任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第十四話 失った『慶』の叫び

慶造は、銃創に弾を込め、銃を構えた。
離れたところにある的に六つの穴が開く。
薬莢が、地面に落ちる音がした。
再び、銃創に弾を込める慶造は、的に銃口を向け、構えた。

一発の銃声が響く。

背後に感じたオーラに反応し、銃を向けた。
その目こそ、狂気に満ちている。

「慶造、まだ、体調は良くないんだろ」

修司が、銃を懐になおしながら、優しく声を掛ける。それでも、慶造の雰囲気は変わらない。銃口を向けたまま、修司を睨んでいた。
修司は、慶造のオーラに応えるように、懐から銃を再び取りだし、慶造に銃口を向けた。

「猪熊さん!!」

修司の後ろに付いてきた組員達が、慶造と修司の雰囲気を見て、慌てたように声を掛ける。
組員の声を耳にしても、二人の雰囲気は変わらない。
今にも、引き金を引きそうな雰囲気だった。

「お前ら、俺が良いと言うまで、入ってくるな」
「しかし…」
「…慶造は、本気だ」
「……解りました」

組員達が、隠れ射撃場を静かに出て行く。
修司は、後ろ手でドアの鍵を閉めた。

銃声が聞こえた。

修司の頬に一筋の赤い物が付いていた。

「なぜ、撃たない?」

慶造が、静かに尋ねる。修司は、何も応えなかった。

「なぜ、撃たないんだと聞いている。応えろっ、修司っ!」

慶造が怒鳴った。

「知っていて聞くのか?」

そう言いながら、銃を降ろす修司は、優しい声で慶造に話しかける。

「俺がお前を撃てる訳がないだろ? 俺に狂気を見せて、反対に
 撃たれようとしていることくらい、解らないとでも思ってるのか?
 だから、あいつらを追い出したんだ」

修司……。

それでも、慶造は、修司に銃口を向けていた。

「それに、俺は、性に合わない」

修司は、銃を見つめながら、静かに言うと、それを懐になおした。

「殺るなら、素手だ…」

そう言うと同時に、修司は、慶造の側に駆け寄り、手にしている銃を取り上げた。そして、拳を慶造の頬に思いっきりぶつけた。

修司の拳の勢いは、とても強く、慶造の体は、真横に飛び、地面に転がった。
慶造は、顔を地面に伏せたまま、動こうとしない。
修司は、慶造の胸ぐらを掴み上げ、再び拳をぶつけた。
慶造の口元に血が滲む。

「…目…覚ませ」
「………」
「ちさとちゃんを一人にさせるのか?」
「…!!!! ……すまん……取り乱した…」

戻ったか…。

修司は、慶造の体から消えた狂気に安心する。そして、慶造を立たせた。

「お前が的を外すのは、心が乱れてる証拠だ。体調も万全じゃないだろうが。
 美穂ちゃんが、言ってたぞ。あの日以来、熱が下がらないってな」
「確かに、ふらついている」
「俺も、熱がある。恐らく、原田が向けたナイフに何かが塗られていたのかも
 しれないな。まぁ、当分、熱は下がらないだろうけど、大事には至らないだろ」
「……おい、猪熊」
「はっ」

慶造が四代目のオーラを発する。

「あいつら、まだ、休暇中だろうが」

修司の後ろに居た組員達を思い出す慶造。

「そうですが、何度言っても聞かないんですよ。四代目から
 言ってやってください」
「呼べ」
「はっ」

修司は、扉の鍵を開け、外で待機している組員達を呼び入れた。
慶造と修司のやり取りは、防音扉の為、組員達には聞こえていない。慶造は、口元に滲む血を拭き取り、組員達を見つめていた。
足に包帯を巻いている者、両腕に包帯を巻いている者など、見た目で傷は完治していない事が解る。
誰もが、原田の攻撃で傷ついていた。

「お前ら、怪我が治るまで、来るなと伝えているが、知ってるよな?」
「はい」
「何をしに、ここに来た? 二十日やそこらで、治る傷じゃないだろが」
「はい。しかし、四代目っ。俺達は、動けます。だから…」
「だから、何だ?」
「報復…慶人さんの報復をっ……!!」

組員の言葉に、慶造のオーラが豹変する。
誰もが何も言えなくなる程の怒りのオーラを発する慶造。
何か言葉を発すれば、拳が飛んできそうな…。

「報復は許さん。それに、今のお前達の体じゃ、相手にもやられる」
「しかし、四代目っ!」
「報復はしない。…てめえらも、手を出すな。…………いいな……」

慶造の言葉に、誰もが何も言えず、ただ、深々と頭を下げるだけだった。

「もう、誰も失いたくないんだよ」

静かに告げた慶造の言葉は、組員達の心に何かを響かせた。

「完治するまで、俺の前に姿を見せるな」
「はっ」

慶造は射撃場を出て行った。

ったく、本気で殴りやがって…。

修司に殴れた頬を気にしながら、隠れ射撃場に通じる道を歩き、屋敷の廊下に出てきた慶造は、歩みを停めた。

「どうした、栄三ちゃん。小島に何かあったのか?」

目の前に、栄三の姿があった。

「四代目、お話が…。こちらに居るとお聞きしまして…」
「ん?」
「その……親父の代わりに、俺が四代目に付いてもよろしいですか?」
「……断る」

慶造は即答した。

「四代目、どうしてですか?」
「応えなくても解るだろう?」
「それでも…」
「俺の側に付いて、親父の敵を討つつもりだろうが、そんなことはさせない。
 それに、隆栄が望んでいるのは、お前がこの世界で生きていくことじゃない」
「四代目っ!」
「普通の暮らしを望んでいることくらい、知っているだろうが」
「今まで、普通の暮らしなんてしたことありません。地下にいる
 男達と過ごした時間の方が長いですから。それに、親父の
 代わりを出来るのは、俺くらいしか……!!!」

慶造は、栄三の胸ぐらを掴み上げる。

「お前じゃ無理だ。まだ、学生だろうが。きちんと卒業しろ。
 それに、今は手が足りている。…帰って、勉強しておけ」

冷たく言って、栄三から手を離し、歩き始めた慶造。
栄三は、慶造の言葉に怒りを覚えたのか、腰に隠しているドスを手に取り、慶造に向けた!

「!!!!!」

栄三の行動に気付いていた慶造は、ドスを握る栄三の手を握りしめていた。

「背後から狙う。そんな根性じゃ、この世界では生きていけないぞ」

慶造の言葉は、とても温かかった。
栄三から、そっと手を離した慶造は、一歩踏み出す。

「この世界は、そういうことも必要じゃないんですか?」

栄三が静かに尋ねた。

「…なに?」

慶造は、目だけで振り向く。

「そういう手で、慶人が亡くなった。…いいや、そういう手から
 姐さんを守って命を失ったんでしょう?」
「……そうだな」
「だから、慶人は、剛一から習っていたんですよ。そういう手に対して
 どう守ればいいか……!!!」
「どういうことだ、栄三」

慶造は、栄三を睨んでいた。

「…慶人が、剛一君から、何を習っていた? 勉強だけじゃないのか?」
「格闘技…すべてを身につけようとしていましたよ」
「なんだと?」
「猪熊家の道場に通っていたのは、その為です」
「道場に通っていた…だと?」

慶造から、怒りのオーラが発せられた。栄三は、そのオーラに構える。
しかし、慶造は、フッと笑みを浮かべ、そして、静かに去っていった。

「……四代目……」

慶造に握りしめられた手に目をやる栄三。
慶造の温かさが伝わっていた。

親父が、四代目に付いていくと決心したのが解ったよ……。

栄三は、自分の手に血が付いている事に気が付いた。

確か、四代目……。



外は雨が降っていた。庭木を濡らす雨。そんな中、慶造は、自分が落ちた池の側にある石の上に座っていた。
雨で濡れる事も気にせずに、ただ、座り、池の中の水が増えていく様子を眺めていた。
割れたバケツが水に浮いている。
ふと手を見つめた。
栄三の手を押さえた時に、思い出した。
慶造の両手には、未だ、傷が残っている。
ちさとが振り上げた日本刀を停めた時に出来た傷…。

ちさと…。

慶人の思い出の品を全て燃やした後、ちさとは、部屋に閉じこもってしまった。

暫く一人にしてて…。
馬鹿な事は考えるなよ。
もう、しませんよ、あなた。

哀しみを堪えた笑顔で、そう言っていた。
ちさとの事が気になりながらも、慶造は、組の事に追われた日々を送っていた。
小島の代わりが居ない。
今まで、どれだけ、自分のために動いていたのか、居なくなって解った慶造。
小島は、死んではいないが、再起不能…。
そう思うと、責任を感じ、何かを打ち消したくなり、滅多に足を運ばない射撃場へと向かっていた。
慶造の手の傷から、血が流れていた。
雨の水が染みて、傷がうずいている。

慶人…痛かっただろう?

撃たれた時の痛みは知っている。それを幼い体で受けた慶人の事を考える。

親に内緒で……。

慶人が猪熊家の道場で体を鍛えていた事を初めて知った慶造は、流れる涙を雨で誤魔化すかのように、空を見上げた。

視野が暗くなり、驚いて振り返る慶造。そこには、美穂と修司が立ち、修司が、慶造に傘を差し出していた。

「組員達は、帰したぞ」
「ありがとな」
「熱…高くなってもいいのか?」
「いいんだよ」

冷たく応えて、修司が差し出した傘を払いのけた。
修司は、慶造の手を取る。

「傷、開いてるだろうが。ちゃんと治療しないと悪化するぞっ!」
「栄三ちゃんから聞いたんか?」
「あぁ」
「他に、言う事ないか? 修司」
「殴ってすまん」
「それだけか?」
「………俺は、反対だったけどな、慶人くんが…」
「俺に黙ってるなんてな」
「慶造には言わないで欲しい。そう言われてた」
「……俺の知らない所で、子供は育つんだな…」
「あぁ。俺だって、剛一たちの事は細かく知らないからな」
「親だろうが」
「そうだけどな。四六時中、一緒に居る訳じゃないだろ」
「それでも、俺の事知ってるじゃないか」
「それは、慶造と俺の仲…だからだ」
「……そうだな。……で、美穂ちゃん」
「ん? 大丈夫だよ。傷は酷くないから」

修司と話し込んでいる慶造の傷を診ている美穂に話しかける。

「そうじゃなくて、栄三ちゃんに何を吹き込んだ?」
「あの子、やっぱり言ったんだね。隆ちゃんの代わりに…って。
 私は、駄目だと言ったんだよ。そうしたら、単独で向かうって
 そう言うから、それなら、慶造くんに話してみたら…って言ったんだけど…」
「俺は反対。子供を失う親の心が……嫌と言うほど解るからな」

今の慶造が言うと、ずしりと重い言葉。

「それに、ちゃんと卒業してからじゃないとな」
「そっちが本音?」
「ん? そうなるかな。親より学歴が下って、嫌だろ?」
「栄三は何も思ってないわよ。隆ちゃんより、いい加減だから」
「母親に言われる程じゃ、先が思いやられるな」
「それより、慶造くん」
「ん?」
「これ以上、周りに心配掛けるようなら、私が許さないけど……」

医者として、怒りがこみ上げてきた美穂。こめかみがピクピクとしている事に気付いた慶造は、慌てて屋敷へと足を運んでいった。


ちゃんと温かくして寝る事。

美穂に念を押されて、慶造は、きちんと着替え、部屋のベッドで横たわっていた。
目を瞑ると浮かんでくる、慶人の笑顔。

ちさとの言うとおり、心の中で、元気に生きているんだな…。

いつの間にか、深い眠りに就いている慶造。
修司が、慶造の様子をそっと見た後、部屋を出て行った。





東北地方。
未だに雪が残る街を一台の車が走っていた。車は、天地組組本部へと入っていく。
玄関先に停まった車からは、まさと京介が降りてきた。

「お帰りなさいませっ!!」
「只今」

まさは、静かに言った後、玄関へ入っていく。
そこには、天地が待っていた。

「調子は良いのか?」

その声に、安心したような微笑みをする、まさ。

「ご心配をお掛けしました。もう、大丈夫です」
「そうか。まぁ、ゆっくりしとけ」
「はっ」
「…ただし、山には行くなよ。傷に悪いからな」
「はい」

まさの元気な顔を見て、天地は、奥へと入っていった。
京介に支えられながら、廊下を歩いていく、まさ。自分の部屋に入った途端、ベッドに横たわってしまった。

「だから、兄貴、言ったでしょうがぁ」
「うるさい。それより、春になったら、戻るからな」
「えっ、戻るって…」
「やっぱり、この体じゃ仕事は無理だ。親分にも言っておく」
「それじゃぁ…」
「暫くは、医学の勉強をするだけだ。その間に勘を取り戻しておくさ」
「解りました」
「…京介」
「はい」
「……ありがとな…」

そう言うと同時に眠りに就く、まさだった。

兄貴……。

京介は、まさの体を寝やすい体勢に動かし、そっと布団を掛ける。そして、部屋を出て行った。


天地の部屋をノックする京介。
静かに返事をして、中へ入っていく。

「御苦労だった」
「はっ」
「まさの様子は?」
「お疲れのようで、今、眠っております」
「どうせ、無理して帰ってきたんだろ。声を聞けば生きていることくらい
 解るのにな…ったく」
「約束を守っただけです」
「そうだな。………で、仕事は出来そうにないんだろ」
「はっ、兄貴も、そう申しておりました。春からは、医学に専念し、その間に
 勘を取り戻すそうです」
「あまり、無理をさせたくないんだがな………。まさ……起きて大丈夫か?」

天地と京介が話している所へ、まさがやって来た。

「親分……どうして、どうして…子供を?」
「…まさ…」
「俺には、阿山慶造を狙うように指示を出して…その間に…姐さんの方を
 …そして、子供まで…。……本気だったんですね…。俺は反対…」
「俺のすることに文句あるのか? …まさ…。お前は、命令を実行できてないんだぞ。
 阿山慶造は、元気に動いているそうじゃないか。子供を失ったというのに、
 以前よりも、更に、激しく動き出したそうだな。…そうなる前に、お前に
 仕留めてもらわなければ、黒崎さんだって、動けないだろうが」
「…親分…それでも…」
「…いつからだ」
「えっ?」
「いつから、お前は標的を生かしているんだ?」

天地の言葉に、まさは、目を見開いて驚いていた。
それ以上に、京介が驚いている。

「黒崎さんに聞いて、耳を疑ったよ。死んだと言われている男と
 街で出逢ったとな。…それで、不審に思って調べてみると、
 お前が狙った相手は、姿を変えて、名前も変えて生きているそうだな。
 ……それは、学び始めた医学が関係しているのか?」

天地の質問に、まさは、何も応えられない。

「…どうして、今まで黙っていた?」
「それは……親分を裏切る行為…」
「解っているなら、なぜ、それを続けている。…今回も、そのつもりだったのか?」
「…いいえ…」
「お前と一対一で勝負した小島……生きているんだろ?」
「…重体とお聞きしてます」
「お前の体に傷を付けたくらいだもんな。相当な動きだったんだな。
 …お前の親父を殺した相手だぞ?」
「存じてます」
「それなら、なぜ、命を奪わない?」
「…そうすると、今度は、小島の息子が親分を狙ってきます。だから…」
「…俺を守ってくれるんだろう? まさ」
「…はい」
「解った。京介に春からの事を聞いた。ちゃんと勘を取り戻せ」
「はっ」
「その後でいい。…今度こそ、損ねるな。その標的を仕留めるまで
 次の仕事は与えない。いいな」
「はっ。ありがとうございます」

そう返事をしたものの、まさが煮え切らない表情をしていることは、天地にも解っていた。

「……狙ったのは、姐さんだけだ。…子供の動きが、それ以上に
 素早かったんだ。…まさか、体を張って親を守るとはな…」

そう呟いて、天地は、お茶を飲む。

「失礼しました」

まさは、部屋を出て行く。
まさの足音が遠ざかる。
天地は、その足音に哀しみを感じていた。

「京介、茶」
「はっ」

京介は、新たなお茶を煎れ始めた。




黒崎組。
黒崎は、受話器を置き、大きく息を吐いた。

「どうしたんですか」

そう言いながら、部屋に入ってきたのは、黒崎の母だった。

「お袋。体調はよろしいんですか?」

慌てて立ち上がり、手を差し伸べる黒崎は、母をソファに座らせる。

「話は、聞きましたよ。…何を躍起になってるの?」
「…躍起になってませんよ」
「嘘おっしゃい。自分の手じゃなく、人様の手を使って、阿山組を
 潰そうとするからですよ。あの組は、代々、そういう卑怯な手は
 通用しないところですからね」
「そうですね。だから、今、天地に言っておきました。縁を切る…と」
「向こうは承知したのかい?」
「あっさりとしましたね。…あれ程、私の力で全国を制覇しようと
 していたのに、驚きましたよ」
「それは、要となる人物が使えないからでしょうね」
「えぇ。ですが、いつか、出てきますよ…。その為に準備をしておきます」
「もう、止めなさい」

母が力強く言う。

「お袋…」
「いい加減、仲良くできないの?」
「できませんよ。……あいつの……竜次の思いを踏みにじったんでね…」
「私は、もう、見たくありませんから。…先代の頃と同じ、真っ赤な世界は…」
「だから、お袋には、名を白原に戻して、静かな所で暮らしてもらおうと、
 ここから離れた所に用意したんですから…使ってください」
「一人じゃ寂しいでしょう?」
「はぁ、そうですが…」
「いっそのこと、ここから離れてみてはどう?」
「お袋…」
「…まぁ、あんたには、やる事があるんだったね。…見守ってるから。
 さてと…竜次のところに行きますね」

そう言って、母は、ゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行った。

お袋……。

静かに閉まるドアを見つめながら、黒崎は、唇を噛みしめた。




慶造の目の前に、新たな銃器類が差し出された。

「厚木、これは?」
「最新鋭の物です、四代目。これなら、一発ですよ」
「…そのようだが、先日もらった武器も一発だぞ?」
「しかし、未だに人には向けないようですが…」

ちらりと慶造を見る厚木会長。慶造は、ソファにふんぞり返った。

「それじゃぁ、相手を仕留めた感覚が味わえないだろ?」
「なるほど。それで、未だに拳と蹴りですか」
「まぁな。…で、これの使い方は?」
「それですが、今までとは少し違ってまして…」

厚木は、武器の説明を始めた。



あの日以来、阿山組の動きは、激しくなっていた。
まるで、体の一部のように扱う銃器類を主に、敵対関係の組を抑えていく。
しかし、それは、慶造が使っているのではなく、慶造に付いている厚木たちが使っているだけだった。
毎日のように組を抑える慶造の行動は、慶造の事をよく知っている者達の耳にも届いていた。


高級料亭・笹川の一室。
心が少し落ち着いたちさとが、笹崎と話していた。とても深刻な表情をしているちさとに、笹崎は、優しい眼差しを向けて応えていた。

「慶造さんの行動は耳にしてます。私も心配しているんですよ。川原や
 飛鳥にも話を聞いています。しかし、慶造さんの勢いは止められないと…」
「勝司さんも、時々顔を出しているようなんです。…あの日以来、みんな…」
「ちさとちゃん」
「私が…」
「気持ちは解りますよ。…いつまでも、悔やんでいては、慶人くんに
 申し訳ないと思いませんか?」
「…思います。だから、こうして、部屋から出てきたのに…まさか、こんな
 状況になっているとは……どうすれば、いいですか? このままじゃ…
 慶造くんの想いは、達成されない…」

ちさとの頬を一筋の涙が伝った。慌てて涙を拭うちさとに、笹崎が言った。

「私にできるか解りませんが、久しぶりに、慶造さんと話しましょうか」
「笹崎さん…。……お願いします」
「あまり……期待しないでください。だけど、これだけは忘れないで下さい。
 慶造さんは、どんな方法を選んでも、自分の思いを達成する力を持ってます。
 信じてあげてください」
「笹崎さん」
「はい」
「信じてます。だけど、無茶しないかが心配で…」
「…それは……私も同感です……はい……」
「…もぉっ!」

ちさとは、ふくれっ面になっていた。



笹崎は、料亭から通じる廊下を歩いていた。そして、阿山組本部へとやって来る。すれ違う組員が元気よく挨拶をする。傷跡で、あの日に体を張って慶造を守ろうとした組員だと解る笹崎は、尋ねる。

「慶造親分は、どちらですか?」
「部屋でくつろいでおられます」
「そうか、ありがとう。…調子は良いのか?」
「はい、ありがとうございます」
「あまり無茶するなよ」
「はっ」

笹崎は、慣れた雰囲気で廊下を歩いていく。

「笹崎さん…いつもと雰囲気が違っているけど…」

笹崎から醸し出されていた雰囲気に何かを感じた組員だった。


笹崎は、慶造の部屋の前にやって来る。そして、ドアをノックした。

『はい』
「笹崎です」

そう言うと同時に、ドアが開き、驚いたような表情で、慶造が出てきた。

「どうしたんですか、笹崎さん。あなたが、こちらに来られるのは…」
「その……最近、顔を見ておりませんので、心配で…」
「そう言えば、料亭に顔を出してませんね。すみません、忙しくて…」
「私の腕が、慶造さんに料理を作りたいと…うるさくて…それで、
 こうして、来たのですが、…どうですか、久しぶりに」

笹崎は、笑顔で両手を見せていた。
十本の指のうち、一つは短いが…。

「そうですね。お願いしてよろしいですか? ちょうど、お昼ですしね」
「はい。お任せ下さい」

笹崎の言葉に、慶造は微笑んでいた。


笹崎は、本部にあるキッチンで何かを作り始めた。慶造は、料理を作る笹崎の姿を見つめていた。

あの頃、よく見ていた姿だな…。

笹崎は、慣れた手つきで、慶造の料理を作っていく…。


笹崎は、慶造の前に料理を差し出した。

「…オムライス?」

慶造は、笹崎が差し出した料理・オムライスを見て、呆気に取られた。

「なぜ、今頃、オムライスなんですか」
「……あの日の夕食に、作る予定だったんです。とある依頼人から
 教えてもらって」
「あの日?」
「その依頼人は、これを私に教える前に、この世を去りました」
「?!?」

笹崎の言葉を理解出来ない慶造は首を傾げる。

「慶人くんですよ。…あの日、駅前の商店街にあるレストランへ
 出掛けたんです。学校で話題になっているオムライスを食べに。
 本当なら、ちさとちゃんと慶造さんと家族揃って食べに行きたかったそうです。
 でも、慶造さんの立場から、それは出来ないと」

慶造は、オムライスを見つめながら、笹崎の言葉に耳を傾けていた。

「それで、そこの料理人に頼み込んで、この作り方、味を教えてもらい、
 そのまま私に頼んで、こうして作って……慶造さんに味わって…」

笹崎は言葉に詰まるが、話しを続けた。

「………言えなかったんですよ…。そこの料理人が、私の……
 笹崎組の組員だったなんて…。それに、これは、私が教えた…
 それも、慶人くんと同じ年頃の時に、慶造さんに作ったものだと…。
 ……慶人くんの…嬉しそうな…顔を……顔を見てしまって…」
「ちさとは、知っていたんだろうが…」
「慶造さんの復帰祝い…そう言って、張り切った姿を見ていたら、
 誰も……何も言えないでしょう? …料理人も言ってましたよ…。
 真剣な眼差しで、一言一句忘れないように頭にたたき込んでいたと…。
 ……だから、誰も…」

慶造の拳が震え出す。

「…俺が……俺が……」

ぐずぐずしていたから…。

慶造は、テーブルに拳をぶつけた。

「慶造さん……食べて下さい」

慶造は、笹崎を睨み上げる。

「慶造さん」

優しさ溢れる笹崎の声が、慶造の心に響いた瞬間だった。
慶造は、スプーンを手に、オムライスを食べ始めた。
昔、食べた味とは、違っていた。
何故か、心が和む味。
それは、慶造への慶人の優しさが含まれていた…。

慶人……。

慶造の頬を、涙が伝っていた。



(2004.5.28 第三部 第十四話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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