任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第三十二話 心を解き放つ天地山

ゲレンデの雪が輝く次の日。
春樹は、眩しさに目を細めながら、ゲレンデを滑る人々を見つめていた。その中には、もちろん……。



ゲレンデを滑り降りる二つの姿。
一人は緑系のスキーウェアを着ている。もう一人は、ネコのキャラクターがかわいいスキーウェアを着ていた。ゲレンデを滑り終わった場所で、雪煙を立てながら止まるネコキャラクターのウェアを着た人物。その直ぐ後に、緑色のウェアーの人物が止まった。二人は、ゴーグルを外し、お互い見つめ合う。

「………ぺんこう、本気?」
「……これ以上スピードを上げますと、危険ですよ、お嬢様」
「見守らなくても、転けないもぉん!」

そう言いながら、真子はゴーグルを付けて、リフト乗り場へと向かって滑り出す。

「おっと!! お嬢様! 休憩しないと!」
「もう少し滑る!」
「駄目ですよ!!」

緑系のウェアを着た芯は、真子を追いかけて滑り始める。
駄目だと言いながらも、リフトに乗って、上へと向かっていく二人。途中で、八造にスキーを教わっている向井の姿を見つけ、リフトの上から手を振る真子。それに気付き、手を振り返す二人だった。

「ねぇ、ぺんこう」
「はい」
「そろそろ中腹の喫茶店に行く? むかいん、滑るようになったし」
「そうですね。途中で二人と合流しましょうか」
「はい!」

真子の笑顔が輝いた。


真子と芯は、ゲレンデの途中で八造と向井の二人と合流し、ゲレンデを降りてくる。そして、再びリフトに乗って、真子が言った中腹にある喫茶店へと向かっていった。
ドアを開けると、

「いらっしゃいませ!!」

店長の京介が元気よく迎えた。

「こんにちは、店長さん」

その声に、京介の表情が明るく変わる。

「真子ちゃん、いらっしゃい! 昨日はドカ雪だったから、
 客も無くて寂しかったぁ〜。待ってましたよ!」
「ありがとう。あのね、あのね! こちらが、山本先生、ぺんこうって
 呼んでね! そして、向井さん。むかいんと呼んでくださいね。
 で、八造さんは、くまはち!」

真子に紹介され、軽く頭を下げる芯と向井。真子の勢いに圧倒されていた。
本部では見せない明るさと元気良さ。そして、勢いがある。
天地山の空気が、ここまで変えてしまうとは…初めて来る二人には、驚く事ばかりだった。
本来の真子を知らないだけに……。

「真子ちゃんが付けたあだ名でしたよね。支配人からお聞きしてますよ。
 どうぞ、こちらに。この時間ですから、昼食ですか?」
「私はいつもの!! ぺんこうは?」
「そうですね…」

真子に促されて、向井と一緒にメニューに目を通し、注文する。


真子達の前に、昼食が並ぶ。それぞれが味わうように食べ、そして食後の飲物を口にする。オレンジジュース、珈琲、紅茶。それぞれがおいしそうに飲んでいる姿を、客の相手をしながら、京介が見つめていた。

家庭教師に、料理人、ボディーガード…か。

新たに入ってきた客を丁寧に迎えながら、京介は、不思議な三人をただ、見つめるだけだった。

「店長さん」
「はい」

真子に呼ばれると、直ぐにやって来る。その仕草に、芯と向井は、誰かを感じていた。

「頂上に行きたいんだけど、その……身につけるの忘れてた!」

真子が言う『身につけるもの』。それは、もしもの事を考えての小型無線機のこと。ついでに言うと、まさがゲレンデに出ている真子の居場所を見つけ出すために用意したものだったのだが、そのことは、真子には内緒だった。

「兄貴には私が伝えておきますよ」
「店長さん」
「はい」
「兄貴って言ってるよ?」
「あっ!! すみません!! その、…あに……あ…支配人には内緒にぃ」
「心得てます! では、ごちそうさまでした」
「また来て下さいね」
「はい! では、明日のパーティーでね!」
「今年こそ、お客の方に顔を出しますから! お気を付けて」

真子達は、喫茶店を出て行った。
窓から見える真子達の姿。真子は笑顔で芯や向井に話しかけ、そして、頂上の方を指さした。目線を感じたのか、真子は店長の方に振り返った。笑顔で手を振り、芯たちと滑り出した。

おっと、連絡連絡。

京介は、ホテルの支配人直通電話に連絡を入れた。



支配人室に響く呼び出し音。その電話に手を伸ばしたのは、春樹だった。

「真北です」
『店長ですが、支配人は…』
「部屋には居ないが…。真子ちゃんは頂上に向かったのか?」
『はい、その通りです。その…』
「大丈夫だ。今年は二人も心強い若者が居るからな」
『そうですね。でも、その……支配人には…』
「俺が伝えると思うのは、間違いだからな」

と言って、電話を切る春樹だった。
ゲレンデを見つめる。

居ないと思ったら……。

寂しそうに、ため息を吐いた。




天地山の頂上から見える景色は、今年も一面真っ白。その景色が一望できる場所に真子達がやって来た。

「ここ!」

真子が素敵な景色を紹介するが、芯と向井は、目の前に広がる景色に、言葉を失ったのか、返事をすることも忘れていた。真子は、二人を観察するように見つめる。しかし、二人は、真子の目線に気付かないほど無防備になっていた。
真子は、後ろの方に居る八造に振り返り、

思った通り、無口になっちゃったね!

目で訴えた。八造は、笑顔で真子に応えていた。
そして四人は、景色を眺めながら、時を過ごしていた。

雲が、流れる……………。



真子達が、天地山ホテルに戻ってきたのは夕方。それぞれのスキー板をフロントに預け、エレベータホールへと向かっていく。ロビー近くにある支配人別室から、まさが出てくる。従業員に指示を出して、ちらりと時計を見た。その仕草で、フロント係の女性が、真子達が居るエレベータホールを指さした。まさは、その方に振り返り、真子達が笑顔でエレベータに乗っていくのを確認する。

楽しまれたようですね、お嬢様。

真子を見つめる時だけ、まさの表情は、滅茶苦茶綻んでしまう。仕事に戻ると、支配人の表情へと変わるまさ。
その格差に、従業員は何故か心を和ませていた。


真子が着替え終わったと同時に、春樹が真子の部屋に帰ってきた。

「真北さん! お帰り。体調は…?」

真子が心配そうに見つめた。
真子には、前日の射撃ゲームの疲れがまだ取れないからと言って、スキーを断っていた。春樹の言葉を聞いて、心配した真子は、自分も一緒に残ると言ったが、春樹の心を知っている八造は、なんとか誤魔化して、真子をスキーへ連れ出したのだった。

「だいぶ良くなりましたよ。ご心配をお掛けしました」

真子を抱き上げ、恒例のチュウ。その瞬間を必ず目にしてしまう芯は、またしても、呆れたように項垂れる。

「むかいん、スキーはどうだった?」

春樹が尋ねる。

「たった一日で滑ることが出来るようになりましたよ。やはり
 くまはちの教え方は素晴らしいですね」
「むかいんの覚えが早かったのには、驚きました」

八造が応えた。

「そろそろ夕食の時間ですよ。レストランに行きましょうか」
「真北さんも一緒?」
「えぇ。今夜は御一緒致しますよ」
「……その……まささんは、お仕事かな…」
「お仕事ですね」

ハキハキと応える春樹。

「そっか…」

寂しそうに言う真子だった。

「明日に備えてのお仕事ですから、今日は我慢しましょう」
「はい!」

春樹の言葉に、真子は元気よく応えた。


レストランで笑顔を輝かせながら、食している真子を、まさは少し離れた所から見つめ、再び仕事に戻る。
明日が…チャンス……。
と密かに何かを抱きながら……。

そして……。

待ちに待った(?)天地山ホテル恒例のクリスマスパーティーが始まった。
毎年訪れる客も、この日を楽しみにしていた。
大広間の中央にそびえ立つ樅木は、今年も豪華に飾り付けられていた。
グラス片手に、芯と向井は、樅木の大きさに圧倒されながら、見上げていた。少し離れた所では、今年も八造と春樹が、女性客に囲まれて、話し込んでいる。他の女性客が、新たな顔の芯と向井を見つけたのか、声を掛けに歩み寄る。芯と向井は、驚きながらも、優しく受け答えしている。
その光景を、真子とまさは、一緒に眺めていた。

「お嬢様の前に居る表情と違うでしょう?」
「うん。どうして? やはり、お父様の子供だから…遠慮するのかな…」
「遠慮する人は、お嬢様を抱きかかえたり、一緒にお風呂に入ったりは
 しませんよ。お嬢様がもう少し大きくなったら、解るようになります」
「恋???」

真子の言葉に、まさは、あんぐり…。

「それも…」
「えいぞうさんから!」

真子は微笑んだ。そして、大広間内を見渡す。

「どうされました?」
「店長さん…居ないな…と思って…」
「今年も厨房ですよ」
「一緒に楽しみたいと言ってたのに…」
「一緒に楽しむと、むかいんが厨房に回りますよ?」
「えっ?」
「パーティーを楽しむようにと言われてるのに、厨房の方を
 気にしてましたからねぇ、むかいんは。本当に料理を作るのが
 好きなんですね」
「もしかして、店長さんが?」
「お嬢様に申し訳ないと言って、自ら…ね」
「そうだったんだ…。店長さんに悪いこと…しちゃったな…」
「気になさらないでくださいね」

まさはニッコリ微笑んで、真子に言った。
その笑みの裏には、兄貴としての威厳が掛かった事を隠しているが……。



その頃、厨房では……。

兄貴のあほぉ〜っ。意地悪ぅ〜。

と嘆きながら、忙しい厨房で、京介は動き回っていた。



「それより、今夜お渡しするんですか?」
「うん! 私がね、サンタになるの!」
「衣装を御用意しましょうか?」
「あるの?」
「私も御一緒致しますよ」

まさの言葉に、真子の笑顔が輝いた。


まささんと一緒に寝る!!

そう言って、パーティーを終えた後、真子は、まさと一緒にまさの部屋兼用の支配人室へと入っていった。
寂しげな春樹の表情に気付きながらも、まさは無情にドアを閉める。


真子の部屋には、春樹と八造、隣の部屋には芯と向井が、寝静まった頃……。
部屋のドアが静かに開いた。
ちょっぴりぶかぶかの服を着た小さな子供と、その子供に付いて入ってきた大人の姿があった。

「お嬢様、こちらですよ」

夜目に慣れない真子に気を配りながら、夜目に慣れているまさが、小さな箱を袋の中から取り出した。

「真北さんが寝てるの?」

囁くように真子が尋ねる。

「そのようですね。はい」

真子は、まさから箱を受け取り、春樹の枕元に、そっと置く。隣に寝ている八造に振り返る。まさは、別の箱を取り出し、真子に手渡す。真子は、八造の枕元に、静かに静かに置いた。

「ぺんこうとむかいんは、お隣なの」
「では、行きましょう」

二人は、静かに語り合い、そして、隣の部屋に通じるドアを、そぉぉぉっと開けた。
少し暗がりに目が慣れたのか、真子は二人が寝ているのを確認した。しかし、どちらが芯なのか、解らない様子。

「ぺんこうは…どっちなの?」
「左です」

昔取ったなんとやら。まさは、直ぐに判断出来る様子。春樹の時と同じように、まさから受け取る箱を、芯と向井の枕元に、静かに置く真子。

「メリークリスマス!」

真子が静かに言い、まさに振り返り微笑んだ。

「では、部屋に戻りますよ」

真子とまさは、真子の部屋を通って、そして、部屋を出て行った。
真子とまさの足音が、廊下の先に消えていく。
ドアが開き、閉まる音が聞こえた。
もちろん、人の気配には敏感な春樹と八造は起きていた。…というより、まさからこの夜の真子の行動を聞いていたのだった。
春樹は、枕元の箱に気付き、そっと手を伸ばす。

「今年は、サンタからのプレゼント…か」

嬉しそうに微笑んで、大切そうに箱を抱きかかえ、眠りに就いた。
八造は起き上がり、箱を手にする。箱の大きさから、中身は予想出来た。

お嬢様、ありがとうございます。

八造は箱を手に、深々と頭を下げた。
隣の部屋では、芯がベッドに腰を掛けて、真子が置いていった箱を見つめていた。

なんだろ……。

腕を組み、じっと見つめる芯。隣のベッドで眠る向井は、熟睡している。

起きたら、驚くんだろうな……。

フッと笑みを浮かべる芯だった。



真子が元気よく、自分の部屋のドアを開け、

「おはようございます!!」

朝の挨拶をした。
春樹と八造は、ソファに腰を掛けて、プレゼントを広げていた。

「これ、真子ちゃんから?」

春樹が尋ねると、

「はい!」

元気よく応える。

「いつもありがとう。大切に使うからね」

春樹の言葉に、真子が可憐な笑顔を見せる。

「お嬢様、今年もありがとうございます。大切に使わせていただきます」

八造が丁寧にお礼を述べる。

「八造さんのお財布、ボロボロになってたから…使ってね」
「はっ」

真子の目線は、隣の部屋に通じるドアに向けられた。

「起きてるようですよ」

春樹が応えると、真子はドアを開け、同じように元気よく挨拶をした。

「おはようございます!」
「お嬢様、おはようございます。…その……これ……」

芯がプレゼントを開けて、驚いている。

「冬、寒いから…それに、似合うかな…と思って…」

芯は手にしている緑色のニット帽を被る。

「どうでしょう…」
「うん! 素敵!!」

真子の笑顔まで、プレゼント。芯の表情が少しだけ、綻んだ。

「なるほど、お嬢様からのプレゼントだったんですね」

向井が驚いたように声を挙げた。

「えっ?!」

それ以上に驚いた声を挙げる芯。

「いや…その……。朝、目を覚ましたら、ここに箱が…。
 時期が時期だけに、サンタからのプレゼントだと…。
 天地山は、ここまで凝ってるんだと思ったよ……」

向井のすっとぼけた言葉に、その場に居る誰もが、声を挙げて笑い出す。
更に和んだ真子達だった。

この日、芯は真子にもらったニット帽を被ってスキーを楽しんでいた。向井と八造も、一緒に滑っているが、真子は、ホテルの庭で春樹と過ごしていた。
あまりはしゃぎすぎると熱を出しますからね。
と念を押された真子は、パーティーの時にまさから聞いた言葉を思い出し、芯と向井、そして、八造の三人で楽しむようにと伝えたのだった。

「真子ちゃん」
「はい」

真子と雪だるまを作っている春樹が、真子に尋ねる。

「慶造とも話していた事だけど…」
「…学校のこと?」
「えぇ。同じ年頃の人達と過ごすというのは、
 くまはちたちのような事を言うんですよ」
「そうなの?」
「えぇ。どうですか? あの三人を観ていて」

真子は、雪だるまを作る手を止め、考え込む。
春樹と同じように口を尖らせて…。

「楽しそう。それに、私が声を掛ける事が出来なくなる時もあるし、
 三人だけの雰囲気……好きだな…。真北さんは、どうなの?」
「どう…とは?」
「学校、行ったんでしょう?」
「えぇ、行きましたよ」
「同じ年代の人と遊ぶ事…楽しかった?」
「そうですねぇ〜。悩み事や勉強の相談、そして、進路などを
 気兼ねなく話せる友達が居ましたからねぇ。楽しかったですよ」
「…そのお友達と、今は会ってるの?」
「時々、会ってますよ」

春樹は嘘を付く。

「大人になっても、楽しめるんだ…」
「えぇ。大人の遊びもありますからね」
「大人の…遊び??」
「ふふふ。真子ちゃんには、まだ早いですよ。大人になってからの
 お楽しみですね」
「はぁい。…お友達……。私にも出来るのかな…」
「出来ますよ」

春樹が微笑んだ。
その微笑みに安心したのか、真子の笑顔が輝き、そして、雪だるまを作る手に元気さが戻っていた。

真子ちゃんのランドセル姿か……。

ちょっぴり危険な(?)男が、想像する……。



その夜……真子は、案の定熱を出してしまう……。

春樹が付きっきりになって、真子の看病をしていた。
熱を出したのは、春樹にも責任があった。昼間、雪だるまを作るのに、一緒になってはしゃいだ春樹。庭を雪だるまで埋め尽くしてしまうほど造りまくった二人。まさが庭の景色が代わり、雪だるまの間から見える二人の姿に気付き、止めに入るまで、二人ははしゃいでいた…まるで我を忘れて…。


八造と向井は、真子の部屋に通じる扉から、真子と春樹の様子を覗いていた。

「向井さんは、笹崎さんから何か教えてもらわなかったんですか?」
「何か…とは?」
「いいえ、その…息子同然に思っている向井さんに、教えてるかと…」
「料理のことか?」
「えぇ。熱冷ましになる特製料理。それだけは、笹崎さんは
 誰にも教えないと聞いてるんだけど、向井さんには教えてると思った」
「おやっさんの料理を伝授だなんて…恐れ多いことだよ」
「…そういうことか…」
「それにしても…」

向井がため息を吐きながら言う。

「真北さんって、本当にお嬢様の前では、人が変わるんだな」
「娘同然だからなぁ。娘には、あそこまで男親は変わるのかな…」
「あっ、そっか。八造くんは男兄弟ばかりだったっけ」
「えぇ。…もし、女の子が居たら、親父もあのように……」

八造は、春樹のとろける表情を修司に置き換えて、想像している。しかし、中々表情が重ならないのか、徐々に眉間にしわが寄っていく…。

「八造くん、難しいなら考えない方が…」
「…そうですね…すみません」
「明日は一日、ここになるのか?」
「恐らく。でも、明日は雪が降ると支配人が言ってましたよ」
「八造くんは、天地山商店街に行ったことありますか?」
「ん? 行きたい?」
「えぇ。俺もお嬢様にプレゼントを…と思ってね」
「それなら、料理の方が、お嬢様も喜ぶと思うけど…」
「………。そっか。明日厨房借りれるか、支配人に尋ねてみようっと」
「…えらい張り切りようだなぁ」
「あったりまえだぁ」

扉を閉め、ベッドに腰を掛ける二人。

「あれ? まだ帰ってこないな…どうしたんだろ」

向井が言った。

「そういや、煙草吸ってくるって、部屋を出たのは一時間前…」
「いくら、ヘビーでも、一時間も吸いっぱなしなんて…なぁ」

心配そうに向井が言うが、

「気晴らしになって、いいんちゃうかぁ」

八造が、軽い口調で応えた。

噂の芯は、部屋を出てロビーの喫煙場所で煙草を吸っていた。一箱吸い終わり、新たな煙草を買い、再びソファに腰を掛けた。ふと目に飛び込んだ庭。夜には、ちょっぴりライトアップされているが、そのライトが、雪だるまを不気味に照らしていた。

夜は不気味だなぁ……。

芯は、思わず笑みを浮かべていた。
新たな煙草に火を付ける。

「眠れませんか?」

その声に振り返ると、そこに、まさが立っていた。

「支配人…」
「夜の見回りに降りてきたら、こんなところで…それも…」

まさは、芯が手にする煙草を取り上げ、

「あと一年ちょっとは、我慢しなさい」

灰皿で煙草をもみ消した。

「すみません」
「酒も駄目、煙草も駄目では、気晴らしにもなりませんね。
 しかし、厳しい目をした二人は今夜は部屋を出ることは
 ありませんよ。…お酒でしたら、どうです? とても良い物が
 私の部屋にありますが、召しますか?」
「いや、でも……」
「大丈夫ですよ。そういう方面に関しては、湯川よりも上手ですから」
「はぁ…では、お世話になります」

芯は立ち上がる。

「あぁ、その代わり」
「はい」
「煙草は吸わないで下さいね。私は体が弱いですから」
「は…はぁ…」

そう見えないんだけどな……。

と想いながら、芯は、まさと一緒に部屋に向かって歩いていく。



まさの部屋。
芯は、自分が泊まっている部屋と同じ造りなのに、仕事部屋になっている事に驚きながら、事務室の中央にあるソファに腰を掛ける。部屋を見渡す芯に目の前に、グラスとアルコールが置かれた。氷を用意しながら、まさが話しかける。

「そんなに珍しい部屋とは思いませんが、何か気になりますか?」
「支配人室というから、何か特別かと思ってました」
「本来なら、ロビー近くにある別室の方で仕事をすべきなのですが
 こちらの方が、ゲレンデも一望出来ますし、お客様の様子を
 伺えますからねぇ」
「そうですか」

ちらりと窓を見つめる。ブラインドの隙間から、ゲレンデが見える。

「あれ? ナイトスキーも出来るんですか?」

人が滑っている様子も解ったのか、芯が尋ねた。

「その隙間から解るとは、視力も良いんですね」

氷をグラスに入れ、アルコールを注ぐ、まさ。

「どうぞ」
「いただきます」

芯は、グラスに手を伸ばし、味わうように一口、口に含んだ。

「確か、初日の事件で、初めてアルコールを口にしたとか?」
「あっ、えぇ、湯川さんの言葉に、思わず誘惑されてしまいまして…。
 悪いこととは思ってるんですが、ついつい…」
「解りますよ。私が初めて口にしたのは、十五…」
「えっ?!?? 支配人って、もしかして……不良だったんですか??」

不良…って言うのかな…俺の行動は…。

「不良というか…その…育った環境ですね、…恐らく」

照れたように言ったまさは、自分のグラスを空にするように、勢い良く飲み干した。芯も同じようにグラスを空にする。
再び、アルコールが注がれる。

「…ここ…どうですか? 心…安らいでますか? 日頃の疲れが
 吹っ飛びそうな、そんな感じがしませんか? そして……
 何もかもが白紙に戻されたような気持ちになりませんか?」

まさは、矢継ぎ早に質問する。芯はまさを見つめ、

「あの…急に……」

まさの言葉に疑問を抱く芯。

「すみません。私が、ここを守ると決めたのは、訪れるお客様には
 心を安らいでもらって、疲れも吹っ飛び、そして、嫌なことには、
 くよくよと悩まず、初心を思い出して、ここを離れた時には
 元気さを取り戻して頂きたいと思ったからです。人として備わった
 心を取り戻してもらいたい……だから……」

ふっと笑うまさは、話を続ける。

「そう言うと、格好良く感じますが、本当はお嬢様の為に……」

この人まで、お嬢様の事を考えるのかよ…。

眉間にしわを寄せ、唇を噛みしめる芯。

「山本さんを観ていると、安らがれておられませんから、
 気になりまして……」
「あっ、すみません…。目一杯楽しんでいるのですが…」
「それは、スキーでしょう? だけど、心は未だに曇ってますよ」
「そんな事はありませんが…」
「お嬢様が気になさりますよ」
「…あなたまで、お嬢様を第一に考えるんですね。八造くんが
 考えるのは解ります。お嬢様を守る立場ですからね。それに
 向井さんが、お嬢様のために料理を作るのも解りますよ。
 向井さんを救った感じですから。…だけど、真北さんやあなたが
 お嬢様を第一に考えるのは、私には理解出来ないことなんです。
 何が、そこまで……」
「真北さんも私も、お嬢様に救われた人間ですからね」
「真北さんは、慶造さんにでしょう?」
「おや? 真北さんが慶造さんに救われたとは?」
「あっ、……いや……何も…」

自分の任務の話は、この人にはしてないのか…。

芯は、グラスに手を伸ばし、氷を見つめる。グラスを傾けながら、何かを考えていた。

「ふふふ。…そうしていると、本当にそっくりですね」
「は?」
「先日も思ったんですが、寝顔……真北さんにそっくりだなぁと」

芯の目が見開かれた。

「その事を、真北さんに伝えたら…」

芯はゴクリと生唾を飲む。

二人の関係が、知られてしまう……。

芯の表情が変わるのを観察している、まさは、優しく微笑む。

「大丈夫ですよ。お二人の事は、真北さんから聞いてます。
 それに、何年か前に、心に突き刺さる想いの一つだとも…」
「あんた……まさか…」
「阿山組に身を置くことになってからは、真北さんは大切に思う弟に、
 自分のことを打ち明けられず、ただ、影から見守ることしか
 出来ないでいる…それが悔しくて…とね」
「…あの人…そんなことを…? …どうして、あなたに??」
「一度…命を懸けて闘った仲…だからでしょうね」
「命を懸けて…闘った?」

驚く芯とは違い、温かな眼差しで芯を見つめる、まさ。

「私……殺し屋でしたから」

その言葉に驚き、思わず立ち上がる芯。

な、な……何っ!!!




真夜中。
芯は自分の部屋に戻ってきた。それも、片手にアルコールが入った瓶を持って……。
先程まで一緒に飲んでいたまさから頂いた物だった。
部屋を見渡すと、向井と八造は、すっかり寝入っている。
そのまま芯の足は、ベランダへと向かった。

そこにあるテーブルと椅子に気付き、芯はアルコールをテーブルに置き、椅子に腰を掛けた。
煙草に火を付け、吐き出す。
目の前に広がるゲレンデは、小さくライトアップされているだけだった。ナイトスキーの時間は終わっていた。
ゲレンデを整備する音だけが、静かに聞こえている。
芯は瓶から直接アルコールを口にする。
先程、まさから聞かされた驚愕の過去に、芯は何も言えなくなる。
春樹やまさが、真子を第一に考える事も理解した。
しかし、自分には信じられない。認めたくない…春樹の本音…。
唯一、血が繋がる兄弟の自分にさえ、打ち明けることは半分。すべてを知っているのは、過去を共にしたから…。
まさが、そう言っても、芯は認めたくなかった。

くそっ……。

春樹の事を知れば知るほど、芯の心は複雑な思いに駆られる。そして、沸き立つ怒りの気持ち。それを抑える事が出来ない自分にも苛立っていた。
アルコールを勢い良く飲む芯。

『…急激に飲むのは、体に悪いぞ』

急に聞こえてきた声。それは、自分の心を落ち着かせるものだった。
その声の主が誰かも解る。…だからこそ…

「あなたには、関係ありませんよ」
『経験者が語るんだ』

その声は、薄い壁を隔てた隣のベランダから聞こえていた。
目をやると、細い煙が立ち上るのが解った。

「お嬢様の側では吸わないんじゃなかったんですか?」
『それこそ、お前には関係ないな』

真子の添い寝をしていた春樹も、気を紛らわせる為にベランダに出ていた様子。

「まさの事…聞いたのか?」

春樹は、手すりにもたれ掛かりながら、尋ねる。

「えぇ。支配人の素早さは気になってましたが、まさか…
 そんな過去があったとは……。阿山組も相当、悪いことを
 していたんですね」
「だから、俺の行動だ」

春樹のいう『行動』とは、家族を守るために縁を切った事。芯には、春樹の言いたいことが解っているが、

「そんな阿山組と親密になってるとは…あなたの考えが解りませんよ」

冷たく当たってしまう。…例え、春樹の本心を、まさや慶造から聞いていても…。

「それでいいんだよ。…ただ…」
「ただ?」
「真子ちゃんにだけは、心配掛けるなよ」
「また、それですかっ」
「あぁ見えても、真子ちゃんは、俺以上に厄介だからな」
「それは、能力の事を?」
「それもあるが、…自分のことより他人のことを考える事だ。
 お前が危機にさらされた時には、真子ちゃん…その身を
 挺してまで、お前を守るだろうな…」

それは、あなたに対してでしょう?

芯は言いたい言葉を飲み込んだ。
隣のベランダの人の気配が消えた。春樹が部屋に戻ったのだろう。
芯は、アルコールに手を伸ばす。

体に悪い…か…。
俺の体だっ。放っておいてくれっ

そう想いながらも、芯は、アルコールを勢い良く飲み干した。



まさから過去の話を聞いてから、芯は、まさへの接し方がぎこちなくなってしまう。
そして、真子に対しても、そうだった。
しかし、時が経ち、新たな年を迎えた頃には、真子の笑顔と天地山の空気が、芯の心に残るしこりを取り除いていた。日々、芯の表情が和らいでいく事に、春樹は喜んでいた。そんな春樹の表情を見つめる、まさもまた、嬉しく思っていた。


ところが、楽しい時間が、暗転した……。


京介が顔色を変えて、まさの所へ駆け寄った。
深刻な表情で、まさに何かを告げた。

「……京介、それは確かな情報か?」
「西川の兄弟分からの話です。…だから…」
「地山親分の情報…か…」

春樹が、ちらりと振り返る。
まさと京介の様子が気になっていたのか、まさと目が合った春樹は、近づいてきた。

「まさ、どうした?」
「あっ、いえ……」
「元の世界に戻るような情報なら、俺は許さんぞ」
「真北さん……。………実は……」

まさは、言いにくそうな表情をするが、意を決したのか、静かに春樹に告げた。

「慶造さんが撃たれて、今、ICUで治療中だそうです。
 容態は、思わしくないと……」
「な……んだ…と?」

春樹の表情が、険しくなった。

慶造、お前、俺との約束を…っ!!!



(2005.7.9 第六部 第三十二話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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