任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第二部 『三つの世界編』
第七話 そして、一人になる。

笹崎は、アクセルを目一杯踏み込み、車を飛ばしていた。赤信号を無視してまで、走り抜ける笹崎は、ルームミラーでちらりと後部座席の様子を伺った。
いきなりの出来事に恐怖を感じ、震えているちさとに優しく声を掛ける慶造は、ちさとをそっと抱き寄せる。
まるで、自分の力を与えるかのように…。

「大丈夫だから」

慶造の言葉に、そっと頷くちさと。

山中さん……。

ちさとは、唇を噛みしめた。




ズサッ…。

暗がりの部屋に何かが倒れる音が響く。
灯りが付いた。

「手こずらせやがって」

そう言った男こそ、保川だった。
何かにとりつかれたように豹変した保川は、床に転がる何かを蹴り上げた。

「うぐっ……」

呻き声を上げたのは、ちさとの目の前から連れ去られた山中だった。後ろ手に縛られ、口元は血で汚れている。体のあちこちを殴られ蹴られたのか、服も汚れ、一部は破れていた。
山中は、男を睨み上げる。

「なんだ?」
「…俺を……拉致しても、無意味だがなぁ…」
「さぁ、それは、どうかな?」
「何度も言うように、お嬢様は来ないよ」

山中の言葉を聞いた途端、男は、山中の髪の毛を掴み上げ、顔面をぶん殴った。

「あんたが、あの娘の親代わりだろ? 来るに決まってるだろがっ」
「…来ないよ…」

痛み耐えながら、相手の威嚇に怯みもしない山中。頭の中は、ちさとの無事を祈ることしか考えていない。
監禁されている部屋のドアがノックされた。

「なんだ?」
『阿山の四代目が来られました』
「そうか。すぐ行く」
『はっ』

保川は立ち上がり、山中を見下ろす。

「じゃぁな。あんたの命もこれまでさ」

懐から銃を取りだし、銃口を山中の頭に、ぴったりと当てた。

ガッターン!!

突然の大きな物音に保川は、振り返る。

「!!!!」
「よぉ、保川。こぉんなところで、何をしてるのかなぁ?」

そう言って、部屋に入ってきたのは、笹崎だった。素早く銃口を向け、銃を持つ保川の腕を撃ち抜いた。

「笹崎…てめぇ…。…くそっ…」
「何をしてると尋ねてるが…。答えは?」

笹崎は、銃口を保川の額に当てた。
保川の頬を一筋、汗が伝う。

「素敵な贈り物を用意しているから、来て欲しいと言ってたよなぁ。
 それが、あの…沢村のお嬢さんってことか?」
「…あ、あぁ」
「……沢村家の娘さんをうちの四代目に捧げる代わりに、一緒に
 黒崎組を潰そう…と思っての行動か?」
「ち、ちがう…」
「ほぉ〜。それなら、なぜ、そこに傷だらけで山中って男が居るんだ?
 そして、銃口を向けた訳は? …邪魔者は消しましたとでも、伝える
 つもりだったのか?」
「そ、その通りだ。四代目も二十歳。大人になったお祝いに…それに、
 身を固めるのは、早い方がいいと思ってだな…」
「他の親分が考えるようなことだな。先手を打とうとでも?」
「あ、あぁ。だから、笹崎、あんたの口から、四代目に……」

銃声。

「ひぃっ!!!」

笹崎は、引き金を引いていた。放った銃弾は、保川の頬をかすめる。

「そんな行動は、お喜びになられないぞ」
「な、何なら喜んでくださるのだ?」

笹崎は、ちらりと山中を見る。山中は、そっと頷いた。

「……もう、無理だなぁ〜。四代目は、このような行動に大変ご立腹なんでな」
「そ、それを納めてくれ…」
「無理だと言ったが、聞こえなかったのか?」
「……………言った…よな…。は、ははは…」

乾いた笑いで、笹崎に愛想を振りまく保川だった。
笹崎は、ゆっくりと歩みを進め、山中の前に立つ。そして、無表情のまま、山中を見下ろした。山中の肩を足で踏みつけ、横向けに寝かしつけ、銃口を向ける。

「穏和なあんたも、この…沢村に関わる男は許せないとみえる」

笹崎の行動を観て、保川が言った。その声には、安堵を感じるものが含まれている。

「まぁな」

冷たく応えた笹崎は、引き金を引いた。

「…!!!!! そ、そんな………」

ドサッ………。



保川一家の屋敷にある応接室。
慶造とちさとは、ソファに腰を掛け、のんびりと過ごしていた。

「笹崎さん、遅いね」

ちさとが静かに言った。

「まぁ…なぁ」

意味ありげな返事をして、慶造は立ち上がり、ドアに振り返った。
ドアが静かに開き、笹崎が入ってきた。

「笹崎さん……山中さん!!!」

笹崎に支えられるように立っている山中の姿もあった。ちさとは、山中の姿を見た途端、ソファの背を飛び越えて、山中に駆け寄り、抱きついた。

「お、お嬢様…ご無事で!! ……ご心配をお掛け致しました」

山中の言葉に、ちさとは、首を横に振り、山中を見上げた。

「心配を掛けたのは、私の方でしょう? …大丈夫ですか?」

頬のあざを見て、ちさとが尋ねる。

「大丈夫ですよ。ただ、ちょっと、足をやられまして…」
「逃げられないようにとの事で、保川の奴、無茶をしたようです。
 足の骨にひびが入っているようですね」

笹崎は、側に歩み寄ってきた慶造に言った。

「他には?」

慶造が尋ねる。

「打撲程度です」
「それなら、安心だね。……で?」

慶造は、笹崎に尋ねた。

保川一家の連中は?

そういう意味が含まれている。


保川一家の屋敷に到着し、応接室まで丁重に扱われ、ソファに腰を掛けた慶造達。
その後すぐに、笹崎は立ち上がり、

少し、散歩してきます。

そう告げ、応接室を出て行った。
すぐに聞こえてくる呻き声…。
きょとんとするちさとに、慶造は、優しく言った。

笹崎さん、最近、運動不足って言ってたっけなぁ。

あまりにも滑稽な言い方に、恐怖を抱いて震えていたちさとも、震えが停まっていた。慶造の言葉、そして、表情で、何かを悟った瞬間だったのだ。


慶造の言いたい事が解る笹崎は、笑顔で応える。

「床を敷き布団代わりに寝てますよ」

その言葉に対して慶造は、ただ、微笑むだけだった。

「さぁ、帰りましょうか」

その場の雰囲気を変えるような口調で、笹崎が言った時だった。

「…!!!!」

耳をつんざくような銃声が響き渡った。



「くっ、くそっ…笹崎の野郎…。やはり、あの噂は本当だったんだな…」

腹部を抑えながら起きあがる保川。ほんの少し前、笹崎が銃口を向けたはずの山中に強烈な拳を頂いていた。
笹崎の銃から放たれた銃弾は、山中の体に当たらず、山中を縛り付けていた縄に当たり、その縄を解く形になってしまった。その瞬間に、山中の行動。
目に留まる事は無かった。

「!!! な、何が起こってる?」

途絶えることのない銃声に、保川は、側に落ちている自分の銃を手に取り、ドアに歩み寄る。
ドアの隙間から外の様子をそっと伺う。
銃声に混じって、聞き慣れた組員達の声も聞こえてくる。そっと廊下に出て、銃声の聞こえてくる方へと歩いていった。



「寝てたんじゃなかったのか?」
「さぁ…。まさか、潜ませていたとは…うかつでした」
「ったく…」
「すみません、四代目」

恐縮そうに言う笹崎に、慶造は、微笑み、そして、辺りの様子を伺うように何かに集中する。

「やはり、その窓しかないですね…」
「そのようです」

廊下に出た途端、そこで待ちかまえていた組員達の銃弾に襲われた慶造達。咄嗟に応接室へ戻り、ドアを閉めた。応接室の鍵を閉め、側にある家具類をドアの前に置く。その直後、ドアを破ろうとしているのか、何かがぶつかる音がしていたが、それが、銃声に変わった。
そのドアを撃ち抜こうとしているのか、組員達は、ドアに向かって銃弾を浴びせている。
笹崎は、窓を開け、外の様子を伺う。
気配を感じない。

「行きますよ」

笹崎が、窓から外に出る。続いて慶造、そして、ちさと、最後に山中が出てくる。
そこには、誰も居ない。

「全員、廊下に集合なのかな?」

慶造が呟いた。

「そのようですね…。困った行動ですよ」

その時だった。

銃声。

「笹崎さん!」

笹崎が手にした銃は、地面に落ち、笹崎の手から血が流れていた。
振り返る慶造達。
慶造達が逃げようと向かった方と反対側に、保川組組員の保川俊明(たもつかわとしあき)が銃口を向けて立っていた。

「どちらへ?」

組員が尋ねる。

「出口」

慶造が応えた。

「出口でしたら、こちらになりますが…」
「そうですか。ありがとうございます」

丁寧にお礼を言って、慶造達は組員の横を通り過ぎようとした。

「きゃっ!」

組員は、上手い具合に、ちさとの腕を掴み引き寄せた。

「ちょっと、放してよっ!!」
「ほぉ〜。光元の言う通りだなぁ。威勢の良い娘だ。…おっと、暴れるな」

ちさとは、組員の腕から逃れようと暴れていた。組員は、ちさとに銃口を向けた。それと同時に、光元が姿を現し、慶造達に銃を向ける。

「光元、阿山の四代目はお帰りになるそうだ。お見送りしてくれ」
「かしこまりました。四代目、こちらです」
「……彼女を放せ」

怒りを抑えたような声で慶造が言う。

「この娘は、預かっておく。もっと磨いてからお渡ししますよ」
「その必要はない。…彼女を放せと言ってるだろう?」
「阿山の行動とは思えない。親父の言うとおり、噂は本当だったんだな。
 阿山慶造と沢村ちさとは、良い仲だ…ってね」
「…それを確かめる為の…行動だったのか?」
「…あぁ、そうさ。本当に助けに来たな…阿山さんよぉ〜」

組員は、不気味な笑みを浮かべた。
それに怯む慶造たちではない。呆れたように息を吐きながら、組員を睨み付ける慶造。

「やはり、あの時、潰しておけば良かったな」
「組内一掃の時ですか? その素早さには驚きましたよ。阿山の四代目は
 爪を隠していた…とね。…で、どうされますか? この状況は不利…ですが?」
「それは、どうかな?」

慶造の言葉と同時に、笹崎は、腰の辺りから日本刀を取り出し、ちさとを捕まえている組員の背に周り、日本刀を振り下ろした。

「!!!」

突然、背中に強烈な痛みを感じた組員は、背に手を当てる。
ぬるっとしたものが、手に触れた。

「うそ…だろ…」

そう呟いて、組員は、ばったりと倒れた。

「!!!! お嬢様っ!!」

いきなりのことで、突っ立ったままのちさとの目の前に、山中の姿が現れた。

「しまったっ!! くそっ!!!!」

銃声が聞こえ、何かが地面に倒れる音が聞こえた。

「山中さん……」

消え入るようなちさとの声。

「お嬢様…お怪我………ありませんか?」
「無い……よ…? …山中さん?」

いつもの様子と違う山中を不思議に思ったちさと。そっと声を掛けた時、山中は、その場に崩れた。
目線を下に移したちさと。その目に飛び込んだのは……。

「や……山中さん……山中さんっ!!!!」

背を真っ赤に染めた山中の姿。その背に、溢れる真っ赤な物。咄嗟に座り込み、溢れるものを停めようと、ちさとは手を差しのばす。
山中が体を起こした。

「は、早く…」
「歩けますか?」
「大丈夫……。お嬢様…」
「ちさとちゃん、行くよ」

笹崎と慶造、そして、ちさとは、真っ赤に染まる山中を支えて歩き出す。

一台の車が、保川一家の屋敷を出て行った。



保川は、一点を見下ろして、立ちつくしていた。
足下には、背中をばっさりと切られた組員の姿が横たわっていた。
息はしていない……。
そっと腰を下ろし、組員を抱きかかえる保川。

「おやっさん…」

一緒に駆けつけてきた組員が声を掛ける。

「誰が……」
「その斬り口から想像できるのは…笹崎です」
「あの野郎………許せねぇ…。俺の……俺の最愛の息子をっ!!!
 俊明ぃ〜っ!!!!!!」

保川の叫び声が響き渡った。

覚えておけ……。

息子の亡骸を力強く抱きしめる保川だった。




笹崎は、アクセルを思いっきり踏み、たくさんの車の間を縫うように走り抜けていく。その車の後部座席には、ちさとと山中が座っていた。
山中の息が荒くなっていく…。

「山中さん…」

ちさとの震える声に反応し、目を開ける山中は、そっと微笑む。

「もうすぐですから。山中さん、頑張って下さい」

慶造の言葉に、頷く山中。しかし、自分では解っていた。
もう、先が無い事を…。

「…お……じょ…う……さ………まっ……」
「はい?」

山中は、懐に手を入れ、何かを取り出した。
一冊の手帳。
山中は、それをちさとに差し出した。

「これは?」

受け取りながら尋ねるちさと。しかし、山中は応えなかった。

「山中さん?」

山中の頭が、力無くちさとの肩にもたれ掛かった時、車は道病院へと、猛スピードで入っていった。

「……いやぁ〜〜っ!!!!!!!!」

ちさとの絶叫が、車の中でこだました……。





道病院にある病室。
暗がりの中、ちさとは、ベッドを見つめ、側に座っていた。
ベッドには、冷たくなった山中の姿があった。
ちさとの手が、優しく、山中の頬を撫でる。
温かさは、もう感じない。

「誰も…居なくなっちゃった…。一人になっちゃった…。ずっと一緒にと
 言ったのに…。山中さんの…嘘つき…」

ちさとは、呟いていた。
何かを思い出したように、ポケットに入れた物を手に取った。
山中の死の直前、手渡された手帳。
かなり古びていた。使いこなしているのが解る程…。そっと表紙を開いた。

「写真…?」

手帳の表紙に挟まれている写真に気が付き、それを取り出す。
ちさとと山中が写っている写真、そして、ちさとと両親が写っている写真があった。三枚目は、見知らぬ男の子の写真だった。

「誰だろう…」

写真を裏返したちさとは、衝撃を受けた。
そこには、名前と住所が書かれていた。

山中勝司(やまなかかつじ) 齢十五

「山中さんの…息子さん?」

ちさとは、じっとその写真を見つめる。



ちさとが居る病室に面した廊下には、慶造と笹崎が立っていた。廊下を走ってくる足音に振り返る二人。

「慶造!」
「修司……小島…」

笹崎から連絡を受けて、修司と隆栄が駆けつけてきた。

「…この馬鹿野郎!」

修司は、慶造に駆け寄ると同時に頬をぶん殴った。

「うわぁ、すまん、阿山っ!! 遅かった…………阿山?」

病院に向かう間、修司の行動が解った隆栄は、何かある前に停めようと思っていたらしい…が、遅かった。いつものように軽い口調で言った隆栄だったが、慶造がピクリとも動かない事を不思議に思い、名前を呼んだ。
修司に殴られた慶造は、一点を見つめたまま…。そんな慶造に、修司は、話を続ける。

「あれ程、言ってるだろが。俺も連れて行けと。それに、あの一家は、
 血を見る事を好んでると。慶造の思いを理解しない連中だと…。
 だから、慎重に…」
「ごめん…」

慶造は、静かに謝った。そして、修司を見つめる。修司は、安心したような眼差しで慶造を見つめ返し、そっと言う。

「お前が無事で…良かったよ」
「だけど…」

慶造は、病室のドアの向こうを見つめる。修司も同じように目線を移した。

「…山中さん…。ちさとちゃんを守ったんだな」
「あぁ…。修司……」

今にも消え入るような声で言う慶造。その考えが解る修司は、慶造の言葉を遮るように、力強く応えた。

「何度も言うな。聞き飽きてる」
「そうだな…」
「…なぁ、阿山」
「ん?」
「ちさとちゃん……一人になったけど…どうするんだよ」
「それを笹崎さんと話していたところだよ」
「阿山の思いは、一つだろ?」

隆栄が、分かり切ったような言い方をする。

「それでも、ちさとちゃんの意見が必要だから…」
「そうだな」

隆栄は、病室のドアを見つめる。

「山中さんと……何を話してるんだろうな」

ほんの数年前の自分と重ねているのか、隆栄の表情からは、いい加減さが消えていた。
あの日、自分は親父の亡骸に向かって宣言した。

阿山慶造に付いていく……と。



ちさとは、写真を手にしたまま、山中を見つめていた。
何かを語りかけているのか、優しい眼差しをしていた。
病室のドアが開いた。
ちさとは、慌てて写真を手帳に挟み、ポケットに入れて、振り返る。

「ちさとちゃん、時間だって…」

静かに慶造が言った。

「うん…」

ちさとは、山中の亡骸に振り返り、深々と頭を下げた。




ちさとの家。
ちさとは、荷物を箱に詰めていた。詰め終わった箱を玄関に持って行く。その玄関から隆栄が姿を現した。

「これだけ?」
「だって、あの時に荷物は…」
「あっ……ごめん…」

ちさとの荷物は、あの日…屋敷を爆破した日に、思い出の品以外は、すべて瓦礫に埋まってしまった。

「小島さん…」
「あん?」

返事をしながら箱を持ち上げた隆栄。

「重っ……」
「ほとんど本なの…」
「そっか。…で、なに?」
「本当に、いいの?」
「それは、阿山の台詞だよ。ちさとちゃん、本当にいいのか?」
「うん…。だって、一人でここに居ると、危ないし、それに……寂しいから…」
「そうだよな」
「慶造くんは?」
「気にしてないよ。…というか、喜んでるはずだ…顔には出してないけどな」

靴を履いて外に出たちさとは、ドアに鍵を掛けた。
ふと目をやる家。そこは、山中が住んでいた隣の家。
玄関を出ると、必ず顔を出し、優しく声を掛けてきた山中。

〜お嬢様、どちらに?〜
〜お供致します〜

しかし、今は、もう……。
山中の家の玄関に、山中の面影を浮かべながら、背を向けた。そして、隆栄の後を追う。

新しい生活が始まるから。…だから、心配しないでね!

背中に感じる優しさに、ちさとは、応える。


いつまでも…見守っておりますよ、お嬢様。

そんな声が、聞こえた気がした。




「後ろに座っても良かったのになぁ」

運転しながら隆栄が言った。

「寂しいじゃない」
「俺が阿山に怒られる」
「私が座ったんだからぁ。…小島さん、あのお話、本当なの?」
「話?」
「改装したって…」
「ん、あぁ、あれね。本当だよ。あの玄関を通らなくてもいいように
 阿山が考えて設計してた」
「気にしないのに」
「阿山が気にするんだよ。だって、ちさとちゃんは…」
「…お父様が、私の為に足を洗ったって、山中さんに聞いた。でもね、
 お父様が、そのような行動を取らなかったら、私は、慶造君と同じ
 極道の子なんだもん。その血が、この体に流れてる…」
「そうだよなぁ。でも、ちさとちゃんは、違うよ。普通のかわいい女の子」
「小島さぁん?」
「ん?」
「…もしかして、くどいてる?」
「って!!! ちさとちゃん、俺、これでも父親なんだぞぉ、そんなことするかいな!
 ましてや、阿山の彼女にぃ」

慌てたように言う隆栄が、あまりにも可笑しかったのか、ちさとは、笑っていた。

「何も、そんなに笑わなくてもいいだろぉ」
「だって、そんなに慌てた小島さん、初めてみたんだもん」
「俺でも慌てることあるって」
「そう見えないもん」
「ったくぅ、ちさとちゃんはぁ〜。…あっ、そうだ。本部に着いたら
 案内するよ」
「何度がお伺いしたから、知ってるよ?」
「だからぁ、改装したって言っただろぉ」
「そうでした!」

ちょこっと舌を出すちさと。その仕草に、流石の隆栄も、ドキッとしてしまった。





阿山組本部・ちさとの部屋。
高級家具が並び、生活に必要なものも揃っている部屋。まだ、何も埋まっていない本棚に、教科書や本を置いていく。そして、少し大きめの鞄の中から制服を取りだし、タンスに入れた。

トントン。

その音に、ちさとは振り返る。
慶造が、柱にもたれ掛かりながら、ちさとを見つめていた。

「足りない物、ある?」

ちさとは、首を横に振り、笑顔を見せた。

「落ち着いたみたいだね」
「慶造君、ありがとう。…慶造君が居たから、私、こうして、落ち着いてるの。
 もし、一人だったら、今頃、後を追っているかもしれない…」
「本当に、良かった? 俺が親代わりになって…」
「うん。…親代わりというか…その…お世話になります!」

ちさとは、深々と頭を下げる。

「こんな家だけど、気軽に過ごして欲しい。それに、俺、あまり一緒に
 居られないけど、寂しいときは言ってくれよ。いつでも飛んでくるから」
「そう言いながら、毎日、ここに来るつもりでしょ?」

ちょっぴり意地悪っぽく、ちさとが言った。

「小島…からか? その言葉は…」
「…えへへ! 解った?」
「ったく、…あまり、小島の影響だけは受けないでくれよぉ」
「解ってまぁす! 猪熊さんからも念を押されました!」
「そうか、それなら大丈夫だなぁ。…片づけ終わったなら、
 案内するけど…」
「小島さんに教わったよ。部屋の近くにお風呂もあるみたいだし、それに
 キッチンも。この範囲で生活できるようにしてあるって言ってたけど…」
「まぁ、そうだけどね」
「本当にありがとう、慶造君」

ちさとの微笑みに、慶造は、照れたように目を反らす。

「そろそろ夕飯だけど…」
「笹崎さん、腕は大丈夫なの?」
「……ちさとちゃんからも言ってくれるかな。笹崎さん、怪我してるというのに、
 フライパン持って、張り切ってるんだから…」
「ふ〜ん」

慶造の困った表情をからかうように覗き込むちさと。

「行こう!」

ちさとが手を差し伸べる。

「あぁ」

慶造が、ちさとに手を差し出すと、ちさとは、その手を握りしめ、そして、走り出した。

「ちさとちゃん、危ないって」

声を掛ける慶造は、ちさとの横顔をちらりと見た。
ちさとは、微笑んでいた。
輝かんばかりの笑顔で……。


その夜。
ちさとは、便箋を取り出し、手紙を書いていた。封筒の宛名は………。

月が、辺りを明るく照らしていた。



(2004.2.12 第二部 第七話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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