任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第十八話 吐き出すものには意味がある

レストランの厨房では、向井が洗い物を終え、後かたづけを始めていた。
先輩たちは、帰り支度を終えて店を出て行く。元気よく挨拶をして、見送る向井。

「向井くん、お疲れ様」

優しく声を掛けてきたのは、店長の誉田だった。

「お疲れ様でした」
「一番初めのお客が、あのような方々で悪かったね」
「気にしておりません。仕事初日に、任された事、嬉しく思います。
 ありがとうございました」

そう言ったものの、何となく吹っ切れない様子の向井を気にした誉田は、そっと尋ねる。

「向井くん、何か遭ったのか?」
「えっ?」
「朝と違って、悩んだ表情をしているから気になって…」
「あっ、いいえ、その……」
「ん?」
「阿山組の親分さんの事なんです」
「あの親分に何か言われたのか? まさか、味のことでも?」
「違います! 娘さんですよ……笑顔が無かったな…と思いまして…」
「あぁ、あれか。…少しは笑ってるらしいんだがな……あの子の
 目の前で、母親を殺されてるんだよ。それの影響で笑顔を
 失ったんだってさ」
「そうですか…」
「まぁ、気にすること無いよ。向井くんには、その腕で客を増やして
 もらいたいんでね」

誉田の口調に、何となく違和感を感じる向井は、大きく息を吐き、片づけの続きを始めた。

「あとどのくらい掛かりそうかな…」
「ゴミを捨てれば終わりです」
「ったく、初日にそこまで任せて帰るとはなぁ、あいつらは、仕事をする気が
 あるのか?」
「これも仕事です。早く覚えたいので」
「向井くんは、本当にこの仕事が好きなようだな」
「料理を作るのが好きなんですよ。私の料理を食した時の
 みんなの笑顔が観たいから…だから、俺……」

そこまで言った時、向井は何かにひらめいたような表情になった。

「そっか……」

そして、ゴミを捨て、帰り支度に入る。

「誉田店長、終わりました!」
「おぅ、御苦労さん。じゃぁ、次は来週だね。宜しく」
「はっ。お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
 これからも宜しくお願い致します」
「期待してるよ!」

素敵な笑顔で誉田が言うと、向井は、嬉しそうに微笑み、深々と頭を下げた。

「では、失礼致します」

向井は店を後にした。




料理学校の廊下を一人で歩く向井は、声を掛けられて振り返った。

「…なんだよ、あきら」
「なんだよは、俺だよ。…どうした? 涼、滅茶苦茶暗いんだけど…」
「ん?」
「昨日、例のレストランで働いたんだろ? まさか、何もさせて
 もらえなかったのか? 皿洗いばかりだったとか…」
「ちゃんと料理を作ったって」
「それなら、どうして、そんな暗い表情してるんだ?」
「…暗い…?」
「真剣に考えてる…悩んでるだろ?」
「…悩み…か。…ある意味、そうなるんだろうな……」
「……俺で良かったら話してくれって」

宝沢の優しい眼差しに、向井はレストランでの初めての客だった真子たちの話をし始めた。宝沢は、向井の話に耳を傾けていた。

「それで、俺…、真子ちゃんの為に何か出来ないかなぁと思ってさ…」
「難しいと思うよ。俺達には解らない世界の事だろ?」
「まぁ…そうだけど、レストランに来た時の親分さん、極道に
 思えなかったんだよ…」
「そりゃぁ、阿山の親分にとっては、俺達は一般市民だから、
 極道って感じを出さなかっただけだろ。周りにも居たんだろ?
 他の客が」
「あぁ」
「……あのレストランでの事件、知ってるか?」
「事件?」
「阿山の親分を狙って、銃撃戦があったってこと」
「噂は聞いたよ」
「…その後は何も無いけど、阿山組の親分ってさ………。
 その世界じゃ、冷酷って話だぜ。あまり関わらない方が良いって。
 涼の性格だったら、絶対に巻き込まれるから、気をつけろよ」
「巻き込まれるって…あのなぁ」

ちょっぴり怒った口調になる向井だった。

でも……気になるよ……。

そして向井は、大きく息を吐いた。





阿山組本部・真子の部屋。
真子の勉強を、八造が見ていた。一時間ほど勉強をした後、休憩を取る真子。どことなく悩んでいる様子の真子が気になる八造は、話しかける言葉を探し当てたのか、優しく声を掛ける。

「お嬢様」
「はい」
「昨日は、ありがとうございました」

八造の言葉で、真子の表情は一変する。

「ゆっくり休んだ?」

ちょっぴり弾んだ声に、八造はホッと一安心。

「はい。体も動かさず、久しぶりにのんびりと自分の時間を
 堪能致しました」
「良かったぁ〜。…栄三さんと一緒だったんでしょう?」

ドキッ……。

八造の心臓が、一瞬高鳴る。

「え、えぇ」
「悪いこと…しなかった?」

悪いことというより、…敵に何度か襲われた……。

ということを考えもせず、ただ一心不乱に、真子のことを考えている。
心の声を聞かれない為に。

「今回は、誘われても断りました」
「今回…ということは、何度か断られずに…」
「滅相も御座いません!!!!」

慌てたように言う八造に、真子は微笑んでいた。

なんとなく…笑顔の輝きが違うかな…。

その心の声は、真子に聞こえていた。

「…おいしかったの」

真子の突然の言葉に、八造は首を傾げる。
昨日の真子達の行動を思い出し、そして、何がおいしかったのかが解った八造は、話を続けた。

「どんな料理を?」
「あのね…向井涼っていう新しい料理人さんが、担当してくれたの。
 まきたんやお父様の意見を聞きながらね、料理を作ってくれたの!」
「お嬢様は、オムライスですか?」
「うん! それもね、まきたんが作るオムライスと違うの! なんだろう…その…。
 おいしいんだけど、なんとなく違ってて……楽しくなるの!」
「そうですか。嬉しいことです」
「……どうして、八造さんが嬉しいの?」
「お嬢様が喜ばれておられるからですよ」
「そう?」

八造の言葉に首を傾げる真子。その仕草は、なぜか、八造の心を惑わせる……。

「また……行きたいんだけど……。お父様、忙しいから……」

そう言った真子は、少し寂しげだった。

お嬢様……。

「次は、私も御一緒させていただけませんか?」
「八造さんも行きたい?」
「是非。お嬢様が楽しまれること、私も楽しみたいですからね」
「うん! 今度は一緒だよ? ……でも、八造さんのお休みの日は…」
「大丈夫ですよ! 栄三よりも、お嬢様と御一緒に過ごした方が
 私は……………っと………休憩時間は終わりますよぉ」

八造は話を誤魔化すかのように言った。

「はい。次は、算数ですね」
「えぇ。前回の復習になりますよ」
「大丈夫です!」

元気よく応えて、算数の教科書を手に取る真子だった。



慶造の部屋では、春樹と慶造、そして、昨日に大暴れをした栄三が、深刻な表情で黙り込んでいた。

「あのなぁ〜」

呆れたように口を開いたのは、春樹だった。

「仕方ありませんよ。…それより……八やん、どうかなりませんか?」
「はぁ?!?!??」

栄三の突拍子もない言い方に、春樹と慶造は素っ頓狂な声を張り上げた。

「……あの、何も、そこまで、声を…」
「いや、栄三ちゃん。八造くんをどうかって、どういうことだよ」
「八やん、俺よりも厄介ですよ!!」
「そりゃぁ、修司の息子だから、厄介なのは当たり前だけどなぁ。
 栄三ちゃんが嫌がるほどか?」
「その…無茶苦茶暴れ好きって所ですよ。お嬢様の前では、
 そんな素振りを見せないのに、お嬢様が居ない所では、
 驚くほどの表情やオーラを醸し出すんですよ…俺以上に
 暴れてたんですから。…それも、俺の敵まで倒したくらいですよ!」
「公園での事を考えりゃぁ解ることだろ、なぁ、真北」
「俺にふるなっ!」

栄三の言葉を聞いて、春樹は違うことを考えていたのか、意識は別の所に飛んでいた。なのに、いつものように応える春樹。

「真北、話を聞いていたのか?」
「八造くんをどうにかしろって、…どうしたいんだよ、栄三」

春樹の言葉に、慶造は呆れる。

「ほら聞いてない…」
「ほへ?!」
「どうせ、真子の事を考えてたんだろ?」
「栄三が厄介という八造くんを、真子ちゃんの側に置いていて
 いいのか…と思ってだな……」
「…真子の前と居ない所での、違いを聞いてるんだって」
「そりゃぁ、当たり前のことだろが」
「当たり前?!」
「俺だって、真子ちゃんの前では、いつもの感じじゃないぞ。
 真子ちゃんに嫌われたくないからなぁ」
「あぁ、成る程……」

春樹の言葉に納得した慶造だった。
怒りのオーラを、真子に感じ取られ、嫌われたくないということ。

「八造くんも、真子に負けてるんだな」
「勝ち負けの問題じゃないって。…それよりなぁ、栄三ぅ〜〜っ。
 いっつもいつも、言ってるだろぅぐわぁ〜〜っ!!!!」

春樹のオーラが、怒りへと変貌する。それに恐れる栄三は、ふてくされたように口を尖らせていた。




秋が過ぎ、初雪が降った。
うっすらと地面を白い色が覆っていた。そこに大きな足跡と小さな足跡が並んでいた。
真子と八造が並んで走っていた。向かう先は河川敷。堤防の階段を駆け上がり、そして、走り出す。体が火照っているのか、二人が吐く息は白く、後ろに棚引かせていた。
足を止め、そこで体を動かし始める二人。真子は八造の動きを真似ている。屈伸、柔軟、そして、背伸び。八造の動きに遅れないようにと、真子は一生懸命だった。

「お嬢様、休憩しましょうか?」
「まだ、大丈夫です!」
「あまり、無理をすると、熱が出ますよ」
「…そっか……休憩します」

真子は、激しく体を動かしたり、目一杯遊んだりした次の日は、必ず熱を出して寝込んでしまう。それが何度か続いたものだから、いつの間にか、真子の体調の変化まで詳しくなっている八造。真子がどういう時に体を壊すのか、それを把握していれば、真子が寝込むことはない。そう思っての言動だった。

真子と八造は、河川敷の土手に立ち止まり、行き交う人々を眺めていた。
真っ白な地面は、いつの間にか人の足跡や自転車のタイヤの痕、犬の足跡などが付き、まるで芸術のような雰囲気を醸し出していた。

「楽しいね」

真子が言った。

「えぇ。急な雪に、誰もが驚いた事でしょう」
「私もびっくりしたもん。八造さんも?」
「はい。そんな中を一緒に行くとおっしゃったお嬢様にも驚きました」
「そうなの?」

八造を見上げる真子に、

「えぇ」

優しく応える八造。

「庭木も更に冬支度をしなければなりませんね」
「それじゃぁ、今日はお庭ですか?」
「お時間があれば…ですよ」
「帰ったら、先にしてください。お手伝いしてもいいですか?」
「勉強の時間が減りますよ?」
「延長しても大丈夫でしょう?」
「そうですね…では、帰ったら早速、取りかかります」
「はい!」

真子は元気に返事をした。

「では、帰りましょうか。走りますよ!」

八造が声を掛けた。

「八造さん」
「はい」
「少し、スピードを上げましょう!」
「これ以上は、疲れますよ?」
「大丈夫です!」

真子の声に負けたのか、八造は来たときよりも、スピードを上げて走り出す。真子も一生懸命付いていく。


…その速さは、七歳の子供が走る速さじゃないですよぉ〜。

そう思いながら、真子と八造に付かず離れず走っているのは、桂守だった。もちろん、姿を隠すように遠巻きに走っているが…。



阿山組本部の近くに来た真子と八造。桂守は、歩みを停め、二人が門をくぐっていく所を見届けた。桂守が足を止めた所には、隆栄の姿があった。左手の先まで包帯を巻いている隆栄は、軽く手を挙げて、桂守に挨拶をする。素早く駆け寄る桂守は、隆栄に伝えた。

「敵は、お二人の素性には気付いてないようですね。恐らく、猪熊さんの
 息子が妹とトレーニングしていると思っているんでしょう。狙う素振りも
 見せませんでした」
「そうか。やはりお嬢様の事は公になっていないか…」
「そのようです」
「でも、これが、真北さんと一緒だと、狙われるんだろうな〜」

軽い口調で言う隆栄に、桂守は苦笑い。

「八造くんの顔は猪熊さんに似ているのに、誰も考えないんでしょうね」
「そりゃぁ、阿山があれだけ派手に動いていれば、他に目を向けられないって」
「……知りませんよ。これ以上は本当に……」

隆栄さんが危険ですから…。

ここ数日、桂守の動きは尋常でないほど、激しくなっていた。
まるで殺し屋として生きていた頃のような…。
それには、慶造の動きも関係していた。
慶造が忙しく動いていればいるほど、敵の動きも激しくなる。
そして、慶造を狙う行動も……。
狙われる慶造を影で守る修司や隆栄の動きは、それ以上に激しくなる事は当たり前の状態になっていた。怪我が絶えず、完治しないまま次の動きに入る二人に業を煮やした桂守は、再び影での動きに専念する。
影を守る影となって……。

それは、真子の心に飛び火した……。





「厚木っ!!! てめぇぇぇっ!!!」

滅多に顔を出さない阿山組の幹部会に、春樹が乗り込んできた。

「真北っ!」

慶造の声も聞こえていないのか、春樹は周りに目もくれず、厚木の前まで歩み寄り、勢い良く胸ぐらを掴み上げた。

「おっと、暴力反対ですよぉ〜真北さぁん」

力のない口調で言う厚木。それが春樹の怒りの炎を更に強くさせる。

「これ以上、激しく動くと、箱に入る事になるぞ!!」
「真北さぁん、それは、元刑事…としてのお心遣いですか?」
「…あぁ。慶造に負担が掛かるだろうがっ。それに、慶造の思いを
 知らない訳じゃぁねぇだろう?」
「解ってますよぉ。ただ、今回の相手も、言葉じゃ解らん輩だったんで
 ビルを吹き飛ばしてみただけですよぉ。…車は、オマケですけどぉ」
「………って、本当に反省の色が見えんな……」
「それが、私ですからねぇ〜〜」
「あのなぁ〜」

春樹の怒りが頂点に達しそうな時だった。
会議室のドアがノックされ、八造の声が聞こえてきた。

『真北さんは、こちらですか?』

その声に、春樹は厚木から手を離し、ドアを開けた。

「八造くん。今は取り込み中だぞっ」

そういう口調まで、怒りが籠もっている。

「解っておりますが…その……」

言いにくそうな表情をした後、八造は春樹に耳打ちをする。
すると、春樹の顔色が青ざめていった。そして、そのまま去っていく。八造も付いていった。

「………って、何だったんだよ…あいつは…」

慶造が呟いた。

「さぁ……」

そう言いながら乱れた服を整える厚木会長だった。
勝司が開いたままのドアを閉めると同時に、会議が再開される。
慶造は、春樹と八造の行動が気になりながらも、幹部達の言葉に耳を傾けていた。

真子に……何か遭ったのか?




春樹と八造が真子の部屋の前にやって来る。春樹はドアノブを回すが、ドアには鍵が掛かっていた。ノックをするが、返事がない。

「真子ちゃん、どうした?」

春樹が声を掛けるが、やはり返答は無い。

「本当にさっきまで、一緒だったんだな、八造くん」
「はい。算数の勉強を終えて、庭でくつろいでいた時です。
 急に部屋に戻ってしまい、鍵を…」
「さっきとは?」
「五分前です」

俺が会議室に乗り込んだ時……。

「…真子ちゃん、何か言って無かったか?」
「怖い…そう呟いたように思えます」
「………俺が悪いか……」
「えっ?」
「五分前と言えば、俺が怒り任せに会議室に乗り込んだ時だよ。
 まさか、真子ちゃんが庭に居るとは思わなかったんでな。
 庭と会議室の距離は、真子ちゃんの例のあれが反応する距離だよ。
 俺の怒りに真子ちゃんが反応してしまったか……」

大きく息を吐いて、ゆっくりとポケットに手を突っ込み、俯き加減になった春樹は、口を尖らせてしまう。
深く何かを考える春樹の癖。
その癖を知った八造は、その仕草を観たときは、絶対に声を掛けず、春樹の言葉を待っていた。

「…落ち着くまで、待つしかないな…」

春樹が呟いた。
その時、ドアの鍵が開き、ドアがスゥッと開いた。真子が顔を出す。

「真子ちゃん………!!!!!」

春樹が声を掛けた途端、真子が春樹の足にしがみついた。

「まきたん……お父様……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ? どうした?」
「まきたんが怒る時は、お父様が無茶をしたときだから……」
「慶造は怪我をしてないよ。だから、心配しなくていいよ」
「本当?」

真子が顔を上げ、春樹を見つめた。優しく微笑みながら、真子の目線にしゃがみ込み、真子の目に浮かんでいる涙をそっと拭う春樹。

「ごめん、真子ちゃん。驚かせてしまったんだな」

真子は、コクッと頷いた。

「まきたんは…大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。心配しなくていいからね、真子ちゃん」

そう言って、春樹は真子を腕の中に包み込む。
真子は、春樹にしがみつくように腕を回していた。
春樹の手は、真子の頭を優しく撫で始める。

「今日は一緒に過ごそうか?」

春樹が尋ねると、真子は八造を見上げ、

「お勉強の時間……」
「今日は終わりましたよ」

八造が優しく応える。

「八造さんも一緒に…いい?」

真子が春樹に尋ねた。

「一緒の方が楽しいからね。な、八造くん」
「は、ほへ?!??」

急な春樹の言葉に、返事が可笑しくなる八造。それが、あまりにも八造に似合わなかったのか、春樹は笑い出していた。

その日、真子の就寝時間の午後九時まで、春樹と八造、そして、真子の三人は、楽しい一時を過ごしていた。真子に慶造たちの『心の考え』が聞こえないようにと、気を配りながら……。



真子の笑顔は、日が経つ毎に減っていく。
それと比例するかのように、慶造達の行動も闇へと突っ走っていた。
関西との抗争も、表沙汰にはならないものの、激しくなり、厚木の行動も目を覆いたくなるほど残虐になっていった。
敵や味方が生死の境を彷徨うまで激しくなった厚木の行動に、春樹が任務絡みで手を出した。

阿山組系厚木総会会長逮捕!
そのニュースは、瞬く間に世間に広がった。そして、阿山組と関西の抗争も水面下で発展していた事まで、世間に広まってしまう。

そんな中、春樹と真子、そして、八造の三人は、有名レストランへと足を運んでいた。
この日、世間の目を考えて、慶造の姿は無かった。
それが、真子が寂しがる事に繋がっている事は解っていた。それでもレストランへ来たのには、訳があった。
有名レストランで休みの日に働いている料理人・向井の料理を食する為。それによって、真子の心を少しでも明るくさせようという考えから……。


「お久しぶりです、真子ちゃん。その後、どうですか?」

再び担当を任された向井が、挨拶にやって来る。

「そちらのお客様は…初めてお会い致しますね。本日、お客様の
 料理を担当致します向井と申します」
「猪熊八造です」
「当店は、お客様のご要望にお応えする料理を目指しております。
 どのような料理をお望みでしょうか?」
「楽しませてくれれば、何でもいいよ」

春樹が応えた。

「楽しませる?」

確認するかのように尋ねた向井は、ここ数日の間、耳にした阿山組の噂を思い出した。

そういや、娘さんは、そのことで笑顔を…。

再び逢った真子の表情を見て、向井は悟る。

恐らく、今は、前よりも……。

向井が拳を握りしめる。そして、優しく声を掛けた。

「真子ちゃんの為に、嫌なことも吹っ飛ぶ程の楽しい料理を
 作りましょう。なので、楽しみに待っていてくださいね」

向井の言葉に、俯いたままだった真子が顔を上げた。

「…よろしく……おねがいします…」

向井の心の声が聞こえていたのか、真子は、少しだけ微笑んでいた。そんな真子の笑顔に応えるかのような飛びっきりの笑顔を向けた向井は、一礼した後、厨房へと向かっていった。
真子と初めて逢った日から、真子の事が気になっていたのか、向井は厨房に入るやいなや、すぐに調理に取りかかった。この日の為に、何かを考えていた様子。向井の手は、流れるように動き、その表情は、自信に溢れていた。
一品作った向井は、直ぐに運んでいく。

「お待たせ致しました!」

声が弾んでいた。




夜……。
真子は、布団に潜り込んでいた。ここ数日、深く眠ることはなかった。眠ると無防備になるのか、聞こえてくる声に反応してしまう。恐ろしいまでのオーラが漂う本部。真子の心は、破裂寸前だった。しかし、この日、向井の料理を口にしたことで、心は落ち着いていた。
でも、眠れば……。
気を張りつめたままの真子。その事は、親馬鹿の二人も解っていた。
いつものように、縁側に腰を掛け、煙草を吹かす二人の男。

「はぁ〜あ。厚木の行動が抑えられたと思ったら、そのしっぺ返し…か…」

ため息混じりに煙を吐き出す慶造。

「これ以上、怪我したら、本当に……後が無いぞ。…あまり息子達に
 心配させるような事を二人にさせるな」
「それは、二人に言ってやれ。俺は知らん」
「お前の行動が悪い。……もう出歩くな」
「おいおいおいおいぃ〜俺は、籠の鳥か?」
「そんなかわいいもん、ちゃうやろがっ」
「ほっとけ」

二人は同時に煙を吐き出した。

「真子……落ち着いたのか?」

慶造が静かに尋ねた。

「例の料理で、少しは落ち着いたようだな」
「でも、眠らないんだろ?」
「お前らのオーラが、怖いんだよ。なんとかしろ」
「無理だ」
「…真子ちゃんの事…心配じゃないのか?」
「心配に決まってるだろが。真子の表情が、更に暗くなる…
 あの独特の笑顔……遠くなったよな…」

ちさとの事件があってから一年が経ち、色々と考えることもあった。そして、消えていた真子の笑顔も取り戻し始めた矢先の抗争勃発に、真子の笑顔が消えてしまった。戻ったものが遠ざかる。慶造の心まで暗くなりそうな雰囲気だった。

「まさが気にしててな…」

春樹が、煙草をもみ消しながら言う。

「どうして、原田が気にしてる?」
「一応、情報が入るんだろうな。それで、今年は早めに来ないか…と
 連絡があったんだが……俺は、まさの意見に賛成だが、慶造……
 お前の意見が必要と思ってだな…」
「俺の意見を聞かなくても、良いだろうが。…そうしてくれ」
「俺を追い出すように言うな。…俺が居なかったら、お前ら、
 止め処なく暴れるだろうが。…だから、俺は、そっちが心配でな…」
「厚木が居ないなら、暫くは大丈夫だっ」

春樹の言葉を遮るように、慶造が言う。それには、春樹が驚いた。

「慶造……」
「お前が心配するような事はしないから。…だから、真子のこと…
 頼むよ。…これ以上は、俺が辛い。…原田にも言っててくれ」

慶造の声は震えていた。

「解ったよ。明日、出発する。…だから、慶造、約束してくれよ」
「暴れないって。お前が真子から離れる時間を増やさないように
 気をつけるよ。…そして、抑えておくから……」

新たな煙草に火を付ける慶造は、煙を吐き、そして、空を見上げた。

「真子の…為だよ……これ以上……」

これ以上、笑顔が消えるなら、俺は生きている意味がない…。

煙を飲み込むことで、言いたい言葉をグッと堪えた慶造だった。



次の日の昼前に、真子、春樹、八造の三人は、天地山へ向けて出発した。
三人の急な行動に、阿山組の組員達に緊張が走る。
慶造が春樹を追い出した事。それは、阿山組が行動を開始するという合図と同じだったのだ。

悪いな…真北。

三人の姿が見えなくなるまで見送った慶造の表情が、がらりと変わる。
慶造の本能が、顔を出す………。



(2005.5.21 第六部 第十八話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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