任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第一話 未だ、眠るもの

あいつに初めて逢った日を思い出した………。


八歳の男の子が二人、顔を見合わせていた。後ろに立つ父親が、声を掛ける。

「友達だ」

声を掛けられた男の子は、後ろの父親を見上げた。

「友達?」
「あぁ」

男の子は、再び目の前の男の子を見つめる。

「修司です」

修司と名乗った男の子は、深々と頭を下げる。

「慶造です。宜しくお願いします」

慶造と名乗った男の子も深々と頭を下げた。

そして、二人は縁側の腰を掛け、何を話すこともなく庭を見つめているだけだった。その様子を見つめる二人の父親。

「……子供が庭を見つめるって、……じじくさいぞ…」

修司の父親が呟く。

「…子供らしいって、何だ?」

慶造の父親が尋ねた。

「あのなぁ…。お前、日頃の教育…」
「あいつに任せてたんだけどなぁ」

ぽりぽりと頭を掻いている慶造の父。

「子供の遊び、恐らく知らないんだろうな。同じ歳の人間と遊んだこと
 ないからなぁ。…だから、お前に頼んだんだぞ。初めは友達として
 逢わせようって…だなぁ」
「…だから、修司に頼んでも無理だと言っただろ。あいつは、
 慶造さんを守るための教育しかしてない」
「遊びは?」
「……まぁ、…一応、教えたけどなぁ」
「二人にさせておこうか」
「そうだな」

二人の父親は、去っていく。



「………慶造さん」
「慶造でいいよ」
「できません」
「どうして? 友達だろ?」
「友達ということで、顔を合わせただけです。…俺は…私は、
 慶造さん。あなたを守るために、生きているんです」
「…俺を…守るために…生きている?」
「はい。慶造さんの命令に背かないようにと…」
「友達じゃないじゃん」

そう言って、修司を見つめる慶造の目は、とても冷たかった。

「それは、俺の親父が、君の親父の親分だからか?」
「いいえ。猪熊家は、昔より阿山家を守る存在だからです」
「同じことだろう?」
「そうですね。…すみません」
「…なんか、子供に見えないな」

静かに言う慶造。その言葉の裏に寂しさを感じていた。

「友達……。君…俺を守る前に、まずは友達になってくれないか?」
「慶造さんが望むなら」
「望みじゃない。…なんて言うんだろう……友達…。俺……、
 友達が欲しい。…だって、ずっと、ここで過ごしてきたんだもん」
「慶造さん」
「慶造でいいよ」
「慶造……」

照れたように俯く慶造は、顔を上げ、修司を見る。そして、手を差し出した。

「修司、よろしく」
「はっ」

修司は、頭を下げた。

ガツッ…。

慶造の拳が、修司の頭に落っこちる。

「やめてくれよ。友達だろ?」
「そうでした」
「修司、遊ぼう」
「遊ぶ? 何して?」
「俺、遊びを知らないんだけど…」
「じゃぁ、教えてやる」

ニッコリ笑う修司。しかし、修司が教える遊びは、子供らしさがなく……。

「それ…子供の遊びか? 修司?」
「ん? そうだろ? …違うのか?!??」

修司の手にあるもの。それは、花札……。



それから、月日が過ぎ…四年が経つ…。



とある学校の体育倉庫。その中から何やら怪しい声が聞こえていた。

職員室から出てきた男子生徒は、丁寧に頭を下げてドアを閉めた。

「失礼しました」

そして教室へ向かって歩き出す。廊下にある時計に目が留まる。
時刻は、午後四時を過ぎた所。

「やばぁ、猪熊の奴、待ちくたびれたやろな…」

急いで教室へ戻る男子生徒。
名前は、阿山慶造、小学六年生。くそ真面目で、学級委員をしている生徒だった。

教室に戻った慶造は、そこで待っているはずの猪熊が居ないことに気が付き、教室内をきょろきょろしていた。

「あら? 阿山君、先に帰ったんじゃないの?」

女生徒が声を掛けてきた。

「猪熊、知らんか?」
「猪熊くんなら、春子と一緒に居る所を体育倉庫の近くで見かけたよ」

その言葉を聞いた途端、顔が引きつる慶造。

「あんの馬鹿っ…」

荷物を持って、走り出した慶造。階段を駆け下り、下駄箱へ。そして、体育倉庫へと向かっていった。
耳を澄ますと、中から怪しい声が聞こえてくる。その声に、慶造のこめかみがピクピクし始める。

「……おい、修司ぃ〜、てめぇ〜なぁ」

低い声で言うと同時に、その怪しい声が聞こえなくなり、どたばたと慌てたような音に変わった。
暫くして、体育倉庫の扉が開いた。

「よぉ、慶造。待ってたでぇ…!!!」

そう言った猪熊修司という男子生徒は、慶造に胸ぐらを掴みあげられ、壁に押しつけられた。

「あれだけ、言ったのに、お前なぁ」
「ええやろが。家に帰っても無理やし、この歳でホテルって、無理やしなぁ」
「だからって、ここでするなよ。…俺ん家やったら、構わないっつーたろが」
「もう、遅いって」
「……はぁ?」

にやける猪熊に、慶造は、何かを悟る。

「お前があまりにも遅いから、目一杯楽しめたでぇ。なぁ、春ちゃん」

体育倉庫の扉にもたれかかるように立っている女生徒の春ちゃんは、頬を赤らめながら、応える。

「邪魔せんといてよぉ。慶造ちゃん」
「あのな……。もぉええ」

そう言って、慶造は猪熊から手を離して歩き出す。

「って、慶造! 怒るなって」

猪熊の言葉を無視して、慶造は去っていった。

「…やばっ! 走るで」
「うん」

猪熊と春子は、慶造を追いかけて走り出した。


慶造は、一人で歩いていた。その姿を見つけた猪熊と春子は、急いで追いかける。その目の前に一台の高級車が急停車し、猪熊の視野を遮った。
車のドアが開き、三人の男が下り、慶造に向かって走り出す。慶造は、迫る男達に気が付いていないのか、ただ、歩いているだけだった。男の手が、慶造の腕に伸びる。

「!!! 今、そんな気分じゃないっ!! って、誰や?」

振り向き様に、自分の腕を掴んだ人物の腹部に蹴りを入れた慶造。側に倒れる男を見て、驚いていた。

「阿山組三代目の長男…阿山慶造だな…」

残りの二人の男のうち、一人が言った。慶造は、二人の男を見上げる。胸元に光る金バッチに見覚えがあった。
その目つきが、変わる。

「黒崎が、何のようだ? 俺を連れ去っても、親父は、何もしないぞ。
 それくらい、解ってての行動か?」
「ガキが、生意気なこと言ってんじゃねぇ。来い!」

そう言った男は、慶造の腕を掴み上げ、後ろ手にした。しかし、慶造は、妙な体勢になり、掴む手から逃れた。そして、男に蹴りを見舞う。
小学六年生のガキの蹴りを甘く見ていたのか、男は、大して防御の態勢を取っていなかった。
慶造の蹴りは、強烈だった。
大の男が、後ろに吹っ飛ぶ。着地した場所には、猪熊が立っていた。

「俺の仕事、取るな!」
「俺に話しかけるな!」
「慶造、お前なぁ、俺の立場…」
「うるせぇ!」
「はいはい。手ぇ出しません」

猪熊と慶造の怒鳴り合い。倒れる男達は、この二人のやり取りを不思議に思っていた。

「流石…その世界では有名な組の息子だな。こんな状況、恐れもしないってか」

残りの男が、口にした。

「何度も言うけどな、俺をさらっても、親父は、へも思ってないって。
 向かうなら、親父に直接向かってくれないかな。俺は、跡継ぎでも
 ないんでな」
「それでも、血の繋がった息子が誘拐されたら、気になるもんさ」
「あんたらも、あまい考え捨てなよ。俺は、親父から勘当されたも同然。
 それに、……やくざなんて……大っ嫌いなんだよ。…俺に触れるな!!」

慶造の怒りは、どうやら頂点に達していたようで、男に容赦ない蹴りと拳を向けていた。流石の男も、その場に崩れ落ちる。
ガキだと思って甘く見ていた男達は、慌てて立ち上がり車に乗り込む。

「忘れていくなっ!」

怒鳴りながら、地面で気を失っている男を指さす慶造。男達は、その男を抱きかかえて車に乗せ、素早く去っていった。

慶造は歩き出す。

「慶造、待てって」
「話しかけるなって言っただろが」
「あのな…」

猪熊が、慶造の腕を掴んだ。その腕を返す慶造。その慶造の腕を返した猪熊は、慶造の胸ぐらを掴み上げた。

「一人で歩くなと言われてるだろが。だから、今のような事に」
「一人で歩いても大丈夫なように、鍛えてる」
「まだ、足りんわい。あんな男くらい、一発で仕留めろ」
「俺には、必要ないことだっ!」
「だったら、俺の側から離れるな」
「待ってろと言ったのに、居なかったのは、誰だ? あれ程、学校では止めろと
 言ったのに、やったのは、誰だ? 春子ちゃんの気持ちを考えたんか?」
「だから、今朝、お前に話したんだろが。春子ちゃんから了解を得たって。
 近々実行するって」
「……何も、その日に」
「いや、でも、春子ちゃんが…」

猪熊が指さす所に、春子は立っていた。

「私から誘ったの。だから、慶造ちゃん、怒らないで!」
「あのね…。ったく」

呆れながら、猪熊の腕を払いのけた慶造。服を整え、猪熊に振り返る。

「お前んとこが無理やったら、俺の部屋貸してやるから、今夜は楽しめよ。
 シャワーも近くにあるし…な」
「おっ、ラッキー!」
「ちゃんと使えよ」
「使ってるもぉん……あっ」
「ん?」
「置いてきた」
「まさか、倉庫?」
「あぁ。…お前が急かすから…」
「急かしてないっ」
「ばれるかな…」
「大丈夫やろ。あそこは、中学生もよく使ってるみたいやし。怒られるのは、
 中学生か、高校生やろな。まさか、小学生が、そんなことするとは
 先生も考えつかんやろ」
「そうやな」

そんな話をしながら歩き出す慶造と猪熊、そして、春子。
ランドセルを背負った三人は、幼子に見える。
小学六年生。
あと一週間で小学生を卒業し、中学生になる。
その記念にと、ませたことをしたいと言っていた猪熊。もちろん、小さな頃から好きだった女の子の春子ちゃんと。慶造が止めておけと言ったにも関わらず……。
三人は、高い塀が続く道を歩き出す。暫く歩くと、大きな門があった。

『阿山組組本部』

そう書かれた表札が柱にあった。
ここは、極道組織・阿山組の組本部。
慶造こそ、阿山組三代目組長の長男。この組を継ぐ予定の男だった。
門戸が静かに開いた。そこを入っていく慶造達。

「お帰りなさいやし! いらっしゃいませ」
「ただいま。親父は?」
「明後日まで、猪熊さんと出掛けております」
「ありがと。部屋に居るから」

玄関に迎えに出た若い衆と軽く会話をして、慶造達は、家に入っていった。


「俺は、隣に居るから」

そう言って、慶造は、自分の部屋を出て行った。そして、未だ、誰も使われていない隣の部屋へ入っていった。その日の宿題を終え、服を着替えて床に寝ころぶ。
静けさが漂う中、自分の部屋からは甘い声が聞こえていた。

「ったく、…今から、そんなんじゃぁ、先が思いやられるよ…」

そう言いながら慶造は眠りに就いた。



中学生に進級した慶造と猪熊。もちろん、同じクラスになっている。春子も同じクラスだった。慶造達が通う学校は、幼稚園から大学まで一貫となっている所。もちろん、途中から入学してくる者もいる。
常にいい加減そうな雰囲気を醸し出している小島隆栄(こじまりゅうえい)という男子生徒も同じクラスになっていた。
慶造と猪熊は、出席番号が一番と二番なので、席は常に前後となっている。二人の隣の列に座るのが小島という生徒。特に何を話すことなく数日過ごす。しかし、慶造と猪熊の様子を伺うように耳だけは傾けていた。
二週間が過ぎ、桜も吹雪く時期の休み時間。
興味津々で、小島が尋ねてくる。

「よぉ、阿山って、やくざの息子なんだって?」

軽い口調で尋ねた事が、猪熊の何かに火を付ける。いきなり、胸ぐらを掴み上げられた小島は、両手を上げる。

「って、なんだよぉ。猪熊は関係ないんだろが!」
「俺は、目一杯関係してるんだけどなぁ。…慶造に、その口の利き方…
 失礼だろが…」

いきなりの物音と怒鳴り声に、休み時間の賑わいが、一瞬で静かになる。そして、誰もが慶造達の方に目をやった。

やばいよ…小島君が…。

誰もが知っている慶造と猪熊の身の上。しかし、慶造には、そのような素振りは全く見せず、単なるくそ真面目な雰囲気しかなかったが、常に側に居る猪熊だけは違っていた。周りを警戒している。例え、学校内だとしても…。
今にも乱闘が起こりそうな雰囲気に包まれた時だった。

「手を離せ」

慶造の言葉で、猪熊は素早く手を離す。しかし、小島を睨んでいる目は反らさなかった。慶造は、猪熊の行動に呆れながらも、小島に言った。

「…小島。やくざの息子というのは、事実だ。だけどな、俺は、それが嫌なんだよ」
「なんでだよ。俺にとっては、うらやましい環境なのになぁ。憧れるじゃないかよぉ、
 やくざ…極道って、世界に」
「…そんな軽い気持ちで、その世界に飛び込む奴なんて、鉄砲玉か使い捨てだよ。
 俺は、それが嫌なんだよ。…人の命を何とも思わないなんてな…」

恐ろしいまでのオーラが、慶造を包み込む。それに反応するように、猪熊は気合いを入れた。
いつもそうだった。
家系のことを言われると、必ず、嫌いだと応え、命の大切さを訴える。そして、必ずその後に醸し出される恐ろしいオーラ。その後には、必ず、拳と蹴りが尋ねた相手に飛んでいく。猪熊は、それを止める役目も兼ねていた。
教室に居る生徒達は、息をのむ。

「…すまん…知らなかった…。俺、本当に憧れてるんだ…だけどな、
 家族に迷惑が掛かってしまうんだろ? 敵は容赦なく家族にも手を出すって。
 そんな話を聞いたからさ…俺…。だけど、阿山の話を聞いて、少しでも
 その世界の事を聞きたかっただけなんだ。…ごめん。阿山の気持ちを
 知らずに、軽はずみな気持ちで尋ねて。…許してくれ。この通りっ!!」

小島が頭を下げていた。
そんな仕草も慶造の怒りに触れてしまうらしい。慶造は、いきなり小島の髪の毛を掴み、頭を上げさせた。

「男が、簡単に頭を下げるな!」
「相手に悪いことをしたら、謝るのは、当たり前だろが!!」
「…それもそっか」

そう言って、慶造は手を離した。その行動で、教室内の緊迫した空気が和らいだ。
再び騒がしくなる。

「察するところ、猪熊って、阿山のボディーガードか?」

初めて顔を合わせて、会話をしただけで、小島は二人の関係を当ててしまった。普通なら、そんなことは、慶造か猪熊が説明するのだが…。

「小島…お前って、…なんだ?」

警戒する慶造に、小島は、再び軽い口調で応えた。

「俺? 小島隆栄」
「名前は知ってる。家系だよ」
「ん? どう説明したらいいんだろな。…まぁ、スパイ関係ってとこかな」
「スパイ? 俺を調べて、阿山組の何かを探るって魂胆か? 毎日のように
 俺たちを伺ってたよな。クラスの誰とも戯れず、側に座ってたよな」
「それもあったけどなぁ。昔の話。先日、阿山組の組長さんが直々に来られて
 阿山、お前の話をしてた。息子は、組の事は何も知らない。何をしても
 無駄だとね。…スキが無かったらしいなぁ、あんたの親父さん。だから、俺の
 親父が、こういったんだよ。敵に回すな…ってね。…俺、友達になりたいだけだよ。
 同じクラスだし、席も隣になったことだし…。駄目か?」
「別に、駄目とは言ってないだろ。ただ、親父の行動に驚いただけだよ。まさか、
 俺のことを考えていたとはなぁ。…まぁ、探られるのが嫌いだから、先手を打った
 だけだと思うけどな」

冷たく言う慶造だった。

「ほんと、嫌いなんだな」
「あったりまえだ!」

怒り任せに拳を差し出した慶造。しかし、その拳は、小島に受け止められていた。

「まだまだだな」

小島が言った。その言葉で、慶造の怒りをかうつもりだった小島。しかし、慶造は怒りもせず、ただ、フッと笑って椅子に座っただけだった。

「慶造は、実戦じゃないと本気を出さないよ」

猪熊が、小島の耳元で、そっと告げた。



放課後。
帰路に就きながら、慶造、猪熊、春子、そして、小島が、歩いていた。

「へぇ、春子さんって、猪熊のこれ?」

小島が小指を立てている。

「そうだよぉ。許嫁!」
「ふ〜ん。じゃぁ、俺と付き合わないかって言っても無理なんか…なぁんだぁ。
 初めて見たとき、目を付けたのになぁ。俺の好みなのに」
「他に居たでしょぉ。もっとかわいい子!」
「顔は良くても心は違うよ」
「小島くんって、もしかして、心を読む?」
「家柄なのか、顔を見ただけで、その人の性格解るよ。猪熊の事は、阿山との
 接し方で何となく解ったんだけどな、…阿山だけだよ」
「俺が何?」
「顔を見ても解らなかった。もしかして、表に出さない性格か?」
「小島みたいに、へらへらしてられないんでな」
「って、俺の何処がヘラヘラしてんだよ!」
「いい加減なところだよ。お前、答案も適当に書いてたろ? そんなんでいいんか?」
「いいんだよ。それで、この学校に合格したんだからなぁ。驚いたよ」
「何処でも良かったんか?」
「まぁね。俺は、親父の仕事、嫌いだもんなぁ」
「俺と同じだから、解らなかったんだろうよ」

慶造の言葉に、小島は、何かに吹っ切れたような表情をする。

「なるほどぉ。阿山って、頭良いんだな!」
「うるさいっ! …俺って、いっつも学級委員に推薦されるんだよな」

嘆く慶造に、猪熊が軽く応える。

「だったら、その真面目くさった面、やめとけよ。それだから、推薦されるんだ」
「仕方ないだろが。これが、俺の顔だ!」

賑やかに話ながら歩いていく四人だった。



阿山組本部。
慶造の部屋では、小島と猪熊、そして、春子が勉強中。もうすぐ夏休みが始まる…と、その前に試験がある。その勉強だった。

「やってやんねぇ〜〜!」

そう言って、大の字に寝ころんだのは、小島だった。

「そう言って、九割は取るんだよなぁ、小島は」

猪熊が言った。

「ほっとけ。そういう猪熊だって満点だろが」
「簡単すぎるんだよ」
「それだったら、一緒に勉強せんでもぉ」
「しないと五月蠅い奴がいるからな」

猪熊の目線は、慶造に移る。慶造は、ちらりと目をやって微笑んでいた。

「なるほどね。…阿山だって、満点やろがぁ」

小島が、じゃれるように慶造の肩に手を置いて、押し倒した。しかし、小島は慶造の手によって目を塞がれていた。

「あ、や、ま…痛いぃぃ〜〜って」

慶造の手は小島の顔を鷲掴み。その手に力が込められていく……。

「……ぷはっ!」

慶造の手が離れたことで、小島が息を吐く。

「勉強しろ」
「やなこった」

そう言って、小島は部屋を出て行った。

「猪熊」
「嫌だ」
「……解ったよ」

慶造が立ち上がり、小島を追いかけていく。
沈黙が続く慶造の部屋。春子が口を開く。

「何なの?」
「小島を見て来いってこと。出来るか。慶造と二人っきりになんて」
「嬉しいこと言ってぇ。でも、慶造くんが何かすると思うの?」
「思わなくても…だな…」
「ったく…修ちゃんはぁ」

照れたような表情で、かわいらしい仕草をし、猪熊を突っつく春子。

「なんだよぉ、春ちゃん〜」

猪熊は、春子に抱きついて、押し倒していた。



「小島」

慶造は、庭を見つめている小島に声を掛けた。

「あんまり、うろつくと、怒られるぞ」
「なんで?」
「一応、警戒されてるからさ」
「やっぱり、阿山組にとっては、俺は厄介な人物か」
「あぁ」

慶造は、壁にもたれ掛かって、俯く。

「…どうして、俺に付いてくる? 阿山組を探っても、何もないぞ」

呟く慶造に小島は、フッと笑って、応えた。

「阿山組を探るんだったら、こんなちんたらしてないって」
「それが、お前かと思ったよ」
「そんなこと思ってない癖に。…そういう阿山こそ、俺を避けないのは何故だ?」
「さぁなぁ」
「とぼけるなって」

小島に目を向ける慶造。

「見張ってる…ってとこかな」

ニヤリと笑う慶造に、小島は、微笑み返す。

「ほんと、何を考えているかわからんな、阿山は」
「そういうお前こそ」
「解るのは、あいつだけだな」
「そうだな。…どうする?」
「どうするって言ってもなぁ。今頃…だろ?」
「だろうなぁ」


二人が話すように、慶造の部屋では、猪熊と春子が…甘い時間を……。


「少し、散歩するか?」

慶造が誘う。

「いいのか?」
「大丈夫だよ。俺が一緒だろ?」
「そっか」

慶造と小島は、屋敷内を歩き出す。所々で組員や若い衆と逢う。

「こんにちわっす」
「お疲れ様です」
「いらっしゃいませっ」

誰もが、慶造に深々と頭を下げ、小島に丁寧に挨拶する。そのたびに、慶造は嫌な顔をしていた。

「なぁ、阿山」
「ん?」
「嫌なんか?」
「俺は、親父のようにえらくない。何もできない。ただ、三代目の息子だと
 いうだけなのにな」
「それが、その世界だろが」
「跡を継ぐなら、解るけどな、俺、そんな気は全くないよ」
「そうなんだ」
「だから、俺を探っても無理だって言ってるんだよ」
「探ってないって言ってるだろが」
「言ったか?」
「…言ってないな…」
「ったく」

呆れたように笑う慶造。二人が玄関に差し掛かった時、父親が帰ってきたのか、組員達が出迎えていた。

「お帰りなさい」

慶造が玄関にやって来た父親に言う。

「ただいま。小島の坊ちゃん、来ていたのか」
「お邪魔しております、おじさん」
「まぁ、ゆっくりしていけよ。そういや、夏休みが近いんだな。予定あるのか?」
「いいえ。特にございません」
「その歳で、家に閉じこもって、細かい事ばかりしていたら、将来、体が
 動かないぞ。どうや? 猪熊と手合わせするか?」
「何度か修司くんとしてますので、お断りします」

慶造の父と話し込む小島。二人を見かねたのか、慶造が声を掛ける。

「戻るぞ、小島」
「あぁ。では、おじさん、失礼します」
「慶造」
「はい」

振り返る慶造。

「俺、先に部屋に戻ってるよ」
「邪魔はするなよ」
「解ってる」

小島は、慶造の部屋に向かって歩いていく。

「なんですか?」
「小島のことだよ」
「何もありませんよ。友人です」
「気を付けろよ。何を考えているか解らない奴だからな」
「私には解りますよ。俺と友達で居たい…それだけですよ」

冷たく言う慶造を睨む父親。

「自分一人で何かをやろうと思ってるんだな。…まぁ、それが、
 お前の力量だな」
「どういう……」
「手助けはしないからな。…何度も言うように、俺に迷惑を掛けるな」

ドスの利いた声で言った父親は、奥へと入っていった。父親の後ろ姿を睨み付ける慶造は、拳を握りしめていた。

「慶造さん」
「…笹崎さん。お帰りなさい。お疲れ様でした」
「怒らないようにと、申してますよ」
「いいんだよ。あんな親父に…」
「組長、おっしゃってましたけど、お友達が来られてるんですか?」
「テスト勉強」
「勉強しなくても、できるのに?」
「それが口実ですよ」
「悪いことはしないように」
「いや、この家で悪い事って、家自体が悪いと思うけどなぁ」
「そうですね」
「…あれ? 猪熊さんは?」
「自宅に戻りましたよ。何かご用でも?」
「いつも親父と一緒だから、気になっただけだよ」

慶造の言った『猪熊さん』とは、猪熊修司の父親のこと。親子共々、阿山家に仕えているものだった。そして、慶造と話す笹崎は、阿山組系笹崎組組長であり、阿山組の幹部として慶造の父・阿山組三代目と共に行動をしている男だった。見た目は、とても優しい雰囲気の男だが…。

『笹崎、早く来い!』
「はっ」

奥から三代目の声が聞こえ、それにすぐ反応する笹崎だった。

「ご用がございましたら、私の組員に言ってください」
「自分たちでできますから。いつもありがとうございます」
「では」

笹崎は慶造に一礼して、三代目の部屋へ向かっていった。
慶造は、ため息を付き、そして、自分の部屋へ向かって歩き出す。
部屋の前では小島が、壁にもたれ掛かって座り込んでいた。

「どうした?」
「鍵掛かってる」
「はぁ?」

ドアノブを回すと、本当に鍵が掛かっていた。

「……修司ぃ、開けろ」
『もう…少し……待て……って』

吐息混じりの声がする。

「待たない」
『待って…くれ…って。慶造……もう…少し………。

その声に、慶造は項垂れた。

「二人にさせるんじゃなかった」

慶造は、壁にもたれ掛かる。

「なぁ、阿山」
「ん?」
「おじさん…俺のこと、何か言ってたか?」
「友人を大切にしろって」
「そう思えない雰囲気だったけどな。俺に対して警戒してた」
「親父は、俺に対しても警戒してるよ。誰に対してもそうだよ。猪熊さんと
 笹崎さんの二人だけだろうな。心を許しあってるのは」
「俺…お前と、そういう仲になりたいな…駄目か?」
「………深い仲には、なりたくないぞ…」
「勘違いするなっ!」

照れたように言う小島を見て、慶造は笑っていた。

「冗談だよぉ」
「阿山には似合わない」
「はいはい。…って、修司っ! まだか?」

鍵の開く音がする。そして、ゆっくりとドアノブが動き、ドアが開いた。

「もっとゆっくりしてこいって」
「こんな昼間っから、燃えるなっ!」
「いいだろぉが」
「もう、俺の部屋、貸さないぞ。猪熊さんは自宅に戻ってるって。どうする?」
「俺、ここから学校に行く」
「………好きにしろっ」

慶造は、気持ちよさそうに横たわり眠っている春子を横目に、テーブルの上にある勉強道具を手に取り、部屋を出て行った。

「小島も来い」
「はいはい。じゃぁ、楽しめよぉ」

小島も荷物を持って、慶造の部屋を出て行った。

「おう!」

隣の部屋に移った慶造と小島。慶造は、大きく息を吐きながら座り込む。

「何呆れてるんだよ」
「あいつ、好きやなぁと思って」
「気持ちいいで」
「まだ早い」
「早くはないって。そうしても良い歳だろ? …まさか、阿山……まだ?」
「ん?」
「大人になれって!」

ふざけたような口調で言って、慶造の肩を叩く小島。

ドスっ……。

「す、すまん……」

慶造の拳が、小島の腹部に突き刺さっていた。その拳は、小島の目に留まらなかったのか、まともに受けていた。

「やっぱり…真面目なんだな、阿山って」
「俺を詮索するなっ!」
「しないって。…ったく…」

慶造は、軽く舌打ちをして、本を開き、真剣な眼差しで勉強を始める。小島は、慶造を見つめていた。

「なぁ、阿山」
「なんだよ」
「そこ……範囲じゃないぞ」
「……ほへ?!」

慌ててプリントに目をやる慶造。

「気になるんだろ?」

ニヤニヤしながら言う小島を睨み上げる慶造。

「何も言いましぇん」

口を噤む小島に、慶造は、優しく微笑んでいた。
その笑みに含まれる意味を、この時、小島は未だ、理解してなかった。

鈍い音が、部屋に響く……。



(2003.10.11 第一部 第一話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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