任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第二十一話 その春は、是か非か?

春樹は、教育大学の教員駐車場へ車を停めた。車から降り、少し遠くを見つめる。
そこでは、この日の行事『合格発表』が行われていた。受験生が集まり、それぞれが自分の番号を確認するかのように、一点を見つめている。
春樹は、人々の表情を観察していた。
喜び涙する者、驚き不動の者、嘆き哀しむ者、そのまま去っていく者など、たくさんの表情が、そこにある。
春樹は、ゆっくりと歩み寄る。そして、記憶にある番号を探し始めた。

おぉ、あるある。

探していた番号を見つけたのか、春樹の表情に笑みが浮かんだ。
その時、誰かに襟首を掴まれた。振り返ると…、

「あれ程、こちらには姿を見せないように…と申したのに、
 すぐに約束を破るんですか…真北さん」
「中原さん…!!!」

中原は、春樹の襟首を掴んだまま、人気のない場所へと向かって歩き出した。



「ちゃんとお知らせしますと申しましたよねぇ」

中原の言い方には、少し嫌味が含まれていた。

「いいだろがっ。早く知りたいんだから」
「だからって、何も発表の時間と同時に訪れなくても…」
「…観てたんかいっ」
「私の方が少し遅れましたけどね」
「さよですか」
「でも」
「ん?」
「おめでとうございます」
「フッ…それは、芯に言ってくれ」

冷たく言ったような感じだったが、どことなく温かさを感じる中原だった。
この日、春樹の最愛の弟・芯は、親友である翔と航の二人と一緒に、教育大学に合格した。
三人は、揃って入学手続きにやって来る。今まで手にしたことのない大金に、ドキドキしながらも、無事に手続きを終え、大学の近くにある芯のマンションへとやって来る。そして、そこで、ささやかながらも、合格祝いのパーティーを行っていた。

「そや!」
「ん?」

突然、声を張り上げた翔に、芯と航は驚きながら首を傾げる。

「卒業パーティーな、三人でレストラン行こうや」
「レストラン?」
「ほら、有名な、あのレストランだよ。客の要望に応えて
 料理作ってくれる料理人が居るって、話題になってたろ」
「あぁ、あのレストラン。…でも、予約しないと無理だろ?」
「予約は一ヶ月前からだからさ、今日、予約出来るはずだって」
「値段…高いんだろ?」

芯が尋ねた。

「値段も合わせてくれるはずだって」

そう言った翔。その眼差しは、爛々と輝いている。

「ったく、どうしても行きたいんだろ?」

芯の言葉に翔は、大きく頷いた。

「解ったよ。でも、早めの時間にしてくれよ」

少し寂しげに言う芯。

「あっ、ごめん…。お袋さんに連絡…だよな」
「あぁ。卒業出来るのかを一番心配してたから」
「ほんと。あれだけ暴れていたらなぁ〜」

航の言葉に、芯のこめかみがピクピク…。

「わぁたぁるぅ〜、お前ぇ〜喧嘩売ってるんかぁ??」

芯が行動に出る前に、翔と航は、芯の動きを素早く止める。

「こらぁっ! 翔っ、航っ!! 放せっ!!」
「放さんっ!!」

にぎやかな芯の部屋。そんな時間が、芯は好きだった。

お母さん、これからも、頑張ります!!

芯の笑顔は輝いていた。




春樹は、とある寺に来ていた。そして、墓前に立つ。

「お袋。芯は無事に合格、そして、一人で入学手続きをしましたよ。
 一人暮らしをし始めてから、めきめきと成長してます。
 心配な所もあるけれど、少しずつ大人になっていますよ。
 だから、安心して下さいね」

暫く墓を見つめた春樹は、ゆっくりと歩き出し、寺を去っていった。

春樹が去って暫くすると、芯が翔と航と引き連れてやって来た。

「あれ? 誰か来てるぞ」

航が、芯が向かう墓に供花と線香が立てられている事に気が付いた。

「いつもの事だよ」

優しく応える芯。

「いつも?」
「俺が来る日には、必ず。恐らく、父さんと兄さんの知り合いだと思う。
 月命日にも、こうして、供花と線香が立てられてるし」
「ふ〜ん。…おじさんもお兄さんも、人望が厚いんだな」
「尊敬してるよ。…俺は、同じ道は歩みたくない。…刑事なんて、
 人を助けるけど、家族を哀しませるだろ? …俺は、それだけは嫌だ。
 だから俺は、人に教える事が出来る仕事に就きたいんだよ。
 人の心が解る人物になるように…」
「そうだよな。俺も、芯と同じだよ」

翔が言った。

「俺も。だから、芯と一緒に過ごしたいんだ」

航が微笑みながら言った。

「翔…航…」

芯は、二人の名前を呼んだっきり、感極まったのか、何も言えなくなった。

「泣くなよぉ〜」
「泣いてないっ!」
「ったく、泣き虫ぃ」
「うるさいっ!」

そう言った芯は、何かに気付いた。

「……って、航…お前…、その言い方、勘違いするから辞めろっ」
「えっ?! えっ?!???」
「まぁ、いいじゃないのぉ〜。俺達、そういう仲…だろ?」
「翔ぅ〜悪のりするなっ!」
「すまんすまん!! それより、早く、報告報告!」
「そうだった!!」

そして、芯、翔、航の三人は、手を合わせた。それぞれが、何かを伝えていた。



三人が去った後、一人の男が、その墓前に近づいてきた。そして、墓を見つめた。

「真北家…?」

男は、墓の後ろにある名前を確認する。そこには、良樹と春樹、そして、春奈の名前が彫られてあった。

「あの高校生とどういう関係なんだろうなぁ」

ぽりぽりと頭を掻きながら、芯たちが去った方を見つめる男…栄三だった。
慶造から、春樹の行動を調べるように言われている栄三は、春樹の行く先々に付いていく。そして、この日、謎の行動の一つが判明した。
月に二回、墓参りをしている事。
先程、芯が言ったように、良樹と春奈の月命日に、春樹は墓へ来ていた。その日までの自分の行動と芯の行動を伝えに。




「残りの行動は、未だに判明してません」

慶造の部屋で、栄三が、この日の春樹の行動を事細かく伝え、そして、墓参りをしている事も伝えた。慶造は、大きく息を吐いて、煙草に手を伸ばし、火を付ける。

「まぁ、親の墓参りは当たり前だけどなぁ。その高校生のことは?」
「芯、航、翔。という名前しか解りませんでした。そして、
 父と兄の知り合いが墓参りに来ているのでは…とも話してましたよ」
「ということは、真北家の人間だろうが」
「えぇ。…でも、真北さんは、家族は居ない…とおっしゃってますよ?」
「……もう少し、その高校生を調べてくれるか?」
「無理でぇ〜す」
「…栄三ぅ〜お前なぁ〜〜」

栄三の言い方に、どことなく苛立ちを覚える慶造は、こめかみをピクピクさせていた。

「特殊任務の方の姿が、ちらほらとぉ」
「任務の男達が?」
「えぇ」

そこまで聞いた途端、慶造は、煙草をもみ消し、そして、言った。

「じゃぁ、その件は、もういい」
「いい…って、その…」
「特殊任務が付いているなら、調べようがないから、諦める。
 後は、真子を託す事を相談するときに聞き出すよ」
「四代目……やはり、俺も付いていっては駄目ですか?」
「…小島の代わりが居らんだろが。それに、栄三、お前は…」

そこまで言って、慶造は口を噤んだ。

真子のために命を投げ出し兼ねん…。

そう言いたかったのだ。

「もういい、下がれ」
「はっ。失礼します」

栄三は、深々と頭を下げて、慶造の部屋を出て行った。
一人になった慶造は、再び煙草に火を付けた。吐き出す煙に目を細めながら、天井を仰ぐ。

ったく、死人が、最愛の弟を見守るんじゃねぇよ…兄馬鹿…。




翔が、レストランから出てきた。その足で、芯のマンションへと向かっていく。


「予約取れたぁ〜!」
「本当か?」
「三月二十日の午前十時半から午後十二時までの予約ぅ!
 卒業式の二日後だけど、ちょうどキャンセルが出たんだってさ」
「ふ〜ん…。……で?」
「一応、その料理人にも会ってきた。…なんと驚け、俺達と
 同じ歳なんだってさぁ。料理学校も卒業して、働いてるってさ」
「料理学校って、卒業早いんか?」
「就職先が見つかってて、単位も取れていたら、卒業だってさ。
 俺達とえらい違うよなぁ」
「で、味は?」
「そりゃぁ、もぉ〜。芯が作るよりも上手かった」
「………喰ってきたんかいっ!」

芯の言葉に、笑顔を見せて、

「うん!」

高校を卒業する男に見えない雰囲気で、翔は大きく頷いた。





春樹と慶造は、またしても、夜の庭を見つめながら、縁側で煙草を吹かしていた。

「なぁ、真北」
「ん?」
「刑事の仕事は…続けるのか?」
「真子ちゃんとの生活を観てからだよ。…真子ちゃんは刑事が
 嫌いだからさ…」
「真北の事は好きだろが。…嫌いにならんって」
「はいはい」
「で、八造くんも付いていくんだよな」
「八造くんが望んでるからさ」
「俺も……付いていこうかな」
「お前が来たら、今の生活と変わらんやろが」
「真子は……承知したのか?」
「泣いて、否定された」

春樹の言葉に、慶造は驚いたような表情を見せる。

「お父さんを一人に出来ないっ!! …て感じでな」

空を仰ぐ春樹。

真子…俺の事を考えてくれるのか…。

「それで?」

真子の気持ちを聞いた事で、慶造は、真子に対する自分の気持ちを悟ってしまう。
だが、これ以上、真子と一緒に暮らすのは…。
そう考えると、やはり、冷たい言葉が出てくる慶造。春樹に尋ねる口調も、冷たかった。

「お前には、猪熊さんも小島さんも居る。そして、慶造を守る組員も居る。
 慶造は一人じゃないから、大丈夫。…慶造の仕事が終わるまでだから。
 それまでは、俺と八造くん、そして、真子ちゃんの三人で暮らそうな…と
 言ったよ」
「…まぁ、その通りだな」
「それなら、我慢する。…でも、家を出るなら、最後にお父様と楽しく
 過ごしたい……ということで、例のレストランに予約しておいた」
「……ふ〜ん。…って、おいっ!! 真北、お前、また強引に事を進めるっ!」
「そうでもしないと、渋るだろうが、お前も真子ちゃんも」
「うっ…ま、…まぁ、そうだけど……いつだよ」
「三月二十日の午後十二時」
「二週間後…か」
「永遠の別れじゃないんだから、落ち込むなって。俺も協力するから」
「お前が絡むと、穏便に終わるだろが」
「仕方ないだろっ、刑事なんだぞ、俺は」
「…そうだった…。やっぱり忘れるよ、お前の職業…」
「うるさいっ」

二人は、夜空を見上げた。そして、同時に煙草を消し、新たなものに火を付ける。

「なぁ、真北」
「ん?」

春樹は縁側に寝転んだ。

「お前さ………」
「ん?」
「…いいや、なんでもない。忘れてくれ」
「なんだよ、一体。煮え切らない男だなぁ」
「ほっとけ」

慶造も縁側に寝転ぶ。そして、春樹をちらりと観た。
春樹は眠っていた。

なんで、俺…訊けないんかな……。
ちさと……ごめん。どうしても、躊躇うよ……。

縁側から見える夜空を見つめ、慶造は心で語りかけていた。





世間が、卒業式を行う時期。とある高校で、卒業式が行われていた。卒業生は、無事に卒業証書を受け取り、そして、思いでづくりに写真を取り合っていた。

「おぉい、芯! もう帰るのかぁ?」
「悪い! 仕事なんだよ、ゴメンよ」
「明後日、忘れるなよ!」
「わかってるよ!」

元気に明るい声で去っていったのは、高校を卒業した芯は、清々しい素敵な笑顔で、手を振っていた。

「こんな日にも仕事かぁ。あいつ、タフだな」
「疲れを知らないんだよな、芯は」
「お兄さんが、行方不明で、心労から、お母さんまで
 倒れて、そして…色々あったよなぁ」
「ま、あいつが笑顔を見せるなら、安心だしな。」
「そうだよな。って、あいつ、笑顔しか見たことないよな。」
「あの時以外は、笑顔だもんなぁ、芯は。」
「でも、怒ったら怖いだろうな。なんてったって、芯は
 格闘技マスターだもんな。」
「こりゃぁ、大学入ったら、引く手あまただろうなぁ。」

そう言って、笑顔で芯の後ろ姿を見送る親友の翔と航の二人だった。


芯は、自宅のマンションに走って帰ってくる。マンションの玄関先で、管理人に挨拶をした。

「こんにちは」
「芯くん、卒業おめでとう! で、これから?」
「はい
「こんな日くらい、友達とゆっくりしたらいいのに」
「駄目ですよ。一日でもさぼったら、学費払えませんから」
「無理したら、駄目だからね。何かあったら、いつでも言ってね!」
「ありがとうございます!」

元気に挨拶をした芯は、家で着替えを済ませ、すぐに出かけていった。向かう先は、進学塾の建物。この塾の講師として、芯は働いていた。



三月二十日。
某有名レストランの厨房では、この日の予約客への準備に追われていた。料理学校を卒業し、意欲満々で働いている向井涼の姿も、そこにある。
そこへ、店長が顔を出し、向井を呼んだ。

「向井くん、今日の事でお話があるんですが」
「はい」

向井は、手を止めて、厨房の外へと出てくる。

「今日は、向井くんを指名してる客が、かなりあるようですが、
 一人で大丈夫ですか?」
「はい」
「あまり、お客様をお待たせするのは良くありませんからね」
「心得ております」
「それよりも、キャンセルの所に予約したのは、高校生でしたね」
「えぇ」
「向井くんの腕が泣きますよ」
「は? …それは、どういう事でしょう?」
「もっと、こちらを余してる客を優先に…という事ですよ」

そう言って、店長は指で丸を模った。
お金持ち。
そう言いたいのだった。

「店長、お言葉ですが、客は誰でも平等です。それに、その人に
 合うように、お答えしております。あまり高価な物じゃなくてもいい。
 心が和む料理をというお客様には、そのようにお答えしております」
「そこ、そこなんだよ、向井くん。やはり、君はまだまだ若いねぇ」
「…店長?」
「話題になったことで、少しは注目を集めてるんだから、もっともっと
 金を儲けることを…」
「俺は、俺の料理で笑顔が増える、それだけで充分ですよ!」
「そういう考えは、自分で店を持ってからにしなさいな」

そう言って、店長は、向井の頭を小突いた。
それに黙っている向井ではない…。

「……あんたなぁ〜〜」

低い声で呟いた時だった。

「って、向井!」

二人の様子を伺っていた先輩の料理人が、向井を引き留める。

「そろそろ開店ですよ。しっかり働いて下さいね」

料理人を馬鹿にしたような口調で、店長は去っていった。

「先輩、放して下さい! あいつ……ぶん殴るっ」
「やめておけ。その手を痛めるだけだぞ。それに、あんな奴を
 殴っても何の得にもならんしな」
「先輩…」
「もう少し我慢しろ。…俺達もあの店長の考えには付いていけなくてな。
 時期を観て、ここを出ようと思っているから。その時は、向井も
 来ればいいよ」
「でも俺…」
「さぁさぁ、気を取り直して! 今日は来るんだろ? 例の高校生トリオ」
「はい。俺と同じ歳の客に料理をするとは、夢にも思わなかったから。
 俺…嬉しくて、張り切ってしまいました」
「それに、午後には、真子ちゃんも来るんだっけ?」
「久しぶりに腕が鳴りますよ!!」
「その調子! 何かあったら、言ってくれよ。手伝うからさ」
「ありがとうございます!!」

先程の雰囲気とは違い、向井の表情は活き活きとし始める。そして、二人は厨房へと入っていった。


午後十時半。
時間ぴったりに、芯、翔、そして、航の三人が席に着いた。

「いらっしゃいませ。本日、お客様の担当を致します向井です。
 卒業記念ということですので、とびっきり素敵な料理を
 御用意させて頂きました。高校生活を懐かしみ、そして、
 これから新たな道を進むのが楽しくなるような料理です。
 どうぞ、お楽しみ下さいませ。少しの時間ですが、
 思い出の片隅にでも、今日の日が残れば、幸いでございます」

向井は深々と頭を下げる。

「それと、ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとうございます。今日は宜しくお願いします」

芯たちは、声を揃えて向井に言った。

「それでは、早速……」

一礼し、向井は厨房へと向かっていった。料理に取りかかる向井は、周りに目もくれず、手を動かし始める。芯たちだけでなく、他に三グループの料理も受け持っていた。根も上げず、まるで、料理するのが楽しいかのように、振る舞う向井を、先輩料理人たちは、感心するように見つめていた。

そして、芯たちのテーブルに料理が運ばれてきた。


「しかも、あの先生、こぉんなに大げさに真似して、後ろに
 ふんぞり返ってしまったよな」

翔が小声で話していた。

「そうそう! もう、あの時の姿を思い出しただけで、
 腹痛くなるよぉ」

航がお腹を抱えて笑っていた。そんな航を観ている芯も、つられて笑っていた。

「その後の話、知ってるか?」

芯が言った。

「知らないぞ」
「こけた時に、腰を思いっきり打ったみたいでね、しばらく
 動けなかったって。心配した女生徒が、見舞いに行って、
 同棲がばれたって話だよ」
「やっぱりなぁ。同棲してたんだぁ」
「だから、慌てて結婚したんだってさ」
「芯も、よく知ってるなぁ」
「だって、先生、隣に住んでいたんだよ」
「ってことは…」
「前々から同棲していたことは、知ってたよ。それを黙っているのは
 つらかったよぉ」

笑いを堪えながら、芯が言うと、

「教えてくれてもいいやろぉ!」

凄く残念そうに翔が言った。

「駄目駄目。口止めされてたからね」

芯は、素敵な笑顔で言い切った。

「しっかし、入学式まで、結構時間あるよなぁ」
「ほんとだな。ま、大学で遊べない分、目一杯遊ぼうか」

翔が言った。

「旅行にでも、行くか?」

航が、目をランランと輝かせて言った。

「…今からじゃ、遅いやろ」

冷静に、芯が応える。

「それに、俺は、無理だからな」
「…芯〜、また、そんなこと言うぅ」
「…ごめん…。でも、兄貴を捜さないとな…きっと何処かで
 生きているはずだから。…やくざの考えることは、一つだし…。
 絶対、何処かに……」

芯の眼差しが鋭くなる。
芯は、この話をする時、必ずと言って良いほど、雰囲気が一変するのだった。それは、笑顔を絶やさない芯の印象をがらりと変えてしまうほど…。
その雰囲気を親友の二人は、いつも感じていた。

しまった…。

二人は、慌てて話題を変えた。




阿山組組本部。
玄関先では、これから出掛ける慶造を見送る為に、組員がずらりと並んでいた。しかし、その慶造は、誰かを待っているかのように、屋敷の奥を見つめている。

「呼んできましょうか?」

栄三が声を掛ける。

「いいや、まだ、間に合うだろ。…真北に任せるよ」
「はっ」

慶造が見つめる先にあるのは、真子の部屋。実は、真子が暗い表情で突っ立ったまま、動こうしない為、春樹と八造は、どのように声を掛ければいいのか悩んでいるのだった。

「真子ちゃん、遅れるよ」
「………まきたん」
「はい」
「今日、本当に、お父様とお別れなの?」
「これからの事を考えての食事会ですよ。新しい家が見つかるまでは
 慶造と暮らせますから。お別れは、まだ先ですよ」
「でも……」

春樹は、真子の前にしゃがみ込む。

「真子ちゃん、今日は笑顔で過ごして欲しいな」
「…笑えない……お父様と別れるのに……」
「それでも、笑顔の方が、慶造も落ち着けると思うよ? ん?」

春樹は真子の頭を優しく撫でる。

「…笑顔…頑張る……」
「うん。そうしような。さぁ、行こうか」
「…あの、…その…まきたん」

一歩踏み出した真子は、何かを躊躇う。

「真北です」
「…真北さん」

真子は春樹の名を呼び直す。

「はい」
「玄関…」
「あっ、そうですね」

『玄関』と真子が言っただけで、何を躊躇っているのかが解った春樹と八造。八造は、素早く行動に移る。

「では行きますよ」
「はい! まきたん! …あっ……」

ちょっぴり照れたように、真子が言った。

真子と春樹が玄関までやって来た時は、ずらりと並んでいた組員の姿は、既に無かった。八造が、二人の靴を用意し、春樹は靴を履いた後、真子の靴を履かせて、真子を抱きかかえて立ち上がる。

「さぁて、行こうか、慶造」
「…真北ぁ、お前が張り切ってどうするんだよ」
「いいだろうが」
「ったく。それと、これ」
「ん?」

慶造は、春樹にサングラスを差し出した。

「今日は掛けておけ」
「ったく」

拒むことなく、春樹はサングラスを掛け、そして、八造がドアを開けて待機している車に乗り込んだ。慶造は、勝司が待つ車に乗り込む。八造はドアを閉めて、助手席に回った。真子と春樹が乗る車は、栄三が運転をし、慶造は別の車・勝司が運転する車に乗っていた。助手席には北野が座っている。

「四代目、本当に御一緒しなくて良かったのでしょうか?」
「気にしなくていい。それよりも、本当に食事、いいのか?」
「今日は、真子お嬢様の為の食事会ですから、御遠慮します」
「場が…持たん」
「大丈夫ですよ。真北さんが付いておりますから」
「勝司ぃ〜お前なぁ」
「出発しますよ」

慶造の言葉を遮るかのように、勝司が言って、アクセルを踏み込んだ。
真子と春樹が乗る車も、慶造の後を追うように走り出す。


この日、新たな出会いがある事には、気付きもせずに……。



(2005.6.1 第六部 第二十一話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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