任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第十二話 初めての…。

とても大切にしていた。今でも、あの部屋で、見かけたよな…。


授業を終え、この日も小島家へ帰宅する慶造、修司、そして、隆栄の三人。家に上がった途端、リビングのソファに、ドカッと座る慶造。

「なぁ、阿山ぁ」

いつもの如く、隆栄が慶造を呼ぶ。

「あん?」
「今日の授業、数学…解らなかったんだよ…教えてくれ」
「って、小島の得意分野だろが。どうした?」

驚く慶造。

「なんか、最近、頭が働かなくてな…」

確かに。二学期になって一ヶ月。なんとなく、いつものいい加減さが無く、ボォッとしている雰囲気だった。

「何か遭ったのか?」

慶造が心配そうに尋ねた。

「あっ、う〜ん…そのな…。……やっぱり、いいや」
「俺に言えない事なら、一人で悩んでおけよ」
「…阿山に関わる事なんだよ…」
「組関係か?」
「まぁ…な」

その言葉で、深刻な表情をする慶造に修司が声を掛ける。

「慶造、やめとけ」
「でもな…」

どうやら、修司には、慶造の考えが読めたらしく…。

「桂守さんが、阿山の意志があるなら、いいとおっしゃってるんだよ」
「解った。よろしく」

隆栄は、いつの間にか、慶造の考えが解るようになっていた。



阿山組本部・組長室
阿山組三代目が、書類に目を通していた。その中には、小島に依頼した資料もあった。その資料をじっと見つめ、そして、別室に居る猪熊を呼ぶ。

「猪熊」
『はっ』

呼ばれると直ぐにやって来る猪熊。組長室に入ってきた。

「これだけどな…」

猪熊は、三代目が差し出す書類を手に取り、目を通す。

「どう思う?」
「そうですね…。暫くは様子を見た方がよろしいかと思います」
「手が読めないだけに、心配だけどなぁ」

ため息を吐きながら、椅子にもたれ掛かる三代目は、ふと書棚を見た。
そこには、幼い慶造と慶造の母が一緒に写っている写真が飾られていた。

「まぁ、今は、黒崎んとこと縁を切ったから、あのような事は、ないだろうけどな…」

三代目の目線に合わせて猪熊も振り返る。

「慶造さんもご自分で守れるようになりましたから。それに、今は、修司だけでなく、
 小島さんの息子の隆栄さんも付いてますので、安心でしょう」
「そうだな…。笹崎が唯一認めた二人だからな。ま、笹崎は、仕事が
 無くなったと嘆き始めたもんなぁ。…あの遊園地から、どれだけあった?」
「沢村さんの件を含めますと、……………月に二回は、ありましたから…ね。
 中村一家の事から、形を潜めてしまったようですが…」

まぁ、それは、三代目が抑えてるんですけどね…。

「…慶造は?」
「笹崎からの連絡では、本日も小島家に向かったそうです」
「ったく…。ここよりも居心地がいいのか?」
「そのようですね。ここは、組員も居ますから、緊張するんでしょう」
「まぁ、そうだけどな。俺もそうだったからなぁ。…まだまだ子供ってことか」

そう言って、立ち上がる三代目。

「っと、どちらに?」
「ん? 更に詳しく知りたくてな」
「そうですね。では、すぐに」
「あぁ」

猪熊は、素早く組長室を出て、出掛ける準備に入った。三代目は、上着を着替え、そして、部屋を出て行く。
デスクの上には、先ほどの書類が置いてある。

東北地方の動きについて…。



小島家の前に、一台の高級車が停まった。ドアが開き、下りてきたのは、猪熊だった。後部座席のドアを開け、三代目を迎える。呼び鈴を押すと同時に、隆栄が玄関から出てきた。

「おじさん。どうされました?」

車が到着するときに、すでに隆栄には、誰が来たのか解っていた。珍しい来客に驚きの表情を隠せない。

「あぁ、そのな…例の資料の事を詳しく知りたくてな…。小島さんは?」
「親父なら、今、東北ですよ。もう少し詳しく調べると言ってました。
 明後日には、戻りますが…」
「そうか……」

そう言ったっきり、動こうとも話そうともしない三代目。

「阿山…呼びますか?」
「…すまんな、長いこと世話になって…。そろそろ連れて帰るよ。どこだ?」
「あっ…その……」
「ん?」

隆栄は、言葉を濁す。



小島家の地下室。
桂守が、ファイルを持って来る。

「これで全部になります」

そう言って差し出した相手は、慶造だった。隆栄が気にしている事を自分でも調べようと、桂守に資料を全て用意してもらっていた。

「これ、全部小島が?」
「そうですね」
「俺が寝てる間に…」
「まぁ、別件もありますけどね」
「そうですよね。時代の最先端を目指そうとしてますからねぇ、小島は」

少し崩れた口調の慶造。それは、真剣になっている証拠。地下室のドアが開く。それに素早く反応するのは、桂守だった。

「阿山組…三代目…」

その呟きに、慶造が顔を上げる。
デスクに山積みになっているファイルの隙間から見える慶造の顔。体調も良い雰囲気に、三代目は安心する。

「慶造、そろそろ戻れ」
「嫌です」
「小島さんにも迷惑だろう?」
「その小島さんに許可を頂いたんですよ。こちらに住ませてもらいます」
「…お前の部屋があるのに? それに、修司の事も考えろ。毎日長い距離を
 行き来しないと駄目だろが。春子ちゃんも、臨月を迎えたから、更に
 忙しいんだぞ。解っててやってるのか?」
「この距離は、運動になると…修司が言ったんですよ。私だって反対です」
「あのなぁ〜」

睨み合う二人。そんな二人に声を掛けるのは、桂守だった。

「親子喧嘩は別の場所でお願いしますよ。それと組長さん、おやっさんから
 連絡ありまして、明後日には、全部揃えてお渡ししますとの事です」
「全部?」
「はい、その…今調べている東北にある天地組と地山一家。二大組織が
 手を組んで、西へと向かっていること。東北地方を制覇するのも
 時間の問題らしいですね」
「関東に向かっている?」
「えぇ。その昔、手を組んで巨大組織に育てようとした三大組織の壊滅に
 乗り出して全国制覇をする予定のようですね」
「…西からは、どうなんだ?」
「それは、優雅と恵悟に任せてます。先ほど発ちました」
「それなら、こっちは、迎える準備をしておくか。猪熊、明日にでも
 厚木に会う予定入れておけ」
「厚木は、今、海外に出掛けてますよ」
「副会長の多聞が居るだろ、通の…」
「まぁ、銃器類に関しては、多聞の方が通なんですが…」
「兎に角、連絡しとけ」
「かしこまりました」

沈黙が流れる。
三代目は、慶造を見つめた。

「ったく、没頭しやがって。隆栄くん」
「はい」
「あいつが、飽きるまで、宜しく頼むよ」
「飽きないと思いますよ」

あっけらかんとして隆栄が応える。それには、大きくため息を付く三代目だった。

「ほっんと、不思議な奴だな」
「阿山の方が、もっと不思議に思えますよ」

その言葉に、三代目は微笑んでいた。…が、慶造は睨んでいた。

「じゃぁ、明後日、本部に来るように伝えてください。待ってます」
「かしこまりました」

三代目と猪熊は、静かに地下資料室を出て行った。
慶造と三代目の親子の雰囲気を肌で感じていた桂守は、慶造に話しかけた。

「いつも、あのような感じなんですか?」
「父親のように振る舞って、実は、そうじゃないんですよ。いいんです」

慶造の冷たい言い方に慣れている隆栄は、いつもの口調で話しかける。

「まった、そうやってぇ」
「うるさい」
「優しい方なんですね」
「はぁ?!」

桂守の言葉に突拍子もない声を張り上げる慶造。

「慶造さんの優しさは、父親譲りなんですね」

優しい眼差しで慶造の話しかける桂守だった。慶造は、ただ、自慢するような表情を見せただけだったが、その表情を見ただけで、父である三代目に対する慶造の心が解る桂守。

隆栄さんが守りたくなる気持ちが、解り始めました。

そういう目をして、隆栄を見つめていた。
隆栄は、慶造に資料の説明をしていた。
もちろん、その資料は、東北地方の過去の情勢がびっしりと書かれているもの。
阿山組二代目に付いていた猪熊に壊滅された小島家の資料室。今ここにある資料は、全て桂守たちの頭脳にインプットされているもの…。膨大な量の資料を頭に入れている男達。敵に回すと恐ろしいとの判断から、壊滅に乗り出したこと…今は亡き男達の思いは、現在生きている男達には解らないことだった。





修司に次男が生まれた。連絡を受けた慶造と隆栄は、猪熊家へと足を運んでいた。

「こんにちはぁ」

玄関から聞こえた声に反応したのは、修司の母だった。

「いらっしゃい、慶造さんと隆栄くん」
「こんにちは、おばさん。春子ちゃんが退院したと聞いたので、これ…」

慶造が差し出す袋。お祝いの品だった。

「…慶造さん、気を遣わないでください。それじゃなくても、三代目が色々と…」
「親父は、親父。私は私です。親友に次男が出来たのに、お祝いしないのは
 私自身が、嫌なので」
「その…修司がね…」
「????」

困った表情の母に、慶造と隆栄は、首を傾げていた。
それは、リビングにやってくると解った。
修司が、弛みっぱなしの表情で、次男を抱きかかえて、長男の剛一と一緒に語り合っていた。

「ほんと、父親だな」

慶造の声に、驚いたように顔を上げた修司。

「け、慶造!」
「おめでと。で、その子が次男の…」
「武史」
「それにしても、男の子ねぇ」
「いいんだよぉ。元気ならな」

そう言う修司の表情は、本当に父親。慶造は、自分と同じ歳と思えないのか、ちょっぴり寂しそうな表情をしていた。

「そっか、女だと、お前が手を……!!!!」

隆栄が口を開いた途端、慶造の拳が隆栄の腹部に……。

「慶造くん。家出やめたの?」

春子が顔を出す。

「元気そうで!」

明るく声を掛ける隆栄。

「ほんと、二人目は楽だったぁ。剛一の時は、初産だから大変だったのに。
 こつを覚えたっていうのかな…。それとも体が覚えてただけなのか…」
「武史君が親孝行なんだよ」

慶造が、静かに言った。

「なるほどぉ。あっ、お祝いありがとぉ」
「どういたしましてぇ。…で、修司、予定は?」
「いつもと一緒だよ。夜だけは、自宅。慶造は小島の家か?」
「まぁ、そうなる」
「解った」
「…じゃぁ、帰るか、小島」
「慶造、ゆっくりしていけよ」
「いいや、邪魔になったら、俺が困るから」
「邪魔にならないって」
「父親の修司を取った気分になるから、嫌なんだよ。じゃぁな」

そう言って、慶造は、リビングを出て行く。

『慶造さん、もう、帰るの?』
『えぇ。修司と春ちゃん、剛一くんの元気な姿と、武史くんの顔を
 見に来ただけですから。安心しました。では、失礼します』

慶造と母の会話が聞こえてくる。

「小島、何か遭ったのか?」
「ん? まぁ、情勢は、変わらないんだけどな、お前が心配だったんだと」
「三日、離れただけなのにな」
「ま、俺も気になってたんだよ。連絡無かったし、学校休んだだろ。
 大変だったんだろ、春ちゃん」
「ちょっぴりね。慶造くんが心配してるみたいだからって、おかあさんがね」

春子は、かわいらしく舌を出す。

「親父から聞いたけど、東北の動きが激しいんだって?」
「ん? 徐々にだけどな。俺たちが心配することは無いらしいよ。だから、猪熊。
 お前も気にせんと、子育て、ちゃぁんと手伝えよ。母親だけに任せてたら、
 阿山が、滅茶苦茶怒るからな」
「解ってるよぉ。剛一のことで、懲りてる。慶造が、あれだけ怒るとは
 俺自身が驚きだったよ」
「お陰で、少しは楽でぇす」

嬉しそうに春子が言った。

『小島ぁ、行くぞ!』
「はいよぉ。ったく。せっかちなんだからなぁ、阿山は」
「お前が、のんびりしすぎなだけ」
「さいでっかぁ。じゃぁなぁ。学校で」
「おう。ありがと」

隆栄は笑顔で手を振りながらリビングを出て行く。修司と春子は、笑顔を向け合っていた。

「本当に、心配してたんだね、慶造君」
「俺の言った通りだろ。連絡出来なかったからなぁ、ほんとに」
「これからは、ちゃんと連絡しなさいよぉ、修ちゃん」
「わかってまぁす」

そう言う修司の表情は、父親だった。



小島家に向かう道。慶造と隆栄は、何も話さず歩いているだけだった。
ふと慶造の表情が弛む。

「なぁ、小島」
「ん?」
「修司って、父親に見えないよな」
「子供抱えててないと解らないな」
「でも、父親だよな」
「あぁ。あの調子だと、三人目も作りそうだよなぁ」
「家族は多い方がいいのかな…」
「まぁ、ハチャメチャだろうけど…。環境によるだろうなぁ」
「そうだよな」
「…阿山ぁ」
「ん?」
「かわいいと思ったのか?」
「なんか、壊れそうだと思った」
「そりゃそうだ。この世に出てきたばかりだもんな。これから、色んな事を
 覚えて、そして、立派に育っていくんだよ」
「…猪熊家……」
「まぁた、それを考えてる…。やめろって」
「もし、俺に子供が出来たら、あの子達が守ることになるんだよな…」
「阿山の子供か…。で、相手は、ちさとちゃんか?……!!!!」

慶造の回し蹴りが空を切る。

「図星…ね」

隆栄は呟いた。

「俺は、そんな気はないよ。そう言う小島は、美穂ちゃんと、どうなんだよ。
 研修で忙しいから、逢ってないんだろ?」
「連絡は、ちゃんとあるから、心配するな」
「…それなら、いいか」

そう言って歩き出す慶造。その言葉に疑問を持つ隆栄は、慶造を追いかけるように駆け出した。

「って、阿山、なんだよ、その『いいか』ってのは!! 悩むだろが」
「悩んでおけ!」
「冷たぁ〜」
「うるさい」
「あのなぁ〜」

賑やかに歩き出す慶造と隆栄だった。




秋。
枯れ葉が舞い散る季節となった。枯れ葉が舞い散る公園では、慶造とちさとがベンチに腰を掛けて、仲睦まじく話し込んでいた。

「じゃぁ、慶造くんは、海外に行くの?」
「大学に行ってから考えるよ。でも、そうしたいな。ここに居ても、俺…」
「そうなると、寂しいな…」

俯き加減にちさとが言った。

「ちさとちゃんも、来る?」
「えっ?」

慶造の言葉に驚くちさと。

「あっ、ごめん…」
「考えておく」

ちさとの応えに、慶造は、思わず硬直…。

「そうだ。授業で解らないところがあったんだけど…慶造くん、教えてくれる?」
「いいよ、どこ?」
「ここなんだけど…」

そう言って、ちさとは、鞄の中から数学の教科書を取りだし、慶造に見せた。慶造は、問題を見ただけで、スラスラと解いていく。そして、優しく説明し始めた。嬉しそうな表情をするちさとを見つめる修司と隆栄。

「ちさとちゃんも、慶造の事、好きなのかな…」
「両思いってことだなぁ」

そう言って、隆栄は、膝の上に置いている小さな機械に目をやった。そして、操作する。

「なんだ、それ」
「ん? 小型パソコン」
「そんな小さなものが、パソコン?」
「あぁ。これくらいなら、ポケットに入るだろ」

隆栄が自慢げに見せる機械。それは、両手の大きさのもの。折りたたみ式で、キーボードと画面が付いていた。

「…操作しにくそうだなぁ」

修司が隆栄の手の上にある機械のキーボードを触る。

「だから、このペン先で操作するんだって」
「へぇ〜。って、こんなの、まだ見たことないぞ」
「俺が改造したんだよ」
「そうだよな、パソコンって、こぉんな感じだもんな…」

手で大きさを現す修司。

「まぁ、これからは、小型の時代だって。なんでも小さくなっていくよ。
 持ち運びに便利なようにな」
「そういや、電話も…。小島が改造したんか?」
「無線を参考にな。まだまだ、小さくするつもり」
「そんなことしてるから、疲れが溜まるんだよ」
「子育てよりは、楽だと思うよ。猪熊は、どうなんだ?」
「楽しい。…こんなに子育てが楽しいとは思わなかった。…まぁ、確かに、
 何を訴えたいのか解らないこともあるけどな、表情がな…かわいくてな」

やんわりとなる修司の表情。隆栄は、思わず吹き出した。

「なんか、猪熊のイメージが崩れる」
「笑うなって。小島も、子供が出来たら、そうなるって。かわいいんだからさぁ」
「…で、三人目は?」
「頑張ってまぁす」

修司の言葉に、隆栄は、ずっこけた。

「はいはい」

そして、二人は、慶造とちさとを見つめる。
慶造が時計を見ながら立ち上がる。

「修司、そろそろ帰らないと」
「ん?」

修司は、公園の時計を見た。午後六時になっている。

「あっ。すまん、慶造。今日も小島んとこか?」
「あぁ。ここから、向かうよ」
「小島、頼んだよ」
「いつものことぉ〜まっかせなさぁい」
「慶造、明日な」
「おう。気ぃつけろよ。春ちゃんと剛一くんと武史くんによろしく!」
「おう!」

修司は、軽く手を挙げて、公園を去っていった。

「ちさとちゃん、送るよ」
「いいよぉ、すぐそこなのに」

沢村邸の隣にある公園だった。学校の帰りに必ず、この公園でちさとと話し、そして、家の前まで送る慶造。もちろん、そんな慶造に付き合う修司と隆栄。修司は、六時までに家に帰ることを慶造と約束している。それは、子育てに忙しい春子を手伝う為。慶造の思いだった。


「今日もありがとう」

沢村邸の前で、ちさとが、笑顔で言った。

「解らないところがあったら、いつでも聞いていいよ。数学なら、俺より
 小島なんだけどね」
「小島さんには、勉強以外のことを教えてもらいたいな」
「ほへ?!??」

隆栄は、ちさとの言葉に驚いた。もちろん、慶造は、何も聞いていないという表情をしている。

「俺、人に教えるのは苦手だから…阿山にしておいたほうがいいよ」

慌てて否定する隆栄だった。

「慶造君」
「はい」
「三連休…予定あるの?」
「予定……あっ…修司に聞かないと解らない…」
「予定無かったぞ」

隆栄が応える。

「そっか」
「何処か、行きたいなぁと思って。気分転換に」
「気分転換…か…。考えておくよ。…ちさとちゃんは何処に行きたい?」
「…遊園地」

遠慮がちに、ちさとが応える。

「遊園地…か」

慶造の脳裏に、一年前の光景が過ぎる。

「映画」

ちさとは、慶造の躊躇いに気が付き、急に行き先を変える。

「映画…って、小島、何がある?」
「ちさとちゃんが観たいやつは?」
「楽しいのがいい。だけど、痛いのは、嫌だな」
「じゃぁ、映画にしよう」
「うん」
「笹崎さんに許可をもらってからになるから、明日、返事する」
「慶造くんは、自分で決めること…できないの?」
「……できない…。ごめんな…。俺が一人で行動すると、周りにかなりの被害が
 出るから、ちゃんと周りを固めてからじゃないと…」
「………それなら、やっぱり出掛けない。…じゃぁね」

ちょっぴりふくれっ面になったちさとは、冷たく言って、門をくぐっていった。

「ちさとちゃん…?」

ちさとの急な行動に、慶造は首を傾げていた。

「俺、何かまずいこと、言ったか?」
「言った」
「??? ……解らない…」
「ちさとちゃんは、阿山と二人っきりでデートしたかったんだよ」
「周りに居ても、二人になるだろ? 現に、小島と修司が居ても…」
「常に見張られてることになるだろ? それが、嫌なんだよ」
「気にするなと言ってるのに…」
「やっぱり気になるもんだって」
「仕方ないだろ…俺の立場は…」
「ったく、いつまでも、家に縛られるなって」
「俺に何か遭ったら、親父に迷惑が掛かるだけでなく、組にも…」

慶造は、ちさとの部屋がある方を見上げた。丁度、灯りが付いた所だった。カーテン越しに、ちさとのシルエットが見える。カーテンの隙間から外を覗いているのが解る慶造は、じっと見つめていた。

俺、間違ってるのかな…。

慶造は、ちさとの居る場所から目を反らすように動き、そして、歩き出した。

「阿山、待てよぉ」

隆栄が追いかけていく。


そんな二人を見つめていたちさとは、背を向け、そして、呟いた。

「慶造くんの馬鹿…」




次の日。
慶造は、午後の授業を受けずに早退する。そんな慶造に付き合う感じで、修司と隆栄も早退した。

「どうしたんだよ、慶造」
「ん? ちょっとな」
「なぁ、阿山ぁ」
「うるさい」
「つめたぁ」

隆栄の尋ねることに対しては、冷たく応える慶造が向かう先、そこは、ファンシーショップだった。

「やっぱり、気にしてるんだぁ」

慶造が足を向けた場所を見て、隆栄がからかうように言った。

「まぁ…な。悪いこと言ったなぁと思って…」
「やっぱり、寝てないんだろぉ。夜中、何度も寝返り打ってたもんなぁ」
「…まぁ………な。…これにしよう」

そう言って手に取ったもの。それは、オルゴールボックス。かわいい猫の彫り物がフタになっているもので、フタを開けるとかわいらしいメロディーが鳴り始める。そして、小さな猫が踊っていた。
慶造が一人で決めた。
その行動は、修司にとって、驚くもの…。
何も言えずに、ただ、慶造の行動を目で追うだけの修司に、隆栄が声を掛けた。

「猪熊、驚き過ぎだって」
「でもよ…。いつも、何かするときは、俺に…」
「昨日のちさとちゃんの言葉に対して、反省してるんだろうなぁ」
「何か言われたのか?」
「自分で決めること、できないのか…って」
「…痛いところだな…」

確かに、慶造は何かと俺に尋ねてくるもんな…。

会計を済ませ、修司と隆栄が待っている場所までやって来る慶造。

「お待たせ」
「で、阿山、これから、どうするんだ?」
「ん? 映画館」
「はぁ?」
「どの映画がいいのか解らないからさ…」
「それは、いつ渡すんだよ」
「今日。……でも……逢ってくれるかな…。ちさとちゃん、怒ってたろ…」
「まぁな…。早めに行って、家の前で待ってたら、いいんだよ」
「そっか」

慶造は、時計を見て、計算をしていた。

「いつもより三十分早めに行くぞぉ」
「はぁ…」

なんだ、こりゃ。えらい張り切りようだなぁ〜。

という言葉をぐぅっと飲み込む修司と隆栄は、慶造の足の赴くまま付いていく。

そして、いつもの時間より三十分早めに、待ち合わせ場所へやって来る慶造達。しかし、そこには、すでに、ちさとの姿があった。慶造達に気が付き、照れたように目を反らしている。

「ほら、慶造」
「あ、あぁ」

一呼吸置いて、気合いを入れた慶造は、ちさとに歩み寄っていった。

「……その……ごめん…」

そう言って、慶造は猫柄の紙袋を差し出した。

「えっ?」
「ほら、その…前、欲しいって言ってただろ…その…。こんな形で
 渡すのは、嫌なんだけど、その…昨日のこと…。それで…その…。
 映画なんだけど、…アクションなんて、どうかなぁと思って…」
「慶造君」
「は、はい」

ちさとのハキハキとした呼び方に、思わずビシッとなってしまう慶造。

「ありがとう。これ、…開けていい?」
「う、うん」

ちさとは、紙袋の中から箱を取りだし、包装紙を丁寧に解いていく。そして、箱を開けた。

「かわいいっ!!」

ちさとの笑顔が輝く。
慶造の鼓動が高鳴る…。

「…慶造君」
「…はい」
「昨日は…ごめんなさい。…慶造君の立場を考えなかった…。解ってるんだけど、
 二人っきりが、いいと思ったの…。いつも…二人か、笹崎さんが側に居るから…」
「気になる?」
「うん」
「…あの二人も、笹崎さんも、俺の一部なんだ…。それに、俺…二人っきりって…
 その……」

慣れてないから…。

慶造は、思わず目を反らす。

「映画。何時待ち合わせ?」

ちさとは、その場の雰囲気を変えるように尋ねた。

「笹崎さん…一緒になるけど…」
「小島君と猪熊君は?」
「なし」
「いいの?」
「二人、忙しいってさ。笹崎さんが送ってくれるって。帰りも。だから、
 この場所に、朝九時…。早いかな…。朝一番の上映を見た方が、
 二人でゆっくりと過ごせるかと思って…」
「慶造君に任せていい?」
「あ、あぁ、任せて。…こういう時は、男の方がリードするもんだろ?」
「じゃぁ、連休の初日! 映画だから、雨でも大丈夫だよね」
「あぁ。…じゃぁ、これで」
「…ありがとう」

慶造は、ちさとの笑顔に見送られて、その場を後にした。


小島家に向かう。
慶造が、ホッとしたような表情をしていることに、隆栄は、嬉しそうだった。

「じゃぁ、俺はここで」

修司が言った。

「今日は、ありがとな」
「改めて言うなって、慶造の行くところ、俺が行く…当たり前だろ?」
「そうだったな。…連休初日、すまんな」
「いや、慶造…それは、俺の言葉だろが…。連休は、家族で…って。
 慶造の言葉、春ちゃんも喜んでるよ。本当に、いつもありがとな」
「当たり前のことだろう?」

慶造は、微笑んでいた。

「お陰で、父親に専念できるよ」
「無理すんなよ」
「それは、大丈夫だ」
「子育てだけでなく……な」

照れたように言う慶造。

「そういう慶造もだよぉ。ちさとちゃんに手ぇ出すなよ! 相手は、まだ、中学生」
「てめぇは、小学生だったろがっ!」

という言葉と同時に、慶造の回し蹴りが、修司の頭を通り過ぎる。

「すまん!!! じゃぁな! 小島、よろしく!」
「おう」

修司、そして、慶造と隆栄は、それぞれの家に向かって歩き出した。

「なぁ、阿山」
「ん?」
「当日、どうするんだ?」
「さぁな」
「キスくらい、するだろ?」
「わからん。…でも、今日、しそうだった…。ちさとちゃんの笑顔見て…」
「よぉ〜堪えたなぁ」
「ほっとけ」
「まぁ、確かに、ちさとちゃんの笑顔、輝くもんなぁ。それも、阿山の前だと
 一段と…なぁ。…ちさとちゃん、待ってるかもな」
「何を?」
「それ」
「…………」

隆栄は、思わず身構えたが、慶造は、何もせずに、歩いていた。肩すかしを食らった隆栄は、歩いていく慶造を追いかける。

ドカッ……。

慶造の肘鉄が、隆栄の腹部に突き刺さる音………。




そして、連休の初日。
いつもの待ち合わせの場所に、ちさとは待っていた。そこへ、笹崎運転の車が到着する。慶造が下り、ちさとを迎え入れた。

「おはようございます、笹崎さん。今日は宜しくお願いします」
「おはようございます、ちさとさん。では、出発します」

車は映画館へ向かって走り出した。


映画館前に到着した二人は、笹崎に待ち合わせの場所と時間を言って、入り口へ向かって歩き出す。二人の姿が見えなくなると同時に、笹崎は、周りに待機している笹崎組の組員十二名に指示を出す。組員達は、それぞれ、指定の位置に立ち、周りを警戒し始めた。映画館には、五名の組員が客を装って入っていった。笹崎は、車を動かし、駐車場へ停める。

映画館内。
指定席に座った二人は、先に購入したパンフレットを見ながら、楽しく話し込んでいた。そんな二人の後ろに、笹崎組の組員が座る。慶造は、全く気が付かず、ちさとと話し込んでいた。

誰も、付けませんので、気を付けて下さい。

この日の朝、小島家を出た時の笹崎の言葉だった。慶造は、信じていた。笹崎は、慶造に嘘を付かない。だけど、慶造は気が付いていなかった。危険度が高くなるほど、笹崎は、慶造に隠し事をしてしまうということを…。

慶造さん、申し訳御座いません…。

組員達の行動を見つめながら、笹崎は呟いていた。



「楽しかったぁ〜!! 痛くないアクションって、あるんだぁ」
「良かった。ちさとちゃんが気に入って。いろいろと悩んだよ」
「一体、どれだけ、しつこく尋ねたの? 映画館のおばちゃん、慶造君の
 顔を覚えてたし…」
「少しだけだったんだよ。なのに、おばちゃんの方が張り切って…」
「これから、どうするの?」
「ご飯…何がいい?」
「そうねぇ〜」

慶造とちさとは、レストランへと入っていった。そして、少し早めの昼食を取った後、近くのデパートへと足を向ける。本屋に、音楽ショップにと足を運び、そこで、色々と話しながら、時間を過ごしていった。
ふと目に入ったゲームセンター。

「入る?」

慶造が尋ねる。

「うん」

そして、二人は、色々なゲームを楽しんでいた。

二人の様子は、少し離れた場所に居る笹崎が見つめている。
普段、自分の前や、自宅の本部で見せる表情とは全く違い、十七歳の子供に見える。
笹崎は、なぜか、嬉しかった。潤む目で、慶造の行動を見逃さないようにしていた。



その日の夜。
ちさとは、慶造に自宅前まで送ってもらった。

「遅くなって、ごめん」
「いいの。楽しかったもん。明日は家に来てくれる?」
「家って、ここ…ちさとちゃんの家?」
「うん。今日のお礼を兼ねて、私の手料理…」
「そ、そんな…」

嬉しいながらも焦る慶造。

「慶造さん、明日は、こちらでよろしいですか?」
「あのね、笹崎さぁん」
「十二時。待ってるから」
「あの、ちさとちゃん?」
「笹崎さん、よろしく!」
「かしこまりました」
「って、なんで、笹崎さんが、返事するんだよぉ」
「では、失礼します」

笹崎は、アクセルを踏む。

「うわぁっ! 笹崎さん!! ちさとちゃん、またね!!」
「ありがとう!」

去っていく車を見送るちさとだった。


ちさとは、自分の部屋に入っていく。部屋着に着替えた後、机に向かう。そして、日記を取り出した。

『今日は、慶造君と映画を観に行った。慶造君が選んだ映画。
 とても、楽しかった。私が一番観たいと思った作品だったから、驚いた。
 慶造君、私のことをよく知ってるみたい。嬉しいな…。そして……』

ちさとの表情は、とても和らいでいた。
ふと目に飛び込んだオルゴール。それに手を伸ばし、フタを開けた。
かわいいメロディーが流れる中、ちさとは、踊る猫を見つめていた。そして、首に付けているネックレスを外し、そこに入れた。
ネックレス。それは、この日、慶造からもらった物。小さな猫が付いている。

慶造君、ありがとう。



小島家に到着した慶造は、緊張しっぱなしで、疲れたのか、着替えた途端、隆栄のベッドに寝ころんだ。

「って、阿山ぁ、俺のベッド……。ったく、疲れる程、はしゃいだのか?
 あぁぁっ!!! もしかして、もう……うぐっ……じょ、冗談やろが…」

拳を突き出したまま、眠りに就く慶造。もちろん、その拳は、隆栄の腹部に命中していた。

「お疲れさん」

まるで、女房のように優しく声を掛けて、慶造に布団を掛ける隆栄だった。

私の仕事…取らないでください…小島くん…。

隆栄の部屋の外で慶造の様子を伺っていた笹崎の心の声だった。



(2003.11.27 第一部 第十二話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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