任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第四話 笹崎の秘密を暴け?

この人も不思議なところがあった。俺以上に、慶造の事を考えていた。


慶造は、目を覚ます。

「………」

だるい…。そっか、俺…。

そっと目を瞑り、昨日の出来事を思い出す。
久々に父親と口論。それは、ほんの三日前に起こった出来事が原因だった。伊倉組の行動で、阿山組三代目が伊倉組との縁を切った。その時の三代目の行動。
鉄拳のプレゼントとケジメを付けさせた。
極道界では当たり前の行動だが、慶造には、それが許されないこと。

何もそこまで…。
組のことに口をはさむな。
私が納める事でしょう?
繋がりは組関係になる。

久しぶりに父親と激しく口論をした慶造。
目を開け、だるい体を無理に起こして制服に着替える。服を着るときに鏡に映る胸元の傷。重傷だったことは、解るが、何が原因なのか思い出せない。周りに心配を掛けたことも覚えている。この傷が治り、退院して長い間の自宅療養中に、修司と出逢った。
その日を思い出しながら、制服の上着のボタンを閉めた。そして、荷物を持って部屋を出て行く。

なんか、ふわふわしてるな…。

そう思いながらも、本部を出て行った。

本部の門近くでいつも待つ修司。この日も姿が無かった。

「もう二週間だぞ…。余程酷かったのかな…」

自分が向けた拳を後悔する慶造は、学校に向かって歩き出す。

「おっはよぉん。…今日も猪熊は休みか?」

いつもの如く、やって来た小島。小島の自宅は阿山組本部とは反対側、学校の向こうにある。一度、学校を通り過ぎているはずなのに、毎朝、このように慶造の通学路を歩いてやって来る。

「おはよ。門のところに居なかった」
「やっぱし、きつかったんだろうなぁ、阿山の拳。俺、解るよ………!」

慶造が睨み上げる。

「反省してるってか」
「まぁな」
「………」
「なんだ?」
「元気ないな…と思ってな。…何か遭ったのか?」
「親父と喧嘩」
「またかよぉ。いい加減にしろよぉ。阿山のことを心配しての事だろ?」
「……内容聞かなくても解るのか?」
「伊倉組のことだろ。桜井も来なくなったし。阿山組の手の届かないところに
 逃げたという話。…追いかけるのか?」
「いいや。捨て置く」
「あっそ。じゃぁ、その情報は処分しとくよ」
「ありがとな」
「朝飯前だよぉん」
「ったく」

微笑む慶造だった。
いつの間にか、小島の情報を頼りにしてる慶造がここに居た。



笹崎が本部の廊下を走っていた。行き先は、慶造の部屋。

「失礼します。……遅かったか…」

笹崎は、慶造の姿が既に無かったことを悔やみながら、側にいる組員に尋ねた。

「様子はどうだった?」
「いつもと変わりありませんでした」
「…聞く相手を間違えた。ありがとう」

慶造は、常に組員達の前では平静を装う。

「昨日、組長と口論したと耳にしたんだけど…大丈夫だろうか…」

心配顔で、本部内を歩き回る笹崎。

『笹崎、まだか。行くぞ』

玄関先で三代目が呼んでいた。

「すぐ参ります!!」

仕方がない…。

笹崎は、玄関に向かって小走りになる。



慶造達が通う学校。
慶造達のクラスは、体育館での体育の授業中。バスケットボールを持って、シュートの練習。

「小島、真面目にやれ!」

体育教師が怒鳴る。

「やってますって」

まるで曲芸のようにボールを放り投げる小島。続いて、慶造がシュートする。
外れた。

「珍しいな、阿山が外すなんてよぉ」
「ほっとけ」

慶造は、小島に冷たく言って、ボールを拾いに行く。


保健室。
成川は、電話の呼び出しに応対する。

「成川です。…はい。…お電話代わりました。…珍しいですね、電話を
 下さるなんて。一体………。そうですか。解りました。すぐに向かいます。
 解ってます。ご心配なく」

ハキハキと言って、受話器を置いた成川は、保健室を出て行った。向かった先は、体育館。ドアを開けると、誰もが振り返る。体育教師が近寄ってきた。

「成川先生、何のご用ですか?」
「ちょっとね。かってさせてもらいますよ」

成川は、ずかずかと体育館を歩いていき、慶造の前にやって来た。ボールを投げようとしていた慶造の手を掴み、抱き上げる。

「…成川先生??」
「笹崎さんから連絡ありましたよ」

慶造の額に手を当てる成川。少し怒った表情をして、慶造に言った。

「ほら、熱。いつもは猪熊君が気づくから、大事には至らないだろうけど、
 今は無理だろ? 自分の体調管理は、ちゃんとしないと」
「あの、これくらいなら、大丈夫ですよ。降ろしてください」
「駄目です。すぐに保健室で休んでください」
「あの、成川先生ぃ〜〜っ!!」

慶造の声が体育館から遠ざかっていった。

「久しぶりに見た…」

小学校の頃から慶造と同じクラスに居る上原が言った。

「あん? 久しぶり?? …成川って、こっち系か?」
「違うって。昔、阿山が転入してきた頃に、あぁやって成川先生が
 阿山を抱きかかえて連れ去っていく。その時は、必ず阿山の体調が
 悪いんだよなぁ。…今日も、不調っぽかったしさぁ」
「まぁな。…気になってたけど、阿山って、自分のこと言われるのを
 嫌がるからさぁ。あまり強く言わなかったんだけど。…で、なんで?」
「強引にならないと、阿山が言うこと聞かないからって、ほら、笹崎さんって
 お付きの人がいたでしょ、あの人が成川先生に頼むんだよ」
「ふ〜ん。笹崎さんって、阿山の体調…すぐに解るんかなぁ。今は、
 離れてるのになぁ」
「虫の知らせってやつだろな」
「…俺、心配だから、行ってこようっと。…先生、俺も保健室」
「って、こら、小島ぁっ!! お前は元気だろがっ!」
「うっ…頭が…。………っつーことで」

軽く舌を出しながら体育館を出て行く小島だった。



慶造は、保健室の奥にある特別室のベッドに寝かしつけられた。

「一時頃、笹崎さんがお迎えに来ると言ってましたから、それまで
 ゆっくり寝てください」
「いいよ。…笹崎さんが…」
「気になさらないように」
「…すみません…」

素直に布団に潜る慶造。

「それで、三代目と何が遭ったんですか? …先日の…桜井君の件?」
「はい。…俺の嫌いな…終わり方をしたので…それで…。解ってますよ。
 それが極道界…親父の生きている世界では当たり前の事だって。
 でも、それは…相手に悪いよ。いくら、迷惑を掛けたからといって…」
「…いつまでも変わりませんね。慶造さんの優しさは」

成川は、ベッドに腰を掛け、慶造の頭を撫でていた。

「そうやって、子供扱いする…。俺は、もう高校生ですよ。十六歳!」
「う〜ん…親父の気持ちが、最近解ってきた…。幼い頃から見てるから、
 つい、思わず…だなぁ」
「成川先生ぃ〜」

成川が慶造に顔を近づけていた。そこへ、小島がやって来る。

「阿山ぁ…………………………。またな」
「って、小島、待てぃ!!!」

枕が宙を舞っていた。


「ほぉ、知らなかったなぁ。そういや、成川先生の旧姓って…」

小島が、頭に入っている情報をめくっている…。

「あまり、言うな」

慶造が言った。

「私は、気にしてませんよ。本当のことですから」
「……いや、その…思い出すから…」
「すみません…。では、阿山君、寝ておくこと。小島君は邪魔しないように」
「無理でぇす」

成川は部屋を出て行った。
小島は、座り直す。

「無理しないで、俺に言ってくれよ。猪熊の代わりに…ならないか?」

いつになく、真剣な表情で小島が言った。

「……小島は、俺の何だよ。…友人だろ?」
「友人は、友人の体調も気にするもんだぜ。そして、甘えてもいいもの」
「……考えると…俺、修司と知り合ってから、なんでも修司に任せていて、
 頼っていたんだよ。…修司と離れて二週間。なんか、気が抜けているよ」
「それは、猪熊もだろうなぁ。連絡取ったのか?」
「いいや」
「…ったく…」

呆れたように項垂れる小島だった。




猪熊家。
修司は、自分の部屋のベッドで横たわっていた。実は、慶造に頂いた拳の影響で、一週間で治ると思った怪我は、未だに治っていなかったのだった。
一週間の休みをもらったからといって意気込んで、体を動かしたのが原因だった。

「修ちゃぁん」

春子が部屋に入ってきた。

「あん? どうした?」
「心配になったから」

うるうるした目で修司を見る春子。その目に、修司は、顔が弛む。

「大丈夫だって」
「でもぉ」
「大事を取ってるだけだから。…でも、明日くらいは顔を出さないと、
 慶造の奴、何やらかすか、解らないからな。…お袋は?」
「買い物に出掛けた。一緒に行くと言ったのに、修ちゃんを…って」
「ふ〜ん。なぁ、なぁ、春ちゃん」

修司が手招きする。

「何?」

嬉しそうな表情で、修司に近づく春子は、修司の腕に包み込まれた。

「なぁ、側に居てくれよぉ。寂しい」
「またぁ? ったくぅ…甘えんぼ」
「いいだろぉ。寂しいんだからぁ」
「じゃぁ、隣に寝ころぶっ!」

と言って、春子は、修司の隣に寝ころんだ。二人は、寄り添っていた。修司の手は、目立ち始めた春子の腹部に伸びる。

「どう?」
「順調だって。ねぇ、名前考えないとぉ」
「まだ早いだろ? それに、男か女か解らないし」
「…それもそっか。でも、いくつか候補ぉ」
「解ったよぉ。慶造に頼んでおく」
「なんで、慶造君なの?」
「なんとなく」
「あのねぇ……」

ちょっぴり焼き餅をやく春子だった。
そして、二人は、柔らかい寝顔で眠りに就いていた……。




午後一時。
高校の門を高級車がくぐっていく。その高級車から降りてきたのは、笹崎だった。受付で会釈をして、保健室へ向かう。ノックをして、ドアを開けた。

「時間通りですね」
「そういう男だ。…慶造さんは?」
「小島君と奥で眠ってる」
「なんで、小島君も?」
「ここんとこ寝てないみたいですよ」
「小島君も何かと調べてるからなぁ」

笹崎は、奥の部屋のドアをそっと開ける。ベッドには、慶造が、無邪気な顔で眠り、慶造を守るような雰囲気で、ベッドに俯せになって寝息を立てている小島の姿があった。優しい眼差しで二人を見つめた笹崎は、静かにドアを閉めた。

「もう少し、いいか?」
「こちらは、いつまでも大丈夫ですよ」
「そうか……ありがとう」

成川は、笹崎にコーヒーを差し出した。

「調子はどうだ?」
「変わりありませんよ。あなたこそ…変わりましたね」
「変わってないよ」
「慶造さん…気になさってますよ」
「伊倉組のことか…。仕方ないだろ。組長の意志…そして、極道だからな」
「あなたには、許してもらえなかったのに?」
「…そうだな。…慶造さんのお陰だよ」

コーヒーに口を付ける笹崎。

「そうですね」

成川は、笹崎の手の指を見つめていた。
両手合わせて十本。当たり前の形…。

「…元気か?」
「元気ですよ。…連絡くらい、入れてくださいね。待ってるみたいですから」
「いいんだよ、このままで。お前が居るからさ」
「寂しいですよ」

沈黙が続く保健室。校庭のざわめきが、聞こえていた。


別室で眠っているはずの二人。

「…なぁ、阿山」
「ん?」
「いつ、出る?」
「もう少し。…滅多に逢わないからさ…二人は」
「あまり詳しく知らないけど…。そういうものなのか?」
「そういうものだろ。…それに、笹崎さんの意志だから。俺が一番関わってる…」
「何に?」
「いいや、何も。…もう少し眠るよ」
「解った」

慶造は、深い眠りに就いた。


夢を見た。
目の前に噴水。手を伸ばした。その手が真っ赤に染まる。何かを楽しむかのような表情で見下ろす男。その目は狂気に満ちていた。
声を出そうにも、出ない。
足掻く…。
手を差し伸べた……!!!!


「慶造さん!!!」
「……笹崎さん……」
「良かった…目を覚まして…」

目に飛び込んだのは、安堵のため息を付く笹崎の顔。そこが、自分の部屋だと気が付いた。そして、汗だくになっていることも…。窓の外を見ると、日はとっくに暮れていた。

「夜の十時です。解熱剤が効いたようで、今まで熟睡されてましたよ」

笹崎は、慶造の服を脱がし、体の汗を拭きながら、話しかける。

「大事を取って、明日は休むように。担任にも伝えてますから」
「ご心配をお掛けします」
「そうですよ。ったくぅ」

慶造の頭をむちゃくちゃ撫でる笹崎。慶造は、自分を責めるような雰囲気で目を伏せていた。

「激しく言い合った後は、必ず体調を崩すんですからね。忘れないように」
「反省してます」
「それでなくても、ここ数週間、高校生になってから、落ち着けないんですから。
 聞いてますよ。喧嘩をふっかけてくるとか…」
「修司から?」
「達也から」
「成川先生は、何でもお見通しですから。毎日ですか? 連絡…」
「いいえ。今日初めてお聞きしました」
「ゆっくり話せた?」
「はい。一時間ほど」
「それで、良かったの?」
「過去のことですから」
「…ごめんなさい…」
「慶造さん……。…朝までお休みください」
「側に居て欲しい。…夢…見たから」
「高校生にもなって、側に…ですか?」

優しくからかう笹崎。しかし、この時の慶造は、本当に不安だったのか、笹崎に何も言わずに、力強く手を握りしめていた。

「解りました」
「修司から…連絡あった?」
「明日からとのことですが、慶造さんの体調のことお伝えしましたよ。
 明日は、こちらに来るそうです」
「俺のことは気にするなって…」
「無理ですよ。修司君は、慶造さんをお守りする立場ですよ。それが、
 生き甲斐だそうです。…でも、今は、友人として側に居ることが
 嬉しいそうです」
「嬉しい?」
「えぇ。慶造さんの優しさを感じてるんでしょうね」

笹崎の優しい微笑みで、慶造の心に引っかかっていたものが、溶けていくのが解った。慶造の表情も和らいでいた。

「…俺も…嬉しいよ。……修司が…居るから…俺……」

生きてられる…。

深い眠りに就いた慶造。そっと頭を撫で、慶造の手を布団の中に入れる笹崎は、呟いた。

「どんな四代目になるのか…楽しみです。慶造さん」




次の日。
修司が、慶造の部屋へやって来た。なぜか、春子も一緒だった。

「……って、あのなぁ」

やっぱり、冷たく突き放す言い方をする慶造に、修司も春子も苦笑い。

「あれ? 笹崎さん…」

慶造の部屋のソファに笹崎が横たわって眠っていた。

「夜通し起きてたみたいで…。さっき眠ったとこなんだ。起こすなよ」
「そうだな」

慶造は、体を起こす。もちろん、手を貸すのは修司だった。

「熱は下がったのか?」

心配そうに慶造の額に手を当てる修司。

「下がったと思うけど…。…で、修司まで、休むつもりか?」
「小島も来ると思うよ。確か、美穂ちゃんの学校が休みって」
「………なんで、平日に?」
「さぁ。創立記念日じゃないんかな」
「ふ〜ん」

修司は、慶造の部屋にある冷蔵庫を開け、飲物を用意する。その気配で笹崎が目を覚ました。

「修司さん、私が」
「笹崎さんは、寝ててください。夜通し起きていたとお聞きしましたよ」
「大丈夫なんですけどね…。お言葉に甘えますか」

にっこり笑って座り直す笹崎。

「春子ちゃん、調子はどうですか?」
「順調だもぉん」
「楽しみに待ってますよ! 子供は、かわいいですからね。いくつになっても」
「笹崎さん、お子さんおられるんですか?」

事情を知らない春子は、無邪気に尋ねていた。
慶造と修司は、硬直する。

「大きな子供ですけどね。春子ちゃんもご存じですよ」
「…?? 解らないよぉ」
「学校で何度か逢っているはずですよ」

春子は、深く考え始めてしまう。一生懸命思い出そうとしている様子。

「大丈夫なのか?」

修司は、慶造に飲物を出しながら、そっと尋ねる。

「大丈夫だよ。ありがと」

慶造は、一口飲んだ途端、眉間にしわを寄せた。

「……修司、追い返せ」
「じゃぁ、美穂ちゃんだけ残ってもらおう」

廊下に人の気配を感じ、慶造と修司は、ため息を付く。

「やっほぉ、阿山、元気ぃ!?」

ドアを開けると同時に叫ぶ小島。その小島の頭を思いっきり叩くのは、小島の彼女・美穂だった。

「隆(りゅう)ちゃん!! あれ程言ったでしょぉ! 慶造君は病人だから、静かにしろって」
「さっき、元気って聞いたから、いいと思ったんだって」
「少しは、落ち着きなさいっ!!」

勢いのある美穂。流石の小島も美穂の前では、借りてきたネコのように大人しかった。

「相変わらずですね、美穂さん」
「慶造君も! 春ちゃぁん!! 順調そうだね!」
「うんうん! 美穂ちゃんも!」
「…って、お前ら、逢わなくなって、そんなに経ってないだろが」

小島が言った。

「そうだけど、毎日逢ってたから、気になるじゃないぃ。隆ちゃんとは
 ほとんど毎日逢ってるから、暫く逢わないでおこうか?」

意地悪っぽく言う美穂。それには、小島も参った様子。

「らぶらぶ…」

呟く慶造に、笹崎は微笑んでいた。

「何か用意致します。…慶造さんは未だ、起きては駄目ですよ」

笹崎は、強く言ってから慶造の部屋を出て行った。

「大丈夫なのになぁ」
「笹崎さんの子供って、慶造くん?」

すっとぼけた春子の言葉に、誰もがずっこけた。

「春ちゃん、座布団一枚」

小島が言う。

ったく…。

呆れながらも嬉しそうに修司や小島達を見つめる慶造だった。


笹崎が厨房で何かを作っている時だった。三代目が顔を出した。

「おい、笹崎。慶造は?」
「かなり良くなっております。先ほど修司くんや小島君が遊びに来ましたよ」
「小島には逢った。彼女連れて来てたなぁ。…で、あいつら、休みか?」
「さぁ、それは」
「何作ってる?」
「何かお腹を満たす物を…と思いまして…」
「俺の分もな」

三代目の言葉に、ずっこける笹崎だった。

「冗談だって。出掛けるぞ。夕方には帰ってくるから。お前は慶造を頼む」
「かしこまりました」
「……笹崎こそ、体調は良いのか?」

どうやら、伊倉組との一件で笹崎は、怪我をしたらしい。

「これくらいは、あの時に比べると、序の口です」
「もう、無茶するなよ。慶造が哀しむからな。二度と、あいつのあれは、ごめんだ」
「そうですね。…ありがとうございます。猪熊さんとご一緒ですか?」
「あぁ」
「お気を付けて」

三代目は、軽く手を挙げて去っていった。
笹崎は、フライパンを片手に炒め物を作り始める。

「いてっ……」

怪我をした場所は、右腕。慶造が心配するので、平気な顔をしていたが、高校の保健室の成川だけは、気が付いていた。痛む場所に、そっと目をやる笹崎。温かい目になっていた。

いつの間にか、成長しやがって…。

再びフライパンを扱う笹崎だった。



慶造の部屋にあるテーブルの上に料理が並ぶ。笹崎と修司が用意をしていた。

「私は、隣に居ますので、何か御座いましたら、お呼び下さい」
「一緒に…」
「私が居ますと、慶造さんが緊張しますからね」

春子に、そっと告げて、笹崎は部屋を出て行った。

「笹崎さん凝ってるなぁ。軽く作ると言ってたのに、これじゃぁ、夕方まで
 楽しめるってこった」

一番に手を付けたのは、小島だった。

「阿山、来いよ。…それとも、そっちで食べるか?」
「そこに行くよ」

慶造がテーブルに着き、そして、五人は食べ始めた。

「いただきます」


隣の部屋で寝ころぶ笹崎は、慶造の部屋から聞こえてくる楽しい会話に耳を傾けている。
小島と美穂は、まるで漫才をしているように話している。そのたびに、慶造の呆れた声と笑い声が聞こえてくる。修司と春子もラブラブな会話。聞いている方が照れてしまう。

慶造さんには、良い相手…居ないのかな…。

ふと思った笹崎。しかし、常に周りを警戒し、話しかけてくる女生徒には優しく応えるものの、あまり近づかないという話し。未だ、興味が無いのか、側に居る修司の手が早かったのが、気にくわないのか…。以前、少し尋ねたことがある。

面倒くさい。

そう応えていた。

面倒くさいわりには、周りの事ばかり考えますよね…慶造さんは。

隣の部屋の話題は、どうやら、慶造の女性関係の話になった様子。


「で、阿山は、居ないわけだ」
「面倒くさいって言っただろぉ」
「とか言ってさぁ、本当は、選べないだけだろ?」
「……キュンとしないから」

キュン???????

一同、慶造の言葉に固まる……。

「阿山って…じじくさいな…」
「…じじくさい?」

小島の言葉に疑問を持つ慶造。

「なんか、こう、若さを感じないというか…。う〜ん」
「慶造は、落ち着いてるだけだよ」

修司が、食べ終わった食器を重ねながら応えた。

「そうだって。隆ちゃんだけだよ。チャラチャラしてるのはぁ」
「チャラチャラしてないって」
「ヘラヘラ?」
「ダラダラの間違いだよ」

慶造が呟くように言った。

「なぁ、俺、前から思ってたけど、阿山って俺に対してきついよな」
「そうか?」

デザートに手を伸ばしながら言った。食べ終わった頃、修司は再び片づけ始めた。慶造が手を出す。

「俺が持っていくよ」

と言って、食器類をお盆に乗せて部屋を出て行く慶造。その仕草は、流れるように素早かった。それも、修司が言葉を発する機会もなく…。

「……慶造! お前は病み上がりだろがぁ!!」

修司が慌てて追いかけていく。廊下に出ると慶造の行動に気が付いた笹崎が部屋から顔を出した所に出くわした。

「私が」
「いいって」
「だから、慶造、病み上がりだろぉ」

もみ合っているうちに食器類が床に落ちてしまう。

ガッチャーーン…………。

物音に敏感なのは、慶造達だけでなく、若い衆達もそうだった。物音に驚いて駆けつけてくる。

「どうされました!!!」
「あっ、いや…何もないから」

慶造が、そっと伝える。しかし、若い衆達は、足下の割れた食器にいち早く対応する。素早く体勢に入り、片づけはじめた。

「ごめん…」

床に目をやると、なにやら赤い物がポタポタと…。それを伝って目をやると、笹崎の右手の甲に血が流れていた。

「笹崎さん、怪我…。切りましたか?」
「いいや、…これは…」

慌てたように隠す笹崎に、不審を抱く慶造。

「慶造は、じっとしてろって」
「……すまん……」

修司は、慶造を素早く部屋へ押し戻す。ドアを閉め、笹崎を隣の部屋に押し込んだ。

「あとは、よろしくおねがいします」
「はっ」

片づけている若い衆に声を掛けて、笹崎を押し込んだ部屋に、修司は入っていった。

「病院へは行かなかったんですか?」

笹崎の怪我を知っている修司は、救急箱を手にし、笹崎のシャツを脱がせる。

「慶造さんには…」
「言いません。……深いですよ。やはり縫合してもらったほうが…」
「セットはあるんですが…」

修司は、何を思ったのか、部屋を出て行った。笹崎は、自分で消毒をしようと薬に手を伸ばした。その時、ドアが開き、修司と美穂が入ってきた。

「まだ、見習いなんだけど……」

そう言いながら、美穂は笹崎の傷を診る。

「テーピングで何とかなると思うよ」
「よろしく」

美穂は、素早く手当てを始めた。
慣れた手つきに、笹崎と修司は、驚いていた。

「良い医者になりそうだね」

笹崎が、そっと言った。

「夢だもん」

美穂の夢。それは、何でもこなせる医者になること。

「はい、終わりました」

腕を動かしてみると、傷の痛みもなく、いつも通りに動かせる。笹崎は、感心していた。

「すごいなぁ。達也もこれくらいになって欲しいよ」
「達也って、成川先生のこと?」
「ご存じだったんですか?」
「だって、笹崎さんを初めて見たとき、どこかで逢った気がしたんだもん。
 保健室で成川先生に会って、解った。でもね、初めは似た人だと思った。
 今通ってる医学校、成川先生が薦めてくださったところなの。成川先生も
 その学校出身って言ったのに、名簿の名前…笹崎達也だったの。
 それで、気が付いた」
「そうですか…。私は、慶造さんから聞いたのかと思いました」
「慶造は、何も言いませんよ。笹崎さん、ご存じでしょう?」
「何でも内に秘めてしまいますから…。私の教育が悪かったんでしょうか…」
「人を傷つけたくないだけですよ」
「そうですね。…慶造さん、本当に優しいんですから。…達也も言っていた。
 あの事件の後…私たち夫婦は、ぎくしゃくしてました。あいつは、俺に対して
 怒っていたそうです。慶造さんを守れず…あのような事態に…」
「笹崎さん」

修司が笹崎の言葉を遮るように呼んだ。笹崎は修司に振り返る。

「その話は、もう…」
「そうですね。慶造さんの記憶にないこと…いつまでも引きずっていては
 慶造さんに悪いですからね」
「笹崎さん。また、教えてくださいね」

修司は、剣道の素振りをしてアピールした。

「いつでも、どうぞ」

ほんわかな雰囲気に、誰もが微笑ましくなった時だった。
笹崎の表情が、やくざに変わる…。修司も何かに集中する。

「……大勢ですね」
「そうですね。……組長、不在ですよ!」

笹崎が立ち上がり、部屋を出て行った。廊下の向こうが騒がしかった。

「何が遭った?」
「殴り込みです。玄関で停めましたが…」
「どこの組だ?」
「伊倉の残党です」
「……ったくっ!」

笹崎と組員の会話を聞いていた修司は、美穂に声を掛ける。

「慶造の部屋で。慶造を出すなと小島に言ってくれよ」
「解った」

修司は、笹崎の後を追っていく。
美穂は、慶造の部屋のドアノブに手を掛けたが…。鍵が掛かっていた。

「…隆ちゃん…」

ドアの向こうに感じる小島の気配。鍵が開き、ドアが開いた。素早く部屋に入っていく美穂。修司の言葉で、部屋での出来事を予想できた美穂は、小島と同じようにドアの前に立った。

「どけよ、小島」
「阿山が行っても、無駄だ。それに危険だろがっ!」
「親父は出掛けたんだろ? 屋敷のオーラで解る。…親父が不在の時は、
 俺がここを守らないと…」
「それは、四代目を継ぐという意志の下か? それなら、ここをどくけど…。
 だけど、今日は駄目ぇ」
「小島ぁ〜」
「慶造くん、病み上がりでしょぉ。絶対に、出さないからね!」

美穂と春子が声を揃えて言う。

「修ちゃんが、向かったから、私を守ってくれる人居ないじゃないぃ。
 小島くんは、頼りにならないからぁ」
「春ちゃん、ひどぉ〜」
「慶造君が頼りなの!!」

春子の言葉に慶造は、硬直……。

作戦勝ちっ!

小島と美穂、そして、春子が顔を合わせて目配せしていた。


その頃、本部の門から玄関に通じる場所には、伊倉組の元組員達が銃を片手に押し込んでいた。玄関先で足止めを喰っている男達。そこへ、笹崎と修司がやって来た。

「なんのようじゃ」

笹崎がドスの利いた声で一喝する。それには、周りの組員も驚いてしまう程。普段は、虫も殺さないような表情をし、三代目の側でも同じような雰囲気で立っている笹崎。こういうときは、笹崎組組長という雰囲気を醸し出す。
泣く子も黙る笹崎組。
そう言われていたのは、阿山組の杯を受ける前のこと。笹崎組の先代が、阿山組二代目と杯を交わし、暴れ回っていた。跡目を継いだ現組長の笹崎は、三代目を支える事を選んだ男。殺生を拒む男だった。
しかし、一度火がつくと消えない……。

「三代目の命をもらいに来た。そして…阿山組皆殺しだっ!」

そう言って、残党達は、銃を向けた。
それに恐れる笹崎ではない。阿山組組員達は、戦闘態勢に入っていた。

「おい、門閉めろ。ここから、誰も出すなよ」
「御意」

笹崎の言葉で、門番が素早く門を閉めた。

「おい、てめぇら、ここに来たからには、それなりの覚悟…あるんだろうなぁ」

笹崎の不気味な笑みに、残党達は、息をのむ。
何を出すのか…。

「こいつらは、私だけで充分ですよ。だから、修司さんは、ここで」
「……十一名を一人でって…笹崎さん、それは…」
「あの日は、もっと多かったですよ」

そう言うと同時に笹崎は、腰の辺りから日本刀を取り出した。

「………って、どうやって隠してるんですかっ!!」
「企業秘密」

静かに言う笹崎。修司が、目をやった時には、笹崎は玄関近くに立っている残党を斬りつけていた。そのまま、敵には刃向かう余裕も与えず、日本刀を振り回す笹崎。
華麗に舞う姿…。
誰もが見とれていた。だが、辺りは真っ赤に染まらず…。すべて峰打ちだった。
銃が地面に落ち、残党達は、その場に座り込んでいた。そして、先頭に立っていた男の胸ぐらを掴み挙げ、耳元で呟いた。

『…本部じゃなかったら、てめぇら皆殺しだ…』

地を這うような声に、男は震え上がる。そして、脳裏に過ぎる、あの事件…。
伊倉組の者達は、遠巻きにしか目にしていなかったが、あの日の、あの笹崎の姿…。

「とっとと散れ!」

冷たく言い放ち、男から手を離す笹崎。その雰囲気に、残党達は恐れおののき、銃を置いたまま、門へと走り出す。しかし、門は閉まっている。

「あ、開けろっ!!」

自分たちで開けて、慌てて出て行った。
車が去っていくのを耳にした笹崎は、日本刀を鞘に収めた。

「だから、どうやって…?」
「企業秘密だと言いましたよ?」

先ほどの雰囲気とは、うってかわって、優しい雰囲気で話していた。


組員達に指示を出す笹崎を見ながら、修司は、慶造の部屋へと歩き出す。ドアを開けると、慶造が仁王立ちしていた。

「猪熊ぁ」

慶造が、『猪熊』と呼ぶときは決まっている。主としての威厳が表に出ている時だ。

「笹崎さんが応対してました」
「無事だよな?」
「はい」
「お前は怪我してないよな」
「笹崎さんがお一人で……!!!!」

修司は、驚いた。慶造が、感極まって、涙を流していた。そして、修司を抱きしめていた。

「慶造?」
「…無茶…しないでくれよ…お願いだから」

慶造の肩越しに見える光景。そこには、小島と美穂、そして春子が座っていた。春子の表情を見て、自分が居ない間に何を話していたのか悟る修司は、優しく笑いながら言った。

「馬鹿だなぁ。俺が死ぬとでも思ったのか? 慶造、熱ぶり返してるだろ?」
「……うるさいっ」

慶造の声は震えていた。


三十八度五分。
夕方、慶造の熱を測った結果だった。
やはりぶり返していた。笹崎が、慶造を寝かしつけ、部屋の片づけを始めた。小島と美穂、修司と春子は、それぞれ、仲良く揃って帰っていた。

「笹崎さん……」
「はい」
「もう…無茶しないでね…。私は…助けること出来ないから…」
「慶造さん? …寝言ですか……ったく」

いつまでも優しいんですから。
私は、突き放されても良い立場なのに…。

その日も夜通し看病していた笹崎。
次の日、元気な姿で登校する慶造を見て、心を和ませていた。



(2003.10.21 第一部 第四話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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