任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第一話 目の付け所

二人の男が、猛スピードで走っていた。
まるで何かを追いかけるように…。

別の場所では、地面に横たわる男の胸元を掴み挙げる男の姿があった。
拳を振り上げる男…。
胸ぐらを掴み挙げられた男は、殴られる覚悟を決めたのか、思いっきり歯を食いしばった。

「……って、わぁ〜やめろって、真北ぁ〜っ!!」

という叫び声も空しく、拳は振り下ろされていた。

「間に合わなかった…」

走ってきた二人の男は足を止め、項垂れた。
殴られた男は、宙に舞い、背中から地面に着地し、気を失った。

「ふぅ〜」

拳を振り上げた男は、大きく息を吐いて、息を整え振り返る。

「おぅ、遅かったな、鹿居さん、滝谷さん。……あら、富田は?」

春樹は地面に倒れる男を後ろ手にしながら、尋ねた。

「あのなぁ、真北。お前が早すぎるんだって。富田が追いつくわけないだろ。
 俺たちでさえ、今到着したっつーのに。…来た」

そう言いながら振り返る鹿居。道の向こうから、春樹たちの後輩刑事・富田司(とみたつかさ)が、息を切らしながら走ってきた。

「す、す、すみません、遅れました」
「遅いっ。ほら、次行くぞ」

春樹は、男を鹿居に渡した後、富田を促して、別の場所に向かって走っていった。

「おい、真北っ! ……ったく、あいつは、何を躍起になってるんだよ」

鹿居が言った。

「これ…また、俺達の手柄になるのか?」

男の脇を抱えながら、滝谷が尋ねる。

「そうだな。…お前にしとけよ」
「それって、また、俺が…」
「昇進試験を受けるんだろ?」
「それは、夜にでも出来るって」
「体力いるだろうから、真北が張り切ってるんだろうな」
「それでも、俺も現場の方がいいよ」
「気にしなくてもいいんじゃないか。真北は動いてる方が好きだろうし」
「でも、今日こそ、自宅に戻ってもらわないと…」
「そういや、一週間、帰ってないみたいだな。…こりゃ、家に帰ったら
 弟さんが、泣きつくだろうなぁ」
「怒るの間違いじゃないのか?」
「言えるな」

鹿居と滝谷は、気が付いた男を連行した。



春樹と富田は、素敵な景色を眺める事が出来る高台に来ていた。ベンチに腰を掛け、春樹は煙草を吸っていた。富田は片手に缶を二つ持って駆けてくる。

「お待たせしました」
「おう、ありがと」

春樹は、富田に座るように言う。富田は一礼して春樹の隣に腰を下ろした。
春樹の手には、お茶が、富田の手には、オレンジジュースの缶が握りしめられていた。二人は同時にプルトップに指をかける。そして、一口飲んだ。

「お疲れさん」
「遅れを取って、すみませんでした」
「気にするな。足は遅いけど、腕力は凄いだろ?」
「はぁ、柔道をかじった程度ですが…。足も鍛えます」
「徐々になぁ」

春樹は、煙を吐く。

「良い景色だろ」
「はい。この街にも、まだ、このような素敵な場所があるんですね。
 私、安心しました」
「遠くから眺めるのには、丁度いいけどな。下に降りると違うよ…」
「私、別の場所に向かうと言われた時は、覚悟しました…」
「なんの?」
「その…。また別の男を追うのかと…」
「その間の休憩だ」
「…そうでしたか…」

苦笑いをしながら項垂れる富田だった。

「富田くんの自宅は、確か…近くに阿山組の本部があったよな」
「はい。今、親父達が躍起になって、住民運動をしようとしてます」
「住民運動?」
「はい。戦前や戦後の頃は、周りに迷惑や恐怖を与えないようにしていた
 阿山組は、今では、その正反対…迷惑や恐怖を与えまくってますから。
 色々と守って頂いたのですが、それは昔の事。今では、違います。
 だから、立ち退いてもらおうと…そういう意見が出たそうですので…」
「簡単にいくのか?」
「解りません。だけど、そういう運動こそが大切だと、それで張り切ってしまって…」

不安げな表情を浮かべる富田。春樹は、その表情を逃さなかった。
景色を見下ろしながら、煙草を吸い終えた春樹は、静かに言った。

「俺も別の方向から、手助けしてやるよ」
「真北先輩?」
「やくざ壊滅。その為には、まずは阿山組からだ」

春樹は拳を握りしめた。
お茶を一気飲みした春樹は、缶をゴミ箱に入れた後、立ち上がる。

「休憩終わり。次、行くぞ」

駆け出す春樹に、富田は慌てたようにジュースを飲み干し、春樹を追いかけていく。

「待って下さい、先輩っ!!」

まさか、この後に、驚く事が待ち受けているとは……。



橋病院。
春樹はベッドに寝転び、片足をつり上げられていた。側には雅春がカルテに書き込みながら必死で笑いを堪えていた。

「………笑うなっ」

春樹がドスを利かせて行った。

「場所を考えろって」
「うるさいっ」
「しっかしまぁ、よくこれだけで済んだよな。流石だよ」
「それ、誉めてるのか?」
「一応な。でも」

雅春は春樹を見つめる。

「次は、周りを良く見ろよ」
「解ったって。うるさいなぁ」
「その後輩の…富田くんだっけ? その子は、かすり傷一つ無かったからね。
 だけど、しきりに心配してたぞ。
 『俺を守って崖から落ちていった…。駆けつけたら…先輩の足が……。』
 ってな。そりゃぁ、観た事もないような形になってたらなぁ」
「橋は見慣れてるってか?」
「もっとすごいのもあるぞ。…語ろうか?」
「…いや、いい…遠慮する」

春樹は、体を起こそうとする。

「って、こらっ。まさかと思うけど…」
「退院だよ。あの運転は故意だからな。捕まえてやるっ」
「あぁ、それなら、さっき鹿居刑事から連絡あって、犯人逮捕だってさ。
 しかし…真北」

雅春は、低い声になる。それは、真剣に何かを尋ねる証拠。春樹は身構えた。

「なんだ?」
「お前の周りって、どうして、歯止めが利かない連中が揃うんだ?」
「…はぁ〜?!」
「鹿居刑事、犯人の車を追いかけて、真後ろから自分の車をぶつけて
 相手の車を崖から落とそうとしたらしいぞ」
「…………」

春樹は何も言えなくなった。

「誰かさんを観てる感じだよなぁ〜」

雅春は、ジトォッと春樹を見つめていた。その目に含まれる意味を悟ったのか、春樹は、ゆっくりと目を反らし、ベッドに寝転び、目を瞑った。

「明日一日、じっとしておくこと。明後日には退院させてやるけど…。
 暫く動けないぞ。それでもいいのか?」
「いいよ。片足でも大丈夫だって」
「いいや、俺のいいと言うのは、現場じゃなくて、事務処理になるだろって
 ……そう言いたいんだけどなぁ」
「………動くっ!」
「駄目だ」
「動くったら、動くんだぁ〜っ!! 誰が何と言おうとも、俺は現場に向かうっ!!」
「…ずっと吠えておけ」

冷たく言った雅春は、ポケベルの呼び出しに反応して、春樹の病室を出て行った。
それから一週間、春樹は病室で過ごしていた。雅春が言った『事務処理』という言葉が効を成していた。動けないなら、同じ事。そういう事で、病室でのんびりと過ごしていた。
それには、もう一つ訳があった。
その日も病室のベッドに腰を掛け本を読んでいた時だった。
ドアがノックされる。

「はい」
『富田です。』
「どうぞ」
「失礼します。その…お加減は如何ですか?」

仕事帰りに必ず見舞いに来る富田の気持ちに応える為だった。

「明日には退院なんだけどな」
「そうですか。…でも、まだ現場には復帰は無理ですよね」
「ん? 車で回るくらいはできるぞ」
「それでしたら、その後は、私が。先輩には、完治するまで
 動いて欲しくありませんから」
「それは、何か? 足手まといと言いたいのか?」
「違います!!」
「…春樹、あんたねぇ。そうやって、富田さんを苛めてるでしょう?」
「お、お、お、お袋っ!」

どうやら、病院の玄関で富田と春樹の母は、ばったり逢ったようで…。
母・春奈の姿を見た途端、急に大人しくなる春樹だった。

「春樹の事を心配して、毎日来てるというのに、そんな言い方は
 ないでしょうが。ったく…」
「すみません」
「あの、…足手まといというのは、本当の事ですから」

静かに言う富田だった。

「違うよ。富田さんが凄腕だから、お兄ちゃんは守ったんだもん」
「…芯も来ていたのか」
「うん。これ、翔と航から。お兄ちゃんの事を聞いてお見舞いって」

一緒に来ていた芯が、紙袋を差し出した。

「ん?」

春樹は、不思議に思いながらも紙袋を受け取り、中を見た。
そこには、クッションと膝掛けが入っていた。

「………なぜ?」
「その…入院中に必要だろうって」
「あのなぁ。そんな気を遣わなくてもいいんだぞ。すぐに退院するんだから」
「えっ? だって、二週間の休みをもらったって聞いたよ」
「誰から?」
「滝谷さん。署長さんから言われたって。富田さんから聞いてないの?」
「…聞いてないぞ…富田、本当か?」

富田は伝える事を忘れていた。
それを思い出したのか、冷や汗が頬を伝っていく…。

「あっ、いや…その………すみません…言いそびれてしまいました…」
「とぉみぃたぁ〜っ!!」

恐縮そうに首を縮める富田だった。


「…そういうことかぁ。…それでも…なんだかなぁ」
「今までの休暇が貯まっているので、休養も兼ねてということです」

富田が全てを告げた。

「貯めたくて貯めた訳じゃないんだけどな…」

困ったような表情になる春樹に、芯が話しかける。

「お兄ちゃん、休暇って、取れるの?」
「さぁ、それは…」

惚ける春樹。

「富田さん、取れるんですか?」
「取れるんだけどね、仕事が仕事だから、タイミングが難しいんだよ。
 先輩は、そのタイミングを逃していたんだと思いますよ」
「じゃぁ、今が、良いタイミングなんだよね」
「はい」
「明日退院でしょ? それなら、あと一週間は家で…」
「芯、学校は?」
「春休みになります」
「そっか。春休みか。もう、そんな時期…ということは…富田、お前、
 来年は先輩と呼ばれるかもしれないんだな」
「はい。でも、班には新人は来ないそうです」
「それでもなぁ〜」

春樹の『なぁ〜』の部分には、未だに頼りないなという意味が含まれていた。

「頑張ります…」

シュンとなる富田だった。



春樹が退院した。タクシーで帰宅した春樹は、松葉杖を巧みに使って家へと入っていく。母が玄関まで迎えに出てきた。

「お帰り」
「只今帰りました……芯は?」
「少しは私の事を言いなさい」
「ん?」
「何でもない。芯は航くんと翔くんと遊びに出掛けた」
「まさか、私の退院祝いとか……そぉんなこと、ありませんよね」
「その通りなんだけど…。芯の前で、そんな言い方したら、怒るからね」
「すみません」
「芯が…だよ?」
「えっ? ………。……そうですね。気を付けます」

そういって、春樹は玄関に座り靴を脱ぐ。

「松葉杖って、家の中でも大丈夫なの? 滑りそうだけど…」
「滑り止め付いてますから、大丈夫ですよ」

そういいながら、地面に付く場所を綺麗に拭いた後、立ち上がり、松葉杖を使って、リビングへと入っていった。

「二階に行くより、完治するまでここでいい?」
「はぁ…」

リビングは、春樹が過ごしやすいようにと、春奈が必需品を用意していた。

「座るのもソファがいいでしょ?」
「はい。…って、お袋、手慣れてるというか…その…」
「あの人も同じ事してたからね。……まぁ、これからの春樹を
 想像出来るけど…。完治するまで、無茶しないこと。解った?」

春奈の強い言い方に春樹は、素直に頷いた。

「はい」
「………素直だね」
「そうですか?」
「まぁいいけど」

その時だった。玄関先が騒がしくなった。

『おばさん!! 芯がぁ!』

翔の声に春奈は、慌ててリビングを出て行った。

「どうしたの?」
「その…」
「…芯っ!!!!!」

翔の後ろに隠れるように立っていた芯。その体は、泥で汚れ、口の中を切っているのか、口元から血を流していた。
春樹がリビングから顔を出す。芯は、春樹を見つめた。

「兄ちゃん…」


春樹は、芯の傷の手当てをしていた。

「それで、相手は?」
「解らない。翔と航に引っ張られたから…」
「そうじゃなくて、どんな相手だったんだと聞いてるんだ」
「高校生くらいの人だった」

芯は何かを隠したような言い方をする。春樹は気付いていた。

「それだけか?」
「はい」

春樹は、芯の口の中を診る。切れていた。

「暫く痛いだろうけど、大丈夫」
「はい。ありがとうございます」
「それにしても、小学生に何をするんだよ」

今にも泣き出しそうな芯を春樹は、優しく抱きしめた。

「大丈夫だって。地面と仲良くしたんだろ?」

春樹の腕の中で芯は頷いた。

「航の声で気付いた。自分が人を殴っていることに…。ごめんなさい」
「気にするな。……で、俺の退院祝いをするのか?」

その場を切り替えるように春樹が言った。

「はい。だって、やっと兄ちゃんとゆっくり過ごせるんだもん」

芯の雰囲気が先程と違い、がらりと変わっていた。

春樹…あんた…。

春奈の目が語っていた。
また術を掛けたのね…と。
春樹は何事も無かったような雰囲気で、芯たちと楽しく語り始めた。
しかし、突然始まる兄弟喧嘩……。

「兄さんが無茶をするからです!」
「これが普通だ」
「それでも、家に帰る時間くらい…声を聞かせる時間くらい、ありませんか?」
「…一分一秒でも惜しい時間だ。仕事が終われば必ず帰ってくるから」
「仕事仕事……いつもそうですよね。少しはお母さんのこと考えて下さい。
 いつも心配しておられますよ。一言だけでもいいじゃありませんか…」

膝の上で握りしめる芯の拳は、震えていた。

「芯、お兄さんだって、解ってるはずだって、言っただろが。それに、俺達が
 そんな話をすると、そんな時間を作るくらいなら、仕事に時間をって
 言ってるのは、誰だよ」

翔が言った。

「………。うるさいっ!! ……あっ…」

何かを誤魔化すかのように叫んだ芯。やっと血が止まった口の中の傷が、再び……。

「わぁっ、芯!! なんか恐いっ!」

航が叫ぶ。
春樹は芯の口の中を慌てて覗き込む。

「叫ぶからぁ」
「ひゅみぃまひぇん…(すみません)」

口を開けたまま謝る芯だった。



その夜。
芯は熟睡していた。
芯の寝顔をそっとのぞき込み、優しく頭を撫でる春樹。どうやら、リビングのソファで寝入ってしまった様子。

「あらら、芯ったら」
「一緒に寝ると言って聞かなかったんですよ。まだまだ子供ですね」
「今度小学六年だよ…小学生の中ではお兄さんでも、未だ子供でしょう。
 だけど、芯は、しっかりしてると言われるんだよねぇ。誰に似たんだか…。
 小学生とは思えない言動だって、担任も驚いているよ」
「そうですか」

春樹は嬉しそうな表情で、芯を見つめていた。

「傷に影響しないの?」
「大丈夫でしょう。口の中を切っただけですし、…まさか…」
「そうじゃなくて、春樹の足」

春奈は、春樹の言葉を遮って言った。

「あっ、私ですか。大丈夫ですよ。芯も気にして、ここに」
「側に…居たいだね。本当に、芯が言うように、ちゃんと連絡入れなさい」
「そう致します。これ以上、心配させたくありませんから」
「じゃあ、私は寝るよ」
「はい。お休みなさいませ」
「お休み」

春奈は、リビングを出て行った。
春樹は、ソファの下に腰を下ろし、そこに眠る芯を見つめていた。

「芯…。何を隠してる? ちゃんと話さないと駄目だろ? 内緒事は許さないよ。
 それが、俺に関わる事…俺のせいで、こんな目に遭ったことなら…な…」
「……側に……居たんだもん。……やくざが…。お兄ちゃん…気にするから…」
「芯?」

芯は起きていた。目を開けると同時に、涙を流す。

「やくざが居たのか?」
「…あの人たちを監視するかのように…。だから、僕…」
「ったく……俺の事を気にするな」

春樹は、芯の頬を伝う涙を優しく拭った。

「ごめんなさい」

芯の頭を撫でる春樹だった。

「あっ。お兄ちゃん眠れないね」

芯はソファから降り、背もたれを倒した。ソファは背もたれを倒す事でベッドにもなるものだった。急いで側にある布団を敷き、枕を二つ置く。

「ありがと、芯」

春樹の言葉に芯は照れたように微笑んでいた。

「久しぶりですね、一緒に寝るのは」
「そうだな。芯が未だ、小さい時だったもんな。…気が付いたら…そっか
 小学六年生になるのか…」

二人は話しながら布団に潜り込む。芯は、電気を消すために布団から出る。電気を消した後、再び布団に潜り込んだ。嬉しそうに春樹に寄り添う。

「なぁ、芯」
「はい」
「将来の夢だけどさ…。本当に教師になるつもりか?」
「はい。お兄さんの夢でもあるでしょう? それに、僕、将来の事
 考えてなかったから…」
「やりたい事をすればいいからな。俺の事は気にせずに。…芯?」

芯の寝息が聞こえていた。

ったく…。

春樹は、芯を抱き寄せ、優しく腕の中に包み込んだ。

兄離れしてくれよ。…もしもの事が遭ったら、それこそ…。

いつまでも、兄である春樹の事ばかり考える芯。
兄であり、父代わりでもある春樹の存在は、芯にとって、途轍もなく大きいようで…。



春樹は、聞き慣れない声で目を覚ます。

「……芯?」

腕の中で寝ているはずの最愛の弟の姿が無い。春樹は、起きあがった。
リビング内に漂う異様な気配。
春樹は、警戒する。

「!!!!!!!」

強烈な何かが腹部辺りに迫る気配を感じ、それを受け止める。
暗がりに目が慣れたのか、受け止めた何かを把握する。

「芯!!」
「う〜……う〜〜……」

人間とは思えない声で唸る芯。春樹に握りしめられている拳を引き抜こうともがいていた。

まさか……。

例に薬の影響かと考え、芯が暴れないように小脇に抱えて立ち上がった。

……!!! しまったっ!

弟・芯の事ばかり考えていた春樹は、自分の怪我の事を忘れていた。
二本の足で踏ん張る事は、未だ、無理だった。
バランスを崩した春樹は、小脇に抱えている芯を放してしまう。
その瞬間、殺気を感じ、春樹は体を床に転がし、リビングの灯りのスイッチの場所までやってくる。
リビングの灯りが付いた。
眩しさに目を細める春樹の頭の上を、風が過ぎる。
芯が、春樹の頭部に向けて蹴りを差し出していた。

そういや、体を鍛える為に、道場に通い始めたと言ってたな…。

春樹の想像を超えている程の素早い蹴りを観て、ふと思い出していた。すると今度は、拳が目の前に迫ってきた。

「……芯。目を覚ませ」

春樹は、いとも簡単に、その拳を受け止め、芯を引き寄せた。
春樹の腕の中で、芯は暴れる。

芯……。

大切な何かを守るかのように、春樹は、芯を優しく抱きしめる。そして、耳元で何かを呟いた。
その途端、芯は大人しくなり、再び寝息を立て始めた。

「ふぅ〜〜」

いきなりの出来事にも、落ち着いて対応する春樹。
芯が例の薬の影響で、無意識のうちに暴れる度に、優しく包み込み、そして、術を掛けている。

「いつになったら、落ち着くんだよ………。くそっ…」

春樹の怒りが、更に増す瞬間だった。




春樹が仕事に復帰する……ものの、足の怪我は、まだ完治していない。それなのに、車を運転して、現場で動いていた。もっちろん…。

「富田、行ってこい!」
「はっ!」

春樹に言われて、富田は走っていく。春樹は、アクセルを踏んで、別の道に回り、逃げる男を富田と挟みうちにした。男は、車に乗っている春樹に気付き、足を止め、手にした銃を車に向け、引き金を引いた。

銃声。

男の銃は、地面に落ち、それと同時に手から血を流す。

「富田、上手いっ!」

春樹の声と同時に、富田は男を後ろ手にし、手錠を掛けた。落ちた銃を拾い、春樹の車へ押し込んだ。

「くそっ…」
「それは、こっちの台詞だ。何故逃げた?」

春樹は、男に静かに尋ねる。

「何故、俺を追いかける! 俺は関係無いと言っただろがっ!」
「……関係無い…だと?」

ドスの利いた声が、車の中に響く……。富田は思わず息を飲む。
春樹が後部座席に振り返る。
その目こそ、獲物を狩る獣のようだった。
春樹の手が、男の胸ぐらに伸びた。

「ひぃ〜っ!」

悲鳴に近い声を挙げた男は、首を思いっきり横に振りながら言う。

「本当に知らない、俺は無関係だっ! 本当なんだから…信じてくれよ」

今にも泣きそうな表情になる男。

「何故、逃げたと……聞いている…………。………応えろよ」
「あんたが……こ、こ、……恐かったんだよ!」
「俺が……恐い…だと?」

男は、千切れんばかりの勢いで首を縦に振っていた。

「俺、何かしたか? 富田」
「いいえ、何も」

シレッと応える富田。

「もう一度、聞くが…………誰の差し金だ?」

男は、口をギュッと一文字にする。

鈍い音が響いた。

男の額から血が流れ出す。
春樹の頭突きは、相当強いようで……。

「闘蛇組…だな?」
「…違う。俺は、闘蛇組とは、関わっていない。今は……阿山組傘下の
 組に居る…だから…」
「阿山組…だと? なら、なんで、俺の家族を狙うんだ?」
「………知らなかったんだよ!!! あのガキ……いいえ、子供が、あんたの
 弟だったなんて…知らなかったんだって!! 本当だよ。ただ、小さいけど、
 生意気そうだし…、あの高校生たちのカツアゲに協力するために……だな…」
「小さな子供から金を巻き上げるとはなぁ〜。もっと他に無いのか?」
「まずは、弱者からだろが。…あいつら、初めてのカツアゲだから……その…!!!」

富田が目を瞑った。
春樹は、正面を向くと同時に、男の顔面に肘鉄を食らわしていた。
運転席と助手席の間に項垂れるように気を失った男を、後部座席に引き戻す富田。

「最近のやくざは……そこまで、落ちぶれるのか…?」

春樹は、怒り任せにアクセルを踏んだ……。

「あっ、先輩……」

春樹がアクセルを踏むと同時に声を掛けた富田。
もちろん、アクセルを踏む右足は……。




橋病院。

「………怒るなって」

春樹が静かに言った。その春樹の足は、新たな包帯を巻かれる…。

「思わずだな…」

恐縮そうに春樹が言う。足の包帯を巻き終えた。

「…って、やめろよっ!!」

春樹は、包帯を巻いていた男の手を必死で掴む。手を掴まれた男・雅春は、怒りを必死で抑えているのか、手がプルプルと震えていた。

「もっと自分の体を考えろ」
「すみませぇん」
「反省の色が見えんっ!」
「……で、どうなんだよ、これ…」

春樹は、怪我をしている足をプランプランさせながら、雅春に尋ねた。

「もう少しだったのになぁ〜。…歩く事出来るだろうけど、走るなよ」
「解ってる」
「それに、今、ちゃんと治しておかないと、ちょっとした弾みで再び…てな
 事になりうるからな」
「ありがとさん」
「ったく……。弟は、暫く通院させてくれよ。また検出された」
「…そうか…。あれは、その前触れだったってことか」
「おばさんにも伝えてくれよ。無意識での行動は、再発の前触れだということ」
「あぁ。……いつ…戻る?」

真剣な眼差しで春樹が尋ねる。

「すまん。それだけは…本当に……。最善を尽くしてるけどな…」
「いつもありがとな…」

寂しげな微笑みを浮かべる春樹だった。

「それと……薬の影響が出てるんだろうな。…髪の色…」
「それは、覚悟していたよ。入院してる時から、所々茶色く変色してたからな。
 まさか、完全に茶色になるとは…」
「取り敢えず、黒に染めてあげろよ。…目…付けられるからな」
「誰に?」
「あの年頃の不良どもに」
「……あぁ、それでか…」
「ん?」
「ほら、芯が、高校生風の男達に囲まれて、相手を滅多打ちにしたと言ったろ。
 その囲まれた理由だよ。…そういう奴らから観れば、生意気に思えたんだろうな」
「もう被害に遭ったのか…すまん、言うのが遅れた。…お前は、そういう所には
 本当に疎いからなぁ。…真面目な生徒には、解らないことだし………ん?」

そう言った雅春は何かに気付いた。

「訂正。真面目な…は、間違いだったな……っと!!!」

雅春の頭上を椅子が飛んでいった。




春樹の車が、自宅の駐車場に停まった。エンジンを切り、ドアを開けようとした時だった。
芯と翔、そして、航の笑い声が聞こえてきた。その声に耳を傾ける春樹は、暫く、車の中に居た。
玄関の扉が開き、翔と航が出てくる。

「お邪魔しましたぁ」
『またなぁ〜。』

そう言いながら、芯が二人を見送りに出てきた。

「気を付けろよぉ」

翔と航に手を振って、いつまでも笑顔を絶やさずに見送る芯。二人の姿が見えなくなったのか、急に笑顔が消えた。
その表情は、とても寂しげだった。
しかし、急に変化する。

「兄ちゃん! お帰りっ! 病院…行ってたと聞いたけど…大丈夫ですか?」

心配そうな表情で、車に駆け寄る芯。春樹は、ドアを開け、自分の足でしっかりと立ち上がった。

「まぁ、怪我を忘れてアクセルを思いっきり踏み込んで、ちょっぴり
 悪化しただけだよ。治ってることは、治ってるけどな、橋が
 大事を取って、こうしてるだけだよ。心配するな」
「そうですか…安心しました」

芯は、笑顔で言った。そして、春樹を支えるように手を差しだし、玄関へと向かっていく。

「航くんと翔くん、来てたんだな」
「はい。春休みも残りわずかですから。目一杯遊んでました」
「明後日だっけ、新学期」
「はい。先日は、入学式で、一年生を迎えました。…私にもあのような
 時期があったと思うと、なんだか、照れてしまいましたよ」
「誰にでもある時期だから、照れることないと思うけどなぁ」
「兄さんにもあったんですか?」
「当たり前だろぉ。橋と一緒だったんだからなぁ」
「仲良くですか?」
「そういや……入学式で喧嘩したっけ……」
「誰と?」
「上級生…」
「………小学一年生で…?」
「…ん、ま、ああぁ、…そう……だよ」

焦ったように応えた春樹に芯は微笑んでいた。
あの日、仕掛けた術は、芯から何かを奪っていた。

子供らしさ

あの日以来、芯が春樹と話す時の口調が変わっていた。まるで、大人ような…。
春樹は気になりながらも、芯との時間を大切にしていた。

リビングのソファに腰を下ろした春樹にお茶を出す芯。

「ありがと。…あっ、そうだ。芯」
「はい」
「髪の毛だけどな…黒に染めること」

春樹の言葉に、芯は首を傾げた。

「どうやら、芯の年代に居る不良達が、髪を染めていると勘違いするらしくてな、
 芯を狙ってくるらしいよ」
「それなら、すでに……」
「な、なにっ!?!??」

芯の言葉に立ち上がる春樹。

「あっ、兄さんっ!!!」

その言葉は、……遅かった…。



(2004.6.5 第四部 第一話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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