任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


最終部 『任侠に絆されて』
任侠に絆されて (4)

今思えば、あの日から、決意をしていたのだろう。
その時は、気付かなかった……慶造の決意を……。



黒崎組の攻撃が始まった。
まずは、阿山組系統の小さな組を狙っていく。
次々と組事務所に乗り込み、組員達を襲っていた。
その攻撃は、あまりにも残虐で、そして、今までに見たことのない症状で、組員達が倒れていった。
その攻撃は、徐々に上の階層へと向かっていく。
阿山組本部で、緊急の幹部会が開かれた。
幹部達の系列の組が次々と潰されている。その事に業を煮やした幹部達が、黒崎組に総攻撃を仕掛けると言い出した。
数では負けていない。
だからこそ、総攻撃を…との意見だったが、

「奴の手に乗るな」

慶造は、そう言ったっきり、幹部達に指示を出さなかった。
そんな慶造の態度に、誰もが呆れてしまう。

「組員が、やられてるんですよ!! 何もしないなんて…」

幹部の一人が、怒鳴り散らす。
しかし、慶造は、その幹部を目で射った。

「…うっ……四代目……本当に…」
「狙われるのが、そんなに怖いなら、逃げろ」
「!!! 俺らの世界に、そのような言葉は、負けを意味することですよ!」
「怖いなら…と言ったんだ」

慶造の言葉に、何も言えない幹部は、勢いが殺げた。

「別に…怖いんじゃない。…ただ……このままだと、四代目の思いが
 崩れてしまうと思っただけです。…ここまで築き上げた世界……、
 新たな世界が、またしても…」
「だからこそ、何もするなと言ってるんだ」
「四代目…」

慶造は、大きく息を吐き、そして、静かに口を開いた。

「俺達が動くと、全国規模になる。それくらい、みなまで言わなくても
 解るだろ。…だから、何もするな。ただ…怪我をしない程度に
 迎えるだけでいい。……そうしてくれ」

慶造の言葉に、幹部達は冷静な心を取り戻していた。
しかし、その言葉が裏目に出ることになるとは、この時、慶造は思ってもいなかった。


世間が、大型連休に差し掛かる頃…。
真子も学校は休み。めずらしく三連休になったものだから、真子は政樹と一緒にドライブに出かけていた。その情報が、何処から漏れたのか、真子と政樹が行く先々に、黒崎組系の組員の姿が………倒れていた。
先回りをしているのは、小島家の人間。
真子の守りは小島家に。
慶造と春樹の意見だった。
そんな中、大阪で慶造の代わりに仕事を張り切っている八造が戻ってきた。
関西では何事も無く、平穏無事に過ごしていたが、東京に戻ってきて、初めて、事態を把握した。
八造にしては珍しいことだが、それは、慶造の思いでもあった。

八造には知らせるな。

四代目に、そう命令されたら、誰も何も言えない。
東京駅に到着した八造を迎えに来たのは、春樹だった。

「お疲れぇ」

軽い口調で出迎えた春樹に、八造は驚いた。

「真北さん、どうされたんですか?」
「くまはちを迎えに来ただけや。あかんか?」
「そのようなことはありませんが……その…」
「ん?」
「東京に到着した途端、緊迫した雰囲気が伝わってきたのですが、
 まさかと思いますが……例のことが……」
「そのまさかやけど、お前は不参加な」
「……真北さん…それは、どういう意味ですか…」
「言ったままやけど、解らんか?」
「解りますよ。でも、私は…」
「慶造の代行、そして、真子ちゃんのボディーガードやろ」

春樹の言葉で、八造はピンと来る。

「地島は?」
「いつもと変わらず」
「まさかと思いますが、この休みに……」
「くまはちの『まさか』は、大当たりやなぁ。…ったく、
 向こうに行ってても、心は真子ちゃんの側かよ…」
「当たり前ですっ!」

思わず声を荒げた八造に、春樹は笑い出す。
今の状況で緊迫しているかと思いきや、春樹は、その緊迫感すら持っていなかった。
それが、返って怖いと感じる八造は、春樹の車に乗り込み、そして、本部へと向かっていった。




本部に戻った八造は、廊下で栄三とすれ違った。
いつもと違う雰囲気。
いつもなら、本来の姿を隠し、軽い感じで話しかけてくるのだが、この時ばかりは違っていた。
軽く手を挙げるだけ。

「えいぞう」
「あん?」

返事はいい加減だが…。

「暫くは、せんでええ」
「俺の仕事を取るな」
「俺の仕事だ」
「……くまはちぃ〜っ」
「そんな疲れ切った顔でお嬢様に会うな」
「その時は、いつもの通りや」
「そうかいな」

八造の受け答えに、栄三は目が点。

「……どうした?」

栄三の勢いが殺げた事に八造は首を傾げた。

「いや、珍しく、突っかかってくるなぁと思ってな」

冷静に応える栄三。
やっぱり、いつもの調子じゃないらしい。

「えいぞうが、いつもと違うから、そう感じるだけや。
 お前が居るということは、お嬢様は戻られたんだな」
「部屋で、まさちんと戯れとる」

と、栄三が答え終わる前に、八造の姿は消えていた。

「はやぁ……。いまだに、まさちんを敵視してるんですね、八やんは」

八造と一緒に本部に戻ってきた春樹に、栄三が話しかけた。春樹は、栄三と八造のやり取りを、笑いを堪えて聞いていた。

「しっかし、栄三」
「はい」
「ほんまに、大丈夫なんか?」
「……八やんの言葉に甘えていいですかねぇ」
「そうしとけ。小島さんも心配しとるやろ」
「四代目には、真北さんから、お願いします」
「あぁ、そうする……………あらら?」

春樹が廊下の先に現れた人物を観て、驚きの声を挙げた。
真子と八造が出掛ける様子。

「こらぁ、真子ちゃん」

春樹は真子を抱き上げた。

「真北さん!」

急に抱き上げられ、真子は驚いた。

「帰ってきたばかりなのに、出掛けるのかぁ?」

春樹の言葉は、真子と八造の事を言っている。
真子は先程、政樹と帰ってきたばかり。八造は、大阪から帰ってきたところ…。

「すみません。お嬢様の言葉に負けました…」
「真子ちゃん、くまはちに、何を言った?」
「…まさちんとドライブに行った先で、素敵な場所があったから、
 くまはちの疲れが取れそうなので、一緒に…」
「くまはちの疲れを取るために、くまはちを運転手に??」
「真北さんも一緒に…と思ったんだけど」
「それなら、私が運転しましょう」

そう言って、春樹は真子の頬に、軽く口づけをした。

「真北さん、その仕草は…」

思わず八造が口を出す。

「俺にとっては、娘やもん。ええやろが」
「お嬢様は、もう、中学二年生ですよっ」
「………何か、やばいことでもあるのか? 親子なのに」
「大いにありますっ」
「…八やん。運転…俺がやろか?」

帰ろうとしていた栄三が急に話に割り込んできた。

「えいぞう、お前はぁ」

と、春樹の怒りが露わになりそうな感じだが、

「お嬢様と、くまはちのドライブでしょう? 真北さんが一緒だと
 お嬢様と真北さんのドライブになるじゃありませんか」
「くまはちが、一緒なのに?」
「今のやり取りを見てたら、そうなるのは、必然と解りますよ」
「えいぞうぅぅぅ、さっさと……」

『帰れっ』と言おうとした春樹。しかし、その言葉は……、

「えいぞうさん、いいの? お疲れでしょう?」

真子の言葉に遮られてしまった。

「運転くらいは大丈夫ですよ。お嬢様とくまはちが、
 のんびりしている間は、車の中で休憩出来ますよ。
 それでも、駄目ですか?」

真子は首を横に振り、

「えいぞうさんに運転手、お願いします。なので、真北さん」

嬉しそうに応え、そして、潤んだ眼差しで、春樹を見た。
その眼差しに弱い春樹は、もちろん……。



栄三の車が、本部の門を出て行った。
春樹は、寂しげな表情で見送っていた。

「………御一緒なされば、良かったのではありませんか?」

春樹と一緒に真子を見送りに玄関まで来ていた政樹が、そっと尋ねた。

「ええんや。あいつら、影で見守るだけで、側に居る時間が
 お前や俺と違って、ほとんど無いやろが。…真子ちゃんの笑顔のために
 常に影で見守ってるんやし。………真子ちゃん、気付いてないんか?」
「はい。気付いておりません。……気付かれないようにしろと
 仰ったのは、真北さんでしょうが……」
「……まさちんまで、突っかかるんやな。なんか遭ったんか?」
「いいえ、何も」
「なんか、物が挟まった言い方やな。…気に喰わん」

政樹は何も応えない。

「そんなに、俺を避けたいんか?」
「組長の意志ですから、私はこれ以上、何も言えません」
「ったく、お前は誰に忠実なんや?」
「お嬢様です」

即答……。

「迷いが消えてるやないか。やっぱり、なんかあったやろ」
「何も御座いません」

短く応える政樹だった。




「とうちゃぁぁぁぁくぅ」

栄三が言うと、

「えいぞうさん、すごぉい!知ってたんだ!」
「はいぃ〜」

そりゃぁ、えいぞうも来てたもんなぁ。

八造は、栄三の影での行動を知っているが、敢えて、口にはしなかった。

「くまはち、ここなの! 素敵でしょう!!」
「疲れが吹き飛びます」

素敵な笑顔で応える八造。

「くまはち……」
「…八やん……同じ男でも、その表情には参る…」
「俺は、そっちの趣味は無いっ!」

栄三の腹部に八造の拳が、目にも留まらぬ早さで突き刺さった。

「降りても、大丈夫かな…」

真子は何かを知っているかのような口調で、そっと尋ねた。

「お嬢様…」

先程の一件…御存知だったんですか…?

「大丈夫ですよ、お嬢様。何のオーラも感じません。
 この景色のように、穏やかなものが流れているだけですよ」
「うん。それでは、えいぞうさん。ごゆっくり」
「そちらこそ、ごゆっくりぃ〜〜」

ひらひらと手を揺らして、栄三は二人を見送る。
真子と八造は車から降り、そして、景色が一番よく見える場所へと足を運んだ。

お嬢様には負けますよ。

八造の手を引いて行く真子の後ろ姿に、栄三は語りかけ、そして、優しく微笑んだ。



真子と八造は高台の展望台に来ていた。
そこから見える景色は、気持ちが良い程、眺めが良く、空が届きそうな感じだった。

「五月晴れ…ですね」

八造が空を見上げて言った。

「心が安らぐでしょう?」
「えぇ。ありがとうございます。疲れが吹き飛びました」
「また、張り切ったんでしょう?」
「その通りです。それでも大阪のみなさんは、付いてきてくださいますよ」

やんわりと言う八造を、真子は穏やかな表情で見つめていた。その目線に気付き、八造は振り返った。

「お嬢様、どうされました?」
「………また、背が伸びたのかなぁと思って…」
「お嬢様も背が伸びたのでは?」
「そんなに急に伸びないよぉ」
「私も伸びませんよ」
「……空…」
「はい?」
「空が、そう思わせるんだ! うん、きっと、そう!」

真子が空を見上げると、八造も再び、空を見上げた。

「そうですね。きっと、そうでしょう」

二人が見上げる空に、飛行機雲が流れていった。



真子と八造が、車に戻ってきたのは、それから二時間後。
そんなに長い間、二人は景色を眺めていたのだった。

「…寝てる…」

運転席の座席を倒し、すっかり寝入っている栄三に気付き、真子は、そっと呟いた。

「疲れてたんだね、えいぞうさん。悪いことしちゃったかな…。
 仕事を終えて、帰るところだったのに」
「えいぞうが言ったんですから。お嬢様が気になさることでは
 ございませんよ」
「私が近づいても寝てるなんて、珍しいよ?」
「そういや、そうですね。キーも空いてますし、私が運転しますよ」
「大丈夫? えいぞうさんを動かして、起きない?」

八造は運転席のドアを開け、栄三の体を揺すってみた。
起きない。
八造は助手席側に廻り、栄三の体を助手席に移動させる。
それでも起きない。

「お嬢様、乗ってください」
「はい。お願いします」

真子が後部座席に乗り込んだのを確認して、八造は助手席のドアを閉め、運転席へと回った。
エンジンを掛け、アクセルを踏む。そして、帰路に就いた。
車が走り出しても、栄三は目を覚まさなかった。

「えいぞうさんを送り届けたら、徒歩だね」
「お嬢様が先です。その後、私が送り届けますから」
「いいの? くまはち一人で徒歩だよ?」
「大丈夫ですよ。小島のおじさんにも挨拶しないといけませんから」
「元気だったよぉ。えいぞうさんの行動に怒ってたけど」
「そうでしょうね。こいつは、本当に……」

と言いかけて、八造は口を噤んだ。
熟睡してるはずの栄三が、片目を開けて、睨んできたのだった。

「どうしたの?」
「あっ、いえ。お嬢様へのお土産をお渡しするのを忘れてました」
「もぉ〜。毎回いいって言ってるのにぃ」
「竜見と虎石からですよ」
「お二人にも、強く言っててよぉ」
「毎回申しているのですが、どうしても……新しいグッズが出ると
 手渡されてしまうんですよ。こちらが参ります」
「それなら、次に行くときに、お土産……何か持って行ってね!
 そうだ! 明日、買いに行こう!」
「よろしいんですか? 明日は学校ですよ?」

八造の言葉に、真子はハッとする。

「そうでした……」
「お嬢様のご希望をお聞きすれば、買って出発いたしますよ」
「お願いします! あのね……」

真子は、逢ったこともない竜見と虎石の好みを知っているかのように、八造に語り始めた。それに驚きながら、安全運転で本部へと入っていった。
栄三の車が玄関先に停まる。それでも、栄三は目を覚まさなかった。

「くまはち、お願いします」
「お任せください。…それにしても、本当に起きませんね…」
「疲れてるなら、無理しないでもいいのにな…」

真子が小さく呟いた。
そこへ、政樹と春樹がやって来た。

「お帰りぃ、真子ちゃん」
「お帰りなさいませ、お嬢様」

二人の声が揃う。

「あれ? えいぞうの奴、寝てるんですか?」

春樹が驚いたように言った。

「起きなくて…。そうだ。真北さんにもお願いしてもいい?」
「えいぞうを送るんですね。任せてください」
「ごめんなさい。帰りは、くまはちと一緒に帰ってきてよぉ。
 くまはち一人だと、心配だから…」

真子の言葉に、寝てるはずの栄三は吹き出した。
笑いを必死で堪えているのか、体が微かに揺れていた。

「ほな、まさちん。頼んだで」

政樹に告げて、春樹は車に乗り込んだ。
真子は車が門を出るまで、心配そうに見つめていた。
門が閉まる。

「お嬢様」
「うん。……えいぞうさん…大丈夫かな…」

真子は、本当に心配げだった。

「大丈夫ですよ。お二人が付いてますから」
「……そうだよね……」

ちょっぴり心配なまま、真子と政樹は玄関へ入っていった。



八造は安全運転をしていた。
しかし、

「…お前なぁ〜、平気な顔して歩くなっ、あほっ」

八造が急に口を開いた。

「うるせぇ。お前が殴らんかったら、こんなに、ひどなってへんわい」
「…くまはち、知らんかったんか?」
「真北さんこそ、知っていたなら、教えてくださっても…」

どうやら、春樹は栄三の体調を知っていたらしい。

「えいぞうの行動見てたら、解りそうやろ」
「解っていたなら、拳はぶつけませんよっ! 単なる疲れだと…
 そう思っていたんですから………すみませんでした…」
「そういう八やんこそ、疲れてるやろ。俺に謝るなんて…」

そう言いながら、体を起こす栄三。その表情は、痛さを我慢してるのが解るほど、歪んでいた。

「珍しいやん」

栄三の話は続いていた。

「えいぞうの方が珍しいやろが。…やられるとはなぁ」
「ほっとけ」
「疲れがたまったまま動くからや。日頃の不摂生が、そうしてるんや」

八造の言葉は、きつい。

「まきたぁ〜ん、八やんが、いじめるぅ〜」

栄三が言った途端、

「まきたんは、やめろっ」

と、春樹の拳が、栄三の頭のてっぺんに落っこちた。

「つぅぅぅっぅっ!!! 真北さん、俺、怪我人やで…」
「あっ、すまん…つい、いつもの癖で……」
「ひどぉ……」

栄三の体は、座席に沈んでいった。



この日、真子が八造を連れて行った二時間前。同じ場所に政樹と来た真子を狙って、敵が身を潜めていた。それに気付いた栄三が一人で片付けようと行動したのだが、敵の動きは、いつもと違い、栄三は敵の攻撃をまともに食らってしまったのだった。
更には、敵に逃げられてしまった。
栄三としては、大失態。
しかし、真子が無事に過ごせるなら、敵を逃がしても…と思ったものの、想像以上に強い攻撃は、疲れ切った栄三の体には、相当な衝撃を与えていた。本部に戻り、自分で治療をして医務室から出てきた所で、帰宅した真子と逢う。
いつものように真子と会話を交わして、帰ろうとした所で、今度は八造と……。
ということで、栄三は無事に小島家に到着。
直ぐに部屋へと上がり、ベッドに倒れ込む栄三だった。
もちろん、春樹と八造は、徒歩で帰路に就いた。

「明日の送迎は、私が行います。地島にも休みが必要ですよ」
「大丈夫や。まさちんは疲れも知らん体やし」
「真北さんにも、休んでもらいます」
「俺も疲れ知らんもん」
「私の方が、真北さんや地島よりも、疲れ知らずですよ」
「そうやったな。…ほな、次の休みに備えておくで」
「やはり……お出かけになられるんですか…」
「こんな時期だからこそ、出掛けるんだよ」
「かしこまりました。栄三には、動くなと、伝えておいてください」
「改めて言わんでも、あいつは解っとる」
「そうですね。そういうところも……いい加減な奴ですから」

栄三は、眠りながらも、大きなくしゃみをしていた。



次の日。
真子の送迎は、八造が行った。
久しぶりに真子を見送り、元気に校舎へ駆けていく真子の姿に、八造は心を和ませていた。
真子が授業の間は、時間がある。一度、本部に戻った八造は、見回りがてら、いつものコースをジョギングする。
特に、怪しい気配は感じない。
それもそのはず。
八造も気付いていなかったが、常に、影で動いている者が居た。
八造のジョギング姿を見かけ、その人物は、思わず頭を抱えるのだった。



真子を迎えに行く時間。
予定より、少し早めに出発し、学校へ到着した。
車から降り、真子が居る教室の方を見上げる八造。
そこには、真子と真子の担任の姿があった。
二人は何かを話している。
真子が笑った。

お嬢様。本当に楽しんでおられるんですね。

思わず笑みがこぼれる八造だった。



真子が駆けてくる。

「ごめん、遅くなったぁ」
「お帰りなさいませ」
「もぉ〜。それ、駄目だって言ったでしょぉ。忘れたの?」

真子がふくれっ面になる。

「すみませんでした」
「あのね、あのね! さっきね、担任の先生と話してたんだけど…」

真子が嬉しそうに語ってくる。
八造は真子を助手席に迎え、自分は運転席に回る。
アクセルを踏んでも、真子の話は続いていた。



再び、休みがやって来た。
こどもの日も含む休みが続くこの時期。
誰もが楽しく過ごしていた。
もちろん、真子も政樹とドライブや、映画鑑賞に出掛けていた。
その影で、八造が見守っているのも気付かずに……。




休みが明け、真子は学校に。
次の仕事を進める為、八造は真子に言われた手土産を持って、大阪へと向かっていく。
それを見計らったかのように、竜次の動きが、更に活発化し始めた。
阿山組系の小さな組を潰し始めただけでなく、幹部達の組を狙い始めた。
まるで、計画していたかのように、緻密に、無駄なく狙われる。幸いにも、幹部達は身構えていたのか、被害は大きくならず、負傷者も出ることは無かった。
そんな竜次の動きが、大阪にいる八造の耳に届いてしまう。

もしかしたら、真子を狙うかも知れない。

そう考えた八造は、予定の内容をいつも以上の早さで仕上げ、

「あとは、須藤さんにお任せします」

そう言い切って、大阪を発った。

「……猪熊ぁ……」

唖然とする須藤。
目の前には、見たこともないほどの書類が山積みに。

「俺一人では、無理やぁ……」

項垂れる須藤を、ただ、見つめるしか出来ないよしのたちだった。




八造は、本部に戻ったその足で、慶造の部屋へと向かっていった。
ノックをして、返事を聞き、名乗ってからドアを開ける。

「失礼します。ただいま戻りました」
「…予定より早いな…八造」
「申し訳御座いません。こちらの状況が耳に入りましたので、
 お嬢様の警護に当たりたいと思い、仕上げて参りました」
「その心配はしなくても良いと…言ったんだが…忘れたのか?」
「人手が必要かと考え、本来の仕事に入らせていただきます」
「……それは、俺が許さんな…」
「四代目が仰っても、私は、耳を傾けません」

珍しく、八造は慶造に逆らっていた。

「……俺の言葉が解らんのか?」
「解っております。だからこその言葉で御座います」
「八造……俺の思い……知ってるだろ? それは…」
「お嬢様の思いでもあります」
「それなら尚更……」

そう言った途端、八造は顔を上げた。
背後に感じる真子の気配。
八造は振り返った。
そこには、真子が驚いた表情で立っていた。

「……くまはち、どうして、ここに居るの? もしかして……お父様が
 呼び戻したの? …だって、くまはち……夏までは掛かるって…」
「仕上げてしまったので、時間が余りまして……」

誤魔化そうとしたが、真子の表情は、怒りに満ちていた。

「くまはち…今の状況…知ったのね…」
「お嬢様っ」
「お父様にお願いしようと思って、こうして、来たの」
「真子、何の願いだ?」
「真北さんの事。…無理なお仕事を…押しつけたんでしょう?
 だって、真北さん……帰ってこないから…」

真子の言葉を耳にして、この時、初めて、八造は気が付いた。
確かに、真北のオーラを本部内に感じない。
八造は慶造に目をやった。

こっちで迷惑掛けられんだろ。

慶造の目が語っていた。
八造は、慶造の思いを悟り、再び真子に目をやった。
真子は……。

「でも………くまはちが……。お父様……どうして?」
「八造が言った通りだ」
「……知ってるよ…今……何が起こってるのか。…お父様の世界で
 何が起こってるのか、私は知ってるの! その為に、くまはちを
 呼び戻したんでしょう? くまはちは………っ!!!」

真子が何かを叫ぼうとした時、急に口を塞がれた。
政樹だった。

「お嬢様。駄目ですよ。慶造さんのお仕事の邪魔をしては…」

そう言いながら、真子の体を抱きかかえ、政樹は慶造の部屋を去っていった。
呆気に取られる二人。

「…四代目……今のは…」
「地島も解ってるんでな。でも、こっちには来るなと言ってある」
「真北さんを遠ざけ、そして、地島をお嬢様の側から離れないように
 命令して、私の大阪での仕事の量を増やして……それで、あなたは
 何を考えているんですかっ!」
「さぁなぁ」
「四代目っ!」

八造が、慶造に怒鳴った。
しかし、慶造は、フッと笑みを浮かべるだけだった。

「黒崎竜次の攻撃が止むまで…私は本来の仕事に戻ります。
 では、これで」

八造は深々と頭を下げて、慶造の部屋を出て行った。
慶造は、ふぅぅっと息を吐き、天を仰いだ。

ったく、似てくるんだからなぁ。
眼差しだけでなく、口調まで…そっくりやないか。

姿勢を戻した慶造は、側にある煙草をくわえ、火を付けた。
吐き出す煙に目を細める。

まさか、戻ってくるとはなぁ。
あの量……短期間で済ませたら、須藤が嘆いてるやろな。
まぁ、その方が、向こうも動かんやろ。
一枚……上手かよ…くまはちはぁ……。

そっと目を閉じ、慶造は何かを深く考え始めた。



(2007.8.5 最終部 任侠に絆されて (4) 改訂版2014.12.23 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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