〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



再来<5>

真子が目を覚ますと、ベッドの側には、くまはちが付き添っていた。
怪我を圧しての付き添い。
くまはちには珍しく、眠っていた。
真子は、窓の方に目をやった。カーテンが閉められていることから、今が夜だと把握する。
体を少し動かした。

「……組長」

薄明かりの下、くまはちが目を覚ましたのが解る。真子の動きに反応したのだった。眠っているようで、眠っていなかったくまはち。心配そうに、真子の顔を覗き込んだ。

「何時?」
「夜中の二時です」

真子の問いかけに、素早く応えるくまはち。

「…くまはち」
「はい」
「傷は?」
「いつもの通りです。これくらいは大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「…あのね…」

真子は、呆れたような返事をした。

いつものことだけど…。

そう想いながら、『誰か』を探すように目線を動かした。

「まさちんとぺんこうは、別の病室に居ます」

真子の目線に気付き、直ぐに応えたくまはち。

「……まさかと思うけど…」
「その……まさかです…」
「顔を合わせたら…そうなんだね……。…夢じゃなかったんだ…」

真子は体を起こし、ベッドに座る。くまはちは、真子の肩にカーディガンを掛けた。

「夢といいますと…?」
「……まさちんが死んだと思って、泣いていた時に、まさちんが
 私は生きている…そう言って…。ここまで、まさちんが連れてきたんでしょ?」
「はい。組長の声が聞こえたそうです」
「…無意識に呼んでいたんだね、私…」

真子は、哀しい表情をする。

「組長、まだ、体調は良くないはずですよ。朝までお休み下さい。
 貧血とお聞きしております」
「…うん…。ねぇ、くまはち」
「はい」

真子を寝かしつけながら、くまはちは返事をする。

「………私が寝たら、病室に戻りなさい」
「あっ、その…それは…」
「戻りなさい」
「今は、誰も居ませんから…」
「橋先生の所でしょう? 安心だから。……戻りなさい」

五代目の威厳に、くまはちは、渋々……。

「…かしこまりました…。お言葉に甘えさせて頂きます…」

少し落ち込んだように返事をした。
真子は、布団に潜り込んだ途端、寝息を立てて眠り始めた。
真子が眠ったものの、くまはちは、その場から動かなかった。
真子の病室のドアが開く。そして、ドアの隙間から手だけが出て、ひらひらと動いていた。

手招き…???

不思議に思いながらも、くまはちは、その手に招かれるようにドアの所へと歩み寄る。

「…おじさん」
「八っちゃんは、病室戻っとき」

そこに居たのは、えいぞうの父・小島だった。

「しかし、組長から離れるのは…。今は、ぺんこうもまさちんでさえも…」
「解ってるって。俺が付いといたるから」
「いや、おじさん、それは…」
「えいぞうの代わりやぁ。えいぞうが、そうせぇ言うてやな…」
「組長は、おじさんが来られてることは知らないですよ?」
「ええって。ほら、病室に戻っときって。座ってるだけでも、しんどいんやろが。
 五代目の命令だろ?」
「………はぁ…。…すみません…では、お願い致します」
「…って、ほんまに、やばいんかいっ!」
「…おじさん、冗談だったんですか…?」
「まぁ、気にすんなって。ほなな!」

そう言って、くまはちを追い出して、小島が病室へと入っていった。

「あの……。…ま、いいか…」

と…くまはちにしては、珍しい言葉だった。
テクテクと自分の病室に向かうくまはち。真子の病室では、小島が、真子の様子を見た後、入り口近くにあるソファに腰を掛け、守りの体勢に入った。



鳥が鳴き、飛び交い始めた朝。真子の病室のカーテンの隙間から、朝日が射していた。
橋が病室へやって来る。そして、真子の診察をする。

「おはようございます。どうですか?」

小島が、ソファにふんぞり返りながら尋ねた。

「今日一日ゆっくりしとけば大丈夫や。点滴もこれで、おしまいやし…って、
 小島さん、何してるんですか」
「怪我人ボディーガードの代わりですよ」
「えいぞうは、回復に向かってますから」
「心配してませんって」
「その割には、駆けつけてますよねぇ〜」
「まぁ、死に目にあっとこぉっと思っただけですって」
「私が、死人を出すとでも?」
「滅相も御座いません。橋先生の腕は存じてますから」

小島は立ち上がり、真子の側へとやって来る。
真子が目を覚ます。

「…………。なんで、おじさんが……!!!」

視野に飛び込んできた、珍しい顔を見て、慌てたように起きあがり、貧血のために、ふらぁ〜となる真子。

「真子ちゃん、急に起きあがるな」
「すみません…。………くまはちは、病室に?」

小島に尋ねる真子。

「追い出しましたよ。私が代わりに」
「…ありがとうございます。………………。……? …………!」

真子は考え込み、何かに気付いたような表情をした。

「橋先生、えいぞうさん、そんなに悪いんですか!!!!」



ICU前。
真子は、車椅子に座り、ガラスの向こうを見つめていた。真子の後ろには小島が立っている。

「えいぞうさん……」
「大丈夫ですよ。ちゃんと話せますから。ただ、激しく内臓を傷つけられて
 肋骨も折れてしまっただけですよ。後は元気ですから」
「…おじさん、それは、重傷というんですよ…」
「頭を撃たれた人は、生きてますよ。あのくらいの傷は、たいしたことじゃ
 ないでしょ」
「…ったく…」

ガラスの向こうのえいぞうが、目を覚まし、顔を真子の方に向けていた。
真子は、身を乗り出し、ガラスにぴったりと頭を付けた。
その表情は、とても安心したものだった。

「側に…行ってもいいのかな…」
「橋先生の診察の後ですね」

橋が、えいぞうの診察を始めた。



まさちんとぺんこうは、同時に目を覚まし、体を起こした。

「いってぇ…」

体中に走る痛み。
お互い殴り合い蹴り合いをした後の、キルの拳。
怪我人と体調不良の二人には、相当強烈だったようで…。

「まだ痛むんなら、寝とけ」

側に付き添っていた真北が言った。
二人は同時に顔を上げる。そこには、真北だけでなく、健も居た。

「……健、どうした? えいぞうに何か遭ったのか?」

いつにない、暗い表情の健を気にしたぺんこうが尋ねる。

「親父……居るから……」

なるほど…。

健の心境を察したぺんこうは、息を吐く。

「そろそろ、ええんちゃうんか?」

ぺんこうは静かに言った。

「…無理だよ。…俺は勘当されてるんだから。…ぺんこうは、違うだろ?」
「まぁ…違うよな…。…でも、俺は、ええと思うで」
「…どうだろうな…」

沈黙が流れる。

「組長は?」

まさちんが、言った。

「親父と一緒に兄貴んとこ」
「…なら、安心か」
「あぁ」

そう言った途端、寝転ぶまさちんは、右腕をマッサージ始める。

「あかんか?」

まさちんの仕草を見て、真北が尋ねる。

「暫く休めれば大丈夫ですよ」
「ったく、あまり、真子ちゃんに心配かけるな」
「すみません」

その時だった。ぺんこうが、まさちんの腕を掴み、優しくマッサージを始めた。

「ぺんこう…」
「うるさい」

ぺんこうの一言で、何も言えなくなる、まさちんだった。



ICU・えいぞうのベッドの側。
真子が、えいぞうの手を握りしめていた。

「安心しましたよ、組長」
「…それは、私の台詞。…ごめんなさい」
「組長、私は生きてますよ。大丈夫ですから、泣かないで下さい」

えいぞうは、真子の頬に流れる涙を、そっと拭った。

「自然と流れるんだから、ほっといてよぉ〜」

真子は、流れ続ける涙を必死で拭う。
そんな真子の仕草を見て、えいぞうは、優しく微笑んでいた。

「まさちんが来たそうですね」
「うん。…私の声が聞こえたらしくて…それとニュースを観て、
 ただごとじゃないと思ったらしいの…。私…」
「組長?」
「…もう、落ち着いたと思ったんだけど…、まだ、心の奥に残っていたみたい。
 覚えてる…。目の前で、まさちんが、頭から血を流して…それで……!!」

真子が震えたのが解った。
えいぞうは、真子の手を引っ張り、自分に引き寄せた。真子は、えいぞうの腕に包まれる。

「えいぞうさん…」
「でも、もう、大丈夫なのでしょう? まさちんの声で、弾けたんじゃありませんか?」
「うん」

真子は、えいぞうの胸に顔を埋めた……が、

「…なんか、鎧みたいだね…」

えいぞうの胸には、肋骨を固定するかのように、堅い物が付けられていた。

「地島さん開発の物ですよ。骨もすぐに治るようになってるらしいんですが、
 ……ほんと、鎧を付けてるみたいで、動きにくいですよ」
「動いたら、あかんやろがぁ」
「そうでした。…で、どうされるんですか?」
「どうって?」
「夫婦喧嘩中じゃありませんか?」
「そうだった…。でも…ぺんこうに…」
「ぺんこうの声に反応しなかった事…悔やんでいるんですね?」

真子は頷いた。

「なぜなのか…解らなくて…」
「そりゃぁ、ぺんこうが、嘆いてるでしょうね。それもあって、二人が
 殴り合いと蹴り合いを……………。…すみません」

真子が、睨み付けていた。

「五代目、それ以上、そいつの傷を増やさないで下さいね」
「しませんよ。えいぞうさんには、手を挙げませんから」
「そういや、そうですね。組長から頂いたこと、ありませんね」
「…どうしてかなぁ。…まぁいいや。…えいぞうさん、健は?」
「あっ、それは…その…」

いつもきちんと応える、えいぞうなのに、この時ばかりは、違っていた。何かを誤魔化している。

「ん???」
「健の事、知らないんですね」

小島が言う。

「何を??」
「あいつ、勘当息子ですよ」
「えっ?!?? 知らなかった…。お笑いの世界に入る為に、家を出たのは
 知ってるけど、勘当されてたの??」

真子は驚いていた。

「親父の勢いですよ。…あの当時、親父、ずぅっと家に居たから
 苛々が募っていたんですよね。それに輪を掛けて、健が言ったから…」
「その話はするなって」

小島が、えいぞうの言葉を遮る。

「でも、初舞台の時は、おっきな花束贈ったんでしょ?」
「嫌味を含めて…ね」

小島は、そう言って、ウインクする。
真子は、呆気に取られたものの…。

「…なんかさぁ、やっぱり、親子だね」
「ほへ?!」
「おじさんって、えいぞうさんと同じ仕草や表情するんだもん。
 そうやって、私を和ませようともするし」
「はぁ…まぁ……ん?!??」
「でも…」

真子は、ガラスの向こうに目をやった。
そこには、まさちんとぺんこう、そして、真北と健が立っていた。

「…後は、私の問題だね…」

なんとなく、緊張している真子。そんな真子の手をそっと握りしめる、えいぞうは、優しく微笑みながら、真子に言った。

「大丈夫ですよ。組長は強い子でしょう?」
「…うん…頑張る…。だから、約束して、おじさん」
「ほへ? なんで、私?」
「健の勘当、解いてあげて。だって、健…そっぽ向いてるもん…」
「あっ、いや、それは……」

小島は、困った表情になる。

「…じ、じゃぁ、行くね。えいぞうさん、無理しないでね。おじさん、
 お願いしていい?」
「はい」

小島は、真子の車椅子を押して、ICUを出て行った。
ガラスの向こうでは、真子が、真北に何かを話している。
真子の後ろに立つ小島は、健を見ないように目を反らしていた。健も同じように、そっぽを向いている。
真子は、まさちんに声を掛け、まさちんが車椅子を押して、去っていった。
名残惜しそうな表情をするぺんこうに、真北が声を掛ける。
ぺんこうは、気を取り直して、健に何かを言って、真北と去っていった。
ガラスの向こうに残されたのは、小島と健の二人だけ。二人は、お互い顔を見ずに、ソファに腰を掛け、静かに話し始めた様子。

「ぺんこうまで、心配してたんか…。小島家の問題なのになぁ」

えいぞうは、安心したかのように目を瞑った。

しっかし、たいくつや……。

片目を開けて、ガラスの向こうを見ると、そこには、懐かしい顔ぶれが並んでいた。
小島が、その男達に何かを話す。健は、その中の一人と楽しそうに話し始めた。
いつの間にか、小島と健の仲は、治まった様子に、えいぞうは…。

……てか、寝たふりしとこ…。

何かに照れる、えいぞうだった。



真子の病室。
真子は、ベッドに寝転び、側には、まさちんが付いていた。
仲良く話す二人。
事件の前の夫婦喧嘩の事を話し始めた時だった。

「…それは、組長が悪いですよ」
「どうして?」
「一日一回くらい、電話しても良いと思いませんか? そんなに時間は
 掛からないでしょう? ほんの一分でも、元気です、変わりないかって
 連絡をしても、仕事には支障ないと思いますよ」
「でも…」
「くまはちも悪いですよ。電話をする時間を少しでも作るのが当たり前。
 ぺんこうが、怒るのもわかります。私が、ぺんこうの立場だったら、
 当然、怒ってますから」
「………それでも…」
「組長も、解っているんじゃありませんか? …いつものように、
 引っ込みが付かなくなって、頑固さを現した。…そうでしょう?」

真子は、首をすくめた。

「ごめんなさい」
「反省してくださいね」
「……します」

そう言った真子の頭を、まさちんは、優しく撫でていた。

「あの…まさちん」
「はい?」
「私、これでも、母親なんですけど…」
「いいじゃありませんか。母親を撫でても文句言われませんよ」
「もぉ〜。…あっ、まさちん、腕…」
「ぺんこうにマッサージしてもらいましたから。すっかり治りました」
「まさちん」

真子は、静かにまさちんを呼ぶ。

「はい」
「……ありがとう」
「組長……」



真子の病室から笑い声が聞こえてきた。
廊下のソファに座りながら、真子の様子を伺っているのは、ぺんこうと真北だった。
未だに落ち込んでいる様子のぺんこうを心配して、真北が付きっきりだった。

「…真子には、やはり……まさちんが一番なんですね…」
「芯…、だからと言って…」
「もう…俺…」

ぺんこうは、そう言ったっきり黙ってしまった。

「俺…言ったよな。あの廃墟での真子ちゃんの事」
「えぇ。あいつらの能力で過去に捕らわれた真子の心…今は落ち着いていても
 あいつの事が、一番…」
「今までの中で一番心に残った悲惨な出来事…それが、まさちんのこと」
「誰だって、あの事件は心に残ってますよ。あの日…あの時から、あの日まで
 真子の心は停止してましたから」
「それを動かしたのは誰でもない。芯、お前だろ?」
「でも…真子の心には、いつでも…あいつが居ました。大切にしたいと…。
 あいつが生きていると知るまでは…」
「そりゃぁ、なぁ、そうだけどな」
「……兄さん」
「ん?」
「俺が、六代目…継いでは駄目ですか?」
「…って、芯、お前…」
「真子が、まさちんと過ごす…それは、普通の暮らしが出来るということ。
 俺の側に居ること…それは、いつまでも五代目の暮らしをしていること…。
 それなら、いっそのこと…」
「あほ。お前が六代目継いでも、あの世界は変わらない。真子ちゃんでさえ…」
「俺じゃ…無理ですか?」
「無理だな…」
「なぜ、そう言い切るんですか…」
「お前の兄貴…だからさ…」

その言葉に、途轍もない優しさを感じたぺんこうは、ただ、真北を見つめるだけだった。真北は、前を向いたままだったが、その横顔で、ぺんこうへの想いが伝わっていた。

「…兄さん…」
「俺がいつまでも引退しないのは、真子ちゃんの為でもあり、お前の為でもある」
「俺の為…?」
「あぁ。そうやって、真子ちゃんの事ばかり考えて、六代目を継ぐ…なぁんて
 言い出しそうだからだよ。お前の事は、一番解ってる。優しさもあり、
 鬼でもある。…お前のここに鎮めているものは、絶対に出しては駄目なんだよ」

真北は、ぺんこうの胸元を指さしていた。

「未知の麻薬…影響は消えたと言ってもだな、お前には、真北家の血が
 流れてるんだぞ。…何事にも無茶をする…。例えそれが、血を流すような
 事でもな…。俺もそうだし、…親父もそうだったからさ…。お袋が常々
 言っていたことだから…。お袋が一番心配していたのは、芯…
 お前の事なんだぞ。あの事件が起こる前からな」
「そんなこと…俺は…」
「だから、最期まで、お袋はお前の事を……」

真北はそこまで、言って口を噤んだ。

「兄さん…それって…。お母さんの最期の時を言ってるんですか?」
「……お前が来る十分前に、会いに行った。…医者から連絡を
 もらってな…。危篤だと。芯にも連絡を付けてるけど、間に合いそうにない。
 俺…言ったから…。お袋と約束していたから」
「約束?」
「いつでも、いつまでも、芯を見てるから…守っていくから…と」
「…お母さんの墓参り…していたのは、兄さんだったんですか? 俺が行くと、
 必ず誰かが花を添えていた。線香も…」

ぺんこうは、何かを思い出したような表情をする。

「だから、お母さんは、最期に…心配するなと…俺に……。好きに生きていけと、
 そう言ったんですか…」
「時々、様子を見ていたよ。芯とお袋の暮らしをな」

真北の言葉に、ぺんこうは、何も言えなくなった。
声を発すれば、泣いてしまいそうで…。
唇を噛みしめるぺんこう。
暫く沈黙が続く。

「…だから、俺が……」

静かに言ったぺんこうに、真北は力強く応える。

「六代目は無理。それに、仕事どうするんだよ。折角、信頼を得て、
 そして、今を築き上げたというのになぁ。…それこそ、真子ちゃんの
 想いを踏みにじることになるだろうが」
「…自信…ないですよ。これからも、このような事が起こったら、
 俺は、助けに行けない…大切な妻を守りたいのに…。それすら
 許してもらえない…」

ぺんこうは、大きく息を吐いた。

「真子ちゃんは、哀しんでいただけだった。まさちんが死んだ…とな。
 その声に反応して、飛んできたんだそうだ」
「俺の声にすら、反応しなかった…」
「だぁかぁらぁ、あの能力の影響だと言ってるだろうが。もし、あの場所で
 芯が、まさちんと同じ状態だったら、芯の声に反応してるって」
「でも…」

ぺんこうが何かを言おうとした時だった。廊下の先から足音が聞こえてきた。ぺんこうと真北は顔を上げる。

「美玖…」
「すまん、ぺんこう。…美玖ちゃんが言う事を聞いてくれなくて…」

たどたどしく走ってくる美玖の後ろには、むかいんが立っていた。

「パパ…ママは?」
「美玖…。ママは、遠くに行くかもしれないけど…美玖、それでもいい?」

ぺんこうの言葉を理解できない美玖は、首を傾げながら、ぺんこうの膝の上に座った。

「ママ、かえってきた? そこ? ぐあいわるいの?」

真子の病室の方を指さす美玖。

「パパと二人は嫌か?」
「ママもいっしょがいい」
「でも、ママは…」

その時だった。
真子の病室のドアが開き、柱にもたれるように真子が立っていた。

「組長、駄目ですよ!!」

その後ろには、慌てたように真子に駆け寄るまさちんの姿もあった。美玖は、まさちんの姿を見て、怪訝そうな顔をする。

「…ママ…だれ?」
「美玖ちゃん、どうした、泣いてたのか?」

優しく声を掛けるまさちん。その声に、美玖が反応する。

「まさちん?」
「そうだよ。大きくなったねぇ。初めて逢ったのは、小さかったもんね」
「みく、しらないもん。でも、まさちんのこえ、しってる!! でんわできくもん!
 まさちん、どうして、ここにいるの?」

まさちんの姿を見て、急に喜ぶ美玖。

「ママの心配してくれてね…」

真子は微笑んでいた。美玖は、ぺんこうの膝から飛び降り、真子に駆け寄ってくる。そんな美玖を右手で抱き上げるまさちん。左手は、真子の体をしっかりと支えている。

「駄目だよ、美玖ちゃん。ママは、怪我が治ってないから」
「ママ…だいじょうぶ?」

まさちんに抱きかかえられる事で、真子の目線と同じ高さになった美玖が、真子の頬に手を伸ばしながら、優しく言った。

「美玖、ここに来ては駄目だと言われなかった?」
「……いわれた…でも、ママ……」
「もう少し掛かると思うから…」

弱々しい声で真子が言う。

「おい、ぺんこう。美玖ちゃんは俺が見ててやるから…ほら」

廊下のソファに座って項垂れているぺんこうに声を掛けるまさちん。ぺんこうは、顔を上げて、まさちんを見る。まさちんの『ほら』というのは、真子の事だった。

お前が側に居ろよ。

そう言う意味が含まれていた。
しかし…。

「…って、ぺんこうっ!」

ぺんこうは、その場から、走り去っていった。

「真北さん…」

そう言った途端、真子は、その場に座り込んでしまった。

「真子ちゃん!」

真北が、まさちんの代わりに真子を抱きかかえ、ベッドに寝かしつけた。

「芯を…お願い…」
「ごめん、真子ちゃん。俺でも無理だ…。あの落ち込み方は
 どうしても…な…」
「私が悪いんだね…」
「だから、組長は、悪くありませんと、何度申したら…」
「まさちん…」
「目を覚ましてから、何度目ですか? ぺんこうに悪い事をしたって。
 あの場所で、ぺんこうの声に反応できなかった事をずっとずっと」
「……でも…」
「……自分を責めてばかりで…。あの時、俺は、組長の悲痛な叫び声に
 反応しただけで…それに、俺の心にも残っていたことだったから…。
 あの日、自分を撃った時、組長に謝らないと…そう思って、今日まで
 生きてきたんです。今の生活をしていても組長の心には、俺に対する
 何かが引っかかってるといつも思っていました。だから、俺は…」
「まさちんも、ぺんこうも悪くないの…私が……私が……ね…」

真子は、両手で顔を覆って泣いてしまった。

「ママ…、ママぁ〜」

真子が泣く姿を見た美玖までも、泣きはじめてしまった。

「あわわぁ、美玖ちゃん、泣かないの」

まさちんが、美玖をあやし始めるが、泣きやむ気配を見せなかった。

「こりゃぁ、大変だなぁ」

真北が呟くように言った。

「真北さん」
「ん?」
「美玖ちゃんと組長をお願いします。俺は、ぺんこうを」
「あぁ。…むかいんも付いていけ」
「えっ?」
「二人だと、怪我するから、いつものとおり…。昨日だってな…」
「………停める役…ですか…」
「頼むぞ」

真北の強い口調に、むかいんは断れず、渋々、まさちんの後を付いていく。
二人が目指すのは……。



橋総合病院・屋上の喫煙所。
ぺんこうは、口に煙草をくわえて、フェンスの向こうに見える景色を眺めていた。
立ち上る煙に目を細めるぺんこう。

「だから、そうやって、怒りを煙にするなって」

そう言って近づいてくるまさちん。振り返るぺんこうは、まさちんとむかいんの姿を見ても、何も応えなかった。

「…お前の話…病室に聞こえててな、組長…今にも泣きそうだったぞ」

ぺんこうの表情が、少し引きつる。

「どうして、そこまで、自分のことより、私の事を考えるのか…って」
「…当たり前だろ」
「好き…だからか?」
「………あぁ」
「誰よりも?」
「そうだよ。真子には、もっと幸せになって欲しい…だから俺は…」
「組長、喜んでいた。…あの場所での記憶は残っているそうだ」
「あの廃墟での…記憶が?」

まさちんは、頷きながら、ぺんこうの横に立ち、フェンスにもたれかかった。

「必死になって、俺の事を説明してたんだってな。死んでいない。
 それは、幻だって。組長の目には、俺の亡骸が写っていたらしいよ。
 それを見て、狂乱していた自分を必死になって…」
「出来なかったよ…俺が必死になってるのに、真子は…お前の言葉で
 覚醒した…。『私は、ここに居ますよ、生きてますよ、組長』。
 そんな短い言葉でな…」
「幻に捕らわれた時に、本物が現れたら、覚醒するに決まってるだろが」
「……それが、悔しいんだよ。…俺よりも、お前の方が…」
「それを承知で、組長と一緒になったんだろうが」
「うるせぇ」

ぺんこうは、怒り任せに、灰皿で煙草をもみ消した。

「俺の事をいつまでも思っている組長を好きで、死んだと思っていた
 俺のことを忘れないでいようとしている組長が好きで……そして、
 自分の事よりも、みんなのことを考える組長が……好きなんだろが。
 軌道から外れた奴を、なんとかして軌道に戻してくれた組長…、
 そんな組長が大切で愛おしくて、それでいて…幸せになって欲しい。
 そうなんだろ?」

ぺんこうを睨み付けるまさちん。

「…そうだよ…」

ぺんこうは静かに応えた。

「で、組長を手放して、俺に押しつけるのか?」
「押しつけるって、お前、そんな言い方…」
「俺、一応、普通の暮らししてるけど、危なっかしいんだぞ…。
 未だに、阿山組の地島…それが、追ってくる。何度危険な目に
 遭ってると思う?」
「それは、お前の日頃の行いだろ」

冷たく言うぺんこうは、もう一本、煙草に火を付けた。

「そんな男と一緒に暮らしていたら、それこそ、組長は
 普通の暮らし…できないだろうが。阿山組五代目の顔は
 俺以上に知られていること、忘れたか?」
「そうだったな…。全国ネットで、知られてるよな…。俺の生徒たちも
 知ってるし……」
「今のままが一番なんだよ」

まさちんの言葉は、とても柔らかく心に響く。

「…でも……なぁ」

ぺんこうは、大きく煙を吐く。そして、まさちんに煙草を勧める。

「いいや。俺は、禁煙中。…というか、体に悪いからな」
「すまんな」

ぺんこうは、慌てて煙草を消した。

「……時々来いよ」

まさちんが、静かに言う。

「そうだな」
「……で、夫婦喧嘩中だよな」
「…そうだった」
「組長から聞いたよ。そりゃぁ、ぺんこうが怒るのも無理ないよな。
 だからって、自分にじゃなく、くまはちに怒りの矛先を向けるのが
 どうしても許せなかったってさ。…いつもそうなんだろ?」
「しゃぁないやろ。でも………今回は、くまはちが撃たれてた事は知らなかった。
 それも…真子の身に起こる危機の前触れだったとはな…」
「誰も予想できんかったって。今回は」
「それでもな…」

ぺんこうは、とある場所を見つめる。
そこには、美玖を抱きかかえた真子と、二人を守るように立っている真北が居た。

「…真子…美玖…」
「ほら、行けって」

まさちんは、ぺんこうの背中を押す。ぺんこうは、その勢いのまま、真子の所へと駆けていく。

「…なぁ、まさちん」

むかいんが言う。

「ん?」
「本音はどうなんだよ」
「誰の?」
「お前の。本当は、組長と一緒に…」
「それは、地島政樹の気持ちだよ。…北島政樹は、あの家族の幸せを
 願っているだけだ」

まさちんの言葉を聞いて、むかいんは、絶句。

「…なんだよ」

むかいんの表情に気付いたまさちんが言った。

「なんか、負け惜しみに聞こえた」
「あのなぁ」
「でも…」
「でも?」
「俺には出来ないよ。…まさちんは、何に対しても強いな」
「まぁ、この世で弱いのは、一つだけどな」

そう言って、優しい眼差しで真子を見つめていた。

「あっ……」

まさちんとむかいんは、同時に言葉を発した。
二人が見つめる先では、ぺんこうが、真子に頬を叩かれる姿が…。
真北は、美玖の目をふさいでいる。
真子が、怒りの足取りでまさちんに近づいてくる。

「まさちん。連れてって」
「は、はい?!?」
「ぺんこう、未だに怒ってるから」
「それは、組長の方……うごっ…」

まさちんの腹部に真子の膝蹴りが…。

「わちゃぁ…」

呆れたように目を覆う、むかいんだった。

阿山トリオは健在だな…。

美玖を抱きかかえながら、真北は、そう思った。




あのホテルの前に、車が次々と到着した。そして、リックとローズたち四人、別の車からは、真子、真北、そして、まさちん、キルが降りてくる。
ローズは、真子に振り返った。

「(本当に…できるんですか?)」
「(…できると思う。でも、かなりの集中力がいるけど…)」
「(本当に、ここを…。……リックさん…)」

ローズは、リックを見つめる。

「(あぁ。…真子様)」

リックに言われ、真子は、そっと頷いた。
ローズ、クレナイ、そして、バイオレットは、手を繋ぎ、気を集中させる。
三人の体から、それぞれ、赤い光、そして、紫の光が発せられる。
それは、途轍もなく眩しいくらいの光だった。誰もが、眩しさに目を覆った、その時だった。

キュゥゥゥ……!!!!!

聞き慣れない音が響いた。そして、辺りが明るくなった。
それと同時に、ローズたちが倒れた。
別の車に乗っていたキルが、ローズたちの側に駆けつけ、そして、容態を診る。

「気を失っただけです」
「…うん」

キルの言葉に頷いた真子は、目の前を見た。
そこにあった、ホテルの建物は、跡形もなく消えていた。
ただ、広大な土地が見えるだけ。

「…組長」

真子の隣に立っている、まさちんが声を掛けた。

「これで…丸く収まったかな…」
「えぇ」
「もう、過去に捕らわれること…ないよね」
「私は大丈夫ですよ。組長は、どうなんですか?」
「……ここがね、…あの時と同じ気持ち。…夢の世界で、お父様と
 お母さんに会って、楽しい時間を過ごした後…。目を覚まして、
 一番に飛び込んだ、まさちんとぺんこうの安心した表情。
 それを見た時と同じ気持ちだから。……もう、大丈夫だよ!」

真子は、とびっきりの笑顔を見せていた。
まさちんは、一瞬、ドキッとする。
しかし、何かをグゥゥゥッと堪えるが…。

ドカッ!!

「いてっ!」

まさちんは、スネを思いっきり蹴られていた。

「お前なぁ、本当に、戻ったみたいやな」

真北が言った。

「えっ?! ……うわっ!! すみません!!!」

まさちんは、気持ちと体が別行動を起こしたようで、まさちんの腕は、真子をしっかりと抱きしめていた。それに気づき、慌てて手を離すまさちん。しかし、それは、真子の行動で…。

「って、組長!!!!!!!!」

真子は、まさちんに飛びつき、そして、そっと唇を寄せていた。

「芯が居なくて正解…」
「そうですね」

真北とキルが、静かに語り合っていた。
その間も、真子とまさちんは、ふざけ合っている。
ほんの昔に見られた二人のやり取り。

「ローズたちの能力も失われたでしょう。…過剰に使えば失われる。
 それを、こんな形で使わせるとは、真子様も凄い方ですね」
「あぁ」
「終わりましたね、これで…」

キルが言った。

「……だと…いいんだがな…。キル…まだ、残ってるんだろ」

深刻な表情で真北が言った。

「…えぇ。なるべく、真子様の前に姿を現す前に抑えておきます」
「いつも、ありがとな」
「お気になさらず。…それが、私の仕事ですから。真子様の為に…」
「あぁ。真子ちゃんの築き上げた世界を守る為に…な」

真北は、真子達を見つめていた。
真子は、気が付いたローズたちに優しく声を掛けていた。ローズたちは、自分たちの能力が無くなったことに気付き、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
真子の笑顔が、ローズたちの心を和ませていく。
まさちんは、真子達がはしゃぐ様子を優しく見つめている。
真北は、フッと息を吐く。

やっぱり、引退……できないな…。

空を仰ぐと、素敵な青空が広がっていた。



(2004.5.30 『極』編・再来<5> 改訂版2014.12.23 UP)



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