任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第五話 赤い色

春樹は、真子の寝顔を堪能していた。

「…いつまでも眺めてるつもりか?」

冷たく言うのは、慶造だった。

「いいだろが。お前のせいで、俺が一週間も離れていたんだぞぉ」

ちょっぴり嫌味っぽく言う春樹は、真子の頭をそっと撫で、そして、額に軽く唇を寄せる。そして、布団を掛け直してから、真子の部屋を出て行った。
廊下には、慶造の他、健が待っていた。

「…で、何の用だよ。俺と真子ちゃんの時間を邪魔するなっ」
「一晩中、一緒に居る事ないだろが。明日からは暫く一緒のくせに」

冷たく言う慶造。

「ほぉ〜嫉妬するなら、自分もせぇや」
「うるさい。それより、健が気になる事を言ってだな…」
「ん? …どうした?」
「その……真子お嬢様の事です」

深刻な表情で話す健。

「笑顔に魅了されたのか?」

春樹の言葉に、言おうとした言葉を飲み込む健。

「!!!!!!! すみませんっ!!!!!」

勢い良く下げた頭に、春樹の拳だけでなく、慶造の拳が落っこちた。



慶造の部屋。
慶造と春樹の前に、健が座り、深刻な表情で語り出した事。
それは…。

「人の心が読める?」

健の言葉に、驚いたように声を挙げたのは、春樹だった。

「はい。お嬢様とお話しをしていた時の事です。私が声にせず、
 心で思った事で、お嬢様が反応されて。その後も、そうでした」
「…もしかして、真子ちゃん、慶造や俺の考えを察してるとか?」
「そこまでは解りません。だけど、人の心を読むのは確かです」
「まさか、例の能力が…?」

慶造が静かに尋ねる事に、春樹は首を傾げるだけだった。

「暫くは、様子を見ておこう。その間に、俺が調べておくよ」

春樹は即答する。

「あぁ。頼む。……ところで、健」
「はい」

四代目の威厳を醸し出した慶造に、健の返事は上擦ってしまう。

「真子の笑顔に魅了されたとは…どういうことだ?」
「そ、その…俺が、寂しそうに見えるらしくて、それで…
 お嬢様が優しく声を掛けて下さったんです。その時に…」
「…真子に笑顔が戻ってるんだな」
「はい。時々、笑顔で手を振って下さります」
「そうか。…安心だよ。…やはり健は、人の心の闇を取り除くのが
 得意なんだな。……本当に、こっちに戻ってもいいのか?」

慶造の尋ねる事に、健は直ぐに応えなかった。
未だに、揺らいでいるだけに…。

「解りません。向こうの世界を諦めた訳じゃありませんから。
 ただ、俺………」

そう言ったっきり、健は口を閉ざしてしまった。

やれやれ…。

慶造と春樹は顔を見合わせて、ため息を付く。
健が何を思って戻ってきたのかを知っているだけに。

「猪熊から聞いている。ほんの少しの間に、メキメキと成長してる
 らしいな。他の連中が根を上げるのに、健は平気だとか」
「恐れ入ります」
「…ということで、明日からは、栄三と行動を共にしろ」
「えっ?」
「栄三の弟分として、この世界に留まるんだろ? 何か不服か?」
「いいえ。…その…突然の事で驚いただけです。…よろしいんですか?」
「…栄三が心配だからな。止める役でもあるんだぞ。それが出来るのは、
 健、お前しか居ないだろが」
「四代目…」
「…真北は、止める前に、暴れるからなぁ〜」

卑下するような眼差しで春樹を見下ろす慶造に、春樹は、

「うるさいっ」

短く言った。

「いいな、健。頼んだぞ」
「はっ。ありがとうございます!!」

畳にぴったりと額を付けて、明るい声で健が応えた。

「失礼しました。お休みなさいませ」

ちょっぴり弾んだ声で、健は慶造の部屋を出て行った。
沈黙が流れる慶造の部屋に、ライターの音が響く。
ゆっくりと立ち上る二筋の煙と、大きく吐かれる煙とため息。

「なぁ、真北ぁ」
「ん?」

力の抜けた呼び方と応え方で、二人の心境が解る。
肩書きを捨てている。

「真子の能力の事…どこまで解ったんだ?」
「二つの光の使い道は解ってる。青い光は傷を治し、
 赤い光は、慶造自身も恐れる程の恐怖を与えるもの。
 しかし、今はまだ、真子ちゃんは小さいから、その影響も
 少なくて済んでいるようだよ。…ただ、あの日以来
 夜中に現れる赤い光……このことは、八造にも言ってあるから
 安心しろ。…ただ、抑える事だけしか、今のところは出来ない。
 そこが辛いんだけどな…」

春樹は、煙草をもみ消した。

「真子ちゃんの意識が薄れた時に現れてるみたいだな」
「意識を保てば大丈夫……か」
「起きてる時は良いだろうが、寝てる時は判らないぞ」
「そうだな」

慶造も煙草をもみ消す。春樹は、そっと立ち上がり、少し離れた所に置いているお茶セットに手を伸ばし、お茶を煎れ始めた。

「真子は、ちゃんと宿題をしたのか?」
「あのなぁ。毎日一緒に屋根の下に居たんなら、知っておけ」
「しゃぁないやろが。八造に任せてたんだからさぁ」
「八造くんから聞いているよ。与えた問題、一つも間違えずに
 答えていたってな」
「しかし、早くないのか?」
「真子ちゃんの頭が良いだけだ」
「このままじゃぁ、本当に学校は必要ないな…」

春樹が差し出したお茶に手を伸ばしながら、慶造が言った。

「本当に行かせないつもりなのか?」
「真子が狙われるのは、俺の本能を呼び起こすようなもんだろが」
「そうだよな。俺は止められないよなぁ」

そう言って、お茶をすする春樹に、慶造はちらりと目をやった。

「俺だって、お前を止められないぞ。……その後、どうなんだよ」
「ん?」
「躍起になっていた例の事」
「慶造が抑えたから、俺も抑えているだけだ」
「なるほどな」

慶造は、お茶を飲み干した。

「それに…」

春樹が話し続ける。

「それに?」
「真子ちゃんの為…そして、お前の為でもある」
「ふん…」
「お前の考え…変えさせる為でもあるからな」

真子と離れるという考えの事。
春樹は立ち上がり、服を整えて慶造の部屋を出て行った。

「真子を起こすなよ」
「解ってる」

そう応えた春樹の声は弾んでいた。

「馬鹿が…」

そう呟いたものの、慶造は、春樹がうらやましかった。
真子と接する時間が多く、そして、いつもと変わらぬように接しているから。

俺には出来ないよ……。…ちさと……。

一人になると急に襲いかかる哀しみ。それが、慶造の心を掻き乱していた。

やはり、あの事を真北に話すべきだな…。

真子が持つ特殊能力。この能力の事で、ちさとの命が奪われた事は、未だに慶造の胸にしまわれていた。春樹が知ったら、それこそ、本当に止められる事じゃないから…。



真子のベッドの側に、春樹は腰を下ろす。そして、真子の頭を優しく撫でる。

「笑顔…徐々に戻ってくる事…嬉しいですよ。真子ちゃん」

真子に微笑む春樹は、異様な気配を感じ、警戒態勢に入った。
真子の体が、仄かに赤く光り出す。
春樹は真子を凝視していた。

真子ちゃん…。

真子の体が、更に赤く光り出す。そして、布団の中から勢い良く左手が飛び出した。
その手は、鋭く爪が伸び、血で染めたように真っ赤になっていた。
その手が、春樹の首に目掛けて伸びてきた。

「!!!!」

春樹は、その手を素早く掴む。

「真子ちゃん、目を覚ませっ!」

春樹が叫ぶ。しかし、真子は目を覚ますどころか、ベッドから起き上がり、目にも止まらぬ早さで、春樹の脇腹に蹴りを入れた。

うぐっ…。

少女の力とは思えない程の強さに、春樹は思わず呻いてしまう。真子に蹴りを入れられた弾みで、真子の左手を放してしまった。
それと同時に首筋に風が当たり、生暖かい物が肩に伝わる。
真子の鋭い爪で、首を切られていた。

しまったっ!!!

春樹は思わず、真子から距離を取る。
真子がゆっくりとベッドから降り、立ち上がる。そして、顔を上げた。

な、なにっ?!?

真子の目は赤く光り、そして、口元は不気味につり上がっていた。
ゆっくりと左手を挙げる、赤く光る真子。春樹は思わず恐怖を抱く。

真子を…お願いします。

春樹の耳に、優しい声が聞こえてきた。

ちさとさん…?

ふと我に返った春樹の目の前に、真子の左手が迫っていた。
春樹は、迫る真子の手を避け、真子の体を抱きしめた。

「真子ちゃん!!」

春樹の声が響き渡る。それと同時に、真子の部屋に向かって、足音が聞こえてきた。
勢い良くドアが開き、灯りが付く。

「真北さんっ!」

八造だった。
部屋の明かりの下、春樹に抱きしめられた真子の体が赤く光り、その左手の先は、鋭く尖っているのが解る。春樹に抱きしめられているが、真子は思いっきり暴れている。その時、春樹の首の傷に気付いた八造は、今にも春樹に差し出そうとしている真子の左手を掴んだ。
その瞬間、八造は、言いようのない恐ろしいオーラを感じる。

「八造くん…手を放せ…。危険だっ!!」
「放しません!!」
「怪我をさせる…訳には…」
「それは、私の台詞です!!」

春樹と八造が、話している間にも、真子は、春樹の腕の中で暴れていた。

「何を遠慮しておられるんですか!! この場合は…」
「出来ないっ! これでも、真子ちゃんなんだから…」
「それなら…」

八造は、渾身の力を込めて、春樹の腕を真子から解放した。

「八造くん?!」

春樹が尻餅を突いた途端、真子は、自分の腕を掴む八造を、真っ赤に光る目で睨み付けた。

「お嬢様、失礼します!」

そう言うと、八造は、真子の腹部に拳を入れた。
その瞬間、真子の体を包んでいる赤い光が消え、八造にもたれ掛かるように、倒れてしまう。

「八造くん!! 何も真子ちゃんに本気で…」

春樹は、先程、手を引き離された時の八造の力を思い出し、そう言った。

「大丈夫です。直前で弛めましたから」
「それなら、なぜ、真子ちゃんは気を失ったんだよ…」
「私のオーラでしょう。拳に込めたオーラに、恐れたのかもしれません」
「………敵に回したくない奴だな…お前は」
「恐れ入ります」
「って、言ってる場合じゃないって!! 真子ちゃん!」
「それよりも、真北さんの傷の手当てが先ですよ!!」
「俺は大丈夫だっ」

春樹の言葉とオーラに、それ以上、八造は何も言えなかった。
真子をベッドに寝かしつける春樹は、真子の事が心配で心配で仕方がないという表情、そして、誰も話しかけるなという背中を見せていた。

真北さん…。

「八造くん」
「はい」
「濡れタオル…持ってきてくれるか?」
「は、はい」

返事をして、八造は素早く部屋を出て行った。
春樹の首の傷は、思ったよりも深いようで、血が止め処なく流れている。

真子ちゃん……。

春樹は、首の怪我の事よりも、真子の事が心配だった。
真子の左手を手に取り、そこに付着している血を見つめた。
八造が濡れタオルを手に、部屋へ戻ってきた。

「お持ち致しました」
「ありがとう」

静かに言って、春樹は、真子の手の汚れを拭き始める。

?!?

春樹の首に何かが優しく覆い被さった。

「血が止まりませんよ。早く傷の手当てをした方が…」

八造は、濡れタオルを二枚用意していたのだった。

「まさか、爪が伸びるとはな…想いもしなかったよ」
「あれが、もう一つの光…赤い光の影響ですか?」
「詳しくは解らない。だけど、途轍もなく恐ろしい事は確かだ…」

俺でさえ、恐れたくらいだからな…。

恐れる物は無いと思っていた春樹は、この時、久しぶりに恐怖を抱いていた。
それは、自分が襲われるという恐怖ではなく、大切な者を亡くすかも知れないという恐怖だった。

「ちさとさんに……真子ちゃんの事…頼まれてるからな…。
 俺は、真子ちゃんが幸せになるまで、くたばることは出来ない。
 命を落としそうになっても、…落としたとしても…蘇ってやるよ」
「真北さん…」
「だから、八造くん」
「はい」
「八造くんも、真子ちゃんの事…」
「心得ております。例え、この身が果てようとも、お嬢様を
 お守り致します。だから、ご安心ください」

八造の言葉は、とても力強い。春樹の心は徐々に落ち着いていた。

「心強いよ…」

そう言った途端、春樹は、気を失うようにベッドに倒れ込んだ。

「真北…さん??」

ふと気が付くと、春樹の傷口を押さえていたタオルが真っ赤になっていた。





次の日。
春樹は、金属音で目を覚ました。
見慣れた天井……。

「真子ちゃん…」
「……ったく、目を覚ました途端、口にする言葉は、それか?」
「…慶造…何をしてる…お前、今日は…」
「今、夕方だ。そして、帰ってきた所。出掛けるときも様子を伺ったが
 今まで眠っていたとはなぁ〜。どれだけ寝ずに動いていたんだよ」

慶造の言葉に、春樹は応えない。

「動いていた一週間…眠った時間は?」
「……八時間くらい…」
「一日に一時間……あのなぁ〜」

慶造は、ベッドに横たわる春樹の顔を覗き込む。

「体が資本。…そう言うのは、お前だろがっ」
「……親ぶぅぅぅん? いつまで待たせるつもりぃ〜?」

慶造の背後から、怒りを抑えたような低い低ぅ〜〜い女性の声が聞こえてくる。気まずそうな表情に変わった慶造。その表情の変化で、春樹は、慶造の一日の行動が目に見えるように解ってしまった。

「俺は処理せんぞぉ」

冷たく言う春樹。

「それは困るっ!」

思わず言った慶造だった。

「美穂さん、慶造の傷は?」

見慣れた天井こそ、春樹が良く足を運ぶ医務室。あの後、八造に運び込まれ、手当てを受けていた。

「それよりも、真北さんの傷の方よ。もう少し深かったら、
 頸動脈切ってたわよぉ」
「俺の事より、慶造!」
「慶造くんの傷は、銃弾を三発受けただけで、大事に至らないから」

春樹が目を覚ますきっかけとなった金属音。それは、慶造の体から銃弾を取り除き、それをステンレス製のトレーに入れた時の音だった。

「銃弾は全て取り除いたし、当たった場所も腕だからね」

そう言いながら、慶造の傷を縫合する美穂だった。

「真子ちゃんは、八造くんと一緒に楽しく過ごしていたから
 安心して、もう一日寝てなさいね、真北さん」

名前を呼ぶ所だけ、なぜか怒りを感じた春樹は、

「解ったよ」

短く応えて、布団を引っ被った。

『慶造』

春樹の声が布団の中に籠もる。

「ん?」
『報告は詳細に…な』
「それも終えてる。後は、真北のサイン待ちだ」

その言葉を聞いた途端、春樹は、ガバッと起き上がる。

「あらら…???」
「駄目よっ!! 真北さん、貧血なんだからっ!!!……って遅かった…?」

美穂の目線は床に移っていた。

「そうだな……遅かった」

慶造は何かを見下ろすような感じで言って、ニヤリと微笑んだ。

「早く…言って下さいよ……美穂さん…」

急に起き上がったこと、そして、貧血だった事で、春樹は目眩を起こし、バランスを崩して、ベッドから落ちていた。上手い具合に受け身の体勢を取っていた為、大事には至らなかった。
自分で起き上がり、ベッドに腰を掛ける春樹は、慶造を見つめる。丁度、包帯を巻き終えた所だった。

「あんまり傷を増やすなよ」

春樹が静かに言った。

「それは俺の台詞だ」

振り返る慶造が言う。

「美穂さん、すみませんでした。あの時間に…」

首に当てられているガーゼに手を当てながら、春樹が言った。

「あら、それは、八造くんよ。ほんと修司くんの教育って、
 どこまであるのかしらぁ。まさか、縫合まで出来るとは
 思わなかったわよぉ。連絡を受けて、駆けつけた時は
 真北さんの首の傷を綺麗に縫合していたんだから」
「それは、違反だと…」
「この世界には関係ないさ…」

春樹の言葉を遮るように、慶造が応える。

「真北だって、一人で出来るだろうが」
「あっ、まぁ…それは、その…………」

俺も医師免許持ってないけど…できるよなぁ、縫合……。

そう考えながら、頭をポリポリと掻いていた。

「真北さんの体調が良くなるまで、真子ちゃんの事は
 八造くんが任せて欲しいと言っていたわよ。それでいい?」
「えぇ。………だけど、慶造…」

春樹が静かに呼ぶと、慶造は、知っていると言わんばかりの眼差しを送ってきた。

「実はな……ちさとが狙われた理由…本当は、その能力が
 関わっているんだよ」
「…な…に…?」
「黒崎が、真子の能力…青い光の事を、知っていたそうだ。
 まぁ、医学関係の人間の半数が知っているらしいんだが、
 その傷を治す光のメカニズムを薬に応用出来ないか…
 そう考えて、青い光を持つ人物を捜していたそうだ」

淡々と語る慶造の言葉に、耳を傾ける春樹。美穂も、その話は初めて耳にした。青い光の事は、知っていたが…。

「真北が、光の資料を探していただろ」
「あぁ。色々と当たったよ」
「その時に、阿山組に光を持った者が居ると耳にしたらしいよ。
 真北の大切な者が持っているらしいという言葉と共に」
「…ま、まさか……」

春樹の背筋に、冷たい物が走った。

「真子とは、正月頃に逢ったらしい。その時、光の持ち主じゃないと
 悟ったそうだ。…だから、ちさとだと目を付けた」
「……それで、真子ちゃんを狙い、その時の傷を光の力で……」
「あぁ」
「ちさとさんは、違う…能力を持っているのは、真子ちゃんだっ」
「黒崎……泣いていたよ」

慶造の重い言葉に、春樹は耳を疑った。

「黒崎が…?」
「あぁ。…黒崎も、ちさとの実家…沢村さんの思いを知ってるからな」
「思い…?」
「真北。お前と同じだ」
「それなのに……なぜ、そのように命を奪うような行動をっ!!」

怒りのあまり、春樹は、ベッドに拳を振り下ろした。

「…真子の能力を知っているのは、阿山組では真子に関わる
 者達だけだ。幹部や組員、若い衆は知らない。そして、
 外部では、黒崎四代目と竜次だけだ」
「それでも、危険だ…」
「あぁ。解ってる。だから、真北。あの術を…」

慶造の言葉に、春樹は首を横に振った。

「術で押し込むと、更に危険だ。抑え込んだ分、飛び出した時に
 激しさが増す可能性がある。…だから、俺は出来ないよ…」

春樹は、膝を抱えて顔を埋めた。

「真子ちゃんが、かわいそうだ…」
「拳を向ける事も出来なかったんだってな。…八造が言ってた」
「あぁ。俺には、出来ないよ。真子ちゃんを傷つけるようなことは」
「赤い光の時は、仕方ないだろ」
「しない。……できないよ……」

春樹は、大きく息を吐く。

「…その前に、能力の事…もっと詳細に調べる必要があるだろ…」

深刻な表情で言った春樹。

「そうだな…」

そう応えるしか無い慶造は、スッと立ち上がる。

「痛み止めは?」

美穂が声を掛けるが、

「いらん」

短く応えて、慶造は医務室を出て行った。
春樹は、布団に潜り込み、目を瞑る。そして、大人しく眠りに就いた。





春樹は、誰かと電話をしていた。

『そうですね、もっと詳しく調べてみましょう』
「まさの知り合いに居ないのか?」

電話の相手は、天地山ホテルの支配人・原田まさ。やはり、医学方面で責めていこうと考えたのか、春樹は、真剣だった。

『居る事は居るんですが……』

そこまで言って、まさの言葉は途切れた。

「まさ。どうした?」

まさは、受話器を見つめながら、眉間にしわを寄せていた。

親友をお忘れなんでしょうか…この人は…。

「あっ、すみません。その知り合いに聞いてみますが、
 忙しい奴なので、すぐに答えは来ないと思いますよ」
『それでも構わない。早急に頼むよ』
「かしこまりました。真北さん、お嬢様のご様子は?」
『あの日以来、赤い光は出てこない。しかし、笑顔は無いよ』
「そうですか」
『まさぁ〜。本当に、笑顔を取り戻せるんだろうなぁ』
「お任せ下さい」
『あぁ。頼んだよ。それじゃぁな』

まさの耳に当てる受話器からは、一定の音が聞こえてきた。

「ったく、また自分の言いたい事だけ言って、すぐに切るんですからぁ」

そう言いながら、受話器を置き、直ぐに、とあるボタンを押す。

『はい。橋総合病院です』
「原田です。橋をお願いします」
『お待ち下さいませ』

暫く保留音を聞いたまさは、ふてくされたような声を耳にして、再び眉間にしわを寄せた。

「そう露骨に、嫌な声を出さないでください」
『あのなぁ〜。こっちは、本当に忙しいんやぞ。それにも増して、
 以前の患者が、毎日のように相談に来るから、困ってるんや』
「相談?」
『お笑いの頂点に立った健と霧原ってコンビの行方を捜して
 欲しいってなぁ〜。ったくぅ〜。俺は外科医やっつーの』
「そう言いながら、嬉しそうですけど」
『ほっとけ。…で、何か緊急か?』
「すみません。何か資料があったら…と思いまして…」
『なんの?』
「傷を治す青い光と、凶暴な赤い光についてです」
『あぁ、あれか』

橋の口調は、何か知っている様子。まさは、思わず期待する。

『どっかの助教授が、研究の対象やぁ言うて、調べてるらしいで』
「助教授?」
『津田って人物だけどな。医学の事を詳しく知りたいと言って
 俺の病院に尋ねてきたんだよ。その時に、ちらりと読んだ』
「その資料…下さい」
『なんだよ、唐突に』
「実は、俺の大切な人の大切な人が…」
『…まさか持っているとか?』
「いいえ、その……」

光の事を知られては…そう考えたのか、まさは、言葉を濁した。

「知りたいということで…はい」

まさの言葉で、雅春は何かを悟ったのか、それ以上詮索はしなかった。

『そこに送っておけばいいのか?』
「あっはい。今年中に届きますか?」
『まぁ、そうしておくよ。……ところで、原田くん』
「はい」
『だいぶ、支配人が板に付いたみたいやな』
「は?」
『俺に対する言葉遣いが、医学生の頃に戻ってるからさぁ』
「うっ……悪かったなっ。それじゃぁ、すぐに送ってくれよ」

急に言葉遣いを変えるまさ。

『はいはい。解ってるって…おっとっ!! 急患だぁ!』

嬉しそうな声に、まさは、思わず微笑んだ。

「相変わらずですね」
『原田くんもな。…じゃぁ、またな。いつでも相談してこいよ』
「あぁ。橋も、あんまり無茶するなよぉ」

そう言った途端、受話器からは一定の音が聞こえてくる。
まさは、受話器をじっと見つめた。

似た者は同士は、行動も同じ…ってか。

そう思いながら、そっと受話器を置くまさは、デスクに飾る写真に目をやった。
抱きかかえた真子が、自分の頬に唇を寄せる姿が写っている写真。

ちさとさん、真子お嬢様の事は、私にお任せ下さい。
必ず、笑顔を取り戻してみせます。

写真立てを握りしめる手は、少し震えていた。



(2005.2.15 第六部 第五話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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