任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第二十四話 新たな世界の扉に、手を掛ける

夏が来た。
セミが鳴き、子供達が元気に遊び回る日々が訪れた。
夏には必ず起こる水の事故。
ここ、橋総合病院にも水の事故による患者が運び込まれてくる。
付き添いの家族達の表情は、いつ見ても、声を掛けづらい。
手術室の前で心配そうに待っている家族。
手術を終え、手術室から出てきた雅春は、こういう時は、必ず言葉を探す。
掛ける言葉によっては、家族の怒りを買ってしまう。
しかし、それは助けられなかった時だけ…。

「先生…!」
「大丈夫です。目を覚ませば、元気な姿を見せますよ。ったくぅ、
 家族を心配させるなんて…困ったもんですよねぇ」

雅春の言葉に、家族はホッとする。

「先生が、そうおっしゃるなら、あの人…大丈夫なのね。…ほんと
 心配させてぇ〜。目を覚ましたら、目一杯怒ってやる!」
「怒る前に、ちゃんと言ってあげるように。お帰りってね」
「そうですね! …病室は?」
「ご案内………させましょう」

雅春の目には、関西極道の川原組組長の息子・川原聖哉(かわはらせいや)と藤組組長の息子・藤優哉(ふじゆうや)の二人が映っていた。
二人の姿は、汚れている…。

「お願いします」

雅春は、助手に言って、川原と藤の側に行く。

「…院長…」
「どうした? また、喧嘩か?」

二人は同時に首を横に振り、涙を流す。

「…おい、まさか…」
「俺の親父と…藤の親父が…」
「…治まってたんちゃうんか?」
「だから……だから、ゆっくり親子で…そしたら…」
「二人は?」
「俺らを逃がした。…ここに来るように言って、そして…」
「相手は…誰だよ」
「解らない…」

震える二人の肩を抱き、雅春は、自分の事務室へと向かっていった。

二人を落ち着かせる為に、お茶を差し出す。

「話出来るか?」
「…それぞれの家族が、海に行った。その先で、出逢ったんだよ」

川原が語り出す。

「藤の家族も来てて…。そこで、一悶着あったんだ…」
「しゃぁないわなぁ、お前らの親も、未だに、いがみ合ってるし」

雅春の言葉に二人は項垂れる。

「そこに、銃弾が…」
「………って、周りは?」
「一般市民は使わない場所だから…」
「…もしかして、襲われる事を想定してたのか?」
「…そうかもしれない。……親父達は、銃弾を避けた。
 それなのに、容赦なく襲ってきたから…俺達は、親父の指示を受けた
 組員に連れられて、車に乗った。…その車を追いかけてきた…」
「その車も事故に遭って…」

藤が震えながら言った。

「…警察に…知らせたのか?」
「知らせられないよ…」
「あほがっ! そんなときでも、知らせるのが当たり前だろが!」
「知らせても…知らせても…相手にしてくれない…あいつら…。
 俺の親父が何をした…何をしたってんだよ!!」

藤が叫ぶ。
雅春は、以前、川原と藤のいざこざを止める為に話し合いをしたことがある。その時に藤から聞いた言葉…警察は相手にしてくれない…だから、当てにせん…。死ぬなら、勝手にしてくれ…そういう連中だ。
まぁ、そういう世界で生きているからな…。

「優哉くん、どこで事故に遭った?」
「山の近く…」

藤が応えた時だった。
急患のランプが点灯する。

『銃弾による怪我人です。それと、後から事故による患者も…』

スピーカーから聞こえてくる言葉に、藤と川原は立ち上がる。

「親父っ!」

慌てる二人の襟首を掴み、雅春が怒鳴る。

「お前らは、ここに居ろ! 絶対に動くな。出てくるな」
「院長…でも…」
「お前らに、残酷な姿は見せたくない…だからだ」
「親父の側に…」
「居ても何もできんっ! 俺が呼ぶまで出てくるな。…解ったな」

そう言って、雅春は白衣を着替え、事務室を出て行った。
静かに閉まるドア。藤と川原は、ただ、その場に立ちつくすだけだった。
いつもは、喧嘩腰の二人。それは、父親である組長同士の争いが尾を引いている。
しかし、こういう時は、気が合う二人。

「………俺達…どうしたら……」

心配そうに藤が言う。

「知らん……」

沈んだ声で、川原が応えた。


静かな事務室とは一変し、急患搬入口では、慌ただしく医者が行き交っていた。
想像していたよりも多い人数に、手が一杯の医者達。その中で、雅春だけは、違っていた。的確に判断し、指示を出す。そして、応急処置をする。

「すぐ、手術室に入る。準備してくれ!」
「はい!」

雅春は、他の医師に何かを告げて、手術室へと向かっていく。

「院長!! 先程手術室から出てきたばかりでしょう!!
 立て続けは駄目ですよ!!」
「うるさい」
「院長!」

助手が止めるのを聞かず、雅春は手術室へと入っていく。
遅れてきた他の医者が、助手に尋ねる。

「院長は?」
「すでに中に…」
「立て続けになるから、俺が代わりにと思ったのに…ったく…。
 やくざの抗争になったら、どうして、あぁまで躍起になるんだろな」
「やくざも人だから…そうおっしゃいますよ」
「それでも、…あぁ、もぉ〜。俺が行く」

そう言って、その医者が手術室へと入っていく。
手術室から聞こえてくる雅春の怒鳴り声。
助手は、項垂れる。

「いつか、倒れますよ…院長ぅ〜」




夕暮れ。
雅春の事務室から、川原と藤が、組員と共に出てきた。
項垂れる二人を優しく見送る雅春。組員は振り返り、深々と頭を下げ、そして、去っていく。

「……あいつらも、同じ道を歩むのか…」

そう呟いて、事務室に戻る雅春は、そのまま、奥の部屋へ入り、倒れ込むようにソファへ寝転んだ。

原田ぁ〜連絡じゃなくて、手伝いに来いって…。

先日、耳にした懐かしい声。その声が雅春の何かを吹き飛ばしていた。
一緒に仕事をしていた頃を思い出しながら、雅春は深い、深い眠りに就いた。
まるで何かを忘れるかのように。

…真北……。





阿山組本部・慶造の部屋。
春樹は、栄三から手渡された書類を見て、慶造に忠告する。

「…解ったか。絶対に暴れるなよ」
「解ってるって。何度も言うな」
「何度も言ってやる」
「はいはい」

慶造は、書類をめくっていく。

「それにしても、青虎の内紛…周りまで巻き込むなんてな…」
「跡目って、そんなに重要なのか?」
「俺に聞くな。…だけど、この世界だけじゃなく、大きな組織には
 大切なことだろな」
「…そっか…。………でも、血で争わないと継げないのか?」
「それが、この世界なんだよ」
「…俺が一番嫌いな世界だな」
「俺もだ」

沈黙が続く。

「で、川原と藤…二人の息子は、あの年齢で跡目か?」
「俺は高校三年生だったぞ」
「実力あるんか? …確か、幹部の川原と親戚関係だよな」

心配そうに春樹が尋ねる。

「まぁ…そうだな。川原は、その跡目とは面識ないらしいな」
「これで、関西との手も切れるってことか…」

春樹は大きく息を吐き、煙草に火を付けた。

「真北…」
「ん?」
「松本…忘れてるぞ…」
「一般市民だろが」
「表ではな。…でも連絡はくれるぞ。息子が建築関連の勉強を
 始めたらしいな。先日、嬉しそうに連絡があったよ」
「そういう慶造の方が、嬉しそうだな」
「まぁな。俺が薦めたようなもんだからさ。親の気持ちだ」
「そうやって、慶造に関わる奴らに足を洗わせて、何を考えてる?」
「なぁんにも」

軽く応えた慶造は、春樹の煙草を奪い取り、一本火を付けた。

「そんな行動を取っても、この世界に…阿山組の傘下になろうとする
 輩は増える一方だよ。…俺の思い…伝わってないだろうな」
「若い連中には難しいことだって」
「そこを教えていくのが、慶造の力量だろ?」
「…くっ…親父と同じ事言うな…」

その昔、聞いた事のある言葉。
確かにそうだが…。

「末端の組まで見回っていたら、それこそ時間が無くなる」
「その為に俺が居るんじゃないのか?」
「…お前は別」
「慶造ぅ」
「何も言うなって」
「……で、これからか?」
「…ん…まぁな」

慶造の返事に、春樹は怒る。
煙草をもみ消す仕草に怒りを感じる…。

「慶造、今の時期、解ってるんか?」
「なんの?」
「ちさとさん」
「……ん……」
「…ったくぅ」
「順調だから、安心だって」

その言葉に、慶造の照れを感じた春樹。

「…お前ぇ〜、どう声を掛けていいのか解らないんだろ?」

ギクッ…。

「いつもの通りに接すればいいんだろが」
「…そうだけど…やっぱり…考えてしまうんだよ…あの時を」

慶造は、静かに煙草を消す。

「安心しろって」

春樹が言った。

「もう…大丈夫だからさ。それに、ちさとさんに付いていてあげろよ。
 心配してるぞ」
「……俺の方が心配だよ。ちさと……無茶しないかな…って」
「しないよ。母親になるんだろ?」
「母親は、子供のためなら、無茶するだろが…」

慶造の言葉は、ずしりと重く感じる。

「それを守るのが父親、そして、お前らを守るのが俺だろ」
「守る…? …真北、お前…」
「ん?」
「いいや…何も…」

沈黙が続く中、ちさとの呼び声が聞こえてきた。

『真北さぁん』

「……真北、呼ばれてるぞ」
「なんで、俺なんだよ」
「声の方向からしたら、笹崎さんが呼んでるんだろな」
「…なるほど。…慶造、これから行くのか?」
「あぁ。ちゃんと抑えるって。気にするな」
「気になるんじゃいっ!」

そう言って、春樹は慶造の部屋を出て行った。
廊下に出た途端、ちさととばったり出逢ったのか、春樹は話し込んでいた。
その声に耳を傾ける慶造。慶造の思った通り、春樹は笹崎に呼ばれていた。
春樹が去っていく足音を聞きながら、慶造は廊下に顔を出した。

「あなた。早くしてくださいね。猪熊さんお待ちですよ」
「…………。そんな時間かよ!」
「あら、時間を忘れるなんて……」
「真北と話していたら、時間を忘れるよ!!」

急いで出掛ける用意をして、慶造は部屋から出てきた。

「笹崎さん、真北に何の用なんだ?」
「例の任務関連だそうです」
「…まさか、関西の火の粉が飛んでくるとか?」
「やはり、危険なのですか?」

不安そうに尋ねるちさと。

しまった…。

慶造は言葉を選ぶべきだったと反省し、ちさとを優しく抱き寄せた。

「ごめん…。でも、安心しろ…って真北が」
「うん……心強い…だけど、あまり無茶させないでね」
「それは、真北に言ってやれ」
「言っても笑うだけだから…」
「そういう男だよ、真北は」
「えぇ」

愛しのちさととの距離は、少し離れている。それは、ちさとのお腹が、かなり大きくなってきたから。
それでも慶造は、ちさとを抱きしめていた。

安心しろ。

そう言うように…。




高級料亭・笹川。
春樹は、一室に入っていく。そこには、鈴本が待っていた。

「鈴本さん…」
「元気か?」

鈴本は微笑みながら春樹に話しかけてきた。

「…まさか、何か遭ったんですか?」
「…春奈さんの容態…」
「やはり、危険なんですか?」

声を荒げながら、鈴本の前に座る春樹。鈴本は、そっと頷いた。

「もう、退院は無理かもしれないと言われたのですが…」
「それでも、お袋は退院すると言うかもしれない…芯の為に」
「その通りなんだよ…。さっき、強引に退院して…」
「俺から、言います」
「駄目だと言っただろ。…これ以上、春奈さんや芯くんの前に
 姿を現すのは、本当に危険だから。…春樹くんだけじゃなく、
 お二人も…。それに、芯くんの心も不安定になる」
「そうですね……。どうすればいいですか?」
「…春樹くんなら、春奈さんの気持ち…解るかと思って…」
「確かに、解ります。だけど、お袋は……俺より頑固ですよ」

春樹の言葉に、鈴本は苦笑いする。

「それでも、春樹君から、言ってください」
「連絡するのは、難しいでしょう? …だけど、お袋が
 無理しないと言う方法はありますよ」
「どうすれば?」
「鈴本さんが、しつこく顔を出す。これに限ります。心配だから、
 離れる訳にはいかない…そういう風に…」
「…よろしんですか?」
「鈴本さんの手が空いていれば…の話ですけど…」
「私はいくらでも時間を作れますよ。まぁ、これは、春樹くんの
 働きっぷりのお陰ですけどね。…そうですね…そうしましょう。
 春樹くんが春奈さんに接する時間を、私が請け負いましょう。
 そうすれば、春奈さんも…無理しないでしょうね」
「できれば…の話ですよ」

春樹は、意味ありげに微笑む。

「春樹くぅん、それは、どういうことですか?」
「鈴本さんは、今でもお袋に遠慮するでしょう? だからです」
「…そ、そりゃ…遠慮しますよ…。だって、真北先輩は…」
「…親父は、もう居ないんですよ」
「居なくても、人の心には居るんです」

力強く言う鈴本に、春樹は言葉を失った。

「…す、すみません…」

春樹の表情を見て、鈴本が謝る。

「私にだって、そのように…」
「仕方ありませんよ…俺の癖ですので…」
「…鈴本さんは、変わりませんね。…昔…親父の側に居た頃から。
 そうやって、色々な人に優しい…。…俺は変わったから…」

そう言って、春樹は、湯飲みに手を伸ばした。

「自分が何をしたいのか…時々、解らなくなってきた。
 そして、自分が何者なのかも…」
「春樹くん…」
「これって、やはり、あの時の傷の影響かな…」
「それは、自分の事を考えられないくらい、春樹君が
 周りの事を考えて、そして、動いているからですよ。
 誰の為ですか? 阿山組の夫婦の為?」
「……これからの世界の為。生まれてくる子供や、
 これからの世界を背負う子供達の為…それが、
 俺達、大人の役目だから」
「時には立ち止まって、振り返る事も必要ですよ」
「今は、立ち止まれない。…走り出した所だから」

静かに言う春樹。

「春樹くん。……本当に無茶しないでくださいね。任務でも
 上からきつく言われてるんですから」
「ふふふ…もっと、激しくなりますよ」
「…春樹くん……本当に先輩そっくりですね」
「親父より、大人しいと思いますけど…聞いてますよ、
 笹崎さんから」
「………先輩以上かと………」
「……そうなんですか…」
「えぇ…」

呆れたような返事に、春樹は項垂れた。

「…でも、鈴本さん」
「はい」
「ありがとうございます。ご心配頂けるなんて、嬉しい事です」
「春樹君は、私たちにとっても、大切な存在だから」
「…大切…ですか…」
「えぇ」

鈴本は、お茶を飲む。

「それなら…」
「ん?」

春樹の言葉に、鈴本は耳を傾ける。

「……もっと…激しくしてもいいのかな…」
「っと、それは、困りますよぉ……」
「一つ、新たな提案…してみようっと」
「新たな提案? まさか、今以上の…」
「まぁ、そうなります」

平然と言う春樹に、鈴本は不安を感じる。

「ご心配なく。…私は、本当に不死身ですから」

更に不安を感じる鈴本。

「兎に角、お袋と…芯のこと…お願い致します」

春樹は深々と頭を下げる。

「春樹くん…。…解りました。だけど、本当に…」

頭を上げた春樹の表情を見た鈴本は、それ以上、何も言えなくなった。
その表情こそ、亡き先輩・真北良樹そのものだった。
鈴本は、その表情には弱い。
軽く息を吐き、そして、言った。

「無茶だけはしないこと。約束ですよ」
「はい」

春樹の返事は、とても素直に感じるもの。
鈴本は心配ながらも、春樹に任せる事を決意する。

料亭の廊下で春樹と別れた鈴本は、料亭を出たその足で、『山本家』へ向かっていった。
山本家の近くを歩いていると、後ろから声を掛けられる。

「鈴本さん!」
「芯くん。今帰りか?」
「はい。でも、これから、道場です」
「そっか、忙しいなぁ」
「これくらい、大丈夫ですよ! どちらに?」
「芯くんとこ」
「…お袋……もしかして…」
「そうです…」
「それを早く言って下さいよ!!!」

そう言って、鈴本を放ったらかしにして自宅に向かって駆けていく芯。

「…って、芯くん!! 待って下さいよぉ」

慌てて追いかける鈴本だった。


山本家
芯は玄関の扉を勢い良く開ける。

「お帰り、芯」
「お母さん!!! 退院は未だ、先だとお聞きしてますよ!!」
「元気なんだもぉん。あら、鈴本さん、どうされたんですか?」
「お母さんを心配して、来て下さったんです。……もぉ〜」
「本当に元気なのにぃ」

夕飯の準備と思ってキッチンへ向かっていた春奈。良いタイミング(?)で玄関の戸が開いたことに、驚きながらも明るく迎えていた。

「夕食は、私が!」

芯が言う。

「今日は道場でしょ? 早く準備して、行きなさい」
「お母さん〜」

なんだかんだと言って、芯は春奈の言葉には逆らえない。項垂れながらも二階の部屋へと向かっていく。

「あの子ったらぁ。いつまでも」
「春樹くんもですよ」
「鈴本さん!」
「大丈夫です。芯くんには、聞こえてませんから」
「あの子は地獄耳ですよ」
「そうだった…」
「それに、誤魔化せない年齢になってきましたよ」
「以後、気を付けます」

…春樹くんの言うとおり、俺…弱いなぁ。

そう思いながら、ふと二階を見上げる。芯が道場へ行く準備を終えて、降りてくるところだった。

「鈴本さん、今日は終わりですか?」
「三日ほど休暇をもらったよ」
「そうですか。それなら、お母さんをお願いしても…」
「その予定ですよ」
「いつもありがとうございます」

芯は丁寧に頭を下げる。

「お母さん」
「なぁに、芯」
「あまり無茶すると、兄ちゃんが怒って出てくるよ」
「…芯……」
「では、行ってきます! 帰りは八時になります」
「気を付けてね」

芯は元気よく駆け出した。春奈と鈴本は芯を見送り、そして、家へ入って来る。

「やはり聞こえていたんですね」
「芯の事だから、恐らく、春樹があの世から…って思ってるわよ」
「そうですか…」
「…学校前の話…あの日、春樹は芯に何を吹き込んだのかしら…」
「…と言いますと?」
「あの日以来、春樹に対する芯の考えが変わったの」
「変わった?」
「春樹は、生きている…そう言っていたのに、今は、さっきの言葉のように
 あの世にいる春樹がやって来る…って」
「あの時は、阿山慶造も居ましたし、周りの目もあったので、
 詳しく聞けなかったんですよ。…ただ、春樹君の心配そうな
 表情が印象に残って…」
「いつまでも、影で見守ってるからねぇ、春樹は。暫く顔を見せるなと
 言ってあるけど…あの子の事だから、…守らないだろうなぁ」

流石、春樹の母。
春樹の行動はお見通しだった。

自宅前に来ない、学校前に現れない。
そう言ったにも関わらず、その後も時々、春樹は、誰にも気付かれない場所で、春樹や春奈の様子を伺っていた。





阿山組組本部。
庭で、慶造とちさとが、語り合っていた。
かなり大きくなったお腹に、そっと手を当てる慶造。

「元気かぁ?」
「さっきも暴れてたわよぉ」
「どっちだろうな」
「男の子でも女の子でも…元気な子なら…」
「そうだな」

お腹の子が、暴れる。

「おぉっ!」

手を当てていた慶造は、驚く。

「元気だなぁ」
「あなたに返事をしたんですよ。元気です! って」
「言葉も解るのか…すごいや」
「……で、あなた」
「ん?」

慶造の返事は、弾んでいる。

「ふふふ! あなた、顔が…」
「………すまん…」

滅茶苦茶緩んでいる慶造の表情を見て、ちさとは、笑っていた。

「ちさと、何だよ」
「この子は、真北さんに任せるつもりなの?」

うっ…。

痛いところを突くちさと。慶造は、口を尖らせた。

「その表情…益々、真北さんに似てきたわよぉ。…で、返事はぁ?」
「そ、そりゃぁ、俺が父親だから、俺が……当たり前だろ?」
「そうですよ。…あなたとの時間が少ないからって、こうして、
 真北さんが、わざわざ作って下さるんですよ。その為に、
 真北さん……」
「解ってるよ。真北の気持ちは、充分解ってる。感謝してるよ。
 まさか、あれ程、動いてくれるとは考えもしなかった。俺達を
 利用するだけ利用して、それで、自分はおいしいところを取る…。
 そう考えていたからさ…だから、俺…あいつを困らせようと
 無茶していたんだけどな、なのに、あいつは…」
「何事に対しても、真剣になさる方なんですよ、真北さんは」
「そうだな。…平穏な日々が続いているから、安心してるよ」

慶造は微笑んだ。

「そうですね」

ちさとも微笑み、そして、お腹に手を当てる。

「この子の為…。そうおっしゃったそうですよ」
「…この子の為に?」
「えぇ。先日、笹崎さんと一緒に食事なさったでしょう。その時に
 真北さん、珍しく酔いが回ったそうで、お話したそうですよ」
「…真北は、どんな思いを隠してるんだろうな。…笹崎さんにだけ
 話すって…なんだか…」
「笹崎さんを取られた気分でしょぉ?」
「…ん? まぁな。昔は、俺に包み隠さず話してくれたのにな」
「この世界から、離れた方ですよ。あまり巻き込んでは駄目でしょう?」
「そうでした。…笹崎さんとは、普通の付き合いをするべきだよな」
「えぇ。初めて逢った時とは、全く違うんですから。今では
 立派な料理人ですよ」
「嬉しい事だよ…」

ちさとの言葉が嬉しかったのか、慶造の表情は綻んでいた。

その時だった。

「…うっ……」

ちさとが青ざめる。

「ちさと、どうした…?」
「…あなた…………」
「ま、まさか…」

ちさとの表情が、痛みで歪む。

「山中っ! 美穂ちゃんを呼べっ!!! 早くしろっ!!!」

慶造の慌てふためく声が、本部内に響く。

「ちさと、ちさと、大丈夫か? ちさとっ!」

痛みを我慢しながらも、ちさとの表情には喜びが感じられる。

新たな命が誕生することに…。
この世界を新たなものへ導く、第一歩を踏み出すために。



(2004.9.2 第四部 第二十四話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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