任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第二十一話 次は、誰?

年が明けた、天地山。
天地山ホテルのロビーは、正月ムードを漂わせているが、このホテルの肝心要の人物が、見当たらない。
まぁ、それでも、スキー客は、それぞれで楽しんでいる。



天地山の頂上は、この日も晴れ渡り、空を見上げるだけで、清々しい気持ちになっていく。
頂上から一望出来る場所では、もちろんのこと……。

「くまはちが到着したみたいですよ、お嬢様」
「うん…」
「宿題を先に済ませてから、もう一度こちらに…」
「やだ…」

やれやれ。

まさと真子。
天地山ホテルの支配人である、まさは、またしても、仕事を放ったまま、真子と優雅な一時を過ごしていた。いつもなら、三箇日は、ホテルの客や御近所へ挨拶回りをするのだが、この年は、真子と過ごす時間に使っていた。
朝から頂上でくつろいでいる二人。
そして、二人の会話は、朝からほとんど同じだった。

戻りましょうか。
やだ。

真子と過ごしたいが、仕事も気になる。
それなら、真子を一人にして、仕事をすればいいのだが…。
いつもなら、真子が、

まささん、仕事に戻ってね。

とか、

一人で大丈夫だから、まささんは、お仕事してね!

など、真子が言うのだが、この年は違っていた。
やはり、気になるのだろう。
関西との事が……。


雲が流れる。



頂上を一望出来る場所に、誰かがやって来た。
足音に振り返るのは、まさ。

「遅くなりました」

そう言って、丁寧に頭を下げたのは、八造だった。

「お嬢様、只今戻りました」

八造が声を掛けると、真子がゆっくりと振り返る。

「お帰り、くまはち!」

真子の笑顔が輝いた。

「宿題は、部屋に置いておりますので、夕方にはお戻り下さい。
 そして、慶造さんは無事に自宅に戻りました。今頃、いつもの
 新年会に出席されておられることでしょう」

真子が尋ねる前に、八造が応える。

「ありがとう、くまはち」

少し緊張感があった真子の表情が、和らいだ。
無事に着いたと連絡をもらっていたが、八造の姿を観るまで、そして、八造の口から発せられるまで、真子は心配していたらしい。
それは、

「まささん、ありがとう。…その…お仕事、いいの?」

真子が、まさの仕事を気にした事で解る。

「そうですね、お昼ご飯の時間までは大丈夫ですよ。
 いつもは、そうしてますから」
「それなら、くまはちも一緒にいい?」
「えぇ。くまはち、こっち」
「はっ」

一礼して、八造は二人の側に歩み寄る。

「ここ」
「はぁ…」

真子が誘った場所は、真子の隣。八造は、少し躊躇いながらも、真子の隣に腰を下ろした。
真子を挟む形で、八造とまさが、座っている。そして、三人は、目の前にある広大な景色に魅了されながら、心を和ませていた。



「………………ぺんこう」
「ん?」
「……何も、お前がすること無いだろ?」
「観てるだけだって」
「…観るだけだぞ」
「解ってる」

天地山ホテル・真子の部屋にあるソファに腰を掛けてくつろぐ、芯と向井は、八造が持ってきた真子の宿題のノートを観ていた。ノートを広げた芯は、そのまま、書き込みそうな雰囲気を醸し出す。驚いたように向井が言ったが、芯は、やはり…。

「ぺんこう」
「あっ、すまん、思わず……」
「支配人…戻ってこないなぁ」
「まぁ、昨夜も続いていたら、そりゃぁ、怒るって」
「だから、やめておけと言っただろが」
「すまん…」
「ったく、ぺんこうは、どうして、真北さんとやり合おうとするんだよ。
 あの人は、お嬢様の育ての親なんだから、仲良くしていて当たり前」
「本来なら、四代目だろが」
「まぁ、そうだけど、ったく、………俺、前から思ってたけどさ…」
「なんだよ、むかいん」
「ぺんこうって、独占欲……強くないか?」
「………どうだろう……。………まぁ、確かに、お嬢様のことになると
 躍起になってしまうけど、独占欲…とはならないと思うけどなぁ」
「くまはちと楽しくしてる時は、それ程感じないけど、真北さんだけは
 違うよなぁ。……どうしてだ?」
「さぁ、俺にも解らん」

芯は首を傾げた。
向井が言うように、確かに、八造が真子と楽しくしていても、イライラはしないが、春樹が真子と楽しくしていると、イライラしてくる。その事は、芯自身も解っていた。
しかしそれが、何故なのか、解らない。

「それよりも、本当に考えてるんじゃないだろうな」

向井が、少し低い声で尋ねてきた。

「何を?」
「お嬢様のこれからの事」
「ん?」
「ぺんこうも俺も、四代目から杯もらったけど、それは、お嬢様の
 これからの事を考えてだろ?」
「まぁ、そうだな」
「もし、お嬢様が五代目を継ぐことになると、伴侶が必要だろ」
「まぁ……そうだな」
「………まさかと思うが、ぺんこう……それを考えてるんじゃないだろな」
「駄目か?」

と応えた芯を見て、向井は目を見開いた。

「お前、いくらなんでも、その世界で……」
「ん? 指導力はあるぞ。統率力も自身ある…」
「じゃなくて、…教師の夢…どうするんだよ。大学卒業間近だろ?」
「更に先を行くつもりだけど…」
「………って、大学院があるのか?」
「更に勉強することが出来るからさ。実習しながら勉強もする。
 今以上に忙しくて、お嬢様に会う時間が少なくなるけどさ」
「そうしながら、お嬢様が跡目を…」
「むぅかいん」
「あん?」
「お嬢様は、いくつだ?」
「十歳」
「十歳の女の子が、跡目を継ぐ事…出来ると思うか? ましてや
 跡目教育なんか、全くしてないんだぞ」
「まぁ、そうだけどさ……」

向井は、それ以上、何も言えなくなる。

「お嬢様が小学校を卒業すると同時に、俺も卒業。そして、暫くは
 教師として仕事することが出来るから。ほんの少しの間だけでも
 教職に就くことが出来るだけで、俺は満足だよ」

兄さんの夢も…叶ったことになるし…。

芯の表情が、少し和らいだ。

「なるほど、そこまで考えていたって事か。…心配して損した…」
「ありがと」

素敵な笑みで、芯は応えた。

「さてと」

向井が立ち上がる。

「時間か? …ったく、ここに来た時くらい、料理の手を止めたらどうだよ」
「やっぱり無理だったぁ〜。お嬢様に言われて、そのつもりで来たけど、
 この手が、停まらないぃぃぃぃ」

向井は、両手を開けたり閉じたりしながら、芯に言った。

「料理好き」

芯が、からかように言う。

「喧嘩好きのお前に言われたくないなぁ」
「ほっとけぇ」
「じゃぁ、後でな」

そう言って、向井は部屋を出て行った。
もちろん、足が向かう先は、天地山ホテルの厨房。
向井に頼まれたホテルの料理長は、お手伝いと称して、向井に厨房を任せていた。

向井が厨房で調理を始めた頃、真子達は、頂上から降りてきた。


真子達が昼食を楽しんでいる頃、春樹は東北地方にある、阿山組系の組事務所へと足を運んでいた。
慶造の代わりに組事務所に来るようになって、四年が経った。未だに慶造の思いを理解していないのか、時々、近くの敵対している組との争いを起こしている。
慶造は、それを気にしていた。
その組事務所の周りには、一般市民の家がある。
迷惑を掛けたくない。
春樹は、その事も兼ねて、年に三度は足を運んでいる事は、誰にも話していなかった。
この日も、たわいのない会話をし、そして、春樹は天地山ホテルへと戻ってくる。
ホテルに到着して、直ぐに向かう場所は、真子の部屋。
春樹は、ノックをして、鍵を開けて入っていった。

「ただいまぁ」
「真北さん、お帰り!」

ソファで、芯と一緒に宿題をしている真子が、元気に迎えた。

「思った通りの展開ですね」

そう言いながら、コートを脱ぎ、真子の隣に腰を下ろす春樹。
テーブルを挟んで向こうにあるソファから、なんだか、チクチクと刺さるような眼差しを感じていた。
それでも、真子を抱きしめ、頬ずりして、頬に軽く口づけをすることは忘れていない。
春樹の癖になっているらしい。
更にチクチクする事に気付きながらも、真子の宿題を見つめる。

「………既に、全部終わった?」
「はい。宿題終わりました。明日から、滑っていい?」

真子が、かわいらしく首を傾げて、春樹を見つめる。
真子のうるうるとした眼差しに弱い春樹は、真子を力強く抱きしめ、

「えらいなぁ。真子ちゃんは本当に凄いなぁ。明日一緒に滑ろうっか!」
「いいの?」
「いいよぉ」
「じゃぁ、ぺんこうとくまはちとむかいんも一緒に!」
「駄目ぇ〜、二人で滑るのぉ」

春樹の口調と行動は、芯にとって苛々するものだった。
しかし、芯は、飛び出しそうな何かを抑え込むかのように、ジッとしていた。

「……あのぉ、オホン」

春樹の行動を阻止するかのように、声を掛け、咳払いをすると、春樹は、やっと、芯に顔を向けた。

「宿題終わったんだろ? お前も遊んでこいよ」

春樹が言う。

「結構です」
「まさは仕事、くまはちとむかいんはホテル内で遊んでるんだろ?
 俺が帰ってきたことだし、ぺんこうも、くつろげよ」
「そう言われましても、私にもやることが御座いますから」
「ぺんこう、忙しかったの?」
「えぇ、その…大学に提出するレポートが御座いまして…」
「……ごめんなさい。…私が無理矢理…」
「お嬢様は気になさらないで下さい。私も宿題を持ってきてますから」

芯は、笑顔で応える。

「そうなの?」
「えぇ。なので、私は隣の部屋に居ますので、あまりはしゃがないように」
「はい。ぺんこうの勉強の邪魔はしないから。静かに本を読んでます」
「真子ちゃん、外には行かないのかぁ?」
「真北さんはお疲れですから、ゆっくりと寝ていて下さいね」

少し嫌みっぽく、芯が言った。

「…寝るのは夜で大丈夫だぁ」
「はぁ、そうですか。では、私はこれで」

芯は立ち上がり、真子を見つめる。

「お嬢様、お疲れ様でした。明日の為に、ゆっくりしていて下さいね」
「はい! ぺんこう、ありがとう!」

真子の笑顔に見送られ、芯は隣の部屋へ通じるドアから、部屋を出て行った。

「真北さん、本当に大丈夫なの?」

真子が心配そうに声を掛けてきた。

「大丈夫ですよ。すっかり元気になりましたから。真子ちゃんを観て!」

そう言って真子を抱き上げる春樹。
その途端、芯が出て行ったドアが、大きな音を立てて弾んだ。

ドアの向こうには、床に枕が転がっていた。

『枕は投げるモノじゃないぞぉ』

春樹の声がドア越しに聞こえてきた。

「それくらい……解ってますっ!!」

芯は、我慢しきれず、怒鳴ってしまった………。



真子が帰る日。
真子達が帰り支度をして、ロビーへ降りてくる。そこでは、まさが仕事中だった。なのに、真子の姿に気付いた途端、素早く歩み寄ってくる。

「お嬢様」
「なぁに?」

無邪気な表情で、真子が返事をした。
それだけで解る。
真子は元気を取り戻していると…。
まさは、優しく微笑んだ。

「気をつけてお帰り下さい。帰りにも、二人の嵐に巻き込まれないように
 じゅぅぅぅぅぶん注意してくださいね」
「って、まさぁ、それは、どういう意味だぁ」

春樹が空かさず言ってくる。

「申しませぇん」

まさには珍しく、ふざけた口調。春樹は、呆れてそっぽを向いた。
まさは、真子を見つめ、そして、そっと抱き上げた。

「まささん?」

お嬢様、もし、何か御座いましたら、
いつでも、ご相談下さい。
私もお嬢様の力になれる人間ですよ?

「でも、まささん…」

まさは、心で真子に語りかけていた。もちろん、真子には、まさの心の声は聞こえている。

「気になさらずに」

そう言って、まさは、誰にも見つからないように、真子に一枚の名刺を差し出した。

「これは?」

真子が尋ねる。

「お嬢様にだけ特別ですよ。これは、私の所に直通している
 電話番号です」
「まささんと私だけ?」
「えぇ。誰にも見つからないようにしてくださいね」

まさは、ウインクをする。
真子は、二人だけの秘密が出来て嬉しいのか、飛びっきりの笑顔を見せた。

「うん!」
「お嬢様、本当に……」
「大丈夫! ありがとう、まささん!」

真子の声は、まさの不安を吹き飛ばす。

「こちらこそ。楽しかったです。また来て下さいね」
「お世話になりました!」

床に降ろされた真子は、深々と頭を下げた。

「じゃぁなぁ」

感情のない言い方で、春樹が言い、後ろ手を振りながら去っていった。

ったく、真北さんは…。

春樹の後ろ姿に微笑み、そして、真子達を見送った。
ドアが閉まり、静けさが漂う。
真子が去ると、いつも寂しくなるまさ。
真子と過ごした時間を思い出しながら、気合いを入れ、そして、支配人の表情へと変わっていく。

また、来年か…。

まさは、年に一度しか逢うことのない、真子との時間を、大切にしている。真子が帰れば、支配人としてのオーラしか醸し出さない。
ところが、この年は、違っていた。
真子が帰ると同時に、阿山組系列の組が、事件を起こしていたとは……。




三学期が始まり、真子も学校に通い始める。登下校はいつもと変わらず、真子は車での送迎で通う。
栄三、八造、北野、春樹…という感じで日々入れ替わっていた。
真子は、その日の出来事を、迎えに来た春樹達に話す。
その口調から解る。
真子が楽しく過ごしている事を。
しかし……。


それは、一月の終わりの頃だった。
学校から帰った真子は、部屋着に着替えた後、食堂にある電話ボックスへと足を運んできた。
夕食の準備に取りかかっている組員は、真子が来たことに気付き、一礼する。真子も軽く会釈した後、どこかへ電話を掛けていた。

『まさです。お嬢様、お元気ですか?』
「うん。……まささん……」

真子の声が、ちょっぴり沈んでいる事に気付く、まさ。

『どうされたんですか?』
「……もう……嫌…」
『えっ?』
「もう…耐えられないの……どうしたらいい?」
『お嬢様、一体、何が?』
「学校で……みんな、………みんながね…」

真子は、受話器口で静かに語り出した。
一体、真子に何が……。



夜中。
真子の部屋のドアが静かに開いた。
部屋からは、真子が忍び足で出てくる。そして、ゆっくりと廊下を歩いていった。庭に通じるドアを静かに開けた時だった。

「お嬢様?」

夜中の見回りに廊下を歩いていた健に呼び止められる。真子は、その声に気付いていないふりをして、外に出て行った。

お嬢様っ!

健は素早く追いかける。そして、真子の前に立ちはだかった。

「健……どいて」
「どちらに? それも、こんな夜中に、お一人で…」
「…言わない」

真子が応えた時だった。

「け、健?」

健が、真子を腕の中に包み込み、茂みの中に身を隠した。
廊下を一人の組員が歩いていく所。

「お一人にはさせません。…どうしたんですか?」

健の優しい声が、真子の心に響く。

「……健……」
「いっ?!?!??」

真子が、健の胸に顔を埋め、泣き始めた。慌てる健。

「駅に…連れてって…」

と静かに真子が告げる。

「かしこまりました」

思わずそう応えた健は、すぐ側にある、今は使われていない裏口のドアから真子を抱きかかえたまま出て行った。

ゆっくりとドアを閉め、振り返る。

「!!! 兄貴っ!」

一歩踏みだそうとした健は、壁にもたれ掛かるように立っている栄三に気付いた。
栄三は、鋭い眼差しを、健に向けていた。

「なぁに、してんだ、あ?」
「お嬢様が…駅まで…と…」

健の言葉に、栄三は、目が点……。
良く見ると、健の腕の中には、真子の姿があった。
どうやら、真子には気付いていなかった様子。栄三は、健が本部から何かを盗み出したと思ったらしい。
真子が振り返る。

「〜〜っっ!!!! 健、てめぇ〜っ!!!
 物じゃなくて、お嬢様を盗もうと……」

真子が泣いている事に気付いた栄三の怒りは、

「えいぞうぅ〜」

健の腕から飛び出し、自分の胸に真子が飛び込んできた事で忘れ、

「お、お、おぉぉっっ?!?!」

慌てふためく。
真子は、栄三の胸に顔を埋めて、泣きじゃくる。

「お嬢様、一体……」



小島家のリビング。
灯りの付いたリビングのソファには、真子が座っていた。
栄三が、真子の前にオレンジジュースを差し出す。
それでも真子は泣いていた。
栄三が、真子の前にしゃがみ込み、真子を見上げた。

「お嬢様、仰って下さい。仰らないと、ここから出しません」

いつになく、栄三の口調は厳しい。
真子は口を一文字にしてしまう。
困った栄三は、大きく息を吐いた。

「栄三、お前なぁ〜」

そう言ったのは、突然の訪問者に驚いて起きてきた隆栄だった。

「お嬢様、これ以上、黙っていると、いつもふざけた栄三が
 本当に怒りますよ」

優しく語りかける隆栄。それでも、真子は何も言わない。

「健に連れ去られる所だったんでしょう?」

隆栄が言った。

「違う! 健には…駅まで…連れてってと頼んだだけ…」
「駅? この時間は、電車はありませんよ?」
「解ってる。歩けば…始発に間に合うから…」
「どちらに、向かわれるつもりですか?」

隆栄が、優しく尋ねる。
真子は、栄三の隣に立つ隆栄を見つめ、そして、静かに言った。

「天地山……まささんの…ところ…」

そう言った途端、栄三のオーラが変化する。栄三が何を思ったのか解る隆栄は、目で合図した。

お前は外で、健を見ておけ。

栄三は、唇を噛みしめ、そして、リビングを出て行った。
隆栄は、真子の隣に腰を掛ける。

「月初めに帰ってきたばかりなのに?」

真子が頷いた。

「もしかして、誰にも言えない事が、あるのでは?」

隆栄の言葉に、真子が反応する。

ビンゴ。

隆栄は、ここ一ヶ月の間に起こった、阿山組関連の事件を思い出す。
関西との抗争が収まった矢先、系列の組が、何を勘違いしたのか、阿山組が全国制覇を成し遂げたと思い始めたらしい。そして、その名にあやかり、大きな態度に出てしまった。それが、敵対している組の反感を抱き、街を巻き込む争いへと勃発。
末端組織が行ったことは、上にも影響する。
慶造の怒りが爆発し、系列関連、それも敵を巻き込む騒動が起こってしまったのだ。
春樹の行動が、騒動を収めたものの、一般市民の目には、ひどいものに映ってしまう。
その火の粉が、真子に飛んでいく事は、解っていた。
学校で、密やかに非難される真子。
真子が原因ではないものの、父のこれからを見守って欲しいと言った手前、どうすることも出来なかった。

真子が、静かに語り出す、学校での事。
真子には特別な能力がある。
表には現れない声が、聞こえてしまう真子。
笑顔で接する生徒でも、心では、嫌がっているのが解っていた。
表と裏の差に、真子は耐えられなくなっていく。
それを悟られないように、常に笑顔で語っていたが、それにも限界が来ていた。

「お嬢様、だからって、お一人で向かうつもりだったんですか?」

隆栄の言葉に、真子は、そっと頷いた。



小島家の門の外では、健が車の中で待機していた。
勘当されている手前、家に入れない健は、真子を連れてきた栄三の車の中で待機するしか無かった。
栄三が、運転席に戻ってきた。

「お嬢様は?」

健が空かさず尋ねる。

「……天地山に向かうつもりだそうや」

栄三の口調で解る。
怒りを抑えていることが…。

「ごめん…兄貴…」
「気にするな。……それにしても、一体…」
「俺の勘……。お嬢様、学校で色々と思われてるんじゃないかな…って」
「学校のことは楽しく語ってくれるのに?」
「だからだよ。…笑顔の裏……俺…見抜けなかった…」

健が静かに言った。

「はぁ……俺もだ」

そう言って、栄三は姿勢を崩した。
その時、何かの気配を感じる。
栄三は体を起こし、窓を開けた。
そこには、桂守が立っていた。

「お疲れさん」
「こんな時間にどうされたんですか? …!! まさか、隆栄さんに?!」
「ちゃうちゃう。…あっ、親父が呼んでるで」

隆栄は、リビングのカーテンの隙間から、手招きしていた。

「失礼します」

桂守は、すぐに姿を消した。

「相変わらず…すごいな…」

栄三が呟いた。


桂守は、リビングに顔を出した。そして、そこに居る人物を見て、驚いた表情をする。

「……栄三ちゃん、とうとう…??」

思わず口にした。

「ちゃうちゃう。お嬢様は、お一人で、こっそりと天地山に
 行きたいそうですよ」
「天地山にですか…。もしかして……」
「あぁ」

敢えて語らずとも解る二人。
真子が気にしている事件。もちろん、隆栄も桂守も気にしていた。真子に影響するかもしれない。そう思って、桂守はこの日の夜も、動いていた。

「……遅かったわけですね…」
「あぁ」

真子は、俯いたまま、目の前のオレンジジュースに手を伸ばす。
しかし、飲まずに、グラスを手に持ったままだった。
桂守が、真子の前に歩み寄ると、真子が顔を上げ、

「桂守さん……」

潤んだ眼差しで、名前を呼び、そして、

「天地山に行く…」
「どうしても、お一人で、行くおつもりですか?」

優しく問いかける桂守に、真子は、コクッと頷いた。桂守は、優しく笑みを浮かべ、

「私が、お供致しますよ」
「でも……」

真子は聞いていた。
桂守は、隆栄の補佐をする男だと。そして、隆栄を支えてくれる人だと。
栄三から聞いた言葉を思いだし、隆栄に目をやった。

「大丈夫。明日から美穂ちゃんは休みに入るから、
 桂守さんが居ない間は、美穂ちゃんが側に居る事になるよ。
 だから、暫くは、桂守さんが居なくても大丈夫だから」
「……小島おじさん……」
「阿山と真北さんの事は任せて下さい。栄三も居ますからね」
「…ごめんなさい……お願いします…」
「…でも、天地山で、落ち着きますか?」

隆栄が尋ねた。

「まささんに相談したの……。暫く離れた方が良いって仰ったから…」
「それなら、すぐにでも向かいましょう。原田が待ってるでしょうから」

桂守が言った。

「お願いします」

そう言って、真子は立ち上がる。


真子と桂守が、表で待つ栄三の車に乗り込んだ。そして、車は駅に向かって走り出す。
見送る隆栄は、ゆっくりと玄関のドアにもたれかかった。

「本当に、大丈夫なのですか?」

常に桂守と行動を共にしている和輝が言った。

「大丈夫だよ。それくらいは」
「美穂さんは、一週間は戻らないのに、どうして…」
「お嬢様が一人で行かない為だ。それに、暫くは、和輝で大丈夫だろ?」
「えぇ。その代わり、無茶はしないで下さいね」
「暫くは動かんから」
「動かなくても、そうなってしまう可能性が…」
「あん?」
「知ってしまうと、今以上に厄介に…」
「その辺も大丈夫だって」

その口調に、和輝は、自分が心配していた事が的中したと悟った。

「……四代目と真北さんは誤魔化せても、他の三人は…」
「……あっ………忘れてた…」
「隆栄さぁん」

予感的中。和輝は、うなだれた。

「まぁ、向井は料亭で忙しいだろうし、山本先生も卒業で忙しいだろ。
 厄介なのは、八っちゃんだなぁ」
「私は、知りませんよぉ」
「置き手紙をしてきたって、お嬢様は言ってたし、暫くは大丈夫だろ」
「……お二人が荒れなければ、いいんですが……」
「そこだな、一番の問題は……」
「えぇ……」

項垂れる隆栄と和輝。
もちろん、一番厄介な問題は、組同士の争いじゃなく、真子が家出をしたことに気付き、その原因を知った時の、春樹と慶造の嵐………。


駅のホーム。
栄三と健は、真子の前にしゃがみ込み、優しい眼差しを向けていた。

「先程は、すみませんでした」

栄三が静かに言うと、真子は首を横に振り、栄三の胸に飛び込んでくる。

「私の方こそ…ごめんなさい」

ったく…。

栄三は、真子をギュッと抱きしめ、そして、頭を優しく撫でた。

「これからは、私にご相談下さい。原田よりも役に立ちますから」

栄三の言葉に、真子は、そっと頷いた。

「気をつけて下さいね。向こうは、まだ、寒いでしょうから」
「ありがとう…えいぞうさん。…健…ありがとう」
「いいえぇ〜。俺、あまり役に立たなかったんですけど…」
「そんなこと、無い。…健…ありがとう」

真子の言葉に、健は照れたように頬を赤らめ、微笑んだ。
始発の電車が駅に入ってきた。

「桂守さん、お願いします」

栄三が、力強く言った。

「お任せ下さい」

そう言って、桂守は、真子を抱きかかえる。そして、電車に乗り込んだ。


去っていく電車をいつまでも見送り栄三と健。

「なぁ、兄貴」
「ん?」
「…これから、どうするん?」
「さぁな。なるようになるやろ」
「…俺、いややで」
「ばれやしないって。…一人で出た事になるだろうし」
「……心配や…」
「……大丈夫やって。ったく。ほら、帰るで」
「ほぉい」

栄三と健は、人の波に逆らいながら、駅を後にした。




阿山組本部。
真子の部屋に、八造がやって来る。
ドアをノックした。
返事が無い。

「お嬢様、起きてますか?」

やはり、返事が無い。
八造は慌てたようにドアを開けた。
人の気配を感じない。

「お嬢様?」

ベッドには、誰も居ない。
ふと目に飛び込んだのは、真子の置き手紙……。
八造の顔が青ざめる。

「よ、よ、四代目っ!!!」

八造は真子の部屋を飛び出した。


慶造の部屋には、慶造、春樹、そして、項垂れる八造の姿があった。

「すみません…気付きませんでした」
「八造、もういい」

何度も何度も謝る八造。

「起きてると置き手紙…なんとなく、似た感じだなぁ〜。
 起きと置き……でも、てると手紙は、て…しか合ってないな」

春樹が言った。

「真北、ふざけてるのか? 今は、そんなことを言ってる場合じゃ…」
「……これ以上、俺が真面目に働いたら、お前が厄介だろが」
「…悪かったと言ってるだろっ」
「聞き飽きている」
「真北ぁ」
「うるせぇっ」
「〜っ、って、お二人ともっ!! お嬢様のことをもっと考えて下さいっ!」

八造が怒鳴る。
それには、春樹も慶造も驚いた。

「あっ、すみません……」
「暫く、まささんの所に居ます…なら、安心だろが」

慶造が、ため息混じりに言い、

「誰かさんも向かってたことだし。…ほんと、そっくりだな」

付け加える。

「お前の行動が、そうさせるんだよっ」

春樹が怒鳴る。

「だから、悪かったと言ってるだろがっ」
「反省の色が無いっ!」
「見せただろぉぉ」
「慶造ぅぅ」
「本当に……お嬢様のことを考えて下さいっ!」


廊下で、慶造達の様子を伺っていた隆栄と栄三。
入るに入れない……。

「どうする、親父…」
「しゃぁないやろ。ほっとこ」
「いや、八やんが、危険だ」
「大丈夫だぁって」

隆栄が、そう言ったときだった。

激しい物音が、慶造の部屋から聞こえてきた。
そして、慶造の部屋のドアが開く。
怒りの形相の八造が、部屋から出てきた。

鈍い音がする。

八造は、その足で何処かへ向かって行った。

「………栄三、大丈夫か?」
「…俺より…中…」

床に崩れ落ちる栄三に言われ、隆栄は、慶造の部屋を覗き込む。

「怪我人は、お前だけぞ、栄三」
「さよか……」

慶造の部屋では、慶造と春樹の目の前にあるテーブルが、真っ二つに割れていた。
目が点になっている慶造と春樹。

「……真北ぁ」
「あん?」
「お前、これ以上、あいつを怒らせるなよ…」
「あ、あぁ…」
「俺は、修司で慣れてるけど………」
「おっかねぇ……」
「修司…以上…かもな…」
「って、暢気に話してる場合か?」

隆栄が入ってくる。

「栄三ちゃん、大丈夫か?」
「あいつは、大丈夫。慣れてるってさ」
「それより、何のようだ?」
「ん…」

隆栄は、足下にある一枚の紙を手に取った。

「見るなっ」

慶造が慌てて取り返す。

「お嬢様の家出か…。そりゃ、八っちゃん、荒れるわなぁ」
「こぉじぃまぁ〜」

慶造の拳が、プルプル震える。

「!!!! うぎゃんっ!!!」
「慶造、お前、小島さんは…」
「そうだった……す、すまんっ!! 小島、大丈夫か?」
「もう、知らん……」

言ってやらんわい……。

「小島、おい、隆栄っ!」

慶造の声が、遠くに聞こえていた。


八造が、玄関で靴を履いている時だった。

「!!!! 離せ、栄三っ!」

襟首を掴まれたことに気付き、振り返り様に、怒鳴りつけた。

「…いっ?!?」

栄三は、怒りの形相。
玄関先に居る組員達が、恐れたように後ずさりしている程、栄三は怒りのオーラを発していた。

「八やぁん…てめぇ〜、何処行くんや?」
「お嬢様を追いかける」
「…俺を倒してからに…してもらおうかぁ、あ?」
「てめぇとは、やりあわん」
「それなら、この手は放せへんで」
「栄三、てめぇ、俺に…!!!」

栄三は、八造の体を屋敷内に放り投げた。背中から、壁にぶつかる八造に、組員が駆け寄る。

「八造さん!!」
「てめぇの、そのオーラのまま、お嬢様に会って欲しくないな。
 それに、…その傷…治ってからにしろっ」

栄三が怒鳴り、八造を睨み付ける。
八造の右拳は、軽く包帯が巻かれていた。

「真北さんも、そうだったんだ。お嬢様だって、きっと…」

その口調は、栄三らしくない。
八造は、そう思った。

「栄三………」
「…てか、俺の治療してくれぇ」
「!! って、そっちがメインかよっ! …栄三!!」

八造が向けた拳は、かなり強烈だったらしい。先程まで怒りを露わにしていた栄三は、力無く、その場に座り込んでしまった。

これで、引き留められる……。
お嬢様、ごゆっくり…。



栄三が、そう思っている頃、真子は、電車を乗り換える為に電車を降りていた。
雪が降っていた。桂守は、真子に雪が掛からないようにと、自分のコートで真子の体を覆い被せる。
真子は桂守を見上げた。

「ありがとう」
「この列車に乗れば、すぐですよ」
「…うん」

真子の返事は、やはり暗い。
それは仕方がない。
真子の思いは解っているが、桂守は、敢えて、それに触れようとはしなかった。

真子達は、到着した列車に乗った。席に座ると列車は直ぐに発車する。
窓の外を流れる景色を眺める真子。そんな真子を、桂守は優しく見守っていた。



(2006.1.28 第七部 第二十一話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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