任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第八話 注目の真子?

朝焼けが、街を、そして、人々の家を照らし始める。
既に体を動かしている人、そして、その日差しと共に目を覚ます人…。色々な人が、一日の始まりを味わうかのように、朝焼けの眩しさに目を細めていた。


阿山組本部。
組員達が動き始めたのか、先程までの静けさは無くなっていた。
真子の部屋にも朝焼けの光が射している。

「……朝……か」

そう呟いたのは、真子に添い寝をしていた芯だった。
芯は一晩中起きていた。
一昨日の慶造と修司の大喧嘩の後、春樹が何を言っても、真子は泣き続けていた。夜になっても、真子は泣きやまない。部屋に閉じこもったまま、食事も取ろうとしない。向井が、芯が、真子のためにと翻弄して、やっと食事を取ったが、夜は夜で、眠ろうとしなかった。
真子が夏休みの間、芯は毎日、真子と過ごしていた。
もちろん、夜も一緒に眠っている。
だから、何も心配することは無いが、芯の頭の隅にこびり付いている、『赤い光』に支配された時の真子の姿。父親の大喧嘩を観た後に、現れるかもしれない。そう思うと気が気でなく、一晩中起きて、自分の胸に顔を埋めて、しがみつくように眠っている真子の様子を伺っていた。
一晩中、真子は、その姿勢を変えることは無かった。
もしかしたら、眠ったふりをしていたのかもしれない。
芯は、真子の頭を、そっと撫でる。

「お嬢様…今日は、何をして、過ごしますか?」

優しく語りかけ、真子が楽しめる事を考え始める芯だった。



縁側に腰を掛け、一晩中、夜空を見上げていた男二人……。

「朝……だな」
「あぁ」

慶造が呟き、春樹が気の抜けたように返事をする。

「俺が……悪いんだよな……」
「あぁ」

何かに反省するかのように、慶造は時々呟いていた。それに対して、春樹も、素っ気なく応える。
このやり取りが、一晩中続いていた。
慶造が何を考え、そして、何に対して悪いと言っているのか。
春樹には、思い当たることが多すぎて、聞き直す気力も湧かず、素っ気なく応えていただけなのだ。いつもなら、感情の無い応えには、反論する慶造。しかし、この時ばかりは、本当に……。

「まさか、…お前の弟に言われるとは……想像もしなかったよ」

やっと別の言葉を話した慶造。
先程の、『俺が悪い』は、芯に叱責された事に対する反省の言葉だった様子。
それには、春樹は気付いていなかった。

「あいつも、言うように…なったよな。…天下の阿山組四代目に
 意見するとは……。恐れる者は無い…ってか」

春樹が言った。

「そうさせたのは、お前じゃないのか?」

慶造は、ちらりと春樹に目をやった。
春樹は微笑んでいた。
その微笑みは、最愛の弟の成長を喜んでいるのか、恐れることなく慶造に突っかかった弟に呆れていたのか解らないが、兎に角、とても温かくて柔らかい微笑みに、慶造は目が釘付けになっていた。

こんな表情…出来るとはなぁ。

フゥッと息を吐き、慶造は煙草に火を付けた。

「怪我…大丈夫なのか?」

春樹も煙草に火を付けながら、尋ねた。

「俺のは軽い…」
「猪熊さんに殴られた所」
「それくらいは、平気」
「そうか…」

二人は同時に煙を吐いた。

「久しぶりに……怒られたよ」

しみじみ言う慶造に、

「たまには…いいんじゃないか?」

春樹は応える。

「そうかもな……。有頂天にならん為にもな」
「あぁ。俺も…叱ってもらおうかなぁ」
「お前には必要ないだろ。修司や小島には、遠慮してるくせに」
「ほへ?」
「はぁ?」
「はぁ…って、慶造」
「ほへ…って、真北…」

お互い、考えていることの違いに気付き、すっとぼけ…。

「慶造…お前が言ってるのは、真子ちゃんのことだろ?」
「いいや、修司なんだが…」
「………真子ちゃんに怒られる以上に、堪えたんか…猪熊さんとの事」
「修司に怒られたのが、久しぶりだと言ったんだよ。…真子には
 しょっちゅう、怒られているだろが」
「悪い親だなぁ」
「お前に言われたくないな」
「あん?」
「お前だって、真子にどれだけ言われ続けてる? そのたびに、誤魔化して…」
「わちゃぁ、それ言うなよ…俺……相当堪えてるんだからよぉ」
「はいはい。お前こそ、無茶するなって。真子が……心配するからさ」
「慶造も…だ」

再び沈黙が続く。
二人の耳に、組員達の稽古の声が聞こえてきた。

「今日の予定は?」

春樹が尋ねる。

「恐らく、ここから出ることは無理だな」
「八造くんの容態が気になるか?」
「あぁ。修司と一緒で、あの傷で動きそうだからさ…」
「真子ちゃんに頼むか?」
「それは八造君が気の毒だ」
「それもそっか……」

具合は悪くても、怪我が治っていなくても、相手に気付かれないように振る舞う修司、そして、八造。
それに気付いているものの、慶造は修司に何も言えないのだが、真子は違っていた。

「あの眼差しで、『無理しちゃ駄目っ!』って、怒られたら、
 俺でも動けないって…」
「ある意味……怖いよな……」
「……真子ちゃんの事を酷く言う奴は、…許せない…なぁ」

静かに言う春樹に、慶造は苦笑い。

「ほんと、おっかねぇなぁ、真北も」
「ほっとけ」

春樹は、煙草をもみ消し、膝を立てる。そして、真子の部屋がある方に目をやった。

「起きたのか?」

慶造が尋ねる。

「あぁ。…芯のやつ…一晩中起きていたな…あれは…」

姿は見えなくても、オーラを感じる春樹。
芯の焦った感じのオーラが、伝わっていた。




「…ごめんなさい…」

ベッドの上で座ったまま、真子が謝る。

「あっ、いえ、その…お嬢様…は、悪くは…。ただ、心配で…」

焦ったように芯が言った。

「一晩中……起きていたんでしょう、ぺんこう…」
「はい、まぁ…そうですが、その……夜中にお嬢様が目を覚ました時、
 私が寝入っていたら…その…」
「もう……大丈夫だから!」

真子が明るく振る舞った。

えっ?

その明るさに違和感がある。しかし、真子は笑顔を見せている。

ったく……。

周りに気を遣う癖。
それは、良いところでもあるが、余計に心配させてしまう行為でもある。
前日の事が、事だけに…。

「お嬢様」

芯は静かに真子を呼ぶ。

「…はい」
「無理をするのは、心にも体にも良くない…そう申してますよね?
 無理しては、駄目ですよ? …私にだけは、隠し事は駄目だと
 お願いしていますよね? …隠し事ですか?」
「…してないよ。…昨日のこと…気になるけど…いつまでも気にしていたら
 お父様だけでなく、猪熊のおじさんも…小島のおじさんも気にするから…。
 大人の世界に割り込んだ私も悪いけど…でも……」
「お嬢様…」

真子に語りかける言葉を探す芯。しかし、頭に浮かぶのは、難しい言葉ばかりだった。

「お嬢様には、まだ、難しい問題ですよ。体を張って守る事。
 それがその後、どれだけ辛い思いをさせているのかは、…お嬢様…
 すでにお解りでしょう。だけど、その時の思い、その人の思い…。
 体を張って守る人の思いは…未だ、難しいでしょう?」
「……みんな…私を守ってくれるから…。ぺんこうもでしょう?」
「えぇ。お嬢様を失うと、更に状況が悪化しますから」
「悪化?」
「う〜ん……このような言葉は、あまり良くないんですが、復讐…ですね」
「敵を討つこと……仕返しすること…。自分が味わった事を相手にも…」
「えぇ」
「解るけど…だけど、同じ思いを相手にさせても…亡くなった人は
 戻ってこない…。そんなことをしても、空しくなるだけだから…」

お嬢様……。

真子の言葉に感銘したのか、芯は思わず、真子を抱き寄せてしまった。

「ぺんこう?」
「本当に……あなたって…人は……」

まだ、子供だというのに……。

大人顔負けの言葉に、芯は自分が抱いていた思いを反省していた。




「なぁ」
「………」
「大丈夫なのか?」
「……八造なら、大丈夫だ」
「……お前の事だけどなぁ」
「……」

池に水が張られ、そこに鯉が泳いでいる。池の側にしゃがみ込み、鯉にえさをやりながら、隆栄が修司に話しかける。
この二人は、一晩中、裏庭にある池の側で夜空を見上げていた。
何も語らず、何もせず。ただ、二人は並んで座り込み、ボォッとしていた。
朝になり、鯉が元気に泳ぎだした時、隆栄がえさをやり始めた。
どうやって声を掛ければいいのか。
隆栄は一晩中考え込んでいた。
やっと声を掛けたものの、返ってきた言葉に、隆栄は呆れてしまう。

「俺は……お前の方が心配だぞ…」

反対に、修司が心配そうに声を掛けてくる。

「昔なら、簡単だったのにな…」

隆栄の呟きは、寂しげに聞こえた。

「…悪かった。……だけど、今回ばかりは、誰にも止めて欲しくなかったんだよ」
「…真子お嬢様の言葉で、止まったのに?」
「忘れていた…一番、心配掛けたくない人物を」
「あぁ、そうだな…。…あの頃なら……ちさとちゃんが…」
「…かもな……」
「ちさとちゃんが……止めたのかな…」

隆栄の言葉に、修司はそっと微笑み、

「そうかもな…」

静かに言った。
鯉にえさをやり終えた隆栄は、立ち上がる。しかし、バランスを崩しふらついてしまった。素早く支える修司に、隆栄は苦笑いをして、えさ箱を戻しにいく。

「無茶するなよ。……先日の後遺症が…」
「大丈夫だぁって。無茶でもしなきゃ、俺の体が持たんからさ」

そう言って、振り返る隆栄の眼差しに、寂しさを感じた。

「それよりも、八っちゃん、無茶して動かへんか?」
「一番心配だよ」

父親としての本音が現れる。

「真子お嬢様に、お願いしとこぉか?」
「その体で逢わない方が良いかもな。…栄三ちゃんに頼めば?」
「そうだよな。……それとなくその気にさせるのは、栄三の得意技だしぃ。
 そうしようかなぁ」
「一晩中、側に居てくれたんだろ?」
「ん? ま、まぁ……ドスの件もあるし……あいつ……珍しく…反省してるよ」
「厄介な息子で、いつもすまんな…」
「気にするなって。嫌な事なら、ちゃぁんと断るし、せぇへんから。小島家の
 人間は」
「……それも、そうだな」

なんとなく、馬鹿にしたような言い方に、隆栄は、カチン…。

「お前なぁ、たまには、『そんなことないぞ!』って、言えんか?」
「本当のことを誤魔化しても仕方ないだろが」
「うわぁ〜。ほんと、お前ら親子は、俺達を馬鹿にしてる〜」
「その口調が、そうせざるを得ないだけだっ!」

いつもの修司に戻った瞬間だった。



医務室のドアが、静かに開いた。
美穂が振り返る。

「あら、真子ちゃん」

と元気よく声を掛けたが、真子が、『しぃぃっ!』と言ってきた。思わず自分の口を塞ぐ美穂。

「くまはちは?」

真子が静かに尋ねてきた。

「まだ、眠ってるわよ。一週間は起きることは難しいと思う」
「ひどかったの?」
「まぁ…そうね…」

言っても良いのか迷いながらも、どちらにしろ、真子には知られてしまう為、包み隠さずに美穂は応えた。

「側に…居ても良い?」
「いいよ」

優しく微笑んで応える美穂は、奥の部屋へと真子を案内した。
一緒に付いてきた芯は、奥の部屋には入らず、その場で待機する。
奥の部屋には、栄三が八造の看病をしていた。

「お嬢様!」

なぜか焦ったような表情をする栄三だが、美穂の表情を見て、一安心。
八造の事を知られては…と思っていただけに、栄三は焦ったのだった。

「まだ、目を覚まさなくて…」

栄三が、そっと応えた。

「目を覚ますまで…側に居て…いい?」
「お嬢様が側に居ると、すぐにでも目を覚ましそうですね。…っとそれよりも、
 朝ご飯は?」
「済ませた。えいぞうさんは、まだでしょう? 食堂の方にお願いしてきたから、
 美穂さんと一緒に食べてきて…」
「しかし、その間に…」

栄三は、真子の言葉に焦っていた。
美穂が居ない間に、八造の容態が悪化したら…という事に。

「ぺんこうが居るから…」

そっと応えた真子に、栄三は部屋の向こうに目をやった。
芯が居る。それも、医務室の器具や薬の位置を確認するかのように、辺りを見つめていた。

なるほど…。

「それでは、お言葉に甘えまして、暫くお願いします」
「うん」

真子の笑顔に見送られ、栄三と美穂は医務室を出て行った。

「何かありましたら、お呼び下さい」

そう言って、芯は部屋の扉を閉めた。

真子は、痛々しい姿で横たわる八造を見つめ、そっと頭を撫でる。
首に巻かれた包帯。
その傷を付けたのは、八造自身だったということを、春樹から聞いていた。

「自分を傷つけないように…って言ったのは、八造さんなのに…」

そう言って、真子は右手を八造の首筋に当てる。

いいよね…誰も…観てないから……。

真子は、目を瞑り、そして………。


八造は、温かい何かに包まれ、フッと目を覚ました。

「すまん…起こしたか?」

目を覚まして一番に飛び込んできた顔は、芯の心配そうな表情だった。

「…ぺ…ん……こう……」

そう呟いた時、右手に重みを感じた八造は、ゆっくりと目線を移した。

「お前が目を覚ますまで離れない…って、頑固でなぁ」

芯の呆れたようなホッとしたような口調で、何が起こっていたのかを把握する八造は、自分の右手を握りしめる真子の手をそっと握りしめた。

お嬢様……。

「お嬢様、怒ってたぞ」
「ん?」
「…自分で自分を傷つけた…って。そうするなと言ったのは、
 くまはちなのに…ってさ」
「そうだよな…でも……。仕方ないだろ…こうでもしないと…」
「解ってる。…それを抑える術を身につける…これが、俺達に
 残された課題……だよな」

芯も自分自身の奥底に眠る何かに気付いている。
それを目覚めさせては駄目だということも。

「あぁ…そうだな…。……一番、心配する方に…笑顔で居てもらいたいから」

そう言って、八造は、ベッドに俯せて眠っている真子に目をやった。

「…俺…どれくらい眠っていた?」
「あの事件から三日目。お嬢様がここから離れないようになってからは
 一日半。…大変だったぞぉ。慶造さんとお前の親父さんの大喧嘩」
「………ったく、親父の奴……」
「お互い…自分の思いを譲らないから、本当に……」
「まさか、お嬢様が?」
「お嬢様が止めたよ。……くまはちも気をつけろよ」
「ん?」
「お嬢様を泣かせるような事だけは、絶対にするな」

芯の言葉に、怒りを感じた八造は、

「四代目以上に、お前の鉄拳が怖そうだな……肝に銘じるよ」
「そうしてくれ。…で、俺も側に居るけど…いいのか?」
「…お嬢様の体の方が心配だよ。…だから、一緒に」
「あぁ。…で、痛いところはないか?」
「…痛み止め…入ってるんだろ?」

そう言って、目線を移した先には、点滴が二本。

「そうらしいな。…でも、具合は?」

なぜか、看病のことになると、躍起になる芯。
昔の癖…かもしれない。
無理をして、相手に気を遣ってまで、自分の容態を隠していた母。
そういう時こそ、無理をして欲しくない。そういう思いが、今の芯を動かしていた。

「大丈夫だよ。これくらいは…………!!!」

何かに気付いたのか、八造は目を見開いた。
なんとなく、違和感がある。

なぜだ?

「どうした、くまはち?」

八造の表情の小さな変化に気付いた芯が、慌てたように声を掛けてきた。

「あっ、いや……何も……」

芯の声に、真子が目を覚ます。

「あわぁっ! すみません、お嬢様! 起こしてしまいましたか…」
「…くまはちは…?」
「お嬢様」

八造が声を掛ける。その声に驚いたように顔を上げ、

「くまはちっ!!」

怪我人の八造におかまいなく、真子は、喜びのあまり、思いっきり八造の体にしがみついた。

「って、うわっ! お嬢様っ!!!」
「駄目ですよ! くまはちはぁ」

と言っても遅かった……。


美穂が、八造の傷を縫合しなおす。

「はい、おしまい」

ガーゼを当て、包帯を巻いていく。

「……ごめんなさい……」

少し離れた場所で、恐縮そうに首を縮めた真子が立っていた。

「大丈夫ですから。痛みはありませんし…」
「でも…ごめんなさい……八造さん……」
「気になさらずに。もう、体も起こせま……」

そう口にした時、殺気を感じた八造は、慌てて口を噤んだ。
美穂が鬼のような形相で睨んでいた……。

「無理しないでね、八造さん…」
「ありがとうございます」

治療を終えた美穂は、部屋を出て行った。
真子は八造の側に座り、八造の右手を握りしめる。

「…ごめんなさい…嬉しくて……。気をつけるから…」

少し照れたように真子が言った。
八造は微笑む。
……その微笑みは、同じ男でも、クラッとくるものがある……。

こいつ、…本来の姿は、こっちか?

女性が相手なら、恐らくイチコロ……。
芯は、そう思いながらも、口にしなかった。
真子が、目の前に…。

「慶造さんに報告してくるよ。…お嬢様、くまはちの怪我を
 これ以上、増やさないように注意して下さいね」
「反省してます」

真子は、深々と頭を下げた。

「では」

そう言って、芯は部屋を出て行った。医務室の方で、美穂と少しばかり話をし、そして、去っていくのが解った。
美穂が医務室で仕事をしている。
その様子は、ドアを閉めていても解るほど。

「忙しいのに…悪いことしちゃった…。ごめんね、くまはち」
「お気になさらずに。…それよりも、お嬢様にお聞きしたいことが…」
「……何を尋ねられても、応えないけど、それでもいいの?」

真子の言葉に、自分の思いを悟られた事が解る。
八造は息を吐いた。

「知らなかった…。お嬢様……もう、使わないで下さい。
 私には必要ありません」
「それなら、約束して。…絶対に、自分を傷つけないって…」
「…それは、出来ません。この体を張って守る事が出来なくなりますから。
 慶造さんだけでなく、お嬢様も……」
「お父様とおじさんのように、私と喧嘩したいなら、体を張ってもいいよ?」

澄んだ眼差しで、真子が言った。
しかし、八造の決意は固い。真子の眼差しに屈しない程……。

「お嬢様と喧嘩…したいですよ。だから、その時は思いっきり
 叱って下さい」
「知らないよ?」
「その代わり、お嬢様も無茶をしないこと。…約束してください」
「くまはち…それは、これからもずっと……私が大人になっても
 続く約束なの?」
「はい」
「……もし、五代目になっても?」
「お嬢様…」

真子の言葉に驚いて、八造は体を起こしてしまう。

「って、起きては駄目!」

と、真子に力強く抑えつけられた。
その時、真子の右手が、八造の首筋の怪我の辺りに当たる。
八造は、真子の右腕を掴んだ。

「私には使わないで下さい。…私が自分で付けた傷ですよ?」
「…見えるから…。この場所の傷は…見えるから…。…目にしたら
 私が辛い……だからなの……」
「お嬢様……ありがとうございます……!!」

真子の右手を両手で包み込み、まるで祈るかのように自分の額に手を当てた八造。
その行為は、真子の右手に隠された思いを、封印するかのように思えた。




夜遅く、春樹が阿山組本部へと戻ってくる。
その足は珍しく、組長室へと向かった。
ドアを開けると、そこには慶造と栄三、そして、勝司が深刻な表情で座っていた。

「真北、どうだった?」
「龍光一門の狙いは、変わっていない。奴らのトップは未だに
 動いていないらしいな。恐らく指示だけで、高みの見物だ」
「なるほどな。……上を崩せば終わりそうか?」
「それは難しいな。龍光一門は、トップが消えれば、ナンバー2が
 トップの座に着くというシステムだ。順次繰り上がる。だから、
 一気に潰していくしかないだろうな」
「龍光一門は、どこまで続いているか解らんだろが」

慶造が言った。

「その通り。だから、奴らの動きを止める方法を考えた方が良いだろうな」
「どうやって?」
「まぁ、それは、俺に任せておけって」

ニヤリとつり上げた口元に、嫌な予感が走る慶造達だった。
しかし、敢えて、それを口にせず、話題を切り替えた。

「ところで、…真北」
「ん?」
「闘蛇組だが…」
「……林は暫く出てこないぞ」
「それが、裏で誰かが糸を引いたらしいぞ」
「何?」

春樹の眼差しが変わる。

「真北さん。闘蛇組ですが、裏にはとんでもない組織が
 絡んでいたんですよ」
「………どんな…組織だ?」
「霧原に頼んでいたんですよ。そうしたら、あの霧原でも
 動きを封じられそうになるような…組織だそうです」
「霧原さんは無事なのか?」
「…霧原さんには、心配無用です。特に海外での動きには。
 元々海外での活動を主にしていたんですよ、霧原さんは。
 なので、情報網は私たちが考えることが出来ないほど
 細かくて、そして広いですよ」
「それは解ってる。…その広さと力でも、危うかったんだろ?」
「…まぁ、そうですけど…無事ですから」
「それなら安心だ」
「それで、意外な接点を見つけたそうです」
「接点???」

栄三は、一冊のファイルを春樹に差し出した。
そこに挟まれている書類は、細かい字で書かれている。春樹は、目を通し始めた。
その目が見開かれた!

「真北…良樹……。御存知ですよね」

栄三が静かに尋ねる。

「あ…あぁ……俺の……」
「今の真北さんと同じように特殊任務に就いて間もない頃、
 暫く海外に出向いていたらしいんです。その時に、闘蛇組の
 動きと裏を探り当てた……」
「………確かに、俺が幼い頃、親父は仕事で海外出張を
 していた記憶がある。長期間だった……。まさか…」
「真北家を狙う理由が、そこにあるみたいですね」
「まさか、親父の奴……何かを盗み出して…」
「闘蛇組が躍起になるのは、それを探し出そうとしているか、
 闇に葬ろうとしているか……だから、真北さんを執拗に……」
「……お袋……知っていたのか?」

もはや真北の耳は周りの音が聞こえていない。もちろん、目は周りが見えていないのだろう。
栄三が差し出した書類に見入っている。
そして、気になる一文を見つけた。

「……栄三………」
「はい」
「……この…ブライト・リドルというのは名前か?」
「えぇ。その組織のボスらしいですね。その辺りは未だに解明出来ず、
 霧原さんが足踏みしてしまった一件になります」
「…嫌な予感がする…」

春樹が呟いた。

「世界を股に駆ける組織らしいぞ」

慶造が言った。

「そんな組織の何を掴んだというんだよ……親父っ!」

春樹は机を思いっきり殴りつけた。
その音は、怒りを封じ込めたように聞こえた。

「実はな、真北」
「あん?」

返事が怖い……。

「その頃に一番詳しい人物を…俺は知ってるんだが…。
 いかんせん、その人物は、別の世界で生きてる人物だし、
 滅茶苦茶、口が堅い人物なんだよな……」

慶造が言う人物に、心当たりがあるのか、春樹の眼差しが変わった。

「……迷惑は掛けたくない。…しかし、親父の行動を
 知っているとは…思えないが、尋ねてみる必要性はある…」

春樹が言った。

「遠い昔の記憶だが、彼の人も長期間、海外に居た事もある」

慶造の言葉を耳にした途端、春樹は顔を上げた。
一縷の光が見えたような表情をした春樹。しかし、その中に戸惑いも隠せない。

「しかし……もしものことがある…。標的にされたら…」
「解った。…だがな、真北。もう駄目だというときは、
 尋ねた方がいい。……弟の身の安全の為にもな」
「…あぁ、……ありがとな、慶造…そして、栄三」
「どういたしまして!」

得意気に応えた栄三に、春樹は苦笑いをした。




真子は机に向かい、何やら一生懸命、手を動かしていた。そんな真子の後ろから、そっと覗き込むのは、芯と、すっかり怪我が治った八造だった。二人の気配に気付き、真子は慌てて顔を伏せて何かを隠した。

「駄目!! 観たら駄目!!」
「どうしてですかぁ? 宿題を見て欲しいと仰ったのは
 お嬢様ですよぉ?」
「もぉ、それは、お勉強の方! ぺんこうにはお勉強の方を
 見てもらいたいの!!」
「宿題は、八月に入る前に終えたんじゃありませんかぁ。
 私はお嬢様のお勉強を見た記憶がありません〜」
「だけど、これは駄目!!」

そう言って、真子が必死に隠しているのは、例の絵日記。
机の上には、色鉛筆が転がっていた。

「もぉ、くまはちまで、一緒に! 仕事は? 体を動かす事は?!」
「お嬢様が夏休みの間は、側から離れるなと仰ったでしょう?」
「そ、そ、そうだけど、だけど、絵日記を覗く事は言ってないもん!」
「私のことを書かれていたら心配ですから…」
「くまはちのことは書いてないっ!」
「私のことを書かれていては心配です…」
「ぺんこうの事も書いてないっ!!! 書けないでしょぉ!!」
「じゃぁ、何を書いておられるんですか?」

芯と八造は、同時に尋ねた。
真子は、困ったような表情で、振り返り、二人を見上げた。

…お、お嬢様…その眼差しは……やめてくださいぃ〜。

二人の心に何かが突き刺さった瞬間。
真子の憂いに満ちた眼差しに、射止められた二人は、

「すみませんでした……もう、覗きません…」

真子から目を反らすかのように、同時に言って、部屋の中央にあるソファに腰を掛けた。
二人の背中が寂しく感じた真子は、渋々……、

「…鯉……」

呟くように言った。
しかし、二人の耳には…。

「恋?!?!!」

言葉は一緒だが、意味は違う。
真子の言葉に驚いたように立ち上がったのは、言うまでもない。

「お嬢様、好きな男の子が?!」
「えっ!?」
「同じクラスに?!」

芯と八造は、勘違いしたまま、真子に詰め寄ってくる。

「違うぅっ!!! 池の鯉のこと!!!」

そう言って、真子は自分が描いた絵日記帳を見せる。

「あぁ…鯉……ね……」

と言ったっきり、二人は言葉を失った。
二人は、真子の絵日記を見たまま、硬直している。

「…絵を描くの…慣れてないから……見せるの…恥ずかしいの…。
 だって、ぺんこうに買ってもらった絵日記帳でしょう? だから…その…」

真子は頬を赤らめて、静かに言った。
二人が硬直しているのは、絵が下手だからではなく、今にも泳ぎ出しそうな感じに描かれている鯉に魅了されていたからだった。真子は、恥ずかしそうに絵日記を閉じ、二人に背を向けて座ってしまった。

「だから……覗かないで……と言ったのに……」

呟く真子。

…びっくりした…。
あぁ。
まさか、あんな風に描くとは…。
絵日記だよな。
あぁ。
小学生……だよな。
あぁ。
……ぺんこう、お前、絵を教えていたか?
いいや、俺は…格闘専門。
…じゃぁ、真北さんか?
さぁ、それは。……くまはちじゃないのか?
俺は学業に専念してない。ましてや絵は…。
それにしては、あらゆる国の言葉…聞いてくるだろが。
ま、まぁ、それは……。

芯と八造は、こそこそと話し出す。

「あがぁ、もぉ!!! こそこそと話さないでっ!!!」
「す、すみませんっ!!!」

真子の言葉に素早く反応して、深々と謝る二人だった。


夏休み明け。
真子の絵日記が、全校の中で最優秀賞をもらったのは、言うまでもない。
目にした者全てが、同じ事を口にする。

今にも泳ぎ出しそうだなぁ。

それでも真子は、自分の絵が下手だと思っていた。
なぜなら、他の生徒の絵と比べていたから…。
絵日記とは、リアルに描いては駄目なんだろうと、真子のすっとぼけた考えで……。


夏が過ぎ、秋が来た。落ち葉舞い散り、そして、木々が裸になっていく。
その後、何事も起こらず、真子は無事に過ごした。
ぺんこうからの電話も定時に掛かってくる。真子の笑顔が輝く瞬間だった。
その電話の内容からも解る。
この冬も……。
誰もが待ちに望んだ、あの時期がやって来た!!!



(2005.11.5 第七部 第八話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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