任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第二十七話 晴れ渡る秋の空

自然豊かな天地山。
その麓にある街で、今、血生臭い事件が、幕を閉じようとしていた。



天地組組本部。
男の叫び声が、辺りに響き渡っていた………。

「親分っ、親分!!! うわぁ〜っ!!」

天地組組幹部兼殺し屋である、原田まさ。真っ赤に染まった腕で、親分である天地の体を抱き寄せた。天地の首は、力無く、だらりと垂れていた。
しっかりと腕の中で抱いている天地の体には、腕が一本しかなかった。
日本刀を鞘に納める音が、微かに聞こえた。
それは、この事件の幕を閉じようとする音だった。
日本刀を納め、高鳴る鼓動を抑えるかのように、大きく息を吐いたのは、阿山組四代目組長の阿山慶造。その隣には、慶造と共に行動をしている真北春樹の姿もあった。
慶造と春樹は、まさの行動を見つめていた。
まさは何を思ったのか、天地の体を横たわらせ、溢れる血を止めようと応急手当を始める。
誰が見ても解る。
天地は息を引き取っている。体に流れる血が全て出たと言っても過言じゃないだろう。それでも、まさは、手を止めずに、手当てをしていた。

「……おい、原田」
「なんだよ!」

春樹の呼びかけに、狂ったような声で返事をする、まさ。耳に飛び込んできた音で、現実に引き戻される。

「…サイレン…」

呟く、まさに、春樹が静かに応える。

「あぁ。近所の誰かが呼んだんだろうな。…兎に角、ここから去るぞ」
「…嫌だ…。親分を置いて…俺……。まだ、助かるかもしれない…」

まるで子供のような口調で、まさが言う。

「……原田…。お前の気持ちも解るが、どう見ても助からないだろ?」
「助かる……まだ……」
「お前が息の根を止めたんだろ? …解ってるのに…」

春樹の言葉で、まさの心の闇が弾き飛ばされた。

「…そうだ…よ…な…。……親分……」

サイレンが近づき、ブレーキの音が聞こえた。

「原田、去るぞ」
「…俺は……行かない……」
「駄目だ。お前も来い! 約束だろうが」
「……俺………この手で…」
「いいから、来いっ!」

天地の体から引き離すように、春樹は、まさの腕を引っ張った。そして、まさを抱きかかえるように腕を回し、その場を去っていく。
真っ赤に染まった廊下と壁、そして、窓ガラス。
そこには、既に息を引き取った天地の体が横たわっていた。
赤色回転灯が、辺りを真っ赤に染めていく。その中を縫うように、春樹達の乗った車が去っていった。



車の中。
後部座席に座った、まさ。その隣には、春樹が座っていた。

「真北、大丈夫なのか?」

助手席に座る慶造が、心配そうに尋ねる。

「あぁ。後は、任せてある」

そう応えながら、春樹は、隣に座るまさに目をやった。
まさは、震えていた。

「原田、大丈夫か?」
「…阿山慶造が尋ねるのは、あんたの体のことだろが」

震える声で、まさが応える。

「…はぁ?」

春樹は、何の事だ?と言わんばかりの表情をしていた。

「フッ。流石、医者の端くれだけあるな。…こんな状況で、ましてや
 そんな心境なのに、真北の怪我の事を考えるとはな…」
「……ここでは、無理だが、後で診てやるよ……」

消え入るような声で言った、まさは、膝を抱えて、顔を埋めてしまった。

「四代目」

運転している修司が、顔を曇らせる。

「どうした、猪熊」
「…この先で検問している様子ですが…真北さん…」
「この状況だと怪しまれる可能性は大きいな…」

まさの体は血で染まり、天地を斬りつけた慶造の体も真っ赤に染まっていた。それを隠すかのように、秋物のコートを羽織っているが……。
案の定、車は検問所で停められた。

「原田、動くなよ。慶造も、猪熊さんもですよ」

静かに言って、春樹は車から降りた。
検問所に居る警官達に近づき、何かを話し始める。その様子を、まさは、じっと見つめていた。同じように慶造と修司も見つめていた。

「………あいつは、恐怖感というものを持っているのか?」

慶造が呟いた。

「こういう状況でも、落ち着いてるな…」
「まぁ、あいつの立場が、そうなるんだろ」
「…真北…大丈夫なのか?」

まさが、言った。

「どっちだ? 怪我か? あの状態か?」

慶造が反対に尋ねる。

「あの状態…それに、立場…とは?」
「奴のことなら、嫌と言うほど聞かせてやる。今は、真北に任せておけ」
「あぁ」

春樹は、検問所にいる立場が上の者と話し始めていた。その表情は、真剣だった。
少し顔を歪めたことを、まさは見逃さない。

「医療セット、あるのか?」
「軽い傷に対するものしか所持していない」
「解った…」

まさの眼差しが変わる。

「慶造、本当に良いのか?」

修司が言った。

「何が?」
「真北さんに任せて」
「……いいんだよ。それにしても……あの世界に似つかわしくないな」

警官と親しげに話す春樹を見つめながら、慶造が、そっと言う。

「こっちの世界の人間…といっても過言じゃないよな。
 ………慶造……だから、任せているのか?」
「……まぁ……なぁ」

春樹が、駆けて戻ってきた。後部座席に乗り込む春樹に、修司が声を掛ける。

「何か遭ったんですか?」
「天地組の原田の行方を探してるらしい。近所の人達が、やくざ風の男に
 連れ去られた原田を心配してるから、こうして検問をしてるんだとさ」
「天地組は、ご近所さんには、神にも近い存在なのか?」

慶造が、まさに尋ねる。

「近所付き合いというのは、大切だろが」
「そっか…。それじゃぁ、心配で仕方ないよなぁ。
 …しかし、原田の姿は……既に、この世から消えた…」

慶造は、そう言いながら、後部座席に振り返る。

「俺は……死んだ事になってるのか?」
「行方不明にしておくよ」

まるで、先の事が解るような口振りで春樹が言う。

「…真北…あんた…」

まさは、何かを言おうとしたが、口を噤んだ。真北の額が、汗で輝いている。

「猪熊さん、出してくれ」
「はい」

春樹の言葉で、修司はアクセルを踏んだ。
それと同時に、まさの手が、春樹の服をめくった。

「!!!!」

春樹は、まさの手を拒むような仕草をし、そして、誰も寄せ付けないという表情を見せた。

「…開いてますよ…」
「うるさい」
「痛みもあるはずです」
「大丈夫だ」
「早く治療しないと、悪化します」

まさは、春樹の傷口を服の上から押さえた。

「触るなっ! ……っっ!!!」

まさの腕を払い、怒鳴る春樹。その途端、春樹は呻き声を上げてしまう。
まさに押さえられた場所に、血が滲み始めた。

「真北」
「大丈夫だと言ってるだろが…」

慶造に怒鳴る春樹。
もちろん…。

「これ以上、力を入れない方がいいですよ!」
「修司、急げ」

まさの声と慶造の声が重なる。修司は、後部座席の様子を伺いながら、アクセルを踏み込んだ。
車はスピードを上げる……。





阿山組本部・ちさとの部屋。
ちさとが、優しい眼差しで、何かを見つめていた。
嬉しそうに微笑む。
その表情が慌てたようなものへ変わる。しかし、それは、笑顔へ変わった。

「…もぉ〜、栄三ちゃん」
「はい?」

ちさとが見つめる先では、生まれて二ヶ月経った真子をあやす栄三の姿があった。その姿が、あまりにも滑稽だったのと、真子を抱きかかえる仕草が、何となく心配だったこともあり、ちさとの表情がコロコロと変わっていたのだった。そして、ちさとに声を掛けられた栄三の、すっとぼけた返事に、ちさとの笑いは更に……。

「ふふふふ!! 危なっかしいんだけど……楽しいんだから!」
「ちさとさぁん……俺、危なっかしいですか?」
「えぇ」
「…おっかしいなぁ。健の時も、こうだったけどなぁ」
「小島さんから聞いてるわよぉ。…ひやひやしてたって」
「親父…それなら、早く言ってくれって……。……かわいいなぁ〜」

真子を見つめていた栄三の表情が、とろけていく。

「やっぱし、女の子って、かわいいよなぁ」
「駄目ですよ、栄三ちゃん」
「襲いませんって」
「あのねぇ〜」

真子が、栄三の腕の中で眠り始める。

「……って、お嬢様ぁ〜寝ないで下さいぃ〜」
「寝る時間だから、仕方ないわね…それとも、もっと遊びたかったの?」
「はい」
「真子の時間も大切にしてね」
「心得てます」

栄三は、ベビーベッドに真子を寝かしつけ、そして、そっと布団を掛ける。側にある猫の置物に手を伸ばし、スイッチを押した。

ハタ、ハタ、ハタ、ハタ………

猫は、手に持っている団扇を仰ぎ始める。団扇の風が、真子に柔らかく当たっていた。
秋といっても、まだ、暑さが残っているこの年。団扇の風で、なんとか暑さを吹き飛ばしていた。

「小島さんに頂いたこれ…、本当に役に立つわぁ。ありがとう」
「親父の手作りですからねぇ」
「ほんと、いつも凄いですね。…栄三ちゃんはどうなの?」
「こういうのんですか?」
「色々な物を作る事…出来るの?」
「まぁ、それなりに。でも、細かい事は、俺よりも健ですよ」

少し、寂しげな表情になる栄三。

「…健ちゃん…元気にしてるの?」

ちさとが、優しく尋ねる。

「こないだ、お袋の仕事場に手紙が届いた。近々、舞台に上がるってさ」
「頑張ってるんだね」
「俺、楽しみなんですよ。健の姿が画面に映る日」
「霧原さんも一緒なの?」
「……それが……。やはり、気にしてて…」

霧原は、人目を避けるように生きていた男。
春樹の計らいで、表で安心して過ごせる立場になったものの、やはり、人の目に付くような場所には、出たくないようで…。健がいくら誘っても、師匠に当たる男に促されても、頑として自分の心に秘めた事を貫こうとしていた。

自分のしてきたこと…。それを考えると、人の前に姿は……。

「霧原さんって、真面目な方なの?」
「どうでしょうか…。自分の仕事に対しては、一途ですね」
「…それなら、健ちゃんとの仕事にも一途のはずよね…」
「そうですね………。……あっ!」
「ん?」
「健より、上手いんだ…」
「……なるほど…それで、遠慮を…」
「健……まだまだなんだろうなぁ」

栄三は、天を仰ぐ。何か思ったのだろう。優しく微笑んでいた。

「私…楽しみだな」

ちさとも微笑む。
ちさとに目線を移した栄三は、その微笑みから目を反らすかのように、目線を真子に移した。
真子は、笑いながら眠っている。

かわいいぃ〜。

真子の頬を、ちょっぴり突っついて、栄三は立ち上がる。

「何か飲まれますか?」
「今はいいわ、ありがとう。私も寝ようかな…」
「…やはり、起きておられたんですね」

慶造、春樹、そして、修司たちが、東北へ向かったのは三日前。
恐らく今頃は…。
そう考えると、心配のあまり、ちさとは眠れなかった。うつらうつらと眠ることはあっても、ちょっとした物音で目を覚ます。
芯から眠れない日々が続いていた。

「四代目が戻られたら、すぐにお知らせ致します。だから…」
「あの人の事は、心配していないの」
「ほへっ?!??」
「真北さん…」
「あっ、はぁ…そうですね。…あの傷で、向かったと…お袋、怒ってましたから…」

治療を終え、ゆっくりと寝ていると思っていた春樹の姿が、本部の医務室から消えていた事に気付いたのは、慶造達が東北に向かって一時間経った時だった。

「美穂さんも苦労するわねぇ」
「……お袋の怒り…四代目が戻られるまでに納まってることを祈ります」
「無理かもぉ」
「姐さぁん。お袋の怒り…本当に、恐いんですよ!!」
「知ってますよ」
「姐さぁん」
「では、栄三ちゃん。……私、本当に寝ますよ」
「はっ。では、お休みなさいませ」

深々と頭を下げ、栄三は、ちさとの部屋を出て行った。
ちさとは、真子を抱きかかえ、自分のベッドに寝かしつけた。
その隣に身を沈めた途端、ちさとは、深い眠りに就いた。

真北さん……無理してないかしら……。





天地山の麓から、かなり離れた場所にある高級ホテル。
その地域こそ、天地組の縄張りの隣に組を構える地山一家が仕切る場所。
天地組の縄張りでは、血生臭い出来事があったというのに、ここでは、そんな事は微塵も感じさせない程、穏やかな時間が流れていた。


春樹は、フッと目を覚ます。
少し固めのベッドに寝転んでいる事に気付く。そして、上半身は裸。腹部に感じていた痛みは、全く無く……。

病院…にしては、高級感があるよな…。

辺りを見渡していた春樹は、ドアが開いた音に気付き、顔を向ける。

「目を覚まされたんですね。調子はどうですか?」

綺麗な姿になっている、まさが、そこに居た。春樹に、そっと近づいて脈を計る。そして、布団をめくる。

「………どうなんだよ…」
「少しばかり悪化してます。熱も上がってますよ」
「それで、なんとなく………、そうじゃなくて、お前自身だよ、原田」
「私ですか?」

ガーゼの交換をしながら、まさが尋ねる。

「あぁ」
「……今は、…あなたの事が心配ですよ」
「本当に、お前は医者の心得があるんだな」
「仕事の為に学んだ事ですよ」

まさの手さばきを見つめる春樹。

「流石だな…」

まるで、あいつを見てるようだな…。

フッと笑った春樹。

「どこか、痛みますか?」
「いいや。…今は大丈夫だ。……慶造は?」
「隣の部屋で猪熊と話し込んでますよ」
「そうか。…出掛けてないよな」
「地山親分が、来られるそうです」
「それなら、俺も、こうしちゃ……」
「駄目です。あと二日は安静に」

起きあがろうとする春樹を抑えつける、まさ。

「あと…二日?」
「あれから丸一日経ってます。…その……」

何か言いたげな表情になるまさを見て、春樹は、まさの心境が解ったのか、優しい声を掛けた。

「原田…もう忘れろ…」
「…忘れられることですか…?」

春樹の言葉を遮るように、まさが口を開く。

「………私は、この手で……この手で…大切な人を…」
「守ったんだろ?」
「…命を……奪ったんですよ……」
「命を奪うことで、守ったんじゃないのか? それに…お前は生きろ…
 そう言われただろ? 馬鹿な事を考えているんじゃないだろなぁ」
「真北…聞いていたのか?」
「聞こえただけだ」
「あの雑音の中ですよ? それに、あの時、親分は呟いただけなのに…」
「地獄耳…そう言われた事、あるよ…」
「その通りですね」

ちょっぴり微笑んだまさ。春樹は、その微笑みに何かを感じたのか、体を起こし、力強く言った。

「お前は、絶対に生きろ。そして、足を洗え。…あの日が最後にしろ、
 その手を真っ赤に染める事を。…いいな、原田」
「真北……さん……」

春樹の言葉が、一つ一つ胸に刺さる。まさは、感極まって、唇を噛みしめた。
頬を涙が伝って、床に一滴落ちた。

「真っ赤に染めるのは、最後にします。…この仕事を始めた時から、
 そして、親分と約束した時から、そう決めていたから…。だけど…」

まさは、両手を見つめた。

「だけど……俺……」

これから、どうやって生きていけば…。

グッと拳を握りしめ、そして、目を瞑った。
瞼の裏に、天地の笑顔が残っていた。そして、真っ赤に染まった体で、優しく微笑んだ、その表情も……。
まさの目から溢れる涙は、停まらない。
春樹は、まさの手を掴み引き寄せ、そして、まさの体を腕に包み込んだ。

「生きるんだ」

春樹の声が、まさの耳の奥にこびり付く。
気が付くと、まさは春樹の胸に顔を埋めて、声を出して泣いていた。
春樹は、子供をあやすような感じで、まさの背中を優しく叩いていた。


二人の様子を隣の部屋で伺っていた慶造と修司は、お茶を飲みながら、何も言わずに時間を過ごしていた。

真北は、敵を味方に付ける術を持ってるんだな…。

お茶を飲み干す慶造は、椅子の背もたれにもたれかかり、そして、大きく息を吐いた。



その夜、春樹の熱は更に高くなる。
慶造が隣の部屋からやって来た。

「どうだ?」

側に付いている、まさに声を掛ける。

「まだ、下がりません…」

消え入るように応えた、まさは、春樹の額に滲む汗を拭き取った。

えっ?

その手を掴まれた、まさは、思わず身構える。
春樹が無意識に、自分の額に手を近づけた者へ威嚇していた。

「警戒しとけよ」

慶造が言う。

「警戒?!」
「蹴りと拳が飛んでくるぞ」

慶造の言葉と同時に、その通りの行動を起こす春樹。まさは、簡単に避けていた。

流石だな…。こいつの無意識の攻撃を簡単に避けた。

慶造は、まさの行動を、観察するかのように見つめていた。
春樹の無意識の攻撃は、一向に止まない。まさは、先読みするかのように避けている。そこへ修司がやって来た。春樹の腕を抱え込むように押さえ込み、ベッドに押し倒した。
春樹は抵抗する。

「原田、麻酔あるか?」

修司が尋ねる。

「ある。…しかし…」
「この際は気にするな。こうなった時は使っても良いと、真北さんから
 きちんと許可を取ってある。…早くしろ! これ以上は無理だ!」
「あ、あぁ」

修司の言葉に従うように、まさは麻酔を用意し、春樹の体に打ち込んだ。

「……って、効き目ありませんよ!!」

普通なら直ぐに眠りに就くはずの量。しかし、春樹の体は免疫が出来ているのか、通常の量では麻酔が効かない様子。

「二人分と言うの…忘れてた…すまん!」
「す、すぐに」

まさは、二本目を用意し、そして……。
春樹は、深い眠りに就く。その寝息を耳にした修司とまさは、安堵のため息を吐いた。

「一体、どういう方ですか…この真北って男は」
「得体の知れない男だ」

まさの言葉に、慶造が素早く応える。落ち着いた春樹を見つめる慶造達。

「…慶造、そろそろ戻らないと…」

修司が言った。

「真北がこれじゃぁ、無理だろが」
「処理が残ってるんだぞ。それに、今は…」
「解ってる。剛一くんと栄三ちゃんじゃ心配か?」
「心配はしていないが…姐さんの事が…」
「そうだが、真北も一緒じゃないと、余計に心配する」

ふくれっ面になりながら、慶造が言う。

「あの…真北さんのことなら、私が…」
「原田も心身共に疲れてるだろが」
「私は大丈夫ですよ」
「それでもなぁ。お前……」
「生きる…そう誓いましたから」

そう応えた、まさの言葉は力強かった。

「そうか…地山親分にも頼んでおこうか?」
「私一人で大丈夫ですよ」
「真北のこの状態だぞ。さっきのような状態になったら…」
「攻撃、見切りましたし、対処の方法も解りましたので、ご安心を」
「そうか……。でも…」
「………お子さん…お待ちじゃないんですか、阿山親分」

まさの言葉に、慶造は苦笑いをするが……。

「そんなに、俺を追い出したいのか?」

怒りを抑えた感じで慶造が言う。

「えぇ。仕掛けたのは、親分でしたが、あのように壊滅されたことに対しては、
 俺……怒りは納まってませんから。…俺こそ、無意識で、あなたを襲って
 しまうかもしれません。…俺の動き…御存知ですよね?」
「あぁ。嫌と言うほど体が覚えてる」
「もう…この手を赤く染めたくありません。…親分の血の感覚が残っている
 この手を…他の者の血で染めたくない……」

親分の温もりを忘れない為に……。

まさの思いを悟ったのか、慶造はそれ以上、何も言わなかった。

「解った。俺と修司は直ぐにでもここを発つ。真北を頼んだぞ」
「完全回復するまで、時間が必要ですね」
「どれくらいになる? こいつの体は普通に考えるなよ。阿山組の事件…
 知ってるよな…門の前で刑事達がやられた事件だ」
「えぇ」
「その時の生き残りが、こいつだ。生死の境を彷徨った男は
 一週間も経たないうちに、動き回っていたぞ」
「……全身打撲ですか?」
「内臓の損傷も含めて考えろ」
「…熱が下がって傷口が塞がれば、大丈夫ですが…」
「迎えはよこす」
「小島は止めて下さい。息子の栄三、俺を狙ってるでしょうから」
「まぁ、言えてるな。修司、どうする?」
「………一人で帰る……」

春樹が呟いた。

「げっ……」

慶造、修司、そして、まさの三人が、その呟きに驚いたのは、言うまでもない…。

「三日……」
「解った」

春樹の呟きに驚きながらも、まさが応え、そして、慶造が納得する。
春樹の体は、確かに、普通に考えない方がいい…。
そう思った、まさだった。



慶造たちが天地山を後にしたのは、朝焼けの時間。まさは、見送った後、春樹の部屋へと戻ってきた。
春樹は目を覚まし、ベッドに腰を掛けて、今にも立ち上がろうとしている所だった。

「まだ、駄目ですよ!!」
「熱は下がった。傷も塞がってる」
「しかし、関東へ戻るには、体力が足りませんよ。お一人で帰るんでしょう?」
「あぁ。………それくらいは、解ってる。…事後処理が必要だろ?」
「それは、阿山慶造が地山親分と一緒に終わらせてます」
「警察は?」
「…あなたの任務…お聞きしました。鈴本という方が納めたそうです」
「そうか……」

安心しきったように、春樹はベッドに寝転んだ。

「今日一日、大事を取ってください。この部屋からは出ないように」

まさは、念を押す。

「うるさい…。それより、原田、落ち着いたのか?」
「いいえ」
「慶造を追い出した気持ち…解ってる。…俺は追い出さないのか?」
「あなたは、何もしていませんから」
「それでも、俺は敵だろ?」
「敵は…俺自身です」

まさが言う。

「自分自身が敵?」
「心から飛び出しそうな、もう一人の自分を抑える事…今は、それで
 精一杯なんです」
「その割りには、自然と医者としての行動に出るんだな…」
「俺は医者じゃありませんよ。免許を取る前に辞めましたから…。
 医学の心得は、自然と身に付いた事。それは、携わった者なら
 自然と……。でも、俺は…もう…医者には……」
「なれるよ…」

そう言って、少し寂しそうな表情を見せた春樹は、それを誤魔化すかのように、窓の外を見つめた。

「良い天気だな…」

春樹の呟きに、まさも窓の外を見つめる。

「そうですね。…あの日の事が、まるで夢のような…」
「夢だったら…」
「…現実でしたから……」

沈黙が続く。

「俺は、一日ここに居るから。原田、お前は体を休めておけ。
 これからが大変だろうからな。忘れたか?」
「足を洗う…」
「あぁ。それに、あの時の話を受け入れたのは、原田自身だろ?」

あの時の話。
それは、まさを連れ去った後の事。とある部屋で、一計を講じた。殺し屋・原田まさの命を奪ったように見せかけ、そして、天地の力を弱らせ、血を流さずに天地組を解散させること。
しかし、その行動は、慶造の暴走によって、最悪の事態になってしまった。
今まで納めていた怒り。それが、天地を目の前にした途端、慶造の心から飛び出してしまった。それを停められなかった春樹。血を流さない事を約束したはずなのに、慶造は…。
春樹自身も慶造を停められず、最悪の事態になったことを悔いていた。
熱にうなされていた時、無意識に攻撃をしたのは、恐らく、慶造に対しての怒りだったのかもしれない。

「なぁ、原田」

春樹が口を開く。

「はい」
「……心休まる場所……知らないか?」

春樹が弱々しく尋ねていた。




天地山の頂上は、とても涼しく、そして、壮大な自然を肌に感じる事が出来る場所。
大自然を見下ろせる場所に、春樹とまさの姿があった。

「…すっごいな…」

自然に魅了された春樹が、やっとのことで言葉を発した。

「何も考えずに、この景色を見つめていると、心が休まります。
 自然の壮大さに、自分がちっぽけに感じるんですよ…。
 俺…仕事の後に襲ってくる何かから逃げる為に、いつもここで
 こうして、見つめていました」
「…殺しの仕事…嫌だったのか?」
「嫌ですよ。命を奪う仕事…好き好んでする訳ないじゃありませんか」
「辞めようとは思わなかったのか?」
「辞められるなら、すぐに辞めてました。俺の親父だって、望んでいなかった。
 俺に、この技を教えながらも、躊躇って…。だけど、あの日……」
「慶造から聞いたよ。慶造が四代目を継ぐことになった日の後だったよな」
「はい。…あの日の小島の動きは、未だに覚えてます。…俺を見て躊躇っていた」
「それなのに、どうして、小島さんを?」
「この世界の…常識でしょう?」
「………なるほどな。…俺は、それが一番嫌いなんだよ」

春樹の言葉は、ずしりと重い。

「親分の為…殺しの仕事の為……。その為に、医学を学んだ。
 いかに簡単に命を奪えるのか、苦しまずに…あの世に行けるのか。
 その為の勉強だった。だけど、その事が、俺の思いを変えた」
「命を奪ったように見せかけて、実は生かしておく……か。
 ちさとさんの部屋でのお前の行動…不思議に思ったよ。
 今まで、そうだったのか?」
「そうしていた。しかし、ここ数ヶ月、奪っていたよ」
「関西……だろ?」
「親分の命を狙っていたからね」
「関西を引っかき回したのは、殺しの原田…か」
「今でも落ち着かず、抗争は続いているそうですね」
「あぁ」

春樹は、空を見上げた。
雲一つ無い秋の空。
自然と寝転ぶ春樹は、ゆっくりと目を瞑った。

「体調、どうですか?」
「痛みも無い。…流石だよ……医者になれぇ〜」

力無く言う春樹。思わず笑い出した、まさだった。

「…真北さん」
「あん?」
「俺……これから、どうしたらいいんですか?」
「天地組幹部・殺し屋原田は、死んだ。これからは普通の男…原田まさ。
 そういうことだ」
「俺の事…知ってる者が多いですよ?」
「俺の事、知ってるだろ?」
「特殊任務に就く刑事…」
「いいや、事故で記憶を失って、やくざに助けられた恩を返すかのように
 やくざと共に行動する真北春樹…元刑事だよ。…世間は、そう言ってる」
「俺にも、そうであれ…と?」
「…阿山組の者に連れ去られ、記憶を無くすまで攻撃を受け、山の中に
 捨てられていた所を地山親分に助けられた……だろ?」
「親分の死…組の壊滅を知らずに、普通の男として…生きる……。
 俺……出来るかな…」

不安げな口調のまさ。そんなまさに、春樹は、ちらりと目線を移し、そして、優しく応えた。

「お前なら、大丈夫だよ。…出来るって」
「でも…」
「自信を持てぇ〜」

春樹の手は、まさの頭を思いっきり撫でていた。

「ちょ、ちょっと、真北さん! 止めて下さいよぉ。俺、子供じゃないんですよ!」
「いいんだって」

優しく微笑みながら、春樹が応えると、まさの表情にも笑顔が現れた。
温かな雰囲気。
ほんの少し前に起こった血生臭い事件で、自分を失いかけていたとは思えない、まさの表情。恐らく、心のどこかでは、あの生活から解放されたいと思っていたのかもしれない。

自分を一流の殺し屋として育てた親分を、約束とはいえ、手に掛けた事。
それは、原田まさの重荷となるが、その世界に終止符を打つきっかけとなった行動。
複雑な思いを抱きながらも、なぜか、心は晴れている。
まるで、頭上に広がる真っ青な秋の空のように……。



(2004.9.20 第四部 第二十七話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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