任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第二部 『三つの世界編』
第十二話 繋がり始めた世界

真北家・リビング。
春樹は、弟の芯と遊んでいた。

「にいちゃん、パパは?」

その言葉を聞く度に、春樹は心が痛み出す。
父の死を、幼い弟に優しく伝える言葉が浮かんでこないのだった。

「遠いところに出掛けたと言っただろう?」

冷たく応えてしまう春樹。その言葉を聞いた途端、芯は、項垂れてしまう。

「ごめんなさい…」

芯の寂しそうな言葉に、春樹は我に返った。

「ごめん、芯。芯が一番寂しいんだよな。悪かった。お兄さんが悪かった。
 でもな、あまり、お父さんの事聞かないで欲しいな…」
「おこってる?」
「ん?」
「しんに、おこってる?」
「怒ってないよ。芯が寂しくないように、お兄ちゃん頑張るからな」
「うん!」

春樹の素敵な笑顔に芯は心を和ませ、微笑んでいた。

「そろそろ寝ようか!」
「うん!」

春樹は、芯の手を引いて、二階の自分の部屋へと連れて行く。そして、芯を寝かしつけた後、父・良樹の部屋へ入っていった。
気になる阿山組ファイル。
最後のページを見たものの、その前の方に書かれてあった事が気になっていた。

黒崎組との抗争勃発。

それまで、冷戦状態だったのが、急に始まったことが…。










沢村邸跡地に一台の高級車が入っていく。
車が停まった。
そこから降りてきたのは慶造、隆栄、そして、修司だった。
慶造は、沢村邸の向かいにある黒崎邸を見上げていた。

「四代目」
「ん?」
「本当に、お一人でお話を?」
「あぁ。…安心しろって。もしものために付けている」
「気を付けて下さい」
「大丈夫だって。じゃぁ行くぞ」
「はっ」

慶造を先頭に黒崎邸へ向かって歩き出す三人。黒崎邸の玄関の呼び鈴を押すと、優しく応対してきた。



応接室に通された慶造は、黒崎の姿を見るなり、口を開く。

「御挨拶が、遅れました」

慶造は深々と頭を下げた。

「…何の用だ?」

黒崎は冷たく応える。

「ちさとちゃんの…ことですよ」
「あぁ。親代わりとして引き取ると言っておきながら、娶ったらしいな。
 噂は聞いているが、本当のことか?」

すでに知っていることを敢えて尋ねる黒崎に、慶造は静かに応えた。

「えぇ。妻になりました。そして、子供も宿しましたよ」
「…ほぉ〜。そりゃぁ、荒れるよな…竜次が」
「そう言えば、年始に、ちさとちゃんを尋ねてきたそうですが、何か
 お話でも?」
「さぁな。今は口が利けない状態でな」
「口が利けない?」
「正月に服薬自殺を図ってな、意識は戻ったけど、朦朧としている状態だ」
「一体何が?」
「阿山…お前だ。お前がちさとちゃんを娶ったことが原因だ。
 竜次はな、ちさとちゃんの為にと頑張って、研究所で働いて、それで
 貯めた金で家を建てたんだ。…ちさとちゃんと生涯を共にする為にな。
 なのに、お前が既に…。それを知って、ちさとちゃんを誘拐したそうだ。
 強引に手に入れようとしたことで、ちさとちゃんが怒ったらしいな。
 強引な行動に出た竜次が悪いがな、ちさとちゃんに嫌われた事で
 衝撃を受けたんだろうな…。ほとんど衝動的に薬を飲んだらしいよ」
「…そんな話は聞いていない。…ちさとちゃんは、竜次に押し倒されたけど
 殴って帰ってきたと言っていた。…まさか、連れ去っていたとはな…」

慶造の拳が震えている。怒りを抑えているのが解るくらい……。それは、黒崎も同じだった。

「覚悟しとけよ、阿山。俺は、てめぇを許さない…。
 素直で良い子だった竜次が…狂ってしまった…」

憔悴しきった状態の黒崎の言葉に、慶造は何も言えなくなる。

「また…この世界が真っ赤に染まる…そう言いたいんだな、黒崎」

慶造が静かに言った。その言葉に、黒崎は顔を上げ、慶造を睨み付ける。
その目こそ、極道そのものの狂気……。

「あぁ」

黒崎が応えた。

「そうか…。失礼する」

慶造は立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。ドアノブに手を掛けた。その手が止まる。

「黒崎」
「なんだ」
「狙うのは、俺だけにしろ。決して、周りを傷つけるな」
「…解ってる。じゃぁ、今すぐだ」
「ふっ」

慶造の肩が揺れた。

「馬鹿が…。何もせずに、ここに来ると思ってるのか?」

そう言って肩越しに黒崎を睨む慶造。その目は、黒崎に負けないくらいのオーラを発している。

「俺を甘く見るな」
「見てないさ」

黒崎は、煙草に火を付ける。ライターの音が静かな応接室に響く。

「俺が死ねば、あんたも木っ端微塵だ。…命は無駄にしたくないからな」
「そうだな」

黒崎は、懐から銃を取りだし、テーブルの上に置いた。

慶造は、静かにドアを開け、応接室を出て行った。
スゥッと閉まるドアを見つめる黒崎。

……あいつを殺せば、竜次は戻るかな……。

大きく煙を吐き出す黒崎は、ソファにもたれかかり、天を仰いで目を瞑った。



何事もなく無事に応接室から出てきた慶造を迎えた隆栄と修司は、慶造の発するオーラに何も言えず、ただ、後ろを付いていくだけだった。
黒崎邸の玄関を出た慶造は、急に歩みを停めた。

「四代目?」

隆栄が声を掛ける。

「猪熊、小島」
「はい」
「抗争勃発だ」

慶造が静かに言った。

「四代目……」

黒崎に、ちさととの事を伝えに行ったのは、これ以上、ちさとの心を乱して欲しくなかったことと、今まで冷戦状態だったことに終止符を打とうと思ったからだった。
血を流す事のないように。
慶造の思いは、崩れ始めた……。

「心配するな。俺は死なないって」

修司が言う。

「修司……」
「そうだよ。今まで以上に動けばいいんだろう?」

明るく言う隆栄。

「小島……」

今にも泣きそうな雰囲気の慶造。

「泣くなって。これからだろが」
「やはり、早く…実行するよ。そうしないと…」
「だぁ〜ったく。四代目の威厳が無くなってるぞぉ」

隆栄は、そう言いながら、慶造の肩に手を回す。

ドコッ…。

慶造の肘が隆栄の腹部にめり込んだ。
慶造は、沢村邸跡地に停めた車に向かって歩き出す。

「な、なぁ〜阿山ぁ」
「なんだよ」
「出掛けるか?」
「どこに?」
「いつもんとこ」

隆栄は、そう言いながら、後部座席のドアを開け、慶造を迎える。

「行かないよ。ちさとちゃんの体調、心配だからさ」
「まぁなぁ。でもよぉ、つわりだけは、何も出来ないだろうが」

車に乗り込む慶造達。隆栄は、エンジンを掛けながら慶造に言った。

「そうだけどな、側に居るだけでも安心できるかと思ってな」
「それなら、暫く予定は入れないよな、慶造」
「あぁ。修司も春ちゃんに付いててやれよ」
「大丈夫だって。剛一達が居るからさ」
「心強いよな、剛一君」

隆栄がアクセルを踏みながら言った。

「厳しく育てた覚えはないのにな」
「修司の息子だからだよ。武史くんも修三くんも立派なお兄さんだよな。
 志郎くんに章吾くんもお兄さんらしくなっていくし、それに、正六くん。
 かわいいよなぁ」

慶造の表情は和んでいる。

「なぁ、阿山」
「あん? …あぁ、もちろん、栄三くんも健くんもかわいいよ。栄三くんの
 健くんのかわいがりようは、ほんと驚くよ。美穂ちゃん安心だろ?」
「まぁな。俺も安心できるよ。…そう語っているお前の顔、緩みっぱなしや。
 ほんまに、子供好きなんだな。これじゃぁ、子供が生まれたら、
 益々厄介だな。…組関係さぼるなよ」
「うるさいっ!」

ガツッ……。

後部座席から運転席に向かって拳が飛ぶ。勢い余ってハンドルに額をぶつけた隆栄は、思わずアクセルを踏んでしまった。

「って、うわっ、小島ぁ〜っ!!!! しっかり運転しろっ!!」
「殴るなっ!!」

ぶつけた箇所を赤くしている隆栄は、ルームミラーで慶造を睨みながら運転を続けた。




分娩室の前。
慶造、修司、そして隆栄はソファに、じっと座っている。

「…あぁ〜っ!! 駄目だっ! もういいっ!」

そう言って立ち上がる慶造。

「慶造ぅ〜、あのなぁ〜」
「あのなぁって修司、どうしたらいいんだよ。俺は何も出来ないだろが」
「だけど、そのドアの向こうでは、ちさとちゃんが頑張ってるだろうが。
 もう少しだって。待っておけっ!」

慶造の腕を掴み、強引に座らせる修司。

「ったく、阿山ぁ、落ち着けって」
「うるさいっ!」

慶造の肘鉄が隆栄の腹部に突き刺さろうとしている、まさにその時だった。
…産声が響き渡った…。
慶造は立ち上がり、分娩室の方を見つめる。

「う……生まれた?」

慶造が呟いた。

「生まれたな…」

修司と隆栄は、同時に言って立ち上がる。そして、分娩室へと向かおうと…。しかし、慶造は動こうとしない。

「ほら、入るぞぉ」

硬直している慶造の右腕を修司、左腕を隆栄が引っ張って、分娩室と入っていった。

元気な産声が響く中、ちさとが寝ころんでいるベッドへと歩み寄る三人。ちさとが振り返る。

「慶造君」
「ち…ちさと…ちゃん」

慶造は、ちさとの側にそっと立った。そして、ちさとの手を握りしめる。

「お疲れ様。…そして…ありがとう」

慶造が言う。すると、ちさとの目から涙が流れた。

「大変だったんだもん。こんなにすごいとは、思わなかったよぉ」
「うん…うん」

慶造は言葉にならず、ただ、頷くだけだった。

「元気な男の子ですよ!」

助産婦が慶造とちさとの前に、生まれたばかりの子供を連れてきた。ちさとは、そっと腕に抱く。

「…なんだ…すごいな…。先ほどまで、お腹に居たんだよな…」

生まれたばかりの人間を初めて見る慶造。どうやら、初めての我が子を見て、舞い上がっている様子。

「でも……かわいい…」

慶造は、赤ちゃんの顔を覗き込む。

「こんにちわぁ〜、パパですよぉ〜」

慶造が、赤ちゃんに話しかけていた。そして、そっと抱き上げ、赤ちゃんに見せる慶造の顔は、子供を喜ぶ父親の顔だった。

「名前を決めないとな」

顔が弛みっぱなしの慶造が言う。

「まだ、考えてなかったの?」
「…ま、まぁ…な。こればかりは、ちさとちゃんと話し合わないとさ…」
「慶造君…」

慶造とちさとは、二人だけの世界へと入る。

「あのぉ〜、よろしいですかぁ?」

助産婦が二人の世界に入ってくる。

「あっ、すみません」
「では、病室に移りますよぉ」

ベッドを移るちさと。そして、そのまま、病室へと運ばれる。

病室に付いたちさとは、ベッドに横たわり、そして、慶造を見つめた。

「早く決めないと、話しかけられないね」
「そうだよな…」
「……って、剛一の時は、すぐに決めたのに、自分の子供は未だかいな」

一緒に付いてきた修司が言った。

「ほっとけ」

少し照れたように慶造が言う。

「二人の名前を取ればいいんちゃうか。栄三は、そうだぜ」

隆栄が自慢げに言った。

「…健ちゃんは、違うだろうが」

修司が突っ込む。

「それは、美穂ちゃんが好きな名前にするって、うるさかったんだよ」
「栄三君は、小島が勝手に付けたんかい」
「まぁな。だから、次の子は、美穂が付けるって、しつこかったぜぇ」
「………あのなぁ〜」

修司と隆栄の言い合いが始まるかに思えたが、慶造が口を開いた途端、二人は大人しくなった。

「でもなぁ……あっ、そうだ。修司、笹崎さんに連絡してくれよ」
「慶造がすればいいだろうが」
「……ちさとちゃんが心配だからさ……」

慶造は、ちさとの手を離そうとしない。

「解ったよ。…名前の事も伝えていいんだな」
「あぁ、よろしく」

慶造に言われ、隆栄に見送られて、修司は病室を出て行った。
隆栄が、ちさとと慶造を見つめる。

「なぁ、阿山ぁ」
「なんだよ、まだ居たのか?」
「冷たぁ〜」
「なんだって言ってるだろうが。用がないなら帰れよぉ」
「お前を置いて帰れないって。ったく、いつになったら自分の立場を
 わきまえるんだよ、お前はぁ〜〜っっと!!」

慶造の蹴りを素早く避けた隆栄。

「でさぁ、阿山もちさとちゃんも、いつまで、お互い、その呼び方を続けるんだよ」
「呼び方?」
「ちさとちゃん、慶造君の呼び方。もうお互い『ちゃん』『くん』は、いらんやろ」
「…解ってるけどよぉ」
「……うん…なんだか、照れくさいでしょぉ〜」

隆栄に言われるまでもなく、慶造とちさとは、お互いの呼び方を気にしてたようだった。

「『あなた』『おまえ』の仲になれって」
「…………ん? ……そういう小島こそ…」
「俺は、美穂って言ってるぞ。美穂は、俺のことを隆ちゃんだけどな」
「…それも課題ってことか…。大変だな」

慶造が呟くと同時にドアが開き、修司が戻ってきた。

「客が途切れないそうですよ」
「そっか。忙しい時間帯だもんな」
「おめでとうございます。お名前はお任せ下さい…だってさ」
「そっか。ありがと。……修司、今日一日いいのか?」
「あぁ。予定は入れてない。何か遭ったら、俺が対処しておくよ」
「いつも悪いな」
「気にするな。……それとな…」
「ん?」

言いにくそうな修司を見て、慶造は優しい眼差しを向けた。

「ちさとちゃんが退院したら、パーティーだってさ……」
「………笹崎さんが…言った?」

修司は静かに頷いた。

「お祭り好きとは聞いていたけど……まさか、ここまで凄いとはな…」

呆れたような、照れたような、それでいて嬉しい表情をしている慶造。ちさとは、いつの間にか眠っていた。
安心したような表情で眠るちさとを見つめる慶造、修司、そして、隆栄の三人。その表情も、とても和んでいた。



『命名:慶人(けいと)』


まるで自分の子供のことのように喜んでいる笹崎が、色紙に、それも達筆で書いて、慶造に差し出した。そして、その横に、慶造とちさとの息子の手形を付ける。

「慶人…か」
「人の慶びを悟ることが出来る立派な人間に育つように…という意味です」
「ありがとうございます、笹崎さん」

慶造は、一礼する。

「………って、笹崎さん」
「はい」

何かを思い出したように慶造が尋ねる。

「俺の名前……もしかして…」
「先代がおつけになられましたよ。慶びを造れる人になれという意味です」
「なるほどな…。…名前に負けないように頑張らないと」
「慶人…慶人……慶人ちゃぁん」

ちさとは、腕に抱く慶人に呼びかけていた。

「何か困った事があれば、いつでも来て下さい。ここには、子育ての名人が
 たくさん居ますから」
「大丈夫ですよ、笹崎さん。私、これでも三年以上、春子さんのところで
 お手伝いさせていただいていたから。慣れてますよ!」

自信たっぷりにちさとが言った。

「そうでしたね。すみません」

襖が、がらりと開いた。

「見つけたぁ」

そう言って入ってきたのは、修司だった。その足下には、剛一達も居た。

「どうした? …!!!」

剛一が、ちさとに駆け寄り、腕の中の慶人を見つめていた。

「ちさとねぇちゃん、名前は?」
「慶人」
「けいとくん! 初めまして。ぼくは、猪熊剛一です。よろしくね!」

流石、七人兄弟の一番上。赤ちゃんの扱いは手慣れている。

「剛一君、よろしくね!」

ちさとの優しい声に、ちょっぴり照れる剛一は、かわいく頷いた。

「こら、剛一。離れろって。目的は、そうじゃないだろうが」
「すみません、お父さん」
「目的?」

ちさとは、首を傾げる。

「写真ですよ、ちさとさん」
「写真? 先日撮ったじゃありませんか」
「そうですけどね…その……みんなでって……」

修司は、ちさとに応えながら、ちらりと慶造を見る。
…なぜか、怒りの眼差し……。

「そうね、みんなで撮りましょう!」

ちさとの一声で、慶造の行動も決まる。
朝だけでなく、ちさとにも弱い慶造。料亭の従業員にカメラを持たせ、阿山家、猪熊家、そして、笹崎夫婦の計十四人が綺麗に並び、そして、カメラのレンズを見つめていた。

「では、撮りますよぉ〜。笑って下さい」

全員の素敵な笑顔が一枚の写真におさまった。



長男が生まれると同時期に、組関係も忙しくなっていた。自分の思いを達成するために、慶造は、次々と事を成していく。
黒崎組との抗争も危ぶまれていたが、あの後、黒崎は、仕掛けてくる事もなく、薬剤関係に没頭していた。服薬自殺を図った竜次も徐々に体調を取り戻したが、以前の性格とは全く反対で、何をするか解らないほど危険な人物へと変貌していた。
黒崎の製薬会社は、表での活躍だけでなく、裏の世界でも厄介な薬を作り始めていた。
そんな情報を耳にしながらも、慶造は、関西進出へ向けて、着々と準備を始めていた。
もちろん、毎晩、最愛の妻と息子の相手は忘れていない。



月日は過ぎ……。



慶造の部屋。
慶造は新聞に目を通していた。そこへ、隆栄がやって来る。

「やっほぉん。慶人くんは?」
「ノックしろ」
「ええやん、別に」
「あのなぁ〜。益々大阪に染まりやがって。見つかったのか?」
「まだだよ。情報収集がてら、探してるんだけどな…」
「生きていたら連絡あるよな…」
「…まぁ、生きていても連絡せんやろな」
「なんで?」
「優雅が仕えていたのは親父だもん。俺とは無関係だし。それに、
 桂守さんも言ってたし」
「それでも何か言ってくるのが筋だろが」
「いいのいいの。元気に無事に過ごしているなら、安心だから。
 でも、この世を去っていたら、線香の一つくらいあげないとな、
 恨まれる」
「恨まれるほど、悪い事してるのか?」
「してないって。…四代目、何か?」

慶造は、新聞の一つの事件が気になったのか、夢中になっていた。

「ん、すまん。…そのな…これが気になってさ…」
「どれだ?」

隆栄が覗き込む。

敏腕刑事射殺事件の真相は、やくざの抗争が原因か。

「これがどうした?」
「真北って名前…聞いた事あるからさ」
「名前くらい極道界には知れ渡ってるだろ。やくざも泣くほどの刑事ってことで」
「それでか…」
「気になるのか?」
「まぁな。……調べてくれるか?」
「理由は?」
「絡んでいるなら、家族が危ないだろ?」
「まぁなぁ。血族皆殺しだもんな。…でも、殺されるような厄介な奴なのかな…」
「そこが問題だよ。頼むで」
「はいな」

ドアが開く。

「ぱぱぁ」

そう言って慶造の部屋に入ってきたのは三歳になった慶人だった。

「おう、慶人くん、おっはよぉん。小島のおじさんですよぉ」
「こじまぁ!!」

隆栄は、慶人を抱きかかえた。

「って、お前が父親かっ!!」
「すまん。かわいいもんなぁ」
「栄三くんや健くんもかわいいだろうが」
「それ以上に阿山の子供はかわいいって」
「ありがとぉ、小島さん」

ちさとが入ってくる。

「姐さん、おはようございます」
「朝早くにどうされたの?」
「………そうだった。新たな情報だった…」

ちさとに言われるまで、慶造に伝える用件をすっかり忘れていた隆栄だった。

「それなら、先にお食事に行ってますよ」
「小島、深刻か?」
「そこまで、いかんけど、耳に入れていた方が安全かと思うだけだ」
「それなら、直ぐってことじゃないな。一緒に行くか?」
「隣か?」
「暫くはな。…笹崎さんも逢いたいんだってさ」
「慶人くんにか?」
「あぁ」
「ほらなぁ、阿山の子供だからだって」
「お前とは違うと思うぞ」
「はいはい」
「あのなぁ〜」

慶造と隆栄のやり取りは、高校生の頃から変わっていない。しかし、組員を前にすると、親分と側近の関係になる二人だった。


高級料亭・笹川。
慶造達が、部屋に通されて直ぐに笹崎が顔を出す。喪服を着ていた。

「笹崎さん、どなたかが亡くなられたんですか?」

慶造が尋ねる。

「えぇ。親しかった友人です」
「そうですか…」
「慶造さんは、何もなさらないでください。これは、私の問題ですから」
「は、はぁ…。お気を付けて」
「申し訳御座いません、喜栄に頼んでおりますから」
「ささざきおっちゃん、おはよ」
「おはよう御座います、慶人くん。今日も良い子で過ごすんだよぉ」
「はい!」

慶人に笑顔を向けた笹崎は、その表情のまま、慶造に一礼する。

「では、失礼します」

笹崎と入れ替わるように喜栄がやって来た。

「おはようございます、慶造親分、ちさと姐さん、慶人くん!」
「おはようございます。その…笹崎さんの友人が亡くなられたとか…」
「えぇ。大切な人だったようね」
「笹崎さんの交友関係は、知らないので、どう申せばいいのか…」
「気になさらないでね。では、すぐにお持ちします」
「お願いします」

喜栄が部屋を去っていく。

「……なぁ、阿山」
「ん?」
「手ぇ貸そうか?」
「何に?」
「…親父から聞いた事あるけどさ…。笹崎さんが刑事と付き合っていたってこと」
「刑事と付き合っていた?」
「そのな…警察機関にある極秘任務に就く男と付き合いがあったらしいよ」
「…なんだよ、それ」
「もしかしたら、笹崎さんの友人って…」
「それは、ないと思うよ」
「だよな。噂は噂だし、それに、笹崎さんの学生時代の友人がたまたま
 警官だったってこともあり得るしなぁ」
「そうだよな」
「まぁ、でも、気になるから、調べておくよ、その真北って刑事のこと」
「もし、極道の奴が手を出していたら、それこそ、厄介だからな」
「そうだとしても、もう捕まってるって」
「仲間殺されて、黙ってないよな、奴らは」
「そういうこと」

ドアが開く。

「お待たせ致しましたぁ」

料理が運ばれてきた。







春樹は、ファイルを閉じる。ふと目をやったデスクの上にあるノートに気が付き、それを手に取り広げた。
そこには、付き合いが終わったはずの阿山組の事が書かれていた。

「親父、もしかして、死ぬまで阿山組と付き合っていたのか?」

そのノートは、父の日記だった。父が死ぬ一週間前の日付で停まっている。パラパラとページをめくりながら、自分の名前や弟の名前も見つけた春樹は、それ以上、ノートを読む事を躊躇ってしまった。

父の秘密を知ると……。

どうやら、父・良樹は、母の春奈に言えないような事もしていた様子。文の最後には、必ず書かれている言葉があった。

言わない方が、安全だ。

「親父……」

母が帰ってきたのか、階下で音がする。春樹は、部屋を出て行き玄関へ向かっていった。

「お帰りなさい」

隣には、一人の男が立っていた。

「その…」
「あの人の友人」
「こんばんは。夜遅くにすみません」
「こんばんは」

春樹は、一礼する。

「芯は、寝てます」
「そんな時間だもんね。ごめんね、遅くなって」
「いいえ」
「春樹も、部屋に戻りなさい」
「はい。失礼します」

春樹は、深々と頭を下げて部屋へ戻っていった。
男は、春樹を見つめていた。

「そっくりですね」
「えぇ。でも、あの人より頑固かも」
「春奈さんの血も引いておられるからでしょうね」
「聞き飽きてますよ、その言葉は」
「そうですね。何度も申してますから」
「どうぞ、こちらです」
「お邪魔します。…その芯とは?」
「春樹の弟ですよ。三つになります」

男は、何かを考え込んでいた。

「もしかして、任務を離れた後…?」
「うるさい。ほら、こっち」
「は、はぁ……」

仏前に通された男は、懐から数珠を取り出し手に掛ける。
その手にある指のうち、一本は、短かった。


男は、三十分ほどして帰っていった。
春樹が降りてくる。

「まだ、起きていたのね」
「あの人は…本当に父の友人なんですか?」
「そうよ。…先日お話ししたでしょう? 特殊任務の話」
「はい」
「あの人は、阿山組の元幹部さん。特殊任務の仕事を手伝っていた人なの」
「そうでしたか。…どことなく、オーラが違っていましたから……」
「今では立派な料亭の主人だそうよ」
「そうでしたね。…事件を知って、わざわざ、ここまで?」
「その…加害者の情報をね、聞きに来たの」
「まさか…」
「言わなかったわよ。これ以上、誰にも関わって欲しくないから」
「お母さん……」
「さぁてと、春樹。夜食作ろうか? 勉強するんでしょう?」
「まぁ、少しだけ」
「進路変更したから大変だもんねぇ」
「大丈夫ですよ、楽勝です………あの…」
「解ってます。芯の分も作りますよ。連れてきて」
「はい」

部屋で目を覚ましたのか、誰も居ない事に寂しさを感じて泣き出した芯の声は、玄関まで聞こえていた。春樹は、階段を駆け上がり、芯を連れてリビングへと降りてきた。
そして、家族三人で、軽い夜食を取る。芯の楽しい行動に、春樹も春奈も笑っていた。



明け方近くに帰ってきた笹崎。玄関まで迎えに出てきた喜栄に伝言を受ける。

「慶造親分が呼んでますよ。手が空いたら直ぐに来るようにって」
「おい、まさか、出先の事…」
「言ってません。だけど勘が鋭い慶造親分でしょう? 解ったかもよ。
 …で、どうだったの?」
「情報なし。どの組の事を調べていたのかを教えてもらいたかったけどね、
 やはり、向こうで処理するつもりらしいな。探している時に、春奈さんに
 ばったり逢って、自宅まで無事に到着。春奈さんも教えてくれなかったよ。
 帰り際に、何もするなと念を押された」
「それなら、慶造親分の手を汚さないから安心ね」
「動かなければいいけどな…。組関係のことに対しては、うるさくなってる
 様子だからな…。黒崎組との事があってから…」
「そうね…。何も起こらないように祈るしかないわね…」
「祈るだけは、俺の性に合わないさ…」

笹崎は、料亭に上がったその足で、厨房へと向かっていった。




その日の夜。
慶造の部屋。
笹崎はノックする。

『どうぞ』
「失礼します」

笹崎は、慶造の部屋へ入っていく。


「お疲れ様。どうでしたか?」

慶造は、慶人を膝の上に座らせ、絵本を読んでいた様子。笹崎を見つめる目が、とても和らいでいた。

「情報は何もありませんでした」
「やはり、あちらに任せるしかありませんね」
「はい」
「私としては、これ以上、笹崎さんに危険な事はして欲しくないんですけど、
 駄目ですか? …どうしても、御自分の手で、片づけたいと…?」

四代目の威厳を醸し出す目に変わった。

「はい。私が片づけないと、四代目、あなたが、なさる可能性がありますから」

笹崎も負けていない。
この世界から離れて数年経つが、醸し出すものは、失われていない。それには、慶造も参っていた。

「行動はしません。しかし、目は光らせておきます。…何をするか
 想像が出来ますから。なので、笹崎さんは、何も考えないでください。
 よろしいですね?」
「……かしこまりました」

慶人が振り返る。そして、笹崎に微笑んだ。

「おや、慶人くん、まだ起きてるんですか? もう寝る時間ですよ。
 …ちさとさんは?」
「ちさとは、春ちゃんと美穂ちゃんとで、猪熊家で楽しい時間を過ごしてる」
「女三人で、賑やかな時間ですか」
「子育ての息抜きに楽しんでこいって、言ったんだよ。なぁ、慶人」
「うん!」
「慶人くん、寂しくない?」

慶人に話しかける笹崎の眼差しは、とても優しい。

「パパがいるもん!」
「そうだね」

笹崎は、慶人の頭を撫でていた。ちょっぴり照れたように首をすくめる慶人だった。

「…それにしても、女の子…欲しいですね」

突然、笹崎が言った。

「ん?」
「ほら、猪熊さんのところは、八人とも男の子。小島さんところもそうでしょう。
 それに、慶人くんでしょう? …やっぱり、次こそ女の子ですよ」
「……笹崎ぃ〜」
「はい?」
「それは、俺に言ってるのかぁ?」

ジロッと睨む慶造。

「そうは言ってませんが、そう捉えられてもいいですけれどぉ〜」
「けれどぉ〜?」
「………ガァンバっ」

笹崎が言った………。

その夜、ちさとは、帰ってこなかった。



とある日。
阿山組本部の側を一人の男が歩いていた。手にしたメモを見ながら、阿山組本部の看板を見つめる。

「…何の用だ?」

門番が、怪しげな男にドスを利かせて尋ねた。

「あの……こちらに、沢村ちさとさんが居られると思いますが……」
「誰だ、お前は」
「すみません。私、山中勝司(やまなかかつじ)と申します」
「…山中……?」

門番は、山中勝司を見つめ、そして、何かを思い出したような表情になり、急に態度を改めた。

「ご案内致します。こちらへどうぞ」
「は、はぁ…お邪魔します…」

門番の後ろを付いていく山中。手入れの整った庭木、そして、石畳。その向こうにある大きな屋敷。初めてみるものが多いのか、山中は、キョロキョロとしていた。玄関まで案内される。

「こちらで、お待ち下さい」
「はい」

案内してきた門番は、玄関先で待機している組員に何かを告げる。告げられた組員は、素早く奥へと入っていった。暫くして、留守を任されている組員の飛鳥がやって来た。

「申し訳ございません。姐さんは、外出中です。あと三十分ほどで
 帰宅されますので、それまでお待ち頂けますか?」
「姐さん?」
「ちさと姐さんをお訪ねになられたのではありませんか?」
「沢村ちさとさんを訪ねてきました。…こちらで世話になっているという
 お便りを頂き、その際に私の父のお話も…」
「父とは…姐さんの側に仕えていた山中さんの事ですか?」
「私は、その息子の勝司と申します。ちさとさんに逢いに来たのです」

門番達の元気な声が聞こえてきた。振り返る山中と飛鳥。そこには、慶造とちさと、そして、慶人、その後ろには、修司と川原が居た。

「どうした?」

修司が玄関先の人物を見て、組員に尋ねた。

「姐さんを訪ねて……」

山中は、組員の言葉を遮るかのように、ちさとを見つめ、そして、言った。

「ちさとさん…ですか?」
「………山中さん? …山中勝司くん…」
「はい」

元気よく返事をした途端、山中の目から、涙が溢れこぼれた。



(2004.3.8 第二部 第十二話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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