任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第二部 『三つの世界編』
第二話 和らぐもの

天地組組本部。
夜の静寂に人影が現れた。その気配で、眠っていた天地が目を覚まし、そして、体を起こした。

『全員、仕留めました』
「まさ。御苦労。ゆっくり休め」
『はっ』

再び、静けさが漂う。天地は、何事も無かったように眠りに就いた。


まさは、自分の部屋へ入っていった。そして、体に付いた赤い物を洗い流すように、風呂場へと直行する。
排水溝へと流れる水が、透明なものから、赤い物へと変わっていく。

「くそっ…」

鏡に映る自分の体。その二の腕から、血が滴り落ちていた。

「ん…ぐっ!! くっ………!!」

カラン……。

小さい金属音が風呂場に聞こえた。床に転がるもの、それは、銃弾。片手に持つ細いナイフで、弾痕を切り開き、そして、そこに留まっている銃弾を自ら取り除いたのだった。
水を停め、タオルで止血するように傷口を押さえ、脱衣場へと足を運ぶまさ。

「親分…」

なんと、ドアの所に、天地が立っていた。

「自分で取り除くとはなぁ。…やられたのか?」
「すみません。一発だけ、弾くことができず、腕に…」
「見えていたんだな?」
「はい」
「それなら、次は大丈夫だろ?」
「気を付けます」
「こっちに来い。縫合してやる」
「いいえ。テーピングで大丈夫なように裂きましたので、縫合は必要ありません」
「………ったく、驚く事ばかりだな。そこまで腕がいいなら、勉強せんでも
 いいだろうが」
「必要です。相手に気付かれずに仕留めるには…必要なことですから」
「そうだな。…ほら、来いよ」

ナイトガウンで身を包み、怪我をした方の袖を捲りながら、天地に招かれるように歩くまさ。ソファに腰を掛けると、天地は、用意していた救急箱から薬を取り出し、まさの手当てを始めた。

「本当に、テーピングで大丈夫のようだな」

天地は、テープでそっと傷口を塞いだ。

「暫くは安静にしておけ。三日間、休みを与える。好きに過ごせ」
「ありがとうございます」

天地は、静かに部屋を出て行った。
まさは、一点を見つめたまま動かなかった。
心のどこかで、何かが叫んでいる…。
最近、仕事を終えた後に覚えた感覚。それが、何かは解らない。
次の日、朝日が昇る前に、天地山の頂上へ足を運ぶまさ。
自然豊かな山。そこに朝日が昇り始めた。
その圧倒的な雰囲気に、まさは、言葉を失い、その場に立ちつくしていた。
何も、考えられない……。そんな状態だった。







春が近づく頃。
その日、世間は、ある賑わいを見せる。

合格発表の日。
春樹は、友人と共に受験した高校へと足を運ぶ。校門近くに張り出される合格者のボードに目を凝らす。友人と共に、自分の受験番号を見つけた春樹。

「やったな!」
「あぁ」

その喜びを伝えようと公衆電話の前にやって来る春樹は、家に電話を掛ける。電話に出たのは、叔父さんだった。

「あれ、叔父さん」
『春樹くん、合格だろ?』
「はい」
『その足で、産婦人科に向かえ。めでたい続きだ!』
「ほんとですか?」
『あぁ。二時間ほど前に、陣痛が来たからといって、姉さんから連絡があった。
 春樹君の連絡を待つように、俺が言われてな』
「すぐに向かいます。親父には?」
『ちゃんと伝えてる。だけど、張り込みに向かうそうだ』
「そうですか。ありがとうございます」

春樹は受話器を置き、友人に振り返る。

「お袋、陣痛だって」
「病院か?」
「あぁ。すまん! 祝いは、また今度な!」
「解ってるって。おばさんにおめでとうって伝えてくれよ」
「ありがと」

とびっきりの笑顔を向けて春樹は、走っていった。


産婦人科に到着した春樹は、躊躇うことなくドアを開け、受付の看護婦に声を掛ける。

「真北です。その…」
「まだですよ。でも、そろそろ分娩室に移る時間ね。急いで!」
「はい!」

母と時々来ていたからなのか、迷わず分娩室へと向かっていく春樹。ちょうど母親が、分娩室に入る所だった。

「お母さん」
「はぁ…るき…」

苦しそうな声で名前を呼んだ。

「親父、無理みたい。俺が付き添ってもいい?」

母は優しく頷いた。

準備をして、分娩室へ入った春樹は、母の手をしっかりと握りしめていた。
母が力む。
大きく息を吐き、そして、吸う。
再び力む。
春樹は、母の表情を見つめていた。

「がんばって」

そう言うのが精一杯。母のこんな表情は初めて見る。子供を産む大変さを目の当たりにする春樹。
父親がよく口にする言葉を思い出す。

子供を産む大変さを知っていれば、命を粗末にする気持ちすら、起こらない!

母親は、これだけ、苦しんでこの世に命を誕生させるのに、どうして、簡単に命を奪えるんだろう。生まれる瞬間の子供は、どうなんだろう。
この瞬間は、誰でも同じなのに、なぜ…。

元気な産声が分娩室に広がった。
母は、ホッとした表情になっていた。いつの間にか、母の手が、春樹の手を包み込んでいた。

「ありがとう、春樹」
「お疲れ様でした、お母さん」

微笑み合う二人に、生まれたばかりの子供を看護婦が連れてくる。

「男の子ですよ」
「…弟……か」
「あの人から、名前聞いた?」
「男の子なら、芯です。芯のしっかりした元気な子に育つようにと…」
「春樹、抱いてごらん」
「わ、わ、私がですか!!!」
「世話してくれるって言ったじゃない」
「そうですが…。その…」
「練習、練習。はい。こうしてしっかりと支えてあげてね」

看護婦に手渡された弟をしっかりと手にする春樹。まるで壊れ物を扱うような雰囲気だった。

「初めまして、芯。俺が、兄貴の…春樹です。そして、この方が、
 お母さんだよ。…って、言わなくても、解るか…」

春樹は、嬉しそうに語りかけていた。そして、母の手に弟・芯を渡す。母は、とても優しい表情を芯に向けていた。

俺の時も、こうだったのかな…。

生まれたばかりの弟にちょっぴり嫉妬する春樹だった。

「春樹、結果はどうだったの?」
「もちろん、合格でしたよ。家にも通知が届いたみたいですね。
 叔父さんが、陣痛のことを言う前に、おっしゃったんですよ」
「おめでた続きだね。春樹。おめでとう」
「ありがとう、お母さん。…ありがとう…弟を生んでくれて…」
「ったく、この子ったら。照れること言ってくれちゃってぇ〜」

春樹と母は、微笑み合っていた。


春樹は、高校に通い始めた。もちろん、父に代わって、母と一緒に、弟・芯の世話をしている。ベビーベッドに寝ころぶ芯の横で、勉強をしている春樹。母も、そんな春樹の姿を嬉しく思っていた。
歳の離れた弟。もしかしたら、勉強で忙しいと言って、全く面倒を見てくれないかもしれない。そう思っていたのだった。しかし、春樹は、母親の自分よりも芯のことを考えてくれている。安心できる。赤ちゃんを扱うのが初めてだからと、戸惑っていたが、まだ、三ヶ月の芯を扱う姿は、プロ顔負け。もちろん、育児書なんて、手元には置いていない。どうして、そこまで出来るのか。母親自身が驚いていた。

教師を目指してるから。

その心意気が、そうさせている様子。春樹は、嫌がるどころか、嬉しくて仕方がないだけだった。
かわいい弟。どんな風に育つのか。これからが楽しみ。
芯を見つめる真北の目は、とても柔らかかった。




真北が通う高校。
朝の登校風景は、どこの学校も同じだった。しかし、どこか、異様な雰囲気が…。とある男子高校生が、背中に何かを背負っている…。

「…真北…お前……」

校門で生徒達を迎えている先生が、驚き、言葉を失っていた。

「おはようございます。…すみません、先生。母が過労で倒れてしまって、
 その…一時保育も満員だとかで…その……。今日一日、俺が世話を…」
「って、それなら、何も登校してこなくても…。疲れるだろうが、それに、
 子供も愚図るだろ?」
「あっ、それは、大丈夫です。芯は、大人しいですから」

そう言って、背負っている弟の芯を先生に見せる真北。芯は先生の顔を見て、微笑んでいた。

「かわいいなぁ〜。真北の弟のかわいがりようは、噂で知ってるけど、
 なんとなく、解る気がする。そうなるよなぁ。…って、休んでもいいぞ」
「一日でも休むのは良くないと、母に怒られましたから。途中で、保育園に
 預けると言って、家を出てきたのは、いいんですが…その…すみません」
「…仕方ないなぁ。授業の間は、職員室で預かっておこう」
「あの…芯は、俺から離れると、泣きますので…」
「………真北」

静かに呼ぶ先生。

「はい」

きょとんと返事をする真北。

「始めっから、預ける気、無かっただろ…」
「…ピンポォン。流石、よくお解りになる。その通りです。高校に子連れで来たら
 どんな反応があるのか、将来の為の勉強…っつーことで」
「まぁきぃたぁ〜、お前なぁ〜って、人の話を聞くことも、教師の第一歩だろが!!
 こら、真北っ! 待ちなさいっ!!」

周りの生徒たちと同じように歩き出す真北。…弟・芯を背中に背負ったまま…。他の生徒達の目なんか、全く気にせずに、真北は、先生と話しながら、教室へと向かっていった。


教室に入ると、真北の姿に誰もが目を見開いていた。

「真北…お前…」
「すまん。おかんが倒れてな、親父も仕事だし、保育園に預けられなかったんで、
 こうするしか、無かったんや…」
「おれ、嫌だぞ、ガキの泣き声は嫌いだぁ〜! うるさいだろが、授業にならないっ!」
「大丈夫。芯は、泣かないから」
「…って、子供が泣かないのは、困るだろ?」
「大丈夫だって」
「…真北、お前のその自信は、どこから来るんだ? 常日頃、不思議に思ってるけどな。
 それよりも、おしめはどうするんだよ。教室で替えるのだけは、やめろよ」
「保健室に駆け込むよ。さっき、先生にお願いしてきたから」
「それなら、保健室に連れてけ」
「…芯が嫌がった。ここの方が落ち着くみたいでな…」

そう言って、芯を見つめる真北の眼差しは、それはそれは、とてもとても柔らかく、そして、優しい。女生徒たちの心を響かせていた。

「真北くんの弟って、かわいいね」
「ありがと」
「こう見てると、真北くんって、お兄さんというよりも、父親って感じだね」
「近所でも言われるよ。…そんなつもりはないんだけどなぁ」
「子供好きだったんだ」
「そうみたいだな。芯が生まれてから、自分が子供好きだと気が付いたよ」
「…かわいいぃ〜」

真北の周りに、女生徒が集まり始めた。

「ちっ、人気取りかよ…」

男子生徒の中で、そういう声が広まっていた。その声に直ぐに反応する真北。女生徒の間から、その男子生徒を睨み付ける。
その目に恐れた男子生徒は、事が起こる前に、教室を出て行った。
授業開始のチャイムが鳴った。
授業の間、芯を膝の上に乗せ、先生の話に聞き入っている真北。芯もまた、真北と同じように先生を見つめていた。いつもより、二つ目が多い教室。それも、未だに何も知らないはずの幼い子供の目…。なぜか、緊張する先生。何度もチョークを折っていた。




夏休み。
橋病院の待合室に、春樹と母の春奈、そして、弟の芯が待っていた。芯の定期検診だった。母の体調も思わしくないこともあり、春樹が付き添っていた。
そこへ現れる白衣を着た男…。

「よぉ、真北」
「…………何してる?」
「…それは、俺の台詞だろが。おっ、その子が弟?」
「そうだよ」

春樹は、芯を抱きかかえ、声を掛けてきた男・橋に嬉しそうに見せていた。

「かわいいだろぉ」

そう言う真北の表情は、とろりんとしていた。

「お前が、そこまで子煩悩だとは思わなかった。…子供好きだったっけ?」
「好きだったみたいだよ」
「おばさん、調子はどうですか? 父から聞いておりますが…」
「少し悪いくらいなんだけどね。あの人も春樹も心配するんだから」
「それでも、検査は、きちんと受けて下さいね」
「ありがとう」

春奈が呼ばれる。

「真北様、診察室へどうぞ」
「春樹、行ってくるから」
「私は、検診に行ってきます」
「いつもありがとう」

そう言って、春奈は診察室へと入っていった。
春樹は、心配顔で母を見送り、そして、芯の検診へと向かって歩き出す。もちろん、橋が付いてくる。

「橋、いいのか?」
「今日、休みだろが。親父が手伝えって五月蠅くてな」
「手伝えって、それ、違法だろ?」
「案内するだけだよ。他の先生達の仕事っぷりを観ておけってな」
「勉強か。休みなのに、大変だな」
「いいんだよ。お前の為に、外科医になるんだから」
「教師が怪我ばかりすると思ってるんか?」
「………しないよな。…まぁ、生徒に…ってこともあるだろ? …っと、
 その前に、生徒が倒れてそうだな」
「あのなぁ〜」

橋は、芯を見つめていた。

「しっかし、お前にべったりだな」
「親父は、仕事で帰る日が少ないだろ。俺の事勘違いしてるかもな」
「してそうだな。お前の事を父親だって」
「大丈夫。今は、まだ、何も知らないだろ。しゃべるようになったら、
 ちゃぁんと教えておかないとな。俺は、お兄さんだって」
「そうだぞぉ。…かわいいな」
「そっか、橋は初めて逢うんか」
「そうだよ。お前とも、久しぶりだろが。…で、高校、どうだ?」
「結構楽しいよ。一度な、弟を連れて行ったんだよ」
「教室にか?」
「授業も受けた」
「泣いただろ?」
「いいや。全然泣かなかった。それよりも、授業をしっかりと聞いてた。
 先生の方が緊張してたよ」
「へぇ〜。環境が変わったら泣きそうなのになぁ。こりゃぁ、大物になるで」
「そうかなぁ」
「真北の弟だからな」

橋の言葉で、春樹は、醸し出される雰囲気が、がらりと変わる。

「はぁしぃ〜?」
「弟の前で、それは、やめれ」
「そっか」
「時間あるんか?」
「お袋の診察が終わるまでならな」
「じゃぁ、一緒に。…つもる話がたっぷりあるからさぁ」
「つもる話し?」
「あぁ。…俺と同じ境遇の奴が居てよぉ」
「お前と同じ?」
「医者の子供。跡継ぎって言われてる奴」
「……橋が通ってるところって、医者の子供が九割だろが」
「そうだけどよぉ。その奴がな、道っていうんだけどな、そいつがよぉ」

橋と真北は、そんな話をしながら、芯の検診を受けていた。








夏の天地山の頂上は、緑に覆われ、美しさを現していた。その頂上の、とある場所に、まさが立っていた。下界の広大な景色を、ただ、じっと見つめているだけだった。
三日前、仕事を終えた。その後遺症が残っている。
何か解らないが、途轍もないものが、心を締め付けていた。その苦しさから逃れる為に、この場所で、何も考えずに立ちつくしていた。
足音がした。
その足音に警戒する、まさ。袖に隠したナイフがいつでも出せるように身構える。

「ここに居たのか」

その声と同時に、まさは警戒を解いた。

「親分」

まさを探していた天地だった。天地は、まさの隣へ、ゆっくりと歩み寄った。

「まだ、戻れないのか?」
「すみません。その…よく解らないのですが、この辺りが苦しくて」
「一度、検査を受けろ。お前の動きは、心臓に負担を掛けてるかもしれない」
「それは、ございません」
「それでも、一度、受けておけ」
「ご心配をお掛けします」

天地は、景色を眺める。

「宿題は、終わったのか?」
「二日で終わらせてしまいました」
「悪かったな、休みに仕事をさせて」
「いいえ。親分の為なら、仕事をしている方が、私の体には、良いですから」
「そうか」
「…次の仕事ですか?」
「いいや、暫くは、情報収集だけにする。体勢を整えたいからな」
「かしこまりました」
「調子が良いのなら、夕食に出掛けるぞ」
「お供致します」

まさは、深々と頭を下げ、天地と山を下りていった。


夕方。
天地とまさは、二人っきりで高級レストランへやって来る。そこで、食事を取った。端から見れば、親子にしか見えない。
天地組の幹部たちは、この時間を大切にしていた。
親分が息子同然にかわいがっている、まさとの時間。
亡き息子と、時々重ねて観ていることを幹部達は知っていた。それを停める事はしなかった。

誰もが、まさの怖さを知っている…。



天地組組本部。
まさは、自分の部屋で勉強をしていた。小学校をほとんど休み、卒業する年齢に達していないのだが、年齢を偽って、医学関連の中学部に通っていた。天地が、かなりの金を積み、入学させた様子。それを知っている、まさは、親分に恥じないよう、一生懸命勉強をしていた。

「楽しいな…ほんと」

辞書を広げる時の表情は、輝いていた。


天地が、まさの部屋へやって来た。

「まさ」

ドア越しに声を掛けるが、返事がない。気になる天地は、そっとドアを開けた。その表情が、和らぐ。

「ったく、その体勢だと、体に悪いぞ」

まさは、机に突っ伏して寝ていた。右手には鉛筆、左手には辞書。枕代わりにしているのは、ノートと教科書だった。天地は、まさを抱きかかえ、ベッドに寝かしつけた。机に戻り、片づけをする、その手が止まる。

「……って、独学で勉強するなら、学校に通う必要ないだろが。
 中学二年の教科書か…。本当に勉強が好きなんだな。それに、これ…。
 医学の専門書…。ったく、いつの間に、こんなのを揃えてるんだ……」

本棚には、医学関連の専門書がたっぷりと並んでいた。それらを眺めながら、ふと思い出す天地。

「そういや、入学した頃、どえらい買い物をしたと言ってたな…。
 それが、これか。…こいつ、こっそりと…」

俺を驚かせるつもりなんだな…。

まさが、寝返りを打った。


天地は、自分の部屋に戻り、タンスの引き出しを開ける。
そこに、こっそり入れられている写真。
それは、まさにそっくりな笑顔を放つ、既にこの世から去った、自分の息子。

「お前も、生きていたら、同じ事をしていたのかな…。俺が、この世界を
 生きなければ、こんなことは、無かったんだろうな」

天地の手の甲が濡れていた。



庭木が、風も無いのに揺れている。まるで、何かが通り過ぎたような感じで、葉が揺れる。
少し離れた所で、再び、葉が揺れた。

ドサッ!

「いてっ!! …失敗か…」

木の上から落ちてきたのは、まさだった。自分なりに、体を鍛えている様子。目にも留まらない程の早さで動く。それが目標の様子。
立ち上がり、体に付いた土を落とした後、再び姿を消す。
消すというより、見えない早さで動き回っていた。


「あの動きは、本当に人の動きには見えませんね」

天地組の幹部と天地が、庭に通じる窓から、まさの様子を伺っていた。

「そうだな。あの日…。小島が襲撃に来た日、恐らく、あのような動きで
 逃げたんだろうな。まぁ、その時の記憶は、ショックで無くなったみたいだが、
 いつか、知る日が来るだろうな。…復讐、するかもしれないな」
「小島の情報、集めてますが、中々のガキのようですね。あの阿山慶造に
 付いていくと豪語したらしいですから」
「阿山慶造…か。まぁ、暫くは、手を出さないさ。土台を固めてから、
 再び仕掛けてやる。その時は、どう動いてくれるんだろうなぁ」
「千本松組の連中を全滅させたこと、…無意識だったそうですよ」
「…噂に聞く、阿山組の二代目と同じだな。…三代目も、とんだ喰わせもんだったしな。
 それらの血を全て引き継いだ男か…。これは、一筋縄でいかないだろう。
 周りから、徐々に…行く。…その為にも、まさの力も必要だ」
「えぇ」
「もっと、鍛えて、もっと経験を積んでからだな。…まさが成長するまで
 待つつもりだ。お前らも、しっかりと支えてくれよ」
「御意」


その後、天地組が、水面下で動き始める………。


原田まさ・齢十五。
通っていた学校は、組のために、大半は休んでいた。それでも、時々出席する試験には、いつも満点を取る。そして、十五になった時、卒業することが出来た。人よりも一年長く通った学校。その後の進学を、天地は勧めた。しかし、まさは、断っていた。

親分の仕事を覚えたい。

その意気込みからだった。そんなまさが、天地の影で働き始めた。
時には、側近のような仕事を、時には、ボディーガード、そして、本来の仕事・標的の抹殺。それらをいとも簡単にこなしてしまう、まさ。その名は、いつの間にか、その世界に広がっていく……。








紅葉が綺麗な時期がやって来た。
真北家は、久しぶりに四人揃って、紅葉狩りに出掛けていた。体調も良くなった母・春奈。仕事も一段落ついて、暇になっている父・良樹。そして、弟思いの春樹と、何も知らずに無邪気な芯。
芯を抱きかかえるのは、春樹だった。父と母は、ラブラブに腕を組んで歩いている。
こんな日は、何も起こらないで欲しい。
そんな願いが届いているのか、この日、お昼になっても、呼び出しのベルは鳴らなかった。

母が作ったお弁当を広げる。芯を膝の上に座らせて、芯のご飯を運ぶ春樹。芯は、嬉しそうに両手を挙げる。

「はい、あぁん」

芯は、口を大きく開けて、春樹が差し出した物を口に入れた。

「春樹、クリスマス、どうする?」

父が尋ねる。

「そうですね。芯にとって、初めてのクリスマスになりますから…。
 って、いつもクリスマスの時期だからって、特別に何かしてましたか?」
「してないけどな、事件、起こりそうにないし…」
「いつ、起こるか解らないでしょう? 今から予定をしていたら、それこそ、
 中止になりますよ」
「春奈ぁ、してなかったのかぁ?」
「してませんよ。春樹、いっつもこうして、冷たい返事しかしないから」

ちょっぴりふくれっ面の春奈。それには、流石の春樹も参ってしまう。

「すみません…。ただ、親父が、働いてるのに、浮かれるのは……」
「俺に気を遣うなと何度も言ってるだろがぁ。ったく、お前は変なところで
 気を遣うんだからなぁ。誰に似たんだか。…芯〜。この性格は似るなよぉ」

春樹の膝の上に座る芯の頬を指で優しく突っつく父・良樹。その目は、いつも見せている厳しさは無く、もう、本当に、親ばかっぷりを現している目になっていた。

「あなたぁ〜。ほんとに、親ばか…」
「お前に言われたくないな」
「あらぁ、それを言うなら、春樹でしょぉ。私より、あなたより、親なんですから」
「そうだよなぁ。ほんと、ここまで、子供好きとは思わなかったな」
「……って、親父もお袋も…俺を何だと思ってるんですかっ!」
「息子」

父と母は、声を揃えて短く答える。

「当たり前のこと、言わないで下さいっ!!!」

春樹、久々に怒る……が、膝の上の芯は、怒っている春樹を観て、無邪気のはしゃいでいた。
兄なら、なんでも喜ぶ芯。怒り顔、悩む顔、口を尖らせる時の顔、そして、笑顔。
まだ、観た事がないのは、哀しい顔だけだった。

「橋くん、その後どうしてるの? あれから、お話した?」
「電話で時々してます。どうやら、ライバルの腕が気になるらしいですよ」
「ライバル?」
「道病院の息子さんだって。同じ外科医を目指していて、腕も凄いし、
 頭も凄いらしいですよ。あの橋が、気にするくらいですからね、その
 道っていう子も、相当な人物なんでしょうね」
「橋くんって、自分に自信を持ってるからなぁ。自分が一番というところ、
 昔っからだよな。ほら、春樹と運動会で競争したとき。お前も負けず嫌いだから
 二人して、すんごい競り合いをしていただろ。未だに忘れないなぁ」

父がしみじみと言った。

「結局、二人とも張り切りすぎて、ゴール直前で、同時に転んでビリだったな」
「親父ぃ〜。そんな昔話は、忘れて下さい」
「忘れられないって。…写真に撮ったっけ?」
「ったく…」

春奈とそっくりなふくれっ面をする春樹だった。
和やかなムードが一転する…。
父の持つポケベルが鳴った。

「ちっ。事件か」

父は、ポケベルで番号を確認した後、近くの公衆電話で、どこかへ連絡を入れる。深刻な表情で、話している父。先ほど、春樹と橋の昔話をしていた時とは、正反対に、厳しい表情で、誰も寄せ付けないというオーラを発していた。
父が連絡を終え、戻ってくる。春奈が心配そうな表情をしていた。

「大丈夫だって。動き始めたとの情報だけだから」
「動き始めたとは?」

春樹が尋ねる。

「まぁ、春樹には関係ないことだけどな。…命を何とも思わない世界だよ。
 東北地方で水面下に動いていた天地組と関東の阿山組、そして、関西、
 中国、九州。それぞれの組織が動き始めたという連絡」
「…やくざ…ですか?」
「あぁ。一般市民を恐怖に陥れるような輩は許さない…」
「あなた」

春奈が、良樹に声を掛ける。

子供の前では、仕事の面は見せない。

春樹が生まれた時、良樹は、春奈に宣言した。仕事面は、妻の自分でさえ、恐怖を感じるというのに、子供が怯えると考えられるからだった。

「…すまん」

そう言うと、良樹の表情は、和らいだ。

「大丈夫ですよ。私は、もう大人ですから。…親父の仕事の時の顔、
 知ってますから。…夜中に出掛ける姿を何度も見てましたよ」

平気な顔で話しながら、膝の上の芯に笑顔を振りまく春樹。

春樹のやつ…いつのまにか大人になりやがって…。

「そうか。…でも、芯が居るから、気を付けるよ」

良樹は、最後の卵焼きを口に放り込んだ。


芯を抱っこしている良樹は、もみじの葉を芯に見せながら、優しく語りかけていた。春樹と春奈はベンチに腰を掛けて、父と子を見つめていた。

家族の時間。

春樹は、この時間をいつまでも大切にできたらいいな…と思っていた。
先ほどの父の表情が気になっていた。
命を何とも思わない世界。
テレビや映画、小説などで知っている世界。しかし、それは、架空のもの。現実はどうなのかは、知らない。

父は知ってるのだろうか…。

三年前、家に帰ってこない日が続いていた。自分自身は、大人の世界を知り始めた年齢に達していた。だからこそ、父親は、『浮気』していると考えた。母の心配する顔を時々見ていた。しかし、父からの連絡を受けた後は、必ず嬉しそうな表情と安心した表情に変わった。そんな母を見て、自分の考えは間違っていると確信した。
親を信頼している。
父の仕事は刑事。
一般市民に迷惑を掛ける輩には容赦しないという噂を耳にしたこともある。それ程、父は、仕事に誇りを持ち、全力で立ち向かっているのだろう。
そんな父の表情が、一瞬だけ曇った。
その一瞬だけの表情が、脳裏に焼き付いていた。不安が過ぎる。
しかし、最愛の弟に向ける表情は、そんな不安を吹き飛ばしてしまうほどのものだった。

「春樹?」

一点を見つめたままの春樹に声を掛ける春奈。

「はい」
「どうしたの? もしかして、芯をあの人に取られた事、悔しいの?」
「…それもありますね。…でも、親父……父親ですから」
「当たり前のことを言う…何か深く考えてた?」
「えぇ。先ほどの、父の表情が気になりました」
「連絡してたときの?」
「はい」
「大丈夫よ。芯の前で、あの表情だから。それに、すぐに駆けつけなかったでしょう?
 それらが、全てを語ってる」
「でも、もし…」
「気になるのは、確かよ。その…やくざって、刑事達にも容赦ないっていうからね。
 でも、あの人は言うの。『仁義の世界で生きている奴らは、そう簡単に手を出さない。』
 ってね。どうして、そこまで、自信たっぷりに言うのか、気になるんだけど…。
 心配いらないから。あの人、昔っから、そうだった。スピード出世なのよね〜。
 何事に対しても全力で尽くすから。いつ、寝込むかと待ちかまえてるのに、
 まぁったく、そんな素振りも見せないし…」
「寂しくないんですか?」

春樹の質問は唐突だった。そんな質問をした春樹自身、驚いていた。今まで思った事はあったが、口にしたことは無かったからだった。

言ってはいけなかった…。

だけど、母・春奈は、優しい眼差しになり、芯に優しく語りかける良樹を見て、そっと応えた。

「寂しくないよ」

春奈は、春樹を見つめる。

「春樹が居たからね」
「お母さん…」

春奈の表情と言葉で、なぜか照れる春樹だった。

「俺の大切な人を口説くなよなぁ〜、春樹」

父・良樹の言葉で我に返る春樹。

「って、親父っ!!! 何を言ってるんですかっ!!!」

照れ隠しに怒鳴る春樹。顔は、ゆでだこのように、真っ赤になっていた。


帰路に就く車の中。
春樹は後部座席で、芯を膝に抱いて、眠っていた。

「心配してますよ」

春奈が、そっと呟く。

「すまなかった。そのつもりは無かったんだが…思わずな」
「その世界が動き始めたとなると…」
「今まで、大人しかったのが、反動で激しくなるだろうな。東北から動き始め、
 徐々に、関東へ来るとなると…、阿山組と黒崎組の争いになるだろうな。
 その二大組織が争うと、世界が揺れ始める。…それが、昔っから言われてることだ」
「あの頃、よく聞きましたから」
「飽きたか?」
「いいえ」

春奈は微笑み、そして、続ける。

「四代目になってから、暫くは、大人しかった阿山組。動き始めるのかしら?」
「さぁ、それは、わからないな。ただ、今まで以上に厄介な事が起きるだろうな。
 周りに迷惑は掛けないで欲しいよ。奴らは、奴らの世界だけで、争えって。
 あまりに激しくなるようなら、俺たちが手を出すだけだよ」
「気を付けてくださいね。あなたは、いっつも前しか見てないから」
「最近は、横も見るようになったよ」
「そのようには、見えませんよ」
「ったく…。もう、何も言わん」
「言ってくださいね。私だって、まだ協力できますよ」
「あのなぁ〜。お前は、もう、家庭に入ったんだ。…母親だろうが」
「あなたは父親でしょ? 忘れないでね」
「あぁ。…忘れてないさ」

そう言って、ルームミラー越しに、後部座席の二人の息子を見つめる良樹だった。

阿山組……?

うつらうつらと眠りながらも、両親の会話を聞いていた春樹。
なぜか、その名前だけが耳に残っていた。

「ほら、春樹、起きろ。家に着いたぞ!」

父親が、元気に声を掛けた。



(2004.1.10 第二部 第二話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
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※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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