任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第十話 父と娘の時間

列車の中。席に座る真子は、膝の上に、大きな袋を抱えていた。とても大事そうに両腕に包み込んでいる。そして、嬉しそうに微笑んでいた。

「真子ちゃん、もうすぐ乗り換えるよ。それ…持つの?」
「だって、これは、真子からのプレゼントだもん」
「歩くときに危険だよ?」
「でも……」

真子にも解るほど、袋は大きく、抱えて歩くには、本当に足下が見えないだろう。
真子は眉間にしわを寄せて、考え込んでいた。

「お嬢様、自宅までは私が持ちますよ」
「いいの?」
「えぇ」

八造は、素敵な笑顔で返事をした。

「お願いします」

そう言って、真子は膝の上にある袋を八造に手渡した。

「大切にお預かりします」

八造が持つと、小さく感じる袋。真子は不思議そうに見つめていた。




阿山組本部は、ひっそりと静まりかえっていた。
慶造は自分の部屋で、読書中。
勝司は、道場で汗を流していた。
隆栄は、桂守と一緒に資料室でファイルを整頓中。
修司は自宅で三好と息子達、そして、新たな家族となった剛一の妻・小百合と楽しく過ごしていた。
ふと時計を見つめる修司。

そろそろ東京駅に到着か…。

常に気になる八男。猪熊家の敷居は跨ぐなと言ってある。ここに居る息子達とも顔を合わせても他人を装わなければならない。しかし修司は、阿山組本部に行けば、時々だが息子の姿を見る事が出来る。家に帰るたび、息子達には、それとなく様子を伝えているものの…。

「親父、そろそろ時間」

七男の七寛が声を掛けてくる。

「ん? あ、あぁ」

我に返る修司は、服を整える。

「じゃぁ、小百合さん。後は宜しくお願いします」

小百合に対して、ちょっぴり照れがある修司。
やはり女性には弱い…。

「お父さん、帰宅は何時になりますか?」

優しく声を掛ける小百合に、

「俺の事は気にしなくていいよ」

早口で応えて出て行った。

「今日は真北さんが戻られるので、自宅には帰れませんよ」
「…………それ程、動き回ったんですか………」

小百合の側に居る長男の剛一が、呆れたように言った。

「修司さんは、真北さんを止める役ですから…」

三好の言葉で、確信する剛一だった。

「三好さん、宜しくお願いします」
「はっ。では失礼します」

一礼して、三好は修司を追いかけていく。

「剛一さん」
「ん?」
「お父さん…大丈夫なの?」
「う〜ん、…美穂さんに怒られた方が、少しは身に染みるから、
 いいんじゃないかな…」
「もぉ〜!! どうして、剛一さんは、いっつも、お父さんの体の事
 邪険にするのよっ!」

小百合が怒る。

「俺が言っても、聞く耳持たん。…あっ!」
「はい?!」
「小百合ちゃんからなら、親父も少しは大人しくするかも…」
「言ってもいいのかしら…」
「度が過ぎた時はお願いするよ」
「まっかせなさぁい!」

妙に張り切る小百合だった。



修司と三好は、徒歩で本部に向かっていた。

「本当に大丈夫ですか?」

三好が静かに尋ねる。

「これくらいは、平気」
「しかし、怒りの真北さんを止める事は…」
「大丈夫だって。真子お嬢様の笑顔が戻ったんだから、
 少しは控えてくれるよ」
「抑えている時間が長いと、いつも以上に激しくなりますよ」
「確かにそうだな…。…栄三ちゃんに頼むか」
「…明後日まで、遊び回ってるはずですよ」
「毎年そうだったな……。健ちゃんは?」
「組員達と一緒に居るはずです。頼んでみますか」
「そうだな」

二人は本部の門をくぐり、玄関へと向かっていく。

「おはようございます」
「おはよ。四代目は?」
「部屋の方でくつろがれてます」
「ありがと」

修司と三好は、屋敷の奥へと入っていった。
修司が、慶造の部屋を尋ね、怪我の事を問われている頃、真子と春樹、そして八造は東京駅に迎えに来た車に乗り、帰路に就いていた。
後部座席に座る真子は、八造の膝の上にある袋を爛々と輝く目で見つめていた。

「真っ先にお父様に渡すからね!」
「かしこまりました」
「まきたん」
「はい」
「お父様…喜ぶかな…」
「真子ちゃんからのプレゼントなら、喜びますよ」
「よかった。……ねぇ、まきたん」
「はい」
「誰からのプレゼントなら、喜ばないの?」

唐突に質問する真子。

「…う〜ん、……私からでしょうね」
「まきたんもプレゼントしたことあるの?」
「いいえ」
「それなら、喜ぶか喜ばないか、解らないと思うけど…。
 まきたんも買えば良かったのに」
「いや、その…この年齢でプレゼントというのは…ちょっと…」
「大人はしないの? 女性にプレゼントするの…喜ぶんでしょ?」
「…………って、また、栄三から?」
「うん!」

嬉しそうに返事をした真子に、春樹はこめかみをピクピクさせてしまう。

「栄三は、今年も遊び回ってるのか?」

運転手に優しく尋ねる春樹。運転手は、春樹の口調に恐怖を感じながらも、静かに応える。

「片づけると言ってました」
「片づける?」
「今までの女性達と別れるそうです」
「嵐が来るな…これは」
「はい」

運転手と春樹の会話が解らない真子は、八造に尋ねていた。

「どういうことなの?」
「あっ、いえ、その……」

どう答えていいのか解らない八造は、オロオロとしてしまう。
二人の会話は理解出来るが、それを未だ幼い真子に丁寧に応えていいのか……。

「あっ、そろそろ到着しますよ、お嬢様」
「ほんとだ!!」

八造は話を切り替えた。

おっ、上手く切り替えたな…。腕を上げたか…。

八造の行動に感心する春樹だった。



真子達が乗った車が本部の門をくぐり、玄関先に到着する。
春樹と八造が同時に車を降り、真子が最後に降りてきた。八造が手にしている袋を真子に手渡そうとした時だった。

「お帰りなさいませ」

玄関先に並ぶ組員、そして若い衆が、元気よく声を挙げ、深々と頭を下げた。その声と行動に真子は、一瞬体を強ばらせた。それと同時に聞こえてくる『何か』に反応するかのように、真子の表情が、車の中での表情とは正反対に、暗くなっていく。

「お嬢様…?」

突然、真子は玄関に向かって走り出し、靴を脱ぎ、向きを揃えて、自分の部屋に向かって駆けていった。

「真子ちゃん!!」

春樹が真子を呼ぶが、その声は届かなかった。
八造が、真子の荷物を持ったまま、真子を追いかけていく。
そこへ慶造がやって来た。

「お帰り……って、何か遭ったのか?」

心配げな表情で真子が駆けていった方を見つめる春樹に、慶造が声を掛ける。

「慶造」
「ん?」
「真子ちゃんが居るときは、これを止めるように言ってくれ」
「挨拶は当たり前だろ」
「真子ちゃんに普通の生活をさせたいなら、止める事が当たり前だ」
「真子に何か遭ったのか?」
「……ここに来るまでは、笑顔だったんだよ」
「………すまん…」

短く言って、慶造は真子の部屋に向かって歩き出した。


真子の部屋に通じる廊下の角まで来た慶造は、真子の部屋の前で、困ったような表情で立ちつくす八造に気付く。八造は、慶造の姿に気付き、一礼して近寄ってきた。
その手には、真子が大切に抱えていた袋があった。

「真子は?」
「申し訳御座いません。その…部屋に閉じこもってしまい…鍵を…」
「何か遭ったのか?」
「出迎えに恐れたようです」
「あれは仕方ないことだ。…俺だって嫌な事だったけどな。俺の娘や
 真北に対してなら仕方ないことだろう」
「でも、お嬢様には必要ありません。普通でいいと思います」
「普通?」
「お帰り…そう言うだけで、礼も何も必要ないと思います」
「あいつらには難しい事だ」

ため息混じりに慶造が言った。
その慶造の目の前に、八造は袋を差し出した。

「ん?」
「お嬢様からのプレゼントです」
「真子から? 俺に?」
「はい」

慶造は、その袋をそっと受け取る。

「真子ちゃん、お前に渡すのを楽しみにしてたんだぞ」

春樹が声を掛けてきた。

「真北…」
「ったく、俺の思った通りだろが」
「思った通り?」
「天地山で戻った真子ちゃんの笑顔…ここに来たら
 失うだろうと思っていたんだよ。…まさも気にしていた」
「……真子……」

真子の部屋を見つめる慶造は、手にした袋をグッと抱きしめる。

「八造、後は頼んだぞ」
「はっ」
「真北には話しがある」
「ここ数日に行った事に対しては、聞く耳持たん」

ギョッ…知ってるのか…真北は…。

慶造の顔が引きつった。




真子は、部屋のベッドの上で膝を抱えて身を縮めていた。
気を張りつめていないと、何かが聞こえてくる。
玄関先での組員や若い衆の声。

お嬢様が戻られた。
無事に戻られた。
これから、更に気を引き締めないとな。
猪熊さんの息子が居るが、もしものことが遭ったら俺達が…。

思い出すと、やはり身震いしてしまう。
何かから逃れるかのように耳を塞ぐ真子。

『お嬢様』

ドアの向こうから八造の声が聞こえてきた。

『お渡し致しました』

八造の言葉で、真子は慶造に渡そうとしていたプレゼントの事を思い出す。そっとベッドから降り、ドアの鍵を開ける。そして、静かにドアを開けた。
隙間から覗くと、八造が一礼していた。

「…ありがとうございました…八造さん」
「部屋に居ますので、何か御座いましたら、お呼び下さいませ」
「暫く…いいから。八造さんの時間を大切にしてください」
「はっ」

真子は、そっとドアを閉めた。
八造は、部屋の中から感じる真子のオーラに気を張り、部屋の何処に移動したのかを把握する。再び一礼をして、部屋に戻っていった。





慶造の部屋。
慶造と春樹は、三好が思った通り、言い争い、掴み合いをし、それを修司に止められていた。

「真北、それ以上暴れるな! 修司の怪我がひどくなる」
「誰のせいだよ…こるるぁ〜」
「俺のせいだ。だけどな、修司が居なかったら、俺が怪我してる」
「あったり前だっ!! 俺が出掛ける日に、あれ程言ったよな。
 俺が対処出来ない行動だけは、絶対にするなぁ…と……それを
 なんだ? 範囲外の行動に出ただと? 慶造ぅ〜てめぇ〜」

修司の腕を振り解いて、春樹が慶造に向かっていった。振り上げた拳は、慶造の腹部に見事に決まる。

「厚木には、俺から話しておく。お前は一週間、ここから出るなっ」
「ま…真北……これは、お前の出る幕じゃない…」
「俺の仕事だ」

冷たく言い放ち、春樹は慶造の部屋を出て行った。

「慶造、大丈夫か?」

修司が慌てて駆け寄る。春樹に話しかけた声が、あまりにも苦しそうだった。

「俺より、お前だろが…。傷口…開いてないか?」
「ここに来る前に、美穂さんに手当てし直してもらってる。
 真北さんの動きに耐えられるようにな」
「それなら、安心だけど……あの拳は、俺に対する怒りだけじゃない…」

慶造は、大の字に寝転んでしまう。

「…慶造……」



春樹は、真子の部屋にやって来る。
ドアをノックする。

『はい』
「真北です」

真子がドアに近づいてくる足音がした。春樹は、ドアの前で待つが、ドアが一向に開かない。

仕方ないか…。

真子の気持ちが解る春樹は、ドア越しに話しかける。

「私は、これから出掛けます。真子ちゃんは、疲れてるでしょうから
 ゆっくりと休む事。勉強は明後日からに延期しますよ」

ドアが開き、真子が顔を出した。
愁いに満ちた目で、春樹を見上げる。そして、春樹の足下にしがみついてきた。

「真子ちゃん…?」

春樹の服を握りしめる真子の手は、震えていた。



真子の部屋。
春樹は、真子を膝の上に抱き、ベッドに腰を掛けていた。真子は、春樹の胸に顔を埋めている。

「真子ちゃん、落ち着いた?」

優しく声を掛けると、真子は、そっと頷いた。

「どうした? 玄関の事なら、慶造に強く言っておいたから」
「そうじゃないの…」
「ん? なに?」
「…お父様に…」
「慶造に?」
「………渡すプレゼント…」
「もう渡したんでしょう? 慶造、持っていたけど…」
「…私じゃなくて、八造さんに………頼んじゃったの……。
 私から渡すと言ったのに……約束…破っちゃった…。
 ごめんなさい……」

真子ちゃん…。

「それで、一人で悩んでた?」

真子は、コクッと頷いた。

ったくぅ〜。

春樹は、真子の頭を優しく撫でる。

「大丈夫だよ。真子ちゃんの気持ちは、慶造に伝わってるから」
「ほんと?」
「袋を持った慶造は、嬉しそうにしていたから。喜んでるよ」

まだ開けてなかったけどなぁ〜。

そう思いながらも、真子の頭を撫で続ける。

「…まきたん…お出かけ?」
「ん? あっ、まぁ、そうですね」
「帰ってきた所なのに…」
「慶造の事も支えないといけないからね…」
「お父様……また……怪我?」

真子の尋ねる事に、春樹は息を飲む。

「いいや、怪我はしてないよ」
「………猪熊のおじさんが…怪我?」
「まさか、真子ちゃん……」

また、読み取った…??

「ごめんなさい…。玄関で…聞こえたの…」

そう言って、春樹を見上げる真子の表情は、とても申し訳なさそうな表情だった。

「気を緩めたから…。私が浮かれていたから…だから…」
「真子ちゃん…」

春樹は、真子をギュッと抱きしめてしまう。

「真子ちゃんが気にする事ないんだよ。慶造の事は、私に
 任せてください。それが、私の仕事ですから」
「まきたん……」
「だけど、真子ちゃん」
「はい」
「あまり、気を張りつめないように」
「でも…聞こえてくるから…」
「気を張りつめてると、真子ちゃんが疲れるよ?」
「だって…」

真子は、しゅんとしてしまう。

「真子ちゃんは気にしなくていいから。…それよりも、約束、
 ちゃんと守れるのかな?」
「……守るもん」

ちょっぴり力強く応えた真子を、春樹は、またしても、ギュッと抱きしめてしまった。

「真子ちゃんは、偉いなぁ〜」

そう言いながら、真子の頭を撫でていた。


真子の部屋を出た途端、春樹の表情は一変する。廊下の先で待機していた八造に何かを告げ、春樹は本部を出て行った。

もしかしたら、明日まで帰れないかもしれないから、
真子ちゃんの事を頼んだよ。
例の約束は、明日の朝からだからな。

真子が約束したこと、それは一体……。




朝が来た。
その日は珍しく、雪が積もっていた。八造は、それでも朝の稽古を欠かさない。ある程度、体が解れた後、ジョギングへと出掛けていった。

慶造は目を覚まし、部屋着に着替えた。

俺が戻るまで、外出するなっ!

昨夜、寝る前に掛かってきた春樹の電話の第一声が、それだった。
念を押されていた。
窓の外を見つめる。

雪…降ったのか…。

肌寒さに気付いたのは、雪を見てから。感覚が鈍っていた。

「ふぅ〜」

ため息を吐き、暫く外を見つめた後、部屋を出て行った。
慶造は、庭に出る。
雪の上に、慶造の足跡が付く。向かう先は、桜の木。その前に立ち、そっと見上げた。

ちさと、おはよう。今日は、雪景色だな。

珍しく話しかける慶造。それは、この日から始めるように言われた事に対する、不安感からきていた。
物音に振り返る。
庭から見える窓の向こうに、八造の姿があった。
ジョギングを終え、一汗流してさっぱりしたのか、朝から清々しい表情をしている。
八造が歩みを停めた場所こそ、真子の部屋の前だった。ノックをして、部屋に入っていった。どうやら、真子は未だ寝ているらしい。暫くして、眠たそうな顔をした真子と八造が部屋から出てきた。八造に促されながら、真子は洗面所へと向かっていく。
八造が、急に頭を下げる。
どうやら、真子に何かを言われたらしい。
真子は、ふくれっ面のまま、部屋に戻っていった。
目の前でドアが閉まり、八造が慌てる。ドアをノックして、何か話しかけている。
ドアが開いた。
真子はふくれっ面のまま、八造に何か言っている。八造は、更に深く頭を下げてしまった。

「ったく、八造くんは、真子に逆らわないんだな」

慶造が呟いた。

「そう教えてるからな…」

慶造の呟きに応える修司が、庭に降りてきた。

「そんな薄着じゃ、風邪引くぞ」
「大丈夫だよ」
「熱…か?」
「そうじゃないっ」
「まさかと思うが、今日から始める例の事に、不安でも?」

図星。
修司の言葉に返す言葉が見つからない慶造は、それを誤魔化すように桜の木を見上げた。

「修司は一緒じゃないのか?」
「親子水入らずに邪魔したくないからな」
「別に気にしないけどな…」
「お嬢様が気にするだろが」
「人数多い方が、気が落ち着く時だってあるだろが」
「お嬢様の場合は、…聞こえるんだろ?」
「……そうだったな…」
「まだ、俺は無理だからさ」
「無理とは?」

慶造が、尋ねる。

「俺の心は、お前の事しか考えてないからさ、お嬢様に
 聞かれると、まずいだろ」
「……それもそうだ」
「で、不安なのか?」
「まぁな」
「昔のようには、いかないのか…」
「そりゃぁなぁ。…真子の笑顔が見たいけど、…思い出すからさ…」
「ったく…」

そう言って、修司は、慶造の頭を思いっきり撫で始めた。

「な、なっ!! 何するっ! 修司っ」
「たまにはいいだろが。良き父の為に、頭を撫でても」
「お前に撫でられると、なんだか、馬鹿にされた気分だっ!
 それに、この歳になると、尚更だぁっ!!」

修司の手から逃れようとするが、その手は、執拗に頭を撫でてくるのだった。
そうこうしているうちに、先程までの不安が無くなっている慶造。
その慶造が向かう先は……。



食堂にあるテーブルの上には、朝食が豪華絢爛に並んでいた。
料理を見た途端、慶造は、

「パーティーじゃないんだぞ。張り切りすぎだっ」

と呆れたように言った。

「料亭の主人からのメニューです」
「笹崎さんから?!」
「はい。真北さんのご意見で、主人が考えて下さったそうです」

料理担当の組員が、しっかりとした口調で応えていた。

「ったく、真北の奴は、何を考えてるんだっ」

と言った時、真子が入ってきた。

「おはようございます、お嬢様」

料理担当の組員達が、優しく声を掛けた。

「おはようございます」

真子は深々と頭を下げて、慶造の側に歩み寄った。

「お父様、おはようございます」
「おはよう、真子。疲れは取れたのか?」
「はい」
「それと…」

慶造の言葉に、真子は首を傾げた。

「プレゼント…ありがとうな。ふかふかしていて、丁度いいよ」

その言葉に、真子は嬉しそうな表情をする。

「真子が…選んだのか?」
「まささんと一緒に、選んだの!」

先程までの大人びた口調と違い、六歳の子供の口調に変わっていた。

「でも…ごめんなさい」
「ん? どうした、真子」
「私から、手渡したかったけど…」

シュンとなった真子の頭を慶造は、そっと撫でる。

「気にしなくていいよ。…照れてたんだろ?」

真子の気持ちを春樹から聞いていた慶造は、真子の本当の思いに触れず、言葉を選んで、そう言ったのだった。
組員達の心に気付いていたらしい。
その事を聞かされた慶造は、不安になっていた。

真子と過ごしていいのだろうか…。


春樹の意向で、本部に戻った次の日から、食事は一緒にすること。
それが、約束事だった。
親子の時間を大切にしたい、昔のように、親子で過ごさせたい。
春樹の思い、そして、その相談相手のまさの答えから、その約束事が決定した。
慶造と真子。この二人は、約束を破る事は絶対にしない性格の為、そこを利用されていた。
その事は、当の二人は気付いていない。二人の事をよく知る者達の策略だった。

「冷めないうちに、食べようか」
「はい」

二人は食卓に着く。そして、手を合わせて、

「いただきます」


食が進んだ頃、慶造が真子に話しかけた。

「真子、今日の予定は? やはり、勉強があるのか?」
「勉強は、明日からなので、今日は一日時間があります」
「実はな…私も今日は予定が無くてなぁ。…その……なんだな…。
 真子、もし、良かったら、天地山での事を話してくれるか?」
「えっ?」

慶造の言葉に驚いたのか、真子は箸を停めた。

「まさが用意した楽しい事…聞きたいんだけど…駄目か?」
「お時間…本当に……いいの?」

真子は、ちょっぴり不安そうに尋ねる。

「あぁ。一日いいぞ」
「うん! まささんが用意した楽しい事、話します!!」

真子の声が弾んでいた。


食後の飲物が、ソファーの前にあるテーブルに置かれた。組員は一礼して去っていく。
そのソファには、真子と慶造が腰を掛けて、飲物に手を伸ばしながら、楽しいひとときを過ごしていた。
真子が話す、天地山でのクリスマスパーティーの事。
初めて着るドレスに、大きなツリー、そして、豪華な食事や、きらきらと輝いていた人々の笑顔。楽しく語る真子を見て、どれだけ真子の心を和ませたのか、慶造には手に取るように解ってしまう。
真子の笑顔を見て、慶造は心を和ませていた。




「ほぉ〜なるほどなぁ〜。それは良かった良かった」

冷たく応えたのは、一仕事終えた春樹だった。
年明け早々暴れ回った厚木の事、それに荷担した慶造の事、その慶造を守った修司の怪我のこと。それらを全てたった二日で処理してきた春樹。帰ってきたのは、夜中だった。
その夜中の日課に、慶造も参加していた。

真子の寝顔で疲れを癒すという事が、いつの間にか、二人の『日課』になっている。

春樹と慶造は、真子の部屋で、真子の寝顔を見つめながら、静かに語り合っていた。

「それでな、真北」
「ん?」
「今度の日曜日なんだけど、予定あるか?」
「俺とデートするってか? 真子ちゃんが」
「違うっ。……俺も一緒」
「慶造も一緒ぉ〜???」

嫌な顔をする春樹。

「そう露骨に嫌な顔をするなよ…」
「だから、なんだよ」
「例のレストラン。真子が行きたがっててな、それで、行こうって
 …勢いで言ってしまったんだよ。…言った手前、行かないと
 真子が怒るだろぉ〜。だから、予約頼んだよ」
「…まぁ、俺はいいけど、どのメンバーだ? あの店は、人数を
 決めておかないと、予約客で、ごった返すだろ。ましてや
 日曜日なんて、特に」
「少ない方がいいよな。例の事もあるし…」
「そうだな。それじゃぁ、真子ちゃんと慶造、そして、俺。
 真子ちゃんに必要な八造君も一緒だな」
「栄三と健は?」
「暫く仕事」
「お前なぁ〜」

即答した春樹に、呆れる慶造。

「四名で予約しておくよ」

春樹が立ち上がる。

「もういいのか?」
「今日は、慶造が一緒に寝ろ」
「いっ?!?!??」
「たまには、いいだろ?」
「それでもなぁ〜……って、こら、真北っ!!」

そそくさと真子の部屋を出て行く春樹を追いかけて、慶造も出て行った。


そして、その日がやって来た。


春樹運転の車には、助手席に八造、そして、後部座席には、真子と慶造が座っていた。
真子は嬉しいのか、慶造に色々と話しかけていた。その話しに耳を傾ける春樹と八造。慶造は、優しい表情で、真子の話を聞いていた。

「ねぇ、まきたん」
「はい」
「レストランは、色々な料理があるんだよね」
「えぇ。お客様の意見を聞きながら、作る事も出来るそうですよ」
「それなら、今日は、可笑しいものがいいな」
「可笑しいもの?」
「見ていて、笑えるものがいい!」
「真子、それは、難しいと思うよ」
「…でも…注文したいぃ〜」

ちょっぴりふくれっ面になりながら、真子が駄々をこねる。

「解った解った。真子、私も頼んでみようかなぁ」
「ほんと? パパ!!」
「あぁ」

一緒に食事を再開し始めてから、真子が慶造の事を昔のように『パパ』と呼ぶようになっていた。それは、真子の心が落ち着いている事を意味していた。

「それでね、パパ」
「ん?」

真子と慶造の話は、途切れる事が無かった。


車はレストランに到着した。
弾む足取りで車から降りた真子は、慶造と手を繋いで、レストランに入っていった。

その様子を、いくつかの眼差しが見つめていることにも気付かずに………。





慶造たちが、レストランで食事を終え、出てきた。そして、駐車場に向かって歩き出す。

「どうして、八造さんは、むすっとしてたの?」

真子が尋ねる。

「あっ、その……」

真子の質問に応えようとするが、言葉が見当たらない。
慶造と春樹と同席では、楽しめる食事も楽しめない。
八造の立場は、そうだった。そのメンバーに緊張しないわけがない。
その気持ちに気付いている春樹と慶造は、真子の質問に対しての答えを探して、深刻な表情になっていく八造を見ていた。

「緊張したの?」

真子が的確な答えを言う。

「あっ、いや……は、……その……その通りです」
「でも、楽しかったでしょう?」

かわいらしく微笑みながら、八造に言った。

「ありがとうございます」

八造が深々と頭を下げた、その時だった。

辺りが異様な雰囲気に包まれた。
八造が反応し、警戒態勢に入る。

「慶造」

春樹が声を掛ける。

「解ってる」

真子と繋いでいる手に力がこもる慶造。
辺りの異様な雰囲気に、真子も気付いていた。慶造の手を握りしめる真子。

「八造、真子を頼む」

そう言って、真子を抱きかかえ、八造に託した慶造は、真子と八造を守るように立ちはだかった。

「パパ…」
「大丈夫だよ。…真子、八造くんから、絶対に離れるなよ」

ちらりと振り返り、真子に優しい眼差しを向ける慶造。真子は、そっと頷いて、八造の体にしがみついた。
真子を抱きかかえる腕に力を込める八造は、異様な雰囲気を抑えるかのように、別のオーラが漂い始めた事に気付いていた。

親父……。

八造が、そう思ったと同時に、真子が顔を上げた。

無数の銃声が、響き渡る。

八造は、真子の耳を塞ぐように、真子の頭を腕に包み込む。そして、銃弾が飛んでくる方向に背を向けた。
慶造は、銃声の方に向かって走り出す。
春樹も同じように走り出した。
銃弾は、慶造と春樹が動く方へと移動していく。どうやら、狙いは、この二人の様子。
真子と八造から遠ざかるように走る二人は、狙ってくる銃弾の数が減っていく事に気付いていた。
影で守る修司と隆栄の動きが、そこにあった。
建物や物陰から、慶造と春樹を狙う男達に、容赦ない鉄拳を見舞っていく。
その事に気付いたのか、慶造と春樹を狙う男達が急に姿を現し、標的を修司と隆栄に変えた。そのうちの一人が、八造の方に向かって走り出し、銃口を向けた。

しまったっ!!!

男の行動に気付いた慶造と春樹、そして、修司と隆栄。

八造っ!
八造くんっ!

誰もが、心で叫び、八造と真子の方に目をやった。

間に合わないっ!!!!!!

男の指が、引き金を引いた!!!!!!



(2005.3.21 第六部 第十話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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