任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第九話 ケジメですから。

嫌いなものは、もう一つあった。それは、その世界の掟の一つ…。


慶造が、目を覚ます。

「病院…」

そう呟いた途端、腕に付けられている点滴に手を伸ばす。その手を掴まれた。

「修司…。頬…大丈夫か?」
「はぁ〜〜〜……あのなぁ」

呆れたように言う修司。慶造は、再び点滴に手を伸ばすが、阻止される。

「三日は、安静や。慶造ぅ、お前は撃たれて、腹部を殴られた時に
 その傷が、更に悪化したんだぞ。内臓も危なかったそうだ。だから、
 これを抜こうとするな。そして、ここで三日は安静しろ、俺が付いてるから」
「…家に帰る…」
「駄目だ」

慶造と修司は睨み合っていた。慶造は、点滴を引っこ抜いて、帰ろうとしている。それを止めようと修司は、慶造の両手を押さえ込んでいる。睨み合いは、どちらも退く気配を見せていない。
お互い、声を張り上げようとした時だった。
病室のドアがノックされる。

「はい」

ドアの側に立っていた小島が応える。

『沢村です』

その声に反応するように、慶造は、ベッドに寝ころぶ体勢を整え、修司は、慶造から手を離した。

「どうぞ」

ドアが開き、ちさとが入ってきた。慶造の顔を見た途端、安心したのか、急に涙を流して、震える声で言った。

「良かった…おじさんが、怪我が悪化したとおっしゃったから…その…すごく
 心配で、ここに来て、慶造くんの顔を見るまで…気が気でなかったの…」

ドアの所に立ちつくしたままのちさとの肩をそっと押す小島。ちさとは、その弾みで、慶造の側まで歩み寄った。先ほどまで、修司に掴まれていた慶造の手を両手に優しく包み込むちさと。

「親父が、何を?」
「その…事件のことで…。組の者が迷惑を掛けたとおっしゃって、
 頭を下げてらっしゃった」
「当然の事だよ」
「それでね、私に、慶造君のことを頼むって、おっしゃったの」

慶造の顔が真っ赤になる。

「慶造君?」
「あっ、その……」

焦る慶造を見て、修司と小島が笑いを堪えている…。慶造の鋭い目が、二人に突き刺さった。

「ちさとちゃんが、気にすることないよ。それに、撃たれたのは、俺の失態。
 銃に気が付いたのが遅れただけ。もし、遅れなかったら、撃たれてないよ。
 ちさとちゃんと一緒に居るから、油断してたんだろうな。…今度からは、
 気を付けるよ。これ以上、ちさとちゃんを怖い目に遭わせたくないからね」

さらりと言い放つ慶造。その目には揺るぎがない。

「来てくれてありがとう。その…おじさんとおばさん…怒ってない?」

慶造の心配は別の所にあるようで…。

「慶造君のお父さんの事を誉めてた」
「誉めた?」
「流石、頂点に立つ男だって。まるで、阿山組の初代組長を見ているようだ…って…。
 見たこともないのにね」
「まぁ、噂だけは聞いてるだろうね。初代の力があったからこそ、今の
 阿山組があるんだからさ。修司、その時だっけ? 猪熊家との話」
「それよりも昔だって。…慶造、少し眠れよ。傷も治らないだろが」
「うるさいなぁ」
「慶造君、私、暫く、ここに居るから」
「居るって、…もう夜だよ。家に帰らないと…って、ここまでどうやって来たの?」
「おじさんに送ってもらったの」
「俺の親父?」
「そう。おじさん、先生の所に行くと言ってたよ。慶造君のカルテを見るって」
「…修司…頼んでいいか?」
「あぁ。目を覚ましたこと、伝えてくるよ」

修司は、病室を出て行った。

「じゃぁ、俺は、廊下に居るよぉ〜」

と気を利かせて小島も病室を出て行く。

「って、小島ぁ…ったく…二人っきりって…」
「そうだよね…」

慶造とちさとは、思わず目が合って、そして、慌てて反らしていた。

「本当に、いいのに、ちさとちゃん」
「父と母にも言ってるから。ちゃんと側に付いておくようにと強く言われちゃった」
「……なんで?」
「それが、当たり前じゃない。…だって、私を守ってくれたでしょ? 治るまで
 側に居るから…」
「……治った」

思わず口にする慶造だった。

「そんなに…私が側にいるの…嫌い?」
「あっ、その、そ、そうじゃなくて…その…なんだな………。……。
 寝ようっと」
「け、け、慶造君?!??」

慶造の突然の行動に驚くちさと。照れ隠しに、そう言ったと思ったが、慶造は、本当に眠たかったようで、すぐに寝息を立ててしまった。
ちさとは、優しく微笑み、慶造の頬に、そっと唇を寄せた。そして、慶造の手をそっと握りしめ、祈るような感じで額に手を当て、呟いた。

「ありがとう…慶造君。…私の為に……嬉しかった」

うっすらと涙が浮かんでいた。



修司が、主治医の事務室前にやって来る。ちょうどドアが開き、三代目が出てきた。

「先生、頼みますよ」
『戻らないことを祈るのみですね。』
「それは、先生の力量ですよ。では」

振り返った途端、修司に気づく。

「慶造さん、目を覚ましました」
「そうか。ちさとちゃんと話し込んでるのか? 今夜は、ずっと付き添ってくれるそうだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。…修司、頬は大丈夫か?」
「はい。ご心配をお掛け致しました。三日は安静させるようにと
 言われましたので、私もこちらに」
「学校は?」
「一週間休んでも大丈夫です」
「小島も一緒か?」
「はい。慶造さんに近づく理由も聞いております」
「不思議なオーラに惹かれたか?」
「は、はい」

修司の言葉に、三代目は、フッと笑った。

「外にも待機させておく。慶造が抜け出さないように気を配れよ」
「はっ。お気を付けて」

修司は、深々と頭を下げ、三代目を見送り、そして、慶造の病室へと戻ってきた。

「小島、後は、俺が」
「いいよ。俺も付き添ってやるって」
「ちさとちゃん、中?」

そう言って、ドアノブに手を掛ける修司を羽交い締めする小島。

「って、あのなぁ」
「二人っきりなんだから」
「そっか」

修司は、ドアノブから手を離す。すると、ドアが開いた。

「入って来てよぉ」
「でもさぁ」
「…照れるから…」

ちさとは、本当に照れていた。


日付が変わる頃。
慶造の病室では、修司、小島、そして、ちさとが、病室の隅にあるソファに腰を掛けて、静かに話し込んでいた。

「慶造君の事…おじさんに少し聞いたの。…胸の傷と慶造君の母のこと」
「小島も知らないよな」
「あぁ」
「慶造、一度命を落としかけたんだよ。いいや、心臓が停まったと言ってもいい。
 敵対する組に幼稚園の帰りに拉致されて、心臓を突き刺された。その時、
 慶造のお袋さんが、輸血したんだよ。それが元で、お袋さん、体が弱って
 衰弱死したそうだ。…俺が、慶造に付くようになったのは、その後。
 八歳の時だよ。それまで、いつも、体を鍛えていた。それは、何故なのか、
 親父に言われた」

お前は、阿山家の長男である慶造を守る為に生まれた。

「…そんなこと言われても、ピンとこなかったよ」

猪熊は、ちらりと慶造に目をやった。

「俺が幼い頃から、格闘技を教え込まれたのは、そういう事だったんだと
 思ったのは、俺の親父が、組長を守って命を落とし掛けた時だった。
 自分も慶造に対して、こうであるべきだと。…そのことを慶造に話した。
 そうしたら、慶造の奴、思いっきり俺を殴りやがった。幼心に慶造は、
 あの世界が嫌いだった。…お袋さんが亡くなったのは、抗争でだと
 思ってるんだよ…。慶造の為の輸血で衰弱死…そんなこと、
 言えないと…組長が…」
「そのお話をしている時のおじさん…寂しそうだった。組長さんに見えなかった。
 慶造くんからは、おじさんのこと、すごい悪く聞いてたから、そのギャップが強くて…。
 おじさん、凄く…慶造君のことを心配してる。見守ってる。それなのに、
 …いつも空回りしてるって…そうも言ってた」
「慶造にとっては、阿山組は、疫病神にしか見えないんだろうな。
 意識はしてないけど、心のどこかに残ってるかもしれない。…命を
 落とし掛けたことの恐怖と怒りが…。だから、命を何とも思わない行動を
 取る奴に対しては、例え、それが阿山組組員でも容赦しないよ。
 組長よりも先に…」
「重村組に向かった事で解る」

小島が静かに言った。

「…俺…阿山の何に惹かれたのか、それが解るまで、とことん付き合うよ。
 組長に挨拶した方がいいかな…」
「組長、気にしておられるよ。さっき聞いたこと、伝えておいたから」
「やっぱり、まだ怪しまれてたってことか」
「当たり前だよ」
「そりゃそっか」

そう言って、小島は、立ち上がり、慶造のベッドの下に置いてある毛布を手に取り、ちさとにそっと掛けた。
ちさとは、いつの間にか眠っていた。

「ちさとちゃん、慶造のこと、好きなのかな」

小島が言った。

「そうじゃなかったら、ここに居ないよ。……慶造…、顔に出るもんな」
「あぁ。あんな素敵な表情、ちさとちゃんの前でしか、見せないもんな」
「慶造も、やっと女に興味を持ったってことだよ」
「ほんと、珍しいよなぁ。俺、まだって事、驚いてるもんなぁ」
「ちさとちゃんは、どうなんだろ。…バフッ!!!」

修司の顔に、枕が飛んできた。顔面でキャッチした修司は、立ち上がり、枕が飛んできた方を見つめた。
慶造が、体を起こして、睨んでいる……。

てめぇ、何言ってんだ……あ?

その目は、そう語ってる……。
枕を手に、慶造の側に駆け寄る修司の腹部に、慶造の拳が入る。

「す、すまん…」
「ちさとちゃんは、そんな子じゃない」
「だったら、抱いてみろよ」
「お前と一緒にするなっ…っつー!!」
「慶造! 腹に力入れるからだ」
「そうさせるのは、修司だろが」
「そっか…って。話…聞いてたのか?」
「少しな」

修司は焦る。
慶造の母の話は、何が遭っても、慶造に伝えるなと言われている。
その話を聞かれていたのか…?

「…知ってるよ。お袋のこと。この胸の傷は、毎日、目に入るだろ?
 思い出してるよ、あの日のこと…あいつらの…あの形相も。
 まるで、楽しむような…そんな表情だ。俺には鬼に見えたね」

慶造は、体を起こす。

「起きるなって」

修司が、慌てて慶造の体を支える。

「ちさとちゃん、あの体勢は寝にくいかと思って…」
「俺も思ったけど、…触れてもいいのか?」
「…駄目だよな」
「看護婦に頼もうか?」
「そうだな。よろしく」

修司が、看護婦を呼びに行った。

「小島、ありがとな、毛布」
「気にするなって。で、いつ、抱くんや?」

小島の言葉と同時に、椅子が宙を舞った……。



慶造が、一人で歩き回れるくらい回復した頃。
幹部の笹崎が慶造の見舞いにやって来た。

「笹崎さん! もうすぐ退院なのに、わざわざ」
「本当なら、もっと早くに来たかったんだけどね、組長の怒りが
 納まらなくて…。もう、本部は滅茶苦茶ですよ」
「猪熊さんは?」
「私と二人で必死でした。末端の組まで一掃してしまいましたよ」
「この一週間で?」
「えぇ」

そう言って、笹崎は、手にした果物のかごを窓際に置いた。慶造は、何かに気が付いた。

「笹崎さん、その怪我は?」
「ん? あぁ、これですか? 軽いものですよ」

笹崎は微笑んでいた。

「気を付けてくださいよ! 親父、それでなくても、みなさんの怪我には
 五月蠅いんですから」
「そうですね。思いっきり怒られましたよ」
「それで…組の方は、どうなったんですか?」
「珍しいですね、慶造さんが、そのような事を気にするなんて。
 やはり、跡目の話、考え始めたとか…?」
「よく解らない。ただ、関係ない者まで巻き込まれるのを見てられなくて。
 ちさとちゃん……沢村さんのことだって、本当は、凄かったんでしょう?
 ちさとちゃんは、何も無かったように話してたけど、沢村邸で、何が遭った?」
「何もありませんでした。ただ、組長が、沢村さんに頭を下げただけです。
 私を含め、幹部全員で謝罪しました。…ただ、ちゃんとした結果を
 見せろと条件を出されただけです」
「他に、何か言った?」
「いいえ、何も」

誤魔化す笹崎。実は、もう一つ、話をしていたのだった。




沢村邸。
ちさとが、自分の部屋でくつろいでいた。

『ちさとさま。竜次さんが訪ねられましたが…』
「すぐに下りるから」
『応接間にお通ししておきます。』
「はぁい」

ちさととは、部屋を片付け、応接室へと向かっていった。
竜次は、ソファに座ってコーヒーを飲んでいた。

「竜次くん、どうしたの?」
「ん? ちょっとね。最近、ちさとちゃんの顔見てないから。体調でも
 壊したのかと思って心配になったんだ。何か遭った? 相談にのるよ?」
「うん…その……慶造君のこと…」
「阿山慶造…怪我が悪化したのか?」
「もうすぐ退院だって」
「そう言えば、最近の阿山組の動きが激しいらしいね。そりゃぁ、
 自分の末端の組が、騒動を起こしたら、上の方が大変だよなぁ。
 それが、関係してる?」
「少しばかり…」
「まさか、恋した?」
「解らない…。でも、毎日逢ってないと不安になる。また、何か起こってないかって…」
「俺のことは、気にならないのか?」
「小さいときから知ってるでしょぉ」
「幼なじみは、気にも留めないってか?」
「違うよぉ。毎日、元気な姿見てるから、安心してる。学校休んで、毎日何してるん?」
「研究室に籠もって色々といじってる」
「また、やばいもの作ったでしょ?」
「俺の趣味」

竜次は微笑んでいた。

「あまり、みんなに迷惑掛けないでね」
「ちさとちゃんに言われると、気が引けるな……」

竜次は、頭をぽりぽり掻いていた。
本当にやばいモノを作っているらしい。

「黒崎さん、元気にしてるの?」
「兄貴は、阿山組の動きに敏感になってる。いつ来るか解らないからね」
「それは、大丈夫だと思う」
「確信できる? 相手は阿山組だよ?」
「…その世界のことは、解らないけど、なんとなく…」
「なんとなく…か。…それよりさぁ、ちさとちゃん」
「駄目!」
「チェッ…」

ちさとの蹴りが、竜次の腹部に入る寸前だった。上手い具合に避けた竜次は、ちさとの元気さを実感し、安心する。

「じゃぁ、俺、帰るよ」
「夕飯食べて帰れば?」
「お袋が作ってるから。じゃぁ、な」

竜次は、ちさとに素敵な笑顔を向けて、帰っていった。
ため息を付きながら、ソファに腰を掛けるちさとに、ちさとの母が声を掛ける。

「どうしたの? 気になるの? …阿山君が」
「うん…。どうしてかな…」
「それが、恋…なんでしょ? ふとした事で、その人の事ばかり考える、
 考えていないと気が納まらない。そうなんでしょう?」
「そうなの…。どうしたらいい? だって、お父様は…」
「確かに、あの時、阿山組三代目を思いっきり殴ったけどね、気が休まらないって。
 そう怒ってるからね。ちさとの気持ちを知ったら、それこそ、刃を向けるかもね」
「それが、怖いの。…沢村家…その昔は、阿山組と黒崎組と手を組んで
 日本を牛耳ろうとしていたんでしょう? …その時代を垣間見そうで…」

ちさとは、不安のあまり、頭を抱え込んでしまう。

「どうしよう……」

悩むちさとを、優しく抱きしめる母親。

「ちさとは、どう思ってるの?」
「争うことのない…心休まる日々を送りたい。命を失うことのないように…。
 安心して暮らせる世界で、過ごしたい。だから、お父様は、その世界から
 遠ざかるように過ごされてるんでしょう?」
「ちさとは、何が出来る?」
「解らない」
「その答えを、早く見つけなさい」
「お母様……」
「お父様が怒ったのは、ちさとを狙ったことに対してよ。そして、それに使われたのが
 銃だったこと。そして、自分の息子が怪我をしたのに、息子のことを話さない
 阿山さんに怒っただけよ。ちさとの気持ちに対しては、怒ってないから」
「さっき、刃向けるって…」
「もちろんよ。大切な娘を預けるんだから。それくらいするかもね」
「それが、嫌なのぉ」

ちさとは、ふくれっ面になった。




慶造が、元気に退院した。
事件から十日が経っていた。久しぶりの外の空気を思いっきり吸い込む慶造を迎えに来たのは、笹崎だった。

「退院おめでとうございます」
「笹崎さん。私の世話は、修司で大丈夫ですよ。それに小島も居ますから」
「いいえ。組長に言われておりますので」
「まさか、あの事で、降格?」
「してません!!」

慌てて否定する笹崎の左手に目がいく慶造。その腕を掴み上げた。

「どうしたんですか、笹崎さん? これ…」
「あっ…!」

慌てて手を隠す笹崎。
修司が、退院手続きを終えて慶造の所へ駆けてくる。

「お待たせ……慶造?」

慶造から、怒りのオーラが発せられている。笹崎の表情を見て、慶造が何に怒っているのか、修司には解っていた。

「修司…お前、知ってたな?」
「…ここで、何度も逢ってたから…医者から聞いた」
「笹崎さん。…俺…そのような行動に出ないようにと何度も言ったでしょう?」
「しかし、慶造さんに怪我を…私の…」
「笹崎さんが、それをしたら、俺のボディーガードの修司、そして、猪熊さん
 俺の周りのみんなが、しないと駄目だろ? だから、俺は…」
「その代表ですよ。…なぁに、指の一本や二本。この世界に生きているなら、
 命が亡くなるよりも、ましですよ」
「俺は、そういう考えを持つ者が、嫌いなんですよ。笹崎さん…ご存じでしょう?」
「慶造さんだって、存じてるはずです。我々の世界の掟を」
「知ってるからこそ、俺は…」
「組長を…責めないで欲しい。…ケジメなんですから」

笹崎は、力強く言い切った。それに対して慶造は何も言えなくなる。

「帰りましょう。組長がお待ちですよ」
「…いい。歩いて帰る」

そう言って、慶造は歩き出す。

「おい、慶造! すみません。笹崎さん。あとは、私が」
「修司くん…。やっぱり、嫌われたか…」
「そんなことはありませんよ。暫く、無理だろうから、そっとしててください」
「解ってるよ。修司君、頼んだよ」
「私の役目ですよ! 失礼します」

修司は、慶造を追いかけて走り出す。
笹崎は、慶造達をいつまでも見つめていた。

「慶造さんがいくら思っても、この世界は変えられませんよ。どんなに
 足掻こうとも…。組長だって…そうなんですから」

呟いた笹崎の目が、潤んでいた。



「なぁ、慶造」

修司が話しかけるが、慶造は応えない。

「慶造」

それでも返事はない。

「だから、慶造!」

修司は、慶造の腕を掴み引き留めた。振り返る慶造。その目には涙が浮かんでいた。

「け、け、慶造?」
「修司…ごめん……。俺が…。俺に力が足りないばかりに…中途半端だから…。
 みんなに迷惑を…。笹崎さんが…指を失うことを…」
「慶造。気にするな」
「もしかしたら、修司もだったんだろう?」
「笹崎さんが、全ての責任を負うと言ったんだよ」
「なぜ、教えてくれなかった? もっと早めに教えてくれれば、停められた…」
「俺が知ったのは、病院で逢ってからだ。ずっと慶造に付いていただろう?
 だから、俺も知らなかったんだよ。…笹崎さんの事、話せなかった。
 お前が、怪我も治らないのに、無茶しそうだったから…」
「修司…」

慶造の行動は何でもお見通しのような表情で修司が言った。慶造は、修司の名前を呼んだっきり、何も言わなくなった。
二人は、ただ、のんびりと歩いているだけだった。
向かった先は……。



小島家。
修司が、チャイムを押す。

『はい…って、阿山、退院だったのか?』

どうやら、ドアホーンは、客の姿を映すもののようで…。
すぐに玄関のドアが開き、隆栄が顔を出した。

「阿山、調子はいいのか?」
「………最悪…。暫く、いいか?」

静かに言う慶造。

「俺ん家は、構わないけど、笹崎さんが迎えに行ったんだろ?」
「知らないよ。お邪魔します」

隆栄の言葉を聞かずに勝手に上がる慶造だった。この小島家には、何度かお邪魔をしている慶造と修司。
勝手知ったる何とやら。
自分の家のように隆栄の部屋に向かって行った。


隆栄の部屋の中央にあるテーブル。その上には、何かが広げられていた。

「何だ?」
「秘密」
「忙しいんか?」
「俺の趣味。何か飲むか?」
「ここで、横になっていていいか?」
「いいよ。自分の部屋だと思ってくつろいでやぁ」
「ありがと」

慶造は、寝ころんだ。
暫くして、寝息が聞こえてくる…。

「何か遭ったのか?」

隆栄の側に座った修司に尋ねる。

「笹崎さんのこれ」

修司は、小指を曲げた。

「なるほどな。阿山が最も嫌うことだ」
「暫く、ここに厄介になるかもしれない。今まで以上に拗ねてる」
「俺の親父、居ないし、暫くいいぞ」
「ありがと」
「猪熊は?」
「俺は、家に戻るよ。春ちゃんのつわりも心配だからね」
「ったく、お前が二児のパパになるとは、驚きだよ」
「いいのいいの。春ちゃんが好むから」
「剛ちゃん、早くもお兄ちゃんかぁ」
「そうだなぁ。兄弟は多い方が良いからね」
「それ、解るよ。俺も美穂ちゃんと結婚したら、そうしようっと」
「結婚予定あるのか?」
「まだ先になるけどな。美穂ちゃん、成績優秀で、飛び級だってよ」
「そんなのあったのか?」
「あるみたい。だから、早めに免許取れそうだよ」
「その前に結婚して、子供作るとか、考えてるだろ?」
「知らんなぁ」

そう言いながら、隆栄は、何やら細かい事を始めた。

「細かいなぁ」
「猪熊は、見ない方がいいぞ。お前の性格だと苛々するだろうなぁ」
「…小島を見ていたら、苛々するけど、更に輪を掛けるのか?」
「…あのなぁ〜」

修司は、隆栄に微笑んでいた。

「笑って誤魔化すな。それより、伝えなくていいのか?」
「大丈夫だよ。笹崎さんは、お見通しだろうし」
「流石だな」

笹崎は、小島家の側に車を停めて、隆栄の部屋のある方向を見上げていた。
ふと小指に目をやり、じっと見つめていた。

「解っていても、これだけは…。本来なら、あの日に失われていましたけどね。
 あの日以来、私の心に引っかかってましたから。…だから、いいんです。
 …慶造さん…ありがとうございます」

まるで、大切な何かを手のひらに包み込んだような感じで、指を落とした手を握りしめる笹崎だった。



「じゃぁ、阿山。好きに過ごしていいからな」
「すまんな…。よろしく」

隆栄は、出掛けていった。
この日、終業式を迎える為、体の調子がいまいちの慶造を自宅に残して、隆栄は、登校した。慶造を一人にすることは、本来なら心配だが、小島家には……。

「そうだ。何か食べ物…」

慶造は、キッチンで何かを探し始めた。



小島家地下資料室。
室長の桂守が、室内の者に声を掛ける。

「休憩ぃ。何か調達してくるよ」
「お願いします」

桂守は、資料室を出て行った。
地上に通じる階段を上り、小島家の自宅に通じるドアを開けた。そして、廊下を歩き、キッチンのドアを開けた。

「!!!!」

慶造は、ドアが開いた事で振り返った。

「……誰だ? 泥棒か?」

そう言われて、桂守は、思わず顔を隠してしまう。その行動は、益々慶造の不信感に拍車を掛ける。

「…泥棒…か…容赦しないぞ…」

言うと同時に、桂守に拳を向けた。しかし、桂守は、狭いキッチンなのに宙を舞うように飛び上がった。そして、慶造から離れた場所に着地する。

「っと、お待ち下さい!! 阿山慶造さんが、どうしてここに? 隆栄さんと一緒に
 登校されたのでは無かったのですか?」
「隆栄さん?? …お前、小島の何だ?」

慶造の問いかけに応えられない桂守。しかし、思わず…。

「叔父です」
「…小島には身内は居ないぞ。…やっぱり…お前は…」

差し出された慶造の拳を片手で優しく受け止める桂守。

「噂は、本当みたいですね、桂守さん」
「!!! どうして、私の名前を?」
「あなたの顔を、知っているんです。確か、組の要注意人物のリストに…」
「噂とは?」
「小島家の資料室。小島さんが管理しているのではなく、誰かが管理をしていると。
 それは、この世に顔を出せない人物だと…。そのリストを見た時に」
「それなら、なぜ、私を泥棒と?」
「あっ、その……。本当に泥棒と思ったんですよ。だけど、その身のこなしで」
「はぁ…。…で、体調、優れないのですか?」
「少しだけ。無理して退院したからね」
「笹崎さんの行動を心配して…ですね?」
「……………こわっ……」

慶造は、何でもお見通しのような桂守を見て、驚いていた。



小島家地下資料室。
桂守が、お盆片手に下りてきた。後ろを慶造が付いてくる。慶造の姿を見た室内の人間が、驚いたように立ち上がった。

「室長!」
「すまん。見つかった」

桂守の言葉に、室内の人間は、戦闘態勢に入る。

「ちゃうちゃう! 俺が連れてきたんだよ。阿山組は御存知だそうだ」

桂守の言葉で、戦闘態勢を解いた。

「優雅(ゆうが)、和輝(かずき)、恵悟(けいご)、光治(みつはる)、
 吉川(よしかわ)、そして、霧原(きりはら)」

桂守が、そこで働く男達を一人一人紹介していく。

「阿山慶造です。その…俺のじいちゃんが、多大なる迷惑をお掛けしたそうで…」

慶造は深々と頭を下げていた。

「気になさることはありませんよ」

和輝が言った。

「室長、もしかして…」
「それは、期待はずれっつーものだよ」
「なんだぁ」

どうやら、阿山組の情報を仕入れられると思ったらしい。

「しかし、こんな地下で…」
「俺たちは、表に顔を出せないんでね」
「そうですか…」

暗い表情になる慶造。それに気が付いた優雅が声を掛けてくる。

「君が嫌がる連中ですよ。殺人、窃盗、密売…あらゆる悪いことをしてきた
 者達なんです。そこで、逃げなければならない状態に追い込まれた所を
 こうして、小島のおやっさんに拾われたんです」
「おやっさんに仕事を頼んだ連中が、俺たちを追っていたんですけどね。まぁ、その連中が
 殺しの依頼があって、狙われた者を殺した事にして、ここに匿って下さってるんですよ」

恵悟が淡々と説明する。

「もしかして、表に出られないって、桂守さん、そういう意味なんですか?」
「まぁな。ほら、飯ぃ」

桂守が、優雅たちに食事を手渡した。

「今日は豪華…」

光治が呟く。

「その…お口に合うかどうか…」
「もしかして、慶造さんが?」

光治の驚くような口調に、照れたように頷いた慶造だった。

キッチンで出逢った桂守に、身の上を証され、そして、気になった慶造。健康面を考えての料理だった。慶造の料理を口にして、和んだ表情になる優雅達。

笹崎さんの言う通りだな…。料理って、人の心も動かすんだ…。


慶造は、空になった食器を手に、地下に通じるドアから出てくる。

誰にも言わないで下さい。

「小島家の秘密…か」

そう呟いて、ふと顔を上げた。
そこには、隆栄が立っていた。

「心配したぞ…。ったく…桂守さんに伝えるのを忘れていたな…」
「すまん…」
「って、なんで、阿山が謝るんだ?」
「その…じいちゃんのことだよ」
「…何を知った? 阿山、泣きそうだよ」
「桂守さんたちのこと。…影で生きるしかできないって、俺…堪えられない」
「大丈夫だって。時々、変装して、外に出てるから。そうしないと、情報を
 集められないからさ」
「そうだけど…」

悩む慶造の頭に何かが当たる。それは、慶造の成績表。

「今回もオール5。だけど、出席日数が危ないってさ。二学期は、
 絶対に休めないぞ」
「ありがと」
「気にするなって」

慶造の表情は、何かを心配しているような暗いもの…。隆栄は優しく微笑む。

「……俺だって、言ったよ。表に出ろって。だけど、桂守さんたちは、
 ここでいいと…そう言って、きかなかったんだよ。それが、あの人達の生き様。
 俺たちは、知らないふりをするしかないんだよ。だから…お願いだ、阿山」
「あぁ。何も知らないよ。忘れる」
「感謝するよ」

そう言って、隆栄は、思わず慶造を抱きしめ………

ガツッ……。

「いいだろがぁ」
「それだけは、ごめんだっ!!!」

慶造の拳は、隆栄の腹部に突き刺さっていた。



(2003.11.10 第一部 第九話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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