任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第二部 『三つの世界編』
第五話 本領発揮!

真北家・良樹の部屋。
春樹は、父の残した一冊のファイルを熱心に読んでいた。
阿山慶造が、四代目を継ぎ、その後に起こる数々の出来事が、事細かく書かれていた。







慶造は、本部の奥に続く廊下を歩いていた。廊下は突き当たった。柱の一部に手をかざし、動かすと、スイッチがあった。そのスイッチを押した途端、壁が開いた。
隠し扉。
慶造は、慣れたような感じで、奥へと入っていった。
廊下を進むと、一つのドアがあった。ドアノブに手を掛け、ドアを開ける。そこは、大きな部屋になっていた。まるで、射撃練習場のような設備が整っている。慶造は、それらを眺めていた。部屋の片隅にある棚に収めてあるのは、色々な種類の銃器類。それらを手に取り、何かをチェックする。

「四代目、ここでしたか」

笹崎が慶造を追いかけるように入ってきた。

「笹崎さん…」
「いつまで、『さん』が付くんでしょうか…」

笹崎の言葉に微笑む慶造の隣に歩み寄り、同じように棚にある銃器を手に取り、見つめる笹崎。

「私には、必要ありませんけどね」
「小島がいつも気にしてるけど、どうやって、その体に武器を
 納めているんですか?」
「企業秘密ですよ」

にっこりと笑って笹崎は応える。

「また、それですか。四代目の命令でも?」
「『さん』が付かなくなってからですね」
「ったく…」

そう応える慶造の表情は、高校生にしか見えない。

「一週間後、納入だそうです」
「そうですか。まぁ、仕方ありませんね。その後、招集してください」
「かしこまりました。…久しぶりに、どうですか?」

笹崎は、一つの銃を手に取り、言った。

「…こうやって、笹崎さんに教わっていたと親父が知ったら、それこそ、
 笹崎さん、こうして、ここに居ませんね」
「そうですね。でも、存じておられたかもしれませんよ」
「親父のことだから、知っていて知らないふりをしていたでしょうね」
「えぇ」

慶造は、銃に弾を込め、そして、的に銃口を向けた。

六発の銃声が響き渡る。

的の中心に一つの穴が空いていた。それは、全弾命中を示していた。

「衰えてませんね」
「笹崎さんの御指導が良かったからですよ」
「四代目の素質です」
「だから、跡目教育を?」
「先代の御意志ですよ」
「そうですか」

慶造は、銃創から薬莢を取り出し、銃を棚に収める。

「ん? 手入れをしていたんですか?」
「うちの組員が、しておりましたよ」
「それで、こんなに綺麗なんですね。もしかして、準備していたとか…?」
「それも企業秘密ですね」
「まぁ、それでもいいですよ」

足音が聞こえてきた。振り返る二人。扉の所に笹崎組組員が立っていた。

「おやっさん、よろしいですか?」
「あぁ。なんだ?」

自分の組員に対しては、親分の貫禄を醸し出す笹崎。組員は、慶造に一礼し、笹崎に耳打ちする。

「それなら、俺が行くよ」
「あの、そ、それはちょっと…」

焦る組員に、慶造は尋ねる。

「どうしたんですか?」
「修司さんと隆栄さんが、帰られたようですよ。その客人と一緒に」
「…終わったんだ。…で、客人?」
「はい。私が会ってきます。恐らく、何かを告げに来たんでしょう」
「…客人って、誰?」

組員の表情が気になる慶造は、組員に直接声を掛けた。組員は、深々と頭を下げて、そして、応えた。

「失礼します。その…成川先生です」

組員の言葉で、笹崎は、息を飲む。そして、成川の考えが解った。

「ったく、あいつは…」
「笹崎さん、私が会いますよ。逢いづらいでしょう?」
「はぁ…でも、四代目ぇ」
「修司と小島が一緒なんだろ。行きましょう」
「あの、四代目」

組員が呼び止める。

「ん?」
「おい!」

呼び止めた組員に対してドスの利いた声を張り上げる。
組員の立場で、四代目に直接声を掛ける事は御法度。
そう組員に言い聞かせている笹崎。慶造を呼び止めた事に対して、怒りを覚えていた。

「すみません!」
「いいよ。何?」

当の本人は、気にしていない様子。

「その…卒業、おめでとうございます」

元気よくハキハキと言った組員は、深々と頭を上げる。

「うん。ありがとう」

組員は顔を上げた。
目の前には慶造の嬉しそうな笑顔があった。

そうだった…。慶造さんは…。



応接室へ入っていった慶造と笹崎。そこには、制服を着た修司と隆栄、そして、背広を着た成川が待っていた。慶造の姿を見た途端、成川は立ち上がり、声を掛けた。

「卒業式、出席しなかったでしょう、慶造さん。あれ程申したのに」

成川の言葉遣いが違っていた。
まるで敬うような…。

「一年の締めくくりの大切な日に、事件が起こったら、それこそ
 迷惑を掛けてしまいますよ。だから、修司にもらってくるようにと…。
 って、修司、小島、何をするつもりだぁ〜っ!!!!」

修司と隆栄は、慶造を抑え込み、強引に服を着替えさせた。
慶造は制服に着せ替えられた。そして、胸ポケットに小さな花が挿された。成川は、鞄の中から一枚の紙を取りだした。

「卒業証書授与。阿山慶造殿……」

三人の突然の行動に驚いた表情をする慶造は、ただ、突っ立っているだけだった。成川が、読み上げる。そして、慶造に差し出した。

「卒業、おめでとう。校長に代わって、私から」
「成川先生…。ありがとうございます」

慶造は、卒業証書を受け取った。
拍手が起こる。修司、隆栄、そして、笹崎が、手を叩いていた。

「…修司…てめぇなぁ〜。もらってくるだけで良いと言っただろが」
「俺も言ったって。だけどな、その…成川先生が…ね…」
「そう言うと思ってたから、事前に校長先生に頼んでいたんですよ。
 校長先生も来るとおっしゃったんですが、その…」
「俺が停めた」

隆栄が代わりに応える。

「小島ぁ、あのなぁ」
「しゃぁないやろ。組員が怒り心頭なんだからよぉ。阿山が四代目を
 継いだことで、高校に通うなって、そりゃ、ひどいと思うよ。
 そのことで、組員、怒ってるだろが。だけどさ、成川先生は、その…
 だから、笹崎組の組員が知っていたから、安心だったけどさぁ」
「…ったく。でも、ありがとう。その…成川先生、お時間ございますか?」
「あるよ。何か?」
「こいつらが、帰って来たら、卒業パーティーを予定してたんですよ。
 ご一緒にどうかと思いまして…。笹崎さんの料理になります」

成川は、笹崎を見つめる。少し気まずそうな表情をしている笹崎に気を遣うように、成川が応える。

「その…やはり、みなさんで楽しまれる方がよろしいかと思います。
 折角のお誘いですが…申し訳御座いません」
「俺に気を遣うな。四代目の優しさに応えろよ」
「……親父……」
「久しぶりだろ、食べていけ。では、四代目、用意します」
「お願いします」

笹崎は、一礼して応接室を出て行った。

「慶造さぁん」

困ったような声を張り上げる成川に、慶造は微笑むだけだった。

「春ちゃんと子供も来るけど、いいのか?」

修司が恐縮そうに尋ねる。

「当たり前だろが。賑やかな方がいいだろ?」

慶造は待ちわびている表情をする。

「小島、美穂ちゃんは?」
「すまん。やっぱり、無理かな…。今、つわりの真っ最中」
「それなら、付いて無くて大丈夫なのか?」
「実家に戻ってる。まぁ、春には落ち着くだろうってさ」
「そっか。寂しいな、折角の日なのになぁ」
「そういう阿山は、呼んでるのか?」
「…呼べないよ。ここには…」

慶造は、大切な人を呼べずにいた。自分にとっては、大切だが、幹部達には、未だに良く思われていない状態だった。

それらを全て納めてから…。

慶造の意識が、とある場所へと飛んでいく………。

「じゃぁ、慶造……って、慶造? おぉぉい!! 慶造ぅ〜!!」

修司が呼んでも意識は、ぶっ飛んだまま……。



阿山組本部の近くを一人の女の子と男性が歩いていた。

「やはり、難しいですよ、お嬢様」
「でも…お祝いはしないと…。慶造君、今日卒業式でしょう?」
「そうですが、本部に直接お伺いするのは、慶造さんも…」
「そう言うけど、…もう着いちゃった!」

嬉しそうな笑顔で、そう言った女の子・ちさとは、阿山組本部の門の前で立ち止まる。門番が、二人の姿に気が付き、歩み寄る。

「なんじゃい」

門番は、体格の大きい山中にドスを利かせて声を掛ける。

「あの、すみません。慶造君…おられます?」
「慶造くん? 四代目に何のようじゃ?」

ちさとにまで威嚇する門番に、大人しくしていた山中が怒りを覚える。

「おい、われ…。四代目の客人に対して、どういう態度をしてるんじゃい。
 敵だと思う相手でも、客には丁寧に接するもんだろうが。そんな態度を
 取っていたら、四代目の教育が悪いと思われるぞ。四代目の顔に
 泥を塗る事になるが…どうだ? 俺の意見は間違っているか?」
「そ、その…」

山中の威厳に、たじたじする門番。

「山中さん」
「いいえ、お嬢様。これは、教育です」
「それでも、今は…」

門前のやり取りに幹部の一人が気が付き、顔を出す。

「どうしたんじゃ」
「おやっさん。その…四代目を名指しで客人が…」
「客?」

幹部は、ちさとを見て、すぐに何かを悟った。

「四代目のお祝いに来られたんですか? 沢村のお嬢さん」
「はい。卒業式だとお伺いしたので…」
「お招きしたいところなんですが、その…私は、何とも思ってないんですけどね、
 他の幹部達が、沢村家を悪く思っているんですよ。それを気にして四代目は
 躍起になっておられるんですよ。冷たい目で見られますが、入りますか?」
「あの……これだけ、お渡しください」

ちさとは、考えていた通りの態度に肩の力を落としながらも、笑顔で猫柄の紙袋を差し出した。

「どうしたんですか?」

笹崎が門前で繰り広げられるオーラに反応したのか、出てきていた。それにつられて、修司と隆栄も顔を出す。

「ありゃ、ちさとちゃん」
「小島さん。あの…慶造君にこれを…卒業おめでとうって…」
「それで、わざわざ?」
「だって、慶造君、私の時に、来てくれたでしょう?」
「慶造、喜ぶよ」

修司が言った。

「でもさぁ、ちさとちゃぁん」

ちょっぴり軽い口調で隆栄が言う。

「なぁに?」

ちさとは首を傾げた。

「その…阿山が卒業したってことはさぁ〜。ほら、ね。俺たち、阿山と
 同級生なんだけどぉ〜」
「……あっ!!! ごめんなさい。…その…猪熊さん、小島さん、卒業おめでとう!」

慌てて言ったちさとだった。

「で、俺たちには…」
「小島、あのなぁ〜」

ちさとが手にする紙袋に目線をちらりと移す隆栄。そんな仕草に、思わず修司も怒りを覚え、隆栄の目を塞ぐ。

「ちゃんと三つ入ってます!」

ちさとは、微笑みながら言った。

「ありがとうぉ〜! …そうだ。これから、卒業パーティーするんだけど、
 ちさとちゃんも一緒にどう? 実は、今から呼びに行こうと思ってたんだよ」
「でも…この方がおっしゃる通り…幹部の方には…」
「だぁいじょうぶだって。俺と猪熊、そして、山中さんが一緒に居るんだよ?
 心配ないって。それに、そんな幹部達は、もう帰ったから」
「よろしいんですか?」
「もっちろん!! いやぁ、ほんと、阿山のやつ、驚きそうだなぁ」
「…小島、すでに、ばれてると思うけどなぁ、俺…。じゃぁ、俺、家に戻るよ」
「戻らなくても、もう、そこに…」

隆栄の言葉と同時に門に振り向くと、そこには、春子と三人の子供が立っていた。

「おとうさぁん!!」

そう言って、子供が、修司に駆け寄ってくる。

「おう、剛一、武史! おりこうさんにしてたかぁ?」
「うん!」

二人の子供は、同時に返事をした。そこへ、三男の修三を抱きかかえた春子が近づいてくる。修司は、修三を抱きかかえ、高い高いして、子供をあやす。修三は、キャッキャとはしゃいでいた。
その光景を見て、ちさとと山中は、目を丸くして驚いていた。

「どうしたん?」

隆栄が尋ねる。

「その…猪熊さんのお姿が…あまりにもいつもと違っているから…。
 立派な父親なんですね」
「あっ、その…」

修司は、思わず気を遣う。
親子の姿は…。

「大丈夫! もう、落ち着いたから。ありがとうございます、猪熊さん」
「安心したよ。じゃぁ、どうぞ!」
「お邪魔します」

ちさとは、元気に返事をした。そして、振り返り、先ほどの幹部に優しく微笑み一礼した。
ちさとたちの姿が去っていった。

「よろしいんですか、おやっさん」
「気を付けろよ。沢村家との事があっても、今の俺たちの親分は、
 阿山慶造四代目だ。その四代目が大切に想っている者の一人である
 あのお嬢さんのことは、丁重に扱わないとな。もしものことがあるだろ?」
「まさか、姐さんに?」
「さぁ、それは、どうだろな。まだ、解らない事さ。じゃぁ、俺は帰るよ」
「はっ。お疲れ様でした。お気を付けて」

幹部は門の前に停まった高級車に乗って去っていった。

「姐さん…か……。謝っておこう」

先ほどの態度を反省する門番だった。



リビングでは、卒業パーティーが行われ、賑わっていた。

「ちさとおねえちゃんのとなりがいい!」

剛一が言い、ちさとの隣に腰を下ろす。

「こら、剛一っ! そこは、春ちゃんママの席!」
「やだっ!」
「剛一、わがままは、お父さん、許さないと言ってるよなぁ」
「猪熊さん、気になさらないで。剛一くんとは、初めてお話するから、
 私の事が気になるんでしょう。ね、剛一くん」
「へへへ! うん! おとうさん、だめ?」
「ったく、しゃぁないなぁ。今日は特別だから。好きにしろ」
「やったっ!」
「…って、おいおい…」

隣に座ると言っておきながら、剛一は、父親・修司の許可が出た途端、ちさとの膝の上に座っていた。

「剛一くんは、何が好きかなぁ?」

優しい眼差しで語りかけるちさとに、剛一は、照れているのか、何も応えず、ただ、指をさすだけだった。

「はい、これね?」
「ありがとうございます」

ハキハキとお礼を言う剛一。きちんとお礼を言えるところが、猪熊の教育の厳しさを物語っていた。ちさとは、剛一だけでなく、武史、そして、春子の膝の上にいる修三にも優しく話しかけていた。春子とちさとも女性だけの話で盛り上がる。
そんな二人を見つめている修司が、ふてくされるように呟いた。

「はぁあ。あの二人の話に入れないな…」
「猪熊、ちさとちゃんに嫉妬か?」
「俺の春ちゃん…」
「こんな時くらい、いいだろうが。毎日一緒なんだからよ」
「そうだけどさぁ。剛一や武史まで、嬉しそうだろ? 修三は、その雰囲気で
 全く泣かないし、笑顔だし…」
「…………こんな時でも、息子のことしか見てないんか…。ったく。
 俺、こんな親ばかにならないように気を付けよぉっと」

小島が、あぐらを掻いて姿勢を崩す。目の前のテーブルに新たな料理が並んだ。

「あのなぁ、阿山、お前が運んでどうするんだよ」
「…その…あの親子の間に入らないとさぁ。俺が誘ったものの、
 やっぱり、気になるし…」
「それなら、成川先生に、こっちに座ってもらえばいいだろが」
「達也さんもお手伝いするって利かないから…」

慶造は、すごく困った表情をしていた。

「ったく。俺が行く」

そう言って、修司が立ち上がり、厨房へと向かっていった。

「成川先生、座っててください。私が代わりますから」
「猪熊くん、いいよ。これでも、私は、慶造さんのお世話をしていた
 時期もあったんですから」
「でも、今は、保健室の先生ですよ? 関係ありません」
「そう言ってるのに、こいつは、利かないんだよなぁ」
「親父…」
「ったく、そういう頑固さ、治せと言ってあるだろうが。よく、それで、
 先生が務まっているなぁ」
「親父、料理の腕、落ちたんじゃありませんか?」

成川のその言葉に、穏和な態度を取っていた笹崎は、頭に血が上る……。

「たぁつぅやぁ〜、てめぇなぁ、親に向かって、その言葉はなんじゃい!」

げっ…笹崎さん、鬼の形相……。

思わず腰が退ける修司。しかし、成川は慣れているのか、動じていない。

「今は、違いますよ。でも、本当のことですよ」
「………本当か?」
「はい。何かあったんですか? それとも、お疲れとか…」

成川は、辺り構わず仕事の癖が出た。笹崎の体調を診ている。

「って、こら、達也!!」
「親父が、これじゃぁ、慶造さんもですね。明日から一週間は
 ゆっくり体を休めてください」
「準備があるから、無理だ」
「体が資本だと、いつも申してるのは、どなたですか?」
「この時期を逃したら、それこそ…」

笹崎は、楽しく話している慶造を見つめる。その目と表情で、親父が無理をしている理由を悟る成川。

「四代目が頑張るのに、俺がくたばっていられないだろ?」
「そうですね」

成川も、慶造を見つめていた。その目線に気が付いたのか、慶造が振り返り、成川を手招きしていた。そして、慶造は、修司と交代するようにと合図する。

「行けって。四代目が怒るぞ」
「そうですね。では、猪熊君、お願いします」
「はい。ごゆっくり」
「修司さんも、いいですよ。ここは、私一人で大丈夫ですから」
「駄目ですよ。私もお手伝いします。それに、春ちゃんと話せないから、
 あそこに居ても、おもしろくない…」

ふてくされる修司に、笹崎は微笑んでいた。

「相変わらず、アツアツですね、お二人は」
「へへへ。……笹崎さん」

急に深刻な表情で修司が尋ねる。

「はい」
「やはり、私も慶造のことを『四代目』と呼んだ方がいいんでしょうか…。
 もう、高校を卒業したし、これから、慶造と共に動く事になる。
 組員の目もあるから、四代目、猪熊…そういうやり取りの方がいいんですか?」
「どうでしょうか。慶造さんは、未だに、私の事を『さん』と付けてますよ。
 それが取れるまで、今のままでよろしいかと思います」
「でも、慶造のためには、必要ですよね」
「えぇ。四代目としての態度は、まだまだですから。修司さんは、できますか?」
「慶造に教育ですか?」
「四代目…上に立つ者としての教えですよ」
「親父に教わってますから、いざとなれば、出来ます」
「そうですか。あとは、慶造さんの心次第ですね」
「はい」

沈黙が続く。

「…味…変わってますか?」

笹崎が、静かに尋ねる。

「いいえ。腕も落ちてませんよ」
「…あいつの照れか…。くそっ、騙された…」

笹崎の言葉に、修司は微笑んでいた。

「でも、ご無理なさらないで下さい。これからは、私と小島も居ますから」
「本当に、進学なさらなくて、良かったんですか?」
「慶造が進学しないなら、俺がしても仕方ないですよ。それに、俺…、
 一家の主になったんだから。学業まで手は広げられませんよ。
 そこまで、器用な人間じゃありません」
「修司さんなら、何でもこなすじゃありませんか。それは、凄い事ですよ」
「負けず嫌いですから。努力は欠かしません。……でも、慶造って、
 努力する前に、なんでもこなしてるよなぁ。あれには、本当に参るよ。
 笹崎さんの教育?」
「元々備わってるものですよ。それには、本当に、参ります」

慶造の事を語る笹崎の表情は、とても軟らかく、まるで、自分の息子のような感じで話している。そんな笹崎の、慶造への思いが常に気になる修司は、静かに尋ねた。

「笹崎さんにとって、慶造は、どんな存在なんですか?」
「欠かせない家族です。もちろん、達也のことも欠かせません。だけど、
 慶造さんは、そのような感じではなく…なんでしょうか…、表現
 できないところもありますね。達也より、一緒にいる時間が長いですから。
 慶造さんの何もかもを知っていないと気が済みませんし…」
「…独占欲?」
「それに当たりそうですね」
「笹崎さんの行動を見ていたら、参考になりますよ。俺もそのように
 動くべきなのだろうと、思いますから」
「でも、これだけは、決して行わないようにね」

笹崎は、左の小指を立てていた。第二関節までしか無い短い小指。

「それこそ、慶造の怒りが治まらなくなりますからね。しませんよ」
「私も、どうかしてましたね。あの日、停められ、命をもらったというのに」

あの日。
それは、幼い慶造が拉致され、その責任を取ろうとドスを手に、腹をさらけ出した日のこと。
慶造が元気に回復するまで、その思いをグッと堪え、そして、元気な姿を見た次の日、決行しようとした矢先、自分の事を心配していた慶造に見つかり、阻止された。その日以来、その時手にしたドスは封印している。しかし、腰に納めている日本刀は、どうしても封印できず……。

「笹崎さぁん、追加ぁ!!」

慶造の声で我に返る笹崎。

「はい、すぐに! って、ペース早いですよぉ、慶造さん!!」

慌てて食材を手に取る笹崎だった。





新たな武器が搬入される。その武器は、隠し射撃場へと運ばれていく。そこには、幹部と組員が集まっていた。目の前に広げられる武器の数々。それらを手に取り、説明する厚木会会長と副会長は、得意気な表情をしていた。

「流石に扱い慣れてるな。それに、あれは、初めて見るよ」

その場に居合わせている隆栄が呟く。

「しかし、慶造、いつの間に、あんな雰囲気を身につけたんだろうな」

厚木と同等のオーラを発して、話している慶造を見て、修司が言った。

「俺たちが、のんきに勉強していた間だな」
「なんだか、怖いよ」
「猪熊らしくない発言だな」
「そうか?」
「あの日の姿を思い出したら、大人しい方だと思うけどなぁ」
「それもそっか。…それを支えていかないと駄目なんだよな」
「そうなるなぁ」

そんな話をしている二人に振り向く慶造。

「なぁ、小島、頼めるか?」
「何を? すまん。話は聞こえてないから、わからん」
「あのな、ここの設備。これじゃぁ、古くて使いづらいからさ、改造できるか?」
「う〜ん」

隆栄は、周りをじっくりと見渡し、そして、応えた。

「できないこともないが、金かかるぞ」
「それは、大丈夫。小島に任せる」
「どんなんがいい?」
「そうだな…」

改造と聞けば、目の色が変わる小島隆栄。何か新たなことを考えるのは、得意中の得意。語り方や仕草を見るだけで、嬉しくて仕方がないということが手に取るように解る修司だった。そこで、発言。

「四代目!」
「あん?」

慶造が振り返る。

「いざというとき、武器が使えなくなったら、どうされるおつもりですか?」
「それは、ちゃんと考えている。猪熊、お前の出番になるけど、いいのか?」
「俺の出番?」
「今、考えたことだよ」
「ははぁん、そうでしたか。かしこまりました。道場の準備していただけますか?」
「そうだな。ここは、小島と厚木会長と副会長に任せましょう。笹崎さん、
 私は、猪熊と話があるので、お任せしてよろしいですか?」
「はい」
「じゃぁ、猪熊、こっち」

慶造は指をさして、修司を呼び、射撃場を出て行った。笹崎は、慶造の姿を見送った後、小島と厚木の会話に参加する。


射撃場から通じる廊下を歩き、回廊に出た慶造と修司。

「ったく、まだ、『さん』を付けてるぞ、慶造」
「しまった…。どうしても難しいんだよなぁ。気を付けてるのにな」
「まぁ、幹部連も組員も、その呼び方を聞き慣れてるから、大丈夫やろ。
 でも、ケジメは付けないとな」
「まぁ、いいか。『さん』付けたままでも。…で、道場で何をするつもりだ?」
「解ったような話っぷりだったろが」
「まぁなぁ。組員や若い連中を鍛えるつもりだろ?」
「そうだよ。親父が気にしていたことだからな。今の連中は、弱すぎる。
 だから、任せてられないって。確かにそんな雰囲気だよな。それに、
 最新鋭の武器を扱うんだ。足腰が弱かったら、それこそ、厄介だろうからな。
 こっちで、やりやすいようにさせてもらうけど、いいのか?」
「修司に任せるよ。その方が安心だ」
「小島も参加するかもなぁ」
「当分、無理だろ。あの場所に、武器にあう最新鋭の設備を頼んでおいたから」
「一ヶ月で終わらせるかもな…。忘れたんか、あいつの好きなこと」
「………そうだった。好きなことほど、没頭する奴だった。……しまった。
 美穂ちゃんに怒られるよ…」
「俺は、知らんぞ」
「程々に、見ておかないとな〜。う〜ん」

困ったように頭を掻き、庭を見つめる慶造。
その表情は、先ほど見せていた『四代目』の貫禄はなく、修司の知っている親友・慶造だった。

「なぁ、慶造」
「ん?」
「無理すんなよ」
「解ってるって。この一週間、ちゃぁんと体を休めていただろ? お陰で、
 元気だぞ。結局は、ちさとちゃんの言葉に負けてしまったよなぁ」
「ちさとちゃんには、弱いよな…」
「まぁな。…どうしてかな…」
「惚れた弱みって奴だろ」

慶造は、何も応えなかった。

「…ちさとちゃんの入学式、そろそろだよな」
「心配か?」
「まぁな。だってよ、高校生になっても、クラスは同じなんだろ?」
「クラス替えはあるらしいけど、顔ぶれは、あまり変わらないだろうな」
「まぁ、小島が来たときのような雰囲気だろな。外部入学が少しってとこ」
「そうだな。…って、まさか、行くつもりじゃないだろうな」

慶造の話っぷりを見て、修司が言った。

「行けないよ。…それに、俺は、親じゃない」
「夕方にでも、行くんじゃないのか?」
「たぶん、忙しくて行けないと思う」
「そうだったな。スケジュールびっしり。…で、例のことも実行か?」
「あの場所に居ない幹部と組の連中には、実行するよ…個別にな」
「厚木を引き込んで大丈夫なのか?」
「まぁ、大丈夫だよ。脅し利かせてるからね。忠誠を誓ったよ。
 それには、本当に驚いた」
「慶造についていけば、全国制覇の夢…見れるからだろうな」
「そんな気はないけどな。…必要だからな…」
「慶造? …お前、俺に言ってないこと、あるだろ…。教えてくれよ」
「ちゃぁんと教えるって。心配するな。それは、小島も含めて三人の時に…だ」
「解った」
「…ところで、修司」
「ん?」
「四人目は未だなのか?」
「…………………………慶造、お前、何か楽しんでないか?」
「年子で頑張ってただろ? 気になってなぁ」
「今年は無理だった。…時期を逃したからな。…って、心配するなって。
 ちゃぁんと頑張ってるからさ」
「さよですか」
「慶造も、早く…………ぅぐっ………、すまん…」

修司が言い終わる前に、拳をプレゼントする慶造。身構えていなかった修司は、その強烈さに、前のめりになっていた。

「今は、考えてないよ。それに、高校生になったばかりだろが」
「……慶造、お前、その気か?」
「それは、俺の思いが達成してからだよ。それまで、待ってくれるか
 解らないけど…。もう、あんな思いをさせたくないから…」

慶造の意識は、どこかへ飛んでいく…。

「って、おぉい!! 慶造ぅ〜。また意識飛ばしてるだろぉ、おぉい!!
 駄目だ…。ったく、どうして、いつもそうなんだよ…」

ちょっぴり嫉妬を覚える修司は、窓の外から見える空を見上げた。



ちさとの家に誰かが尋ねてきた。

「はぁい、どなたですか? …竜次くん…」

ちさとが玄関を開けると、そこには、黒崎竜次が立っていた。少し離れた所には、竜次の側に常に着いている崎と黒田の姿もあった。

「お久しぶりぃ〜。元気そうで良かった。安心した」
「竜次くんこそ。…もう、大丈夫なの?」
「落ち着いたから。いつも気にしてたよ。…その…これ…」
「ん?」

照れたように紙袋を差し出した竜次。ちさとは、そっと受け取った。

「なぁに?」
「卒業祝いと入学祝い」
「竜次くん…そんな…。気を遣わなくても…」
「遅くなったけどさ、おめでとう。…この言葉、言っていいのか悩んだんだ。
 だって、ほら…。でもさ、阿山慶造と楽しく過ごしていたって耳にしたから、
 もう大丈夫なんだって、思ったんだけど…」
「ありがとう。もう、平気だから。…考えると寂しくなるけど、でも、
 父と母との思い出は、楽しい事ばかりだったから。いつまでもくよくよ
 してられないもん。それに、春からは、女子高生だからね!」
「うんと勉強して、将来は?」
「まだ、考えてないけど、あのような悲劇が起こらないようにしたいかな」
「俺も協力するよ」
「…そういう竜次くんこそ、学校は?」
「辞めた」
「辞めた?!?」
「兄貴の会社を手伝う方が楽しいし、それに、独学できるから。崎さんや
 黒田さんも居るし、勉強教えてくれるから、安心だよ。学校より楽しいし」
「友達は?」
「会社の研究室の人たち。年上の人ばかりだけど、その方が楽しいよ」
「そうなんだ」

ちさとは、優しく微笑んでいた。

「寂しくないなら、私も安心した。…ほら、竜次くんの家から遠くなったでしょ?
 心配してたんだもん。でも、あの後、黒崎さんは、大変だったらしいし…」
「それより、親父の方が大変だったよ。寝たきりなのに、急に起きあがったし、
 歩き回ってるから、それを停めるのが必死でさぁ」
「おじさん、回復したの?」
「あの襲撃でね、寝てられないって。兄貴には、会社を任せて、
 再び、動き始めたんだよ。今は、ほとぼり冷めてるのにさぁ。
 阿山の四代目にも挨拶をって、張り切ってさぁ」
「……もしかして、竜次君、新たな薬を作った?」

ちさとの言葉に、ドキリとする竜次。

「…動くとは思わなかったんだもん…」

ちょっぴり子供らしさを見せる竜次だった。

「でも、すごいね。寝たきりの人が起きれるようになる薬って。
 流石、竜次くんだ!」
「誉めてくれるなら、ここにぃ〜」

竜次は自分の頬を突き出した。

「だ・め!」

ちさとは、そんな竜次の頬を、指で突っつく。

「ちぇっ。最近、冷たいなぁ」

ふてくされる竜次だった。

「ねぇ、ちさとちゃん」
「ん?」
「夕飯、まだなら、一緒にどう? いいお店見つけたんだ。山中さんも一緒に
 誘って、あの二人も一緒になるけど、席は離れたとこにさせるしさぁ」
「それなら、黒崎さんも一緒。大切なお兄さんを放ってたら、怒るでしょう?」
「兄貴は、別の所で外食だから…」
「寂しいんだ」
「う、うるさいっ! ほら、行こう!」
「解った。すぐに準備するから。待っててね」
「はぁい」

ちさとの返事に喜びの表情を見せる竜次。
五分後、ちょっぴり正装したちさとが、家から出てきた。外には、山中が既に待っていた。どうやら、二人の会話を聞いていたらしい。
そして、崎運転の車に乗り、竜次が予約した店へと入っていった。

「兄貴…」
「竜次…お前…」

その店に居たのは、黒崎だった。黒崎の目の前には、女性が座っていた。竜次の話をしていたところだったのか、噂の人物が目の前に現れて、驚いた表情をする黒崎。
いつの間にか、竜次とちさとが、黒崎の席に座り、話に入っていた。
少し離れた場所に座る崎と黒田、そして山中は、別の話で盛り上がっていた。

阿山組が大量の武器を購入した…。

何か、途轍もない事が起こりそうな予感がする……。



(2004.1.27 第二部 第五話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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