任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第七話 秘め事に感じる『慶』

まさのマンション。
ふと目覚め、壁の方に寝返りを打つまさ。

ちっ……まだ体調悪いな…。……ん?

誰も居ないはずなのに、人の気配を感じる…。
寝室のドアが開いたのが解った。
まさは、警戒する。
しかし、それは直ぐに解かれた。

どこかで感じた気配……。

その気配は、直ぐに消え、ドアが閉まった。まさは、体を起こす。


寝室のドアを開けたまさ。そこに居る人物の後ろ姿に呆れる。

「………ったく、何してんだよ」
「兄貴!!! 心配したんですからぁ〜」

驚いたように振り返ったのは、まさの体調を心配してマンションまでやって来た京介だった。

「連絡しても応答が無いし、それに先日の事もありましたし、それに…」
「親分が心配していた…」
「はい。様子を見てこいと言われまして…」
「大丈夫なのになぁ」
「…って、呼び鈴押しても、俺が来ても気が付かないほど
 深い眠りに就いていたじゃありませんかっ!!」
「…うるせぇっ……!!!」
「兄貴っ!」

まさは目眩を起こし、その場にしゃがみ込む。

「やはり、橋病院に…」

自分の体を支えた京介の言葉に、まさは首を横に振る。

「どうしてですか」

まさをソファに座らせる京介は、困った表情でまさを見つめた。

「……やばいんだって」
「それ程、体調が悪いんでしたら…」
「違う。……俺がこっちに来てから、こっちでの仕事が増えただろ。
 それで、ちょっと厄介でな」
「厄介とは? …まさか…」
「犯人は、医学の心得がある…奴らは、そう考えているそうだ。
 そして、橋先生の友人の警官が、話を持ちかけて、医療関係の
 人間で怪しそうな奴を調べ始めたんだよ」
「だからって、成績優秀で真面目な学生である兄貴が疑われてるとは…」
「俺、武器を常に付けてるだろ。倒れた時に、腕を掴まれて
 それがばれたかもしれない。……顔色が変わっていた」
「それは、兄貴、思い過ごしですよ」
「そうだといいがな…。………で、何をしてる?」
「兄貴の世話。 食事の用意…ですけど……駄目ですかぁ?」

うるうるとした目をして、まさを見つめる京介。

「………あがぁ〜ったよ、ったく。夕飯まで時間あるだろ」
「えぇ。食材買って来ます。何が食べたいですか?」
「京介が食べたいのでいいぞ。俺は、それまで寝てる」

そう言いながら立ち上がり、ゆっくりと寝室へ入っていった。

「食費…」
『いつもんとこ。』
「はっ」

京介は、寝室に向かって一礼し、そして、まさの上着の内ポケットから財布を取り出し、部屋を出て行った。


寝室に戻ったまさは、ベッドに腰を掛け、京介が外出する様子を伺っていた。大きく息を吐き、暫く考え込む。そして、寝転ぼうとしたときだった。
チャイムが鳴る。
まさは、だるそうに歩いて玄関のドアを開けた。

「はい」
「調子は、どうですか?」
「橋先生…」

雅春が、まさの家を訪ねてきた。

「あまり…」
「薬、持ってきたんだけど…。忘れて行っただろ? 食事は、どうですか?」
「知り合いが来てますから、今、買い物に」
「そうでしたか。それなら、大丈夫ですね。安心しました。でも、油断は
 禁物ですよ。はい、これ」

雅春は紙袋を差し出した。

「は、はぁ…ありがとうございます」
「一週間分あるからね。一週間後に診察、それから授業に出て良いのかを
 判断させてもらうからね」
「大丈夫です」
「そうか。…じゃぁ、帰るよ。ゆっくり休みなさい。それと、腕に付いている
 物なんだけどな…」

ギクッ……。

まさの表情が引きつる…。

「休んでいる時は、外しておきなさい」
「は、はぁ…」

雅春は、マンションから見える道に目をやった。そこには、京介が買い物袋をぶらさげて、くわえ煙草で歩いている姿があった。その姿こそ、やくざそのもの。

そういや、あいつ、このマンションから出てきたよな…。

目線をまさに戻した雅春は、まさを見つめていた。

「あの…橋先生、何か…」
「ん? あっ、そのな……」
「お話でも?」
「いいや、それじゃぁ、一週間後な。真っ先に俺の事務室に来る事。
 いいな」
「はい。ご心配をお掛け致しました。ありがとうございます」
「じゃぁな」

雅春は、まさに後ろ手を上げて去っていった。まさは、廊下に出、外の様子を見つめていた。雅春が道に停めてある車に乗り、去っていく。

「兄貴、起きては体に…」
「外の空気を吸おうと思ってな。…って、お前なぁ〜それ」
「あっ、すみませんっ!!!!」

京介は、くわえていた煙草を慌ててもみ消した。

「掃除」
「はい」

まさは、京介の手から、買い物袋を受け取って、部屋へと入っていった。京介は、廊下を掃除し始める。

「ちぇっ…。…でもいつもは蹴りが来るのに…やっぱり体調…」


買い物袋をテーブルに置いたまさは、そのまま寝室へと入っていき、そして、眠りについた。



橋病院・雅春の事務室。
雅春は、デスクに着き、腕を組んで、ため息を付いた。

あの男…原田くんの部屋に入ったよな…。
やはり、原田くんは…。

頭に浮かぶ考え。それを否定したい雅春は、一点を見つめ、考え込む。
ポケベルが鳴る。雅春は立ち上がり、事務室を出て行った。



雅春は、事務室に訪ねてきた客にお茶を差し出した。客は、お茶に手を出し、口にする。

「どこも空振りか。しょうがないな」
「真北が気にする事じゃないだろ」
「そうだけどな…」
「まだまだ先の話じゃないのか?」
「でも、身近で起こっている事件、気になるだろ。それも狙われているのが
 極道の人間だからな」
「ったく、お前は、極道、やくざ…あの世界で生きる人間に対して
 敵対心をむき出しにするんだからな…」
「うるせぇ」

お茶を飲み干す春樹は、湯飲みを勢い良くテーブルに置いた。

「お前の気持ち解るけどな、あんまりむき出しにしてると、それこそ…」
「だから、何度も狙われてるんだって」
「あっ、そっか…」
「お前に会いに来たいからじゃないっ!!」
「ほぉ〜。俺の言いたい事解るんか?」
「毎回も言ってたらなっ」
「そりゃそっか。はっはっは!」

雅春は大笑いしていた。そこへ、芯が戻ってくる。

「ただいま」
「お疲れっ」
「お兄ちゃん、約束だからね」
「ん? ……おぉ〜そうだな。おめでとさん」

春樹は芯が手に持っている検査結果を見て、そう答えた。

「約束?」
「検査結果が、すべて合格だったら、帰りにレストランに寄るってな」
「ほぉ〜。良かったな、芯くん」
「うん! オムライスぅ〜」
「はいはい。じゃぁな、橋。サンキュー!」
「あまり深追いするなよ」
「解ってるって」

春樹は、芯を抱きかかえて、雅春の事務室を出て行った。

「………ったく、そこまで溺愛するか…。何も抱きかかえなくても
 歩く事できるだろうが…」

春樹の仕草に呆れながらも、ホッと一安心している雅春だった。


春樹と芯は、帰宅途中にあるレストランへと入っていった。そこで、オムライスを注文し、おいしそうに食べる芯。春樹は、芯の笑顔を見つめながら、心を和ませていた。

「お兄ちゃん」
「ん?」

食後のデザートに、アイスクリームを注文した芯。春樹は、芯のアイスクリームを一口取りながら、芯の話に耳を傾けていた。

「お兄ちゃんが、学校の先生になりたかったって本当なの?」
「誰から聞いた?」
「担任の先生」
「そっか。あの先生、芯の担任だったっけ」
「うん。お兄ちゃんは、先生を目指して必死で勉強してたって聞いたよ。
 なのに、お父さんの跡を継いだとは…って驚いていた。どうして?」
「お兄ちゃんは、芯のなんだ?」
「お兄ちゃんで、お父さんの代わり」
「だろ? だから、お父さんの仕事を目指したって訳だ」
「ふ〜ん」

芯はアイスクリームを一口頬張った。

「芯、おいしいか?」
「うん! おかわりしたい」
「冷たい物食べ過ぎるとお腹壊すから、駄目」
「はぁい。…それでね、僕……先生になる!」
「先生?」
「お兄ちゃんの夢。僕が叶えてあげる!」
「芯……」
「だからね、もっともっと体を鍛えて、お兄ちゃんに負けないくらい、
 先生に覚えててもらうんだ。そして、先生になる」
「将来の夢…芯の夢は?」
「お兄ちゃんに心配掛けないようになることだもん。だけど、先生を
 目指したっていいでしょ?」
「大変だぞ」
「お兄ちゃんに教えてもらう。だって、お兄ちゃん、目指してたんでしょ?」
「まぁ…な。……じゃぁ、もっと厳しくするぞぉ」
「はい! 頑張ります!」

芯の力強い返事に、春樹は、こみ上げる嬉しさをグッと堪えて、笑顔を見せながら、芯の頭を優しく撫でていた。

「がんばれよ」

春樹の声を震えていた。



真北家・リビング。

「あららぁ、芯がそんなことを」
「えぇ。驚きましたよ」
「私は、春樹があの人の跡を継ぐって聞いた時の方が驚いたけどね」

春奈と春樹が、ソファに腰を掛けて、のんびりとお茶をすすりながら、話していた。

「はぁ、…すみません…」
「でも、目標が出来て嬉しいわぁ。だって、芯ったら、春樹の後ろばっかり
 付いていくし、春樹のようになるって言うだけだったでしょぉ。
 春樹、これからも、よろしくね」
「これからは、何でも一人でやりますよ、芯は」
「それより、大丈夫かしら…」
「検査結果は全て合格だったので、次は三ヶ月に一回となりました。
 回復も早いようですね」
「体調より、例の発作…」
「それも橋院長から聞きました。将来…大人になり、
 忘れた頃に出てくるかもしれない…と」
「芯には、いつ伝えるつもり?」

春奈の言葉に、春樹は何も応えず、暫くして、静かに語り出した。

「いつでも、いつまでも、観てますから。離れませんよ」
「約束してよ…」
「任せて下さい。…それよりも、お袋の体の方が心配ですよ」
「大丈夫。自分の体のことくらい、把握してますから。私のことよりも、
 自分の事に気を配りなさい。いつまでも無茶ばかりして、樋上さんや
 広瀬さんに心配ばかり掛けて。そして、雅春くんにもよ!」
「…解ってます……」
「解ってないっ」
「すみません…」
「………えらい、素直だね…驚いた。…本当は体調悪いんでしょぉ」
「いいえ…体調は良いのですが…」
「体調は?」

春樹は、何かを誤魔化すかのように時計を見上げた。

「明日、早番でした。もう、寝ます! お休みなさい」
「お疲れさま。お休み。朝ご飯は?」
「作っておきます」
「いつもありがとうね」

春奈の言葉に微笑んで、春樹はリビングを出て行った。

「何かを誤魔化す所。益々あなたに似てくるわ…」

春奈は心配だった。
夫・良樹の二の舞になるんじゃないか…と。しかし、自分は見守るしかできない。走り出したら停まらない所は、良樹と同じだから…。

「芯は、そんな事…しないよね…」

心の安らぎとなる芯の笑顔。あの事件があったにも関わらず、笑顔は失わなかった。
…春樹の施した術によって、忌まわしい記憶は封じてある。
それは、永遠に……。


朝になり、春樹は、二人の朝食を作って、出勤する。食卓に、春樹が良樹から受け取った『教師になる心得』と書かれている古びたノートを置いて…。




阿山組本部・会議室。
幹部達が集まり、深刻な表情をして話し合っている。そんな中……。

「なぁ、四代目ぇ」
「……なんだよ」
「例のことぉ〜」
「…………あのな、小島」
「あん?」
「その話し方、なんとかならんか…。だるい」
「まだ慣れないんかぁ?」
「慣れようとも思わん」

小島だけは、いつものように、軽い口調で話していた。

「敵の見当は付かない。だがな、阿山組と懇意にしている組が
 狙われ始めた今、のんきに構えてる暇はない。兎に角、敵の
 素性が解り次第、小島、連絡くれよ」
「解ってまぁす」
「……ったく…。飛鳥、川原。お前らも注意しろよ」
「はっ」
「猪戸、厚木が新作を手に入れたらしいから、見に行ってくれるか?」
「良い物があれば、調達しておきます」
「頼んだぞ。…今日はこれで。お疲れ」

そう言って、慶造が立ち上がる。幹部達も立ち上がり、慶造に一礼する。慶造、修司、そして、隆栄の三人が会議室を出たと同時に、室内の空気が軽くなる。

「飛鳥、川原。お前らも付いてくるか?」

猪戸が書類を束ねながら言った。

「私は、別件を頼まれてますので、無理です」

飛鳥が応える。

「川原は?」
「私は、これから、大阪へ」
「大変だな、お前らも。四代目の期待を背負ってるもんな」
「恐れ入ります」
「笹崎が推すわけだ。それにしても、俺には厄介な事ばかりだなぁ」
「厚木会長は、猪戸親分を恐れていると耳にしておりますが…」
「俺を恐れる?」
「武器に関する目が違うと…」
「そりゃぁなぁ、俺の親父が厚木に教えたもんだしよぉ。だからって、
 俺を恐れる理由にならんやろ」
「そのように見えませんよ。では、失礼します」
「失礼します」

川原と飛鳥は、一礼して会議室を出て行く。猪戸は、残った幹部達に苦笑いをして、出て行った。少し離れた廊下に、慶造と修司、そして隆栄の『阿山トリオ』の姿があった。先ほどの会議で見せていた表情とは違い、慶造は微笑んでいた。

「あの二人にだけ見せる表情…か。…跡を継ぐ前もそうだったな。
 肩書きは変わっても、心は変わってない…か。…そう思えないけどなぁ」

渋々歩き出す猪戸は、待たせてあった車に乗り、本部を後にした。



「だからさぁ、阿山ぁ」
「うるさい。益々酷くなってるんだよ!」
「そう思えないけどなぁ」
「修司は、どう思う?」
「いい加減だから、気にもせん」

冷たく応えた修司だった。

「四代目、今日のスケジュールは…」

修司が語り出す。慶造は聞く耳持たないという表情をしながらも、修司の言葉に耳を傾けていた。隆栄は、懐に入れていた何かに反応し、二人から少し離れて行く。懐から取り出したのは、小型無線機に似た物だった。慶造と修司が、隆栄を見つめる。
いつにない深刻な表情に、二人は首を傾げた。

「ふぅ〜〜。……って! なんだよ、見つめるなよ。照れるだろが」

懐に物をしまい込みながら振り返った隆栄は、四つの目で見つめられている事に驚いていた。

「何か遭ったのか? いやに深刻な顔して」

慶造が尋ねる。

「あぁ、…いや、これは小島家の問題だ」
「地下の男達か?」
「正解。…優雅が忍び込んできたらしい」
「…はぁ? 優雅さんって、全国を股にかけて密かに行動していたんじゃないのか?
 それも、小島家での記憶を全て失って…」
「そうじゃないらしいな。忍び込んで情報を手に入れようとしていた所を
 …うちの栄三が……」
「…げっ、小島より質が悪そうなのに…」
「優雅を滅多打ちして、捕まえてしまったんだとさ。俺は、桂守さんたちが
 表で生きようが、地下で生きようが、それは、桂守さんたちの意志だから
 何も言わないんだけどな…。だから、優雅が記憶を失っていようが
 その振りをしていようが、放っておいた」
「知ってたのか?」
「薄々感じてた。優雅くらいの知能じゃ、地下で暮らすよりも一人で
 暮らしている方がいいと思っていたし、それに、そろそろ表に出ても
 いい時期だったろうから…」

しみじみと語る隆栄に、慶造も修司も何も言えなかった。

「その優雅が、桂守さんに言った事…。それが一番深刻なんだよ」
「ん? なんだよ」
「…四代目、天地組の動きが激しくなりだした。そして、例の事件、
 天地組の息が掛かってるらしいと…」
「……優雅さんから聞き出したのか?」
「解放の条件」
「そっか…。……もう、情報、くれないだろうな…」

慶造の寂しげな口調に、隆栄と修司は、顔を見合わせる。

「四代目、そろそろ出発の時間ですよ」

雰囲気を切り替えるように修司が言った。

「そうだな。…小島も来るか?」
「当たり前だろが。俺が居ないと場の雰囲気が暗くなるだろ?」
「場違いな言動だけは慎めよ。こっちの気が休まらない」
「つめたぁ〜。なんで、いっつも四代目は、そう言うんだよぉ」
「……猪熊、黙らせろ」
「はっ」

ドカッ……。

「いってぇ〜〜。猪熊ぁ、てめぇ、手加減なしか?」
「お前にしてどうする」
「くっ。覚えておけよ」
「忘れる」
「猪熊っ!」
「さっさと来いっ!」

隆栄と修司。二人のぶつかり合いが始まるかに思えた、まさにその時、慶造が二人にブレーキを掛けるような感じで怒鳴る。そんな時、必ずブレーキを掛け、慶造に付いていく二人は、慶造の後ろを歩きながらも、言い合い、小突き合いは止めようとしない。
出先に向かう車の中でも、言い合いは続き、出先から帰る車の中でも続いていた。
出先では、いつものように、極道そのもののオーラを発しているが……。
二人の仕草には訳があった。
慶造の本能を抑える為。
隆栄と修司に気を取られる事で、周りに対しての警戒が少し解かれているのだった。もちろん、隆栄と修司は、言い合いながらも周りの警戒は怠っていない。それぞれの下に付く組員に、さりげなく声を掛け、始末を付けていた。
そんな二人の想い、そして、行動は、慶造にばれているのだが……。


ちさとの部屋。
慶造は、慶人の宿題を見ながら、ちさとと話していた。

「あなたが気付いていること、知ってるかもよ」
「そうだろうな。長年、付き合ってるんだ。それくらい解るさ」
「それにしても、小島さんも猪熊さんもお互い話が尽きないのね」
「それぞれの信念が強いからな。それに、俺の事も解ってくれてるし。
 だから、安心できるんだよ」
「あれから、あなたは、無茶な行動をしない。…どうして?」
「……もう、失いたくないからさ。…それより、ちさと」
「はい」
「最近、変わった事なかったか? 妙に目線を感じるとか…」
「大丈夫よ。それに、私には山中さんが付いてるから、安心できる。
 慶人だって、剛一くんたちと一緒に居る事が多いからね」
「剛一兄ちゃん、色々と教えてくれるんだよ」

慶人は嬉しそうな表情で、慶造とちさとの会話に入ってきた。

「そうか、剛一くんなら、安心できるよな」
「でもね、八造くんが、いっつもくっついてて離れないんだ。
 迷惑そうに言いながらも、剛一兄ちゃん、嬉しそうなんだけど…。
 兄弟って、そういうもんなの?」
「…う〜ん。…お父さんは、一人っ子だから、兄弟の雰囲気は知らないなぁ」
「お母さんもだわ…。でも、大切な人に冷たくできないのは、解るわよ。
 それと同じなんでしょうね」
「大切な人……か。…僕には、たくさん居るね」
「ん? たくさんとは?」
「僕に優しくしてくれる人たち。楽しいことも教えてくれるから。
 でもね、一番大切なのは、お父さんとお母さん」
「慶人……」

慶人の言葉に、慶造とちさとは、感極まっていた。

「ありがとな」

慶造は、慶人に優しく言った。

「慶人、宿題終わったの?」
「終わったよ! だって、簡単だもん」
「流石、慶人! じゃぁ、予習しとこっか」

慶造が言った。

「えっ、そんなぁ〜。だって、テレビ観たいのにぃ」
「冗談だって。寝る時間だけは守れよ」
「十時には寝ます! では、テレビ観てきます」
「あまり騒ぐなよ。みんな疲れてるんだからな」
「はい」

慶人は、ちさとの部屋を出て行った。ちさとの部屋から少し離れた場所にあるリビング。そこでは、組員たちもくつろいでいる。慶人はリビングに入っていった。

「おっ、慶人くん、宿題終わったか?」

慶人に気付いた組員が笑顔で話しかけてくる。

「うん! テレビ、観てもいいですか?」
「いいぞ。何を観たい?」
「映画がいい!!」
「映画…………。子供向けじゃないな…お笑いじゃ駄目かな?」
「それでもいい!」
「よっしゃ、こっち」
「はぁい」
「慶人くん、何か飲むか?」
「お茶!」
「…ジュースは?」
「甘い物は怒られるから」
「そっか。おやつは?」
「お腹いっぱい」

まるで友達のように慶人に話しかける組員達。それは、ちさとの気持ち。

慶人は、まだ子供。この世界の事は知らないから。
敬うような態度は止めてね。

歳の離れた友達。そして、兄のような存在である組員達に対して、慶人は何を思っているのだろうか…。

リビングから賑やかな声が聞こえてくる。その声を耳にしながら、慶造は、慶人の教科書をパラパラとめくっていた。

「俺の時とは、かなり内容が変わったんだな」
「そのようですね。でも学校によっては、違うと思いますよ」
「そうだな。……ちさと」
「はい?」
「慶人に兄弟が必要かな…」
「そりゃぁ、一人は寂しそうですよ。作ります?」

パラパラパラ…バサッ…。

慶人の教科書が床に落ちた…。慶造は、ちさとの言葉に驚き、動きが停まっていた。

「…ば、馬鹿やろ…。急に何を…。慶人が居ては……な…」
「そろそろお部屋を用意しますか?」
「欲しがる年頃だな。準備しとくよ」
「じゃぁ、その頃に…ということで…」
「…あのな……ったく」

照れたように微笑む慶造の側に腰を下ろすちさと。そして、二人は、見つめ合い、唇をそっと寄せ合った。
それは、とても長い間…。まるで、何かを確かめるように…。



(2004.4.23 第三部 第七話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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