任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第二十六話 最強の家庭教師

真夏の太陽が、気合いを入れたような雰囲気の朝を迎えた。この日も快晴。…ということは、

八造は、いつもよりも元気よくジョギングに出掛けていった。
阿山組の奥にある道場では、元気な声が聞こえてきた。
春樹は、既に起きて、この日のスケジュールをチェックする。
慶造の部屋では、勝司が寝起きの悪い慶造を起こし、不機嫌な表情のまま、身支度を整える慶造に、この日のスケジュールを伝えていた。

「…勝司」
「はっ」
「……朝の稽古は?」
「若い衆の体が火照った頃に向かいます」
「修司と小島が担当か?」
「はい」
「あいつらは、いつになったら大人しくしてくれるんだよ…ったく」

隆栄の体は、未だに動かない箇所がある。傷の後遺症も残り、治るはずの怪我も完治する前に動かすものだから、中々治らない。
慶造は気にしているが、隆栄は慶造の、その言葉だけは耳を傾けない。
そして、修司も同じだった。
慶造を守った時の傷が、未だに疼き、時々痛みが走る。それを慶造に悟られないようにと振る舞っているが……慶造には、ばれている。
部屋着に着替えた慶造は、勝司に何かを告げてから、食堂へと向かっていった。
食堂には、住み込みで家庭教師をしている芯の姿があった。

「おはようございます」

食事担当の組員達が、慶造に気付き元気よく挨拶をする。
芯は、何かに集中しているのか、慶造の姿や、組員の声に気付いていなかった。

「早いな、山本」
「………。あっ、おはようございます」

慶造に声を掛けられて、慶造の姿に気付く芯。

「何を考え込んでいた?」
「今日のお嬢様の勉強の事です。机に向かってばかりでは
 体の発育が遅くなりそうだな…と思いまして…学校では
 体育の授業がありますが、こちらではどうすればよいのか…」
「それには及ばんぞ。八造と戯れている時があるだろ」
「えぇ」
「あれに含まれている」
「そうでしたか。見掛けていた時に、不思議に思ったのですが…。
 気付きませんでした」
「…真子は?」
「未だ、寝ております」
「起こしてこい」
「八造くんが、叩かれてましたよ」
「……朝に弱いのは、俺に似たからなぁ……すまんな」

慶造は、芯の前に腰を掛け、芯を観察するように見つめ始める。

「あの…何か…?」
「ん? いいや、…その……。格闘技が得意だと耳にしていたが、
 空手や合気道、柔道、剣道…すべてなのか?」
「体を鍛えるために始めたら、いつのまにか全てを身につけないと
 気が済まなくなっておりました」

…真北と同じだな…。

口にはしなかったが、慶造は話を続けた。

「ここに来てからは、体を動かしていないだろう?」
「大学の前期の授業には出ておりましたし、その際に道場へ
 足を運んでおりましたから、大丈夫です。それに、時間を
 見つけては、裏の庭で体を動かしております」
「……一度、道場で手合わせしてみないか?」
「組員の方々と…ですか?」
「あぁ。守宮を倒すくらいだ。八造辺りでどうだ?」
「八造くんと…ですか?」

芯は、少し嫌な表情を見せていた。
八造の事は、真子から少しばかり聞いている。かなりの腕だということを。そして、八造に、真子の教育の事を尋ねていた時に、それとなく聞いていた。

八造くんは、お嬢様のお世話係だけですか?

その時に八造の本来の『仕事』の事も聞いていた。

「自信…無いのか?」
「いいえ、そのようなことは…。ただ、八造くんの筋力は
 並大抵のものじゃない事くらい判ります」
「やってみなけりゃ…解らんだろ。今からでも良いだろう?」
「いや、その…」
「今日は直ぐに戻ってくるはずだ」

慶造が言ったと同時に、八造が食堂に顔を出した。
ジョギングと言っても、街を一周しただけだったのだ。

「良い天気の時は、真子と外で遊ぶ予定だからな」

そう言って、慶造は八造に近づき、芯との手合わせの話を始める。

俺…良いとは言ってないんだけどな…。

仕方ないか…というような表情で、芯は立ち上がった。




道場の中央では、芯と八造が向かい合って立っている。
何やら緊迫した雰囲気が漂い始めた。

「はじめっ」

修司の声と同時に、二人は一礼し、そして、構える。
暫く、睨み合いが続く。
先に動いたのは、八造だった。
八造が差し出した拳を簡単に避け、振り向き様に蹴りを繰り出す芯。
八造は、予想していたのか、軽く避けた。
再び睨み合いになる二人。
今度は、芯が拳を差し出した。
八造は、避ける事無く、その拳を腹部で受け止める。
八造の口元がつり上がる。

「その程度ですか…」

八造が言った。

「まだまだ序の口ですよ」

芯のオーラが、瞬時に変わる。
眼差しが鋭くなると同時に、素早い連続蹴りを八造に向けた。
八造は、いくつかの蹴りを受けながら、攻撃に出る。
八造の素早い拳を軽々と受け止めた芯。しかし、その瞬間、腹部に強烈な膝蹴りを受けてしまう。

ぐっ……。

前のめりになった芯の体に、力を込めた拳を差し出した。
まともに受けた芯。その体は、宙を舞った……。




真子が目を覚まし、顔を洗いに部屋を出る。再び部屋に戻り、部屋着に着替えた後、食堂に向かっていった。
食堂は、いつもの光景と少し違っていた。

「おはようございます、お嬢様。良い夢、観ましたか?」

向井が、厨房から姿を現し、真子に優しく声を掛けてきた。

「おはようございます、向井さん。…あの…いつもと雰囲気が…」
「そうですね。慶造さんが、山本先生と八造くんを連れて道場に
 向かわれました。先に朝食を済ませるようにと言われております」
「……山本先生と一緒に食べる……お時間…掛かるのかな…」

真子が静かに訴える。

「お嬢様が起きる時間には戻ると仰ったのですが…」
「道場に向かって、どれくらい経ったの?」
「一時間は過ぎてますが…」
「もしかして、山本先生…」
「大丈夫ですよ。山本先生は、格闘技が得意だと
 お話していたでしょう?」
「でも…八造さんの強さとは違うんでしょう?」
「う〜ん……そうですね…。ちょっと様子を伺って来ます」

向井の言葉に、食堂に残っている組員が顔を上げた。

「向井、それは止めた方が良い」
「ん?」
「道場は、そんじょそこらの雰囲気と違うぞ。恐らく今は…」

組員の言葉に、真子の顔色が変わる。
組員の心の声が聞こえた様子。それに気付いた向井は、真子の目線にしゃがみ込む。

「お嬢様は、こちらでお待ち下さいね。怪我するといけませんから」

しかし…、

「私も行く!!」

真子は向井の腕をヒシッと掴んでいた。



道場。
八造の拳の勢いで、壁に飛ばされた芯は、背中を強打していた。
芯が宙を舞う姿を目の当たりにしたのは、向井から事情を聞いて、道場には滅多に足を運ばない春樹だった。

「…って、慶造!! てめぇ〜」
「手合わせなのに、あいつら、いつの間にか本気になってるんだよなぁ」

慶造の軽い口調に、怒りを覚えた春樹は、手を伸ばし、慶造の胸ぐらを掴み上げた。

「芯は、体が弱いんだぞ! 前に言っただろがっ」
「その影響は、薄くなったんだろ? それに、山本自ら、体を
 鍛えてるから、手加減はいらないと言ったんだぞ」
「それでもな……」

その時、道場にどよめきが起こった。
壁に飛ばされた芯が立ち上がり、目にも止まらぬ早さで、八造に駆け寄り、八造と同じくらい強そうな拳を差し出していた。
流石の八造も、その拳に飛ばされ、芯と同じように宙を舞い、壁に背中を強打した。

「…っつーー!!」

八造は、そんな事は慣れている。
ゆっくりと立ち上がり、体勢を整えた。
お互い息が上がっている。
睨み合いが続く。
息を整え、拳を握りしめる。

「うりゃぁっ!」

かけ声と同時に、お互いが拳を突き出した。

「!!!!」
「…!!?!??」

相手の体に突き刺さるはずの拳は、誰かの腕に動きを止められていた。

「…向井さん…」

八造と芯は同時に呼んだ。
二人が突き出した勢いある拳は、向井の腕によって、簡単に止められていた。その腕を巧みに動かし、拳を降ろさせる向井は、俯き加減になり

「お嬢様が起きる時間を過ぎているんだが…」

地を這うような声で、静かに言った。
その場が凍り付く瞬間。
慶造の胸ぐらを掴み上げていた春樹は、向井の行動に呆気に取られ、いつの間にか手を放していた。

「向井くんの…本来の姿は……」

春樹が呟いた時だった。足下で、小さな何かが動いた。
ふと目をやると、そこには、真子が心配そうに道場の中央を見つめていた。

「真子ちゃん。ここに来ては…」
「…八造さん、山本先生!!」

春樹の言葉が聞こえていないのか、真子の目は、八造と芯に釘付けだった。

「お嬢様…」

二人は、駆け寄ってくる真子を見つめていた。
真子は、八造と芯の側に立ち止まり、二人を見上げた。
その眼差しは、凄く心配している事が解る程、憂いに満ちていた。

「大丈夫ですよ、お嬢様。これくらいは、まだまだ軽い方ですから」

先程まで見せていた恐ろしいまでの雰囲気とは違い、八造が優しい眼差しを真子に向けて、温かい声で話しかけていた。

えっ??

八造の言葉を聞いて、驚く芯。八造の切り替えの早さに驚いていたのだった。

「良かった……。山本先生って、強いんですね」
「えっ…あっ、は……まぁ……、八造くんの方が強いですよ」

そう応えるのが精一杯の芯は、道場に感じるオーラに気付き、目を向けた。
春樹が心配そうに芯を見つめている。
芯は、その眼差しを微かに覚えていた。何となく、心が痛くなる眼差し。
唇を噛みしめ、何かから逃れるかのように、芯は突然、歩き出す。

「山本先生!」

芯の突然の行動に、驚いた向井は声を掛けたが、芯は振り向きもせずに、去っていった。

「どうしたんだろう…」

真子は心配の眼差しで、芯の後ろ姿を見つめていた。



慶造と春樹は、勝司運転の車で、とある組事務所に向かっていた。
春樹が、ため息を吐く。

「どうした、珍しいな。こういう日こそ、やる気満々のお前が
 ため息を吐くとはなぁ」
「あん?…あぁ、今朝の道場だよ」
「真子に見向きもしてもられなかった事を嘆いてるのか?」
「それもある」
「山本先生の腕に驚いたのか?」
「それは驚きもしない」
「じゃぁ、なんだよ」
「……向井くんだよ。相当な暴れん坊だとは聞いていたが、
 あの二人の拳を簡単に受け止めていただろ」
「そうだったな。…料理人は、腕っ節も強くなくては困るんだろうな」
「腕だけじゃない。反射神経の他にも、恐らく…」
「まぁ、噂じゃ、健と睨み合いしてるらしいがな。この世界じゃ
 当たり前の事だから、気にしてないぞ」
「真子ちゃんが気にするだろうが」

春樹の頭に浮かぶのは、まず始めに、真子の事らしい。最愛の弟が、側に居る事になっていても……。

「…あのなぁ、真北。お前、真子の先に心配することがあるだろうがっ」
「お前に、とやかく言われたくない!」
「はいはい。そうでした、そうでしたぁ」
「なんか、いちいち腹が立つ言い方だなぁ〜〜」

後部座席のやり取りを、運転しながら、ハラハラ伺っている勝司は、助手席に大人しく座っている北野が、更に身を縮めた事に気付いていた。

「北野、どうした?」
「いいえ、その…。先日の向井の眼差しを思い出したので…」
「栄三と一緒の時の…あれか?」
「はい。料理人とは思えない鋭さ…。なんとなく、笹崎さんに
 似た雰囲気もありました」
「俺は、そう思わないんだけどな……」

小さな声で語り合う二人をよそに、後部座席では、愛娘の事で言い合いが始まっていた。

本当に、お二人はお嬢様の事になると、何もかもそっちのけですね…。

フッと笑みを浮かべた勝司は、ほんの昔の事を想いだしていた。
二人の言い合いが始まれば、必ず止めていた女性…ちさとの事を……。



真子の部屋では、芯の教えの下で、真子が勉強中。

「ねぇ、山本先生」
「はい。どちらでしょうか?」

芯は、解らない所があったのだと勘違いする。
この日、朝の手合わせの後から、芯の様子がいつもと違っている。
どことなく上の空な感じ。

「…学校……って、何?」
「へっ?!」

突然の言葉に、驚く芯。
真子の頭の中には、学校と言う言葉が無い様子。

芯が真子の家庭教師を始めた頃の事。
勉強の進み具合を知るために、春樹と八造に聞いていた時のこと。
学校では、その年齢は、そこまで習わないということを、芯が言った。しかし、ここでは関係ないと二人に言われた事で、芯は、年齢に関係無く、真子が覚えたら次に進むという方法をとっているのだった。
世間では知っていて当たり前の事だが、世間の目に触れさせないように、そして、あまり外出させないようにしている事が影響してるのか、真子は、時々、妙な質問をすることがあった。

「お嬢様、学校の事…」
「私、よく解らないんです。同じ年齢の人たちが、一緒に学んで遊び、
 そして、成長していく…ということしか。きちんと規則もあって、
 その事を学ぶ……道徳…というんですか? それを身につけるとも
 お聞きしてます。だけど……」
「お嬢様の事を心配して、家庭教師を雇っていた事は…」
「存じてます。…色々な人が来られたのに、みなさん、すぐに
 辞めてしまったんです。恐らく、この屋敷が怖いからだと…
 みなさん、とても良い人ばかりなのに、…やくざだからと言って
 怖がってしまったんでしょうね……」

そう言う真子の表情は、どことなく寂しげだった。
家庭教師が、すぐに辞めてしまったのは、阿山組組本部の雰囲気だけでなく、真子を守る二人の男が起こした行動が深く関わっている。その事を芯は既に悟っていた。

「なのに、山本先生は、怖くないの?」
「怖くありませんよ。私の腕は、もう御存知だと思いますが…」
「八造さんを飛ばすくらいだもん。怖くないよね!」
「……もしかして、八造くん…」
「道場では、手合わせ出来る人が居ないんだって」
「そうでしょうね。あの拳と蹴りは、ずしりと重たかったですよ。
 それと、組員のみなさんからは、同じようなオーラは感じられませんし、
 それに………。お嬢様??」

芯は、真子の目線を感じ、声を掛けた。

「お体…大丈夫ですか?」

心配そうに声を掛ける真子。芯は、真子の温かさを感じたのか、優しい眼差しを向けて、応えた。

「ありがとうございます。私は、本当に大丈夫です。
 私が道場に通っていた頃は、当たり前の事でしたから」
「……私も……格闘技…身につけたいな…」
「お嬢様には、必要ありませんよ?」
「前に、八造さんに少し教えてもらったんだけど、八造さん、忙しくなったから、
 それっきりなの…。…私………」
「お嬢様?」
「…怖いの……。ここに居る人達は、みなさん優しいんだけど、
 やくざでしょう? ……だから、何を考えているのか…解るから…。
 その事を考えると…怖くて。…それに、もし、私の身に何かが起こったら
 それこそ、みなさんが体を張って守ってしまう。八造さんがそうだから。
 私、そんなの嫌なの…。自分で出来る事は、自分でやりたい。
 自分の事くらい、自分で守りたいから。そうすれば、きっと、もっと外に
 出ても良いって言われるかもしれない。…一人で外出も…」

真子の言葉に、芯は不安を感じた。
真子の事は、少しばかり春樹に聞いている。
誰もが信じ難い特殊能力を持っている事。その能力の影響で、真子が凶暴になる事もある。そして、人の心の声を聞いてしまう。
春樹や慶造が、真子を外出させないのは、その事を考えてのこと。そして、組員との接触も避けているのも、心の声を聞かれない為。
真子の側に近づいて良い組員は、心まで自分でコントロール出来る者だけ。
そして、真子自身、人には聞こえない声が聞こえる事も知っている……と。
その声を聞かないようにと、常に気を張っているということも、聞かされていた。

だから、笑顔が消えてしまうんだ…。

寂しそうに言った春樹の表情が、脳裏に焼き付いている芯は、いつの間にか真子の頭を優しく撫でていた。

「お嬢様。慶造さんに相談してからにしましょう。格闘技も身につける事は
 良い事ですよ。私はお奨めします。体も鍛えられますからね」
「山本先生が、教えてくださるの?」
「これでも師範ですよ?」
「…しはん?」
「人に教える資格を持っている人のことです」
「だから、先生なんだ!」
「ほへ?! ……ふっふっふ…」

妙に納得した真子の言葉に、芯は笑い出してしまう。

「…私…おかしな事でも言った??」
「いいえ。お嬢様の表情が、かわいくて……あっ…」

自分の発した言葉に驚き、口を噤む芯だった。

そして、二日後。
真子は、芯から格闘技を教わり始めた。
八造の手ほどきを少しばかり受けていたこともあり、真子は、みるみるうちに格闘技を覚えていく。
その様子を栄三が、常に伺っている事は、真子も芯も気付いていた。
真子は、その事を気にするが、芯は、それとなく気をそらすような言葉を掛けていた。



慶造の部屋で、栄三が芯と向井の行動を報告していた。
芯が教えた格闘技、そして、向井と真子が過ごした時間と、その時の行動。それを毎日のように観たこと全てを伝えている。

「真北の怒りが目に浮かびそうだな」

慶造が呟いた。
芯が格闘技を教え始めた事は、春樹が反対していた。
格闘技を身につけた事で、赤い光の影響を受けた真子が、更に強化してしまう可能性があるからだった。しかし、真子が自ら望んだこと、そして、最愛の弟の行動に文句が言えない春樹は、

体を鍛える程度で良い

と伝えただけだった。

「………それにしても、一緒に風呂に入るようになるとはな…」

煙草に火を付けながら、慶造が嘆く。

「一汗流す。裸の付き合いですからね」

栄三が言った。

「………。……??? ……って、栄三」
「はい」
「それは、男同士だろうがっ」
「えっ?!?!」
「ったく、お前は真子に色々と教えるのは良いが、普通の事を教えろっ。
 本当に………困った奴だな…」
「……はぁ、すみません……」
「それより、真北の行動は?」
「健に頼んでます」
「あまり、健に無茶させるなよ、小島が嘆くだろ?」
「健が望んでの行動ですよ。…すべてはお嬢様の為です」
「そうだったな……」

ったく、真北の馬鹿が…。

慶造は、ため息を付いた。
芯が、真子の家庭教師として、働き始めた事を知った途端、いつもの行動(芯の様子を伺いに出掛ける)は納まったが、その時間が余っているのか、以前よりも増して、阿山組=慶造への協力体制が強化されていた。
慶造の想いを実現させるために、邪魔な輩を排除する。
言葉で理解しないのが、この世界。
自分が望む物を手に入れる為には、どんな手段も選ばないという心意義の持ち主ばかりだから、反発は起こる。それが、例え、大っ嫌いな銃器類を使った行動でも…。
しかし、その銃器類を向けた輩には、春樹の本来の仕事が絡んでくる。
もちろん、相手は、お縄になっている。
金で解決させる輩も居るが、それでも春樹は、頑として自分の意見を通そうとする。
拳に変わる事が、ほとんどだが…。
その拳を止める役が、栄三だった。
しかし、今、その役を健がやっている…。

「栄三」
「はい」
「…健の目つきは、本来の姿なんだよな」
「えぇ。あいつがお笑い界で見せていた表情は、今になって思えば
 偽りの姿だったんですよね。…本当に不思議な奴です」
「お前に言われりゃ、せわないな」
「ほっといてください」
「ほっとけないな」

慶造は煙草を灰皿でもみ消した。





特に予定の無い日、慶造は、自分の部屋でくつろいでいる。読書で時間を潰していた。
春樹が帰ってきた事が、屋敷内の雰囲気で解る。

真北の野郎…、また無茶して来たな…。

毎度のように行われる春樹の外出と激しい動き。本来なら、慶造も加わるべき事だが、春樹に止められていた。
春樹が行動しっぱなしなのは、原因があった。
最愛の弟が側に居る事。
それも、昔のように、『兄ちゃん』と慕うのではなく、『あなた』呼ばわりで、他人行儀、ついでに、険悪なオーラを醸しだし、話しかけたり、姿を観たりすると、直ぐに目の前から去っていく。
そんな芯の行動が、居ても経ってもいられなくなり、寂しさを紛らわす為に、動き回っているのだった。
しかしながら、夜には、真子と話をし、添い寝もする。真子の就寝時間を過ぎた頃に帰ってきたら、必ず寝顔を観ている。そんな春樹の行動は、芯には解ってるのだが、春樹は、ばれていないと思っているらしい。

慶造は、読んでいた本を閉じ、春樹の動きを探っていた。
いつもなら、帰ってくるなり、真子の部屋に向かい、様子を伺った後、慶造の部屋にやって来るのだが、この日は、違っていた。
慶造の部屋の前で、誰かに呼び止められ、真子に会いに行くのを阻止されている様子。

この険悪なオーラは、山本だな。
真北に何を話しているんだ??

気になる慶造は、更に集中する。
暫くすると、春樹は別の場所へと向かっていった。

……またしても、隣かよ…。ちっ…。

本当に春樹から相談を受けたいらしい。しかし、春樹自身の相談事は、必ず隣の料亭の主人である笹崎に。ため息を吐きながら、煙草に火を付けたその時、部屋のドアがノックされた。

『山本です。ご相談があるのですが、よろしいでしょうか』
「あぁ。入れ」

慶造の言葉を聞いてから、芯はドアを開け、部屋に入ってきた。

「失礼します」
「兄貴と違って、礼儀正しいな」
「はい?!」
「いいや、気にするな」

真北と一緒で地獄耳か…。

慶造は、煙草をもみ消す。春樹から芯の体のことを聞いている為、その事を考えての行動だった。芯は、ドアの前に腰を下ろし、正座をする。

「こっちに来いよ」
「いいえ、私は」
「気にしなくて良い。…で、相談とは、何だ?」
「真子お嬢様の事です」

真子の…事……。まさか…。

慶造は、部屋に入る前、春樹と話していた事を思い出す。
最愛の弟が来た事で、春樹は、またしても、真子を連れて去っていくと話し始めたのかもしれない。春樹が笹崎の所に向かった事も関わり、慶造は何故か勘違いをしている。
鼓動が少し早くなった。

「真子の事とは?」
「お嬢様から、相談を受けまして、…その……」
「ん? 気にせず、話してくれよ。真子のことに関してはな」
「はい。実は、お嬢様が、学校に行きたいと言っておりまして…」
「……学校か……」

慶造は、腕を組んで口を尖らせた。
まるで、誰かの仕草そのもの…。

「危険は承知です。しかし、お嬢様の望みを叶えてあげたいと
 思いまして…。お嬢様が望むものは、何でも叶えたいんです」

真子の事を語り出す芯。真子自身は、未だに芯と打ち解けず、素敵な笑顔を見せるのを躊躇っているのに、芯は既に、真子の事を真っ先に考えている。

本当に、この兄弟は……。

慶造は、ふと何かを思い出す。

「学校なぁ…。俺が通っていた所は、真子に対しても同じ思いだろうな」
「同じ…思い?」
「四代目を継いだ途端、態度がコロッと変わってなぁ。
 卒業はさせるが、通うのは駄目だと言われたんだよ」
「そのような学校は、私も嫌ですよ!!」

うわぁ、真北そっくりだな…。

春樹にも同じような話をしたことがある。その時、春樹は目の前に居る芯と同じような表情と口調で、そう言ったのだった。

「安全な学校。それでいて、やくざの娘も関係なく扱ってくれる所。
 …そうだ。飛鳥の娘が真子より一つ上だったよな。その学校なら
 安全かな…。考えておくよ。…しかし、真北にも相談だな」

芯は慶造の言葉に首を傾げた。

「ん? どうした?」
「慶造さんは、何でも真北さんに相談されるんですね。
 あなたが、お嬢様の父親のはずでしょう? なのに、なぜですか?」

その言葉は、刺々しく感じる。

「育ての親にも相談するのが当たり前だろう? そう言う山本こそ、
 なぜ、そこまで真北を目の敵にするんだ? …理由があるのか?」
「…そ、それは…」

慶造は、ゆっくりと息を吐き、芯を見つめる。芯は、何かを誤魔化すような表情に変わっていた。

「…兄への…仕返し…か? …それとも、俺への復讐か?」
「…!!!!!」

芯の目は、見開かれた。



(2005.6.8 第六部 第二十六話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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