任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第三十六話 その姿は…

新たな年も一ヶ月過ぎた。
一年で一番短い月になった頃、慶造が退院する日がやって来た。
予定より一ヶ月早い。……別に医者を脅した訳でもないが、慶造は、退院した。


慶造が乗る車が本部に入ってきた。玄関先に停まり、ドアが開く。
慶造が姿を見せた途端、出迎えた組員達が一斉に大きな声を張り上げた。

「お帰りなさいませっ」

慶造は、短く返事をするだけで、屋敷へ入っていく。その後ろを修司と勝司が付いていった。

「真北は?」
「八造くんと一緒です。夕方には戻られるそうです」

打てば響くように、勝司が応える。

「まさか、俺の仕事を手伝ってるんじゃないだろうな」
「真北さんの仕事だそうですよ」
「……本職か?」

歩みを停めて、慶造が言う。

「そこまでは言わなかったのですが…」
「猪熊、知ってるか?」
「山中が知らないのに、私に言うとお思いですか?」
「…思わん」

再び歩き出し、廊下を曲がる三人。

「それなら、真子には山本くんか?」
「お一人でお部屋に居られます」
「一人? 山本は外出か?」
「大学です」

慶造の足が、また止まる。

「大学? 復学したのか?」
「お嬢様に大学生だと知られてしまい、そして、休学している事を
 叱責されたみたいですね。それで、復学したそうです」

勝司が応える。

「……まぁ、真子は学校に行くことになるし、その間、山本先生も
 時間があるだろうから…俺が復学を進めるつもりだったんだが、
 真子に先を越されたか」

慶造の言葉に、修司は、優しく微笑んでいた。

「後はいい」
「はっ」

慶造に言われ、二人は深々と頭を下げる。
慶造は一人で歩き出した。
向かう先は……。



真子の部屋の前に、慶造は立った。ドアをノックする。

「真子、今帰ったから」

ドア越しに短く応えて、慶造は部屋に戻ろうと踵を返す。
ドアが開いた。
慶造は、足下に小さな衝撃を感じて、見下ろした。
真子が、慶造の足にしがみついている。

「ま、真子?!」
「パパ…お帰りなさい」

そう言って、嬉しそうな眼差しで、慶造を見上げる真子。
その表情は、慶造の鼓動を高鳴らせた。

「一人だと聞いたけど、大丈夫か?」
「お勉強…解らないところがあるの…」
「それなら、俺が……」

教えてやろうと言おうとしたが、真子の目線が気になり、慶造は振り返る。
そこには、修司が立っていた。
慶造は、修司の言いたいことが解っている。思わずため息が漏れた。

「慶造、今日はゆっくりしておけ」
「…修司…」
「明日、直ぐに出来るようにしておくから」

そう言って、修司は去っていく。

「…パパ…良かったの?」

真子が首を傾げて尋ねてくる。

「修司の言うことは聞いておかないと、後で怒られるからなぁ」

困ったような嬉しいような表情をする慶造を見て、真子は微笑んだ。

「で、どこが解らないんだ?」
「あのね…」

真子は慶造の手を引っ張って、部屋に入っていった。
ドアが静かに閉まると同時に、修司が顔を出した。その表情は優しさに溢れていた。

「…ということだ、山中、いいな」
「御意」

少し離れた所で待機していた勝司は深々と頭を下げ、修司と共に資料室へと向かっていった。
真子の部屋では、慶造が真子の勉強を見ていた。

でも、ここって、真子には未だ早いんじゃ…。

本来なら、六年生で習うはずの算数。そう思いながらも、真子の期待に応えるかのように、教えていた。



その夜。久しぶりに縁側で、慶造と春樹は語り合う。
煙草の煙が、空に立ち上る。それを見つめながら、春樹は微笑んだ。

「それは、真子ちゃんの覚えが早いだけだよ」

昼間、慶造が真子の勉強を見た。その時に感じたこと、そして、真子が習っている所が、年齢よりも上だと言うことを春樹に話した後の春樹の応えだった。

「だからって、先に先に進んでどうするんだよ」
「真子ちゃんに、次! って、あの笑顔で言われると……なぁ」

銜え煙草で春樹が言うと、慶造は微笑んでいた。

「慶造だって、言えなかったろ。ここは、試験には出ないって」
「ん? ……まぁ〜なぁ」

慶造は縁側に寝転んだ。その途端、口にくわえている煙草を取り上げられる。

「退院間際の男がっ。吸うと傷の治りが遅れるぞ」

慶造が完治しないまま退院した事を知っている春樹は、取り上げた煙草を灰皿でもみ消した。

「そう言うお前こそ、本数……減ったな」
「…山本先生に言う手前、減らさないとなぁ」
「そうだな」

静かに言った慶造は、春樹の横顔を見つめていた。
何故か、嬉しそうに思えるその横顔。
最愛の弟が側に居ることが、春樹のとって一つの安堵感を与えている事を、慶造は解っていた。そんな春樹を見つめて、思わず笑みを浮かべてしまう慶造。

「何が可笑しい?」

春樹は慶造の目線に気付いていた。

「この男も真子に弱いと思うとなぁ」
「…慶造には負ける」
「俺は真北ほどじゃないけどな」
「うるせぇ」

長引きそうな言い合いを止めるかのように、春樹が言う。

「…弟…復学したんだってな」
「ん? …あ、あぁ」
「…手…貸したんじゃないだろうな」
「そんなことをしたら、俺が怒られる」
「やくざ泣かせの刑事も、最愛の弟には弱い…ってことか。
 真北より強いとなると…俺の敵は、お前の弟だな」
「そうなるのか……」

春樹は腕を組んで悩み出す。

「あっ、いや、悩む事か????」

きょとんとした表情で、慶造が声を掛けた。




真子の試験の日。
慶造は、入院中にたまった書類に目を通す為、一日中、家に閉じこめられていた。
真子に付き添っている春樹は、試験の時間中、校長室で待機している。試験監督をしているのは、真子の担任になるかもしれない教師だった。真子がスラスラと解いていく様子を見つめ、感心しっぱなし。本来なら時間ギリギリまで掛かる問題を、半分の時間で終わらせる。その為、試験の時間は、予定の半分で終わってしまった。


校長室で、校長と世間話をしている春樹。ドアがノックされ、真子と教師が入ってきた。

「失礼します」
「失礼致します」

教師よりも丁寧に挨拶をし、深々と頭を下げる真子。春樹は、立ち上がり、振り返る。

「………予定より早いけど……」
「その……全問正解なので…」
「半分の時間で? もう…採点終わったんですか?」
「向き合ってるので、残った時間で答え合わせを…」

恐縮そうに、教師が言った。

「と言うことは…」
「来春から、楽しみにしております」

担任となる教師が笑顔で応えた。

「試験の日に応えを頂けるとは、嬉しい限りです」

春樹は深々と頭を下げる。

「いえいえ、こちらこそ、宜しくお願いします」
「あの……」

真子が言いにくそうに、言葉を発した。

「私は、その………」

そう言いながら、春樹に目をやる。その目を見ただけで、真子が何を言いたいのか、春樹には解っていた。優しく微笑んで、真子に言う。

「真子ちゃん、校長先生もこちらの先生も、真子ちゃんが
 慶造の娘だって事、御存知だから。それに、慶造の事も
 御存知だよ」
「それなら…」
「それに、飛鳥の娘さんもここの生徒だから、大丈夫」
「飛鳥さんの?」

真子が首を傾げる。

「真子ちゃんが学校に行きたいことを知って、飛鳥が薦めてくれた
 学校だよ。…だから、心配することはないから」
「もし、学校に危害が…」
「それも大丈夫だと、言わなかったかな?」
「あっ、…ごめんなさい……」

春樹の言葉に思わず首をすくめる真子だった。
二人のやり取りを観ていた校長と教師は、なんとも不思議な雰囲気に、思わず微笑んでしまう。

「真子さん」
「はいっ!」

校長に呼ばれて元気に返事をする真子。

「今日から、我が校の生徒ですからね。くれぐれも怪我を
 しないように、日々を過ごすこと」
「はい!」

真子の返事は、明るかった。



その日のうちに、必要な物を買いそろえ、真子と春樹は帰路に就いた。

真子の部屋では、真子が制服を着て、鏡でポーズを取っていた。側で観ている春樹の表情は、目一杯綻んでいる。

「ねぇ、真北さん」
「はい」
「くまはちは?」
「慶造の代わりに外出してます」
「むかいんは?」
「料亭の方が忙しくて、手伝いに行ってますよ」
「……ぺんこうは?」
「明日まで試験なので、戻ってきませんよ」

先程まで笑顔だった真子。自分の制服姿を見せたい男達は、忙しくて時間が無い様子。それを知り、笑顔が徐々にふくれっ面になっていく。

「慶造に見せましょう」
「…お父様も忙しいんでしょう?」
「真子ちゃんの為なら、俺以上に時間を作りますよ」
「でも……」
「呼んでこようか?」

春樹の言葉に首を振る真子。

「庭に出る……そうしたら、お父様にも見えるでしょう?」

真子の言葉に、

「そうしましょう」

春樹は元気よく応えた。
そして、二人は庭に出て、慶造の部屋に聞こえるような声ではしゃぎ始める。


真子と春樹の声を耳にした慶造は、手を止め、顔を上げた。

「…気になるのか?」

修司が尋ねる。

「そういや、今日…試験だったよな。終わって安心したのかな」
「気になるんだったら、後は俺がしておくが、どうする?」
「少しだけ、いいか?」
「あぁ」

と修司の返事が終わる前に、慶造は部屋を出て行った。

早い……。

慶造の素早い行動に、修司の行動はピタッと止まってしまう…。


慶造は、真子の声が聞こえる方へ足を向ける。

庭…?

縁側に顔を出した慶造。桜の木の下で、真新しい制服を着て、はしゃいでいる真子を見て、思わず声を挙げる。

「真子、その制服…」
「あっ、お父様! あのね、あのね!! 合格したの!!」
「発表って、直ぐに出るものなのか?」

慶造の目線は春樹に移る。

「予定の時間より早めに終わったから、その場で答え合わせ。
 そして、すぐに合格。だから、制服も教科書も揃えてだな…」

と説明するかのように語る春樹の言葉を聞いていないのか、慶造は真子の側にやって来る。

「聞いてるか?」
「聞こえてる。で、四月からか?」
「はい!」

真子の元気な声で、慶造の疲れは吹っ飛んだ。

「そうか。それまで怪我しないように過ごさないとな」
「校長先生と同じ事…言ってるよ?」
「ん? そうか? 真子」
「はい」
「おめでとう」

慶造の言葉に、驚いたような表情を見せる春樹。しかし、真子は、輝かんばかりの笑顔を見せて、

「ありがとう、パパ!」

と応えていた。
慶造は思わず真子を抱き上げる。いつもは怒る春樹だが、この時ばかりは、二人の笑顔に負けたのか、優しく見守っているだけだった。



慶造は仕事に戻る。
真子は部屋着に着替えて、読書を始めた。
春樹は、八造の事が気になるのか、八造の行き先に向かって外出する。


そして、夕方……。
真子は、向井と食事中。芯が居ないことから、食事中に話が弾んでいる。この日、試験の後、少しばかり学校を見学した真子は、その時の感想を向井に話していた。向井も自分の学校時代の話をし始める。面白可笑しく話すものだから、真子は終始、笑顔を見せていた。
その様子を、食事担当の組員達は、心を和ませながら見つめていた。


仕事を終えた慶造は、修司が差し出すお茶に手を伸ばす。

「張り切りすぎだ…」

と呟いた慶造に、修司は微笑むだけ。
そんなとき、部屋のドアがノックされた。

『健です』
「入れ」

慶造の言葉と同時に、ドアが開き、健が入ってきた。

「遅くなりました」

そう言って、一冊のファイルを差し出した。

「お疲れさん。いつもありがとな」

と言いながらファイルの表紙を開ける。そこには、健の手書きの書類が挟んであった。細かく書かれている事に目を通す慶造。

「健…」
「はい」
「小島と違って、やはりコンピュータには弱いのか?
 いつも手書きだけど…」
「すみません…その……何の取り柄もないので…」
「別に責めてる訳じゃないが、大変だろ、これだけ書くのは…」
「これくらいは序の口です。その…お笑いの世界では、
 これ以上に…」
「ほんと…字も読みやすくて、いつも重宝してるよ」
「ありがとうございます!!」

健は深々と頭を下げた。

「それと…その……」

少し恐縮そうに懐から封筒を一つ取り出し、慶造に差し出した。

「ん? ………んんん??」

疑問に思いながら、封筒の中身を取り出した慶造は、少し怒りの表情を見せた後、直ぐに、綻んだ表情を見せた。

「慶造、どうした?」

気になる修司は、慶造が手にした物を覗き込む。

「……って、健、これ……」
「記念に…と思いまして……」
「……こんなものを撮ってるから、こんな時間になるんだろがっ」
「す、すみません!!」

修司の言葉に思わず頭を下げる健。
健が差し出した物。
それは……。



その日の夜も、慶造と春樹は縁側で語り合っていた。
慶造が、そっと春樹に差し出す一枚の写真。

「ほら、お前のん」
「……健だな…」

差し出された写真を見て、呟いた。
そこには、制服姿の真子と戯れる春樹の姿が写っていた。

「すまんな、俺だけで」

嬉しそうに言いながらも、ちょっぴり嫌味ったらしい雰囲気が含まれている。

「俺にもあるから、気にするな」

言えないよな…俺の写真は。

庭で真子を抱き上げた時の姿が写されている写真。

「それにしても、…どれくらいになった?」
「アルバム四冊分」
「一年に一冊……。俺が怒らないことを良いことに、隠し撮りか…」

春樹は呆れたように言った。

「真北が喜ぶからだ」
「ほっとけ」

夜空を見上げる春樹。

「弟は明日まで試験か?」
「あぁ」
「後期の授業…ほとんど休んでいたんだろ?」
「強い味方が二人も付いてるし、自分で勉強出来るから」
「そりゃ、心強いな」
「まぁな」

沈黙が続く。
暫くして、慶造が口を開いた。

「満点だったとは…驚いたよ」
「俺もだよ」
「お前の教え方だろうな」
「…芯の…教え方だ」
「…やはり教師だな」
「ん?」
「兄弟揃って、教師だなぁと思ってな」
「芯だけだよ」

そう応えながらも、嬉しそうな表情をしていた。



芯が阿山組にやって来る。門をくぐり、玄関を通った芯の足は、迷うことなく真子の部屋に向かっていた。

「お嬢様、山本です」

その声を聞いた途端、真子はドアを開けた。

「ぺんこう、お疲れ様!」

笑顔で応える真子は、真新しい制服を着ていた。部屋には、八造の姿もある。

「お嬢様、その制服は……試験は昨日でしたよね?」
「うん。でもね、その場で、合格もらったの!」
「それで…」
「今ね、くまはちにも見せてたの! ねぇ、どう? どう?」

真子のはしゃぎっぷりは、芯を驚かせる程。
真子がはしゃぐのには、訳があった。
八造に見せた時の、八造の笑顔と言葉が、真子の心を弾ませてしまったのである。

「素敵ですよ。良くお似合いです」
「本当? 嬉しい!! これね、四月から着て行くの!!
 すごく楽しみにしてるの!!」
「私もです」

笑顔で応える芯に、更に素敵な笑顔を見せる真子だった。

「それでね、健にお写真撮ってもらったの。…いる?」

……健の奴…あれ程、止めておけと言ってるのになぁ〜。

ピクピクと、こめかみが動く芯。その表情を見逃さない八造は、笑いを必死で堪えていた。

「くまはちは、今帰った所ですか?」
「そうだよ」
「ということは…」
「真北さんは、お父様と一緒に出かけてます」
「は…はぁ……」

そこへ、足音が近づいてきた。

「お嬢様、写真、出来ましたよ!!! ……って、わぁっ!!」

何かが廊下に舞った。
真子と八造は、ひらひらと舞う紙切れに目を奪われる。その紙切れが床に落ちる様子を見届けると……、

「健!!! どうしたの?!?!??」

床には健が仰向けに倒れていた。

「あっ、いえ………その……」

健は、ちらりと芯を見る。芯は目を反らしていた。

そりゃぁ、入るわな…。

どうやら、健が駆けつけたと同時に、目に見えない程の速さで、芯の蹴りが入った様子。八造はそれに気付いたが、真子は気付いていない。
床に散らばる写真を真子が拾い始めた。

「ねぇ、健」
「はい」
「こんなに撮ったっけ???」

写真を撮った枚数は、十枚ほど。だけど、真子が拾い集めた枚数は、三倍以上だった。

「あっ、いいえ、これが、先程撮影した物です」

と、懐から別の写真を差し出し、真子が拾い集めた写真を素早く取り戻す。
真子は、差し出された写真を見つめる。

「これ、真北さんに渡していい? ぺんこうも欲しいみたいだし…」
「あっ、私は遠慮しますよ。それより、早く着替えないと
 汚しますよ?」
「そうだね。じゃぁ着替えてくる。健はこの後、時間あるの?」
「え、えぇ」

『たっぷりと』と応えようとしたが、誰かの鋭い目線が、健の体に突き刺さる。

「仕事が残ってますので、今日は……」
「一緒にお食事と思ったけど、仕事があるなら、無理だね。
 疲れが取れる物を用意しててねって、むかいんに言っておくから!」
「ありがとうございます」

真子は着替えるために部屋に入っていった。
その途端、廊下には険悪なムードに包まれる……。

「蹴らんでもええやろがっ!」

健が静かに怒鳴る。

「勢い良く走ってくるのが悪いんだ。俺は足を上げただけ」
「お嬢様と一緒に食事しても……」

と言うが、芯は鋭い眼差しで健を睨み付ける。それには何も言えなくなる健は、すごすごと去っていった。

「山本先生、あれはやりすぎでしょう?」
「あいつには、良い薬ですよ」
「お嬢様には気付かれてないですが、気をつけて下さいね」
「解ってますよ」

着替えを終えた真子が部屋から出てきた。

「ぺんこう、大学はお休み?」
「えぇ。後は、成績表が送られてくるだけですね。だけど、
 勉強の為に大学に行く時も御座います」
「そっか。勉強…大変だもんね!」

と真子は笑顔で語る。
本当は、出席日数を満たすための講習に出席しなければならないだけなのだが…。

「そろそろ、お夕食の時間だけど、出来たのかな」
「香りは漂っておりますが、まだでしょうね」
「どうして?」
「お嬢様のお祝いだと、張り切ってますから、むかいんは」
「お祝い???」

真子が首を傾げる。

…か、か…かわいいっ…。

と思ってしまう男達。

「編入祝いですよ、お嬢様」

芯が落ち着いた表情で応える。

「そうなの?」
「えぇ。だから張り切ってるんでしょうね」
「そうなんだ。それなら、むかいんにも写真…」
「…お嬢様」
「はい」
「むかいんには見せてないんですか?」
「くまはちの前に見せたよ?」
「それなら、写真は必要ありませんよ」
「写真…嫌いなのかな…」
「四月から毎日のように拝見出来るんですから」

芯の言葉に、真子は暫く考え込む。
その仕草は、何となく、誰かにそっくり。

「そうだね! 毎日見ること出来るなら、写真は必要ないよね!」
「えぇ。では、食堂で待ってましょうか」
「そうですね! 行きましょう!」

と笑顔で真子が言う。その笑顔に応えるかのように、芯と八造は、笑顔を見せた。
そして、三人は食堂に向かっていった。


食堂のテーブルの上には、豪華な料理が並んでいた。

「お嬢様、良いタイミングです!」

向井が言った。

「本当? …凄い料理だね…むかいん」
「お嬢様のお祝いですからね。いつも以上に張り切りました」
「お祝い?」
「四月から学校に通うでしょう? そのお祝いですよ」
「むかいん、ありがとう!」

そう言って、真子はむかいんに飛びつく。

「あっ、そのお嬢様っ!」

と驚きながらも、真子をしっかりと受け止める向井だった。

「嬉しいんだもん」

しかし…その……。

何故か、たじろぐ向井。
それもそのはず。
慶造から言われた事がある。

真子に触れる人物を限定する。

その中に含まれる人物は、春樹と芯だけだった。
そんな事を知るはずも無い真子は、いつものように、向井や八造に触れていた。
時には、このように抱きついて…。

「冷めないうちに、食べましょう!」

芯が言う。

「はい! ……あっ、でも…真北さんとお父様は?」
「遅くなるから先に食べるようにと、伝言がございました」
「そうなんだ…」

ちょっぴり寂しそうに言う真子。向井は、真子の目線にしゃがみ込み、優しい眼差しを向ける。

「慶造さんのご意見も入った料理です。なので、御感想を
 待ってますよ」
「はい。かしこまりました」

そう言って、真子は席に着く。
芯と八造も席に着き、そこへ向井が新たな料理を運んでくる。

「それでは、いただきます!」

話はしないが、笑顔が輝く夕食タイム。
真子の心は、向井の料理で和んでいった。





芯に一通の手紙が届いた。
なぜか、阿山組本部に……。
慶造に呼ばれた芯は、慶造の部屋へと足を運ぶ。

「山本です」

慶造の返事を聞いて、部屋に入っていった。

「時間…良かったのか?」

真子の勉強を見ている時の呼び出しだった。

「えぇ。ちょうど休憩時間に入ったところです」
「この後は?」
「庭で体を動かす予定です」
「怪我しない程度にしてくれよ。…っと違った。山本先生が
 怪我をしないように注意してくれよ…だったな」
「慶造さん。お嬢様はそこまで力は入れませんよっ!」

そう怒鳴る芯の口調は、春樹そのもの…。

ほんとに、そっくりだな…。

フッと笑みを浮かべる慶造を見て、芯は、慶造の考えが解っていた。

「何度も思わないで下さい」

気が付くと、そう言っていた。

「ったく、真北と同じで俺に食ってかかるんだな…」
「私の気持ちを御存知でしょうがっ!」
「あぁ、すまん」
「それで、ご用は?」
「これ」

と言って封書を差し出す慶造。芯は宛先を見て、思わず

「す、すみません!! 郵便の転送はこちらにしてしまったので…その…」

それは、大学からの成績通知票が入っているものだった。

「今、ここで開けて確認しろ」
「えっ?」
「山本先生を預かってる手前、成績も気になるからな。
 それに、後期の授業は、ほとんど休んでいただろうが。
 その事に関しては、俺にも責任があるからさ…」
「休学は、私の意志です。慶造さんには…」
「……成績に…自信がないのか?」

ちょっぴり嫌味ったらしく言う慶造に、芯はカチン……。
返事もせずに、封を開け、中身を取り出した。そして、ゆっくりと開き、確認した後、慶造の前に差し出した。

優の文字が並んでいる……。

「オール優……か。流石だな」
「試験は簡単でしたから。それに、一回生の内容は
 簡単なものですよ? これくらいは当たり前です」
「……もしかして、前期の成績は…」
「それと同じですが……」
「そうだった、そうだった。そういうことだった」

慶造の言葉の羅列に、芯は首を傾げる。

「あの…慶造さん、言ってる事が解りません」
「そういうことだと、いうこと」
「はぁ???」

真北の弟だから、当たり前。と言いたいだけの慶造。二人の事情を知っていても、口に出さないように気をつけている慶造は、『そう』としか言わない。

「高校の成績も、こんな感じだったのか?」
「トップでしたよ」
「…まさかと思うが、入学試験は…」
「トップだと聞きました」
「これなら、素敵な教師になるだろうな。楽しみだよ」

まるで、自分の息子のような感じで言った慶造。
その表情こそ、やくざの親分には感じられない。
思わず笑みを浮かべた芯だったが、すぐに、硬い表情になる。

「そろそろ休憩も終わるだろ? 真子のこと、頼んだぞ」

芯が言う前に、慶造が言った。

「はい。失礼しました」

芯は立ち上がり、部屋を出ようとドアノブに手を伸ばした。

「あっ、それと」

慶造が呼び止めると、芯は振り返った。

「はい」
「ここに転送するな。ちゃんと自宅のマンションに送ってもらえ。
 それと、ここから、大学に通うことは、俺が許さん」
「慶造さん…」
「四月からは、休みの日、それも長期休みの時だけ、ここに来ることを
 許す。真子には俺から伝えておくから」
「それは、私の立場を考えてのご意見ですか?」
「そうだ。解ったな」
「慶造さんご自身の…ご意見ですか?」

念を押すかのように、芯が尋ねる。
誰かの思惑かもしれない。そう考えると、思わず……。

「そうだが…」

慶造の応えに、芯は優しく応える。

「それなら、従います。三月一杯までは、こちらで過ごさせて頂きますが
 四月からは、自宅の方に戻ります。心遣い、ありがとうございます」
「そう改まるな」
「それでは、失礼します」

深々と頭を下げて、芯は慶造の部屋を出て行った。
遠ざかる芯の足音を聞きながら、慶造は大きく息を吐く。

オール優…。あの兄弟には、当たり前の事なんだろうな。
その男達に教えられたら、それこそ、真子の成績も
良いはずだよ…。

慶造は忘れていた。
自らの学生時の成績が良かった事を。
その話を修司と隆栄にしていた時、隆栄から

嫌味だな…

と言われた慶造。その時に思い出した自分の成績。

「お嬢様の頭の良さは、慶造譲りだって」

修司の言葉に、慶造は複雑な思いを抱いていた。
頭の良さだけでなく、色々な面で、自分を受け継いでいる。
もしかしたら、極道としての血……、本能までも……。

慶造の眉間にしわが寄った。



そして、季節は、桜が咲く、淡くて心地よい温かな春がやって来た。



(2005.8.16 第六部 第三十六話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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