任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第三十二話 勢いは止まらない…

水木組組員が二人、見回りをしていた。
それは、いつもの行動。水木組の『縄張り』を荒らす者が居ないか、一般市民に迷惑を掛けていないか…それを確認するため。組事務所の近くにある商店街を歩いている時だった。

「……おい、あの男…」
「ん? どれ?」
「ほら、そこ…子供服んとこ」

組員がさりげなく目線を送る店。そこに似つかわしくない男性が三人。その中の一人が、女性と子供服を手に取りながら、何やら真剣に話し込んでいる。別の男性は辺りを伺うような雰囲気で、キョロキョロしていた。

「あれって、阿山組系の松本やん。何してんやろ」
「孫でも出来たんか?」
「一緒におる奴…見掛けない顔やな。…一般市民に
 見えへんけど……兄貴に報告か?」
「そうやな。俺、見張っとくで」
「あぁ」

一人の組員が、人混みに紛れるように近くの事務所へと向かっていった。残った組員は、子供服の店へと少しずつ近づいていく。



子供服の店の中。
春樹と松本の妻が、あれやこれやと子供服を選んでいた。

「まだですかぁ」

業を煮やしたのか、栄三が嘆く。

「五月蠅いなぁ、もぉ。栄三も選べよ」
「俺が選んだら、アニマル柄ですけど、よろしいんですか?」
「それは、駄目だなぁ」
「それなら、聞かないでください。…だけどさぁ、真北さぁん」

栄三の声が聞こえないのか、春樹は真剣。

「まだ、掛かりそうですね」

落ち着いている松本が、落ち着きの無い栄三に優しく声を掛ける。

「松本さぁん、どうしてこの街なんですか? ここって、水木組の
 縄張りですよね。…それに、さっきから、あの男…」
「私の顔を知ってるんで、仕方ありませんよ」
「一人は何処かへ行ったし…」
「水木にでも連絡してるんでしょ」
「悠長に…」
「一般市民には、手を出しませんよ」

にっこり微笑む松本に、栄三は呆れ顔。

「流石、元笹崎組の組員…。敵地でも臆しない…か」
「そういう栄三さんこそ、警戒心ありませんね。
 流石、小島家の人間」
「お褒めにあずかり、光栄です…………って、真北さん」
「あん?」
「それ……買いすぎです」
「そうか?」
「荷物持ちは嫌ですからね」
「……ばれたか…」

両手一杯に子供服を持っている春樹に気付いた栄三。レジへ向かう前に引き留めていた。

「三つにしてください」
「十…」
「四!」
「……七……」
「……五」
「けち…。真子ちゃんの分だぞ」
「解ってますよ。何も大阪でたくさん買わなくても…」
「それもそっか。…でも、安い…同じようなデザインでも
 向こうじゃ倍の値段だぞ」
「そりゃ、そうですけど……五」
「…解ったよ…ったく…」

ふくれっ面になりながら、たくさんの服の中から五つだけ選んで、レジへと向かう。

「栄三ちゃん、はめられたわね」
「へ?」

松本の妻が話しかけてくる。

「真北さんは、始めっから、あの五つを選んでたわよ」
「………本当に、訳解らん人だな……」

素敵な笑顔で店員と話している春樹を見ながら、栄三が呟いた。

「お待たせぇ」

嬉しそうに言う春樹。

「まだあるんですよぉ、ここで長居する事ないでしょ」
「……栄三が行きたい所は一つだろ。すぐそこなんだろ?」
「はぁ…今日……って、真北さん、知ってたんですか…」
「出番に間に合うって」
「解ってますけど……」

ふてくされる栄三。
栄三が珍しく本当に落ち着かないのは、大切な弟の舞台を見たい為。大阪に滞在する時には、松本の所に世話になろうと決めたのも、栄三だった。
松本なら、大阪の全てを把握しているだろう…。そう思っての行動。
そんな栄三の心が解っているのか、春樹が子供服を選ぶのに、思いっきり時間を掛けたのは、栄三を苛立たせる為…我慢強さを確かめる為でもあった。

「じゃぁ、行こうか。松本さん、お願いします」
「はい。すでに、息子が向かってますから」
「よろしいんですか? 勉強に差し支えるのでは?」
「そこまで真剣にならないと駄目な成績じゃ、私の跡目は
 無理ですよ」
「お話を聞く限り…厳しい世界なんですね」

春樹は、興味津々に尋ねていた。
医者の世界、刑事の世界、極道の世界、そして、教師の世界。
それぞれの世界の事は知っているが、建築の世界は、未だ経験が無い。

「真北さんは、色々な事に興味をお持ちなんですね。昨夜は本当に
 参りましたよ。細かなところまで尋ねられるとは…」
「色々な事を身につけたい年頃ですからね」

春樹達が店を出た時だった。

「おや、松本さん。こちらで何を?」

水木組組長の水木龍成が声を掛けてきた。

「おはようございます。水木親分こそ、見回りですか?」

にこやかに話しかける松本。春樹と栄三は、さりげなくサングラスを掛ける。

「そちらのお二人は?」

静かに尋ねる水木。

「大阪見学ですよ。今日は寄席の方へ」
「そうですか。お笑いの大阪…楽しんでってや」

春樹と栄三は軽く会釈をし、松本夫妻と去っていく。四人の後ろ姿を見つめ続ける水木は、春樹達を見張っていた組員に尋ねる。

「誰や?」
「栄三と真北という名前が聞こえました」
「…小島の息子と…例の刑事か…。本当に見学か?」
「私の事に気付いてないようでした」
「松本が一緒だから、警戒してないんだろうな。あくまでも
 一般市民として扱えということか…。…おい、例の事、調べたか?」
「もう少し掛かります」
「すぐに仕上げろ。九州からの途中だとしたら、話を持ちかけてくる
 可能性がある。…こっちは、こっちで対処しないとな。…天地組の
 事もあるからな…。解散に追い込まれたら、それこそ、この街が…」

水木は、商店街を行き交う人々を眺める。
楽しそうな笑顔が輝いていた。

もう、真っ赤に染めたくはない…。

思い出す天地組との抗争。
青虎組の跡目争いも絡んで、激しさが増し、水木の父だけでなく、犬猿の仲である須藤、そして、大阪のキタの街を仕切る川原や藤までも、巻き込まれてしまった。それぞれが跡目を継ぎ、自分たちの街を守ろうと、話し合いを進め、平和を取り戻しつつある今。
阿山組の行動…。
天地組を潰したのを皮切りに、全国制覇を目指して動き始めたとの噂。弱小の組が、阿山組の傘下になり、阿山組は徐々に巨大化していく。下層の組では、争いが絶えない。その火の粉が飛ぶ勢いで、舞い始める。
阿山組は、更に恐れられ始めた。
そんな矢先の春樹と栄三の行動は、情報に長ける水木組が、いち早く知る事になる。

「ふぅ〜」

大きく息を吐く水木。

「兄貴…」
「ん?」
「………やりすぎです」
「ほっとけ。しっかし、俺を参らせる女は、おらんのか?」
「西田組のお嬢さんとの仲は、進展しないんですか?」
「…桜お嬢さんか…。俺を参らせてくれるんかなぁ」
「兄貴は、好きな女…おられないんですか?」
「一つに絞れと言うんか?」
「すみません………。…それで…今からですか?」
「暫く、おらん」
「それなら組の方をお願いします」
「お前らで大丈夫だろが。親父の時から…」
「そうですが、そろそろ組の仕事を覚えてください」
「やなこった」

そう言って、水木は人混みに姿を消した。

「兄貴っ!! ったく…素早い…」
「しゃぁないかぁ。俺らで…」
「…ちゃうって。兄貴の単独行動や!! 追いかけるで」
「あぁ」

二人の組員は、水木が向かった場所に心当たりがあるのか、人をかき分けて、走っていった。




水木は、寄席の劇場前に来ていた。入り口が見えるが人目を避けられる場所に身を隠す。

寄席に何の用事だろな…。

松本の行動を気にする水木。普段は一般市民を装っている松本だが、須藤からの情報では、手が付けられないほどの暴れん坊との事。その男は、阿山組系の者。水木達の行動は、逐一報告しているかもしれない。
煙草に火を付けた時だった。
水木を追いかけて来た組員が、水木の姿に気付き、歩み寄ってきた。

「兄貴。単独行動は慎んで下さい。兄貴が居なくなったら、
 俺達じゃ、谷川と対立出来ませんよ…」
「気にするな」

煙を吐き出す水木。

「松本の事ですか?」

組員の質問に首を縦に振った。

「阿山が何を考えているのか…。なぜ、九州の親分衆の所へ
 会いに行ったのか…。そして、中国地方、四国地方…ここ…。
 やはり全国制覇を考えての視察なのかな…」
「兄貴…もし、そうだとしたら、迎え撃つんですか?」
「そのつもりや。まぁそれは、松本の行動次第やけどな…」

静かに言った水木。寄席の会場から大拍手が聞こえてきた。その後、ぽつぽつと客が出てくる。水木は、客の一人一人に目を光らせていた。しかし、松本達は出てこなかった。

一応、人混みを警戒してるということか…。

一般市民とはいえ、松本は極道。それを知っている同業者が狙う事もある。

「兄貴!」

組員の一人が、指を差す。
そこは、関係者が出入りする場所だった。その扉から出てきたのは松本夫妻、春樹、そして、栄三と…。

芸人?!??




「もぉええって。兄貴、顔出すなぁ」

健が照れくさそうに栄三に言う。

「ええやろがぁ。弟の舞台を生で見たいんやもん」
「だからって、何も一番前におらんでも…。照れるやろ!」
「俺の姿みて、一瞬躊躇うなんて…まだまだだな」
「まぁ、それをネタにする健もすごいなぁ」

春樹は、感心していた。

「真北さんまで、来るとは…もしかして、四代目も?」
「いいや。俺と真北さんの珍道中の途中」
「そうかいな」

そう応えた健だったが、二人が何を目的で一緒に行動しているのかを把握していた。

「大阪に来たんやったら、お前のコント見るのん当たり前やん」
「おかんには言わんといてや」
「ちゃぁんと報告するで」
「あかん! 頂点に立ってから」
「解った解った。……それより、健」
「ん?」
「霧原さんの方が、上手いで」

栄三の言葉に、健はカチン……。思わず拳を振り上げていた。それを停める霧原。

「健ちゃん、人が見てるって」
「解ってるよぉ」
「ファンが殺到する前に退散せな!それに次の舞台」

霧原の言葉で芸人魂が目覚める健。

「ほな、兄貴。気ぃつけや」
「健もがんばれよ。霧原さん、お世話になります」

兄貴らしく声を掛ける栄三。

「真北さん、兄貴に影響されないで下さいね」
「俺の方が真北さんの影響を受けてるって…うごっ…」

春樹の逆拳が、栄三の腹部に突き刺さる。

「松本さん、例の件、お待ちしてますから」
「息子が張り切ってるからね」
「例の件?!」

やばいことなのかと、瞬時に考えた春樹が尋ねる。

「松本さんの仕事ですよ。ここの建て替えとか…」
「健ちゃんのおかげで、仕事が増える一方で、
 嬉しい事ですよ。期限は守りますので、そうお伝えくださいね」
「はい。…おっと、時間だ!! では、失礼します」

二人は深々と頭を下げて、楽屋へと戻っていった。
ちょっぴり名残惜しそうな表情をする栄三。

「テレビでたっぷり観る事出来るだろ?」

春樹が優しく声を掛ける。

「そうですね。…さぁてと。松本さん、他には?」

気を取り直して、栄三が言った。

「食事ですね。何がいいですか?」
「そりゃぁ、ここでしか食べる事出来ないやつ! 真北さん、
 よろしいですか?」
「あぁ。俺は何でもええぞぉ」
「ほな、よろしく!」
「こちらになります」

春樹達は、再び商店街を歩き出す。人混みに紛れて、姿が見えなくなった頃、水木が姿を現した。

「あの芸人…今、人気急上昇の若手ですよね。…身内でしょうか…」
「さぁなぁ。…全国に渡って行動しとる小島家の人間や。
 顔が広いだけやろ。…それより………」
「それより?」

深刻な表情の水木を見て、二人の組員は息を飲む。
次に出る言葉で、自分たちの今後の行動が決まる……そう思うと、緊張していた。
…が、

「ほんまに観光か…」

ガクッと来る二人。

「さて。俺も寄席を見るとすっか」
「って、兄貴っ!!」

水木達は、顔パスで寄席の会場へと入っていった。





阿山組本部。
慶造は、勝司から報告を受けた。大きく息を吐き、考え込む。

「四代目、どうされますか?」
「………向こうの出方を見るしかないな…。取り敢えず見張っておけ」
「はっ」
「真北と栄三は?」
「今日は名古屋辺りにおられるかと…」
「もうそこまで来てるのか……。流石、真北の行動は早いな…」
「途中、戻ってくるでしょうか…」
「戻るに決まってる。真子の様子を見に……」
「そうですね。もしかしたら、真子お嬢様の方がお忘れになってたりして…」
「それはないだろうな。…真北のことを話すと、嬉しそうにはしゃぐからなぁ」

なんとなく嫉妬っぽく感じる言い方に、勝司は安心していた。

「さぁてと」

何か楽しみにしている事があるのか、慶造の目が輝き始める。

「その…四代目…申し訳ないのですが、まだ書類が残ってます」
「山中に任せる」
「残りは、四代目のサイン待ちですが…」
「……ったく…」

嫌気が差す眼差し。勝司は、思わずたじろぐが…。
ドアが開き、修司が勢い良く飛び込んできた。

「お待たせしましたぁ。次の書類です」
「……修司…」
「ん?」

慶造の目の前に、たくさんの書類を並べていく修司は、慶造の言葉に耳を傾けず…。

「解ってて、やってるだろ」
「知ってて聞くな」
「あのなぁ〜」
「……仕方ないだろが。真北さんに行動を停められてたら、
 俺の仕事が無いだろ? そうなるとだな…」
「だからって、こっちに精を出すなっ」
「四の五の言わずに、さっさとサインしろっ!」
「……うがぁっ!!!!」

雄叫びをする慶造だった。




「真子ちゃんには、剛一が付いているから、安心しろ」
「あのなぁ、それはするなと言ってあるだろが。それに剛一君は
 勉強に忙しいんだろ?」
「今日は休みだし、息抜きになるってさ」

慶造と春樹は、組関係の書類に目を通しながら、話し込んでいた。二人の会話を耳にしながら、勝司は二人の側で、二人の行動を一つも逃さず見つめている。

「真子の相手が息抜き? まだ、一歳にもならない子供相手だぞ?」
「子供相手なら、弟で慣れてる」
「そっか。……八造くんは、どうしてる?」
「相変わらず鍛えてる。学校に行くのが億劫みたいでな、
 家で勉強して良いかと言ってきた」
「億劫?」
「煩わしいみたいだよ。集団で何かをするというのが嫌なんだろうな。
 末っ子だろ。自分の時間というのを持てなかったみたいだな」
「ふ〜ん。…修司、これは却下」
「ん、どれだ? …あぁ、それか。それは、真北さんに言ってくれ」

修司の言葉に、慶造の眉間にしわがよる。

「なんで、真北が絡んでるんだよ」
「だから、真北さんに聞いてくれ」
「…解ったよ。じゃぁ、これと、これと……」

慶造は、たくさんある書類の中から、かなりの枚数を取り除き、別の場所に置いていく。その行動を見ていた修司は、慶造が取り除いた書類に再び目を通し始める。

「これは違うだろが。慶造の仕事。これとこれもだ!」
「真北でもいいだろ」
「あのなぁ。真北さんは、お前以上に事務処理嫌いだろが」
「始末書刑事だから、慣れてるだろ」
「駄目だ。動けない分、慶造がやれ」
「…………嫌だぁ」

そう言って、書類を部屋中にぶち撒いた。天井近くまで舞い上がった書類は、ふわふわと舞い降りてくる。床に落ちる前に、修司が全て回収する。その素早さは、目にも留まらない程…。

「慶造…、真子ちゃんの所に早く行きたいんだったら、さっさと終わらせろ。
 ガキじゃないんだからな……」

修司のオーラが変わる。

「…わ、解ったよ…」

修司の怒りが爆発する前に、慶造は急いで書類にサインをし始める。

始めっから、しておけ…。

軽く息を吐きながら、慶造がサインした書類を見直して、まとめていく修司。勝司は、解らない所があったのか、修司に尋ねる。修司は、優しく応え、そして指導していく。

「……なぁ、修司」
「ん?」
「真北の奴…本当に行うつもりなのか?」
「例の事か?」
「あぁ」
「その為に鹿児島から行動を始めたんだろ?」
「これからの為…。そう言って、栄三を引っ連れて、張り切って
 出て行ったよなぁ。…最低でも一ヶ月かかる…ってな」
「まぁ、来週くらいは一度戻ってくると思うよ…」
「…俺、参加しないぞ」
「慶造…」
「俺は、ただ自分の為に動いてるだけだからさ…」
「気付いてないだけだ」

寂しそうに言った慶造を、元気づけるかのように、修司が言う。

春樹が全国を回り始めたのは、慶造の為。
益々巨大化していく阿山組の頂点に立つ慶造が、何かの拍子で本能が目覚めてしまい、慶造が目指す『世界』が益々遠ざかってしまうのではないか…。そう考えた春樹は、阿山組の噂を絶つために、全国の親分衆と逢い、顔つなぎを兼ねて、話し合いをしようとしていた。
しかし、逢うたびに耳に入る阿山組の噂…。

銃器類を体の一部のように扱い、
人を人とは思わない行動を取る。
敵だと思った奴には、容赦しない。

天地組との抗争が、更に輪を掛けてしまった様子。
阿山組との抗争勃発は、死に至るとまで言われる始末。
そうなる前に、先に仕掛けようと考える組もある。
しかし……。

阿山組系の流血沙汰は、いつの間にか闇に葬られていた。
それは、春樹の立場が影響しているのだが、極道界には、何やら別の意味で解釈されてしまっていた。




春樹運転の車が、警視庁の隣・厳重な警戒が行われている門をくぐっていった。
地下駐車場に停まった車から、春樹と栄三が降りてくる。

「俺、嫌ですよ」

栄三が言う。

「気にするな」
「気にするなって、俺、これでも極道ですよ? ここに来るのは
 場違いですって」
「俺関係の人間には、この場所は、刑事も極道も関係ないって」
「ここじゃなくて、本部に直接、向かわれないんですか?」
「時間が無い」

そんな話をしながら、二人はエレベータに乗り込み、最上階にある部屋へ向かっていった。
上昇するエレベータの中。春樹が急に黙り込んだ。

「真北さん?」

気になる栄三が、声を掛ける。

「五月蠅い」

声に緊張がある……。
エレベータが最上階に到着し、ドアが開く。二人は廊下を歩き出した。

「早く済ませて、本部に一時帰宅しましょうよぉ」
「せん」

短く応える春樹。

「真子ちゃん、待ってますよ」
「解ってる。だけど、東の動きが活発化したらしい」
「そうですね」
「恐らく、西での動きを察したんだろ。阿山組が全国制覇に向けて
 激しく動き出した…そんな情報が耳に入ったのかもな」
「東北は、鳥居が抑える予定じゃありませんか?」
「鳥居は、暴れるのが好きだろが」
「そうでした」
「そこを抑える為に、更に範囲を広げないとな…」
「そうでしたか…」

上層部の部屋の前に立ち、ドアをノックして入っていく春樹と栄三。その表情は、とても深刻だった。
これからの阿山組の危険度を思わせるような、表情だった。





春樹運転の車が、街の中を走っていた。助手席に座る栄三が、一点を見つめて何かを考え込んでいた。

「どうした、栄三。何か深刻なことか? お前らしくないぞ」
「…あっ、すみません…。真北さん…東北ですけど…」
「ん? …あ、あぁ。時間短縮のために、栄三には、北海道に
 行ってもらおうと思ってるんだけどなぁ。…俺の行動は
 もう把握しただろ?」
「は、はぁ。怒りを抑えて、常に笑顔。相手の挑発に乗らずに
 さらりと流す…ですよね」
「………なんだか、馬鹿にしてないか?」
「してませんっ!」
「小島さんの行動を応用してるだけだからさ、栄三なら
 大丈夫だろ」
「まぁ、俺の得意分野ですけどねぇ〜。でも、俺…親父より
 短気ですよ? それでも安心されますか?」
「あぁ」

短く応えた春樹は、懐から煙草を取り出し、火を付ける。

「兎に角、頼んだぞ」
「……はぁ、………って、ちょっと、真北さん!」
「あん?」
「北海道を俺一人でやれと?」
「だから、さっき範囲を広げる申請しただろが」
「だから、私を連れて行ったんですか?」
「解ったなら、何も言うな」
「すみません……」

暫く沈黙が続く。
車は、関東を抜けた。

「ところで、真北さん」
「ん? 次の宿泊先で、お前との行動は終わりだからな」
「そこから、俺は一人で行けとでも?」
「嫌か?」
「せめて駅まで送ってくださいよぉ」
「解ってるって」
「…そうでなくて」

尋ねたい事を反らされた栄三は、話を戻す。

「ん?」
「真北さん」
「だから、なんだよ」
「…もしかして…高所恐怖症ですか?」

栄三の言葉に、春樹はドキリ……。

「いきなりどうした?」

誤魔化すかのように、春樹は尋ねる。

「以前から思っていたんですよ。エレベータに乗った途端、
 真北さんは口を開かなくなりますから」
「…話しにくいだろ、あの箱の中って」
「そう思いませんけどねぇ。…それに、その時の表情が
 すごく強ばってますから」
「気のせいだろ」

そう言いながら、煙草に火を付ける春樹。

「まぁ、誰しも苦手なものがあるんで、私は気にしませんけど」
「それなら、尋ねるな」
「……やはり、高所……」
「五月蠅い」

いつになく力が入った言い方に、栄三は確信する。

「……栄三」
「はい」
「お前は、今夜から、出発しろ」
「……えぇ〜〜〜っ!!!!!!!」
「俺の事を詮索するなら…の話だがなぁ」
「じゃぁ、出発しまぁす」
「……喧嘩…売ってるのかぁ?」
「売ってませんよぉ。早めの方がいいでしょうが。それに駅も近いですし」
「そうだな。…じゃぁ、頼んだぞ」

そう言って、春樹は、近くの駅に進路を変更する。
ロータリーに車が停まる。栄三が降りてきた。

「気をつけて下さいね、真北さん」
「お前こそ、無茶するなよ」
「大丈夫ですって。それではぁ〜」
「羽目外すなよ!」

駅に向かう栄三の後ろ姿に向かって、念を押す春樹。それに対しての返事は、後ろ手で手を挙げるだけの栄三。

「本当に、いい加減な奴だな…」

呟いた春樹は、車を走らせた。
去っていく車を横目で見送る栄三。

「ったく…俺に気を遣うなんて、真北さん…自分の事よりも
 人の事しか考えてないなぁ〜。もっと自分を大切に
 してもらわないと……俺達が動きにくいよ…」

栄三が、東北に対して抱くもの。
それは、父・隆栄を再起不能にまで追いやった、あの原田が居る場所に行きたくない、そして、原田に会えば、何をするか解らない自分を抑える事ができないという想い。
それを考えているうち、いつにない、深刻な表情になっていた。
それに春樹は気が付いていた。いいや、その表情を見せる前…全国を渡って行くと決めた時から、春樹は考えていた様子。
栄三は、春樹の思いを知り、感謝しながら歩き出す。
切符を買って、改札を通る。
ポケットに手を入れ、ホームを歩き出した栄三は、なぜかため息を付いてしまう。

それに…自分の本音を語らないと来たもんだ…。
そんな人の事を調べろって、…四代目も酷なお人だ…。

煙草に火を付け、電車を待つ栄三。その目は、少し離れた所に立つ女性に向けられていた。




車を運転しながら、春樹はため息を吐く。
あのまま栄三に問いつめられたら、自分の事を言いそうだった。

確かに俺は高所恐怖症だけど…。
顔に出てるのか……。

これからの行動を制御しようと、春樹は決心した。
あまり口を開かない方が、いいかな…と…。




帰ってくると思われた男が、帰ってこなかった阿山組組本部。
その日の夜、真子の泣き声が響いていたのは、言うまでもない…。



(2004.10.20 第四部 第三十二話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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