〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



その考えは、極道<2>

「何が遭った?」

自宅の周りを警戒し、誰も居ない事を確認した真北は、玄関に寝ころぶまさちんに手を差し伸べた。
どこかを痛めているのか、顔をしかめている。

「まさちん、まさちん!」
「…だ、大丈夫ですよ…」
「兎に角、診せろ」

真北の腕に支えられながら、奥の部屋へと入っていくまさちん。布団に寝かしつけられ、濡れた服を脱がされた。体のあちこちに、あざが出来ていた。
まるで、誰かに殴られ、蹴られたような痣…。

「頭は大丈夫か?」
「ガードは、大丈夫ですから…」

そう答える声には、力が無い。真北は、まさちんの着替えを用意し、救急セットを車から持ってきた。優しく手当てをする真北は、仕事柄、その口調で、まさちんに尋ねてしまう。

「誰に襲われた?」
「知りませんよ…いきなりでしたから」
「付けられてないな?」
「きっちりと撒いてきましたよ」
「その腕は衰えてないのに、反撃に出ないんだな」
「それこそ、地島政樹を名乗ってることになるでしょうが…。
 …その薬も、橋先生からですか?」
「急に痛みが退いただろ?」
「えぇ。…でも……」
「横になってろ。兎に角、頭の方が心配だからな。強い衝撃は?」
「受けてませんよ」
「それでも、調べるから」

真北は、橋に連絡を入れる。簡単に状況を伝えた後、橋の指示に従って、検査を始めていた。

『ほな、大丈夫や』
「そっか、安心や」
『ちゃんと渡してくれよ』
「解ってるって。ありがとな」

電源を切った真北は、まさちんの体を起こす。

「……組長からですか?」

まさちんの質問は唐突だった。どうやら、真北の行動で、何かを悟った様子。

「真子ちゃんは、くまはちを問いつめただけや。それがあっても無くても
 様子を見に来てた。…やっぱし、お袋さんを旅行に出したのは…」
「そうですよ。…奥村に言われなくても、最近目線を感じていたのは
 知ってましたからね。私を阿山組の地島政樹だと狙いを定めていると…。
 だから、お袋を旅行に出して、その間に…」
「一人でやろうとしてたんか?」
「地島政樹じゃなく、北島政樹だと証明させるためにね。その為に、
 来生会の手は欲しくなかったんですよ。…自分の事は、自分で…。
 誰にも迷惑を掛けたくありませんから」
「お前に何か遭ったら、真子ちゃんが哀しむだろが」
「…やっぱり、組長の為…ですか」
「真子ちゃんがな、お前の身辺を知って、心配のあまり、署まで
 やって来たんだよ。その情報を耳にした途端、ビルから駆けて
 来たみたいでな、健の連絡よりも先だったよ」

組長……。

「…俺…、どこに居ても、組長に迷惑を掛けて…」

まさちんは、悔しさのあまり、床を叩き、膝を抱えて丸くなってしまう。そして、自分の膝に顔を埋めた。

「後は、任せろって」

真北が言った。

「いいえ、これは、私個人の問題です。だから、真北さん…」
「そんな体で、何を言っても無駄だな。もう、お前個人の問題じゃない。
 一般市民に迷惑を掛けるようなら、それこそ、俺の仕事だろうが。
 な、北島政樹さん」
「…真北さん……」
「兎に角、寝ておけ」
「もしかして、お一人で…?」
「あったりまえや。まさちんを襲ったのは、そいつらだけだが、他にもあるんやで。
 一掃できるやろが」

真北の目が輝いている。

「…それなら、私も…」
「って、一般市民が、何をするんや?」
「真北さんの側で働く者として…じゃ……だめですか?」
「ったく、いつの間に、元の性格に戻ってるんや? 体、動かんやろが」
「昔ほどじゃありませんが、…やられっぱなしというのが……ね…」
「………ったく……」

いつの間にか、雨が止んでいた。


一台の高級車が、まさちんの自宅を出て行った。



車が停まる。
そこは、先ほど、まさちんが襲われた場所だった。まだ、辺りに居ると思っているのか、いかにもそうですという雰囲気の男達が、何かを探すように歩き回っていた。

「奴らか?」
「そうですね。先ほどより人数が三倍になってますよ」
「撒いたんが、悪かったんちゃうか?」
「そうですか?」
「躍起になってるで。……どうする?」
「…そりゃぁ、もう……ねぇ…」

にやりと口元をつり上げたまさちんに、応えるかのような雰囲気を醸し出す真北。二人は同時に車から降り、男達の集団の中へ。そのリーダー格の男に声を掛ける真北。男は、真北の口調に平静を装っていたが……。

「…地島政樹を探して、どうするつもりだ?」

真北が静かに尋ねた。

「どうするもこうするもねぇよ。見つけ出して、阿山真子に差し出すまでだ」
「差し出す?」
「奴は死んでいない、こうして生きている…ってね。で、あんた、そんなことを
 訊いてどうするんだ? …まさか、横取りするんじゃ……!!!」
「その通りだよ!」

真北の言葉と同時に、乱闘が始まった。
真北目掛けて、男達が一斉にかかっていく。だが、真北は、いとも簡単に男達を倒していく。…それも、一発の拳で…。それに紛れるかのように、まさちんも男達を倒していた。
先ほど、自分に危害を加えた男達を中心に、真北以上の強い拳と蹴りを見舞っていた。

辺りが静かになった。
雨が、ぽつぽつと降り出してきた。真北は、どこかへ連絡を入れ、遠くから走ってくる赤色回転灯を確認したあと、まさちんと一緒に、その場を去っていった。
まさちんを襲った男達は、連行されていく……。

「まさちん、やりすぎ」
「そうですか? 昔に比べると、かなり鈍ってますよ」
「俺に任せておけって」
「そうします。やはり、俺には合ってませんから」
「地島政樹なら、兎も角、北島政樹は、格闘が苦手だろうが」
「そうですね。…次は、大人しくしておきます。…ただ、奴らだけは…ね」
「ったく…」

そう言った真北は、ウインカーを左に出し、別の場所に向かって走っていった。

「どこへ、向かってるんですか?」
「次の組事務所。…というか、あいつらの言葉が気になってな。
 地島政樹を探しているのは、結構居るようだな。健の情報、
 ヒットしてるってことか」
「地島政樹を連れて、阿山真子と会う…か。組長が知ったら、
 恐ろしいほどに、怒りそうですね」
「だから、早めに手を打とうとしてるんだよ。…まさか、こっちの
 動きが速いとはなぁ」
「偶然だったんですよ。来生会に向かっていたあいつらと鉢合わせ。
 その時に、尋ねられて、違うと応えただけなんですけどね」
「地島政樹だと確かめるには、攻撃のみ…か。…ったく、暴れすぎだ」
「知りませんって。当時は、それが、普通だったじゃありませんかっ!」
「そうかりかりするなって」
「したくなりますよっ」
「やっぱり、何処か痛めたんじゃないか? 明日にでも精密検査を受けろ」
「……あなたと居ると、なぜか短気になるだけですよ」

冷たく応えたまさちんは、窓の外を見つめた。
雨が激しく降り始めたのか、窓ガラスを洗うかのような感じで水が流れていた。

「どうする?」

真北が静かに尋ねる。

「どうすると言われましても、私には、北島政樹としか名乗れませんから」
「同じように吹っ掛けてきたら?」
「あなたが、守ってくださるんでしょう? 私、一般市民ですから」
「……守るに決まってるだろうが。…じゃぁ、俺に任せろ。絶対に、手を出すなよ。
 解ったな?」
「はい」

二人は車を降り、組事務所へ入っていった。
出迎えた組員に案内され、組長室へ入っていく真北とまさちん。


「…で?」

組長が尋ねる。

「この北島さんがね、襲われましてね。そして、阿山組からも言われましたよ。
 北島さんを今は亡き地島と間違えて、声を掛けている輩が多いらしいと」
「その男…違うのか?」
「似てるんですけどね。確かに、阿山組の五代目も、この男を地島と間違って
 尋ねて来たらしいんですよ。しかし、全く違った」
「そういや、先ほど、情報が入ってな、その男を襲ったはいいが、全く抵抗せず、
 反撃も出なかったそうじゃありませんか。…あの地島なら、拳が当たる前に
 蹴りを繰り出して、相手を倒してますからね。…現に、うちの若いもんも
 何度かやられてますよ。…真北さん、あんたの指示でね」
「……ところで、そんな情報を、どこから、仕入れた?」
「今は、どこかに放り出された来生会の幹部ですよ。昇進に躍起になっていた
 奴でしたなぁ。来生だけでなく、阿山組系須藤組の須藤の怒りにも触れた
 らしいですよ。…っと、改めて言わなくても、御存知でしたね」
「まぁな。…噂の出所は、知らなかったけどな…。……それだけじゃぁ…ないだろう?」

真北は、鋭い目つきで、組長を睨み上げる。
その目に恐れたのか、組長は、口を一文字にし、拳を握りしめた。
背中を一筋、冷たい汗が伝っていく……。

「…実は…」

組長は、事の真相を淡々と語り始めた。



話し合いで終わらせた真北は、まさちんと組事務所を出てきた。車に乗り込み、エンジンを掛けた時、大きく息を吐く。

「すまんな…」
「はい?」
「俺の失態だな」
「仕方ありませんよ。私が出てきたということは、すでに刑期を終えて
 出てきた男達も居ますから」
「お前だけは、特別に、扱えばよかったな…」
「いいんですよ。私のことですから」
「最後まで面倒を見るのが、当たり前だろ?」
「もう、あなたの手の中から出てますよ? それでも?」
「…あぁ」

静かに応えた真北は、アクセルを踏んだ。

組長が言った事。
それは、まさちんを躍起になって探しているそれぞれの組には、真北関連で、刑務所に放り込まれた組員達も何名か居た。もちろん、まさちんが入っていた所と同じ場所。まさちんが入っていた間、何名かが出所し、阿山組の情報を耳にする。そこで、まさちんの事も話にあがり、『似た男が入っていた』という情報が飛び交う。しかし、確かめようにも確かめることができない。
そんな中、阿山組の地島政樹に似た男が、とある街で過ごしているという情報が飛び込んできた。その街に近いところで事務所を構える組が、躍起になって探し始めた。
先に見つけたのが、まさちんを襲った連中たち。
来生会からも情報を得た者達は、確信し、まさちんに声を掛けてきた。


まさちんの自宅に戻った頃には、更に激しく雨が降っていた。
疲れたように布団に倒れ込むまさちんを心配した真北は、側に座り込んだ。

「大丈夫か?」
「…と言いたいところですが…。ここ数日、休まることがなかったので…」
「何か遭ったら、すぐに連絡入れろ」
「そうなってるとは、思いもよらなかったんですから」
「暫くは、続くだろうけど、なんとかしてやるから。今は休め」
「お言葉に…甘えます…」

まさちんは、すぅっと眠りに就いた。

「ったく」

真北は、まさちんの体に、そっと布団を掛け、部屋を出て行った。そして、連絡を入れる。

『真北さん!!!』

相手は、真子だった。

「…くまはちの電話を取り上げないっ!」
『連絡くれへんやんかぁ。…ねぇ、どうなの?』
「まさちんは、無事ですよ。ただ、厄介なことが続きそうなので、
 暫く、こちらで、待機しておきます」
『まさちんには?』
「伝えてますよ。だけど、北島さんに迷惑掛けられないでしょう?
 ほとぼりが冷めるまで、ちゃんとここに居ますから」
『おばさんは?』
「まさちん自身も気が付いていたようで、旅行に行ってて留守ですよ。
 追い出したそうです」
『じゃぁ、まさちん…一人で解決しようと思ってたんだ…よかった…。
 間に合って……。…真北さん…』
「ご心配なく。まさちんも、そう言ってますから」
『…うん…真北さん、本当に……お願いします…』
「任せなさい」

力強く言って、真北は、電源を切った。

「…と言ったものの……。どうするかな……」

立ち上がり、窓際に歩み寄った真北は、カーテンの隙間から外を眺める。ポケットに両手を突っ込み、口を尖らせていた。


夜。
未だに雨は止まず、激しく降っていた。街灯に照らされている近くを流れる川が溢れそうな勢いで、水かさを増している。流れもかなり速かった。

「明日には止むのかな…」

真北は、そう呟いて、まさちんの寝る部屋へと足を運んできた。まさちんの側に腰を下ろし、額に手を当てる。少し熱が高い。

「まさちん、病院行くか?」

真北が優しく声を掛けた。

「…いいえ…畑が…心配ですから。何かあると、すぐに動けません…」
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。久しぶりに激しく体を動かしたので、熱が高いだけです」
「真子ちゃんと同じ体質だったか?」
「よく似た体質ですよ」
「さよか…。で、飯はどうする?」
「用意します」
「食べるなら、俺が作ってやるよ。むかいん特製でいいか?」
「材料、ありませんよ」
「それなら、買ってきた」
「いつ、街へ?」
「それだけ、お前が熟睡してたんだよ」
「そうですね……」
「出来たら呼ぶから、それまで寝ておけ」
「お世話になります」
「そう言うな。俺の失態でもあるからな」
「真北さん」

まさちんが静かに呼ぶ。

「あん?」
「組長には?」
「結果だけ伝えてる。それと、暫くは、離れないともな」
「そうですか…。安心なさりますね」
「あぁ」

そう言って、真北はキッチンで、むかいん特製を作り始めた。

まさちんは、大の字に寝ころんでいた。

組長…。遠く離れていても、心配掛けてしまいましたね…。
すみません。

そっと目を瞑るまさちんだった。


真夜中。
大丈夫だと言ったまさちんだったが、熱は更に高くなっていた。心配する真北は、一晩中、まさちんに付きっきりで看病していた。



昨夜の雨が嘘のように止み、晴れ渡る空。
真っ青な空に向かって両手一杯広げて背伸びをするのは、真北だった。

「おっしゃぁ〜」

気合いを入れた真北は、まさちんの畑へと足を運ぶ。
何事もなく無事を確認して、まさちんの自宅へと入っていった。その足で、未だに眠っているまさちんのところへとやって来た。

「おはようございます…」

少し寝ぼけた雰囲気でまさちんが声を掛ける。

「どうや?」
「少し…だるさが残ってますね」
「畑は無事」
「ありがとうございます」
「ちょっぴり手入れもしてきた。今日は病院だからな」
「大丈夫ですよ。一晩、熟睡していたでしょう?」

まさちんは体を起こし、布団の周りを見つめる。看病したと言わんばかりの様子が広がっていた。

「それでも連れて行くからな」

冷たく言って、真北はキッチンへと向かっていった。

「本当に、強引なんですから…」
『さっさと着替えて、こっちに来いっ!』

まさちんの呟きが聞こえていたのか、真北がキッチンから怒鳴っていた。

「わかりましたよ…ったく」

ブツブツと言いながら、まさちんは着替える。



真北運転の車が街の中を走っていた。助手席に座るまさちんは、少しだるそうにしていた。車は左に曲がり、とある病院へ入っていった。
入り口には大きな看板が立っている……清水総合病院(しみずそうごうびょういん)


「北島さん、どうぞ」

待合室の椅子に座っていた真北とまさちんは、立ち上がり、診察室へと入っていった。

「橋院長から、お聞きしていた方ですね、北島…政樹さん」
「はい」

そのように尋ねる医者は、この清水総合病院の院長の清水という男。まさちんに尋ねながら、清水は診察を始める。真北は、一昨日起こった事を細かく伝えた。

「そうですか。それでしたら、CT撮ってみた方が安心ですね。
 熱も関係しているかもしれませんからね」
「橋から預かったものです。お渡しするよう言われました」

大きな封筒を手渡す真北。清水は封を開け、確認する。

「なるほど…。こうなっているんですか。ある程度の衝撃には
 耐えるでしょうが、殴る蹴るのような強さの衝撃は難しいですね。
 では、準備に入りますから、そちらで、これに着替えてください」
「…はぁ…」

手渡された物を見つめ、きょとんとしているまさちんに、真北が声を掛ける。

「大丈夫か?」
「なんとか…。なんだか、あなたの策略にはまったようで、
 しっくりしないんですけど……」
「うるさい」
「それより、清水先生、橋先生とのご関係は?」
「橋院長とは、同級生。だから、真北さんの事も存じてますよ」
「それ以上、話さないでください、先生」
「そうですね。では、こちらに寝ころんで下さい」

着替えたまさちんは、ストレッチャーに寝ころぶ。助手がそのストレッチャーを押し、診察室を出て行く。清水は書類に目を通しながら、まさちんの後を着いていく。寝ころぶまさちんに話しかける真北。

「暫く入院だったら、どうする?」
「断りますよ」
「真子ちゃん、心配するぞぉ」
「何も伝えないでください。それこそ、飛んできそうですから」
「さぁ、それは、どうだかなぁ」
「っっ!!!! ったく、あんたって人は、いつまでも〜」

体を起こして真北に突っかかるまさちんは、

「起きあがらないっ!」
「すみません」

清水に怒鳴られ、大人しくなった。

「ふっふっふ」

真北は笑っていた。

「清水先生は、橋との付き合いが長いですね?」
「真北さん、道くんの次…くらいでしょうね。今でも時々逢いますよ」
「仕事関係でですね?」
「えぇ。相変わらず仕事好きのな男ですね。早く若い者に譲ればいいのになぁ」
「良い腕の奴が二人居ますからね」
「平野くんとキルくんですね?」
「そのような話までなさってるんですか」
「自慢げに話しますよ。それと、原田くんだったかな。結局、彼は医者に
 ならずに、ホテルの支配人をしているとか」
「原田を御存知なんですか?」
「えぇ」

清水は、スタッフに指示を出し始める。少し不安げなまさちんに、優しい眼差しを向ける真北だった。



「本当に、よろしいんですか?」
「はい」
「目覚めるのは、明日のお昼頃ですよ。それまでに終われるんですか?」
「それは、大丈夫ですよ。準備は整っておりますので。後は、私の指示を
 待つだけです。日が昇りきるまでに終わりますよ」
「……本当に、御自分には自信がおありにある」
「橋から…ですか?」
「その通りです」

静かに語る二人…清水と真北は、病室のベッドに抑制されている一人の人物を見つめていた。
CTの撮影を終え、精密検査をすると言って、麻酔を掛けられた、まさちんだった。

「今のところ、異常ありません。しかし、暫く通院していただかないと、
 判らないところもございます。今朝方受けた暴行が影響をしていると
 いうのではなく、その…これらが付けられてから三年以上経ってますので
 一度、その辺りを調べたいですね」
「死ぬまで大丈夫だと聞いてますよ?」
「確かにそうですが、それでも検査は必要です」
「こいつ、嫌がるでしょうね」
「真北さんから強く…」
「余計に嫌がりますよ」
「それでしたら、真子さんからと…いうことで…」
「………………。そうしよう」

真北は、ポケットに手を突っ込み、口を尖らせた。

「そろそろご出発ですか?」

真北の仕草を見て、清水が尋ねる。

あいつの癖でな、ポケットに手を突っ込んで口を尖らせたら
何か途轍もないことを考えてる時だ。

橋の言葉を思い出していた。

「ん? …あ、そうですね。では、宜しくお願い致します」
「かしこまりました。……っと、もし、目覚めた場合は…」
「思う存分、眠らせてください。問題はありませんから」
「お願いします。お気を付けて」

真北は、一礼して、病室を出て行った。清水は、静かに閉まるドアを見つめ、軽く息を吐いた。

「橋の奴、よう、あんな男と付き合ってるよな…。聞いた事のある
 仕草に行動。全て当てはまってるよ」

清水が手にする書類。その書類は、橋から送られたもの。そこには、まさちんの病歴が事細かく書いてあり、最後の二枚には、真北の事が記載されていた。
その一枚。
橋のサインと真北のサインが書かれてあり、下の方に書かれている文字…それは…。

「特殊任務…か。噂は聞いていたが、そこまで保証されているとはな…。
 いくら親友でも、そこまで俺を巻き込まないで欲しいな…」

ちらりとまさちんに目線を送る。
まさちんが顔をしかめ、体を動かそうとしている……。

「……って、一日効果がある薬だぞ……なんで、意識が…???」

清水は慌てたように、書類をめくって何かを探し始める。
一カ所で手が止まった。

「……………おいおい………五倍って、致死量だろが…。
 取り敢えず………!!!!!!!」

いきなり腕を掴まれた清水は目を見開いて驚いた。
まさちんが目を覚まし、抑制されているはずの腕を動かし、清水の腕を掴んでいた。

「あ…んた……。いくら何でも…これは……ひどいよな…。
 真北さんの指示か?」
「そうです」

即答する清水。

「あんたまで巻き込むなんて、あの人も酷すぎる。…引きちぎるぞ?」
「それは、困ります」
「これは俺の問題だ。あの人の手を煩わせたくは…」
「…真子さんの思いだとしてもですか?」
「な…にぃ?」

まさちんの勢いが少し弱まった。

「真北さんが、おっしゃってましたよ。真子さんの悩みを増やしたくないと。
 北島さん、あなたの身の事を心配して、真子さんが真北さんを
 よこしたんですよね? その真北さんが、あなたをこうしてまで
 行動を起こした。その意味する事、解らない北島さんではありませんよね?」
「解ってるからこそ…俺が…」
「それに、あなたには、動いてもらっては困るんですよ……ね」

先ほどまで見せていた雰囲気とは正反対に、怪しいまでの何かを醸し出す清水。それには、覚えがあるまさちんは、身構え、そして、勢い良く抑制ベルトを引きちぎった。

「うっ…」

起きあがったまさちんは、目眩を起こし、ふらつく。そのまさちんの体を支える清水。

「は、放せっ! …てめぇ、俺の体に何を打ち込んだ……」
「秘密……ですよ、阿山組の地島さん」
「……!!!!!!!!」

まさちんは、背中に何かを感じた。そして、軽い痛みと衝撃を受ける。
その場に力無く倒れ込むまさちん。
清水の手には、特殊な銃が……。
意識が薄れる中、その銃を目にしたまさちん。

…あれは確か………。

眠りに就いたまさちんを無表情で見下ろす清水だった。



車の運転席に座り、誰かに指示を出している真北。見つめる先には、とある組事務所があった。その組事務所に次々と人が入っていく。その中の一人が真北の方へ駆けつけてくる。
窓を開けた真北に声を掛ける人物。

「抑えました。第四、第五も、それぞれ抑えた模様です」
「そうか。………第六、第七も終えたみたいだな」

真北や男の耳元には、小型の無線機が付けられていた。その無線機から情報が伝わってくる様子。二人は何も語らず、耳を傾けていた。

「しかしまぁ、これだけ数があると、本当に厄介だな」

真北が呟く。

「まるで、あの頃を見ているようですね」
「いつと比べてる?」
「阿山組が五代目になった頃ですよ。まぁ、それまで、四代目が
 思いっきり動き回って大変でしたけどね………すみません」

真北の睨みに弱腰になる男。

「別に休んでる訳じゃないんだけどな…。真子ちゃんの意志がここまで
 させてるだけだ。奴らも暴れたいんじゃない。真子ちゃんの思いを
 大切にしたいだけだ。だけどなぁ〜。動く方向が違うんだよな…」
「やはり、一度踏み込んだ世界では、難しい事なのでしょうか…」
「それぞれの意志の問題だ」
「その…北島さんの方は、大丈夫なのですか? 北島さんも極道だった…」
「俺は大丈夫だぞ」
「いや、その…真北さんは、この世界に入った頃から………すみません」

更に凄い睨みに、益々弱腰になる男。

「やくざ泣かせの何とか…だったからなぁ。そりゃぁ、極道より怖いわな」
「はい」
「あのなぁ〜」
「す、す、すみません!!!!」
「……第十五、終了か……。…って、お前ら、行動早くないか?」
「朝日が昇る前に終わらせるには、遅いですよ。残り二十」
「大丈夫だって。まだ充分時間があるだろ?」
「気を抜いてはいけません。…それは、真北さんの教えですよ」

男は優しく微笑んでいた。

「……そうだったな」

その微笑みに応えるように、真北も微笑んでいた。

しかし、まさちんは大丈夫かな…。



朝日が昇り、辺りを明るく照らし始めた頃、真北の車が清水総合病院へと入っていった。時刻を確認した真北は、エンジンを切って、車から降りる。背伸びをした後、病院の建物へ向かって歩き出した。その足は、直ぐに清水の事務室へと向かっていった。
ノックをする。

「真北です」
『どうぞ』

ドアを開け、真北は事務室へ入っていった。
清水の姿を見て、驚いたように声を張り上げた。

「どうされたんですかっ!!!!!」
「あっ、いや……その……更に強化してますよ…北島さんは…」
「ま、まさか…」
「………その、まさかや……あんたなぁ〜〜」

事務室の隅の方から声が聞こえてくる。
それも、怒りが、ひしひしと伝わるように……。

「まさちん、お前、効かなかったんか?」
「免疫が出来てることくらい、真北さんは御存知でしょうがっ!!
 それを忘れてしまうなんて、よっぽどやなぁ。もう、引退されたら
 どうですか? 俺を騙して、麻酔を使うだなんて、それこそ…」

まさちんの醸し出すオーラ。まさしくそれは、あの頃のもの…。
暴れることしか知らない男…。この時ばかりは、歯止めは利かない……。

「何も、清水先生をボコボコにすることないだろうがっ!」
「あぁのぉぉねぇ〜〜」



〜回 想〜

力無く倒れたまさちんを見下ろしながら、手にした銃をサイドテーブルに置き、まさちんを抱きかかえようと手を差し伸べた。

「医者が、手にするような物じゃないよなぁ。誰の差し金だ?」
「…!!!! な、なぜ、意識が? うわっ!!!」

地面に寝ころんでいるまさちんの手が、清水の首を鷲掴み…。その手に力を込めるまさちん。清水は、サイドテーブルに置いた銃に手を伸ばすが、届かない…。

「その銃に込められている弾はなぁ、人の体の機能を失わせるものだ。
 それを持っているということは、あんた…まさかと思うが、裏の組織の…」
「違う!!! 関係ないっ!」
「………そういや、裏の組織の繋がりに、ウォーターという医者が居ると
 聞いた事があったなぁ。…ウォーター。日本語では、水……」

まさちんは、体を起こしながら、清水に話しかけた。そして、立ち上がり清水に腹部に蹴りを入れ、前のめりになった清水の背中に肘鉄を食らわせた。

「うごっ……」

地面にばったりと倒れた清水に襟首を掴み、後ろ手に取り、壁に押しつけた。

「言えよ…、そうすれば、命は助かるぞ? …組織から俺の正体を
 確かめるように言われたのか?」
「………そ、そうだ……。確かに、ライ様の組織とは繋がりがある……」
「ライの頃か?」
「……今は…リック様だ…」
「リック? …まさか、まだ、組長の命を?」
「違うっ!! …話す、話すから、手を放してくれっ!! 怪我でもしたら、それこそ、
 仕事にならないだろっ!!」
「信用ならない。全て話せば、解放してやる」

まさちんは、腕に力を込める。

「リック様からのお話です。あなたを狙っている者が居ると…。
 真北さん、そして、真子さんが言われたことと同じ奴らのことです。
 そのリック様から、あの銃が送られてきました。あなたを狙う奴らに
 向けるようにと…」
「まさか、あんた、医者の分際で…」
「海外に居た時に、ライ様にお会いましたよ。その際に…」
「なるほどな。それで?」
「数名は仕留めていました。その男達は、この病院で抑制してます。しかし、
 数は相当多くて…。その時に橋院長からの連絡と、真北さんの行動、
 そして、真子さんの思いを聞きました。リック様に伝えると、この……
 真北さんの行動まで解っておられたようで、そして、今に至ります」
「だったら、なぜ、俺にその銃をぉ〜っ!!!!」
「効き目を知っていたからこそです!! 麻酔じゃ駄目なら……」
「あほがっ! 俺には、その免疫があるんだよっ!!」
「橋院長の書類には記載されてないっ!」
「できるような内容じゃないだろがっ! 一般市民には、解らないことだろ?
 …橋先生は、御存知なのか? あんたのこと…」
「知らない。真北さんもだ」
「なら、このことは、言わない方がいいな……」
「しかし…」
「あの人に……真北さんに負担を掛けると、組長が心配するからな…」

まさちんは、手を弛めた。

「……どこに、そんな力があるんですか……」
「昔取ったなんとやら…ですよ」
「足を洗ったんじゃないんですか?」
「洗ったよ。身に付いたものは、しゃぁないだろが」
「…そうですね…」

私も…。

清水は自分の両手を見つめていた。


〜回想 終〜



まさちんは、真北の胸ぐらを掴み上げていた。

「ったく、あんたの周りには、無茶する奴しかおらんのか?」
「お前も含まれてるのか?」
「含まれてないっ!!! 橋先生の知り合いだからって、あんたの任務がらみに
 巻き込む事ないでしょうがっ!!」
「清水先生…」
「すみません…北島さんの勢いが、あまりにも…抑制ベルトを引きちぎる
 怪力に対応できませんよぉ〜、私は、ひ弱なんですからぁ!!!」
「まさちん。何も、あそこまで、ボロボロにすることは…」
「真北さんなら、よろしいんですかぁ?」
「あかんわいっ!! …といっても、今のお前には無理だな」
「きぃぃっ!!!!!」

奇声を発して、まさちんは手を放した。
服を整える真北に、まさちんは、静かに尋ねた。

「…で、終わったんですか?」
「全て片づけた」
「そうですか。…怪我は?」
「ない」
「それでしたら、帰りましょうか」
「あぁ。清水先生から何か聞いたか?」
「通院のお話は聞きましたよ」
「ちゃんとしてくれよ」
「解ってます。二週間に一度と約束してますから」
「それなら大丈夫だな」

清水は真北に書類を手渡した。

「橋院長に、お渡し下さい」
「お世話になりました。それと、これからも、こいつを宜しくお願いします。
 余計なことをしない限り、怒らない男ですから」
「身に染みてますよ。では、お気を付けて」

真北とまさちんは、事務室を後にした。
大きなため息を吐く清水。

「口の堅い男なんだな、北島は…」

清水が呟いた。


車まで一言も話さず歩いてきた真北とまさちん。車のドアを同時に開けた時、真北が口を開いた。

「…清水に何かされなかったか?」

まさちんは、その言葉に、車に乗ろうとしていた体を停め、車の屋根越しに真北を見つめる。
真北の目は真剣だった。

「麻酔の他に、何かあるんですか?」

すっとぼけた表情で応えるまさちんに、真北は呆れたように言った。

「いいや、何も。…早く座れ。お袋さん、帰ってくるんだろ?」
「…そうでした。……時間までに間に合いますか?」
「ちゃぁんと間に合うよ」
「それでも急いで下さいっ!」
「解ってるっ」

二人は車に乗り込み、清水総合病院を後にした。




まさちんは、駅まで母親を迎えに来ていた。まさちんの車を見た途端、嬉しそうに駆けてくる母。

「お帰りなさい。楽しかったですか?」
「楽しかったよぉ〜。政樹、ありがとう!」
「どうぞ」

まさちんは、母を車に迎え入れ、そして、運転席にまわる。少し離れたところに停まっている高級車に一礼して、まさちんは運転席に乗り込んで去っていった。
高級車に乗っている男・真北は、まさちんの車が見えなくなるまで見つめていた。

ウォーター…ね…。

軽く息を吐いた真北。
どうやら、清水の事を知っていた様子。橋に薦められた時、葛藤していた。
普通に暮らしている今、その人物と逢えば、昔に戻るかもしれないと…。

なるように、なるか…。

「さてと」

そう言って、サイドブレーキを下ろした。
その時だった。
真北の携帯電話が、かわいい音を奏でる。

「わちゃぁ〜。連絡忘れていた…」

再びサイドブレーキを引いて、恐る恐る電話に出る真北。

『いい加減にぃ〜しぃやぁ!!!!!!』

耳に当てる部分から、真子の怒鳴り声が聞こえていた。
慌てて電話を耳から離す真北だった。






真北の職場。
真北は、デスクワークに励んでいた。
……眉間にしわが寄っている……。

「……森川ぁ〜」

呼ばれた森川は、素早く真北のデスクに歩み寄る。

「はい」
「…ちょっと来い」

真北のドスの利いた声に、固唾を呑みながら、真北の後ろを付いていく森川。
ドアが閉まった。


別室。
真北と森川が机を挟んで向かい合って座っていた。
真北が大きく息を吐く。

「森川」
「はい」
「あのなぁ、これは、違う」
「えっ?」

目の前に差し出された書類を手に取り、読み返す森川。それは、真北に提出した『宿題』だった。

「だって、これは…。それに、真子さんが、おっしゃった事は書いてません」
「何を参考にした?」
「真子さんのおっしゃった事を参考に、真北さんの資料も目を通して、色々と……」
「森川」

真北は、森川の言葉を遮って名前を呼んだ。

「はい」
「お前の仕事は?」
「刑事です」
「そうだよな。刑事…だよな」
「はい。真北さんを尊敬しております」
「それは、嬉しいが…俺を真似するな」
「へっ?!」
「俺は特殊任務に就く男だ」
「はい。いずれは、私も…」
「しかし、その中でも特別な扱いをしてもらっている」
「真子さん絡みですか?」
「あぁ。…俺の行動は、ほとんど近いんだよ…ほとんどというより、
 そのものと言っていいくらいだ」
「…と、おっしゃいますと…?」
「俺の動きは、極道そのものなんだよ」
「……刑事って、それに近いんじゃないんですか????」
「あのなぁ〜、その考えは捨てろ。それに、これら全ても、極道の
 考えそのものだ。刑事なら、刑事らしい動きがあるだろが…。
 原に尋ねなかったのか?」
「尋ねました。…その…健さんにも……」
「………教える者が悪かったか………すまんな…森川」
「えっ?」
「これだけは、言っておく」
「はい」
「教わった奴らとは、反対のことをしろ。それが、一番の方法だ」
「それじゃぁ、今までと変わらないじゃありませんかぁ〜」
「刑事としての心構えは忘れるなっ」
「えぇ〜、なんだか、矛盾してますよぉ、真北さぁん」
「………そうだな……」

俺も焼きが回ったか?

真北は、椅子にもたれ掛かり、ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせていた。

ま、なるように、なるかっ。

「よっしゃ、この件は、おしまい。次からは気を付けろよ」
「はっ。ありがとうございました」

ドアが勢い良く開き、原が飛び込んでくる。

「真北さん、事件です!! 二丁目の高本ビルで立てこもり事件発生!」
「おう。森川、行くぞ。気を引き締めろ。今度こそ、間違えるなよ!」
「はい。頑張ります!」

真北、原、そして、気合いを入れた森川が、現場に向かって駆けていく。
その後ろ姿こそ……刑事だった。



(2004.2.2 『極』編・その考えは、極道<2> 改訂版2014.12.23 UP)





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