行かれますか?」
「手紙書いたらね…」

くまはちに、手紙の相手を知られてしまったと思った真子は、苦笑い。

「写真送って、笑ってもらおうと思ってね」
「そんなことをしたら、まさちんの心が揺らぎますよ?」
「…そうかな…。でも、楽しい時間を過ごしてるって…教えたいから…」
「組長……」

真子は、何かを考え込む。

「やっぱり、書かない方がいいね…」
「すみません…私、余計な事を…」
「そんなことないよ。くまはち。ありがとう」

真子は微笑んでいた。その微笑みには、ちょっぴり寂しさが含まれている…。
真子の部屋のドアが開き、ドアノブの高さより低い影が動く。そして、目の前の柱にぶつかった。
柱は、くまはちの足。そして、動いた影は…。

「美玖ちゃん! 大丈夫ですか???」

くまはちの足にぶつかって、尻餅を突いた美玖を抱き上げるくまはち。
美玖は、くまはちを見て笑っていた。

「くみゃはしぃ」

『くまはち』としっかり言えない美玖だった。

「どうしたんですか? もう、寝る時間ですよ?」
「ママ、まってるの。まだこない」

そう言って、くまはちの肩越しに真子を見る。

「もう少し掛かるけど…美玖、先に寝ててね」
「やだ」
「パパは?」
「おしごと」
「…そっか。明日終業式だっけ。…美玖、そこで寝る?」

部屋にあるベッドを指さす真子。美玖は、大きく頷いた。

「きょうは、ここでねる」
「そうだね。パパが仕事してたら、眠れないもんね」
「うん。くみゃはしぃ、いっしょに、ねよ!」
「私とですか?」
「うん!」

くまはちと一緒に寝る事が嬉しいのか、先ほどまで見せていた寂しさは吹き飛んでいる美玖。くまはちは、優しい眼差しを向け、美玖をベッドに寝かしつける。そして、自分は隣に寝ころんだ。そして、子守歌を歌い始める。
美玖とくまはちの和む様子を背中に感じながら、真子は、まさちん宛の手紙を書いていた。
美玖が眠った頃、真子がベッドに歩み寄る。

「私も一緒に寝ようか?」
「!!! 組長、からかうのは止めて下さい。ぺんこうに殴られたくないですよ」
「でも、美玖が目を覚ました時、くまはちが居なかったら、愚図るよぉ」
「そうですけど…組長がおられたら、大丈夫でしょう? 終わりましたか?」
「う〜ん、先に進まないから、またにする。で、明日は?」
「明日の分、終わったのではありませんか?」
「実は、そうだったりするんだけどなぁ〜。ごめんね、ほんとに。
 体内時計が一日ずれてたみたい。その分、張り切っちゃった」
「では、明日も、自宅でお過ごしになりますか?」
「そうする。理子と光ちゃんも一緒に、久しぶりに母子四人で楽しむ!」

いや、その組長…そうされますと、誰がお側に…?

真子の言動に対して、考え込むくまはちだった。

「大丈夫だって」

笑ってさらりと言う真子に、くまはちは、参ってしまう。

「くれぐれもお気を付けください」
「ありがと」

くまはちは、真子と交代する。美玖の隣に身を沈める真子に、くまはちは、そっと布団を掛けた。

「ねぇ、くまはち」
「はい」
「子供…好きだったんだね」
「???」
「こうして、美玖が、すごく懐いてるし、くまはちは、いつも以上に優しい
 眼差しを向けてるから。なんだか、くまはちがくまはちじゃないみたいだもん」
「そうですか? 組長と初めてお会いした時と変わらないと思いますが…」
「その時よりも、優しい眼差ししてるよ。…なんだか、美玖に妬いちゃうなぁ」

真子は、美玖の頭を優しく撫でていた。

「では、私は、これで。お休みなさいませ」
「お休み」

くまはちは、そっと部屋を出て行く。ドアを閉め、向かいの自分の部屋に入っていった。
その昔、大柄な男三人で使っていた部屋。今では、一人で使っている為、広く感じる。それが、少し寂しさを生んでいた。
ベッドに腰を掛け、先ほどの真子の言葉を思い出す。

「妬いちゃう……か」

そう呟いて、仰向けに寝ころんだ。

そりゃぁ、組長の愛娘だもんな…。輪を掛けてしまうよ…。

そのまま目を瞑り、眠りに就いた。




次の日・クリスマスイブ。
リビングに飾った猫型ツリーの前で遊ぶ美玖と光一。ボタンを押せば、猫の鳴き声で歌い出す。いつの間にか、同じように歌っている美玖と光一。真子は、三時のおやつを作っていた。出来上がり、リビングへと持ってきた時だった。
チャイムが鳴った。
真子が応対する。

「はい」
『宅配便です』
「すぐ行きます」

真子は、画面に映る人物をじっくりと観察し、怪しくない事を確認してから玄関へと歩いていく。理子も追いかけるようにやって来た。もちろん、子供達も付いてくる。

「いや、付いてこなくても…」
「真子に何か遭ったら、困るやん」
「大丈夫だって」

そう言って、ドアを開ける。大きな箱を持った宅配便の兄さんが立っていた。

「えっと、差出人は、……サンタさんなんですが…」
「サンタさん???!?」
「真北ちさとさん宛です」
「ありがとうございます」

はんこを押して、箱を受け取る。宅配便の兄さんは、元気に挨拶をして去っていった。
玄関に箱を置いた真子は、その場で開けた。

「猫グッズ……。…これって、子供服?」
「そうやんな…。で、なんで、猫の着ぐるみ? …ネズミキャラの着ぐるみもある…」

箱の中に入っている物を次々と出していく二人。美玖と光一は、それぞれ気に入った物があったのか、手にとって、遊び始めていた。

「…真北ちさと宛って…」

理子が、送り状を見つめながら言った。

「阿山真子宛だとやばいってことかもね」
「サンタ…誰なん? 先生ちゃうやろ」
「……なんとなく、誰からなのか、解る。…だって、これがあるから」
「…ほんとだ。…真子…目、潤んでるで…」
「うるさいなぁ〜もぉ」

真子はふくれっ面になっていた。真子が手にしたメッセージカード。そこに書いている文字を見て、送り主が誰なのか、すぐに解った二人。真子は、涙を浮かべ、嬉しそうに微笑んでいた。

「ママぁ、これ、きたい」

美玖が猫の着ぐるみを手に、真子に言った。

「…それにしても、なんで、着ぐるみなんだよ…ったく」

呆れたように言いながらも、真子は、その着ぐるみを美玖に着せる。理子は光一に、ネズミキャラの着ぐるみを着せた。


『星空の下に住んでいるサンタからの贈り物です。
 素敵な時間をお過ごし下さい。そして、笑顔一杯の
 新たな年をお迎え下さい。
 追伸:組長、ぺんこうには、内緒ですよ!
 まさちんより』



夕方。
仕事から帰ってきたぺんこうは、玄関まで迎えに出てきた二人の子供を見て、唖然と立ちつくしていた。

「猫とネズミって……仲良く喧嘩しなアニメじゃないんやから…。
 真子ぉ、なんだよ、これはぁ!!!」

荷物をその場に置き、二人の子供を抱きかかえるぺんこうは、ツカツカとリビングへ入っていった。
ぺんこうは、肩の力が抜けたように、がっくりとなる。

「あのね……」
「いいやん、クリスマスやねんから」
「それでも、それは…ちょっと……理子ちゃんもですよ…」
「あかんのん? 親子揃ってて、おもろいと思うけどなぁ」
「ちぃっともおもしろくありません! かえって呆れますよ…」

サンタからの贈り物。箱の奥底には、真子と理子用の着ぐるみが入ってあった。真子と美玖は猫、理子と光一はネズミキャラの着ぐるみを着て、帰ってくる人たちを出迎えていた。
この日、真っ先に帰ってきたのは、ぺんこう。
あまりの滑稽さに、呆れていたものの、なぜか、デジカメで写してしまうのだった。

くまはちと真北が一緒に帰ってきた。
もちろん…。

「……………。組長………」

動きが停まるくまはち。

「真子ちゃん……かわいいぃっ!!!」

喜ぶ真北。
くまはちと真北の反応は正反対。真北の反応に、怒りを露わにしたのは、ぺんこうだった。

むかいんは……。

「ただいま……。………」

そう言ったっきり、四人の姿には、何も言わず、普通を装っていた。




真子は、封を閉じ、切手を貼る。
宛名は、
北島政樹様。

差出人の所には……。


心の恋人より



(2003.12.23 『極』編・驚異的聖夜 改訂版2014.12.23 UP)





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