任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第十三話 優しさに応える悩み

八造は、少し洒落た服装で駅前にやって来た。時計を見る。

少し早かったかな…。

そう思って顔を上げると…。

「お待たせ!」

目の前に石平愛美の姿があった。
先日公園で会った時とは違い、とてもかわいらしい服を着ていた。

「今、来た所だから」
「でもびっくりしたぁ。猪熊君から電話があるとは思わなかったもん」
「急に、ごめんな」
「やっぱり私の言ったとおりだったでしょう?」
「そうですね。お嬢様に言われると、俺は…」
「本当に逆らえないんだ……」
「まぁな。……で、今日は何処に行きたい?」
「映画!」
「映画? …だから、駅前だったのか…」
「電話で言ったのに…覚えてなかったんだ…」
「待ち合わせの場所を記憶するのに必死だった」
「どうして?」
「お嬢様が側に居たからね…」
「なるほど…」

そんな会話を交わした二人は、駅前のある映画館へと入っていった。
普段、年齢より上に見られる八造。この日は、年齢相当の雰囲気だった。
二人が映画を楽しんでいる頃、阿山組本部では…。



真子の部屋。
美穂が真子を診察し、そっと布団を掛けた。

「どうなんだよ」

側に立つ慶造が尋ねる。

「……あのね、慶造くん」
「なんだよ」
「人に物を尋ねる時の言葉ってあるでしょう?」
「うるさい」
「ったくぅ。見ての通り、高熱。ここまで高いのに、よく食堂まで
 歩いて行ったねぇ。びっくりだわ。…流石、慶造くんの血を
 継いでるだけあるわねぇ〜」
「美穂ちゃん…本当に怒るぞ…」
「私には怒らないくせにぃ」
「あのなぁ〜」
「真子ちゃんの昨日の行動は?」
「昨日は、八造くんと目一杯体を動かして、庭で遊んでいたぞ」
「それが原因」
「はぁ?」
「慶造くんだって、目一杯体を動かした後、こうなるでしょう?」
「昔は、そうだった」
「…今も」
「……はい」
「だから、熱を出したんでしょうね。慶造くんと同じ体質だわ…」

慶造は、ベッドで眠る真子の側に腰を下ろし、優しく頭を撫で始める。

「それなら、一日寝ていたら、大丈夫だよな」

慶造が尋ねる。

「そうね。真北さんが帰ってくるまでには元気になってるわよ…きっと」
「真北の帰りが遅くなることを祈るよ…」

美穂は、首を傾げた。

「あれ? 八っちゃんは?」
「…あ、あぁ…その…真子が休暇を与えて、それに応えたらしいよ」
「休暇??????」
「八造くんの時間を作ろうとしてだな…」
「ふ〜ん」

腕を組んで、何かに感心するかのように頷いた美穂。

「…美穂ちゃん、ふ〜んって?」

怪訝そうに振り返る慶造は、美穂を見上げる。

「真子ちゃんって、ちさとちゃんに似てると思ったけど、慶造くんの方に
 似てるんだね。一緒に過ごす時間が一番短そうなのに。
 やっぱり血は争えないなぁ」
「…ということは、俺の本能とそっくりってことか…」
「…あっ、ごめんなさい…」
「いいよ。それは解ってる。八造くんに対する行動で、解るよ。
 俺だって、修司には、修司の時間を大切にしてもらいたかったから」
「…その…例の能力は?」
「ここ暫くは、赤い光の影響は無い。真北の例の術のお陰でな」
「それなら安心ね…」
「でも、その術の効力は薄いそうだ。その事も調べようとしてるから
 退院後の真北の睡眠時間が更に減っている」
「本当に、真北さんは、自分の事を考えてないわね…」
「真北にこそ、真子の言葉が必要だな…」
「また、頼もうかしら?」
「もう無理だろうな」
「それは解らないわよぉ〜」

その時だった。
真子が目を覚ます。

「美穂先生……おはようございます」

真子は体を起こした。

「っと、真子ちゃん、熱が高いから、今日は一日寝ておくこと」

真子の体を優しく支え、そっと寝かしつける。

「…私…大丈夫です。その…今日、まきたんが帰るから…」
「えっ?!」

真子の言葉に、美穂と慶造は驚いた。

「真北の帰りは三日後だろ?」
「仕事が早く終わったから、今日の朝の十時には帰るって
 八造さんから聞いたんだけど…違うの?」
「八造から、何も聞いてないぞ……。だから、今日、出掛けたのか…」

慶造の拳がプルプル震えている。
ハッと気付いた時には遅かった。
時計の針が十時を指した。それと同時に、真子の部屋のドアがノックされ、声が聞こえてきた。そして、ドアが開くと、そこには、春樹が立っていた。

「真子ちゃん、ただいまっ! お利口さんにしてたかぁ……って、
 慶造と美穂さん、何をしてるんですか?」
「真北…帰る時間は守れよ…」
「守ってるだろうが。真子ちゃんに伝えた時間通りに…」
「俺は聞いてないっ」
「言わないように言ってあるから、伝わる訳がない」
「真北…あのなぁ〜」
「それより、真子ちゃんに何か遭ったのか!!」

取り乱す春樹だった。



春樹は、真子の頭を優しく撫でていた。

「そうだったのか。真子ちゃん、熱が下がるまで眠りなさい」
「まきたんと遊ぶ…」
「今日は駄目」
「パパと遊ぶ…」
「真子、それは駄目だよ…真子が心配だ…」
「だいじょうぶだもん……」

あまりにも遊びたがる真子の目を、春樹はそっとふさいだ。

「体調が戻るまで、我慢しなさい」
「だって…パパ…桜吹雪の頃に遊ぶって言ったもん……」

真子の言葉に、春樹は慶造に振り返る。

そうなのか?
そういや、そうだった……。
約束破るなっ。
そうせざるをえない状態にしたのは、お前だっ!
……すまん……。

目で語り合う二人だが、その言葉は真子の耳に届いていた。

「パパ…まきたん…けんかだめ………」
「ごめん、真子」
「真子ちゃん、ごめん」

真子の言葉に即答する二人。

「眠っていいの?」
「眠る前に、もうすぐ持ってくる特製を飲んでからにしような」
「ささおじさんの?」
「あぁ。美穂ちゃんが頼んでくれてるから」
「いいの? だって、ささおじさん、ここに来るのをいやでしょう?」
「大丈夫。真子ちゃんは心配しなくていいよ」

優しく語る春樹に、真子は、そっと微笑んでいた。
真子の口元が微笑んだことで、春樹は心を和ませていた。

「まきたん」
「はい」
「八造さんの事……」

真子は慶造に聞こえないくらい小さな声で春樹に言った。

守ってあげて…。

春樹は、二日前に八造に連絡をした時、真子と代わり、その時に八造の休暇の事を聞いていた。春樹が帰る時間まで、部屋で大人しくしている約束をして、春樹は、

真子ちゃんが、そうしたいなら、八造くんに伝えたらいいよ。

そう言った。その通りに真子は八造に伝え、そして、八造は愛美とのデートを約束したのだった。

真子の目は、春樹に何かを訴えている。

「大丈夫だから、安心しなさい」
「うん…」

真子の部屋がノックされる。慶造がそっとドアを開け、そこに静かに立っている笹崎から、特製料理を受け取った。笹崎は一礼して、そのまま去っていく。

「真子、これを飲んだら寝るんだぞ」
「はい」

春樹に体を支えられて起き上がり、慶造から受け取った特製料理を食した後、真子は静かに眠り始めた。

「笹崎さん、入れたのか?」
「ゆっくりと何も考えずに眠れるようにとも頼んである」
「そうか。……で、お前は八造くんの行動に不満なのか?」
「俺に言わずに出掛けた事が不満だな。…というより、それを知った時
 修司が八造くんを怒るだろ?」
「ばれないようにすりゃぁええだろが」
「無理だ」
「あのなぁ、お前は上に立つ者だろうが。しっかり抑えておけ」
「修司だけは無理」
「そういやそっか…」
「まぁな。……で、お前は知っていたのか?」
「あぁ。だから、早めに帰ってきたんだ」
「真子のため…か」
「そうだ」

慶造は、春樹の隣に腰を下ろし、眠る真子を見つめる。

「熱…相当高いんだな。頬が赤い」

真子の頭を優しく撫で始めた。

「昨日、思いっきり体を動かしていたんだよ」
「あのなぁ、真子ちゃんは病弱だぞ。無理させるな」
「俺と同じ体質とは思わなかったって。ちさとと同じだと考えていた」
「どっちにも似てるのは当たり前だって」
「それもそっか…」
「……慶造こそ、大丈夫か?」
「真子の事が心配で、今日の予定は全て変更した」
「変更って、お前なぁ!!」
「お前が帰ってくるのを知らなかったからだ。…八造君が出掛けてると
 誰も真子の側に付いてないだろうが。だから、俺がな…」
「ほぉ〜父親みたいだな」
「…………父親だ」
「…………………そうだった…すまん」

沈黙が続く。
真子が寝返りを打ち、春樹と慶造の方に向きを変えた。

「パパ……」
「ん? 真子…どうした?」
「……八造さん……怒らない……で………パパ……。
 私が……言ったから……だから……」
「真子…」

真子は寝言で、慶造に頼んでいた。真子の言葉に感涙した慶造は、思わず真子を抱きしめてしまう。

「解ったよ。怒らないから、安心して眠っていいからな、真子」

慶造の言葉が聞こえていたのか、真子は優しく微笑んでいた。

「そっくりだな」

春樹が呟く。

「ん?」
「いいや、何も」

春樹は、とある日を思い出していた。




八造と愛美が映画館から出てきた。

「楽しかったぁ〜」
「凄い内容だったなぁ」

短く感想を言った二人は、側にあるレストランへと向かって歩いていく。

「お昼も俺が出すから、好きなの食べていいよ」
「本当にいいの?」
「あぁ」
「やったぁ!! じゃぁ、ここのスペシャルにする!」
「OKぇ〜!」

そして二人はレストランへと入っていった。
そのレストランこそ、笹崎の弟子が料理長を務める店だった。八造の姿を知っている料理長は、何処かへ連絡を入れた。



慶造は、洗い終えた食器を持って、隣の料亭へ繋がる渡り廊下を歩いていく。厨房へと迷わず足を運び、そこに居る笹崎に声を掛けた。
厨房の奥に居た笹崎は、慶造に呼ばれると直ぐにやって来る。

「どうですか?」
「熟睡してる。ありがとうございます」
「八造くんは駅前のレストランに姿を現したそうですよ。
 伝えますか?」

美穂から、それとなく聞いていたのか、笹崎は慶造に伝えていた。

「いいや、八造くんの時間だから、何も伝えなくていい。
 折角、真子が作ってやった時間なのに、真子の事を知った途端
 直ぐに帰ってきそうでしょう?」
「そうですね。まるで、昔の誰かさんを見てるようですよ」
「そんな事もありましたね」
「やはり、子供は親に似てくるんでしょうね。あれだけ反発していたのに…」

しみじみ言う笹崎に何かを感じた慶造は、そっと尋ねる。

「……笹崎さん。やはり、達也さんは学校を辞めて、ここに?」
「そのつもりみたいですね。…もう、学校で守る必要は無いでしょう?
 慶造さんは、真子お嬢様を外に出そうとは考えてないそうですね」
「あぁ。それに、あの学校は俺の事を毛嫌いしてるからさ…」
「それは、跡目を継いだからですよ」

優しく言う笹崎に、慶造は微笑む。

「…でも、例の話だけは、実行したい」

慶造の言葉は、重く感じられる。

「それで、慶造さんは、本当によろしいんですか?」

笹崎が深刻な眼差しで尋ねる。慶造は直ぐには応えられなかった。

「迷ってるけどね…」

そう応えた慶造の表情に哀しみを感じた。

「私は見守ることしか出来ません。…申し訳ありません…」
「笹崎さんは気にする事ありませんよ。いつまでも私の事を…」
「気になさらずに。慶造さんの事を心配するのは、私の本能ですよ。
 嫌がっていても、いつまでもいつまでも見守っていきますからね」
「はいはい」

笹崎の優しさを感じながらも、冷たくあしらう慶造だった。



春樹は、真子の側に付きっきりだった。
額に浮かぶ汗を優しく拭き、そして、服を着替えさせる。
猫模様がたくさん付いた新たなパジャマ。それは、春樹がお土産に買ってきたものだった。
真子が目を覚ます。

「ん? どうした、真子ちゃん」
「まきたん…」

真子が手を伸ばす。その仕草で寂しがっている事が解る春樹は、真子の手を優しく包み込む。

「ずっと側に居ますよ。安心してくださいね」

真子は首を横に振った。

「一緒に……」

真子の言葉に、春樹は直ぐ行動に移す。
真子の隣に潜り込んだ春樹は、真子を腕の中に包み込む。真子は春樹の胸に顔を埋めた。

「新しいパジャマ、約束通り買ってきましたよ。今、着てるものだけど…」

真子は、袖を見つめる。

「かわいいぃ」
「気に入った?」
「うん…。まきたん」
「はい」
「ありがとうぅ〜」

真子の声が震える。そのまま真子は寝入ってしまった。

ったく、真子ちゃんはぁ〜。
かわいいなぁ〜。

真子の頭をそっと撫で、額に軽く口づけをして、真子の体をギュッと抱きしめる。

「真北…いい加減にせぇよ」

慶造が真子の部屋に顔を出し、春樹の行動に呆れ返っていた。

「代わろうっか?」
「いい。俺は、仕事に戻るが、後は頼んでいいのか?」
「いつものことだろ? 気にするな。だけど、今日は外出するなよ」

部屋を出ようとしていた慶造は、春樹の言葉に歩みを停め振り返る。

「真北ぁ〜、何をした?」
「栄三ちゃんからの情報。龍光一門の行動が激しくなってきた。
 狙いは俺から慶造に移っているらしいから、今日は出掛けるな」
「……お前、栄三に何を頼んだ?」
「なぁんにも」
「栄三は、お前以上に厄介な動きをしてるだろうが。考えろ」
「考えた末だ」
「知らんぞ」
「その辺は抜かりない」
「…そうか。…今日は部屋に居る」
「あぁ」

慶造は、静かにドアを閉めた。

ったく…。

春樹は、真子を抱きしめる腕を少し弛め、目を瞑り眠り始めた。
ここ数日、真子のために寝ずに動き回っていた春樹。
それを止めたのは、栄三だったことは、慶造には内緒にしていた。

真子お嬢様が待ってるそうですよ。

その言葉に、春樹の動きが停まる。そして、栄三に引き継いでいた。


真北の奴、俺が知らないとでも思ってるのか…?

栄三の行動は、もちろん、栄三から直接、慶造の耳に届いている。
栄三に春樹と行動を共にする事、そして、無茶しそうなら、その行動を止めろ。
そのように言ったのは、慶造自身だった。
春樹に、もしものことが遭ったら、それこそ真子が心配し、狂乱するかもしれない。
それを思っての慶造の言葉。もちろん、栄三は、素直に従う。それは、あの日の出来事が未だに心の奥底に残っている為。

栄三に、春樹と行動を共にするように言ったのには、訳があった。
慶造は、未だに春樹の謎の行動を調べていた。
組関係でもなく、特殊任務の行動でもない、謎の行動が、気がかりだった。
真子を託したいだけに…。




夕方。
八造は、駅の前で愛美と別れた。愛美の姿が見えなくなるまで見送る八造は、踵を返して歩き出す。
その足取りは、少し軽かった。

お嬢様、本当にありがとうございました。
こうして楽しく過ごしたのは、久しぶりです。

心弾む八造は、本部の門をくぐった途端、顔色が一変する。
門番から、重大な事を聞かされたのだった。

真子お嬢様が熱を出されて、寝込んでます。
真北さんが付いてるそうです。

足早に真子の部屋にやって来た八造は、そっとドアを開ける。春樹が振り返った。

「お帰り」
「真北さん。お嬢様の体調が悪いとお聞きしました。ご様子は?」
「かなり下がったから、心配するな」
「朝、見送られたときは、元気なお姿だったので、私は…」
「もう何も言うなって。真子ちゃんが気にするから」
「申し訳御座いませんでした」
「休暇なんだろ? 部屋に戻ってゆっくりしておけよ。真子ちゃんは
 俺が見てるからさ」

そう言う春樹の表情は、それは、とてもとても嬉しそうで、八造は何も言えなくなっていた。

「お言葉に甘えさせて頂きます」

一礼して、部屋を出ようとした時だった。
真子が目を覚ました。

「まきたん……」
「はい、どうしましたお姫様」
「八造さんの事…」
「私が何でしょうか?」

その声に驚いたように真子は起き上がった。

「八造さん! …お帰りなさい、楽しかった?」

真子は、嬉しそうな笑みを浮かべて八造に言った。

「はい。ありがとうございました。とても楽しかったです」
「次の約束…してきたの?」
「あっ、それは…」

言葉を濁して、春樹に目をやった。
春樹は、八造の表情で何かを悟り、笑いを堪える。

「良かったぁ。次のお休みは、いつにする?」
「…お嬢様……」

真子への言葉が見つからないのか、八造は考え込んでしまう。

「真子ちゃん、熱はまだ下がってないんだよ? 明日まで寝るようにと
 美穂先生にも言われたでしょう?」
「でも…」

真子の言いたい事は解っている。
八造が怒られないように守って欲しい…。
春樹は、真子を優しく寝かしつけ、そして、語りかける。

「八造くんの事は、私に任せて、何も考えずにゆっくり眠りなさい」
「はい……」

返事をしたものの、真子は煮え切らない様子。ちらりと八造を見て、そして手招きをした。

「はっ」

八造が真子に近寄り、しゃがみ込む。その途端、八造は、真子に腕を掴まれた。

「あの…お嬢様???」
「やっぱり、側に居て…」
「私なら、大丈夫ですよ、お嬢様」
「…心配だもん………」

うるうるとした眼差しで八造を見つめる真子。その目に八造は身動きが取れなくなってしまった。

「真北さん、どうすれば…」
「真子ちゃんの好意に応えろって」
「しかし、四代目……慶造さんに報告を…」
「慶造も怒ってるのに?」
「やはり…」
「慶造に何も言わずに出掛けた事に怒ってるだけだよ」
「そうですか…」
「まぁそれも真子ちゃんが、寝言でも慶造にお願いしたから
 怒られる事はないだろうけどなぁ。次からは、ちゃんと報告
 しておけよ」
「はっ。申し訳御座いませんでした」

真子はいつの間にか眠っていた。

「真北さん」
「あん?」
「私が側に付いてます」
「いや、俺が付いてるから、いいって」
「その…お嬢様…。腕を掴んだまま眠られたので…」
「それは、動けないな…着替えなくて良いのか?」
「はい。お嬢様が落ち着くまで、私が付いておきます」
「俺を追い出すのかぁ〜?」

春樹は、ちょっぴり怒った表情を見せていた。

「あっ、いいえ、その…そういう訳じゃなくて…あの……その…」
「俺が居たら、何かまずいのか?」
「それは御座いません」
「なら、一緒にいいだろうが」
「はっ…お願いします」

春樹は、部屋の中央に置いているソファに腰を掛け、くつろぎ始めた。

「もしかして、帰られてから、ずっと側におられたんですか?」
「解ってて訊くな」
「すみません」
「心配だったからさ…真子ちゃんの体調と八造くんが」
「私ですか…」
「慶造よりも猪熊さんの方が怒りそうだろ?」
「覚悟はできてます」
「はぁ〜あ。本当に猪熊家は厳しいな」

ため息混じりに春樹が言った。

「それが嫌だったんだろ? …なのに、どうしてここに来た?」
「……俺には大切なものは何もありませんから。だけど、
 剛一兄貴には、大切な人が居る。…その人に哀しい思いを
 させたくないんです。兄貴にもしもの事があったら、その人が
 哀しい思いをする…。私だって、母が亡くなった時は本当に
 哀しくて、どうすればいいのか解らなかった。そのような思いを
 誰にもさせたくない。…だから、私は、この道を選んだんです」
「なるほどな。……でもな、八造くん」
「はい」
「それは、八造くんにも言える事だぞ」
「私ですか?」
「今の八造くんには、守らなければならないものがあるだろう?」
「はい。一番に真子お嬢様、そして、四代目、真北さん」
「俺まで含むな」
「真子お嬢様にとって、大切な方です」
「なるほどな。……その大切な方に、八造くんも含まれているからな」
「えっ?」
「真子ちゃんが、八造くんの為に休暇を与えた事を考えてみろ」

春樹の言葉に、八造は考え込む。
時々発せられる言葉に、自分の事を考えているものがある。

「そう…ですね…」
「真子ちゃんの為に、無茶だけはするなよ。…そして、怪我をするな」
「それは難しい事です。この体は、お嬢様を守るためにあります」
「慶造と同じ思いだけは、させないでくれよ」
「それは、真北さんにも言えることですよ。常に心配されてます」
「解ってるって」
「すみません」
「……慶造……例の事、本当に考えてるのか?」

春樹の質問は唐突だった。

「考えておられます。その際、私も…」
「真子ちゃんが放してくれないだろうな」

ソファの背もたれ越しに真子を見つめる春樹。その眼差しの温かさに、八造は驚いていた。真子が見ていない時に、いつも見せる鋭い眼差しではなく、本当に真子の事が大切で、それでいて、真子を守る為なら、自分の事など考えないという雰囲気を感じていた。

やはり、お嬢様の為にも、真北さんを守らなければ…。

八造の心に芽生えた思いだった。



真子の部屋のドアが開き、慶造が入ってきた。ドアの所には修司が怒りの形相で立っている。

「修司」
「しかし、慶造」
「すまん、八造くん。俺には修司の怒りを収める事が出来なかった」
「四代目、お気を使わせて申し訳御座いませんでした。その…今は
 動けません。…親父、お嬢様が元気になられたら、受ける覚悟ですから
 それまで、その怒りを解いて下さい」
「無理だ」
「親父…」
「……そのな…修司の怒りは、八造くんが俺に報告もせずに外出した事じゃなく、
 真子に気を遣わせた事に対する怒りなんだよ…」
「……親父、それは、間違ってますよ!」
「間違ってないっ」
「親父だって、若い頃は四代目に心配ばかり掛けていたではありませんか!
 三好さんが、どれだけ嘆いておられたのか御存知なんですか?」
「知ってるわい。だけどな…俺と同じ道を歩むなっ」
「言われなくても解ってます!」

猪熊親子の言い合いが始まるかの思えた時だった。

「真子ちゃんが寝てるので、静かにして下さいね」
「真子が寝てるんだ。静かにしろっ」

春樹と慶造が静かに、それも同時に言った。

「すみません…」

もちろん、その言葉に素早く反応する猪熊親子は、声を揃えて謝っていた。

「慶造、ちょうど良かったよ」

春樹が言った。

「なんだ?」
「真子ちゃんからのお願い」
「ん?」
「八造さんに週に二回のお休みを下さいってさ」
「なぜ、俺に?」
「お前の考えだろうが。八造くんは真子ちゃんのボディーガード、
 まぁ、今はお世話係として接しているけど、八造くんに指示を出すのは
 慶造自身だろ? だから、お前にお願いしてるんだって」
「確かに、八造君への言葉は俺が言ってるが、俺よりも
 真子の事を優先するように言ってある。だから、今回の行動は
 そうなったんだろ、八造くん」
「お嬢様の言葉に逆らえなかっただけです。その事で焦ってしまい…」
「何も焦る事ないだろうが、八造」
「親父には関係ありません」
「大いに関係ある」
「って、修司、お前なぁ〜」
「それと、猪熊さんにもお願いがあるそうですよ」

慶造の言葉を遮るかのように春樹が話し始める。

「八造さんを怒らないで! …真子ちゃん、力が入らないのに、
 力強くお願いされたんですよ。………それと……猪熊さんの
 本当の思いも知ってますよ、真子ちゃんは」

真子にだけ聞こえた修司の思い。それは、慶造にも知られていない事だった。しかし、真子の言葉を語った春樹の眼差しは、何でもお見通しという雰囲気を醸し出している。それには何故か弱い修司。そして、真子の手が八造の腕をしっかりと掴んでいる事に気付いた途端、修司の怒りは解かれたのだった。

「ほぉ〜修司も真子に弱いとはなぁ」

慶造が言い終わると同じくらいに、鈍い音が響く。

「お前に言われたくないっ」

そう言って、修司は去っていく。

「…何も殴るこたぁ〜ねぇのになぁ…ったく」

修司の拳が慶造の腹部に突き刺さったが、慶造は物ともせず、少し微笑んでいた。

「真子の様子は?」
「八造くんが帰ってきたのを知った途端、眠りに就いた。
 熱も下がってきたから、安心しろ」
「真北ぁ」
「ん?」
「八造くんが帰ってきたなら、お前は必要ないだろが。出ろ」
「嫌だな」
「一日中付きっきりだったろ。お前の仕事が溜まってる」
「…………新たな仕事を入れるな」
「それは、栄三に言ってやれ」
「栄三ちゃん、帰ったのか?」
「お前に頼まれた事を終わらせて、報告してきたぞ」
「それなら、出るしかないな」

嫌そうな言い方をして、春樹は立ち上がり、服を整える。

「八造くん、何か遭ったら、すぐに知らせてくれよ。慶造の部屋にいるから」
「はっ」
「次、目を覚ましたら、御飯だから」
「心得ました」

春樹は、真子の頭を優しく撫でて、慶造と部屋を出て行った。
一人残った八造は、座り直す。真子の手を放そうと試みるが、全く放れず、諦めたように真子を見つめた。

お嬢様、直ぐに元気になりますよ!

自由に動く方の手で、真子の額に手を当てる。
それはまるで、真子の熱を取り除くかのように優しく触れていた。



慶造と廊下を歩く春樹は、慶造の口から語られる栄三の行動に呆れていた。

「まぁ、暫くは龍光一門も身動き取れないっつーことだ。だから俺が言ったろ。
 栄三だけに任せるなって」
「すまん。身に染みた。…俺と一緒に行動してる時は、そうじゃないから…」
「お前もまだまだだな。小島家の人間を理解するのは」
「周りに居ない人物なんでな、慣れるのに時間が掛かりそうだな」
「確かに時間が掛かると思うぞ。俺だって、時間掛かったんだからなぁ」
「…あまり、理解したくないな…悪い影響を与えられそうだ」
「それは言えてる」

春樹と慶造は顔を見合わせて、笑い出す。

「真北と意見が合うのは珍しいよな」
「そうか? 真子ちゃんに対しては一緒だろが」
「まぁ、そうだけどな」

慶造の部屋の前にやってきた二人。

「なぁ、慶造」

歩みを停めて春樹が呼ぶ。

「あん?」

ドアノブに手を伸ばした慶造は、振り返る。春樹は真剣な眼差しをして、慶造から目を反らすかのように一点を見つめていた。

「…真子の事か?」
「それも含まれてる。お前の気持ちだ」
「俺の気持ち?」
「真子ちゃんを俺に託すという話だよ」

春樹の言葉に、慶造は何も言わず、ドアノブを見つめていた。

「そのつもりだから、覚悟しておけ」

聞こえるか聞こえないかくらいの声で、そう言った慶造は、ドアノブを回して部屋に入っていった。

慶造……お前…。

慶造の葛藤する気持ちが伝わってきた春樹は、ポケットに手を突っ込み、口を尖らせる。

本来の俺の立場を考えての思いなのか?

春樹は、大きく息を吐いて、慶造の部屋に入っていった。
ドアが静かに閉まる。



それから二日後、真子は回復し、朝の食堂にやって来る。もちろん、側には八造も付いていた。

「おはようございます」

食堂で仕事をする組員達に、元気よく挨拶をする真子に振り返る慶造。

「お父様、おはようございます」
「真子、おはよう。八造くん、おはよう」
「おはようございます」

真子は、慶造の前の席に着く。そして、運ばれてきた料理に

「いただきます」

明るい声でそう言って、箸を運び始めた。

「真子」
「はい」
「八造くんの休暇の事だけどな」

慶造の言葉に、真子は顔を上げ、慶造をじっと見つめた。

「真子の好きなように言えばいいから。真子に対することは
 きちんと報告することにして、八造くんの体と心に対しては
 真子に任せたから」
「…いいの……?」

不安そうな表情で、尋ねる真子に、慶造は温かい眼差しで応える。

「あぁ」
「パパ!! ありがとう!!」

そう言って、真子は椅子から降り、慶造に駆け寄り抱きついた。

「ま、真子?!」

真子の突然の行動に驚きながらも、慶造はしっかりと受け止めていた。

「それでいいな、八造くん」
「はっ。ありがとうございます。お嬢様、これからも宜しくお願い致します」

深々と頭を下げる八造だった。

しかし、真子が休暇を与えても、八造は出掛ける素振りを見せる事は無かった。真子の言葉があれば、直ぐに応える事が出来るように、常に近くで待機していた。それがあまりにも続くから、今度は、真子の方が怒ってしまい…………。

「そんな八造さん大嫌いっ!!」

真子の怒鳴り声が響いたと思った途端、真子は部屋に閉じこもってしまった。

お嬢様っ!!!

伸ばした手は、空を掴む。
八造、最大の危機…………。



(2005.4.17 第六部 第十三話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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