任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第十話 動き出す、特別な事。

阿山組本部・慶造の部屋。
慶造は一睡もせず、ソファに腰を掛けたままだった。真夜中にも関わらず、定期連絡を伝えに来る組員の言葉には、短く返事をするだけ。
ちさとは、喜栄のところに居る。
医務室では、春樹の容態を診るために美穂が起きている。
修司は、慶造を心配して、部屋の外で待機していた。
猪熊家は三好に任せ、小島家では、地下の男達が情報収集に追われていた。
隆栄は、リビングのソファに座ったまま、一点を見つめている。
思いは一つ…。慶造が無事だったことに、感極まっている…。
命だけでなく、本能に支配されず、冷静な判断が出来た事も…。

阿山…これから、どうするんだ?

隆栄の思いが届いたのか、慶造は目を瞑り、思いを送る。

お前は気にするな。


朝日がカーテンの隙間から差し込んできた。
慶造は大きく息を吐き、立ち上がる。そして、デスクの上に無造作に置かれた煙草に手を伸ばし、一服吸う。
部屋の外に、少しずつ動きを感じる。
若い衆や組員が動き出す時間。中には朝稽古を始める者も居る様子。
慶造は、組員達の様子を伺っていた。

再びソファに腰を掛けた慶造は、昨日の事を思い出す。

これから……。


部屋のドアがノックされ、笹崎が声を掛けてきた。

『慶造さん、時間です』

その声と共に、慶造は立ち上がり、部屋を出て行った。

「おはようございます」
「笹崎さん…本当に、申し訳御座いません。宜しくお願いします」

この日、初めて警視庁へ足を運ぶ慶造。
今まで、色々と事件を起こしていた阿山組だったが、それらは、すべて幹部の猪戸が処理していた。

「慶造さん」
「はい」
「挨拶は?」
「……おはようございます…でしたね。…すみません…」
「緊張なさらなくても」
「初めてだからさ…」
「大丈夫ですよ」

優しく語りかける笹崎は、慶造を促して歩き出す。
玄関では、組員達が待機していた。
慶造の肩に、修司がコートを掛ける。

「必要ない」
「外……雪降ってます」

慶造は外を見つめた。
この時期に珍しく、雪がうっすらと積もっていた。

「気を付けろよ」
「いってらっしゃいませ!!!」

慶造が車に乗り込むと同時に、組員達が一斉に頭を下げる。
工事中の門を通って、車は左に曲がった。



車の中。
慶造は、流れる景色を眺めていた。
慶造の隣には笹崎が座り、優しい眼差しで慶造を見つめていた。

「笹崎さん」
「はい」
「未だに迷ってます。…もし、その話が持ち上がったら、私は…」
「先代は、悩まずにきっぱりと断りました。…本当は協力したかったそうですが…。
 私は、先代に、この任務の事を持ちかけられ、その…隠していた家系の事も
 知られてしまいました」
「……この世界と正反対…本来なら、向こうの世界の人間……。
 私、尋ねた事、ありませんよね…笹崎さんの家系の事」
「えぇ。薄々勘付かれておられたんじゃありませんか?」
「なんとなく…ですよ。……話して下さいますか?」
「私の話を聞いたら、迷いは無くなりますか?」
「それは、解りません。だけど……」

慶造は前を向き、目を瞑った。

「誰のためでもない……自分の為に…」
「慶造さん……。……私の家系は……」

警視庁へ向かっている間、笹崎は自分の身の上・家系の事を、慶造に静かに話していた。
慶造は、何も言わず、ただ、笹崎の言葉に耳を傾けるだけだった。
助手席に座る修司も、笹崎の言葉に耳を傾けていた。




橋病院・雅春の事務室
雅春は一睡もせず、ソファに腰を掛け、ドアノブを見つめていた。
その目は充血している。
瞬きの回数も減らしている様子。
そのドアノブが動いた。
雅春は立ち上がるが…。

「原田……」
「………来なかったんですね…」
「…あぁ」

肩の力を落とし、ドカッと座る。
まさは、お茶を煎れ始めた。
湯飲みに注がれる音を耳にしながら、雅春はテレビに目線を移した。
阿山組本部前での事件の続報が流れていた。
春樹の体は、未だに見つかっていないとの事。

…あいつの事だ…きっと……どこかに居るんだろうな。

項垂れる雅春の視野に湯飲みが入る。

「どうぞ」
「ありがと」

お茶をすする雅春は、カルテの整理をするまさに話しかけた。

「なぁ、原田」
「はい」
「お前…大阪に行く事できるか?」
「大阪?」

驚いたように声をあげ、振り返るまさ。

「あぁ。」
「どういう心境…ですか?」
「…やっぱりな、ここは、親父の病院だよ。……親父を慕って
 やって来る患者が多い。…親父も向こうで苦労してるってさ。
 初めての患者ばかりだから、心が掴めないって…」
「それで、橋は、大阪で?」
「親父と入れ替わる。だけど、原田…お前を必要とするからさ…」

雅春は、まさをじっと見つめる。

「患者にも優しいだろ」

その言葉に何も言えなくなるまさ。雅春の目から、涙が溢れていたのだった。

「居づらいんですね…」
「………あぁ…」
「まだ、はっきりと解らないんでしょう?」
「…もう、解ってる…あいつは………あいつは…………死んだんだ!!」
「橋……」
「死んだんだよ……もう…俺を……俺を…」

頼ってこない……。

悔しさのあまり、拳を握りしめる雅春。その手の平から、血が流れ落ちる。それ程、力強く握りしめていた。
その拳に優しく手を添えるまさは、抑揚のない声で言った。

「橋になら、特別に…。依頼があれば、俺は動くぞ…」
「…は……らだ…?」
「標的は?」

まさの言葉に、目を見開いて驚く雅春。
まさの表情は、あの日、瀕死の重傷を負って病院へやって来た時と全く同じもの…。

これが、本来の姿……なのか……?

雅春は、言葉を失っていた。





春奈は目を覚ました。
そこは、ベッドの上。人の気配を感じ、目をやった。

「お目覚めですか」
「……鈴本さん……何か連絡ありましたか?」

鈴本は、首を横に振る。

「そうですか…。……芯は?」
「朝、目を覚ましたら、すでに姿は…」
「まさかと思うけど…」
「あっ、それは無いでしょう。ちゃんと行き先をメモに」

鈴本が見せるメモには、芯の字で行き先が書かれていた。
市役所と学校。
どうやら、自分で手続きをしようとしているらしい。

「あの子の年齢だと、まだ、無理でしょう?」
「大丈夫です。部下を向かわせております」
「…鈴本さん……いつもありがとう」
「お礼は言わない約束ですよ。…先輩と春樹くんから、お願いされた事です」
「春樹は…」
「えぇ。自分と関わりが無いというように…そう言って、春樹くん自ら
 計画を立てていたので、私共はすでに実行しております」
「…春樹ったら…」

春奈の目にうっすらと涙が浮かぶ。それを誤魔化すかのように布団を引っ被った。

『……生きてるよね……』
「はい?」
『春樹は…生きてるよね……』
「…えぇ。…死なない…そう言ってましたから」
『それなら、……待ってる……。だから、私がしっかりしないとね…』

そう言うと同時に、春奈は体を起こした……が、目眩を起こす。

「駄目ですよ!!! 春奈さん、再発なんですよ!!!」
「………そうだよね……」
「病院は、一応、警視庁管轄の方へ転院手続きをしております」
「……雅春くんに……橋先生にお礼を…」
「それは、言わない方がいいです。もしもの事を考えて…。
 だから、姓もご実家の『山本』に戻したのでしょう?」

真剣な眼差しの鈴本に、流石の春奈も何も言えなくなる。

「全ては、私にお任せ下さい。…春樹くんに頼まれてますので」
「…春樹の……馬鹿…」

春奈の声は、切なかった。





芯は、とある場所を歩いていた。曲がり角に来た途端、歩みを停め、角から向こう側の様子を伺うように、そっと覗き込む。
その道の先にあるのは、阿山組本部。
瓦礫となって崩れていた塀は、すでに補修工事を終え、門も立派な物に代わっている。
門の前に目線を移した。
そこには、たくさんの花が置かれていた。
本部の門から、花が出てくる。
それは、組員が持っている花。
組員は、大きな花束を塀の側に置く。そして、手を合わせていた。
背後に人の気配を感じ、芯は、靴ひもを気にしたようにしゃがみ込む。

「……全員死亡とは……しかし、なぜ、刑事達は、あんなところに
 居たんだろうな。…情報くらい、入っていただろうに」
「もしかしたら、相手が狙っていたかもな。…ほら、奴らの狙いって…」
「あぁ」

それは、阿山組の若い衆だった。二人の会話は芯の耳に届く。

「一人…行方不明だってな…」
「恐らく砲弾が直接…」
「木っ端微塵…か…。かわいそうに…」
「でもよ…」

芯は、その言葉を耳にして、その場に座り込んでしまった。
溢れる涙が止まらない。
必死で拭う芯に、誰かが近づいてきた。
涙を拭いて、素早く顔を上げた。

「鈴本さん…」
「連絡があって、飛んできたよ。…帰ろう」

芯は首を横に振る。そんな芯の前にしゃがみこむ鈴本は、再び優しく声を掛けた。

「帰ろう」
「嫌だ…俺は…兄さんを……兄さんを捜すんだ!! きっと…あそこに」
「……春樹くんの連絡…入ったんだ」
「えっ?」

鈴本の言葉に期待する芯。しかし、鈴本の表情は暗く…。

「…死亡……だって…」
「…嘘……だ……」
「三日後、合同葬儀をするそうだよ。…芯くん、帰ろう」
「…兄さんが…死んだ……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だぁ!!!!」

芯の体は、怒りと哀しみで包み込まれる。
気が付くと鈴本に拳をぶつけていた。
鈴本は芯の拳をしっかりと受け止めていた。
何度も何度も繰り出される拳。

仕方ないんだよ…。芯くん、ごめんな…。

鈴本は、芯の腕を掴み抱き寄せる。

「……鈴本さぁぁん!!!! うわぁん!!!!!」

芯の泣き声は、辺りに響き渡っていた。




警視庁の特別室。
慶造と修司、そして、笹崎がソファに座っていた。目の前には、警視庁の人間が二人座っている。五人は誰かを待っているようだった。
特別室のドアがノックされ、二人の男が入ってきた。

「失礼します」

一人の男が、小脇に抱えるファイルを差し出し、そして、静かに出て行った。

「……本当に、生きているんですね」

警視庁の一人が尋ねる。

「あぁ。何度も言ってるだろ! この手帳の持ち主を治療したと!」
「容態は?」
「全身打撲。恐らく内臓が傷ついているだろうな」
「……真北が助かっただけでも…救いだ…」
「どういうことだ?」

慶造が静かに尋ねた。

「真北の行動から、この任務の事を考えていた。しかし、真北は頑なに
 断ってな…。そこに居る滝谷が、薦めたらしいが…な」

再び、ドアがノックされ、一人の男が入ってきた。

「遅くなりました………笹崎さん、お久しぶりです」

鈴本だった。
鈴本に振り返った笹崎は、鈴本の立派な姿を見て、微笑む。

「あの頃と違い、貫禄…出てますね」
「何年経ったとお思いですか。…そちらの方が、阿山慶造四代目ですか…」

慶造は、鈴本を睨んでいた。
修司が思わず立ち上がり、鈴本の前に出てくる。

「何をするつもりだ?」
「……あなたが、猪熊修司…。流石ですね…親父さんとそっくりだ」
「…鈴本と言ったな…。あんた…親父を知ってるのか?」

修司の袖を引っ張って座らせながら、慶造が尋ねる。

「そうですね。…特殊任務の話をお聞きでしたら、想像できるでしょう。
 私は、その…真北春樹の父にあたる人物と行動を共にしてましたから。
 それに、初めての仕事が、阿山組に任務の話をする真北さんに
 付いていくことだったので。…まぁ、一度だけですけど、未だに忘れません。
 今のお二人のように、近寄りがたいオーラを発してました。…だけど、
 笹崎さんだけは、違ってましたね。…流石、血筋…」

にやりと口元をつり上げた笹崎を見て、鈴本は口を噤む。

「すみません…」
「おしゃべりは、治ってないんですね」

笑いながら笹崎が言った。

「はぁ…」
「鈴本…用意は出来たのか?」
「……用意はいつでもできますが、その……春樹君の姿を見るまでは
 私は動きません」
「そうだな…手帳だけ見せられてもなぁ」
「未だ、意識は回復してませんよ。…それに、あなた方を本部に招くのは
 至難の業です。四代目の客と言っても、あなた方は敵同然ですからね。
 門のところから、中へは一歩も進めないでしょう」

淡々と話す笹崎に、慶造は呆気に取られる。

「このお話は、保留となりますか?」

笹崎が尋ねた。

「真北春樹の姿を見てからですね」
「…ということは…見込みがあるということですか?」
「そうだな…。しかし、笹崎さん。四代目を説得できるんですか?」

鈴本の言葉で、笹崎は慶造を見つめた。
眉間にしわ……。こういう時は、心は決まっている。

もう、限界ですね…慶造さん。

「全ては、真北春樹刑事が目を覚ましてから…ということですね」

慶造に言う笹崎。

「そうしてくれ」

短く応えた慶造は、立ち上がる。

「では、これで」

笹崎が立ち上がり、一礼した。慶造は、そそくさとその部屋を出て行った。修司は慶造を追いかけていく。そんな二人を追いかけるように、笹崎も部屋を出て行った。
静かにドアが閉まる。
警視庁の人間は、大きく息を吐いた。

「鈴本、どうなる?」
「そのファイルに全て揃えてますよ」
「流石、早いな」
「後は、春樹君の元気な姿を見る事と、あの四代目の応えですね」
「大丈夫なのか?」
「さぁ、それは」
「ったく………。……それで、真北の家族には伝えて来たのか?」
「弟さんに泣かれて大変でしたよ」
「そうだよな。……もしもの事を考えてだぞ。真北が嫌がっても
 絶対に就かせるからな…」
「……って、そのおつもりなんでしょうがぁ!!!」
「まぁ……な」

ったく……。

鈴本は、テーブルの上のファイルを手に取り、表紙を広げた。

『特殊任務に関する重要な事』

そこには、春樹の名前が書かれてあった。




阿山組本部に帰る車の中。

「やはり、そうでしたか…」
「すぐに終わると言ったのは、笹崎さんでしょう!!」
「すみません。…まさか、長引くとは思いませんでしたから」
「ったくっ! ちっ!」

どうやら慶造は、さっさと警視庁という建物から出たかったらしい。

「金輪際、行かないっ!」

まるで、だだっ子のような言い方に、修司と笹崎は、必死で笑いを堪えていた。

「わぁらぁうぅぅなぁ〜っ!!!」

慶造の低ぅぅい声が、車内に響き渡った。





阿山組本部の奥にある医務室。
事件から五日が経った。
ちさとが、未だ意識が戻らない春樹の様子を伺いにやって来る。

「ちさと姐さん」
「様子は、どう?」
「まだですね。でも、微かに動くんですよねぇ。…うなされてるけどね」
「…そう…」

静かに言ったちさとは、春樹の世話を始めた。

「姐さん」
「ちさとです」
「…ちさとちゃん、世話は私が…」
「お休みになってないでしょう?」
「私の仕事だからねぇ」
「交代しますよ。自宅に顔を出さないと、栄三ちゃんが怒るでしょう?」
「大丈夫。あの子達はあの子達でやるし、隆ちゃんには桂守さんが
 付いてるから。……家に居ても……私の出番…ないもん…」

ふてくされたように言う美穂。そんな美穂を見て、ちさとは微笑んでいた。

「家の事は気にしなくていいから、仕事を…ってことなのですね」
「そうなのよぉ〜。嬉しいやら、寂しいやら………。…ちさとちゃん」
「はい?」
「その後、変わりない?」
「ん?」
「闘蛇組…」
「そうね…昨日、闘蛇組に……」


闘蛇組…?

春樹は、遠くで聞こえた言葉に反応し、顔を上げた。
辺りは真っ暗だった。
耳を澄ます。

『警察関係の方々が、捜査に入ったそうよ』
『じゃぁ、慶造君、本当に手を出さなかったんだ』
『全て抑えることが出来たの。…みんな、慶造さんの思いを知ってるのね…』

慶造……? 阿山…慶造……。
富田? 富田!! 何処にいる?
ん? …俺……!!……うわっ!!!

突然襲ってくる真っ赤な物。春樹は、それに包まれ、そして、真っ暗な穴に落ちていった……。

全身を強く打った春樹は、体を起こそうとするが、身動きが取れない事に気付く。
手を動かしてみる。何か柔らかいものに触れた。
その手に、ぬるっとしたものを感じる。

真北さんは……死んではいけない方ですよ…だから……。

微かに聞こえる声に覚えがある。

富田?
生きてください……真北さん!!! 死なないでっ!
富田……。

体が軽くなり、光が差し込んできた。
眩しさに目を細める春樹。
明るさに目が慣れた頃、ガッと目を開けた。

「……天井…? ……ここは………?」
「お目覚めですか? ご気分は?」

か細い声が聞こえた。春樹は、声の聞こえてくる方に目をやった。そこには、優しく微笑む女性が立っていた。

「……あなたは?」
「阿山…ちさとです」
「阿山?」
「…申し訳ございません…。あなた方を巻き込んでしまって…」
「巻き込む………」

春樹は、少しずつ何かを思い出す。そして、事態を把握したのか、突然起き上がった。

「い…痛っ……」
「まだ、起きてはいけません! 全身打撲で、あなたは重傷なんですよ」
「…他の、刑事は?」

その言葉に、ちさとは、一筋の涙を流し、ゆっくり首を横に振った。
春樹は、愕然とする。そして、全身の力が抜けた。

「ここは、阿山組本部の医務室です。あなた方は…」
「………うるさい…」
「…??」
「うるさいっ!!! 一人にしててくれっ!!」

春樹が叫ぶ。その声に、ちさとは哀しみを感じ、春樹のベッドから、そっと去っていく。ドアを閉める時に、呟くように言う。

「まだ、起きないで下さいね。悪化しますから」

優しく微笑んで、ちさとはドアを閉めた。
春樹は、天井を見つめる。体中に感じる痛み。両手を掲げた。その両手は包帯に包まれている。


……嘘…だろ?

気が付くと、春樹の視界は潤んでいた。溢れる涙は止まる事を知らないかのように、流れていく。

俺だけが……生き残った…。くそっ!!!



ちさとは、ドアの側に立っていた。医務室から微かに聞こえてくる嗚咽に、思わず涙を流してしまう。

ごめんなさい……。



目を覚ました春樹は、何することなく、一日中ベッドに横たわっていた。
仲間を失ったショックと、この阿山組壊滅の話を持ち出した自分を責めていた。

あの時、停めておけば良かった…。

後悔しても、失った者は戻らない。
春樹は体を起こし、側にある医療日誌を手に取り、読み始めた。

一人の刑事に守られた事が、瓦礫の衝撃を防いだ。それが、助かった要因。

……富田…お前、どうして、俺を守ったんだよ……。

グッと握りしめる拳。未だに治っていない傷がある為、痛み出す。しかし、傷の痛みより、心の痛みの方が激しかった。
医務室のドアが開き、美穂が入ってきた。

「こらぁ、起きては駄目だろぉ!」

春樹は、美穂を睨み付ける。その目は、語っていた。

なぜ、他の者を助けなかった!

「……はぁ〜。あのねぇ〜。覚えてないの? 砲弾が壁に当たって、
 門を中心に燃え上がったの。その炎に包まれた刑事は、炎を
 消した時には、すでに、息が無かった。瓦礫に埋まった刑事も同じ。
 瓦礫から急いで助け出したけど、圧迫によるものだったの。
 万が一の事を考えて、塀は頑丈に作ってるから、瓦礫も半端じゃなかった。
 ……その瓦礫の中、あなたが助かったのは、富田司って刑事が
 あなたを守るように体で瓦礫を支えたみたいよ…思い出した?」
「……思い出してるよ…。砲弾に一番に気付いたのは俺だ。…想像できなかった。
 まさか、そのようなものが飛んでくるとはな…。俺は、みんなに逃げるように
 そう言った。……爆風から守るように両手を広げたんだが……。全身に
 強烈な痛みが走ったよ。…その後だ。真っ赤な物を見た。…あれは、
 炎だったんだな…その後に、暗がりが襲ってきたからな…。それが……」
「恐らく瓦礫だと思う。…あなたを守ろうとした富田くんの影も含めてね」
「………どうして、俺なんかを…」
「富田くんにとって、大切な人…なんでしょう?」

優しく言った美穂は、口調とは全く違い、春樹を強引に寝かしつけた。

「俺だけ助かったのか…。もう……誰にも顔を合わせられない…」
「……死人が目の前に出てきたら、びっくりするもんね」
「…し、死人?! 俺、死んでるのか? …やはり、先程の女性は…」
「ちさとちゃんって、名前を聞かなかったの?」
「……阿山ちさと…そう言っていた」
「……頭も打ったのかな……」
「俺は大丈夫だっ!」
「全身打撲なのに…恐いわぁ〜」
「……って、おいおいおいおいぃ!! …死人って、どういう事だよっ!」
「世間には、全員死亡って伝わってるわよ。新聞読む?」
「………俺が寝てる間の事が載ってるなら、見せてくれ!」


春樹に、事件から一週間分の新聞が手渡された。

「一番上が事件当日。その後の事も書かれてるから」

春樹は何も言わず、新聞に目を通し始めた。
春樹の体は、見つからないという記事が、突然、死亡記事に変わっていた。
亡くなった十八名の合同葬儀が行われたとの記事。その隅の方に小さく、阿山慶造の参列を断ったとの文字。
新聞に載っている写真に目を凝らす。

芯………。

春樹の遺影を持つ刑事は、滝谷だった。その隣には、鹿居、そして、鈴本。その鈴本の側には芯の姿があった。

「……俺が生きている事を隠して、俺を利用するつもりか?」
「まぁ、それに近いかもしれないね」
「何をされようが、…俺は屈しない……」
「解ってるって。警視庁の真北って言えば、やくざも泣くほどの刑事でしょう?
 そんな刑事に何をしても無駄なことくらい、慶造親分も知ってるよ」
「それなら、なぜ、俺を救急車に乗せなかったんだ?」
「動かせなかったの。外から、ここまで運ぶだけでも危険だったのに、
 無理に動かしたから、これ以上は、危険と判断させてもらった。
 設備は完璧にしてあるから、命は失わないって判断したけどね…。
 ……今日、目を覚まさなかったら、もう、諦めようと思ったのよ…本当は」
「……声が……聞こえた…」
「声?」
「優しい声と……懐かしい…富田の声…。死ぬな…生きてください…って…」
「助かった命…大切にしてね。……どうします? 今日一日は寝てて
 頂きたいんですけど…動きますか?」
「連絡…させてください」
「あのねぇ〜。死人からの電話は、驚いて切っちゃうわよ!」
「…そっか…俺…」
「立場…解った?」
「生きてることを……」
「…生きてることを知ってるのは、阿山組の者と警視庁の一部の方」
「えっ?」

驚いたように声を挙げる春樹は、やっぱり体を起こしてしまう。

「い…いてっ……」

激痛が走ったのは、言うまでもない………。

「もぉ〜っ!!!」

美穂の嘆く声は、廊下に聞こえていた。
慶造が、ちさとから聞いて、春樹の様子を見に来ていた。

「美穂ちゃんの様子からわかるよ。……大丈夫なんだな」
「…はい……でも、すごく哀しんでおられます…」
「哀しまない方が、おかしいよ。…あんな状況ではな…」
「そうですね……あなた…」
「例の話は、俺から伝えるつもりだけど…。あいつが良くなるまで
 ちさと…頼んでいいかな…。その方が、あいつも安らげるだろうから」
「私で、よろしいんでしょうか…」
「あぁ」

短く応えた慶造は、その場を去っていった。そして、少し離れた所で待機していた修司と勝司に合流し、どこかへと向かって行った。

医務室のドアが開き、美穂が出てきた。

「眠っちゃった」
「未だ、起きるのは無理ですよね」
「暫くは、精神面もくると思う。…ちさとちゃん、慶造君から聞いてるけど、
 本当に、お願いしてもいいのかな…」
「お世話くらいなら、大丈夫よ! 美穂さんは、お仕事に復帰してね」

明るい声で、ちさとが言う。

「う〜ん……私の仕事は、ここが中心なんだけどなぁ〜」
「怪我人も減ったことだから、時間を減らしては、どう?」
「いつ、増えるか解らないんだもん。修司くんの稽古が
 激しくなったりすると、それこそ、治療に忙しくなるんだからぁ」
「それもそうねっ!」
「でしょぉ〜。だから、病院勤務の時間、減らしたの。それに、その方が
 新人が育ちやすくなるから、いいのよぉ〜…。内緒だけど、こっちの方が
 お給料、良いからね!」
「…あら、ただ働きじゃなかったんだ…」
「知ってるくせにぃ」

二人は、微笑み合いながら、医務室の前を去っていく。

春樹は起きていた。
廊下での美穂とちさとの会話を耳にしていた。ゆっくりと体を起こし、ベッドに腰を掛け、医務室内を見渡した。所持品が見あたらない。ベッドから降り、所持品を探し始めた。

ガチャン!!!

突然の物音に、ちさとは、医務室へ駆け込んできた。

「!!!! 美穂さん、刑事さんが!!!!」

医務室のドア付近で、春樹が倒れていた。

「刑事さん、大丈夫ですか!!」

ちさとが手を差し伸べる。しかし、春樹は、その手を拒むように体を動かした。

「一人で…大丈夫ですから」
「駄目です!」

ちさとは嫌がる春樹に肩を貸し、ベッドまで連れてくる。美穂がやって来た。

「起きるなぁって、言ったのになぁ〜」

美穂から発せられるオーラ…それは、怒り……。
その怒りに懐かしさを感じる春樹は、ふと、思い出した。

…あいつ……どうしてるかな…。

「…って、ちょっと!!! 真北さん?!」

春樹は、微笑みながら、眠りに就いた。





橋病院・橋の事務室。
たくさんの段ボール箱が山積みされていた。引っ越し業者が入って来て、それらを運び出す。
雅春は、その様子をじっと見つめていた。


事務室内は、デスクを残すだけで、ほとんどの物が空っぽになり、すごく殺風景になっていた。
雅春は、事務室内を眺め始める。

もう、あいつの為に……ここは、必要ない…か…。

フッと笑みをこぼした雅春は、デスクの上に無造作に置かれている新聞に目をやった。

『警視庁一斉捜査・闘蛇組解散か?』

その文字を、そっと撫でる。

……じゃぁな、真北…。

雅春は、事務室を出て行った。
廊下には、まさが立っていた。

「…原田、どうだった?」
「親分も、行ってこい…と」
「……そうか…。闘蛇組は追いつめられ、そして、阿山組も形を潜めてるからな。
 その間に、関西進出…ってことか?」
「…よくお解りで…」
「あまり、俺の仕事を増やすなよ」
「心得てますって。私の仕事になりますよ」
「ったく、俺の提案をそのまま実行するなよ」
「私だから、出来る事でしょうがっ!」
「原田」
「なんですか?」
「最近、怒りっぽいぞ…」
「なぜでしょうね…。あなたと話していたら、怒りがこみ上げてきますよ!」
「ほんと、吹っ切れてから、お前は変わったなぁ」

しみじみと言う雅春に、まさは、拳を握りしめていた。
橋病院を出ていく二人は、これからの事を考えていた。


腕を磨いて…磨いて、死人を生き返らせるような外科医になってやる…。
真北…お前の為のこの腕…。みんなに使わせてもらうよ…。


関西進出…。一筋縄でいかない連中だろうが、俺には関係ない。
親分、吉報を待ってて下さい。


二人の想いは、力強かった。
そんな二人の乗った車を追うように、一台の車が走っていく。
もちろん、まさに付いていく京介が運転する車だった。

まさを守ってやれよ。

親分でもある天地からの言葉だった。



(2004.7.8 第四部 第十話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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