任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第五部 『受け継がれる意志編』
第九話 前触れ

とある製薬会社の研究所。
白衣を着た男が試験管を持って、何やら作っている様子。

「竜次様。お電話です」
「電話? 誰からや?」
「崎様です」
「ん〜、ありがと」

竜次は、試験管を片手に持って、もう一つの手で、受話器を取った。

「はいよ。…もしもし、何や? 次の作ってるけどぉ。
 もう少し待っててやぁ」
『驚く情報ですよ。例の傷を治すと言われる能力、実在します』

崎の言葉に、竜次の表情が変わる。

『居るんですよ。その能力を持つ人物が。海外ではなく、日本に』
「日本には既に居ないと、例の冊子に書いてあっただろ? 何処だ?」
『阿山組ですよ』
「……はぁ? 崎ぃ〜、大丈夫か? 阿山組に居るって、組員か? それとも…」
『あの真北が、その能力の事を調べているらしいので、それとなく
 尋ねてみたら、大切な人が…と言ったそうですよ』
「…真北の大切な……人?」

竜次は、受話器を握りしめる。

「兎に角、詳細な事を知りたいから、戻ってこい。その阿山組と
 一戦を交えるつもりらしいぞ」
『四代目……何を考えて…』
「さぁ、それは、俺には解らん。ここんとこ、研究室に入り浸ってるからさぁ、俺」
『それでは、直接、事務所へお伺いします』
「おぉ、そうしてやってくれぇ〜。いつもありがとっ!」

竜次は、受話器を置き、しばらくの間、電話を見つめていた。

阿山組…。
真北の大切な人…。
………そいつが、能力の持ち主……?

竜次は、時計を見る。

やばっ、培養器!!

慌てて研究室の奥へと走っていく竜次だった。





黒崎組組事務所。
崎が、黒崎に一通り、報告を終えた。
黒崎は、眉間にしわを寄せ、大きく息を吐く。

「それじゃぁ、阿山組の連中を狙っても、すぐに元気になるってことだな」
「そうです。そうなると、阿山組を壊滅させることは、できません」
「阿山組を潰し、全国制覇する…。今は、組の者なら誰もが思う事。
 阿山組を倒せば、全国制覇できたも同然だと言われているからなぁ」

黒崎は、一点を見つめ、考え込んでいた。

「その能力を使うのは、誰だ?」
「その辺りが解らないのですが、真北の大切な人…ということです」
「真北の大切な人……か。多すぎて見当が付かん」

黒崎は立ち上がり、窓から外を見つめた。
そこでは、妻と息子が遊んでいる姿があった。

「ところで、竜次は、どうだった? 逢ったのか?」
「すみません。お電話にてお声を聞いただけです。しかし、
 元気そうでした。それに、研究に没頭しておりますよ」
「そうか。やっとこの世界から足を洗う気になったか…。
 あいつは、この世界に向いていないからな」

再び、大きく息を吐いた黒崎は、静かな声で、崎に尋ねる。

「未だに、例の薬……研究中なのか?」
「はっ。…サンプルが揃わない為、データーを収集するのが
 難しくなってきました」
「その事なら、竜次が手配するだろ?」
「竜次様でも、難しいようです」
「……ったく…仕方ないか…」

いつものように、俺が…。

「サンプルを揃えておくから、竜次に伝えてくれ」
「はっ」
「それと」
「はい」
「……裏の薬は、使うな…念を押しておけ」
「御意」

崎は一礼して、部屋を出て行った。

「…傷を治す…能力…か」

ソファに腰を下ろした黒崎は、目を瞑り、深刻な表情をしていた。




年が明けた。
阿山組本部の隣にある高級料亭・笹川では、新年早々、賑やかだった。
強面の男達が大広間に集まり、新年会……。
上座の慶造は、大広間に集まった幹部達や組員達を優しい眼差しで見つめていた。
誰もが日頃、絶対に見せないだろう明るい表情、そして、笑顔が絶えない。

こいつらも、落ち着いてきた…ってとこか…。

慶造は、杯で酒を飲む。

「四代目」

隣に座る修司が声を掛けてきた。

「ん?」
「栄三が」

慶造は、後ろにある襖に目をやった。
その襖は少しだけ開き、栄三がちょこっと覗き込んでいた。
襖の向こうにある部屋では、ちさとや真子、そして、春樹、栄三、美穂…大広間の男達から隔離して、楽しみたい者だけが集まっている。慶造は、襖にもたれ掛かるような格好になり、栄三に声を掛けた。

「どうした?」
「その…お嬢様がたいくつされて…」
「お前のギャグでも無理か?」
「出尽くしました…」
「それでも、お笑いの頂点に立っている男の兄貴かぁ?」
「無理ですよっ!!」
「で、どうするんだ?」
「公園に行きたいそうです」
「………ちさとと真北は?」
「お二人ともお酒が入って……」
「………馬鹿が……」

項垂れる慶造。

「気をつけろよ」
「はっ。ありがとうございます」

栄三は、そっと襖を閉めた。慶造は、何事も無かったような表情で、料理を口に運び始めた。
組員達が、芸を始める。
慶造は、おぼろげながらも、それを見つめていた。

「…いいのか?」

修司が静かに尋ねてくる。

「大丈夫だろ。向こうもこの時期は忙しいだろ?」
「まぁ、そうだけどなぁ」
「…ん? 栄三に不満か?」
「いいや、……慶造が不機嫌なオーラを醸しだし始めたからさ…」
「…怒ってるのは、真北の行動っ!」

襖が跳ねる。

『うるさいっ!』

どうやら、襖の向こうの春樹が、拳をぶつけた様子。

「お前も行けよ!」
『……………嫌われたくないぃ〜』
「ったくっ! 真子に何をした?」
『……後で話してやる。お前は、そっちで愛想をふりまけ。
 そろそろ挨拶に来るだろがっ』
「……解ってるっ」

そう言うと同時に、慶造の前に幹部達が若い衆を連れてやって来る。
新年の挨拶を兼ねて、新たに組に加わった若い衆や傘下の組長を紹介する。
慶造は、毎年、これが嫌だった。
しかし、組長の立場上、断る事はしなかった。
相手を見極める事も大切。
素性を隠して潜り込む輩が後を絶たない。
春樹からの忠告もあった。

「宜しくお願い致します!!」
「程々にな」
「ありがとうございます!!」

元気に挨拶をする若い衆。
慶造は、厳しい眼差しを見せながらも、優しい声で語りかけていた。

ふと、目線を移した。
ずらりと並ぶ幹部達…。

はぁ〜。これだけ、続くんだなぁ〜。はぁ〜。

と思いながらも、慶造は受け答えしていた。




「本当に、嫌なんだな」

襖の向こうに感じる、嫌気オーラに、春樹は笑っていた。

「それなら、みなさんを呼ばなかったらいいのに」

ほろ酔い気分のちさとが言う。

「一人一人が尋ねてくるよりも、こっちの方が楽……って気付いた途端、
 毎年、これだもんなぁ〜。……宴会が好きなだけだろ?」
「そうかもぉ〜」

春樹は、料理を口に運ぶ。

「……栄三ちゃん…大丈夫かしら…」

ちさとが、心配そうに言うと、

「大丈夫だって。栄三だろ?」

いい加減そうな応えが返ってきた。

「もぉ〜、真北さんったらっ!!」

ふくれっ面になるちさとに、春樹は、微笑んでいた。




阿山組本部の近くに高級車が、阿山組を監視するかのように一台停まっていた。 本部の門から出てきた二人を見つめる目があった。



真子の手を引いて、栄三は本部近くの公園へ向かって歩き出した。
栄三は、何かを感じ、歩みを停めた。

「えいぞうさん、どしたの?」
「いいえ、何も」

栄三が目を移した先、そこは、素敵な笑顔を向ける真子だった。鋭い目つきが、真子を見た途端、とても優しい眼差しに変わる栄三。

「まきたん、おこるかな…」
「怒るよりも、寂しがるでしょうね」
「そっか!! ねぇ、えいぞうさん」
「はい」
「なにしてあそぶ?」
「鬼ごっこ、どうですか?」
「じゃぁ、えいぞうさんが、おにっ!!」
「お嬢様じゃないんですかぁ〜」
「やだもん!」

そう言って、真子はスキップし始めた。

良かったぁ〜喜んでくれて。

栄三も同じようにスキップし始める。



「…なんだ、あの二人は…」

呆れたように言ったのは、二人を車の中から見つめている黒崎だった。

「小島栄三と阿山の娘ですよ」

運転手の坂本が応える。

「小島の息子…か。俺の顔を知ってるよな」
「えぇ」
「まぁ、取り敢えず、接触しておこう。…噂が本当かどうか…だな」
「はっ」

黒崎は、帽子を被り、一般市民を装って車を降り、真子達の後を追って公園へ向かって歩き出した。



公園には、真子達の他、誰一人居なかった。

「だれもいないね」
「みなさん、田舎に帰ってるんでしょうね」
「そっか。あいさつもたいせつだもんね」
「じゃぁ、私が鬼ですよぉ〜」
「きゃっきゃ!!」

楽しそうにはしゃぎ始める真子は、栄三から逃げるように公園内を走り始めた。
真子を追いかける栄三。
逃げる真子。
二人の距離は中々縮まらない。

「お嬢様、駄目ですよ、公園を出ては!!」

真子は勢い余って公園を出てしまった。公園を出たところで、真子は、一人の男とぶつかった。

「きゃっ!」

真子は、しりもちをついてしまう。

「おぉ、御免御免。お嬢ちゃん大丈夫かな?」
「ごめんなさい。だいじょうぶ」

そう言って立ち上がり、目の前の男性に笑顔を見せる真子。

心が…和む…。

男は、真子に手を差し出す…。その時だった。

「お嬢様!! 申し訳ございません。大丈夫でしょうか?」

真子を追って公園を出てきた栄三は、男性に深々と頭を下げ、真子を抱きかかえた。

「元気なお嬢さんだね。でも、公園を飛び出したら危険だよ。
 おじさんだったから、よかったけど、もし車だったら危なかったよ」
「きをつけます。ありがとうおじさん」
「本当に申し訳御座いませんでした」

栄三は再び頭を下げる。

「お嬢ちゃん、かわいいね」
「……って、あんた、それって誘拐する雰囲気だけどなぁ」

栄三の口調が変わる。

「そんなことは…、本当の事を言っただけですよ、お兄さん」

男は、そう言って、優しく微笑む。

「勘違いされては困りますから、私はこれで。お嬢ちゃん、
 次からは気をつけるんだよ」
「はい!」

元気に返事をする真子の頭を男はそっと撫でる。そして、去っていった。
栄三は、真子を抱きかかえたまま公園へと戻ってくる。
二人の姿が公園に消えた時、歩みを停め振り返る男…黒崎。

「素敵な…笑顔だな…」

流石、ちさとちゃんの娘だけ…ある…。
あの様子じゃ、違うな…。
能力は………。

黒崎の姿に気付いた坂本は、車から降り、後部座席のドアを開けて、黒崎を迎え入れた。

「四代目、どちらに?」
「挨拶回りだ」
「かしこまりました」

車は、去っていった。




街を歩く春樹は、ふと歩みを停めた。

なんだか、やけに、着物着た人が多いなぁ……。

見上げた電光掲示板にある日付を観て、ピンと来る春樹。その足は、呉服問屋へと向かっていった。



阿山組組本部にある庭。
そこで、誰かが遊んでいた。庭に面した回廊を歩く慶造と修司、そして、隆栄は、庭では滅多に見ない派手やかさが横目に映り、歩みを停めた。

「…!!!!! 真子?!???」

驚いた慶造は、急いで縁側にやって来る。
庭では、着物を着た真子が一人で羽根突きをしていた。まだ、あどけない仕草に、慶造は微笑む。

「パパ! おしごと、おわったの?」

縁側を降りてくる慶造に気付いた真子は笑顔で尋ねてくる。

「真子、それ……どうした?」
「おきもの?」
「あ、あぁ…」
「まきたんから!」
「真北から?!???」
「かわいい?」

真子は、片手に羽子板を持って、かわいくポーズを取る。

「かわいいぞぉ〜!!」

顔が綻びっぱなしの慶造は、真子の目線にしゃがみ込んで、ゆるゆるの声で言った。

「…慶造…」

修司の声で、我に返る慶造。立ち上がり、咳払いをした。

「いのくまおじさん、こじまおじさん! こんにちは」
「こんにちは」

素敵な笑顔で修司は応える。

「こんにちはぁ〜真子ちゃん。かわいいねぇ〜」

真子の目線にしゃがみ込み、隆栄が応え、そして、尋ねる。

「……真北さんは?」
「えっとね…」
『真子ちゃん、見つけたぞぉ!』

その時、奥の部屋から春樹の明るい声が聞こえてきた……。
項垂れる慶造……。

「真子ちゃん、これで……………………………。慶造、何してる?」

軽い足取りで庭にやって来た春樹は、そこに居るのが、真子だけじゃなかった事に驚いている……。

「何してる…は、俺の台詞なんだがなぁ〜真北。これは?」
「着物」
「真子に?」
「そうだよ」
「どうしてだ?」
「今日、何の日だ?」
「…………真子には、まだ先の話しだろがっ!!!」
「真子ちゃん、喜んでるけど…」

慶造が振り返ると、そこでは、隆栄と真子がはしゃいでる姿が……。その二人を優しく見守る修司も居た。

「って、おい、お前ら…」
「別に、いいだろがぁ〜」

隆栄が言った。

「………その日と真子の着物が関係するのか?」
「街で観た成人の女性が素敵だったんでな」
「…真北……」
「ん?」
「それで、それは?」

慶造が指を差す所。それは、春樹の手にある羽子板。

「羽子板が一つしか見あたらなくてな。探してたんだ」
「正月は過ぎてるだろが」
「それでもいいだろぉ〜。慶造もするか?」
「…いや、俺は、まだ…」
「休憩、休憩!」

慶造の言葉を遮るように隆栄が言って、春樹の手から、羽子板を取り上げる。

「じゃぁ、真子ちゃん、おじさんと一緒に遊ぼう!」
「はい!」
「…って、小島っ!」
「猪熊ぁ、墨」
「は?」
「羽根突きには、墨が必要だろ?」
「まぁ、そうだけど……そこまで本格的にしなくても…」
「そりゃ、そっか。じゃぁ、真子ちゃん、始めるぞ!」
「はい!」

隆栄の張り切りっぷりに負けず劣らず、真子は元気よく返事をする。

「…って、小島さん、私が…」

呆気に取られたように、春樹が言う。

「………真北」
「なんだよ!」

うわぁ〜不機嫌…。

そう思いながらも、慶造は話し続ける。

「お前、羽根突き…できるんか?」
「バトミントンのようなもんだろ?」
「まぁ、似てるけど、ちょっと違うと思うぞ」

という慶造の話は、春樹の耳をすぅ〜っと抜けていくようで…。

「聞いてるか?」
「聞こえてる」
「…ったく…」

春樹の足は、隆栄と真子が羽根突きで遊んでいる所へと自然と向かっている。

「小島ぁ、仕事」
「あっ………。……阿山ぁ〜、もう少しぃ〜〜」
「駄目だ。戻るぞ」

慶造は庭を後に歩き出す。
そこへ、激しい足音が近づいてきた。

「四代目っ!! ……っと……」

血相を変えた組員が、慶造の姿を縁側で見つけ、その向こうに真子と春樹の姿が視野に入った途端、口を噤む。その仕草で、慶造は、その場から素早く去っていった。

「小島」
「あ、あぁ。…じゃぁねぇ〜真子ちゃん」

修司に呼ばれて、事態を把握する隆栄。一緒に遊んでいた真子に、飛びっきりの笑顔を向けた。

「こじまおじさん、おしごとだったの?」
「そうだよぉ〜。真子ちゃんが一人だったから、気になっただけなんだ」
「ありがとう、こじまおじさん」

真子は、素敵な笑顔で応えていた。

「おしごと、がんばってね!」
「おう!」

隆栄は、修司と一緒に慶造を追いかけていった。

「おしごとだったんだ」
「休憩しに来ただけだろうね」
「そっか。まきたぁん! はね! はね!!」
「あっ、はいはい」

春樹は、先程の組員の態度が気になりながらも、真子と一緒に羽根突きを始めた。
その日の夕方まで、羽根を突く音が、本部に響いていた。






それは、世間に豆まきの声が響いている日だった。

阿山組組本部・会議室。
阿山組幹部達が、深刻な面持ちで集まっていた。

「だから、気をつけろと……」

怒りを抑えたように、慶造が口を開く。扉の近くには、阿山組傘下の組長が深々と頭を下げていた。

「あいつらは、これからの事を考えて…」

その組長が、震える声で言うが、

「これからのこと? …抗争勃発を望んで…そういう事なのか?」

慶造の言葉に、その組長はガバッと顔を上げ、首を横に振る。

「断じて、そのような事は…」
「結果はどうなんだよ…」
「そ、それは…」
「…失った者の哀しみは、一番解ってる…。その哀しみを知らない奴は、
 こうして、簡単に、人の命を奪うんだよ!」

慶造は、目の前にあるデスクをひっくり返す。そして、怒り任せにそれを蹴り上げた。
蹴られたデスクは、扉付近に飛んでいく。真横の壁にぶつかったデスクの勢いに驚き、首をすくめる組長。
慶造は立ち上がり、その組長に向かって歩き出す。

「四代目っ!」

修司が慶造を引き留めようと手を差しだしたが、空振りに終わる。

「も、も、申し訳御座いません!!!」

組長は腰を抜かしたように座り込んでしまう。
しかし、慶造は扉を開けて出て行ってしまった。

慶造?!

慶造の仕草に疑問を持った修司は、慌てて追いかけていく。会議室を飛び出した修司は、廊下で春樹に羽交い締めされている慶造を見つけた。

「…やめておけ。俺に任せろって」
「…うるさい……お前には関係ない事だ」
「慶造っ! お前の考えくらい解ってる。これ以上、血を流すな」

慶造は、春樹の手を振り切り、ゆっくりと体勢を整える。

「それは、真北…刑事としての意見だろ。……俺達は極道だ。
 血を流してからじゃないと、解決出来ないこともある」
「慶造…」

慶造の言葉に、春樹は何も言えなかった。

「だから、手を出すな」

慶造は、そう言って踵を返した。
歩き出した慶造は肩を掴まれる。

「…真北、あのな…っ!!!!!」

慶造は、頬に強烈な痛みを感じた。

「修司…」
「…真北さんの気持ちも解らないのか? もう一発…殴るぞ…慶造」

修司は、慶造の肩を掴み、拳を握りしめている。

「………解ってる。だけど……そうしないと…」
「俺はこれ以上、血を流したくは無い」
「修司……。俺だって、停められなかった。…あいつもそうだろ?
 俺以上に、極道の血が濃いはずだ。…みんなが血を流す前に
 俺が、手を…」
「そうやって、お前が傷ついたら、誰が哀しむんだよ。…もう、
 涙を観たくなかったんじゃないのか?」
「………」

慶造は、修司にしか聞こえない声で、何かを告げた。

慶造………。

その時、異様なオーラが伝わってきた。
顔を上げた慶造達は、急いでオーラの感じる所へと走り出した。


玄関先まで駆けつけた慶造達は、表の騒がしさに気付く。

「何が遭った?」
「四代目っ! 奥へ!」
「何が遭ったと聞いている!」

慶造の言葉に、組員は口を噤む。

「もういいっ」

そう言って、玄関を飛び出した慶造は、目の前の光景に驚き、戦闘態勢に入ってしまう。

「黒崎……」

そこには、怒りの形相で立っている黒崎が居た。

「……解ってるよな、阿山」
「あぁ」

黒崎が懐から銃を取りだし、慶造に向けた。それに反応したのは、阿山組組員たち。身につけている武器を手に取り、戦闘態勢に入る。

「てめぇら…去れ」

地を這うような声で、慶造が言う。

「四代目!」
「命令だ」

組員達は、慶造の命令に背くように、誰もが動かなかった。

「慶造の言葉を聞けないのか? お前ら…」

慶造よりも恐ろしいオーラで話しかけたのは、春樹だった。

「……真北さんは関係ありません」
「これ以上、血を流すことは、慶造が哀しむだろが」

春樹の言葉に組員達は、戦闘態勢を解いた。

「真北も去れ。これから……!!」

突然、門の外が騒がしくなり、本部の門から大勢の男達がなだれ込んできた。

「組長!!」

黒崎組組員達だった。なだれ込んできた組員達は、銃を片手に、黒崎を守る体勢に入った。そして、阿山組組員達に銃口を向ける。それに反応した阿山組組員達は、再び戦闘態勢に入った。

緊迫した雰囲気に包まれる…。

「いい加減にせぇっ!」

その雰囲気を吹き飛ばす程の声が、辺りに響き渡った。誰もが呆気に取られる。
慶造と黒崎が同時に怒鳴り上げ、自分たちの組員を睨んでいた。

「しかし、組長!」
「四代目…!」
「納めろ」

慶造と黒崎の言葉に、組員達は渋々銃をしまい込む。

「……真北。お前が出るかと思ったんだが…」

春樹の姿に気付いた黒崎が声を掛ける。

「出る予定だ。だが、お前らが血を見せないというなら、
 俺の出番は無いんだが……」

黒崎に負けず劣らずのオーラを醸し出す春樹。

「それよりも…」
「…先程…息を引き取った」

春樹の尋ねる事に気付いたのか、黒崎は直ぐに応えた。

「それを伝えに…そして、宣戦布告……」

そう言って、黒崎は銃口を春樹に向け、

「真北、そして、阿山の行っている事には不満を抱いてるんでな。
 ……わしらの世界は、当たり前の事…血を流す…。それを伝えになぁ。
 真北、この世界で生きていく決心をしたのなら、それくらい、
 覚悟……あるんだろ?」

引き金に指が掛かる。

「黒崎…」

春樹は、慶造を守る体勢を取り、黒崎の視界から慶造の姿を隠す位置へ体を動かした。

真北っ!

銃声が響き渡った。
誰もが目の前の光景に凝視する。

「慶造っ!」
「…黒崎、そう言うお前こそ……覚悟…出来てるんだろうな」

慶造が黒崎を睨み上げている。

「……いつでも、来いや…」

冷たく言い放ち、銃を懐にしまい込む。

「行くぞ」

黒崎は組員達に告げて、阿山組本部を去っていった。その黒崎を守るような形で黒崎組組員も去っていく。

「くそっ!! 待てやっ!」

阿山組組員が黒崎達を追いかけようと駆け出した。

「やめておけっ!!! 俺の言う事が…解らないのか…」
「しかし、四代目っ!」
「しかしも何も無い…。門…閉めろ」

慶造の言葉に、阿山組門番が門を閉めた。

「……真北」
「なんだよ」
「後…頼んだ。恐らく、住民が呼んだんだろうな」

サイレンの音が聞こえてきた。

「あぁ。任せろって。…しかし、慶造…」
「………何も……言うなって」

そう言った途端、慶造は、眠るように気を失った。

「慶造っ!! 誰か、美穂さん呼べっ!」

春樹の怒鳴り声で、その場にいた組員達が一斉に動き出す。春樹は、慶造を横たわらせ、服を剥ぎ取る。

「くそっ、中に留まってる! これでは無理だ」
「出血は?」
「目には見えてないが、恐らく中で…。動かすと危険だ」

慶造の体には、銃弾の跡が三つあった。どれもが、出血は少ない。しかし、慶造の息の荒さ、そして、脈の具合から、春樹は判断出来た。
その昔、親友の外科医から教えてもらった事。

「…なぜ、俺を守るんだよ…」

絞り出すような声で、春樹が言う。

「真北さんを傷つけない為」
「俺には…」
「心配する人が居るだろ? だからだよ。…慶造は常に言っていた」

修司は、慶造の傷口を診ながら呟く。

「こいつの気持ちも…解ってくれませんか?」
「猪熊さん……」

慶造……。

春樹は、慶造の傷口をそっと押さえていた。




「……………修司」
「ちゃんと言ったんだけどなぁ」
「……お前の言い方は、優しすぎるんだって」
「うるさいっ! 小島の言い方だと、ふざけすぎるだろが」
「猪熊ぁ〜」
「……怪我人の俺の前で声を張り上げるな。傷に響く」
「すまん」

慶造の怪我は全治二ヶ月。体内で留まった三つの銃弾を取り除くには、かなりの時間が掛かってしまった。銃弾が留まった所は、大動脈の壁。銃弾を取り除けば、大出血は間違いない場所だった。
手術は無事に終了し、慶造が目を覚ましたのは、例の事件から一週間後。その間の出来事…春樹の行動を慶造に伝えた修司。目覚め一番に呆れた慶造だった。

「真北さんの気持ちも解ってやれ」
「刑事の意見は聞けない」

修司の言葉に冷たく応える慶造。

「まだ、本能が現れてるなぁ〜慶造」
「知るかっ」
「あの時の組員へのオーラ。お前の本能に慣れてきた俺でも
 動けなかったよ。…なのに、真北さんは違っていたよなぁ」
「俺以上に恐ろしい男だからな…真北は」
「そうだな」

沈黙が続く。

「小島」
「ん?」

慶造に呼ばれて、我に返る隆栄。どうやら、意識は別の所に飛んでいた様子。

「ちさとと真子には、栄三ちゃんが?」
「真北さん。栄三は、桂守さんと動いている」
「…何を調べているんだ?」
「あの後、真北さんが疑問を抱いてだな、あの組長に問いただした所、
 誰も命令していないってさ。そこで、……その……鉄拳加わったんだけど、
 真北さんが、事件を起こした組員に聞いたら、とんでもない事が解った」
「とんでもない…事?」

慶造が首を傾げる。そのとんでもない事は、修司も既に知っている様子。

「小島、修司…お前ら……。もしかして、真北が動いているのは…」
「その事だよ。…これは、任務とは関係ないらしい。真北さん単独行動」
「何があるんだ?」

静かに尋ねる慶造に、修司も隆栄も口を噤む。
慶造の言動が解るだけに…。

「暫く動けないんだろ? それなら、聞いても大丈夫だ」

そう言うものの、修司も隆栄も口を開かない。

「…言わないなら、俺が直接……っつー!!」
「動くなっ! 傷口が開くだろがっ!」

慶造が体を起こしてしまう。しかし、全身に痛みが走り…。

「解った。慶造が動かないと言うなら、教えてやるから」
「約束する。……信用出来ないなら、抑制してくれ」
「………その組員に話を持ちかけたのは………」

隆栄がゆっくりと口を開いた。





春樹は、本部の縁側に腰を掛け、夜空に浮かぶ星を見つめていた。

「…俺を守っても…何も無いのにな…」

春樹は煙草に火を付けた。立ち上がる煙が消えるまで見つめる春樹。口を尖らせて、何かを考え込む。

龍光一門(りゅうこういちもん)………。
新たな敵…か。

大の字に寝転ぶ春樹は、無表情になっていた。
何かが起こる前触れ。
嫌な予感がする春樹だった。



(2005.1.1 第五部 第九話 改訂版2014.11.21 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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