任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第四-a話 『桜咲く』季節に春の感情。

あの事件から、何事もなく時が過ぎ、桜の木につぼみが顔を出し始めた頃……。

真北家に一通の手紙が届いた。春奈は、不思議に思いながら郵便屋さんから手紙を受け取った。

「ご苦労様です」

郵便屋さんは、去っていく。バイクの音が遠ざかっていくのを耳にしながら家に入り、宛名を見た。

「春樹にだわ…。………へっ?!???」

差出人を見て、春奈は驚く。
靴を脱ぎ家に上がった時だった。奥から芯が走ってきた。

「おにいちゃんは?」
「まだだよ。今日は遅くなるって」
「そっか。おともだちとあそぶって、いってたね」
「そうだよ。だから、お利口さんにしてようね」
「うん! …てがみ?」
「春樹にね」
「おおきいね」
「そうだね…」

春奈は、考え込んでいた。

「どうしたの?」

そんな春奈を心配して、芯が優しく尋ねてくる。

「春樹はこの春に四年目になるんだよね…」
「うん。ぼく、いちねんせいになるんだもん」
「そうだよね…」
「おかあさん? どうしたの?」
「春樹にね、採用通知…」
「??????」



春樹が通う大学。
一台の高級車が停まっていた。その側には、いかにも『刑事』という雰囲気を醸し出している男が立っている。

学長室の隣にある応接室。
春樹は、ソファに腰を掛け、口を尖らせていた。目の前には鈴本と警視庁の偉い人物が座っていた。

「あと一年あるんですが…」

春樹が静かに言った。

「それは、解ってますよ。これは、誰にも言わないようにと、春樹君の父、
 真北良樹警部に言われたことなんですよ」
「父が、何を?」
「もし、自分の身に何かが起こり、息子のどちらかが刑事になると
 言い始めた時、二通りのうち、どちらかを実行して欲しい」
「二通り?」
「一つは、刑事を諦めるように説得すること。もう一つは、諦めない場合、
 異例の処置を取る事。すでに、刑事を目指して、この大学に通っている。
 ということは、二つ目の事を実行するしかありません」
「ちょっと待って下さい。確かに、私は父の意志を継いで、刑事になろうと
 この大学に通い始めました。しかし、父とは別です。これは、私の意志。
 父が何を言っていようが、私は、お断り致します」

偉い人物が、大きく息を吐きながら、ソファにもたれかかった。

「私もね、反対なんだよ。良樹警部の言葉があっても、良樹警部と
 同じような腕を見せるとは思えませんからね。…しかし、この鈴本が
 その話を知っていたようで、直々に私に話してきたんですよ」
「鈴本さん…」
「真北先輩の気持ち…大切にしたいんです」
「それは、知っております。…そして、鈴本さんには感謝しております。
 いつも私たち家族の事を考えてくださる。…だから、これ以上…」
「思った通りの応えですね。…しかし、すでに採用通知は郵送してますよ。
 今頃、自宅に届いて、春奈さんが見てる頃でしょうね」
「あのね……。兎に角、私は、遠慮します」
「もう、駄目ぇ〜」
「……って、あのね…」

春樹は、偉い人物の口調にカチンと来ていた。

「弟さんの事件。あの時の春樹君の動きを鈴本から聞いて、
 悩むことなく採用にはんこを押したんですよ」

芯の事件の話が出た途端、春樹の雰囲気ががらりと変わる。
許さない…そういう雰囲気だった。
春樹の雰囲気を感じ取った偉い人物は、フッと笑みを漏らす。

「やくざの話になると、そのものの雰囲気を出すんだな」
「…なに?」
「良樹警部と同じだということですよ」
「親父と?」
「恐らく、良樹警部…そして、春奈さんのことだから、二人の話は
 してないんだろうな」
「お袋が刑事だったことは、なんとなく知ってます。ですが…」
「なぜ、引退したのか…知らないだろう? 春奈さんは、良樹警部よりも
 敏腕だったんだよ」
「…それは、知らなかったです。…引退は、結婚の条件だと…」
「良樹警部が、やくざのことになると躍起になるのは、春奈さんが
 関係しているんだよ」
「…えっ?」
「春奈さんの方が、躍起になっていて、危機に陥った。
 その時に助けたのが良樹警部。それがきっかけで、二人の関係は
 ………更に悪化……」

少し間があった後、偉い人物が言った言葉に、春樹だけでなく、鈴本もズッコケた。

「…あの…親密になったんじゃないんですか?」

春樹が恐る恐る尋ねる。

「本来なら、そうなんだけどね、良樹警部は、そのことで大怪我してね…。
 身を挺してまで守るなと春奈さんが怒鳴りつけて…。あの時は
 すごく大変だったな…」
「まさか…」
「警視庁内を巻き込んで大騒動。それまで気になっていた女性の
 春奈さんとの喧嘩の原因が、やくざのことだから、良樹警部は…」
「それって、八つ当たりじゃないですか…」
「それに近いな…」
「…お話、逸れてますよ…」

学長が、こっそりと告げるように言った。

「……その話は、春奈さんに聞くとして、もう、既に決まったことだからね」
「お断りします」
「大学卒業と同時に、派出所に勤務になります。それまでの講義は
 この通りになってますから」

春樹は、差し出された日程表に目を通す。その中に、実習として、銃の訓練が書かれていた。

「…その…これは、私だけ特別ですか? 同級生が受ける内容とは
 別なのでしょうか」
「半分だけな。本来なら、含まれない内容を入れておいた」
「私は、特別扱いされるような人間じゃありません」
「特別だよ」
「……何を……何を私に期待してるんですか?」

春樹は、静かに尋ねた。

「早く、ここに来て欲しいだけですよ」
「…こことは…」
「良樹警部と同じ立場です。…今は誰も、その職務に就ける人物が
 見あたらなくてね。凄腕と言われている鈴本でも難しいほどだ」
「鈴本さんが無理でしたら、私は、足下にも及びませんから…」
「大丈夫。…さてと。そういうことで、最後の一年の講義は、これですから」
「あの…」
「何か質問ですか?」
「これは、外していただけませんか?」

春樹が指さした所。それは、銃の訓練だった。

そっか、春樹君…あの後うなされていたっけ…。

鈴本は思い出す。
撃たれて暫く眠っていた時に、うなされ、口にした言葉。
この世から、銃なんて消してやる。大嫌いだ…。

「敵が持っている以上、訓練は必要だ。外せない」

偉い人物の言葉で我に返る鈴本は、春樹の表情を伺っていた。

「……大学に通う警官ですか…」
「名目は大学生だけどな。内容は違っているから」
「それでも、派出所勤務ですか?」
「暫くは、街の人たちの姿を眺めていた方がいいからね。
 では、失礼する。学長、宜しくお願いします」
「はっ、お疲れ様でした」

鈴本と偉い人物は、学長室を出て行った。
春樹は、大きく息を吐き、学長を見つめる。

「私…向いているようには思えませんよ」

春樹は呟いた。

「いいえ。向いてます。君の父よりもね」
「……親父の知らない事が多すぎる。…家族にも言えないことですかね…」
「…今は未だ、その気持ちが解らないでしょうね」
「家族なんだから、なんでも話して欲しいですよ。力になることだって
 できるでしょう?」
「そうですね。だけど、それをしないのは、大切な家族に心配させないように
 そういう想いからですよ。…いつかきっと、春樹くんも解るときが来るでしょう」
「私は、隠し事はしたくありませんよ…」
「さっ、そろそろ時間じゃありませんか? 友人も待っていることでしょう?」
「………いっけないっ!!! 忘れてました!!」

春樹は慌てたように立ち上がり、コートを羽織る。

「お話、受けるんですね」

春樹の動きが停まる。そして、ゆっくりと振り返り学長を見つめる。

「あのような場で、嬉しい気持ちを見せる訳にはいかないでしょう?
 受けるに決まってますよ。…早く、あの仕事に就いて、奴らを
 倒してやる。…その為には、必要なことですから」
「真北くん…」
「学長。後一年。宜しくお願い致します」
「がんばれ。応援してるから。だけど、無理だけはするな」
「はっ。では、失礼致します」

春樹は深々と頭を下げて学長室を出て行った。

「本当に、父親そっくりだな…。良樹君も同じだったよな…」

学長が言うように、春樹の父・良樹も同じような特別扱いを受けていた様子。
そんなことがあったとは、知らずに春樹は、同級生達と飲み会の会場へと向かって大学を後にした。その様子を見ていた鈴本たち。

「あぁやって、同級生とは笑いあえるんだな」
「恐らく表だけだと思います。心では、あの時に見せた表情が…」
「恐怖すら感じない…相手を倒す事だけしか考えていない…それも
 敵には容赦しないという雰囲気……か」
「倉庫に入る寸前に見せた表情…あれは、忘れる事ができないでしょう。
 まるで、真北先輩を見ている気分でした」
「三年…待ち遠しいな…。…出せ」
「はっ」

鈴本と偉い人物を乗せた車が、大学の門を出て行った。



その日の夜遅く。
珍しく荒れて帰ってくる春樹。

「すみません、ご迷惑を…」

春奈が、自宅まで春樹を連れてきた同級生に恐縮して頭を下げていた。

「驚きましたよ。いきなり、度数の高いものばかりを無茶呑み
 するんですから…。一体何が遭ったのかと聞いても何も言わずに…」

玄関に倒れ込んでいる春樹を心配そうに見つめる同級生。

「…大丈夫…だって。ありがとな…」

そう応える春樹だったが、その言葉はとても冷たく感じた。

「それでは、失礼します」
「どうもありがとうございました」

同級生達を見送って、春奈は家に入ってくる。春樹の姿は既に玄関に無く、キッチンにあった。冷たい水をがぶ飲みする春樹。ガラスのコップを握りしめ、そして、割ってしまう。

「春樹っ!」

その仕草に驚いた春奈は、側にあったタオルを手に春樹に近づいた。
春樹の手から血が流れる。春奈は春樹の手にタオルを巻いた。
春樹は泣いていた。

「春樹?」

春樹は、その場に座り込み、膝を抱えて泣き始める。

「ごめん……お袋…ごめん……俺……俺…」

春奈は、春樹を優しく抱きしめる。

「気にしなくていい。春樹が進路を変更した時に、覚悟してたから」
「お袋に…心配掛けたくない…」
「心配なんてしてない」
「…う…そだ…」
「嘘じゃない。春樹は、死なないんじゃなかったっけ?」
「…解らないよ…」
「大切な人たちに心配掛けないように、何が遭っても生きるって
 あれだけ芯に言ってたでしょう? 自信…無くしたの?」

春樹は首を横に振る。

「それなら、私は心配しない。春樹が思うように生きてくれるだけで
 私は、安心だから」
「…だけど……ご……め…ん……」

そう言って、春樹は寝息を立てた。

「…春樹? ……ったく、この子ったら…」

春奈は、春樹の頬を濡らす涙を優しく拭い、手の傷の手当てをする。

「………ここで寝るつもりかしら…体壊すわよ、春樹!」

春奈が声を掛けても、春樹は目を覚まさなかった。春奈は、布団を一式キッチンへ持ってくる。そして、春樹の側に敷き、春樹を寝かしつけた。

「目を覚ましたら、驚くかな…それとも…」

朝、目を覚ました時の春樹の仕草を想像して楽しむ春奈。

「おふくろ……」
「なぁに? ……あら、寝言。ふふふ」

遠い昔を思い出す春奈は、春樹の頭を優しく撫でていた。



(2004.4.5 第三部 第四話 続き UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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