任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第十一話 芯の行動

阿山組本部。
朝稽古の声が聞こえる中、芯が目を覚ました。
自分の胸に顔を埋めるように、真子が眠っている。
その姿を見て、芯は優しく微笑み、真子をギュッと抱きしめた。そして、我に返る。

って、俺…何してんだよ…。

気を取り直して、芯は真子から離れるように起き上がった……が、何かに引っ張られる。

お嬢様ぁ…。

真子が芯のパジャマを握りしめていた。



真子は寝ぼけ眼のまま、春樹の車に乗り込んだ。

「お嬢様、寝ては駄目ですよ」

見送りに出てきた芯に言われ、真子はコクッと頷いた。

「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」

この日、真子の学校では三学期の終業式がある。
真子が学校に通い始めて一年が経つ。
この一年色々とあったが、真子にとっては新しいことばかりで、楽しい日々だった。
芯が、真子に手を振る。真子もそれに応えるように手を振った。

「さてと」

そう言って、芯は部屋に戻っていく。



真子の学校にあるロータリーに車が停まった。

「では、12時に迎えに来ます」
「はい。真北さん、行ってきます」
「行ってらっしゃぁい」

春樹に見送られ真子は校舎へと向かって走っていった。
真子の後ろ姿を見つめる春樹の表情は、弛みっぱなし………。



芯は、阿山組本部内を歩いていた。そして、とある場所で足を止めた。
そこは、組員専用の駐車場。駐車場担当の組員が、芯に気付き一礼した。芯も同じように一礼し、近づいていく。

「真北さんの車もここにあるんですか?」
「いいえ、ここは組員専用なので、真北さんや栄三さんの車は、
 隣になります」
「鍵も預かってるのか?」
「はい……って、何でしょうか…」

芯の怪しげな表情に、組員は思わず首をすくめる。

「車、借りてもいいかなぁ」
「あっ、でも、それは…その……。山本さん、免許は…」

と尋ねる組員に、芯は運転免許を見せつけた。

「真北さんに聞いてからじゃないと…」
「気にすることないって。どれ?」
「あの…」
「……どれ…?」

なぜか、威嚇してまで、組員に尋ねる芯。
それには、訳があった……。




真子は、終業式を終え、クラスメイトと挨拶を交わした後、ロータリーへと走ってきた。

「ちょっと早かったかな」

予定の時間より二十分早く終わった真子。ロータリーの側にあるベンチで待とうと思った時だった。

「お嬢様」
「ぺんこう! あれ? 真北さんが迎えに来るんじゃないの?」
「急な仕事が入ったので、私が代わりに迎えに来ましたよ」

嘘。
芯は何かを企んでいた。春樹が迎えに行くことは解っていたが、先回りして迎えに来ていた。もちろん、春樹には内緒…。真子は、芯が来たことに喜びながらも、

「荷物…多いんだけど…」

歩いて帰ると思ったのか、真子が恐縮そうに言った。

「車で来ました」
「えっ? でも…ぺんこうは…」
「実は、免許を取ったんです!」

素敵な笑顔で芯が言う。
真子は、その笑顔に思わず照れてしまった。

「どこかへ出掛けますか?」
「いいの?」
「この際、ドライブに行きましょう」
「本当にいいの?」
「えぇ。私と一緒の時は、何も言われませんから」
「そうだったね! じゃぁ、ぺんこうに任せる!」
「かしこまりましたぁ」

張り切る芯は、車に真子を迎えた。

「あれ? この車…」
「真北さんから借りてきましたよ」
「朝の車と…違うけど…」
「真北さん、車を三台も持っていたんですよ。その一台です」
「すごぉい。真北さんって、一体……」
「無茶な男です」
「そうだったね! お邪魔します!」

そう言って、真子は車の助手席に座った。
芯が運転席に座り、そして、慣れた手つきでハンドルを動かし、学校を出て行った。



「阿山さんなら、緑の服を着た男性と一緒に帰りましたよ」

真子を迎えに来た春樹。しかし、それは、五分遅かった。
芯運転の車が、学校を出て、角を曲がった後、春樹の車がやって来た。ロータリーで真子を待つが、時間になっても真子が来ない。心配する春樹は、ロータリーの管理室へと足を運び、そこでの返事が、そうだった。

「緑の服?」
「えぇ。ナンバーは…」

って、こら、その車は……。

春樹は、ガクッと項垂れる。

「若葉マークを貼ってましたよ」
「そうですか。ありがとうございました」
「って、あの…身内の方ですか?」
「えぇ。一番安全で、一番危険な男ですよ」

と言って、春樹は去っていく。

「安全と危険って、それ……矛盾してませんか…??」

管理人が首を傾げた。


車に戻った春樹は、ハンドルの横にあるボタンを押した。
すると、メータの辺りに小さな画面が現れ、赤い点滅が現れた。

「何処に行くつもりだよ…芯はぁ〜」

赤い点滅は、ゆっくりと山の方向へ向かって動いていた。



春樹は、本部へと戻ってきた。車を停め、駐車場担当の組員に歩み寄った途端、胸ぐらを掴み上げる。

「すみません!!!! 豹に睨まれたら動けなくなったんです!!
 すみませんでした!」
「ったく、俺は何も言ってないだろがっ!」
「言わなくても、解りますよぉ。それに、山本さんも言ってましたから…」
「山本くんが、何を??」

睨み上げる眼差しこそ、芯そっくり…。

「こっそりと借りていった事を真北さんが怒鳴りにくると…」
「解っていて、どうして、阻止しないっ!」
「できませんっ!!」
「それくらい、出来るだろがっ!」
「すみません〜」
「……って、真北、それくらいにしとけ」
「四代目っ!」

慶造が春樹の怒りのオーラを嗅ぎつけたのか、駐車場にやって来た。

「…えらい早い帰りだな、慶造」

尋ねる声にも怒りが籠もる。

「今から出掛けるが、お前も付いてこい」
「俺は、あいつを探す」
「……山本と一緒なら、安心だと言ったのは、誰だよ」
「…俺……」
「それなら、二人っきりでも大丈夫だろが」
「それが危ないんだよっ!」
「…手…出したら、どうなるかくらいは、知ってるだろ」
「そ、そりゃぁ、そうだが…」
「解ったなら、早く来い」

促すように誘う慶造に、渋々付いていく春樹。

「っと、俺仕様の車な」
「はっ」

駐車場担当の組員は、春樹にキーを渡した。それを奪い取る春樹は、運転席にまわった。

「何処に行くんだよ」

助手席に座った慶造に、春樹が冷たく尋ねる。

「ここだ」

そう言って、懐から一枚の紙を取りだし春樹に見せた。春樹は、何も応えず、アクセルを踏む。
車は急発進をして、本部を出て行った。




芯運転の車は、山道を登っていく。くねくねとした道を巧みなハンドルさばきで走っていく。
そして、とあるお寺へと入っていった。
寺の駐車場に停まった車から、芯と真子が降りてきた。芯はキーロックをした後、すぐに真子へと駆け寄り、手を繋ぐ。

「ねぇ、ぺんこう、ここは?」
「私の大切な人が眠る…場所です」
「お墓……」
「えぇ。すみません、免許を取った事…報告したくて。それと、
 今のことも…。付き合わせてしまい、申し訳なく思います。
 でも、ここの景色…素敵なんですよ」
「それは、死んだ人の為?」
「えっ?」
「………行こう!」

真子が促すと、芯は歩き出した。

墓参りのセットを手に墓地の奥へと入っていく。
真子は静かに付いていくだけだった。
芯の足が止まった。真子が芯を見上げると、芯は墓地を見つめていた。

「真北……? えっ?」

真子の目が見開かれた。芯は真子に振り返り、寂しげに微笑んだ。

「そうです。真北家の墓です。…私の母、そして、父…
 ご先祖が、ここに眠ってます」
「ぺんこう…でも…名前…」
「もう…お気づきでしょう。…私の心の声を聞いて…」
「……あの時…真北さんの事を兄さんと呼んだ…その時から
 気になっていたけど……ぺんこうは…」
「真北さんは、私の兄になります。…ある事情で、家族の縁を
 断ち切りましたけどね」

言いにくそうな、それでいて、言いたげな複雑な表情を見せる芯は、心で真子に語りかけていた。

私のこと…聞いて下さい。

「ぺんこう…。それは、報告してからに…しよう!」

真子が笑顔で言う。それに驚く芯は、真子に笑顔を向け、

「そうですね」

そう言って、墓石を拭き始めた。



墓地から少し歩くと、展望台があった。芯と真子は、その展望台にあるベンチに腰を掛け、目の前に広がる街並みを見つめていた。

「素敵だね。…あの街に…私たちが住んでる。それを、ここに眠る
 人達が、見守ってくれてるんだ。…だから、ぺんこうは寂しくなかったんだね?」
「お嬢様の家庭教師として、阿山組に住み込むようになってからは
 寂しいことはございませんでした。…ただ、…兄さんの事に関しては
 とても…考えることが多くて…」
「真北さんが、お父様の為に色々と働いている事は知ってる。
 だけど、真北さんの事…全く知らないの…。昔、どんな事をしていたのか…。
 ぺんこう…話してくれるの?」
「真北さんの昔のことを知って、お嬢様が真北さんを嫌いにならないなら、
 お話しますよ」
「…警察…」
「えっ?」
「真北さん……警察の人と仲良いんだけど…」
「警察の…人?」
「学校に迎えに来てくれる時ね、校舎の窓から見えてたの。校門の外…。
 真北さん、時々、お見舞いに来てくれた警察の人と親しげに話してた。
 どうしてなのか解らなくて、私なりに考えたの。それと、組員の方々が
 話している…というか、心の声なんだけど…。元刑事が……って」

芯は、真子の言葉を聞いて、思わず心に思いそうになった言葉をグゥッと堪えた。

「その通りです。元刑事…慶造さんと敵対する刑事だったんですよ」

芯の言葉を聞いた途端、真子の目が見開かれた。唇をグッと噛みしめ、拳を握りしめる真子。その仕草を観ただけで、真子が何を思ったのか、芯には解っていた。それでも、芯は話し続けた。

「今も怪我をすることが多いんですが、昔はもっと多かったんです。
 慶造さんに怪我をしている所を助けられた事で、恩を感じて、
 今、慶造さんの為に動き回っているんですよ」
「刑事を辞めて?」
「そうです。刑事を辞め、…愛する者の為に…」
「愛する者??」
「お嬢様の母…ちさとさん…」
「えっ?」
「真北さんは、ちさとさんの事が好きだったんです」
「うん…それは知ってる。真北さんの心の中は、お母さんのことが…」

そう言ったっきり、真子は口を噤んでしまった。

しまった……。

「すみません、お嬢様。辛い…事を…」
「…ごめんなさい……まだ、…笑っていられなくて…」
「すみません………」

芯は素早く抱き寄せた。
真子の頬を流れる涙を隠すかのように。

「真北さんの…事……ぺんこうの事…もっと聞きたい…」

震える声で真子が言った。

「…やくざ……慶造さんと過ごすことで、刑事としての立場が
 危うくなって、真北さんは私たちと縁を切って、そして、
 慶造さんと過ごし始めた。…私は、真北さんの思いを知らなかった。
 だから、お嬢様に……」
「嫉妬?」
「うっ……お嬢様………?」
「えいぞうさんが…ね、…ぺんこうの事をえいぞうさんに相談したとき、
 えいぞうさんから聞いたの。…嫉妬してるだけだって…」
「……はぁ??」
「真北さんと仲良くしていたら、特に、怖い雰囲気だったから…」
「えいぞうの野郎…何を話してるんだよっ!!!」

芯が怒る。それには、真子が笑い出す。

「お嬢様??」
「だって、ぺんこうが…面白くて…」
「私がですか??」
「さっきまで、優しく語っていたのに、急に怒り出したから…」
「あっ、いや…その…」

焦る芯に、真子は芯の胸の中から顔を上げて、微笑んだ。

「本当に、えいぞうさんと健の事…嫌いなんだね!」
「えぇ。肌に合わないですよ、あの二人」
「優しいのに?」
「それは、お嬢様だけにですよ」
「ん?」

意味が解らず、真子は首を傾げた。

「…ねぇ、ぺんこう」
「はい」
「もう、兄弟として過ごさないの?」
「過ごせません。…真北さんが、他人と言ってますから。
 それに…私も他人として接してますからね」
「でも、あの時……商店街での時…」
「真北さんの無茶に、我を忘れただけです…」
「…周りに知られたら、大変なの?」
「母が生きていた頃は、大変だったでしょうが、今は大丈夫です。
 自分のことは自分で守れますから」
「そうだね…」

そう応えた真子の表情が暗くなった。

「お嬢様?」
「……どうして………狙うんだろう…」
「えっ?」
「真北さんのことも…お父様のことも。……どうして? やくざだから?」
「それは、私にも解りません。ただ、危険な世界だということは、
 解ります。…お嬢様も御存知だから、慶造さんを心配して…」

真子は、そっと頷くだけだった。
その後、二人は、景色を眺め続ける。

「お嬢様」
「はい」
「他にも素敵な場所があるんですよ。行きませんか?」

とびっきり素敵な笑顔で芯が言う。真子は、芯を見つめ、そして、

「うん!」

元気に返事をした。


芯運転の車が、山道を降りてきた。そして、来た道とは反対方向へと走っていった。
芯は、自然の多い場所ばかりを選んでいた。真子の心が少しでも和むようにと思っての事。
実は、この日の事は、前日に考えたこと。
真子が芯の誕生日を祝ってくれたお礼として、芯は自然のある場所ばかりを図書館で徹底的に調べ上げていた。行く先々で、真子の笑顔が自然よりも輝く。景色の素敵な所に来ても、真子の笑顔には、負けているように思えてくる。

「夜景…観ますか?」
「遅くなったら怒られるから、夜景は…今度にする!」

夕日が二人を照らし始めた頃、もっと真子と二人だけで居たいと思ったのか、そう言ったのだった。
真子の言葉に素直に従い、車に戻る二人。

「では戻りますよ!」

とエンジンを掛け、サイドブレーキを下ろした時だった。

「ぺんこう…何か光ってるよ?」

運転席と助手席の間にあるいくつかのボタン。その一つが赤く光っていた。

「あれ? なんでしょうね…」
「押しても大丈夫かな…」

真子は人差し指をボタンに近づける。

「押しても大丈夫でしょう」

芯の言葉を聞いた途端、真子はボタンを押した。

『真北さんっ!!! そこは危険だと何度も!!』

げっ…この声は…。

「えっ??? 何?? なんなの???」

突然、車内に響き渡った声に、真子は驚いた。しかし、芯には、聞き慣れた声だった。
芯は、どう応えれば良いのか悩む。
その時、一台の車が、側に停まった。芯は警戒して振り返る。停まった車から降りてきたのは、春樹と同じ特殊任務に就き、芯たちを見守っている中原だった。芯は窓を開けた。
中原は、開いた窓から見えた顔に驚き、後ずさる。

「って、どうして、し……」

芯の向こうに居る女の子の姿に気付き、中原は口を噤んだ。芯は優しく微笑み、降りるから…と合図して、真子に振り返る。

「お嬢様、少し、この方と…」
「……刑事さんだよ、その人」
「えっ?」
「真北さんのお見舞いに来た刑事さん…。その節はありがとうございました」

真子は中原に向かって、深々と頭を下げる。

「あっ、その……こちらこそすみません」
「もしかして、真北さんと思われたんですか?」
「え、えぇ…そうです」
「すみません…その…山本先生が真北さんの車を借りて
 私のためにドライブを…なので、その…」
「あっ、いや、その……あの…ですね……」
「この方は、山本先生と言って、私の家庭教師の方です。
 お父様と真北さんとは、一切関わりの無い方なので…」
「解りました。…でも…どうして………が?」

どうして、芯君が、車を運転して…??

と言いたいが、芯とは、面識が無い事を装わないと…と考えるだけで、しどろもどろになっていく中原。
そんなとき、更に一台の車が近づき、停まった。
芯が、その車に警戒する。
中原も芯を守るために警戒した。
観たことのない車。
真子も思わず警戒してしまう。…が、その車から降りてきた人物を観て、真子は笑顔を見せた。

「真北さん!」
「ったく…勝手に俺の車を乗り回すなっ」

その口調こそ、優しさを感じるもの。
芯も中原も安堵の息を吐いた。
芯と真子は車を降りる。真子は、真北に駆け寄り、真北は駆け寄る真子を抱き上げる。

「楽しい時間を過ごしたかぁ?」
「はい! 色々と素敵な所に連れて行ってもらったの! あのね、あのね!」

と真子は嬉しそうに語り出した。
芯と中原は、真子を見つめながら、そっと語り合う。

「ここは、真北さんにとって、危険な区域なんですよ」
「すみません。知らずに俺…ってか、この車は…」
「特殊任務の仕事の時に使う車ですよ。だから何処にいても
 すぐに解ります」
「うわぁ…あの人、どれだけ車を持ってるんだよ。…趣味なのか?
 それに、あの車…また新しいやつですよ」
「組関係、プライベイト、そして、任務関係の三台ですよ」
「そこまで御存知なんですか…」
「知っていないと、こちらも対処出来ません」
「あっそうですね。………慶造さん…」

真北が乗ってきた車には、慶造が乗っていた。
真北と真子の話が長引きそうなので、業を煮やしたのか、慶造が車から降りてきた。

「慶造。車から降りるなと言ったよな」
「お前の話が長すぎる」
「…そっか、すまん」
「伝えることを早く伝えろ」
「そうだわなぁ」
「真北さん…ぺんこうを怒らないで…」
「真子、怒りに来たんじゃないよ」

慶造が優しく語りかけた。
それには、真子だけでなく、春樹、芯、そして、中原も驚いていた。

「山本、ほら」

そう言って、慶造は何かを放り投げた。片手で受け取る芯は、手の中に収まったものに目をやった。
それは、車のキー。

「慶造さん、車のキー…」
「山本の車だよ」

慶造は、自分が乗ってきた車を指さした。

「えっ?」
「慶造からの祝いだってよ」

春樹が付け加える。

「祝い?」
「誕生日と免許取得祝いだ」
「……慶造さん…」
「車の種類と色に関しては、真北に文句を言えよ」
「…………何も言うことはありませんよっ」

冷たく応える芯。
本当に文句は無かった。
自分が欲しいと思っていた車、そして、色。
芯は、車に歩み寄り、中を確認する。

「慶造さん、本当によろしいんですか?」
「あぁ。まぁ、帰りは、俺が一緒に乗るが…いいか?」
「はい。構いません。しかし…」
「真北は、あの車を運転する事になる」

と応えた慶造。その言葉で、芯は春樹がやろうとしている事に気付く。

「あまり無茶はしないでくださいね」

春樹に言った。

「解ってるって。真子ちゃん〜急な仕事が入ってしまって…。
 三日ほど留守にするけど…寂しがらないでくれよぉ〜。
 ぺんこうに誘われたからって、毎日ドライブに出掛けるなよぉ〜」

春樹は真子に頬ずりをしながら、寂しそうに言う。

「真北さんの帰りを待ってるからね」
「ありがとぉ〜」

真子の頬に軽く口づけをして、真子を地面に降ろした。

「慶造、そろそろ戻らないと」
「あぁ、そうだな。山本、頼むぞ」
「はい」

慶造は車の後部座席に乗り込んだ。芯は、真子を助手席に迎え入れ、そして、運転席に回る。ドアを開け、ちらりと春樹に目をやった。
春樹は、優しく微笑みながら、芯がこっそりと借りた車のドアを開けた。
芯と春樹は、同時に車に乗り込んだ。
芯運転の真新しい車が、春樹が乗り込んだ車の横を通りすぎる。
助手席から真子が手を振っていた。
春樹もそっと手を振り、真子達を見送った。

「どえらい買い物ですね。…結構高い車でしょう?」

遠ざかる車を見つめながら、中原が話しかけた。

「すまんかった。心配かけて」

春樹が静かに言った。

「本当に驚きましたよ。この区域は近づかないと言っていたのに
 躊躇う雰囲気もなく、走っていたんですから〜」
「俺もだ。…でも、ありがとな」
「芯くん、いつ免許を?」
「誕生日前…って、連絡あるだろが」
「芯くんの事に構うなと言ってきたのは、真北さんですよ!」
「それでも目を通しておけっ。…で、何か遭ったのか?」
「大阪の動きですよ」
「………激しくなりつつ…ある……のか……。
 本当に、これは厄介だな…」

春樹は、大きく息を吐いた。



芯の新車が本部の門をくぐっていった。

「お帰りなさいませ」

組員が迎える中、慶造が車を降りる。続いて真子も降りてきた。

「お帰りなさい……って、あれ? お嬢様…真北さんと
 一緒じゃなかったんですか?」

組員の一人が優しく声を掛けてきた。

「ぺんこうが迎えに来て、途中でお父様と会ったの!
 これね、ぺんこうの車だって!」

珍しく、真子が元気よく応えていた。
その言葉で、真子がこの日のドライブを楽しみ、心を和ませていたことが解る。慶造は、優しく笑みを浮かべ、

「山本、真子の春休みの間、毎日頼むぞ」

そう言って、屋敷へと入っていった。芯は驚いたように車から降り、

「…って、慶造さん!! それは、真北さんが……」

と応えたが、慶造の姿は既になく…。

「ぺんこう、いいの?」

真子が爛々と輝く眼差しで尋ねてくる。

う〜ん、いくつか調べたいことがあるけど…。
お嬢様と過ごしたいし…車もらったし…。

「えぇ。でも、大学に行く事も御座いますが、その時は…」
「お勉強するから!」

明るい声で真子が応えた。

「では、お嬢様。車を停めたら直ぐに部屋へ行きますので、
 先に戻ってくださいね」
「でも、すぐに夕食だよ?」
「荷物を片づけてからですよ」
「はい!」

元気よく返事をして、真子は自分の荷物を全部手に持ち、屋敷へと入っていった。

「って、わっ!お嬢様!! 荷物持ちますよ!!」

先程、真子に声を掛けた組員が、慌てて真子を追いかけていった。

『大丈夫! ありがとう!!』

真子の声が遠ざかっていった。
芯は、フッと笑みを浮かべ、車に乗り、駐車場へと向かっていった。




「ぺんこう!! あれ、観て、観て!!」
「お嬢様ぁ、運転中に脇見出来ません!!」
「そっか…」
「お嬢様がしっかりと目に焼き付けて、後でお話してください」
「はい!」

真子の記憶力と表現力を磨くため、芯はそう言った。
ドライブといっても、やはり、勉強の方を第一に考える芯。
春樹にも言われた事だった。


真子が春休みの間、芯とのドライブは毎日続いていた。
そのうち、二日ほど、一緒に大学に足を運んでいた。
真子は、芯が図書館に居る間、車の中で待っていた。車の中から見える景色は、大学構内の様子だった。芯と同じくらいの年頃の人々が行き交う構内。笑顔が輝き、時には真面目な表情もある。色々な人の表情を真子は楽しんでいた。
図書館のある方から、芯が駆け足で向かってくるのが解った。途中、誰かに呼び止められ、少しばかり会話をする。その時の、芯の表情は、いつも自分に向けるものとは違っていた。
芯の新たな一面を垣間見た真子は、自然と笑みを浮かべていた。
芯が戻ってくる。

「お待たせしました。すみません、少し遅くなってしまい…」
「ぺんこうの時間でしょう?」
「そうですが、お嬢様と過ごす時間の方が大切ですから」
「どうして? お勉強は?」
「お嬢様と一緒に居ることも勉強の一つですよ」

そう言いながら、芯はエンジンを掛ける。

「では、今日は自宅に戻りますよ」
「はぁい!」

時刻は夕刻。
夕方までに帰ると約束している芯。
本来なら、夜景の美しいところも一緒に眺めたいが、時期が時期だけに、芯にまで、いや、真子にまで危機が迫る可能性があるとの事で、明るいうちに帰ることにしていた。
帰り道、ふと目に飛び込む淡い桜色。

「今年も素敵に咲きそうですね」

芯が言った。

「桜…?」
「えぇ。街の桜もいいけど、本部にある桜は、本当に素晴らしいですよね」
「うん……。くまはちの手入れもあるから…」
「毎年、楽しみにしていますよ」
「……誰かに喜んでもらえて、桜の木も嬉しいかもね!」

そう言った真子だが、なんとなく、寂しさが含まれていた。

「お嬢様」
「はい」
「実は、明日から授業が始まるらしいんですよ」
「そうなんだ…じゃぁ、後は勉強するね」
「すみません。春休みの間はずっとという約束だったんですが…」
「ううん。大丈夫だよ」

私が寂しいんですけどね。

「でも、いつもの電話は…掛けてね!」

そうだった、それがあったっ!

「えぇ」

芯の返事は、明るく感じた。




桜がちらほらと咲き始めた頃、真子は一人で庭に居た。
真子専用のくつろぎの場所。
真子がそこでのんびりとしている時は、誰も声を掛けてはいけないことになっている。
……が、

「お嬢様ぁ、こちらでしたか!」

大きな声を張り上げて、真子を呼び、近づいていくのは…、

「健! 待ってたぁ!」

健だった。

「ご依頼のものですよ」
「ありがとう」

真子は、健から用紙を受け取る。

「…お嬢様ぁ〜、本当に知りませんよ…」
「お勉強に役立つものだから、いいでしょぉ。それよりも、
 健は、ぺんこうに何を教えてもらってるの?」
「コンピュータ関係ですよ」
「どうして?」
「これからは、色々と役に立ちそうですからね。それに、親父も…」
「小島のおじさん、色々と造って下さるから!」
「そうですよね…」
「……私も…習おうかな…」
「えっ?」
「ぺんこうに時間があったら、コンピュータのこと、習いたいなぁ。
 健、ぺんこうに伝えてくれる?」
「猫電話の時に、お伝えすればどうですか?」
「あっ、そっか! ……その……難しいの?」
「えぇ。もう、滅茶苦茶……」
「でも、ぺんこうの教え方だと大丈夫だから、お願いしちゃおう!!」

真子の張り切りっぷりは、いつも以上のもの。真子が無茶しそうな時は、必ず止める健だが、なぜか、この時だけは…停められなかった…。


真子は、その日の夜、芯からの電話を待っていた。
しかし、予定の時間になっても、芯からは電話か掛かってこない。

忙しいのかな……。

時間に厳しい芯。約束の時間は必ず守る芯が、電話を掛けてこないのは…。
真子は寂しげな表情で、寝る支度をし始める。
その時、ふと、何かに気付いたのか、突然、部屋を出て行った。


真子は、向井の部屋の前にやって来る。そして、ノックをした。


床に就いた向井は、部屋のドアがノックされた事に気付く。
ドアの向こうに感じる気配に、急いでドアに駆け寄り、開けた。

「お嬢様、どうされました? この時間は、ぺんこうからの電話がある
 時間でしょう?」
「そのぺんこうから、電話が無いの!! もしかしたら、何か遭ったのかもしれない!」

真子の慌てっぷりに向井は少し焦る。

「確か、お友達は外出して、暫く一人になると言ってましたね」
「うん。……昨日逢った時、ぺんこうに異変…なかった?」
「特に変わった様子は…。まぁ、いつものように、食料を奪われたくらいですね」
「……ねぇ、むかいん…」
「私も心配ですから、今から行きましょう…っと!」

向井の声と同時に真子が走り出した。向井は、真子を引き留める。

「私も行く!」
「こんな夜更けの外出は駄目ですよ!! それに、ぺんこうが
 更に心配するでしょう?」
「でも…でも…」
「くまはちを連れて行きますから、それでよろしいかと」
「…いいの?」
「お嬢様からのお願いですから、くまはちは断りませんよ。
 なぁ、くまはち」

自分の部屋から顔を出している八造に気付き、声を掛ける向井。

「お嬢様、私がお供しますから、ご安心を」
「…えいぞうさんと健も…」
「その二人を連れて行くと、もし、ぺんこうの体調が悪かったら
 更に悪化しますよ?」
「……でも、夜だし…夜道は危険だから…」
「では、えいぞうに運転してもらいましょうか」

そう応える八造の眼差しは、廊下の先に向けられていた。
真子の慌てたオーラに気付いたのか、心配して駆けつけてきたのだった。

「えいぞうさぁん!!」

真子は、栄三の姿に気付き、涙を浮かべて、栄三に駆けていった。

「って、あん?! えっ!!?!???」

真子が足にしがみついてくる。真子の仕草に慌てる栄三。思わず真子を抱き上げてしまう。

「えいぞう!!」

八造と向井は、同時に叫ぶ。

「しゃぁないやろがぁ。…で、お嬢様、二人をぺんこうの自宅まで
 届けるんですね?」
「…えぐ……ぐすん………。………帰り……も…」
「はいぃ、解っております」
「私も…」
「それは、駄目です」
「……ぺんこう………大丈夫なの?」
「あの…それを確かめに……」

真子の言葉に、しっかりと応える栄三。いつものいい加減さは…どこへやら…。




栄三運転の車が、芯のマンションに向かって走っていた。

「ったく、お嬢様の前だと、そこまで我に返るのか?」

助手席の八造が、栄三に尋ねる。

「うるさい。…本来の俺だろがっ」
「お嬢様の前でも偽ると言ったのになぁ」
「ほっとけ。…で、ぺんこうに何かあるのか?」
「さぁな。…ただ、お嬢様が何か異変を感じただけだ」
「むかいんは、昨日逢ったんだろ? 気付かなかったのか?」

ルームミラー越しに、後部座席に座る向かいに尋ねた。

「ぺんこうは、誰に対しても自分を隠すだろ? 気付かないって」
「同じ年齢で、しょっちゅう逢ってるんだったら、気付いてあげろ。
 それくらいは、容易いだろがっ」
「…悪かったよ……反省してるから。…お嬢様が心配なさる前に
 これからは、対処しておくよ」
「そうしてくれ」

やはり、本来の栄三が表に出ている。
いつになく、周りに対して注意する栄三だった。



(2005.12.10 第七部 第十一話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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