任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第五部 『受け継がれる意志編』
第四話  想いが激突!

春樹は、河川敷を歩いていた。
犬の散歩をする人、ジョギングをする人、体操をしている人…。
色々な人を眺めながら歩く春樹。

今日は、良い天気だなぁ〜。

気を張りつめる事無く過ごす時間は、何年ぶりなのか…。天地山ではのんびりしていたが、ひとたび天地山を離れると、どうしても気を張りつめてしまう春樹。
しかし、今。
なぜか、のんびりと歩いていた。

春樹は立ち止まる。そして、川面を見つめながら背伸びをした。

「ん〜っ!!! 久しぶりだな。…今日はどうしてかなぁ〜。
 こぉんな気分になるのは。珍しいだろうな…」

土手に腰を下ろし、河川敷に居る人々を一人一人チェックするように観察し始めた。
身に付いた何とやら。
こういう時でも思わず『仕事』の癖が出る。

「さてとっ」

そう言って、春樹は立ち上がる。服に付いた土や葉っぱをはたき落としてから、河川敷を離れていった。



高級料亭・笹川。
料亭の女将・喜栄が、電話で応対していた。その表情が徐々に驚きの表情に変わっていく。
そっと受話器を置いた喜栄は、駆け足で厨房へ向かっていった。

「あ、あんたっ!!!」

厨房の奥で調理中だった料亭の主人・笹崎が顔を上げる。

「今、連絡があって……鈴本さんが……」

喜栄から話を聞いた笹崎は、ゆっくりとした足取りで、隣の阿山組本部に通じる渡り廊下を渡っていった。


滅多に顔を出さなくなった笹崎の姿を見た阿山組組員は、驚きながらも元気よく挨拶をする。

「こんにちわっす!」
「こんにちは。真北さんは、ちさとさんの部屋か?」
「いいえ。外出されてます」
「どこに?」
「いつもの如く、何も告げずに出掛けております」
「…そうか……。飛鳥…来てるか?」
「はい。お呼び致します」
「いいや、居場所だけ教えてくれないか?」
「射撃場です」
「ありがとう」

そう言って、笹崎は本部の奥にある隠し射撃場へと向かっていく。
慣れた手つきで柱の一部をずらし、そこにあるスイッチを動かした。スゥッと開いた隠し扉から奥へと入っていく笹崎。
操作室へ入り、射撃場を覗く。そこには、新たな銃の状態を試している厚木と飛鳥たち幹部が居た。厚木が笹崎に気付き、飛鳥に何かを告げる。飛鳥は振り返り、笹崎に一礼した。

時間いいか?

笹崎の眼差しで、何を伝えたいのかが解る飛鳥は、頷いてから射撃場を出て行った。
射撃場の前で笹崎と会った飛鳥は、声を掛けてくる。

「おはようございます。親分、どちらに?」
「いつまで、親分と呼ぶんだよ…ったく」
「す、すみません」
「ちょっと運転頼めるか?」
「はっ」

笹崎と飛鳥は隠し射撃場を後にした。



飛鳥運転の車が、街の中を走っていた。

「真北さんが立ち寄りそうな場所は、見当が付きませんね。
 四代目も悩んでおりますよ」
「…俺は見当が付くけどな…」
「おっしゃる場所は高校ですよ? それも進学校ですね。
 そちらに、真北さんが?」
「何も聞くな。言った道を進んで行け」
「はっ」

飛鳥は、笹崎に言われた通り、車を走らせる。角を曲がった時だった。
すぐ目の前を春樹が歩いてくる。

「親分!」

飛鳥は車を端に停める。笹崎は車が停まると同時に降りて、春樹に駆け寄った。

「笹崎さん」

いきなり目の前に現れた人物を観て、驚いたように声を挙げた春樹。

「真北さん……」
「どっち?」
「任務の方です」
「…!!!!」

阿吽の呼吸で交わす言葉。笹崎は春樹を車に招き入れる。

「飛鳥、警察病院に急げっ」
「…!!! って、親分、なんで、警察病院なんですかっ!」
「文句言うなっ、一刻を争うんだよ!」
「だったら、何ものんびりと…」
「うるさいっ!!」

久しぶりに耳にした笹崎の怒鳴り声。
飛鳥は、懐かしく想いながらもアクセルを踏み込んだ。

真北さん関連でも、…行きたくない場所だよな…。

ルームミラーでちらりと後部座席を観た飛鳥。
春樹は深刻な表情で一点を見つめていた。




警察病院の裏口に車を回した飛鳥。車が停まると、春樹が笹崎に声を掛けた。

「帰りは、大丈夫ですから。ありがとうございます」
「真北さん、待機しておきますよ」
「しかし、ここは…」

警察関連の場所に、やくざが所有する車が停まっている事は関係者の目の色が変わってくる。春樹は、その事を心配していた。

「それに、慶造の方を…飛鳥、頼んでいいか?」
「はい? …それは…」
「俺の行き先は、内緒ってこと。いつものように散歩に出たとでも
 伝えておいてくれるか?」
「は、はい」
「忙しいところ、ありがとう。笹崎さん、ありがとうございました」
「……気をつけて。それと、無茶をしない事」
「それは、解りませんね…」

笑顔でそう応えた春樹は、裏口のドアを開けて病院内へ入っていった。

「帰るぞ。飛鳥、すまなかったな」
「いいえ。私はいつでも動けるようにしておりますので。
 その……」

アクセルを踏みながら、笹崎に尋ねる。

「一体、何が警察内部で?」
「それは、言えないな…」
「……すみません…」
「ただ……」
「…はい?」
「……真北さんが、無茶な行動に出そうな雰囲気だけは言えるよ…」
「四代目に……」
「先が見えるだけに、伝えて欲しくないんだが…」
「真北さんの事は、四代目に言われている事ですから…」
「……仕方ないか。…それとなく、やんわりと伝えてくれよ」
「……どのように?」
「それは、自分で考えろって」
「親分〜」

嘆く飛鳥だった。



春樹は、警察病院内のICUに駆けていく。
ICUの前に居た男達が足音に振り返った。

「真北さん!!」

男達は、特殊任務に就く者達。

「鈴本さんの容態は?」
「もう、助からないと…」
「……話し……できるんですか?」
「真北さんをお待ちです。早くっ!」

促された春樹は、ICUへと入っていった。


医者と看護婦が深刻な表情で、患者の隣に立っている。春樹の姿を見た途端、ベッドの側に来るようにと手を招く。春樹は、ベッドの側に立ち、そこに横たわる患者の耳元に顔を近づけた。

「真北です」

患者は、うっすらと目を開け、声が聞こえた方へ目をやった。

「……春樹君………」

患者は、鈴本だった。春樹の顔を見た途端、目から涙が溢れる。

「鈴本さん…」
「ごめん……。敵……無理だった……」
「……それは、私の…」

鈴本は、震える手で、春樹の手を握りしめた。

「…もう……これ以上は……。更に力を……蓄えている…」
「何もしゃべらなくていいです…鈴本さん…」
「うっ……」

鈴本が呻いたと同時に心電図が乱れ始めた。医者が、鈴本の容態を診る。

「…春樹…君……」
「はい」
「……春奈さん……芯くん……。……なく……て、…ごめ………ん」

言葉が途切れる。その様子で、春樹は覚悟を決めた。

「ありがとうございました。……後は、私が」

春樹の言葉は耳に届いているのか、鈴本は首を横に振る。

「私………頼ん………で……。だ……から……、春樹…君は…
 安心……して………」
「鈴本さん?」
「……無理……するなよ……、な」

一定の音が聞こえてきた。
医者が臨終を告げる。
鈴本の手を力一杯握りしめる春樹。

後は……俺が……。

春樹は、鈴本の手を胸の上で合わせる。そして、医者と看護婦に一礼した後、ICUを出て行った。待機していた男達の一人が、春樹の前にやって来る。
鈴本の下で働いていた男だった。

「真北さん。鈴本先輩から預かり物が…」

そう言って、一冊の手帳を差し出した。
それは、かなり使い古され、表紙はボロボロになっていた。

「これは?」
「ここに運ばれる前に、真北さんに渡してくれと…」

手帳をそっと受け取る春樹。そして、中を確認した。

……これって……。

そこに書かれている文字に懐かしさを感じた春樹。その文字は、手帳の三分の一を過ぎた辺りで、雰囲気が変わっていた。

「……先輩は、闘蛇組関連を調べておりました。…その…真北さんの
 お父上の跡を継いで…」
「そうだよな。この手帳、始めの方は親父の文字だから…。
 もしかして、この手帳の内容は、闘蛇組関連……」
「はい」
「……相手は、闘蛇組なのか?」
「はい」
「おいっ!」
「…あっ………」

鈴本から、春樹には言うなと言われていたのだろう。春樹の問いかけに素早く応えた男に、他の男が焦ったように声を掛けていた。

「…その事は、鈴本さんに停められている。しかし、私だって、
 調べているよ。…いつでも動けるようにね…」
「真北さん…」
「鈴本さんの言いたい事は解ってる。だけど、これは俺の気持ちだから、
 仕方のない事ですよ。……狙われた時の状況を詳しく教えてくれませんか?」
「………真北。それは、お前が動かないと約束するなら、教えてやるよ」

声に振り返る春樹達。そこには、警視長に昇進した滝谷が立っていた。

「滝谷さん……」
「鈴本さんには、強く言われてる事。…真北に闘蛇組関連をさせるな。
 真北の行動が解るだけに、誰もさせたくないんだよ。あの阿山でさえな」
「……俺がどう動こうと、関係ない奴らは、黙っておけよ…」
「真北、俺の言う事が聞けないのなら、謹慎させるぞ」

上司としての言葉が出る滝谷。しかし、春樹は怖じけるどころが、反対に躍起立ってしまう。

「俺の立場は、そうならないはずですよ」
「想像できる事だ。…命を奪いかねない」
「……そう簡単に奪う訳…ないだろ?」

そう言った時の春樹のオーラこそ、誰もが寄りつけない程のもの。動きを止められるような、心臓を射抜かれるような、そんな雰囲気だった。

「お前に何かあると、哀しむ者が居るだろ? だから、させない」
「滝谷さん…」
「これらは、私たちの仕事だからな。鈴本さん同様、『仕事を取るな』だ」

自信たっぷりに言った滝谷に、流石の春樹も参ってしまった。

「しかし、この手帳は形見としてもらっておきますよ」

春樹は、鈴本から預かった手帳を懐にしまいこんだ。

「ちらりと見たところ、鈴本さん自身も単独で行動していたようですね」
「そう言われたからな。こっちも許可を出した」
「それなら、私にも…」
「真北の行動が予想されると言っただろ? 駄目だ。鈴本さんのように
 密かな行動が出来ないと思うからさ…」
「………それが、俺だ。……!!! 後は…………」

春樹は急に口を噤み、サングラスを掛ける。そして、滝谷に一礼した後、何かから逃れるかのように、その場から去っていった。

「滝谷警視長!」

呼ばれて振り返ると、そこには、春奈と芯の姿があった。息を切らしている二人。恐らく、鈴本の事を耳にしたのだろう。芯は心配顔で、滝谷を見つめている。

「芯くん……春奈さん」
「鈴本さんは? 鈴本さんの容態は!!!」

芯が詰め寄る。

「ごめん、芯くん。…もう息を引き取ったよ…」
「…えっ…………」

短く言葉を発した芯。途端に涙が溢れ、頬を伝っていった。

「お母さん!!!」

芯は、春奈にしがみつく。

「もう……嫌だよ!!! 知ってる人…みんな…失うのは
 嫌だよ!!!! うわぁ〜〜ん!!!」

高校生とは思えない程の表情で泣きじゃくる芯。春奈は芯を抱きしめて、慰めるかのように、背中を優しくさすっていた。

「泣かないように…鈴本さん、言ってたでしょう? もしものことを
 考えて、鈴本さんは、常に、芯に伝えていたよね?」
「…だけど……だけど……泣かないなんて……できないよっ!!
 どうして……どうしてだよっ!! そんなに簡単に奪えるのか?
 どうして、そんなことが出来るんだよっ!!」

芯の叫び声は、ICUから去っていった春樹の耳にも届いていた。それ程大きな声で、芯が叫んでいる。

芯……。

春樹は、わき出る思いをグッと堪えながら、病院の建物から出てきた。少し歩いた所で人の気配を感じ、歩みを停めて顔を上げる。

「慶造……」

そこには、慶造が立っていた。少し離れた所に高級車が停まっている。その前には、修司と隆栄の姿もあった。

「俺の目を誤魔化そうなんて思うなよ。こっちには、情報の通が居るんだぜ?」
「……そうだったな……」
「それで……逝ったのか?」
「……あぁ」
「大きな声が聞こえていたが、…あれは鈴本さんの身内か?」
「そうだよ」
「……相手は闘蛇組」

慶造の言葉に春樹が頷く。

「真北……。お前には、させないよ」
「慶造…」
「誰もが停めることだろ? それに、俺に考えがある。その通りにさせろ」
「させたくない」
「…お前よりは、ましだと思うが?」
「ビル一つ丸ごとぶっ壊すだけじゃなさそうだな……」
「厚木は使わない。幹部もだ。…これは、俺達で…」
「猪熊さんと小島さんも参加?」
「あぁ」
「それは…」
「お前がするよりは、幾分か、ましだ…」
「慶造……」

慶造は、春樹の肩に手を回し、車に向かって歩き出した。
まるで、春樹を逃がさないかのように……。

「…お前が怪我をしたら、誰が心配する?」
「ちさとさんと……真子ちゃん」
「だろ? だからだよ」
「それでも…」

春樹は、後部座席に乗せられる。その直ぐ後に、慶造が乗り込んできた。修司が運転席に周り、隆栄が助手席に座ると、車は走り出した。

「真北には、他にやる事があるだろ?」
「……例の会議は、慶造の仕事だ」
「誰が始めたんだよ」
「…俺」
「だからだ」

慶造の言葉に、春樹はそっぽを向いた。

「これ……小島さんの情報にあるか?」

春樹は、懐から先程の手帳を取り出し、隆栄に渡す。パラパラとページをめくった隆栄は、驚いたように声を挙げた。

「細かいですね。私の情報よりも…。これは?」
「俺の親父から継いで鈴本さんが持っていた。その後、鈴本さんが
 調べ上げたらしいよ。……あと一歩……そういうところで…」

鈴本さんは狙われた。

「その現場、桂守さんが観てきたらしい。…目を覆いたくなるような
 状態だったそうです。それこそ、真北さんが、本部の前で傷ついた
 あの日よりも、酷いと……」
「……命を落とすのも、無理ないか…」

守られた俺でさえ、重傷だったよな……。

春樹は呟いた。

「停められたんだろ?」

慶造が言った。

「その通りだ。…鈴本さんが亡くなったとなると、闘蛇組関連は
 誰も調べなくなる…」
「そうだろうな。向こうさんも手の打ちようがないよな」
「だから、俺が…」
「停められたんだろ?」
「いいんだよ」
「駄目だ」
「慶造っ!」
「うるさいっ!」

春樹と慶造は、お互い鋭い眼光で睨み合う。
今にも……と言うときだった。

「ここでは、止めて下さいね」

運転している修司が言った。

「わかってるっ! …フンッ!」

春樹と慶造は、同じように言って、お互いそっぽを向いた。

うわぁ〜同じ仕草やなぁ〜

隆栄は、そう思うと笑いがこみ上げてくる。しかし、それをグッと我慢していた。
慶造の怒りが沸々と伝わってきていたのだった。

「真子が待ってる」

慶造が短く言った。

「……すまんな…」

春樹が応える。
先程まで車内に漂っていた恐ろしいまでの雰囲気が一変する。
穏やかな雰囲気が流れ始めていた。
やはり、春樹の怒りを抑える薬は、『真子』の事だった。





高級料亭・笹川の一室で、春樹は酒を飲んでいた。

「昼間っから……」

側には、ちさとが座り、お酌をしていた。

「今日は、いいんです」

新たに注がれた酒を一気に飲み干す春樹。

「……これ以上は駄目ですよ」
「いいんです……」

静かに応える春樹。ちさとは、やれやれと言った表情で部屋を出て行った。そして、厨房に顔を出す。

「ちさとさん、追加ですか?」

厨房の料理人が尋ねると、ちさとは、苦笑い。

「私が用意しますから、気になさらずに」

そう言って、ちさとは、慣れた手つきで酒を用意する。
笹崎が喪服姿で厨房へ入ってきた。

「お帰りなさいっす!」

料理人達が元気よく挨拶をする。

「ちさとさん、真北さんは、紅葉の間?」
「はい。いつもの部屋で、今日は飲んでますよ」
「仕方ない事ですが…」
「その……お見送り…終わりましたか?」
「無事に終わりました」
「…そうですか…」

酒をお盆に乗せ、ちさとが手に取ろうとした時だった。笹崎が代わりにお盆を持っていた。

「後は、私が」
「飲み比べですか? それだと足りませんね…」
「これで終わりにしますよ。ぶっ倒れたら、真子ちゃんが怒るでしょう?」
「はい」

ちさとが、かわいらしく返事をした。


紅葉の間の戸が開いた。

「…ちさとさぁん、……次…………」
「続きは、私ですよ、真北さん」
「笹崎さん………。終わったんですね…」
「えぇ」

優しく返事をして、春樹の前に座る笹崎は、酒を注いだ。

「これだけ飲んだら、終わりですよ」
「……真子ちゃんに怒られますからね」

春樹が言った。それには、笹崎が驚いたような表情をする。

「何を考えてるんですか?」
「…これからの事」
「お二人の…ことですか?」

笹崎の質問に、春樹は暫く何も応えない。酒を一口飲み、そして、テーブルの上に置いている煙草を口にくわえて、火を付ける。ゆっくりと煙を吐き出して、何かを抑えるかのように俯き、そして、目を瞑った。

「…これからは、俺が見守るべきですね…」
「姿を見られて困るのは、真北さん自身ですよ?」
「それでも、俺が……。お袋の体調もあまり思わしくないし…。
 芯の奥底に眠るモノも気になるし……」

煙草を挟んでいる手でお猪口を軽く持ち、飲み干す。笹崎が新たな酒を注いだ。

「今日は飲まないんですか?」
「仕事中ですからね、私は」
「すみません…お付き合いして頂いて……」
「お気になさらずに」

笹崎の言葉に、春樹はそっと微笑んで、酒を飲む。

「慶造さんが気になさってますよ。あの後、桂守さんに何を頼んだんですか?」
「……秘密」
「後で、殴り合いになっても知りませんよ」
「お気になさらずにぃ〜」

少しふざけた口調で春樹が言った。

酔いが回ってきましたね…。

ちらりと口元がつり上がった笹崎。
どうやら、酒に何か細工をしたらしい。

「……凄く泣いていた少年が居ました」

静かに語り出した笹崎。春樹は、耳を傾ける。

「その少年の眼差し……。とても鋭くて…」

春樹の心臓が高鳴る。

「許せない…そんな雰囲気でした」

沸き立つモノを抑える春樹は、煙草を勢い良くもみ消した。

「でも…、その眼差しには、途轍もない優しさが含まれてました」
「優しさ?」
「えぇ」

笹崎は、春樹に酒を注ぐ。

「…真北さんの弟さんでしょう? …そっくりでしたから」
「そっくりですか…。そんなに私に似てましたか…」
「近寄りがたいのに、優しさを感じる。………真北さん」
「はい」
「あなたは、慶造さんに、何を求めているんですか?」

春樹は、ゆっくりと手を伸ばし、お猪口を手に取る。そして、酒を飲み干した。テーブルにお猪口を置いた春樹は片肘を突き、笹崎を見つめた。
にっこりと微笑む。

「お酒に、何を入れました?」
「…おや、お気づきですか」
「えぇ。味が変わった事…解りますからね。…それに…」
「ん?」
「何も応えませんよ。私のここに秘めているものは、誰にも…」

春樹は、心臓の辺りに親指を立てている。

「私にもですか?」
「特殊任務に就くよう勧めて頂いた。そして、慶造に協力するようにも
 言われた。…何かあれば、相談しろ…そうお話も頂いた。…だけど…」

春樹は、酒を注ぐ。最後に一滴がお猪口に落ちる。

「もう、誰も失いたくないから…。これ以上、人の哀しい表情を
 見たくないから…」
「…と言う事は、今まで以上に無茶をする……と?」
「えぇ」

春樹は、一気に飲み干した。お猪口を置いた音に、春樹の決意を感じた笹崎は、それ以上何も言わなかった。
春樹が、テーブルに突っ伏して、すやすやと眠り始めたのだった。

「だけど、哀しい表情を見せるような行動だけは、駄目ですよ」

優しく言った笹崎は、春樹の肩に側にある上着をそっと掛けた。
春樹の目から零れた涙に気付いた笹崎は、そっとそれを拭い、静かに部屋を出て行く。
廊下で待機していた従業員に、何かを告げ、厨房へ向かっていく。従業員は、阿山組組本部への渡り廊下を歩いていった。

芯……お袋……。
これからは、俺が……。俺が……。

春樹の思いは、二人に届くのか…。




阿山組本部の屋敷に大きな物音が響き渡った。
誰もが驚き、音が聞こえた方に目をやる。

げっ…もしかして、四代目と真北さん……。

組員や若い衆、そして、門番が、同じ事を考える。
そこは本部にある会議室。
先程、帰ってきた春樹の表情は、怒りの形相。
慶造の居場所を下足番に尋ね、そのまま会議室に向かった春樹。
幹部会の真っ最中。深刻な面持ちで話し合っていた幹部達は、突然の怒鳴り声と共に勢い良くドアが開いた事で、身構える。
ドアの所には、春樹が立っていた。
怒りの形相で、上座に座る慶造だけを睨み付けていた。
春樹は、目の前のテーブルを放り投げ、慶造の席までツカツカと歩いていく。慶造の前にあるテーブルまで放り投げた後、慶造を見下ろした。

「…俺の言いたい事……解るよな……」

地を這うくらい低い声で春樹が言う。

「何のことだ?」

小馬鹿にしたような言い方をする慶造。

「お前…あれ程…」
「それは、俺達に任せろと言っただろ?」
「……手打ちだと?」
「あぁ。…向こうが言ってきたんだぞ」
「承諾したのか?」
「こっちの世界では暴れないと条件付きだ」
「それなら、向こうだと暴れるということだな」
「そう解釈できる」
「…向こうが危険だろが…」
「それは安心しろ」
「………動けないようには…しないんだな」
「あぁ。取り敢えず、こっちで利用する。それからだ」
「俺が動く」
「させないと言っただろが」
「慶造ぅ〜〜っ……」

春樹の体が、プルプルと震え出す。
怒りが噴火する前触れ……。
側に居た修司が、春樹を停めようと立ち上がった時だった。
春樹は、慶造の胸ぐらを掴み上げ、壁に慶造を思いっきり押しやった。
春樹の行動の方が、早い…。
慶造は背中を強打するが、春樹の行動を予測していたのか、驚きもせず、ただ、春樹を見つめるだけだった。

「慶造……お前…。それだと、お前の思いは…」
「だから、これからの行動を見るんだよ。それでも遅くないだろ?」
「………遅いんだよっ!!!!」

叫ぶ春樹は、慶造に拳を向けた。
ヒョイと避けた慶造。春樹の拳は、壁に突き刺さっていた。
床に壁の破片が、パラパラと落ちた。

「…桂守さんに、何を頼んでいたんだよ」

今度は慶造が尋ねる。

「ほっとけ」
「放っておけないから、尋ねてるんだ! 応えろよ! そして、これ以上
 俺に隠し事をするなっ!!」

慶造は、春樹の腕を思いっきり払いのけ、春樹に拳を突き出した。
春樹は、その拳を避け、慶造に蹴りを見舞う。
まともに受けた慶造は、壁に飛んでいく。

「四代目!!! 真北さんっ!!!」

修司が声を張り上げるが、それは既に遅し。
二人は、殴り合い、蹴り合いを始めてしまった。
その勢いは凄まじく、誰も止めに入れない。ただ、二人の動きを見つめるだけだった。
二人とも、口の端から血が滴り落ちる。
息が上がっている。
それでも、二人は手を止めない。

お互い睨み合う。

息を整えた二人は、同時に拳を突き出したっ!!!!!!!



(2004.12.4 第五部 第四話 改訂版2014.11.21 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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