任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第十五話 嘘

ミナミの街。
いつもはネオンの輝きで色とりどりの世界だが、この日の夜だけは違っていた。
赤い色が一際目立っている。
それは、赤色回転灯だった。


春樹は、現場の状況を見渡す。所々にある血だまり。何が起こったのかは、一目瞭然だった。ふと過ぎる不安に、それを否定しようとする自分が居る。
心を落ち着かせようと、ゆっくりと歩き回る春樹は、大量の血だまりと銃弾が落ちている場所で足を止めた。
人がたくさん集まった事も判るほど、そこは、荒れていた。

…………て、まだかよ…。

現場検証が未だ行われていない事が、落ちている銃弾で判る。
血だまりの側に、一通の封筒が落ちていた。
その封筒には見覚えがある。
春樹は、それを拾い上げた。
中には手紙が入ってる。そっと取り出し広げた。

!!!

そこに書かれている文字に、春樹の怒りは一変する。
振り返り、一台の車の側で刑事に何かを話している組員に近づいていく。
車を乗り越え、飛び降りると同時に、その組員の胸ぐらを掴み上げた!

「!!! 真北っ!?」
「よぉ…観た顔だと思ったら、青虎の側近じゃねぇかよ」
「阿山は引き返しただろがっ!」

思わず怒鳴る組員の腹部を蹴り上げる春樹。

わちゃぁ、真北さん、ここでの自分を失っておられる…。

組員と話していた刑事は、言いたい言葉をグッと飲み込み、春樹の行動を見つめていた。

「俺は知らん。…聞きたいことがあるんだが…」

そう言って、拾い上げた手紙を組員の目の前に突きつけた。

「………俺の言いたいこと…判るよなぁ」
「知らん、知らん!! 俺は知らんっ!!!」
「誰が、狙った?」
「関西なまりの人物だったんだろ! だから、こっちの組を…」
「ほぉ〜。何か知っている口調だな……言えよ……」

春樹の声が低くなる。

「言った方が安全だぞ」

側に立つ刑事が言った。その途端、

「一族郎党皆殺しの命令を親分が出しとったっ!!!」

と応えると同時に、組員の意識が遠ざかる……。

「真北さんっ! こちらでは手出しをしないと!」
「真子ちゃんが狙われて、黙ってられるかっ!」
「えっ?」

春樹の言葉で、刑事は言葉を失う。

「そりゃ、慶造も怒りを露わにして、無茶な行動に出るよな」
「そ、そ、そうですね……」
「こいつから、何を聞いた?」
「阿山慶造の行動です。一太刀で、青虎を斬り殺したそうですよ」
「…手に掛けたか…」

大きく項垂れる春樹。

「だけど、水木組組員も駆けつけていて、阿山慶造を狙ったそうですね。
 その際に、ボディーガードの二人が体を張って守ったそうです」
「その二人は?」
「血を噴き出して、倒れたと…」
「………二人が取りそうな行動だな…。こりゃ、真子ちゃんが怒る…」

春樹は、この時、勘違いをしていた。
慶造が突き放している二人が怪我をしたのではなく、真子に付いている二人がこの場に乗り込んだのだろうと。
春樹は、大きく息を吐き、少し離れた所にいる中原を呼び寄せた。

「はい」
「俺は直ぐに戻る。今なら最終に間に合うだろ?」
「ちょっと難しいかと…」
「今からなら、大丈夫だろがっ」
「いいえ、その、こちらでの処理が…」
「それは、こっちの者に任せておけや」
「阿山組が絡んでいたら、無理でしょう〜! せめて報告…」
「判ったよっ!!」

冷たく言い放ち、春樹は、署に向かって歩き出す。

「真北さん!!」

中原が追いかけていく。
この時、なぜか、原も追いかけるように、早足になっていた。





猛スピードで走る車の中。
慶造が、後部座席をちらりと観る。

「…眠ったか?」
「はい」

芯は、自分の上着を後部座席に横たわる修司の体に、そっと掛けた。そして、少し開いた場所に座り直す。

「山本」

静かに呼び寄せる慶造。

「はい?」

芯は顔を近づけた。

「!! …これくらいは…」
「その面で、真子の前に出るつもりか?」

慶造は、ハンカチで、芯の頬の血を拭う。それでも、血は溢れてくる。

「大丈夫か?」
「判りません。血が止まらないようですね」
「これでも塗っておけ」

そう言って、慶造が差し出したのは、春樹特製の傷薬。
芯は、それが誰の物なのか知らずに、受け取り、薬を塗った。

「混んでなければ、朝には到着だろうな。…美穂ちゃんは呼んだのか?」
「はい。先程のパーキングで連絡をしておきました」
「冷静だったか?」
「まぁ、一応……」

って、俺達への口調は、四代目に怒っていても笑っていても同じだし…。

運転をしている組員は、美穂の下で働く救護班の一人。美穂との付き合いは、一応長い方だが、美穂の思いを未だに理解出来ないでいた。

「山本も眠っておけ」
「もしものことが御座いますから」
「修司なら、このまま治療を終えるまで眠り続ける」
「そうですか…。それなら、お言葉に甘えます」
「あぁ」
「お休みなさいませ」

そう言うと同時に、芯は眠りに就いた。芯の寝顔を見つめ、フッと笑みを浮かべる慶造。

「ほんと、そっくりな寝顔だな」

そう呟いた。

「そうですね。…あの時の姿は、本当に驚きました」

運転手が言った。

「流石の俺でも、動けなかったよ」
「山中さんの腕と並ぶとお聞きしておりますが、腕よりも
 怒りは、誰よりも凄いものを持っているんですね」
「そりゃぁ、家系だろ」
「そうですね」

この運転手も、春樹と芯の関係を知っている者だった。

「真北さんには、ばれてないでしょうか…」
「もう、耳に入ってるだろうな。そして、仕事を放ったまま
 本部に向かってくるはずだ」
「私たちより早いのでは?」
「それはない。…あいつは、絶対に陸で来るからな…」
「陸?!」

慶造が、『陸』を強く言ったのには、訳がある。
春樹の苦手な物は、車で走るよりも速く到着する。しかし、春樹は、絶対にそれを選ぼうとしない。
慶造には判っていた。
先のことが判っていた慶造は、春樹の行動もお見通しだった。休憩無しで、本部に戻ると言ったのは、そういう訳もあった。怪我人の二人の事も気になるが…。

「四代目」
「ん?」
「お怪我なさっていたんですか? すみません、気付きませんでした」
「いいや」
「しかし、先程、山本さんが仰ったんですが…」

心配する運転手に、慶造は優しく微笑み、

「傷は傷でも、ここの傷の事だよ」

慶造は、自分の胸を指さした。

「あっ……すみません…気付きもせず…俺…」
「誰にも判らないと思ったが、……流石、教師を目指す男だ。
 人の痛みを、良く解ってる……」

もう…巻き込まない方が……いいよな…。

慶造は、そっと目を瞑った。





日付が変わる頃の阿山組本部。
裏庭にある池の縁の石に腰を掛け、水の中で眠る鯉を、煙草を吹かしながら見つめている男が居た。
裏庭に面した真子の部屋の窓から、外を眺めた八造は、池の側に人の影を見つけ、何かを思ったのか、真子の部屋からそっと出て行った。

煙草をもみ消した男は、背後に迫ってきた気配に振り返る。

「眠れんか?」
「八やん……。まぁ…な」

何かを誤魔化すかのように応えて、再び池の中の鯉に目をやる栄三。

「お嬢様に付いて無くていいのか?」
「追い出された」
「嘘付くな」

栄三が続ける。

「俺は、大丈夫だよ。ただ…」
「ただ?」
「女抱きてぇ〜っ!!」

そう言った途端、栄三の頭のてっぺんに、八造の拳が落っこちた。
八造は、栄三の隣に腰を下ろし、同じように鯉を見つめ始める。

「…八やんこそ、気になってるんやろ?」
「親父のことは気にしてない。……ただ……四代目の行動が判らない。
 どうして、俺を連れずに、ぺんこうやむかいんを連れて行ったのか…。
 そこが理解出来ない。二人は言わば、一般市民だろ? ここに
 住んでいるといっても、関係ないのに……武器を持たせて
 一緒に…」
「俺は、判るけどなぁ」
「えいぞう……」
「向かっている事が、敵に知れると、ここが手薄になる。
 そうなると、残っているのが、お嬢様と格闘に無縁の男達、
 そして、あの二人だろ。…離れた時に狙われた。もしもの
 事があってみろ。…それを考えると、二人を連れて、
 俺達を残しておくのが賢明だろ?」

問いかけるように、栄三が言った。

「それは、そうだが……」
「暴れたかったのか?」
「それもある」
「暴れ好き…!! っと、攻撃は無しっ!」

八造の裏拳を素早く避ける栄三。

「ちっ」
「…も…ということは、他に納得せんことでも?」
「向こうに連れて行って、もし、二人が武器を使って
 敵を倒したら、誰が一番怒る?」
「お嬢様、その次は、真北さんだなぁ」
「それを判っていて、二人を連れて行ったという事に…」
「だから、おじさんと俺の親父を連れて行ったんだろ?」
「ん?」
「何も出来ない二人が、暴れ好きの二人を止める為に。
 四代目は御自分の手で、敵を倒すつもりだろうな。
 天地組を壊滅させた時のように……」

栄三は、八造をちらりと観る。納得したような表情をしているのを確認して、そっと笑みを浮かべた。

「どっちが、早く帰ってくるかなぁ」

栄三が呟くように言った。

「ん?」
「四代目と真北さん。真北さん、大阪に居るんやろ?」
「確か、明後日まで延期になったと連絡があったよなぁ」
「事件のことは、既に知ったはず。四代目も高速をぶっ飛ばしてるし、
 明け方には到着予定だろ? 真北さんの到着が早いとは思えないし…」
「なぜだ? 空飛べば、先に着くだろ?」
「忘れたか? 真北さんの苦手なもの」

栄三に言われ、八造は考え込む。そして、思い出した。

「なるほど。到着しても明け方だな」
「それまでに、処理が終わっていればいいんやけどなぁ」

空を仰ぐ栄三。

「もしかして、お前も…行きたかったんだな?」
「ピィンポォン〜! 正解ぃ〜。お前以上に暴れるの好きだからさぁ」
「そっちで発散するつもりかいっ!」
「だから、俺の発言〜」
「はいはい」

呆れたように、八造が言った。


誰もが噂するように……。


春樹と中原は、夜行列車に乗っていた。

「どうして断るんですか? 私は早く到着したんですよ?」

中原が嘆くように言う。

「俺に…喧嘩売ってるんか?」
「すみません〜」

春樹の怒りは納まっていない。輪を掛けるような言葉を、中原は何度も何度も口にしてしまう。そのたびに、謝る中原に、春樹は呆れ返っていた。

「俺が慶造に怒るよりも、真子ちゃんが怒る方が
 効果がありそうだよなぁ〜」
「それほどまで、お怒りになるんですか? お嬢さん」
「お前も観たことあるだろが。病院で」
「あっ……そうでした。警察……嫌い…でしたね……!!!
 すみません……」
「…しかし、どうして誰も俺に知らせないんだ?」
「そりゃぁ、私が阿山組の組員だったら、知らせませんよ」
「なに?」

ギロリと睨み上げる春樹に、今度は恐れることなく、中原は応えた。

「阿山慶造よりも、恐ろしいでしょう? 真北さんは」
「……歯止めは利くけどな…」

いや、無理ですって。
だって、お嬢さんが狙われたんでしょう??

という言葉は、口にしなかった。

「ふぅぅぅぅぅぅっ………」

春樹は、大きく息を吐く。
飛び出しそうな何かを抑え込むかのように……。

こりゃぁ、本部は修羅場だろうな…。
夜行列車だと、明け方到着なのになぁ。
空の方が…早いのに…。
なんせ、特殊任務専用のヘリがあるし、
それ……滅茶苦茶速いのになぁ。

そう想いながら、ちらりと春樹を観る。

見かけによらず、高所恐怖症だもんなぁ〜。

中原は、これ以降、無口になった。




阿山本部・裏庭。
八造が、立ち上がり体を解し始めた。

「ん? そろそろ出掛けるんか?」

栄三が尋ねる。
八造のトレーニングの時間が迫っていた。

「いや、今日は出掛けない。ここで解すだけだ」

そう言って、裏庭で体を動かし始めた。
栄三は、八造を見つめていた。まだ、夜が明けきっていないのに、動きは健在。いいや、以前観たことがある動きよりも、更に素早くなっている。
八造は栄三の目線に気付いていた。ピタッと動きを止め、

相手…するか?

と指を動かし、誘ってくる。
栄三は、首を横に振った。
少し残念そうに、八造は軽く息を吐き、再び体を動かし始めた。
世が白々と明け始める。本部内にも動きが現れた。それでも、八造は体を動かしていた。
栄三が立ち上がり、屋敷へと向かっていく。八造は栄三の行動が気になり動きを止め、一緒について行った。


栄三と八造が廊下を歩いていると、美穂が医療班数名と大きな荷物を持って歩いてくる。その表情は、医者だった。

「お袋」

栄三が呼ぶが、美穂は、ちらりと目をやっただけで、素早く医務室へと入っていった。

「まさか、お袋!!」

目の前を横切る医療班の組員の腕を掴んで、目で尋ねる。

「こちらに向かっているんですが、道が閉鎖されていて
 回り道になっているそうです。なので、こちらで…」
「どういうことだ? まさか……」

親父が?

と言おうとしたが、組員は、美穂の眼差しに恐れ、

「失礼します!!」

と深々と頭を下げて、医務室へと駆けていく。

「まさか、怪我人が…」

八造が呟く。

「怪我人の話は聞いていなかった。…無事ならいいが…」

いつになく、深刻な表情で栄三が言った。
八造の表情が、がらりと変わり、真子の部屋に向かって歩いていく。

「お目覚めか…」

栄三も八造についていく。


真子の部屋の前で、八造は立ち止まり、ノックする。

「お嬢様、お目覚めですか?」

ドアが静かに開く。

「おはようございます」

八造が言うと、

「ぺんこうと…むかいん……」

挨拶もせずに、真子が尋ねてくる。

「お嬢様。朝の挨拶を忘れてますよっ……!!」

栄三が気を反らそうと、真子に言った途端、見えないところで八造の肘鉄が…。

「あっ、ごめんなさい。……」
「お嬢様…」
「おはようございます」
「くまはち、おはよう。えいぞうさん、おはよう!」
「二人は、夜通し遊んでいたみたいですね。ぺんこうの家の方で
 ゆっくりしていますよ」

八造は、真子の目線までしゃがみ込み、笑顔で応えた。

「男同士、仲良く…なんだ…」
「っ!!!! 栄三っ!!!」

真子の言葉は誰からなのか。それは直ぐに解った。
八造が栄三を睨み上げる。しかし、栄三は、あらぬ方向を見ていた。
二人のやりとりが楽しいのか、真子に笑顔が現れた。

「さぁて、お嬢様! 今日はどうされますか?」

栄三が笑顔で問いかけた。


食堂では、真子がふくれっ面で、八造を睨んでいる。

…その……あの……。

浮かべる笑みが、固い八造。

「作ってくれるって…」
「むかいんに怒られるのは嫌なので…その…」
「お嬢様〜、オムライスの食材が見当たりませんね…」

冷蔵庫の中を確認しながら、栄三が応える。
栄三は、猫の足跡が大きく描かれたエプロンをしていた。…これは、真子からのプレゼント…。
冷蔵庫のドアを閉め、真子に振り返る栄三は、

「お嬢様ぁ、私の料理じゃ駄目ですか??」
「だって、くまはち、お約束…」
「今日は私の番ですからね」

優しく声を掛けながら厨房から出てきた。

「では、久しぶりに、あれを作りますよぉ」

栄三の言葉で、真子の表情が一変する。輝く笑顔を満面に現した。

「お願いします!」
「はいなぁ〜」

そう応えて、栄三は真子と八造、そして、自分の朝食を作り始めた。


食後、真子達は、真子がくつろぐ庭に降りてきた。八造が庭の手入れをすると言い始め、付いてきた二人は、八造の庭師っぷりを観察する。慣れた手つきで、手入れを始める八造。

「くまはちぃ、本当に板に付いてきたな」
「ん? そうか?」
「えいぞうさん」
「はい」
「板に付いてきたって??」
「あ、あぁ…それはですね…。お嬢様、くまはちを見て、
 どう思いますか?」
「う〜ん。見ていてうっとりする」

あらら…。

真子と栄三の会話を聞いていた八造は、笑いを堪える。

「庭の手入れをする庭師のように見えませんか?」
「………庭師??」
「えぇ。庭の手入れをする仕事をしている方のことを言います」
「くまはちのこと?」
「いえ、その…くまはちは、庭師じゃないですよ」
「そうだけど、庭の手入れをするよ?」
「それは、ある意味、趣味になってますね……なぁ、くまはち」

俺にふるなって……。

そう想いながらも、真子に振り返り、優しく微笑む八造。

「私の好きな事の一つです。お嬢様がホッとする瞬間を
 たくさん作りたいですから」
「くまはち……。……ありがとう!」

真子の笑顔が更に輝いた。真子を見ている二人も、真子につられて笑顔になっていた。




街の中を数台の車が、かなりのスピードで走っていた。ゆっくり走る車をあおり、強引に抜いていく。角を曲がり、そして、住宅街へと入っていく。

阿山組本部の門を門番が開けた。
それとほぼ同時に車が入っていった。

ギリギリだ…。

門番の背中を冷たい汗が伝っていく。

玄関先に車が急停車した。迎え出る組員達が、素早くドアを開ける。

「早くしろっ!」
「医療班っ!!」

突然騒がしくなる本部内。本部に残っていた組員達が玄関先に集まり、血で染まる修司と隆栄の体を支える。

「山本さん!」

一人の組員が、血で染まった芯の姿を見て、怪我を負ったのだと思い、声を掛け、手を差し伸べた。

「俺は大丈夫だ。何処も怪我をしていない」
「しかし、そのお姿は…」
「猪熊さんの血…だ」

そう誤魔化した。

「四代目!」
「大丈夫だ」

短く応えて、慶造は屋敷へと入っていった。


修司と隆栄を支えて医務室へと向かう。その途中には、真子がくつろぐ庭があった。隆栄を支える組員が、庭にいる栄三と八造に気付き声を掛ける。

「栄三!」

栄三が振り返る。その表情は、驚きを隠せないというのが、解るほど。

「…親父…」

その言葉に反応したように、八造が振り返った。
この時、組員は声を掛けた事を後悔する。
組員には見えていなかった姿が、そこにあった。
その姿こそ、真っ赤な血に対して、過剰に反応する真子の姿。栄三と八造が、真子の視野から廊下を隠していたのだった。

「馬鹿野郎…お嬢様に…」

隆栄が言った。

「す、すみません…俺…気付かなかったので」
「ここは、お嬢様の場所…。…医務室の場所が…!!!」

医務室の場所が悪いか…。
と言おうとした時だった。突然、真子が、

「うわ……うぅう…うわあぁぁぁぁあぁ!!!!!!!」

狂ったように叫び出した。
修司と隆栄の真っ赤な姿を目にしてしまった。

「お、お嬢様!!!」
「いやぁ、いやぁ!! 死んじゃう、死んじゃう、死んじゃうよぉ!!
 猪熊のおじさんと小島のおじさんが…死んじゃう…死んじゃうよ!!!
 うわぁぁぁぁぁ!!」
「お嬢様!!」

栄三と八造は、慌てて真子に手を差し出すが、狂乱している真子は、その手をはねのけて、頭を抱え込んで座り込む。足をバタバタとしながら、体を思いっきり降り始めた。
栄三は、隆栄と修司を早く連れて行くようにと、顎で合図する。組員達は、直ぐに姿を消した。


少し遅れて、芯と向井が廊下を歩いていた。その時、耳に飛び込む真子の悲鳴。
芯の足は自然とその声の方へと駆けていく。庭では、真子が足をばたつかせて座っている。少し先の廊下には、栄三に声を掛けた組員が、一礼して医務室に向かう姿があった。
真子に何が起こったのかは、直ぐに解った。
芯は庭に駆け下りた。

「お嬢様!」

真子が顔を上げた。しかし、真子の表情は、更に恐怖に包まれ、哀しみに満ちた眼差しに変わる。

「もう…もう…嫌ぁ〜!!!!! 誰も、誰も、近づかないで!!」

真子は突然、走り出し、自分の部屋へと駆け込んでいった。
鍵が掛かる音が響く。
ドア越しに、真子の悲鳴が聞こえ、屋敷内に響き渡っていく。
芯は突然、胸ぐらを掴まれた。
八造と栄三が、同時に掴み上げている。

「ぺんこうっ! てめぇ、その姿で、お嬢様の前に出てくるなっ!」

二人が同時に怒鳴る。その時、芯は自分の姿に気が付く。
芯の体には、かなりの血が付いていた。そして、頬には傷もある。その傷からは、再び血が流れていた。


真子は部屋の鍵を閉め、ドアの所に座り込んでいた。何かに怯えるかのように耳を塞ぎ、震えていた。


医療室の隣にある手術室では、隆栄と修司の手術が同時に行われていた。
手際よく体内に留まった銃弾を取りだし、縫合する。
出血は多かったものの、幸い、命に別状は無かった。
しかし……。

医療室で、八造に頬の傷の手当てをしてもらっている芯は、項垂れていた。

「落ち込むなって」
「しかし、お嬢様が…」
「お前に怯えたんじゃないって」
「自分の状態を考えずに、お嬢様に近づいた…俺の…失態だ…」

落ち込む芯の頬に、力を込めて絆創膏を貼り付けた八造。

「!! って、くまはちっ!」
「自分の失態は、自分で償え。得意だろうがっ」
「くまはち………」
「お嬢様…どれだけ、ぺんこうとむかいんを心配していたか。
 どこに出掛けたのかと、ずっと問いただされていたんだよ。
 …本当の事、言えなくてな…」
「…じゃぁ、くまはちにも怒ってるということか…」
「あぁ。…嘘つき……そう言われるだろうな」

真子には、二人だけで出掛けていると、嘘を付いていた。
先程の光景で、何をしに出掛けていたのか。そして、何が起こったのかは、真子に知られてしまっただろう。そして、真子の特殊能力も、組員達の心の声を聞いてしまった可能性もある。

「まだ、言われてないのに、深く悩むな」

芯が優しく応える。
いつの間にか、立場が反対になっている二人。

「お嬢様は、部屋から出てこない…か」

芯が呟く。

「兎に角、ぺんこうに任せたからな。俺は………っと、
 綺麗にしてから、お嬢様の所に行ってくれよ」
「あぁ。……おじさんは…?」
「命に別状は無いから、心配しなくていい」

そう応えた八造だが、内心は複雑だった。
体の機能を失う可能性がある。
手術を終えた美穂から、聞いた言葉だった。

「ありがとな」

八造が静かに言う。

「ん?」
「おやじの手当て…。手当てが良かったから……傷も出血も
 あれだけで抑えられたらしいから」
「でも…」
「銃弾が当たった場所が場所だから、仕方ないさ…」
「そうか…」

そう言って立ち上がり、医務室を出ようとドアを開けた芯は、振り返る。

「手当て…ありがとうな」
「ん?」
「俺の頬」

そう告げて、医務室を出て言った。
八造は、そっと笑みを浮かべたが、奥にある病室の二人が気になるのか、目をやった。
病室には、手術を終えた修司と隆栄が、眠っている。修司の側には剛一が、隆栄の側には、健がそれぞれ座っていた。




芯は、真子の部屋に通じる廊下の先に立ち止まる。
何かに集中し、真子の心に呼びかける。
意を決して、真子の部屋の前へと立った。


ドアにもたれかかり、音が聞こえない様にと耳を塞いで座り込んでいる真子に、優しい声が聞こえてきた。
ふと顔を上げる真子。
その声の持ち主が誰なのか、直ぐに解る。
声の持ち主が、ドアの前に立ち止まったのも解った。

『お嬢様、開けてください。私です。ぺんこうです。お嬢様!』

その声の後に、背中に軽い振動を感じる。
芯がドアをノックしていた。

『お嬢様。開けて下さい。お嬢様』

芯が必死に呼びかけてくる。それでも真子は、動こうとしなかった。
ドア越しに聞こえる芯の声が、少し大きくなった。



ドアの前では、芯が、真子の頭があるであろう位置までしゃがみ込み、

「お嬢様。くまはちのお父さんも、えいぞうのお父さんも、
 軽い怪我しただけですから。ただ、出血がひどかっただけですよ。
 今、治療を終えて、元気にしてますから。ご安心下さい。お嬢様。
 ですから、ここを開けて、顔を見せて下さい」
『…いやだ…。猪熊のおじさんも、小島のおじさんも、ひどいんでしょう?
 嘘ついても…わかるよ。…死んじゃうよ…。ママの時みたいに、死んじゃう…』

真子の気持ちは解っている。それでも、先程の事もあるため、芯は必死だった。

「お嬢様」

力強く呼ぶ。

『わかるもん…私、わかるよ…。あれが、どれだけひどい怪我なのか…』
「…そうです。ひどい怪我です。だけど、大丈夫です。死にません」

ドア越しに、真子のすすり泣く声が聞こえてきた。

「お嬢様、開けてください」

そう言った芯に、真子が、

『ぺんこうも…怖い…』
「…あっ…」

芯は、それ以上何も言えなかった。
真子の為に必死になっていたため、自分が醸し出す雰囲気は、昔と同じになっていた。
真子に言われて初めて気付いた芯は、立ち上がり、気を引き締める。そして、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
ドアに手を当て、

「申し訳ございませんでした。お嬢様。開けてください」

真子に優しく語りかけると、鍵の開く音がした。
芯はドアノブを見つめる。
ゆっくりと廻り、ドアが開いた。
そこには、哀しみに包まれた真子が、涙で濡らした顔を露わに立っていた。

「猪熊のおじさん、小島のおじさん…大丈夫なの?」

静かにゆっくりと芯に尋ねる真子。

「大丈夫ですよ。でも、暫くは、寝ていないと駄目ですね」
「…ひどいの?」
「…少しばかり…」
「う…う…うぅぅうううう…」

真子が声を殺して泣き出す。芯はそっと手を差し伸べ、真子を抱き寄せた。

「…あんな姿…観たくないよ…。観たくないの…。ママのように…
 真っ赤になる姿は…もう…観たくないの…。怖い…怖い…そして、
 哀しいんだから…。ぺんこう!!!!」
「お嬢様…」

芯の腕の中で、真子は激しく震えだした。


栄三、八造だけでなく、真子のことを心配し、様子を見に行くように言われた勝司と、栄三に声を掛けてしまった組員が、二人の様子を見つめていた。
真子の言葉を聞いた栄三が突然、踵を返して走り出す。

「えいぞう!!」

八造が呼ぶが、声が届かなかったのか、栄三は姿を消した。



「…許さねぇ…。あいつら…」

怒りの形相で呟いた栄三が向かう先は、一体……。



真子の部屋。
芯はソファに座り、真子を膝の上にのせ、腕で真子の体を優しく包み込んでいた。
まるで、壊れ物を扱うかのように…。

「猪熊のおじさん…小島のおじさんに…逢いたい…」
「今日は、逢えませんよ」
「…やっぱり…ひどいんだ…」
「薬が効いて眠ってますから」
「…一体、何が遭ったの?」

真子が静かに尋ねてきた。

「それは、私にもさっぱり、解らないんですよ」

芯は嘘を付く。

「ぺんこうも、出掛けていたの?」
「えぇ。一緒に」
「なのに、解らないの?」
「お二人のあの姿をみて、応急処置をしただけです。そして、二人を
 怪我させた人達に対して、怒っていたんですよ」
「…だから、恐かったんだね…」

真子が、見上げてくる。手が、芯の頬にそっと触れた。

「大丈夫?」
「かすり傷ですよ」

優しく応える芯。真子は少し落ち着いたのか、胸に顔を埋めてきた。

「ぺんこうが、無事で……よかった…」

真子の呟きが、芯の胸に響く。
真子を抱きしめる腕に、自然と力が入った。


真子の部屋の前では、八造と向井が、二人の様子を心配して立っていた。
真子が少し落ち着いた事が解る。ホッと胸をなで下ろした二人だった。


慶造の部屋では、勝司が真子の様子を伝えていた。
大きく息を吐く慶造は、頭を抱えてしまう。

「四代目…」
「気にするな。いつものことだ。…勝司、ありがとな。後はいい」
「はっ。失礼します」

勝司が部屋を出て行った。
慶造は、再び大きく息を吐き、天井を見上げた。

結局…真子に影響するんだよな………。

そう思った時、ヒシヒシと感じる怒りのオーラに、慶造の表情が、がらりと変わった。


阿山組本部の門を勢い良く開け、一人の男が入ってきた。

「お帰りなさいませ!」

門番が挨拶をするが、その男は、何も言わず、屋敷へ向かって歩いていく。

……更に…修羅場になりそうだな……。

門番は、その男の後ろ姿を見つめながら、そう思った。
玄関に迎え出る組員を押しのけるように屋敷へ入る男…真北春樹。
触れるとやけどしそうな程、怒りが露わになっていた。
誰も声を掛けられない。
春樹が、脇目もふらずに向かう所。

それは……。



(2005.12.21 第七部 第十五話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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