任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第二話 受け継がれているもの

阿山組本部の前では、門番が、公園のある方向を見つめていた。

「!! お嬢様です!!」

門番が屋敷に向かって叫んだ。
本部に向かって、八造と真子が歩いてくる姿があった。その後ろでは、栄三とふらつきながら歩く組員の姿もある。
門の前で、真子は立ち止まった。
玄関先での慌ただしい雰囲気を感じ取ったらしい。思わず、八造の服を掴む真子に、八造は優しく声を掛けた。

「大丈夫ですよ。入りましょう」

真子は、小さく頷いた。


玄関先には、慶造、春樹、そして、怒りの形相で修司が立っていた。
真子は反省したかのように、少し俯き加減だった。その手は、八造の服をしっかりと掴んでいる。慶造は、真子の無事な姿を見て、安心したのか、何も言わずに部屋に戻ろうとしたが、

「八造ぅ〜」

修司の怒りの声に、歩みを停めた。

「いのく…」

と修司を引き留めようと声を発するよりも先に、

「申し訳御座いませんでした。外の方が楽しいと思い、
 誰にも言わずに、お嬢様を連れ出してしまいました」

八造さん??

八造の言葉に、驚いたように顔を上げる真子。

「ちがうっ」

と真子が声を挙げたが、八造は、真子を前に出さないようにと、手で抑えていた。
その八造の前に、修司が歩み寄り、胸ぐらを掴み上げた。

「来いっ」

そう言って、八造を無理矢理、屋敷の中へと連れて行く。

「猪熊ぁ〜お前なぁ」

慶造も付いていった。

「まきたん……」

真子が心配そうに、春樹を呼んだ。春樹は、真子に歩み寄り、抱き上げる。

「…心配させないで下さいね」

真子の額に自分の額をぴったりと付け、少し怒った口調で、真子に言う春樹。

「ごめんなさい…」

春樹は、小さく呟いた真子に笑みを送り、ふと外に目をやった。

「……お前ら、どうした?」
「あっ、いや、八造君が一発で……」

栄三が、ふてくされたように言った。

「………で、栄三は無傷って、お前……知っててやったやろ」
「ばれましたか…」
「!!! 栄三さんっ!!!」

思わず声を荒げる組員達。

「すまんすまん!! 俺が治療してやるって」
「美穂さんに頼みますっ!!」

組員達は、ふらつく足取りで、医務室へと向かっていく。

「さてと」

何やら楽しみがあるような表情で、靴を脱ぐ栄三だったが、ちくちくと刺さる何かに気付き、目線を移した。

「!!!!」

真子が、栄三を睨んでいた。そして、徐々に膨れっ面になっていく。

「いじわる……」

真子は、プイッとそっぽを向いた。

「あっ、いや…その…お嬢様ぁ」

その時、修司の怒鳴り声が聞こえてきた。
真子の表情が強ばったのが、わかった。




ガツッ! ガッ! ズサァ〜!

激しい物音は、屋敷の奥にある道場から聞こえていた。

「おどれは、勝手に行動するなと、あれ程、言ってあるだろがっ!
 それをなんだ? 健康に悪いからと、嫌がるお嬢様を抱きかかえて
 勝手に連れ出しただと? 誰にも言わずに…」
「申し訳御座いませんっ!」

立ち上がり、姿勢を正して深々と頭を下げた八造の腹部に、修司の蹴りが突き刺さる。
端で見てるだけでも、その強さは解る。
しかし、八造は応えて居ないのか、少し後ろに下がっただけで、再び頭を下げていた。

「猪熊ぁ、もうええって」
「しかし、四代目っ」
「何も無かったんやろが。あいつらが怪我したのは、
 八造の拳やろ」
「……勝手な行動は、それこそ…」

修司の怒りは納まっていないのか、八造の胸ぐらを掴み上げ、腹部を膝蹴りした。それは、かなり強烈だったのか、八造は、その場に崩れ落ちた。

「ったく……。大丈夫か、八造」

慶造が声を掛けると、八造は、軽く頷くだけだった。そして、再び立ち上がり、

「以後、気をつけます」

力強く言った。

「出掛ける時は、俺か真北に言えよ。二人が居らん時は、
 勝司に伝えろ。誰も居ない時は、玄関の組員に伝えておけ」
「御意」
「それでええやろ、猪熊」
「…あぁ。行け」
「はっ。失礼します」

深々と頭を下げ、八造は道場を出て行った。

「……修司、お前なぁ。解ってて、あれは無いやろ」
「けじめや。でも…何も無くて良かったよ」
「ま、何かあったら、それこそ、大変やったやろな、相手が」
「まぁな」
「……真子の前ではしないようにと、伝えてるのか?」

真子の目の前で、攻撃はするな、という事。
ちさとを目の前で失った事で、真子は、赤い物を見ると、一時期、錯乱状態になっていた。そのことを考えての慶造の言葉でもある。

「言ってない……」
「ま、それくらいは、言わなくても、八造君は解ってるだろな」
「慶造……買い被りすぎだ」
「照れるな。そうじゃなきゃ、お前が連れてこないだろが」
「!!!」

慶造には、修司の行動は解っている。
今回は、修司の負けだった。



「っつー………」

八造は、腹部の痛みを堪えながら、廊下を歩いていた。そして、庭に通じる縁側に座り込み項垂れる。

初日から…これかよ……。

口元に流れる血を拭い、目の前に広がる庭を見つめる八造は、遠い昔を思い出していた。
庭の奥にある出入り口から、何度か、この庭に来た事がある。

ちさとねぇちゃん……か。

そっと目を瞑る八造は、思い出に浸っていた。

今だけだから。もう、これからは…。

家を出る時に、心に決めた。
過去は振り向かないと…。



「だから、慶造!」

修司が部屋を出て行く慶造を呼び止める。

「うるさい」
「あいつなら、大丈夫だって」
「見た目に大丈夫じゃなかったろがっ」
「慶造っ」

廊下を歩く慶造の肩を掴んで、歩みを停める。

「修司。お前の気持ちは解ってる。だけどな、自分の息子だろ?
 何もあそこまで殴る蹴る…せんでも…」
「あれくらいなら、序の口だって」
「あのなぁ。八造くんは、これから真子の側に居るんだろ?
 あれじゃぁ、真子が心配するだろが。その前に……」

慶造は何かの気配に気付き、振り返った。

…真子……?

真子が心配そうな表情で、何処かに向かって駆けていた。

「お嬢様…!」
「だから、言わんこっちゃない…」

真子が駆けていく先に居る人物を観て、慶造が呆れたように呟いた。



足音が聞こえ、八造は顔を上げた。

「お嬢様」

そこには、真子が立っていた。

「…ごめんなさい…」

真子が頭を下げていた。

「気になさらないようにと申したでしょう?
 私は大丈夫ですよ」
「でも…」

真子は八造を見つめた。口元が赤く、血が滲んでいた。

「お嬢様、そのようなことは、しないでください」
「わるいときは…あやまらないと。ちゃんと、せつめいして…」
「終わったことです。ところで、今日は、どうされますか?
 きちんと慶造さんに伝えてから、公園に行きますか?」

真子は首を横に振った。

「ブランコ、楽しかったでしょう?」

真子は頷く。

「思う存分…」
「もういい……やっぱり、こうえんには…」

あの日を思い出したのか、真子は突然震えだし、今にも泣きそうな表情になった。

お嬢様……。

八造は、真子の頭を、そっと撫でた。

「我慢は良くありませんよ。哀しいときは泣いていいんです。
 嬉しいときは笑えばいい。怒りたいときは怒ればいいんですから。
 感情は、心に秘めない方が、よろしいですよ。体に毒です」

真子の心に、八造の言葉が突き刺さる。

「いきたい。こうえんであそびたい…だけど、また…あのときのように
 だれかが、けがするのは、みたくないの。まこの…まこの……」

真子のせいで…。
そう言おうとした真子だが、八造が、それ以上、真子が言わないようにと、自分を責めることのないようにと、真子を抱きしめていた。
突然の八造の行動に、真子は驚いたが、八造の腕から伝わる力強い何かを感じ、

「うぅ…うわぁ〜〜んっ!!」

真子は、八造の肩に顔を埋めて、激しく泣き始めた。真子を抱きしめる腕に力がこもる八造。

「気が晴れるまで、泣いて下さい」

優しい声が、真子の心を癒していった。



真子と八造の様子を見つめていた慶造と修司、そして、真子の後を付いてきていた春樹は、大きく息を吐いた。そして、何かに気が付いたのか、慶造が驚いたように声を挙げる。

「…!! おいおいおいおいぃ〜。お前の息子とうち解けたぞぉ」
「慶造、驚きすぎ」
「あの日以来、俺には見せてくれないだろが…」
「うらやましいだけか」

春樹が言った。

「うっ……でも……」
「お前が、その威厳を捨てれば、大丈夫だろ」

静かに言う春樹は、慶造を見つめた。慶造の目が潤んでいるように見える。そして、声を掛けがたい雰囲気を醸し出していた。

慶造…?




真子がそっと顔を上げた。八造は、真子の頬に伝う涙を優しく拭う。

………お嬢様……なんでしょう……。

真子が八造を見つめている。八造は、その目に何故か戸惑っていた。真子がジッと見つめ続ける。

「まっててね」

そう言って、真子は八造から離れていった。

「??? お嬢様?!??」

慌てて手を差しだしたが、真子の姿は既にそこには無かった。
八造は、追いかけようと立ち上がるが、真子の言葉を思い出し、その場に座り込む。困ったように頭を掻きながら、真子が去っていった方を見つめ続ける八造だった。


ちょっぴり明るい表情で駆けていった真子を見ていた慶造は、口を尖らせ、

「捨てられないな」

静かに言った。

「慶造、これから、どうするんだよ」

春樹が尋ねると、驚いたように顔を上げる慶造。恐らく、一人の世界に入るところだったのだろう。

「ん? …あ、あぁ…そうだな……」

慶造は、窓から見える空を見上げた。

「なるように、なるさ」

軽い口調で応える慶造に、春樹は何かを悟ったのか、

「ったく、まった、それを言うぅ〜。後のことを考えてくれよなぁ。
 手を焼くのは、俺やぞぉ」

呆れたように言いながら、壁にもたれ掛かり、そして、慶造をちらりと見た。
慶造は微笑んでいた。

「慶造?」
「あん? それより、真北…そして、修司」
「ん?」
「あれまで教えるつもりなのか?」

そう言って指を差す慶造。

「なんだ???」

慶造が指す方向を観ると、そこでは……。




「はちぞうさん」

呼ばれて振り返る八造。そこには、真子が救急箱を持って駆けてくる姿があった。
八造の側にちょこんと座った途端、蓋を開けて薬を探し始めた。

「しょうどくしないと……どれなんだろう……」
「お嬢様? あの…」
「くちのはしが、はれてるから…」
「あ、これは、大丈夫ですよ」
「ちゃんとてあてしないと…。…どれなんだろう……これ?」

真子が手に取ったのは、飲み薬。

「みほさんから、おかりたんだけど…わかんない……」

困ったように言った真子。八造は、真子が何をしようとしているのかを悟り、優しく微笑んだ。

「消毒薬は、これです」

八造が手に取った。

「だけど、私のこの傷は、口の中なので、ここにあるものでは
 手当ては難しいですよ」
「そうなの? …どうしよう…はちぞうさん…」
「かすり傷なら、大丈夫ですよ」
「!!! ほかにどこをけがしてるんですか???」

心配そうな表情の中に、ちょっぴり怒りが含まれている真子。八造は、思わず…。

「す、すみません…その……」

真子は、ちょっぴりふくれっ面になっていた。

「これからのことをかんがえて…その……おしえてください」

真子がハキハキと言う。

「何をでしょうか…」
「てあてのしかた…。…そして、もしものときに……」

そこまで言った真子は、口を噤んでしまった。真子が何を思い、八造にそう言ったのか。この時、八造は理解出来なかった。

「かしこまりました。では、まず……」

八造は、優しい声で、真子に手当ての仕方を教え始めた。真子は真剣に耳を傾け、八造の仕草を頭に叩き込むように、仕草を真似、呟いていた。



二人の様子を見ていた慶造は、

「少しは落ち着いたんだな…」

呟くように言って、真子から目を反らすように、背を向けた。
真子が何を考え、八造に教えてもらっているのかが、慶造には解っていた。

真子には、やはり……。

暫く考え込んでいた慶造は、修司を見つめる。その目は、四代目を醸し出していた。

「猪熊ぁ」
「はい」
「真子のこと、頼んだぞ」
「はい。あいつに、しっかりと言っておきます」
「真北、例の事、頼むぞ。栄三からも聞いたからな。真子の異変…」
「…あぁ。わかってるよ」

慶造の言葉を遮るように春樹が応える。

「…それにしても、八造は、すごいな。真子をかばうとはね。
 これからが、楽しみだよ」
「俺は、そんな風に育ててませんよ。何があいつをそうさせたのか…」
「…親子だなぁ……」

慶造は、遠い昔を思い出すように呟いた。

「なんか言ったか?」
「何も言っとらん。ところで、真北」
「ところで、慶造」

慶造と春樹の言葉が重なった。

「処理は任せた」
「処理は、せん」

どうやら、お互い言いたいことがあったようで…。

「あれ程、歯止め利かせろと言うたのに、お前なぁ」

春樹と慶造が話し合っていたのは、慶造の無茶な行動のこともあったらしい。いつものことながらの、二人のやり取りに、修司は項垂れたものの、

「そや、真北。何か伝える事あったんちゃうんか?」
「そうだった。部屋でゆっくりと話すよ。猪熊さんも同席してください。
 真子ちゃんのことですから」
「は、はぁ」

慶造と春樹、そして、修司の三人は、慶造の部屋へと入っていった。


八造の治療を終えた真子は、八造を見上げ、微笑んでいた。

「ありがとうございました、お嬢様」
「ありがとうございました、はちぞうさん」

二人の声が重なった。そして、お互い微笑み合った。




栄三と八造が、真子のくつろぎの場所を眺めていた。真子は桜の木の下で一人佇み、見上げていた。
その姿は、すごく寂しそうに見え、誰も寄せ付けない雰囲気を醸し出してた。

「なぁ、小島」
「あん?」
「お嬢様は、なぜ、手当ての仕方を覚えようと思ったんだろうな」
「その傷の手当て…お嬢様が?」

八造の頬のガーゼを見つめながら、栄三が尋ねる。

「あぁ。大丈夫だと言ったんだけどな」
「相当だったんだな。…まぁ、あいつらの方が酷かったって」
「知らん」

冷たく応える八造。

「冷たぁ〜」
「……もしもの時…」
「あん?」
「お嬢様は、そう言ったっきり口を噤んでしまった。何を言いたかったのか
 俺には解らない…」

八造の言葉に、栄三は暫く何も応えない。そして、静かに口を開いた。

「もしも、お前が目の前で血にまみれる事になった時の為に…だろうな」
「は?」
「お嬢様を守って、死に近い状態に…お嬢様の目の前で、死にそうに
 なった時、どうすれば助けられるのか。…そう言いたかったんだよ」
「俺がお嬢様を守って倒れる?」
「猪熊家は、そうだろうが。阿山家の人間を何が遭っても守る…だろ?」
「まぁな」
「それが嫌だったんだろ? 八っちゃんは」
「うるさい」

照れたような怒り混じりの声で、八造が短く怒鳴る。

「なのに、なぜ、…剛ちゃんを倒してまで、ここに来た?」
「…誰から聞いた?」

八造は静かに尋ねたが、栄三は、真子を見つめたまま、何も応えない。その眼差しは、何かを考えていることが解る。何かを耐えている………。

「小島…??」
「…お嬢様は、目の前で、ちさとさんの最期の姿を見ているんだよ。
 お嬢様を守って、姐さんは亡くなった。血にまみれる姐さんを
 救おうと手を伸ばしたけど、溢れる血を止める事が出来なかった。
 お嬢様は、それを悔やんでいるそうだ」
「目の前で…」
「あぁ。俺、守れなかったんだよ。姐さんをな…」

栄三は、壁にもたれて俯いていた。

「仕方のないこと…。四代目はそう言ったんだけどな、俺には、
 それでは、済まされないんだよ……」
「悔やんでいる…ということか…」

八造の言葉に、栄三は何も応えず、呟くように尋ねた。

「お前は、この仕事に自信を持ってるのか?」
「あるよ。俺は、何がなんでも、お嬢様を守り抜くさ」
「俺は、自信をなくしたよ…」

いつにない栄三の弱気な発言。

「栄三……」

小島家の人間のことは、父・修司から、教わった。

いい加減な雰囲気だけどな、それは表だけだ。
本来は、誰もが恐れる程の物を持っている。
気をつけろ。

修司からの言葉を思い出した八造は、

「自信持って、いいと思うぞ。小島さんと同じ性格してる栄三だろ?
 小島さん、俺の親父より、厄介だと噂は聞いているからなぁ。
 お前もそうなんだろ?」

父から聞いた言葉ではなく、敢えて、感情に触れるような言葉に変えて、そう言った。

「…ほんとに、えらい言われ方やな、俺。厄介者かよ」
「そうじゃないのか?」
「厄介者なら、それでいいさ」

八造は、栄三を見つめていた。そして、何かに気が付いたように、フッと笑った。

「なんだよ」
「厄介者じゃなくて、いい加減な奴なんだな」
「お前、口悪いな。俺に対するその態度…、なんだよ」
「どうでもいいだろ!」
「お前の方が、いい加減な奴かもな」

その言葉に、カチンときたのか、八造は、栄三の胸ぐらを掴みあげた。

「嘘だよぉ。お前とは、争いたくないからな」

八造は、手を離し、真子を見つめる。

「お嬢様、そろそろお部屋に」
「もうすこし……いいですか?」

静かに言う真子に、八造は、優しく応えた。

「少しだけですよ」

真子は振り返り、微笑んだ。

「ありがとうございます」

再び桜の木を見上げる真子。八造は、真子を見つめる事が出来ず、目線を庭に移した。そして、ふと、何かを思ったような顔をした。

「…庭の手入れ、誰がしてる?」
「猪熊のおじさんの代わりに、若い衆が、時々な」
「…あまいな…手入れ。庭が泣いてるよ」

そう言って、八造は、何処かへ向かって歩いていった。
慶造の部屋の前に立ち、ドアをノックする八造。

「失礼します」
『入れ』

慶造に言われて、すっと入っていく。

「どうした、八造。体の方はいいのか?」
「はっ。ご心配をお掛け致しました」
「猪熊には、きつく言っておいたから」
「申し訳御座いません」
「真子の事か?」

慶造は静かに尋ねる。

「その…庭の手入れですが…」
「あぁ、あれか。昔は修司に頼んでいたけどな、色々とあって
 今は若い衆に頼んでいるんだが………」

そう言った途端、慶造は何かを感じ取る。

「まさかと思うが……八造、お前がするつもりか?」
「そのお願いをしに参ったのですが…駄目ですか?」
「いいや。その方が安心する。いいのか?」
「はい。お嬢様の心が少しでも和むように」

八造の言葉に、慶造は嬉しく思っていた。しかし、それを悟られないように、四代目の威厳を醸し出したまま、応える。

「解った。頼む」
「はっ。ありがとうございます」




次の日の朝。
チョキンという音の繰り返しが聞こえてくる。目を覚ました真子は、気になりながら、部屋から顔を出した。

はちぞうさん…?

朝、起こしに行きますから。
おねがいします。おやすみなさい!
そう言って、昨夜、八造と別れた真子は、起こしに来なかった八造が気になり、八造の部屋をノックする。
返事がない。
もしかして、傷が悪化したのかと思い、ドアを開ける。しかし、そこには、八造の姿は見当たらない。
再び、チョキンという音を耳にした真子は、音の聞こえた方へと走っていった。
音の方を見つめる真子。そこには、八造の姿があった。


「お嬢様!!」

縁側に立つ真子に気付き、八造が素早く近づく。

「おはようございます。まだ、起床時間には早いですが…」
「チョキンというおとで、めをさましました」
「申し訳御座いません!!」
「その…はちぞうさん……」
「昨日、庭木を見たとき、すごく気になりまして…それで、
 慶造さんにお願いしたら、私が手入れをすることになりました」
「ていれも…できるの?」

真子が首を傾げる。

「はい」

真子は、庭木を眺める。その眼差しが輝き始めた。

「すごぉい、みていて、うっとりするぅ!」

嬉しそうに真子が言う。

「ありがとうございます」

八造は、真子の喜ぶ姿を見て、嬉しく感じ、優しく微笑んでいた。

「お時間まで、まだ一時間ほど御座いますよ。
 それまで、お休みください」
「いやぁ。はちぞうさん、ていれおわったの?」
「お嬢様の起きる時間までと思っていたのですが…」
「みていていい?」

真子の目は、期待の眼差し…。
八造は思わず、たじたじとなりながらも、平静を装って応えた。

「かまいませんよ。その前に、そのお姿だと、冷えますよ。
 着替えましょう」
「はい!」

八造は、縁側から廊下に上がり、そして、真子と一緒に部屋に向かっていった。


パジャマから部屋着に着替えた真子は、庭木の手入れをする八造と仲良く話しながら、嬉しそうにはしゃいでいた。どうやら、八造が面白い話をしている様子。
庭から聞こえてくる声に、慶造と修司が部屋から出てきた。

「修司」
「なんだよ」

応える口調はちょっぴり恐い…。

「何を怒ってる?」
「八造だよ。何もあそこまで仲良くしろとは言っていない」
「いいだろが」
「良くないって」
「…ふっ…男と女の関係を気にしてるんか?」

慶造の言葉に、修司は焦ったような表情になる。

「図星か…」
「…あぁ。もし、そうなったらどうするんだよ…」
「今から気にすることか?」
「今から気にしてないと…」
「大丈夫だぁって」

軽い口調。なんとなく、誰かを感じる修司は、大きく息を吐く。

「はぁ〜〜。…あのなぁ、慶造ぅ」
「そうなる前に、誰かの鉄拳が来るってこった」

慶造の言葉に修司は、ひらめく。

「なるほど…そっか…」
「……その誰かは、今朝は何処に?」
「さ、さぁ〜」

修司は解っていた。
朝早くに姿を消した男を心配して、追いかけていった春樹。修司に一言二言伝えた春樹は、微笑んでいた。
その微笑みに含まれる意味が解らない修司は、先程言った慶造の言葉が、ふと頭を過ぎる。

まさか、真北さんは気が付いて…???

修司は、心配げに八造を見つめていた。




とある街。
到着した電車から降りた男…栄三は、人混みを見つめ、そして歩き出した。
栄三から少し離れた所で、様子を伺っていた春樹は、歩き出す栄三に付いていく。

栄三、お前、何を考えている?



(2005.1.26 第六部 第一話 改訂版2014.11.25 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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