任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


最終部 『任侠に絆されて』
任侠に絆されて (9)

青空が広がるその日、何もかもが変わっていることに気が付かないまま、俺は目を覚ました。


修司は目を覚ました。
一番に目に飛び込んだのは、殺風景な天井と、そこから少し下にある、丸い透明な瓶と液体。

……ここは…病院…? …け、慶造!

自分の置かれた現状に気付き、修司は、体を起こした。

「いてっ……」

その声を聞きつけたのか、看護婦が病室に飛び込んでくる。

「猪熊さん!! 起きるのは、まだ早いですよ!! あなたは、かなり撃たれて
 出血が酷いというのに、車を運転なさって…重体だったんですよ!」

看護婦の言葉で、何かを思い出した修司は、

「…慶造は? 慶造は…どうなんですかっ!」

気が遠のく前の事を想いだし、看護婦に勢い良く問いだたした。
看護婦の表情が曇った。

「…俺よりも酷かった。……でも、俺が、こうして生きているということは、
 ……大丈夫なんだよな。……慶造は……」
「阿山さんは…お亡くなりになりました」

修司の言葉を遮るかのように、看護婦が告げた。

「亡くなった…?」
「……伝えたいことは全て伝えて…」
「伝えたいこと?」
「阿山組五代目のことです」
「ま、まさかっ……いてっ…」
「猪熊さんっ!!」

驚きのあまり、修司は体を起こして、傷を悪化させてしまった。




修司はその後、放心状態だった。
無理に体を起こしたせいで、傷が悪化し、再び意識が遠のいていた。
その時に、見た場面。
それは、懐かしいものばかりだった。
慶造と出会い、そして、喧嘩しながらも過ごしてきた日々、最愛の妻の事、そして、その死。更に、慶造が大切にしていたものが、次々と消えていく。
不思議な夢。
でも、夢。
夢だから、消えるのだろう。
これは、夢なんだから。夢だから……。
不思議な光景を見る度に、自分に言い聞かせている修司が、そこに居た。
ふと我に返る。
それは、夢でなく現実だと知った途端、暗闇に突き落とされた。
何かが自分の体を掴んだ。
修司は、その何かに手を伸ばし、掴み返す。

馬鹿が…。

慶造の声が聞こえた。

慶造?
慶造っ! 何処だよ!! お前は、何処にいるっ!!

叫びたいが、声が出ない。
それに苛立ち、拳を握りしめた。

修ちゃん…。

懐かしい声が微かに聞こえた。

!!!!

修司は、声が聞こえた方へと向かって、歩きだす。その足がいつの間にか、駆け足になっていた。

…どこだよ。……何処にいる?? 慶造………、
春ちゃんっ!!!!!!!!!!



修司は、ガッと目を開けた。
そこは殺風景な…。

夢……?

「良かったぁ。ったく…心配したんだから……」
「美穂…ちゃん……」
「もぉぉぉっ」

怒る声は震えている。

「俺……。いや……慶造…」
「何も考えないで、眠っててよ」
「無理だ…慶造は…俺を……」
「大丈夫だから」
「……どうなった。…さっき、看護婦から、慶造のことを聞いた。
 五代目の話……まさか………」

修司が急に眠った。
美穂の手には、注射器が握りしめられていた。

「…美穂ちゃん、それ、犯罪」

少し離れた所には、隆栄の姿があった。

「これくらい、いいでしょ!」
「美穂ちゃんの気持ちは解るけど…」
「……治療…しないわよ?」

美穂の言葉に、隆栄の表情が変わる。

「それは、ちょっと…」
「そんなに酷くなるほど、暴れなくても…」
「…それは、栄三に言えっ!」
「栄三の事を一番知ってるくせに、嗾けるからでしょ!」
「………ここまで、荒れてるとは…思わなかったって…」
「ったく。…解ったわよ…」

そうふてくされて、美穂は隆栄の襟首を掴み、修司の病室を出て行った。

暴れた…? 嗾ける??
小島…お前は…何を…。

深い眠りに入る前に聞こえてきた会話。気になりながらも、深い眠りに落ちていく……。



「真子お嬢様は?」

隆栄の治療をしながら、美穂が尋ねた。

「まだ……。まさちんが側に付いてるから心配ない」
「…そう…」
「お嬢様の傷は?」
「撃たれた場所より、心の方がひどそうね」
「…まさちん…次第…か」
「八造くんは?」
「真北さんと一緒」
「それこそ…」
「…だからだろうな、真北さんから離れようとしないのは」
「無事だけど、あれでは、もう…」
「あぁ。……俺も……」
「………隆ちゃんは、大丈夫よ。……骨折してるだけだから」
「!!!! 折れてるんかっ!!!」
「うん」
「あんの…馬鹿息子ぉぉぉっ!!」
「…隆ちゃんが嗾けたからでしょうが!」
「しゃぁないやろ。栄三の動きが…」
「慶造くんが避けただけなのに?」
「………だからこそ……。…八っちゃんは…動いたのにな」

隆栄は、寂しげに呟いた。

「…またしても……俺の失態…か…」
「隆ちゃん……」

隆栄は、腕で顔を隠していた。

どうすれば……。

その腕は、震えていた。




真子の病室。
政樹は真子の側に付きっきりだった。
慶造が息を引き取ってから、二日が経った。
慶造の遺言。
それをしっかりと受け止めた。
慶造の葬儀は、明日行われる。
その時に、決まる、阿山組五代目。
それが、今、目の前にいる真子だった。

お嬢様……俺は…、一生付いていきます。
だから、お嬢様は、お嬢様の思うように、過ごしてください。
どんなことからでも、お嬢様をお守りします。
例え、お嬢様の逆鱗に触れようとも、
この俺の体は、お嬢様の為に……あるものですから。

政樹は、真子の頭をそっと撫でた。
その途端、真子が目を覚ます。

「…まさちん……」
「お嬢様!!」
「……現実…だよね」
「えっ?」
「お父様のこと…現実…だよね」
「……はい…」

真子の質問に力無く応えるしかない、政樹。
偽ることはしなかった。

「…そっか…」

そう言って、真子は体を起こす。

「お嬢様、まだ、起きては…」
「大丈夫。……!!!」

お嬢様???

真子が政樹に抱きついてきた。
真子の体が震えている。

「どう…されたんですか? まさか、傷が…」

真子は首を横に振った。

「私の胸でよろしければ、気が晴れるまで…」
「……ありがとう。…でも、涙は……」
「無理…なさらないで下さい」
「…まさちん…」

真子の声は震えていた。

「私…怖い…」
「大丈夫です。私が付いてます。お嬢様をお守り…」
「違う」
「えっ?」
「私が………怖い」
「お嬢様……まさか…」
「…心の奥で、何かが騒いでる。それが、今にも飛び出しそうなの。
 …それが飛び出したら、何か途轍もない事になりそうで…だから
 怖くて…」
「…お嬢様、それは…」
「口にすることも…怖い…。まさちん……」

真子の腕が力一杯、自分を締め付けてくる。
政樹は、真子の思いを悟った。
必死で抑え込んでいる。
それが何なのかも、伝わってくる。
政樹は、真子を抱きしめる腕に力を込めた。

「ご安心を。…お嬢様が恐れていることは、…この私が
 代わりに、行います。だから、何も恐れることはありませんよ」

政樹の声が真子の心に何かを与えた。

「大丈夫。お嬢様は、そのようなことをなさらなくても、
 全ては私に。……私なら……慣れてますから」
「でも…」
「だから、お嬢様は何も考えず、ただ、御自分の事を考えて
 お過ごし下さい」
「…まさちん…」

真子が顔を上げた。
その表情から解る。
まだ、不安なんだと。
政樹は真子の目を見つめ、優しく微笑んだ。

「私のこと、信じてください。お嬢様の怒り…しっかりと受け止めました。
 でも、そのようなことはいたしませんよ。…それは、お嬢様が一番
 御存知ではありませんか?」
「……ぺんこうに…真北さんにも……くまはちだって、教えてくれた」
「えぇ。だからこそ…ですよ」

まさちんは優しく微笑みながら、真子に語っていた。
真子は政樹の目を見つめた。
揺るぎない、それでいて、力強く…。
真子は政樹の胸に顔を埋めた。

「私が付いてます。いつまでも、……いつまでも…」

真子の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。




次の日、真子は退院した。
退院したその日こそ、慶造の葬儀が行われる日。
本部へ戻った真子は、すぐに喪服へ着替え、会場へと向かっていった。
涙一つ零さず、流れる読経に耳を傾けるだけ。
誰もが哀しさに包まれているにもかかわらず、真子は、慶造の遺影を見つめていた。
その姿を目にした誰もが口走る。
本当に感情を失ったんだろうと。
五代目を継ぐつもりなのか…とも。
その言葉は、真子の耳を通り過ぎるだけだった。
春樹、そして、政樹たちのように真子を大切に想う者達は、真子の姿を見つめながら、それぞれが心の奥で誓った思いを再確認していた。
慶造との約束、そして、これからのこと。
勝司は、グッと拳を握りしめ、自分の本心を隠し、偽りの心を表に出す。
それこそ、一番辛いことでもある。
でも、それは、この世界で生きると決めた時に培われた思い…大切にしたい思い。
敢えて、辛い選択をした勝司だった。

四代目……、お任せください。

慶造の遺影に向かって、勝司は誓った。



読経が聞こえる中、八造は射撃場に居た。
手にした銃に弾を込める。
そして、一心不乱に的を撃っていた。

父の思いが解る。
父のこれからの行動も、想像が付く。
どうすれば…どうすればいいのか…。

再び銃弾を込めた時だった。

「そぉんなことをしても、無駄やで」

その声に振り返る八造は、そこに立つ男に銃口を向けた。

「お嬢様に付いて無くて…ええんか?」
「地島がいる」
「お嬢様が気にするぞ」
「…今は、無理だろ」
「お嬢様の事は考えないんか?」
「…そんな余裕すら…今の俺にはない」
「お嬢様のことを一番に考えないと駄目なのは、誰だよ」
「……俺だが……」
「だったら、行動は限られるだろ。ここでくすぶるな」
「…栄三……お前…」
「俺だって……」

そう言ったっきり、栄三は何も言わなくなった。それどころか、懐から取りだした銃で、八造が狙っている的を撃った。
全弾命中。
流石である。

「お嬢様を傷つけた輩は…許せないんでな」
「栄三……」

栄三は、銃弾を込め直し、懐にしまいこんだ。

「そろそろ出棺だ。…お前も来るだろ」
「…あぁ」

そう言って、八造は銃を懐にしまいこみ、栄三と一緒に射撃場を後にした。


八造と栄三が玄関へやって来る。慶造の棺が車に入っていくところだった。
それを見つめる真子は、慶造の遺影を持っていた。
無表情。
泣くことも、怒ることも忘れたかのような表情をしていた。
八造は思わず目を伏せた。

クラクションが鳴り響く。
それと同時に車が動き出した。
陶器が割れる。
組員達の声が辺りに響き渡る。
誰もが慶造を呼び続けていた。

「行くで、八やん」

栄三が声を掛けてきた。
動けなかった。
八造は栄三に引っ張られながら車に乗せられた。
向かう先は、笑心寺。
車の中に座っても、八造は目を開けることは出来なかった。
それが、何故なのか、自分にも解らなかった。
栄三が語る言葉に耳を傾ける。しかし、それらは、耳を通り抜けるだけ。
何を語っていたのか解らない。
ただ……、

お前が五代目を支えるんだろが!

その言葉だけが、耳に残っていた。





崎は、目の前で眠る竜次を見つめていた。
綺麗な顔をしている。
あれだけ、血を吐き出したというのに、口元や体は綺麗だった。いや、綺麗にしたのは、崎自身だが…。
組員が入ってきた。

「崎さん、そろそろ寺に着いた頃です」
「そうか…」
「どうされますか?」
「命令だからな。まだ生きているなら、狙え。そして、殺せ」

無感情。
常に冷静・沈着な崎にしては珍しい口調、そして、言葉。話しかけた組員さえ、驚いて、返事をすることを忘れてしまう程だった。

「命令だと、言っただろが。準備して、向かえ」
「御意」

組員は深々と一礼して、部屋を出て行った。
崎は、大きく息を吐き、頭を抱える。

俺が取り乱して、どうするんだよ…。

ふと、何かの気配に気付き、顔を上げた。

「!!!! 竜次様っ!」

目の前の竜次が目を開けて、崎を見つめていた。

「くっくっくっく……逝きそびれたみたいやな…俺…。
 脈打ってるのが、解るで」
「心臓…止まりました。そして、宣告したのですが…」
「それなら、いつまで、こうしてるつもりやったんや?」
「それは…」
「……慶造は?」
「今日が葬儀で、先程、笑心寺へ到着したとのことです」
「…娘は?」
「連中を見届けていた者の話によると、想像以上の素早さに
 逃げられたという話。しかし、一発、見舞っております」
「…そうなると…想像付くが…」
「えぇ。向かった連中は、猪熊の息子に、そして、組員の半分は
 小島の息子に…」
「そうか……。それで、娘を狙うよう、命令…か」
「はい」
「俺の………」
「竜次様?」

竜次は、眠っていた。
崎は、慌てて、竜次の脈を取る。
弱々しいが、脈は打っている。ホッと息をつき、竜次の布団を掛け直す。
本当に、死んだと思っていた崎。だけど、信じられない為、いつまでもいつまでも側に座り、見つめていた。
崎の思いが通じたのか、竜次が目を覚ました。
だが、それは…。

俺が寝たきりになっても、俺の思いは、お前が継げ。

竜次の言葉を思い出した崎は、意を決したのか、急に眼差しが鋭くなった。
竜次の思い。
それは、竜次が、この世界に足を踏み入れる前に聞いた事。

「竜次様。あなたの意志は、私が…」

竜次に深々と頭を下げ、崎は部屋を出て行った。
ドアが閉まると同時に、竜次が目を開けた。

「俺の…意志ぃ〜? それは……。…っくくく…っくっくっく。
 あっはっはっはっは!!!」

竜次の笑い声が、室内に響き渡った。
その声こそ、これからの『新たな世界』に訪れる何かを感じさせる程、不気味な雰囲気を醸し出していた。






修司の病室。
修司は、窓際に腰を掛け、空を見上げていた。
青空は、憎たらしいほど広がっていた。
鳥が飛んでいく。
修司は、ため息を付いた。

慶造…お前…お前だけ逝くなよ。
逝くときは一緒だと何度も…。

目を瞑ると慶造と過ごした日々が蘇る。
初めて逢った日、小学校卒業前のランデブー、小島と知り合った日、そして、三人で過ごした日々。それから、慶造が跡目を継ぐことになった事件での、慶造の姿。

「あの日から、決まってたんだな…この日が来ること…」

慶造…。

いつの間にか握りしめていた拳を壁にぶつけていた。
病室のドアが開いた。

「よぉ、生きてるかぁ?」

そう言って、病室に入ってきたのは、隆栄だった。片手に杖を持ち、体を支えながら、ゆっくりと窓際に近づいてくる。

「…しけた面しとるなぁ」
「当たり前だろ…俺が……、俺が……生きてしまったっ!」

修司は、思わず、隆栄にしがみついてしまった。

「うわっ! あほぉ、俺、支えられないっ!!」

修司を支えきれずに隆栄は尻餅を突いてしまった。隆栄の胸に顔を埋めて涙を流す修司。
その体は、震えていた。

「俺を……殺してくれよ………。小島…お前の手なら…」
「せん」
「生きていられない…慶造を…俺…守れなかったんだよ」
「阿山は、お前を守ったぞ」
「逆だろ…が…」
「それが……阿山慶造だろ?」

修司の体の震えが停まった。

「それに、一緒に逝ってたら、それこそ、五代目が哀しむよ」
「なぜ…お嬢様は…五代目を?」
「さぁ、それは知らん。…もう、かなり暴れてるけどなぁ」
「八造は…何をしてるんだよ…」
「まさちんと一緒になって、暴れてるらしいよ」
「報復か?」
「んにゃぁ、違うなぁ。…銃器類を一斉に禁止したよ」
「銃器類を?」
「あぁ」

顔を上げた修司は、隆栄を見つめる。

「見つめるな。抱くぞ」

ガツッ!

修司の拳が、隆栄の頬に飛ぶ。

「おぉ、健在健在」

修司の拳の強さを懐かしむように、隆栄が言い、そして、続けた。

「…阿山の…四代目の意志を継いだんだろ?」
「知らないはずだ」
「自然と…耳に入っていたかもな。そして、もう、失いたくないんだろう。
 大切な命を…銃器類で」
「大丈夫なのか?」
「さぁ。まだ、始まったばかりだ。そして、俺たちも…まだ…。で、挨拶するか?」
「……俺……合わせる顔がない。…守れなかった。この世に居ても、俺…」
「そう言うな。…俺の立場はどうなる?」
「お前は…お前の家系は、そうじゃないだろ?」
「時代は変わった。そう思えばいい。俺たちは、隠居だろ?」
「それでも…目の前で失ったものは、…もう……戻らない…」
「猪熊…」
「殺してくれよ……」
「出来ないよ。…悪いな…お前の気持ちに応えられなくてよ」

隆栄は立ち上がり、修司に肩を貸してベッドに座らせた。

「俺、帰るで。一人で居るのが辛いなら、誰か呼ぼうか?」
「……いい…」
「そっか。ほな、元気でな」

静かに出て行く隆栄。
ドアが閉まった音を耳にした修司は、布団に潜る。

慶造……。

目を瞑ると思い出すのは、慶造と過ごした日々。
どうしても、どうしても思い出してしまう。

修司は布団から顔を出し、殺風景な天井を見つめていた。





隆栄は病院の駐車場から修司の病室を見上げた。

こりゃギリギリだな……。

ため息を付き、車のキーロックを外し……。

「!!!! いてっ!! 何すんねんっ!」
「何処行くんよぉ」

美穂だった。

「美穂ちゃん、俺、怪我人」

隆栄が車に乗り込もうとした瞬間、怪我している足を軽く蹴ったらしい。

「重傷が、歩き回ってるんだもん。怪我人と言えないでしょぉ」
「この格好を誰が観ても…って、何のようや?」
「検査は?」
「………やることあるから、後」
「隆ちゃぁぁん??」
「…解っとるやろが。今までで一番大変な時期だって」

いつにない、深刻な表情の隆栄に、美穂は何も言えなくなった。

「お嬢様が五代目継いで、早速、五代目の命令、
 それを考えると、この先のことが心配だろが。
 それに……」

修司の病室を再び見上げる。

「あいつも心配だからな…」

美穂も同じように修司の病室を見上げた。

「修司君、傷もひどいけど、精神的な方が、もっと…。
 眠っているとき、辛そうな表情をしているし…」
「…殺してくれ…」
「いいよ? いつ?」
「俺ちゃう」
「そうなの?」
「……美穂ちゃぁん〜」
「慶造君を追うのかと思った」
「猪熊が……」
「そうなんだ」
「あぁ。………俺の方が……辛いで…」

隆栄が呟くように言った。

「隆ちゃん…」

項垂れる隆栄の頭を優しく腕に包み込む美穂。

「今は、隆ちゃんに……無理して欲しくないよ……」
「美穂ちゃん」
「…私も……辛いから…」

美穂ちゃん……。

残された男達は、先に進めずに居た。





阿山組本部。
真子が五代目を継いだことにより、厚木総会の攻撃を受けてしまった。
本部は荒れている。
それ以上に荒れたのは……。


八造は、五代目を継いだばかりの真子のためにと、春樹と一緒にあちこち足を運んでいた。
その日のまとめを終え、大きく息を吐いた。
ほんの少し前の事を思い出す。

春樹に言われたものの、やはり、任せてられないという思いが強く、単独で厚木総会に乗り込もうとした…が、真子と一緒に天地山に行っていたはずの政樹が先に到着していた。
政樹の怒りは今まで感じたことのないもの。
それが、政樹の本来の姿だと、その時、初めて実感した。

八造にしては珍しく、大の字の寝転んだ。
ふと目に飛び込んだ天井を見つめる。

まさちん……か…。

真子が愛称として呼ぶ名前。
親しい者だけが使っている。八造自身、真子の前だけしか呼ばなかった。
いや、どうしても呼ぶ気が起こらない。
それは、地島政樹の昔の姿を知っているから。
その男が、真子の側に居る事自体が許せない。
なのに、あの姿……。

突然起き上がり、八造は部屋を出て行った。
荒れた部分を修理している組員達を見つめていた。
その組員の向こうから、一人の男が歩いてくる。
いやぁな男だった。
八造はわざと目を反らして、踵を返した。

「よぉ、八やぁん」

名前を呼ばれて眉間にしわが寄る八造は、一歩踏み出したが、栄三に肩を掴まれた。

「離せや、栄三っ」
「お前も本来の地島の姿観て……腹立った?」

その言葉を耳にして、八造は栄三の手を払いのけ、振り向き様に胸ぐらを掴み上げた。

「喧嘩…売っとるんか? こるるぅらぁ」

八造の怒りが頂点に達しそうな雰囲気。
荒れた部分を修理していた組員達の手が止まる。
もし、八造が暴れたら、修理し始めている箇所が……。
そっちが一番心配らしい。しかし、八造の手は、栄三に掴まれ、

「ちょっと来いや」

裏庭に引っ張られていった。
組員達は、二人の行動をただ見つめるだけしかできなかった。



裏庭にある池の前にやって来た栄三と八造。

「なんやねんっ」

八造は再び、栄三の腕を払いのけた。

「なぁ、八やん」
「なんや?」

栄三に対しては、どうしても、荒っぽい返事をしてしまう。

「…あのな……」

いつにない、栄三の深刻な表情が気になった八造は、取り敢えず、耳を傾けた。
その時だった。

『くまはちぃ』

春樹の声がした。

「すまん、真北さんが呼んでる。後でええか?」
「あ、あぁ。後でな」

栄三の返事を聞くと同時に、八造は春樹の声が聞こえた方へと駆けていった。
栄三は池の中を優雅に泳ぐ鯉を見つめる。

「伝えるべきか……否か…。……難しいよなぁ」

栄三はため息を付いた。



八造の姿を見つけた春樹は、手招きをする。

「すみません。なんでしょうか」
「真子ちゃんの事やけど…」
「はっ」
「明日には戻ってくるそうや」
「そうですか。では到着時刻には迎えに行きます」
「まさちんを連れて行けよ」
「…地島の怪我は、まだ…」
「これ以上、一人での行動はやばいんでな」
「やはり、あの状態が…」
「まぁな。それに、これからは、お前だけじゃなく、まさちんも
 真子ちゃん…いや、組長を支えることになるんだからな」
「はっ」
「頼んだで」
「御意」

深々と頭を下げる八造の肩に春樹が手を添える。

「…猪熊さんの事なんやけど…」

八造が頭を上げた。

「親父に…何か?」
「その後、どうなんや? すまんな、俺、見舞いに行く時間を
 作れなくて…」
「美穂さんからの連絡では、心配ないとのことです」
「意識…回復して良かったよ」
「ご心配、ありがとうございます」
「………兎に角、明日、頼んだぞ」
「はっ」

春樹は八造に背を向けたまま、自分の部屋へと入っていった。

真北さん?

春樹の後ろ姿に疑問を抱いた八造だった。



裏庭に戻ってきた八造は、誰も居ないことに気が付いた。

「栄三のやろぉ、話は途中やろが。…ったくぅ」

ちょっぴりふくれっ面になりながら、八造も自分の部屋へと入っていった。
そして、明日の予定を組み始める。



春樹は自分の部屋に入り、ドアに鍵を掛けた。
テーブルの上に無造作に放り投げた手紙に目をやった。
その手紙の宛名は『真北春樹』。
手紙の最後の方に書かれている名前こそ、

『阿山慶造』

だった。

慶造の野郎……。

その手紙は、慶造が息を引き取ったあの日、疲れ切って部屋に戻ってきた時に見つけたものだった。
出掛けるときは無かった。
なのに、その日……。
その手紙に書かれている内容こそ、これからの阿山組のこと、そして、春樹に対しての思いと春樹への願い。
最後には…。

春樹は手紙を手に取り、最後の一文を見つめた。

真子を頼む……か。

春樹は手紙を握りしめる。

馬鹿やろ……。

春樹の頬を一筋の涙が流れ、そして、落ちた。





真子が本部に帰ってきた。
出掛けた時とは違い、すっきりした表情をしている。
真子を駅まで迎えに行った八造と政樹も少し落ち着いた雰囲気が漂っていた。
心配していた程、真子は……。


一難去って、また一難。


幹部達を前に、真子が暴れ、それを政樹が取り抑えた。更に、幹部達に真子の思いを力強く訴えた。
八造は春樹と一緒に、これからの為に動いていた。
春樹は、真子が通う学校へと向かう。
八造は、本部のことが心配…いや、本部の連中の真子への行動が心配で、急ぎ足で戻っていく。
戻った途端、八造の側にやって来たのは、数日前に、八造に何かを伝えそびれた栄三だった。



再び、裏庭にやって来た二人。
栄三は、ただ、池を見つめるだけだった。

「だぁからぁ、栄三、何を言いたいんや? いつものような
 話やったら、今はやめてくれよ。俺は、組長の…」
「深刻な話や」

八造の言葉を遮ってまで、栄三が語り出した。

「……まさか、地島が暴れたことで、真北さんに…?」
「それはない。……猪熊のおじさんのことや」
「…意識は回復しただろ。…しかし、怪我はひどいから…」
「そっちは、少しずつリハビリすれば治るって、お袋が。
 ………俺の親父から聞いたんやけど……」

栄三が静かに語り出した事。
それは、隆栄が修司から直接聞いた言葉そのものだった。
栄三の言葉に、八造は気力を失ってしまう。

「まさか……親父が……」

想像もしなかった言葉。
八造は、呆然と立ちつくしていた。



(2007.11.25 最終部 任侠に絆されて (9) 改訂版2014.12.23 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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