任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第三話 『春』の怒りに火を付けた。

「にいちゃん、いってきます!」
「行ってらっしゃい。迎えに行くまで待ってろよ」
「はい!」

芯は笑顔で手を振りながら、幼稚園の門をくぐっていった。友達の航と一緒に建物へと入っていった。
弟を見送る春樹の眼差しは、とても優しく、そして、表情は穏やかだった。
大学へ向かう為、踵を返す春樹。
その表情は、先ほどとは正反対で、誰も寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
駅の改札を通り、ホームへと歩いていった。


この日、午後の講義が休講になり、早めに大学を出た春樹の足は、とある病院へと向かっていた。

橋病院。
橋雅春が白衣を着て、患者の整理に追われていた。たくさんのカルテを手に一人一人患者に声を掛けていく。重症患者は、すぐに診察室へ案内し、症状の軽い患者には、優しく声を掛けていた。そこへ、春樹がやって来た。
待合室の患者の多さと雅春の忙しそうな動きを見て、そのまま待合室を出ていった。
数歩、歩いた時だった。

「真北!」

呼び止められた。
春樹は振り返り、歩みを停める。

「来いよ」
「……あぁ」

カルテをたっぷりと持った雅春に言われ、春樹は再び病院へと入っていった。

「これ、全部終わりましたので、あと宜しくお願いします」
「ありがとぉ、雅春くん。助かったぁ」
「いつでも、おっしゃってください」

笑顔で言って、春樹の腕を掴み、病院の奥にある自分の事務室へと連れて行った。


ソファに腰を掛けた春樹の前に、お茶が差し出される。

「…で?」

雅春が腰を掛け、春樹に言った。

「ん?」

湯飲みに手を差し伸べながら、春樹は応える。

「話……あるんだろ?」
「………いや…別に……」
「顔に書いてるぞ」

春樹は、顔を伏せる。

「………よく解らないけどさ……胸が苦しいんだよ」
「ん? 恋してるんか? 確か、気になる女性が居るって言ってたよな」
「お前と違う」

短く応えて、春樹はお茶をすする。

「診察するか? 外科専門だけどさぁ」
「診察する程じゃないよ」
「それなら……いつもの…あれか?」
「解らない。…でも、あの日と同じような胸騒ぎがする」
「あの日?」
「親父が殺された日だよ…」

冷たさを感じる声に、雅春は硬直する。

「真北…お前……」

進路を変えてから、春樹が父親の話をする時の言葉が変わっていた。
親父が亡くなった……昔はそうだった。しかし、今は…。

「もし、あの日の二の舞になったら…次は、お袋か? 俺か? それとも
 まだ、幼い弟なのか…。それを思うと…もしかしたら、橋…お前かも
 しれない。働きすぎて、倒れるとか…病院で何かが起こるとか…」
「大丈夫だって。俺は倒れないし、おばさんも弟も元気なんだろ?
 お前だって、元気だろが」
「そうだけどさ…」

春樹は、手にした湯飲みを見つめながら呟いた。

「ったく、お前らしくないな」
「俺らしく…ないか…」

そう言って、春樹は大きく息を吐き、背もたれにもたれ掛かった。

「まぁ、たまにはいいんじゃないか」
「…そうかな…」
「お前も、たまに羽目を外した方がいいって」
「あのなぁ…」
「ほっんと、頭に『く』と『そ』が付く真面目だからさぁ。…暴れたら
 途轍もなく恐いけどさぁ」
「親父の仕事に関係してたから…それに、俺も目指してるし…」
「それでも、今は、楽しく過ごせって」
「できないな…」
「……で、気になる女性には、伝えたのか?」
「ん? それは…その……なんだな……」

春樹は、頬を仄かに赤く染め、照れたように目を反らしていた。

「…お前、まさかと…思うけど…。…………使ってるか?」
「う、う、…うるさいっ!」
「…くっくっく…。…ったく、それが、原因だろが。勉強と夢、そして、
 父親の代わりと家計を支える。それに加えて恋…。お前の許容範囲を
 超え始めてるだけだって。肩の力でも抜けよ。…これから時間あるか?」
「無い。弟を迎えに行かないとな」
「おばさんに頼めよ」
「無理だよ」
「駄目だぁ〜」

雅春は、受話器を手に取り、どこかへ連絡を入れる。

「もしもし。橋と申します。その後、体調はどうでしょうか。…はい。
 そうですか、安心です。…その…………よくお解りで……はい。
 …いいえ、そうですね。目一杯、任せてください。はい、ありがとうございます。
 どうぞ、ご自愛くださいませ。では失礼します」

受話器を置き、春樹に振り返る。

「お前の体確保できた。今夜は、とことん付き合えよ」
「……って、橋、お前、勝手に決めるなっ!!!」
「お袋さんの了解も得たし、弟も迎えに行くって」
「あぁのぉなぁ〜」
「っということでっと」

雅春は棚の中からアルコールのボトルを取り、グラスを二つ用意する。テーブルの上に並べられるボトルとグラスを見つめる春樹。

「あ、あの…橋くん?」
「ん?」
「今からですか?」
「おぅ。目一杯飲み明かす!」
「………そう言うお前の方が、悩み事か?」
「当たり前だっ!! 何を一生懸命しても、あいつのあの行動だけは
 絶対に許されないっ!!!」
「あの行動?? あいつって…?」
「道病院の息子だよっ! あいつ、俺と競い合っていたのに、急に
 畑を変えやがったっ!」
「同じ分野だったろ、外科」
「そうだよ。そして、どっちの腕が上になるか、医者になってから
 競い合う約束していたのにな、あいつ、俺に内緒で脳神経外科に
 変えたんだよ」
「初耳だぞ。橋、ほんの数週間前は、そんな話しなかっただろ」
「おとといだよ。急に電話掛かってきて、そうしてるって。その時にな、
 外科関係で疑問に思う事があるからといって、相談してきたんだよ」
「……それって、怒ることか?」
「なんとなく、腹立たしいだろうが」
「そりゃぁ、そうだけどさ、お互いの腕、信用してるんだろ?」
「まぁなぁ〜」
「どっちにしても外科の腕は良いんだろ? 競い合えって」
「それよりさぁ〜、真北」
「ん?」
「こっちの話聞かせろ」

雅春は小指を立てていた。春樹は、アルコールをグラスに注ぎながら、にやりと微笑んだ。

「何人目だ?」

雅春が冷静に尋ねる。

「五人目」
「…って、お前ぇ、早すぎる」
「こっちがフラれるし、告白されるんだって。それに応えるだけ」
「自分の意志は?」
「これと言った女性とは出会わないな…」
「お前の心を射止める女は、いつ現れるんだろうな」
「さぁねぇ」

飲み干す春樹。

「…………ペース早い!」
「俺は何でも早いんだって」
「もっと楽しませろよ」
「何の話だ? あ?」
「じょぉ〜だん」

雅春も同じようにアルコールをグラスに注ぎ、飲み干した。

「橋、彼女はどうなった?」
「ん…? やっぱり、無理だったよ」
「……そうか……」
「もう、そんな思いはしたくないからさ…。これ以上、しないよ。
 彼女にも悪いからね…」
「お前らしいな」
「まぁ…な。…俺は仕事一筋に生きることにしたからさ。…これからの
 お前の事を考えるとな、腕、磨き上げないと駄目だろ?」
「だからぁ、しょっちゅう怪我するとは限らないって言ってるだろが」
「解らないぞぉ〜」
「誘うなっ!」

春樹の言葉に雅春は微笑んでいた。

不安…飛ばせよ、真北…。

雅春の微笑みには、春樹に対する優しさが含まれていた。



次の日の朝。
雅春の事務室のドアがノックされる。

「はい」

ドアが開いた。そこには、親子が立っていた。子供は、すごく不機嫌なオーラを発している。

「おばさん。おはようございます」
「春樹は、ここ?」
「えぇ、飲み過ぎまして、まだ寝てますよ。起こしましょうか?」
「まだいいわ。ただね……」

そう言って、目線を子供に落としたのは、春樹の母・春奈だった。不機嫌な子供こそ、春樹の弟・芯だった。

「凄く不機嫌なようなのですが…」
「そうなのよぉ〜。迎えに行くと言ったのに、私が行ったものだから、
 それっきり、このままで…」
「ごめんな、お兄ちゃんが、誘ったんだけど……って、うわっ!!!」

芯は、目の前にしゃがみ込んだ雅春を思いっきり突き飛ばしていた。勢い余って、雅春は尻餅を突いていた。

「芯!」

春奈が言った。

「にいちゃんは、ぼくのにいちゃんなの!」

何かを勘違いしている……。
そう思ったものの、芯の言葉に恐縮そうにする雅春。

「にいちゃんは?」
「疲れて寝てるよ」
「にいちゃん、びょうき? つかれたの…ぼくのせい?」
「違うよ。芯くんのせいじゃない。大学でね、ちょっと何かあったんだって。
 その相談をしに来ただけだよ」
「なやみごと?」
「それに近いかな……」
「……ごめんなさい……」

何かを理解したのか、芯は、急に大人しくなり、雅春に謝っていた。

「いいんだよぉ。気にしないでね」
「にいちゃんをよろしくおねがいします。…ママ、かえろ」
「えっ? 春樹に会わなくていいの?」
「つかれとれるまで、ねかしておくの」
「はいはい。解ったわ。…雅春くん、お願いしますね。…恐らく、あの子…」

春奈は、春樹の胸騒ぎに気が付いていた様子。

「大丈夫です。晴れたようですから」
「それなら、安心だけど……」
「夕方には、帰らせますよ」
「お願いします。…芯、帰ろうか」
「うん」

先ほどとは、うって変わって、かわいらしく微笑んでいた。

…真北と全く違うな……かわいい…。

雅春は、笑顔で二人を見送り、事務室へ戻ってきた。それでも、春樹はまだ、眠っていた。

眠って忘れろ…。

どうやら、雅春は、春樹の飲物に何かを仕込んでいた様子…。すやすや眠る春樹の体に、そっと毛布を掛け、仕事を始めた。




春樹の胸騒ぎが収まった頃、とある動きが始まっていた。


『何? 息子が刑事を目指しているだと?』
『はい。奴の家族のその後を観ていたら、息子…長男の通う大学が…』
『そこは、警察学校のような所だろうが…。まさか…』
『先手…打ちましょうか?』
『やられる前に……だな。準備しろ』
『はっ』




春樹は、芯を幼稚園まで連れてくる。

「にいちゃん……」

芯は、春樹の手を離そうとしなかった。気になった春樹は、芯の前にしゃがみ込み、優しく声を掛けた。

「どうした? 行きたくないのか?」

芯は首を横に振る。

「今日、兄ちゃんが迎えに来れないから、嫌なのか?」

再び首を横に振る。
春樹は、この日、試験の最終日。それは、とても大切な…進級に関わる試験だった。これをパスしなければ、将来の夢・刑事になることが難しくなる。その為、ここ数日、芯の遊び相手をせずに、勉強をしていた。それを芯は知っている。その寂しさがあるのだろうか…。

「今日までだからね。明日からは、たっぷり時間があるから、芯が遊びたいこと
 たっぷりとしてやるぞ。…遊園地、行くか?」

その言葉に反応する芯。表情に喜びが現れていた。

「にいちゃん、やくそく!」

芯は小指を差し出した。春樹は、それに応えるように、指切りをする。

「じゃぁ、夜な」
「うん。…にいちゃん、がんばってね」
「おぅ、ありがとな」

芯は、とびっきりの笑顔を春樹に向け、そして、元気に幼稚園へと駆けていった。

「ったく」

優しい眼差しで、芯の後ろ姿を見つめる春樹。
これが、芯の元気な姿、そして、笑顔の最後になるとは、この時、思いもしなかった……。



春樹が、試験を終え、大学の校舎から出てきた。時計で時間を確認する。

芯が帰宅する時間だな。

「真北ぁ!」

同級生の美月(みつき)が声を掛けてきた。

「美月、なんだよ」
「今日、時間あるんだろ? 弟の迎えもいいんだよな?」
「まぁ、そうだけど、早く帰らないと怒られる」
「誰に? お袋さんか?」
「弟に」
「………あのなぁ〜。遅くなるって言ってあるんだろが。飲み会」
「行かないって」
「試験の打ち上げ。行こうやぁ〜」
「俺は………って、お前、また俺を出汁にしようとしてるだろ?」
「図星。だって、真北が居ないと盛り上がらないし、女性も来ない」
「俺は何も出来ないって」
「居るだけでいいんだよ。…もう、来るって言ってしまった」
「……あのな……!!!!」

その時、サイレンを鳴らしながら一台のパトカーが近づいてきた。

「そういや、さっきから、サイレンなりっぱなしだよな。…まぁ、ここだから、
 仕方ない………って、向こうから、来るのは…あの……鈴本警部…」
「鈴本?」

美月が見つめる方に目をやると、そこには、父の後輩刑事だった鈴本が歩いてきていた。春樹に気が付き手を挙げる。

「鈴本さん、お久しぶりです」

春樹の言葉に、驚いたように目を向ける美月。

「真北…?」
「春樹くん、頑張ってるようだね。僕としても嬉しいよ。先輩よりも
 成績が良いって聞いたぞぉ」
「そんなことありませんよ、鈴本さん。その…どうされたんですか?」
「何も…ないよな、春樹くんは」
「はい?」

春樹と鈴本の話を聞いていた美月は、急に声を張り上げた。

「…って、真北って、あの……伝説の真北良樹刑事の息子?!???」
「そうだけど…伝説って、何…それ」
「あっ、いや、その…密かに広まってる噂…。今、腕利きの鈴本警部の
 先輩にあたる刑事…真北刑事…。やくざを手玉に取れるほどの腕前…」
「鈴本さん、親父って、そんなにすごい噂も持ち主なの?」

きょとんとして鈴本に尋ねる春樹。

「…まぁ、…数々の伝説を残しておられましたから……」

言えないよな…ここでは問題児だったと…ある意味で…。

「…それで、教授たちの見る目が違っていたのか…」

口を尖らせる春樹だった。

「それより、春樹くん、急いで乗って」
「???? いや、その…これから打ち上げ…」
「のんきにしてる場合じゃないんですよ。…その…」

言いにくそうな鈴本の表情に、春樹は何かを感じ取った。

「まさか、何か遭ったんですか?」
「話は、向かいながら……!!!! 伏せてっ!!!」

鈴本は、背後に何かを感じ、春樹と美月を守るように身を伏せた。顔を上げながら、懐に手を入れる鈴本。しかし、その見つめる先には、呻き声を上げながら倒れる二人の男の姿が…。

「って、春樹くん!!!」

男を打ちのめしたのは、春樹だった。
鈴本が伏せた時は、確かに側にいた。なのに、顔を上げた、ほんの一瞬の間に、春樹は男達が差し向ける銃に怯むことなく立ち向かい、そして、拳一つで倒していた。

「こわぁ……」

それらの光景を見ていた学生が口々に呟いた。

「……てめぇら、ここを何処だと思ってんだよ……あ?」

男の胸ぐらを掴み上げる春樹。その目と醸し出すオーラには、狂気が満ちあふれていた。
許さない…。そんな雰囲気だった。

「春樹くん!!!」

鈴本の大きな声で我に返る春樹は、その手を離した。他の刑事と、駆けつけた警官が、素早く男達を取り押さえ、連行した。

「私たちの仕事に手を出さない」

鈴本は少し怒った口調で春樹に言った。

「…何が遭ったんですか? あいつら、確実に俺を狙っていた…」
「春奈さんと芯くんが、襲われて…」
「えっ? それで、二人は?」
「春奈さんの怪我は軽かったんですが、……その…」
「まさか……芯…」
「連れ去られました…」
「誰に……?」
「あいつらの居る組に…。無事に返して欲しければ、春樹君が、
 この大学を辞めて、刑事になる事を諦めろと…」
「……あいつら…親父を殺した奴らですか?」

怒りを抑えながら尋ねる春樹に、鈴本は静かに頷いた。

「許せねぇ……親父だけでなく…芯までも……」

今にも走り出しそうな春樹の腕をしっかりと捕まえた鈴本。

「鈴本さん、どこですか!! やつらの事務所はっ!」
「これは、我々の仕事だから、春樹くんは…春奈さんの所へ…」
「弟が拉致されて、黙って観てろって言うんですか?」
「春樹くん」
「俺は……もう、我慢できない…。教えてください、鈴本さん!!」

バシッ!!!

「!!!!!!」
「春樹君、私の言う事を聞きなさいっ!」

鈴本は、春樹の頬を叩き、激しい口調でそう言った。

「できません………」
「今、問題を起こせば、春樹君の夢…叶いません…。先輩の意志を継ぐ…」
「……それでもいい……芯が心配だから。芯が怖がってると思うと…。
 俺の夢なんて、どうでもいい!! 芯は、誰よりも恐がりだし、泣き虫なんだ。
 そんな芯が、一人で、それも…恐怖に満たされた所で……」
「春樹くん…」
「向かうんでしょう? 俺も連れてってください。…鈴本さん、お願いします!!」
「春樹くん。…解った。その代わり、何もしないって約束してください。
 先ほどのような行動は、妨害に当たりますからね」
「心得ました。…お願いします…」

春樹は深々と頭を下げていた。そんな春樹の肩を抱きながら、鈴本は、パトカーへと乗せ、そして、大学を去っていった。
静けさが漂う大学内。

「…真北の動き…やっぱり、尋常じゃないよな……」

呟く美月だった。




その日の真夜中。あちこち探し回った鈴本は、どこも空振りに終わり、項垂れる春樹を橋病院に連れてきた。

「…鈴本さん……」
「……ごめんよ。手かがりが掴めなくて…」
「連絡…」
「解り次第、すぐに入れます。それまで、春奈さんの側に。
 外と廊下に、数名ずつ待機しておりますから。ここまで来るとは
 思いませんが、念のために…」
「それは、いいです」
「万が一の為です。…これ以上、あいつらに、大切な人たちを
 傷つけて欲しくないっ! 哀しい思いは、もう……したくありませんから…。
 …先輩と…約束したんです。…春樹くんたちを守ると…だから、私は…」

震える声。鈴本があの日、心に秘めた強い想いが伝わってくる。春樹は、それ以上、何も言えず、何も聞けなかった。

「解りました……でも……」
「ん?」
「芯を助けるのは、私の役目です。芯は、俺が居ないと、
 泣きやみませんよ」

少し微笑む春樹。その笑顔は、鈴本の心配を吹き飛ばすものだった。鈴本は、微笑む。

先輩と同じオーラを…。

「…私に任せてください」

自信に満ちた表情で言った鈴本は、その場をそっと去っていった。
春樹は、鈴本の車が見えなくなるまで見送った後、母の居る病室へと向かっていった。丁度、病室から橋先生が出てくるところだった。

「春樹くん」
「おじさん、母は?」
「今、眠った所。さっきまで、大変だったんだ。…芯くんのことを心配して…。
 春樹君は無事だと伝えても、姿を見るまでは…そう言って…」
「そうでしたか…すみません、遅くなりまして…。その…軽傷だと聞いたのですが…」
「傷は、浅いんだけど、精神的に…ね」
「そうですね。…側に居ても大丈夫ですか?」
「その方が心強いでしょう」
「ありがとうございます」
「あとで、雅春も来ると思うから」
「いや、いいです。…暫くは…」
「春樹君、無茶しないようにな」
「はい」

春樹は橋先生に一礼して、春奈の病室へ入っていった。

「雅春に強く言われたんだけどな…。引き留めておくように…と」

橋先生は、そっと病室の前から去っていった。少し離れた所で待機している刑事たちに一礼し、そして、仕事へ戻っていった。


春樹は、ベッドの側に歩み寄る。その気配で春奈が目を覚ました。

「は……る……き…?」
「お母さん……鈴本さんに聞きました」
「…ごめん…芯が……芯が……」

取り乱したように泣く春奈。春樹は慌てて駆け寄り、母を腕の中に抱きしめた。

「大丈夫です、お母さん。私が…」
「春樹まで、失いたくない……!!!! そうなったら、あの人に
 なんて言えばいいのよ!!! それでなくても…春樹が刑事になるって事で
 どれだけ心配か…」
「私は大丈夫ですから。…くたばったりはしません。…例え、父と同じように
 銃弾に倒れようとも…。何度でも蘇りますよ」
「あの人も、そう言っていた…だけど……」
「お母さん、ゆっくり眠ってください。目を覚ました時には全て終わってますから。
 …許さない…親父を殺しただけでなく、お母さんや芯まで……」
「……春樹……あんた………」

春樹の醸し出す狂気なオーラに、春奈は一瞬、息を飲む。自分の息子であるにもかかわらず、何も言えなくなる春奈だった。

「お母さん、お休み下さい。…私は、芯を助けに行ってきます」
「行方は解らないって…」
「大丈夫ですよ。私が、芯を見失ったこと、ありましたか?」
「…無かったね。どこに居ても、芯を見つけてた」
「だから、私にしかできないことですよ。…では、行ってきます」

春樹は、母の頬に優しく唇を寄せ、立ち上がる。そして、背を向け歩き出した。

「春樹」

母の呼びかけに、春樹は、ただ、微笑むだけだった。そして、病室を出て行った。

「…あなた…春樹を…芯を……守ってください…!!!!!」

春奈は、祈るように指を絡めていた。


春樹の表情は、無表情。恐らく何かを感じろうと精神を集中させているのだろう。病院の敷地を出た所で、誰かに声を掛けられる。それは、鈴本が待機させていた刑事だった。

「どちらへ行かれるのですか? ご一緒致します」
「……鈴本さんが向かったのは、どこですか? 私もお手伝いを…」
「春樹さん…」

鈴本に春樹を病院から出さないようにと言われていた刑事。しかし、春樹の表情、そして、醸し出すオーラは、どこか懐かしい物を感じさせ、その懐かしい物と同じような行動を取ってしまう。

「鈴本は、闘蛇組の組本部がある事務所に向かってます。
 先ほどお連れしなかったのは、春樹さんの身を案じてのことです。
 場所は……」

すらすらと春樹に話す刑事。
話を聞き終えた春樹は、自分の足で歩いていった。
その後ろ姿を見届けた刑事。

「真北先輩と同じ……いいや、それ以上だな…。あの子が刑事になったら
 それこそ、先輩以上に大変な存在になるんだろうな……」

期待と不安が入り交じったように、呟いていた。




密かに力を広めている極道組織・闘蛇組。一般市民にまで手を出し、時には、薬を売りつけるなど、警察だけでなく、極道界にも厄介がられている組だった。
明け方。
その組本部がある事務所の周りには、パトカーが道路を埋め尽くすほど停まっていた。ひっきりなしに、事務所を出入りしている刑事達。しかし、目的の人物は居ないようで、鈴本の側に近寄ってきた刑事が、そっと何かを告げていた。

「ここも空振りか…」
「どうしましょう。相手の出方を待ちますか?」
「いいや、それでは遅いかもしれない。………えっ?」

鈴本は、とある場所に目が留まった。

「…あれは、真北先輩のご子息…。何を…?」

組事務所の向かいにある倉庫前に、春樹が立っていた。そして、二階を見上げている。鈴本は、春樹の姿に気が付き、一歩踏み出す。それに気が付いた春樹は、鈴本に目線を移した。
無表情。
鈴本は、懐かしい物を感じた。しかし、それは、あの日と同じ感情。

あの日、無表情で鈴本を見つめた真北良樹。その後、一人で敵に立ち向かい、そして……。

「春樹くん!!!!」

鈴本の呼ぶ声は、春樹に届いていた。しかし、春樹は、その声に立ち止まることなく、倉庫へと入っていった。

あの日の二の舞は、もう……あの光景は二度と見たくないっ!!

鈴本と、もう一人の刑事が春樹を追いかけるように倉庫へ向かって走り出した。




春樹は、倉庫に入り、ドアを閉めた。
何も置いてない空っぽの倉庫。地面には無数の足跡。その中に小さな物もあった。

芯…?

足跡が向かう先に目をやる。奥にある階段に目が留まった。春樹は、そっと歩き出す。

『それ以上、進むと、弟の命はないぞ…。真北春樹くん』

どこからともなく響く声に春樹は警戒する。

『無事に返して欲しければ、すぐに大学を辞めて、普通に暮らせ』
「断る」
『…もう一度聞く』
「何度聞いても無駄だ。俺は、お前らのような奴を許さない。
 徹底的にたたきのめす。…親父の為にもなっ!」
『…そうか…それなら、仕方ないな』

そのような声が響いた途端、五人の男が階段の上に姿を現した。そのうちの一人が、小さな男の子を小脇に抱えている。

「このガキを殺すまでだ」

男は、小さな男の子のこめかみに銃口を当てた。

芯っ!!!!!

その途端、春樹の表情が一変した……。



(2004.4.3 第三部 第三話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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