任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第三十四話 留めの一発

慶造は一般病棟に移された。……が、狙われにくい個室だが……。
美穂が慶造を診察する。その間、修司が側に立っていた。

「特に問題なし。この調子だと今月中には退院ね」

カルテに記入しながら慶造に伝える。
その間、慶造は、ドア付近を見つめている。

「………って、慶造君、聞いてるの?」
「ん? あ、あぁ…聞いてる。ありがとな」

と言うものの、慶造の目線はドア付近に。美穂が慶造の目線に合わせて振り返る。
そこには真子が恐縮そうに立っていた。

「真子ちゃん、もう大丈夫だからね」

美穂が優しく語りかけるが、真子は、そっと頷くだけだった。

「お腹空いたんじゃない? 何か食べに行く?」
「…でも…美穂先生……私は…」
「大丈夫。ここは安全だから」
「何か買ってこようか?」

真子の目線にしゃがみ込み、美穂は優しく尋ねるが、真子は首を横に振るだけだった。

「修司」

慶造が、修司を呼ぶ。すると、

「そうしよ……」
「駄目っ」

修司が慶造に返事をするよりも大きな声で、真子が言った。

「猪熊のおじさんが、お父様から離れたら……」

真子が心配しているのは、慶造の身の安全。
もしかしたら、病室にまで敵がやって来るかもしれない。そう考えているのだった。

「廊下に山中くんが居るから、大丈夫だよ?」

美穂が言うものの、真子は頑として動こうとしない。

「真子、美穂ちゃんと何か食べておいで。お腹を空かせて
 倒れでもしたら、真北に俺が怒られる……」

慶造がそう言うと、

「……直ぐに戻ってくるね…お父様…」

小さな声で、真子は応えた。

「じゃぁ、真子ちゃん。何が食べたい?」
「美穂先生お奨めの……」
「軽い食事の方がいいね。では、慶造くん、行ってくるからねぇ」
「あぁ、よろしくな…」

真子は、心配そうな眼差しを見せながら、美穂と病室を出て行った。美穂は真子に優しく語りかけながら、売店へ向かっていった。

「…ここに移動するまでは、寄り添ってたのにな……。
 真子、急にどうしたんだろ…」
「もしかして、真北さんの行動に気付いたんじゃないのか?」
「それは無いだろ? …しかし、どうして真北を行かせたんだよっ」
「引き留められなかっただけだ」
「ったく……小島が無事なら良いんだが…」

慶造は、大きく息を吐いて、目を瞑る。

「少し眠るか?」
「いいや……勝司を呼んでくれ」

修司は、廊下で待機している勝司を呼び入れた。

「はっ」

病室に入り、ドア付近で一礼する勝司。

「報告してくれ」
「はっ。あの後、男達は恵悟さんの方で処理されております。
 向こうには渡っておりません。小島さんと桂守さんの方で
 素性を調べ、現在は、そちらの方へ向かっております」
「……それを真北が止めに向かったという事だな」
「そのようです。でも、真北さんが向かった時には、既に終えてました」
「そうか……。猪熊」
「はっ」
「小島親子で壊滅させたのか?」
「はい」
「……ったく………」

俺の嫌いな結末だろが…。

「いつになったら……小島は俺の思いを理解してくれるんだよ…」

慶造の言葉には、途轍もない哀しさが含まれていた。



美穂と真子は、売店で軽い食事を買った後、美穂の事務室へ来ていた。
慶造がICUから一般病棟に移った時の、真子の行動を不思議に思っていた美穂。真子が食べ終わる頃にオレンジジュースを用意しながら、それとなく尋ねていた。

「真子ちゃん、慶造くんの怪我は、かなり良くなったのに、どうして
 あの時、ドアの所に立っていたの? 慶造君の側に居ても良かったのに」
「…………。………だから………」
「ん?」

真子が、消え入るような声で何かを応えていた。美穂は、耳を傾ける。
何かを言った途端、真子は照れたように顔を赤らめて俯いてしまった。その仕草が、美穂の心を和ませた。そして、美穂は優しく笑い、

「それじゃぁ私でも、側に居られないわぁ」

美穂は真子の頭を優しく撫でる。

「もしかして、恋の事、少し解ったのかな?」
「よく…解らないけど、…なんとなく…照れちゃった…」
「真北さんや山本先生、八造君、向井くんだけじゃなく、
 私にも相談して欲しいなぁ。本部じゃ、女性は私だけだから、
 女性だけの悩みも、これから出てくると思うよ? その時は
 私に相談してね。…女性としての心構えも、教えてあげるからねぇ」

少し色っぽく振る舞う美穂に、真子は微笑んでいた。

「お父様の所に戻る。そして、家に帰らないと…お勉強の時間が…」
「暫く休みと言ってなかった?」
「でも……学校への試験があるから…」
「そっかぁ。真子ちゃん、学校に行くんだっけ」
「うん。もっと勉強しないと、みんなに追いつかないって言われたの…」

………って、確か六年生あたりの勉強してなかったっけ??

「じゃぁ、慶造くんに言ってからじゃないと、嘆かれるわよぉ」
「ちゃんと伝えて………あっ。……私、どうやって帰ったらいいの??」
「私と一緒に」
「美穂先生は、お父様のお医者さんだから、駄目でしょう?」
「……そうでした……暫くは、病院勤務になるんだった……」
「山中さんと一緒じゃ…駄目なのかな…」
「修司くんに頼もうか?」
「……いいの?????」

来たときは、修司君が、タジタジするほどの勢いがあったのになぁ…。

美穂は、一昨日、真子が病院に来た時の事を思い出していた。








ICUから出てきた美穂は、廊下で待機していた隆栄に気付き、慶造の容態を伝える。
隆栄の表情は、いつになく深刻なものだった。少し離れた所には、桂守が待機している。その様子で、次に出る隆栄の行動を把握していた。

「隆ちゃん……」
「皆まで言うな。阿山が目を覚ます前に戻るから」

隆栄は、美穂を抱き寄せ、耳元で何かを告げた。
そして、桂守と去っていく。
隆栄の後ろ姿を見送った美穂は、事務室に戻ろうと一歩踏み出した。

「お嬢様、お待ち下さいっ!!! 廊下は走ると……」

その声に振り返ると、真子が勢い良く駆け寄ってくる。

「美穂先生!! お父様は? お父様は!!!」

駆けつける真子の勢いを止める感じで、真子を抱き留める美穂。

「真子ちゃん、廊下は走ると危険だから、駄目ですよ!!」
「…ごめんなさい…だけど……」
「すみません、美穂さん」

そう言う修司は息が切れているが、真子は全く息が切れていない。それに気付いた美穂は、

「…歳は取りたくないわね……修司くん」

その言葉に、修司はなぜかカチン……。

「あのね……美穂さん……」
「お父様は??」
「修司くん、どうしてここに?」
「あっ、その……」
「猪熊のおじさんは悪くないの! 私が無理矢理…」

修司の言葉を遮る勢いで、真子が応える。
それには、美穂も修司も驚いていた。

「修司君……もしかして……」
「そう言わないで下さい。お嬢様の勢いは、本当に……」
「おじさんは、何も言わないでっ!!」
「はい…すみません……」

うわぁ〜修司くんが、真子ちゃんに負けてるぅ……。

思わず吹き出して笑う美穂だった。

「笑うなっ!」

短く、修司が言った。

「お父様……重体だって聞いたの…もしかして……もう…」

真子が震える。

「大丈夫よ。山場は超えたから。側に行く?」
「……いいの?」
「側で手を握ってあげたら、慶造君は目を覚ますかも」
「本当?」
「その方が温もりも伝わって、生きてるって解るでしょう?」

真子は、美穂の言葉に、そっと頷いた。
そして、美穂は、真子をICUに招き、慶造の側に座らせた……。








隆栄は、血にまみれた日本刀を体に隠した。そして、一息を付く。
辺りを見渡した。
地面は真っ赤に染まり、所々に人が倒れていた。
すでに息はしていない。

これで……。

人の気配に振り返る隆栄。そこには、真北がポケットに手を突っ込み、口を尖らせて立っていた。

「ったく、ここまでやられたら、俺の方が大変なんですけどねぇ」
「それなら、いっそのこと、私をお縄にしますか?」

隆栄が、あっけらかんと言った。

「本来なら、そうすべきなんでしょうね……」
「私は、いつでも構いませんよ」
「慶造に怒られる方が、一番身に染みそうですから」

ニッコリ笑って、春樹が言い放つ。それには、隆栄も呆れ返っていた。

「職権乱用…良い言葉ですね」
「この場合は当てはまらないと思いますけどね」
「まぁ、そうですね」
「……これで、狐蛇組(こたくみ)も終わりですよ」

隆栄が呟く。

「俺も慶造も、一番嫌う終わり方だぞ」
「解ってますよ。でも……話を聞くような奴じゃ
 ありませんから」
「力には力…か」
「……それよりも、例の薬…サイボーグが出回ってるのは、この組が
 発端らしいですね。まぁ、裏で糸を引いている者がいるでしょうが」
「そうだろうな」
「そして、更に強化されてるようです。恵悟からの新たな情報によると、
 あの黒崎竜次が関わっている可能性があるそうです。こちらに来られたのなら
 一度、様子を伺った方が…」
「週に一度は伺ってるが、そんな素振りは無いぞ。製薬会社として
 軌道に乗り始めた所なんだから、そんな事をしてる暇は…」
「では、姿を消した…兄の方が、海外で…」
「それは、解らないな。海外までは…」
「霧原に、調べさせますよ」
「……いいのか?」
「その為に、海外に渡ったんですよ、霧原は」
「それでもなぁ」

春樹は、なぜか煮え切らない様子。

「私たちの事まで気になさらずに。真北さん、あなたは
 お嬢様のことを…そして、弟さんの事を一番に考えて
 下さい。そして、本来の…あなたの仕事を…」

隆栄が、ちらりと目線を移した先に、赤色回転灯が輝いていた。春樹が、それに気付き、隆栄の手を掴み、その場を去っていった。



春樹運転の車の中。
隆栄は手に付いた血を拭き取っていた。

「真北さん、本当によろしいんですか?」
「気にしないで下さい」

隆栄を匿った事で、春樹の立場が危うくなるのでは…と考えるが、春樹自身、気にも留めていない様子。

「このまま本部に戻るんですか?」
「あぁ。その方が安心だ」
「それなら、寄って頂きたいところが…」
「ん? …あっ、二人は?」
「だから、寄って頂きたいと…」
「早く言ってくださいっ!!!!!」

春樹が気にする二人とは、隆栄の側から離れる事のない、例の二人のことだった。




道病院・慶造の病室。
真子はベッドの側に座っていた。照れたように頬を赤らめている。

「真子、大丈夫か? 頬が赤いけど…」
「…大丈夫」
「そろそろ帰らないと、山本先生や向井くんが心配するだろ?
 それに、天地山から帰ってきたばかりだろ?」
「うん…」

真子が子供らしい仕草をしている。慶造は、不本意ながらも喜んでいた。
こういう時なら、真子が子供らしく振る舞う。それなら、俺は……。
慶造は、真子の頭を優しく撫でる。

「俺のことは心配しなくていいから。真子は真子の好きなように
 過ごしていいんだぞ?」
「でも、家に帰ったら……。みんな……お父様のことで…」
「そうならんように、山中には伝えてるから、大丈夫だ。
 それに、真北が居るから」

慶造は、真子を見つめる。

「安心だろ? ん? 真子」

優しく言う慶造に、真子は嬉しそうに微笑んだ。

「うん!」
「修司」

慶造に呼ばれて素早く病室に入ってくる修司。

「真子を頼んだぞ」
「はっ」
「おじさん、お世話になります」
「帰りましょう、お嬢様」
「パパ……」
「ん?」
「………あまり無理しないでね」
「あぁ」

真子は慶造に手を振って、修司と共に病室を出て行った。
一人になった慶造は寂しさを感じ、天井を見つめる。
ほんの少しの間だったが、親子としての時間を過ごせた。
あの日以来、子供らしさを見せない真子。昔のように、『パパ』と呼んで欲しいと願っていた。だけど、更に悪化する極道の世界に生き、組員達を率いる立場である為、昔のように親子としての時間が無くなっていく。
真子のことは、真子の世話をする男達から報告を受けるだけ。真子が楽しく、そして笑顔で過ごしているなら、それだけで良かった。
しかし、心に深くある娘への思いは、激しくなる。それが、娘と接する時の態度に影響していた。

真子……。

慶造は、そっと目を瞑った。




人の気配で目を覚ました慶造。
目を開けると、病室には、修司と春樹、そして、隆栄の姿があった。

「…隆栄………」
「よぉ、阿山ぁ。親子水入らずの時間、楽しんだんかぁ?」
「…誰から聞いた?」
「本部で猪熊から。同じ時間に戻ってきたんだよ。そこで
 嬉しそうなお嬢様を見たから、猪熊に尋ねただけだ。
 添い寝までして、本当に良かったなぁ、阿山。
 嬉しかったんなら、このままずっとここに居るか?
 なんなら、美穂ちゃんに頼むけどぉ」
「……小島」
「ん?」

慶造は、手招きする。それに釣られて隆栄は、慶造の側にやって来た。

ドコッ……。

鈍い音と共に、隆栄は座り込む。

「わちゃぁ〜。遅かったか……」

春樹と修司が同時に言った。座り込んだ隆栄は、動く気配が無い。それ程強い拳を向けた訳ではないのに、隆栄の動きが停まった事に、慶造は不思議に思い、体を動かしてベッドの下を見つめる。

「小島…お前、まさか敵に……」
「ちゃうわい……」

力を振り絞るように言って、隆栄は指を差す。その方向を見つめると、そこには春樹の姿があった。

「真北……?」
「ん? …あ、あぁ…その……」

と誤魔化す春樹。その事で、隆栄に何をしたのか解る慶造は、隆栄に冷たく言った。

「自業自得だ」
「…解ってるわい……それより、押してくれ…」
「って、そんなにやばいんかいっ!!!」

慶造の手が、ナースコールボタンに伸びた。



隆栄は、慶造の隣の病室に入れられた。
美穂は慶造に、隆栄の容態を伝える。

「そうか…」

短く応えるだけの慶造。恐らく、慶造の頭の中には、真子と過ごした短い時間のことしか無いのだろう。
ちょっぴり綻ぶ慶造の表情に、美穂は安心していた。

「起きるのは、あと一週間は我慢してねぇ」
「解ってるよ」

なんとなく、寂しさを感じた美穂は、

「やっぱり、真子ちゃん…一緒の方が良かったんじゃない?」

慶造に尋ねた。しかし、慶造は微笑むだけだった。
そこへ、春樹が入ってきた。

「真北、やりすぎだ」
「あれでも、かなり抑えたんだけどなぁ」

すっとぼけた言い方だが、春樹は至って真剣だった。

「……で?」
「壊滅」
「……ありがとな」

短い会話だが、お互いが言いたいことは解っている。もちろん、付き合いの長い美穂も理解していた。

「やっぱし真北さんに殴ってもらって正解だったわ…。
 ほんとごめんね、慶造くん」
「気にするな。俺のことを思っての行動だろ? それよりも、
 身柄は安全なのか?」
「その辺は安心しろ」
「……ったく、お前もギリギリの所で行動してるからな…」
「なんとでも言ってくれよ。……で、慶造、本当に大丈夫なのか?」
「ん? 一週間は安静だが、その後は大丈夫だろ。なぁ、美穂ちゃん」
「さぁ、それは、どうだかぁ」
「……ったく」

小島一家は誰もが同じ口調なんだからな…。

呆れたように、ため息を付いた慶造だった。



阿山組本部。
真子は、芯と共に勉強をしていた。しかし、真子は上の空。

「……そして、ここは……。……ふぅ〜。…お嬢様」
「は、はいっ! すみません…」

芯は、鉛筆を置き、姿勢を正して真子を見つめる。

「気が入らないのなら、今日はここまでに致しますよ?」
「すみません……」

真子の気持ちは解っている。慶造の事が心配で仕方がないのだ。だけど、自分にはどうすることもできず、ましてや、迷惑を掛けるかもしれない。それを思うと、勉強に身が入らないのは解っている。

「それ程心配なら、慶造さんが退院するまで、御一緒なされば
 良かったんですよ? 勉強なら、慶造さんの病室でも出来ますし、
 慶造さんに、お嬢様の勉強っぷりも見せること出来ますよ?」
「いいえ、それは…。私が勉強に身が入らないのは……」
「ん?」
「ぺんこう…大学を休んでるって本当なの?」
「誰から、そのようなお話を?」
「むかいんから聞いたの…。私の家庭教師の為に
 後期という授業を休学してるって……」

ったく…俺のことを話すなって…。

「私が……むかいんに無理矢理尋ねたから、その……
 むかいんは悪くないの…」
「あっ、すみません。別にむかいんを責めてる訳じゃないんですよ。
 ただ、私が休学したのは、その……」
「私…四月から学校に行くかもしれないでしょう? そうすると、
 ぺんこうは、お休みの日以外はたくさん、時間が出来ると
 思うの…それに、勉強は学校で出来るから、その……」
「なんでしょう?」
「だから、ぺんこうも大学に……戻って欲しいの…」
「お嬢様……」

真子の言葉に、ぺんこうはそれ以上何も言えなくなってしまった。

「ぺんこうの夢の事も…聞いたの」
「それも…」
「真北さんから。…ぺんこう…教師になったらいいのにって。
 何もこんなやくざの居る場所で過ごさなくても……。だって、
 ぺんこう…教える事、得意でしょう? だからね、真北さんに
 お願いしてみたら……ぺんこうの夢は教師になる事だって。
 それを聞いた後に、むかいんから、大学生だってことを
 教えてもらった。…教育大学……教師になる為に勉強する
 大学なんでしょう? それなのに…ぺんこうは…」
「お嬢様。私が、阿山組に来たのは、訳があります」

芯は自分の身の上を話そうとしたが、真子は首を横に振った。

「ぺんこう…だから、大学に…戻って! お願い!」
「………お嬢様……」

芯を見つめる真子の眼差しは、それはとても温かく、芯の心の呪縛を溶かしていくようだった。

「そうですね…。来週にでも…戻ります。それまでは
 お嬢様の勉強は私が、厳しく致しますから、覚悟してくださいね」
「程々にして欲しいなぁ」
「駄目ですよぉ。学校では、私以上に厳しいんですよ?」
「そうなの? …それなら、もっと頑張らないとっ!」
「お嬢様」
「はい」

先程とは違い、返事には力が入っている。

「先程私が尋ねた事ですが…」
「お父様の事…気になるけど、側には猪熊のおじさんが
 付いてるんでしょう? それに、お父様の仕事の代わりは
 山中さんが居るし、くまはちも居るもん。真北さんは、
 こことお父様の間を行き来するから、忙しいみたいだね…。
 大丈夫なのかな…」
「真北さんは、疲れ知らずですから、心配なさることは
 ございませんよ」

春樹の事を語る芯の口調は、やはり冷たい。しかし、以前感じていた、心のモヤは消えていた。それが、真子の笑顔を更に輝かせる事になっているとは、この時、芯は気付いていなかった。

芯が気付いていないのは、もう一つ……。




春樹運転の車が、芯のマンションの前へやって来る。ちょうど講義から帰ってきた航と翔が、マンションの玄関を入っていく所だった。

あの二人も元気だと。

春樹はアクセルを踏み、直ぐそこにある芯が通う大学の門を通っていった。
来賓用の駐車場に車を停め、春樹は学長室へと向かっていった。


学長室へ通された春樹は、すでにそこで待っていた滝谷と中原に驚く。

「……何なさってるんですか。ここで」
「ん? 真北が来るって聞いてだなぁ。一応、学長さんは、
 芯くんの身の上を御存知だからさ」
「…芯の合格に関わっていたんですか?」
「いいや、それは無い。ただ、もしもの時の為に、話を通していただけですよ」

滝谷の言葉に呆れながら、その隣に腰を下ろした春樹。

「その後、元気ですか?」

芯がマンションを飛び出し、阿山組に住み込むようになってから、顔を合わせる事が無くなった中原が、尋ねてくる。

「俺への恨みは晴れてないけどな」

刺々しく言う春樹に、滝谷は苦笑いをしていた。

「それはそうと、小島隆栄の一件、簡単に抑えることが
 出来たから、そう伝えてくれよ」
「条件は?」
「今以上の協力だな」
「そうだと思いました。…しかし、今は入院中ですよ。
 退院は恐らく慶造と同じかと」
「……真北こそ、歯止めが利くようにしておけよ」
「心得てまぁす」

いつにない、春樹の口調に、驚く滝谷と中原だった。
学長が入ってくる。

「真北さん、初めまして…というよりも、あなたのお父上には
 お逢いしたことがございましてね、あなたのことは、
 以前から存じてましたよ」
「…親父が?」
「えぇ。あなたの夢の為に、色々と質問されましてねぇ。
 その時に、私の教育方針が間違っている事も気付きまして、
 今に至るんですよ」

芯が通う教育大学は、日本では、優秀な大学として有名な所だった。
世に送り出す教師の教えっぷりに、感激している親御さんたち。
真子が通う予定の学校の教師も、実は、この教育大学出身の者が多いのだった。

「親父……もしかして、学長を……」

春樹の顔色が変わる。
もしかして、脅しを掛けたとか……と思っていたのだった。

「いえいえ。そんなことは御座いませんよ。ただ、一喝されただけです。
 人に教える立場の者が、偏見を持ってはやっていけないだろう…とね。
 確かに、人は自分が生きてきた中で初めて目にするものには、
 思わず嫌悪を抱きますよね。もちろん、育ってきた環境も違うから
 お互いを理解するには、摩擦も生じます。それをいかに少なくして
 相手を理解するか。そして、共に生きていくか…そこが難しいんですよ。
 そして、それを克服して初めて、人として、一歩成長したことになります。
 ……そういう事を延々と説明されましてね……」
「その節は……申し訳御座いませんでした!!」
「真北さんが気になさることではありませんよ。私は、感謝してるんですから」
「そう言っていただけると、親父も喜びますよ」

春樹は微笑んでいた。

「だから、真北さんが受験されるのを待っていたんですが、
 あのような事件で、進路を変更された…残念でしたよ。
 私にとって、教え甲斐がある学生が来ると思っていただけに…」

学長は本当に寂しげな表情をしていた。

「だけど、その弟さんが、通われると聞いて、私は嬉しかった」
「…御存知なんですか? その…」
「えぇ。滝谷さんからね」

その言葉に、カチンと来たのか、春樹は滝谷を睨み付けた。

「仕方ないだろぉ。学長が、真北の親父さんの事を
 話し始めたんだから……」
「学長ぅ〜。事ある毎に、親父の話をしないでくださいっ!」
「も、申し訳ないぃ……」

その場の雰囲気が、和らいだ。

「それで、その…真北さんのお話とは?」
「弟…芯のことです。…後期の授業を休学していると耳にして…」
「休学届けを出されたんですよ。それも急に…。理由は一切
 言わなかったんですが、何が御座いましたか?」
「それには、私が関わっていまして……」

春樹は、事細かく、芯の身の上を話し、そして、休学する事になった理由も話していた。学長は、春樹の話に真剣に耳を傾けている。

「…それで、その…無理なお願いとは解っておりますが、
 芯の事を……宜しくお願い申し上げたくて…こうして…」
「事情は解りました。確かに、こちらは、単位を取れば進級できますから
 心配することは御座いませんよ。しかし、三回生までに単位が
 足りなければ、進級はできませんね。その事は、山本君は既に
 御存知ですから」
「そうですか。それなら、芯に任せたいと思います。あまり干渉すると
 それこそ、反抗的な態度になりますからね。…俺に似て」

最後の言葉を呟くように言った春樹。きっちり聞こえていた学長たちは、笑い出していた。

「あぁ、それと」

春樹は、胸ポケットから何かを取り出した。
通帳と印鑑。それを学長に、そっと差し出した。

「こ、これは?」
「芯の為に貯めた金です。恐らく芯は、アルバイトをして稼いだ金を
 学費に回していると思います。そのアルバイトをする時間を
 勉学に使ってもらいたくて、……俺の為…俺の夢の為に、
 立派な教師になってもらいたいんですよ……俺は」
「しかし、それは、山本くんが拒みませんか?」

暫く沈黙が続く。

「先手必勝。そんなことは……させませんよ」

口元をニヤリとつり上げて、春樹が言った。
滝谷が、隣から手を伸ばし、春樹が差し出した通帳を広げた。

「………真北」
「ん?」
「お前、これだけ貯めるのには、相当悪いことしないと
 難しいぞ……まさか、阿山慶造から?」
「正当な稼ぎだ」
「……そんなに給料良かったっけ????」

滝谷は首を傾げる。
春樹は、素早く通帳を取り上げ、印鑑と共に学長に手渡した。
ちらりと広げて中を見る学長。その金額に目を見開いていた。

「あの…真北さん」
「はい」
「多すぎますよ……」
「…えっ?!???」

どうやら、聞いていた金額とは違っていたようで…。
春樹のすっとぼけに、またしても笑いが起こっていた。
ふてくされたように口を尖らせる春樹を見て、滝谷は春樹は何一つ変わっていない事を悟ったのだった。



滝谷、中原、そして春樹の三人は、何話すことなく駐車場までやって来る。

「阿山慶造の容態は?」

滝谷が静かに尋ねてきた。

「回復に向かってますよ」
「それなら安心だな」
「えっ?」

滝谷の『安心』という意味を理解出来ない春樹。それを尋ねようと口を開くが、

「例の事件の報告、きちんとまとめてから来いよ」

滝谷は、そう言って、車に乗り込んだ。

「やなこったっ」
「って、真北さぁん!!」

中原が呼ぶが、春樹は笑顔を見せるだけで、車に乗り込み、素早く去っていった。

「……ったく」

そう呟いて、中原も車に乗り込む。
先に乗り込んだ滝谷が、中原に言った。

「真北に何か言いたかったのか?」
「芯くんに伝言ですよ」
「それなら、大学に戻ってくるんだから、マンションにも
 戻ってくるだろうって。その時にでも話せばいいだろ」
「芯くんとは、半年以上話してないんですよ。心配で…」
「真北が一緒なら、大丈夫だって。それに…」
「それに?」
「真北が大切にしている彼女も一緒なんだから、
 以前のように明るくて、兄の事しか考えない
 芯くんに戻るって」
「それは、解ってますが……それでも…」

中原の表情が暗くなった事で、滝谷は、

「闘蛇組のことは、伏せておけよ、絶対に。…真北には…」

静かに呟いた。



(2005.7.25 第六部 第三十四話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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