任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第二十六話 秘められた思いと隠された能力

残暑厳しく、打ち水も効果がない。秋の気配もそこまで来ているというのに、この暑さ。
誰もが参っているというのに、その暑さ以上に熱い男が、阿山組本部の玄関を勢い良く通っていった。

「うわぁっ!」

玄関へ迎え出た組員や若い衆が、驚いたように後ずさりする。

「……って、ばれたって事か?」
「かもしれん」
「……四代目は…」
「あのお姿を観たら、きっと………」
「くまはちさんは?」
「四代目の側」
「なら、大丈夫か…」
「………た、た…多分…」

そんな会話が聞こえているのかいないのか。
熱い男・春樹が血相を変えて、慶造の部屋に飛び込んできた。

「慶造っ! てめぇぇ…………。…居ない……」

暫し、部屋に佇む。そして、何かに気付き、慶造の部屋を出て行った。
向かう先は、屋敷の奥にある医務室。
そのドアを勢い良く開けたっ!
…途端に、羽交い締めされる。

「…!!! くまはちっ、てめぇ、解っていて、そういう行動か?」
「仰るとおりです」
「具合は?」
「こちらで対応出来る状態なので」
「心配はいらんってことだな」
「はい」

沈黙が続く。

「……くまはち……」
「はい」
「だったら、離せよ」
「そうでした」

そう言って、八造は春樹から手を離す。
服を整えた春樹は、八造の腹部に軽く肘鉄を食らわして、医務室の奥へと入っていった。
そこには、治療を終え、眠っている慶造の姿があった。

「薬が効いて眠ってるだけよ」
「あぁ」

美穂に言われて、ホッと胸をなで下ろす。そして、慶造の側に立った。

「明後日までには、起きること出来るのか?」
「最低でも五日は必要ね」
「無理はさせない方がいいな」

春樹は八造に目をやった。

「くまはちは話を聞いていたよな」
「はっ。万が一のことを考えて、全て把握しております」
「なら、代理を頼んでいいか?」
「私が……ですか?」
「あぁ」

取り敢えず、観ておきたいしな…。

春樹はポケットに手を突っ込んで口を尖らせた。

「…真北さん、何をお考えですか?」

後片づけをしながら、美穂が尋ねる。

「ん? あ、あぁ…色々とぉ」

誰かの口調を真似て、慶造に背を向けた。

「明日にでも、詳しく話すから、くまはち、時間を空けておけ」
「はっ」

春樹は医務室を出ていった。
美穂は八造に目をやる。八造はとても心配げな表情をしていた。

「大丈夫よ。真北さんは、真子ちゃんの事しか考えてないから」
「解っております。なので、無茶をなさらないかが心配で…」
「あとは栄三と健に任せておけばいいわよ。その方が安心でしょう?」
「……え、えぇ…」
「お待たせ。八造くんの治療するけど、…さっきの動きで傷口…」
「開いてますよ」

平気な表情で言う八造に、美穂は項垂れた。

「ったくぅ……そういう所まで、修司くんに似るんだから…」

その言葉に、八造は、

「親父と同じじゃありませんっ!」

ムキになる。
そんな八造の口調を楽しみにしている美穂は、わざと口にしただけなのだが…。
八造の袖をめくると、そこには、ぱっくりと口を開けた傷口があった。

「見事な切り口だことぉ」
「これが精一杯でしたから」
「だからって、自分が怪我したら、それこそ修司くんが
 怒るのにぃ…慶造くんったら、いつまでも…」
「俺が……もっと気をつけなければならないことです」
「本来、真子ちゃんのガードなのに?」
「お嬢様からの言葉ですから。誰も怪我しない、そして、
 四代目をお守りすること……なのに、俺…」
「それ以上、素早くなったら、それこそ怖いわよ」
「今で、こうですから…」

八造の声は沈んでいた。
美穂は思わず、八造の頭を撫でる。

「だけど、真子ちゃんに心配掛けないようにしないと」
「心得てます」
「それなら、よろしい」

??? よろしい????

美穂の言った意味が解らず、八造は首を傾げていた。

慶造の治療をしている時に、美穂は慶造から言われてしまった。

俺のことを守れと真子から言われたらしいが、
八造が怪我すると、一番心配するだろ。
だから、俺の行動だ。

美穂はため息を吐く。

「み、美穂さん??」

それには、八造は驚いた。

「あっ、ご、ごめん。つい…慶造くんに呆れてしまって」
「…親父が……」
「修司くんが?」
「昔……三好さんに愚痴をこぼしていたことを覚えています」
「慶造くんのこと?」
「えぇ。もっと便りにして欲しいと…四代目の気持ちも解るが
 俺達の気持ちも解って欲しいと…」
「それは、隆ちゃんも言ってる。守られる立場が守ろうとするって。
 自分の出る幕が無くなるとも…ね。だからこそ、守りたくなるって。
 慶造くんの気持ちも解るから。目の前で血を見ること……それが
 一番心苦しいことだと常に言ってるから。…恐らく真子ちゃんと同じね」
「お嬢様と?」
「幼い頃に、目の前で観た光景が、未だに心の奥底に眠ってるんだと思う。
 慶造君の場合、自分の怪我だけでなく、笹崎さんの事もあったから」
「そのお話は存じません。ただ、笹崎さんが元極道だったという話は
 むかいんから聞いただけで…」
「慶造君の胸の傷が、その事件の証なの。その慶造君を観て、
 笹崎さんは怪我を圧してまで、敵を倒したらしいのよ」
「…あの笹崎さんが…ですか?」
「今の姿からは想像できないでしょう?」
「はい」
「今の姿は、慶造くんの希望だから、それに応えてるだけなの」
「直ぐに…捨てることできるんですか?」
「極道を?」
「はい。身に付いたものは、中々捨てることは出来ません」
「そうね……でもね、笹崎さんは、捨てたんじゃなくて、変えただけよ」
「変えた…?」
「……もし、慶造くんの命に関わる事が起こったら、戻ってくると思う。
 例え、慶造くんに怒られても…」
「抑え込んでる……ということですか…」
「隆ちゃんの考えだけどね」

美穂の言葉で、八造は何かに気付いた。

「ということは、四代目を守り抜かないと……」
「慶造君の思いを早く達成させること。それが一番の行動ね」
「それで、真北さんのあの行動ですか…」
「その通り。はい、治療終了ぅ〜」

包帯留めを付けた美穂が、その場の雰囲気を変えるかのように言う。しかし、八造は、真剣な眼差しをしたままだった。

「……もし、笹崎さんが戻ってきたら…」
「恐らく、阿山組二代目の時以上の世界になるはずよ」
「血で染まる……世界に……」
「仏の笹崎。優しいと言われてるみたいだけど、元来……」
「死を意味する事……」

美穂は、そっと頷いた。

「慶造くんもそれを解ってるから、この世界から遠ざけたんだと思う。
 だから、八造君」
「はい」
「八造君も肝に銘じて、慶造くんを守ってね。どんなに守ろうとしても
 絶対に……」
「お嬢様を哀しませない為に、心得てます」
「……それと…」
「はい」
「私の話は、誰にも言わないでね」
「えぇ」
「そして…」
「まだ、あるんですか?」
「……裏方は、栄三と健に任せておけば安心よ」
「………それが一番心配です…」
「やっと戻った」
「えっ?」
「こっちの話ぃ〜。じゃぁ、真北さんの話をしっかりと聞いて、
 頑張ってちょぉだいね!」
「はい。ありがとうございました」

深々と頭を下げて、八造は医務室を出て行った。
途端、医務室の奥から、異様なオーラが漂い始めた。

「………あら、もうお目覚めなのぉ、親分」
「美穂ちゃぁぁん」

地を這うような慶造の声……。

「八造に吹き込むな」
「どこから聞いてたの?」
「真北が来たときからだ」
「寝たふり……」
「あったりまえだっ」
「でも、本当の事だからね」
「明後日のことがある」
「真北さんの言葉、聞いてたでしょぉ」
「聞いていたが、俺が顔を出さないと、あいつらは」
「真北さんが付いてるなら、大丈夫じゃない」
「そうだが……」
「真北さん、何かを企んでるわよ」
「恐らく、真子の言葉だろうな」
「真子ちゃんの言葉?」
「あぁ」
「何? 八造君に無茶するなって言った事? 慶造くんを守れと言ったこと?」
「別の事だ。…まぁ、それは、真北の報告を待つことにする」

慶造の言葉で、美穂は体調に気付く。

「無理に目を覚ますこと無いでしょぉ〜、慶造くぅん?」
「す、すまん……」

やはり、美穂には弱い慶造。
思わず目を瞑ってしまった。




春樹の部屋。
春樹は、八造に詳しく説明をしていた。
今、関西で進行中の事業。慶造がいつも以上に力を入れている事は知っている。詳しいことも慶造から耳にしていた。時々、側について話を聞いている。なので、次に何をする予定なのかも解っていた。
改めて、春樹から聞かされる事も判っている。それでも確認するかのように、春樹の言葉を一言一句逃さないようにと、八造は耳を傾けていた。
ふと、思うことがある。
八造は、眉間にしわを寄せ、深く考え込んでいた。

「どうした?」
「あっ、いえ…その……」

言いづらそうな表情を見逃さない春樹だが、八造が考えた事は、解っている様子。

「慶造の意見と俺の意見は同じだが、思いはそれぞれ違う。
 まぁ、育った環境の違いが、そうなるだけだ。だから、
 くまはちは、くまはちなりに、良いと思う方法を取ればいいだけだ」
「私には、そのような権限は…」
「慶造の代理になったことで、許される。まぁ、反対するような輩は…」
「拳や蹴りは、駄目ですよ」

痛いところ突く八造。

「誰が、するかよ…」

と平静を装った春樹だが、八造の言葉は図星だった……。

「…それより、慶造が狙われた詳細を聞いたが、
 本当に敵は…」
「四代目を停めるのが大変でした…」
「………ったく……」
「すみません」
「敵は抑えてるが、他にも湧いて出そうだな」
「えぇ」
「だから、密かに行動をしてるんだが、一体誰が噂を広めるのか…」
「この世界の事ですから、解りません。ただ、巨大化するのを恐れる
 敵対組だとしか考えられません」
「そうだな……。慶造の意見に反対する連中…再び洗い出すしかねぇな」

春樹の口調が変わる。
やる気だ…。

「真北さん」
「あん?」
「お嬢様を哀しませる事だけは…止めて下さいね」

真子のことを語るだけで、春樹の行動は少しばかり制限可能。

「解ってる」

とは言うものの、本当に、少しだけの制限だが…。

「そろそろ授業が終わって、図書室に行く時間だな」

時計を見た春樹が、口にする真子のこと。

「そうですね」

八造も応えた。
まだ、真子の行動は、この二人にも知られていない。
そして、真子自身も、慶造の身に降りかかった事を知らないでいた。
この日、慶造を狙った敵は全て倒れたはずだった。
だが、まさか、別の場所に狙いを付けている連中が居るとは、誰も気付かずに居た……。





真子は、図書室で本を借り、他の生徒に紛れて、校門を出ていった。
いつも向かう先は、自宅の方向とは違う場所。その場所こそ、小島家がある場所だった。
今日の物語の事を考えながら、辺りに警戒して歩いていく真子。
ふと、気になる車に目が留まる。
なんとなく、嫌な感じがした車。真子は自然とその車を避け、別の道を歩き出した。
暫く歩くと、先程気になった車が、停まっていた。
真子は、引き返そうと踵を返した。
その途端、車が動き出す。そして、真子を追い抜き、真子の進路を塞ぐ形で停まった。
真子は身構える。
後部座席のドアが開き、大柄の男が降りてきた。

「阿山慶造の娘さん…ですよね」
「違います」

即答するが、男は、真子のことが解っている様子。
真子の視野に光る物が映る。それがナイフだと、真子には直ぐに解った。

「かわいい顔に傷を付けたくないんだが…」
「…それなら、そのような物…出さないければいいでしょう?」

真子の言葉に、男は驚いた。
ナイフを観て怯むかと思ったが、怯むどころが、強気の発言。

「流石、あの阿山の娘だな。怯みもしないか…。まぁ、俺が
 攻撃しないとでも思ってるんだろうなぁ。…お嬢ちゃんが
 どうなろうと、俺は気にしないんだが…」
「私に何をしても、お父様は動きませんよ。自分の身は
 自分で守れと言ってるくらいだから」

冷たい言葉を投げかける真子。

「そりゃそうだろうな。家族にも冷たい無情な男だ。…娘が心配なら
 護衛くらい付けるだろうって。…ということで、お嬢ちゃん。
 ちょっと、付き合ってもらおうかなぁ〜」
「お断りします」
「ちょっとで良いんだけど…」

と言って、男は真子の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。…しかし、真子はその手を上手い具合に払いのけ、男の腹部に蹴りを入れた。
真子の行動に驚いた男は、身構えることなく、真子の蹴りをまともに受けた。
大の男が、尻餅を突くほどの強さ。
流石の男も、相手が小さな女の子だと油断していたらしい。
真子の蹴りを食らい、本来の力を発揮してしまう。
真子の首に手を伸ばし、喉を鷲掴み。
真子は、男の手に爪を立てる。

「か弱い女の子…と思っていたが、流石に、血筋だな…。
 誰に習った? 猪熊か? 格闘技…いや、護身術でも
 身に付けてるようだな。……だが、相手が悪かったな。
 …小さな女の子だから、手加減しようと思ったが…
 その必要は無いみたいだなっ!!」

男の拳が、真子の腹部に突き刺さる。
喉の苦しさと共に、腹部の痛み。
真子は呻き声を上げてしまう。
その時、車から別の男が降りてきた。

「馬鹿野郎、本気になる奴が居るかっ!!」

拳を握りしめ、真子に振り下ろそうとしていたその腕を掴んで、その男が言った。

「…乗せろ」

その男が静かに言うと、大柄の男は、真子を抱えて車に連れ込んだ。
ドアが閉まると同時に、車は急発進する。


車の中。
真子は腹部を抑えて、痛みを堪えていた。

「お嬢ちゃん、悪かったねぇ。こいつ、手加減を知らないみたいで」

大柄の男を止めた男が、軽い口調で真子に話しかける。

「大きな…お世話…です」
「…利ける口が…あるみたいですね…。こいつの拳を受けたというのに。
 やはり、鍛えられた体……みたいですねぇ……」
「うるさい」

真子は、拳を男に差し出した。しかし、それを軽く受け止められる。

「私を本気にさせないで下さいね、お嬢ちゃん…いいや、真子ちゃん…かな?」

男は真子の拳を手放した。その瞬間、ナイフを真子の目の前に差し出す。ところが、真子は、そのナイフの刃の部分を離された手で握りしめた。

「!!! 離しなさいっ」

刃を握りしめた真子の手から、真っ赤な血が滴り落ちていた。
突然の真子の行動に、男は怯む。

「小さな女の子の、この行動に怯む男が……
 阿山慶造に手を出そうとは……驚いたもんだよ…」

真子の口から発せられた言葉。しかし、先程まで苦しそうに話していた声とは違っていた。
身の毛もよだつような、背筋が凍り付くような声…。

「…て……てめぇ…」

男が何かを言おうとしたとき、運転手が悲鳴を挙げた。

「なんだよっ!」

と男が目をやると、何やら黒い影が…。
走る車のボンネットの上に、一人の男の姿があった。
真子にナイフを握られている男は、ナイフを真子の手から取り上げ、ボンネットの男に向けた。
ボンネットに居る男が顔を上げる。

だ、誰だ…?!

無表情。しかし、その男の両手には、細いナイフが握りしめられている。

ま、まさか………。

焦り、恐怖に包まれる男達のオーラを感じたのか、真子が男達の見つめる方に目をやった。

桂守さん!!

真子の目が見開かれた。
走る車のボンネットの上に乗り、男達に怒りのオーラを発してる男こそ、あの桂守だった。

お嬢様。身を伏せて…。

桂守が真子に心で語りかける。
真子は、座席の下に移動して、ナイフを差し出した男の足下に身を屈めた。

「なっ、なんだよ!! このガキっ!!!」

と口にした途端、激しい物音と共に、細かな何かが車の中を舞う。
キラキラと輝く細かなガラス。
それが、フロントガラスの破片だと気付いた時、体に大きな衝撃を感じる。
前の座席で顔面を強打した男達。
視野の隅に映ったのは、ボンネットがひしゃげた車だった。
何かの影が視野を遮り、そして、鈍い音と金属が地面に落ちる音が聞こえた。
真子にナイフを掴まれた男は、体中の痛みを感じながら、音が聞こえた方を振り返った。
その途端、目の前が暗くなり、気が遠くなった。





桂守は、慶造の襲撃事件を耳にして、もしかしたら…と、真子が向かってくる時間に合わせて、真子が歩く道を目指していた。
その時、真子の声を耳にする。
微かに聞こえた声が気になり、その場に駆けつける。角を曲がったと同時に、一台の車が、急発進して遠ざかっていった。
後部座席に真子の横顔が見えた。

しまったっ!

そう思ったと同時に、桂守は、自分の武器を両手に持ち、走り出す。
もちろん、スピードを上げる車に追いつくのは、容易いこと。
屋根を飛び越え、車のボンネットに着地した。
運転手が悲鳴を上げる。
真子と目が合った。

お嬢様。身を伏せて下さい。

真子が自分の心の声に反応した事に気付いた桂守。
手にしたナイフの柄に仕込んでいる小型の爆弾を使った。
フロントガラスが粉々に割れた。それと同時にハンドルを握り、そして、思いっきり回す。そして、飛び降りた。
車は、壁に激突した。
運転手は気を失い、後部座席の男も顔面を強打したのか、意識がもうろうとしている。
桂守は、ガラスが割れたフロントから、車に乗り込み、座席の下で身を丸くしている真子をそっと抱きかかえた。
大柄の男の体に蹴りを入れ、後部座席のドア毎、表に放り出した。
もう一人の男が微かに動く。
桂守は、その男の顔面にも蹴りを入れた。



「お怪我はありませんか?」

桂守は、自分の腕の中で震える真子に優しく声を掛ける。
真子は、震えながらも頷いた。
その時、真子が顔を上げ、

「桂守さんっ!」

真子が呼ぶと同時に、桂守は、真子を抱えていない左手を後ろに回した。
その左手は、背後で銃口を向けた大柄の男の手を掴んでいた。
銃口は、大柄の男に向けられている。
桂守が、男の手を捻っていた。
サイレンサー付きの銃。そして、大柄の男が放った銃弾は、大柄の男自身の体に向けられていた。
自分で自分を撃った男は、その場に崩れ落ちる。
それを左手で感じた桂守は、男から手を離した。その手は、真子を守るかのように包み込む。

もう、大丈夫です。

力強い言葉に安心したのか、真子は、桂守の胸に顔を埋めた。

ごめんなさい…。

真子の声が、桂守の胸に響く。

お嬢様、しっかりと掴まっていて下さいね。

「えっ?」

少し、飛びますから。

「と…飛ぶ??」

桂守の心の声に反応した真子は、そっと顔を上げる。
いつも見える景色では無いことが、すぐに解った。
飛んでいた………。

真子は下に目をやる。
そこには、大破した車に集まる住民の姿があった。その景色は、直ぐに別の家の屋根へと変わる。
真子は、桂守にしがみつく。

ありがとう…。

真子の声が聞こえた途端、真子の体から力が抜けた。

「お嬢様??」

桂守は、人の家の屋根の上で足を止め、腕の中の真子を見た。
真子は安心したような表情で気を失っていた。
その時に気付く。真子の首には、大きな指の痕がある。

あいつら…。

桂守の怒りが沸き立つ。その途端、屋根の上から姿が消えた。



隆栄は、サイレンの音が近いことに気付き、縁側の窓を開けた。
と同時に、目の前に何かが落ちてきた。

「!!! うわぁっ!! って、桂守さん、それは慣れてる俺でも驚くからっ!
 ……お嬢様…?」

目の前に落ちてきたのは、桂守。華麗に着地をした桂守に目をやると、胸には、真子の姿が。

「まさか…」
「すみません…一足遅く、浚われてしまい…」
「……奪ってませんよね…」
「はい。それよりも、美穂さんはご在宅ですか?」
「さっき帰ってきたところ…」
「お嬢様をお願いします」
「解った。そこに寝かしてくれ」
「すみません」

隆栄は、直ぐに美穂を呼びに行く。桂守は、リビングのソファに真子を寝かしつけた。
美穂と同時に隆栄と栄三が入ってきた。

「お嬢様っ!!」

栄三が駆け寄る。その栄三を引き留め、美穂が真子に近づいた。

「何よ、このあざ! 小さな女の子に…」

美穂の怒りがこみ上げる。そして、真子の容態を確認する。

「腹部も殴られてるわ……ひどすぎる…。栄三、用意して」
「はい」

栄三は、医療道具を持ってくる。美穂は素早く治療に入った。

「やはり鍛えられてるのね…」
「はぁ?」
「これくらいのあざが付く強さで殴られたら、普通は内臓破裂よ。
 なのに、内臓は大丈夫。あざが残ってるだけだから………。
 桂守さん…動かないと思ったら…」
「奴らは気を失ってるから、向かう必要は無いんですが、
 私の思いを悟ってるのでしょうか…」

真子の右手は、桂守の服を掴んだまま離そうとしなかった。
誰もが真子の右手に目をやった。

「…血……?」

桂守の服を掴んでいる場所が赤く染まっている。

「桂守さん、絶対に動かないでね」
「解っております」
「真子ちゃん、大丈夫だから、離してもいいよ?」

美穂が優しく語りかけると、服を掴んでいる手が弛んだ。
その手を素早く取り、手のひらの傷を診る。
真子の手のひらには、細長い傷が付いていた。

「ナイフの傷……」

美穂が呟く。

「そう言えば、お嬢様の側に居た男の手には…」
「桂守さん、もう一度尋ねるが…」

隆栄が何かを心配したような口調で話しかける。

「命は奪ってません」
「それなら、安心です。……しかし…」
「咄嗟に掴んだとしか思えないわね…」

美穂が驚いたように声を発した。そして、栄三から薬を受け取り、真子の手のひらに塗ろうとしたその時だった。

「……えっ?」
「!!!」

その場に居た誰もが、目を見開いた。
それは、誰もが初めて目にする光景。
いいや、一人の男だけは、観たことのある光景だった。
真子の右手が、青く光り出した。
その青い光は、真子の右手を優しく包み込むかのように、ゆっくりと動き始めた。
真子の右手は、青い光に包み込まれる。
そして、手のひらにある傷を塞いでいった。

「消えた……」

美穂の目の前で、手のひらの傷は、消えてしまった。

「……これが…青い光の能力……お嬢様の隠された能力…ですか…
 桂守さん…。そして、あなたが受けた…」
「持ち主の傷を治す事は…知りませんでした。…無意識…なのでしょう…」

桂守が静かに応えた。

「親父…」

栄三が、呟くように隆栄を呼ぶ。

「なんだよ」

信じられない光景を目の当たりにして、隆栄は本来の自分が表に出ていた。栄三に応える口調が、真面目そのもの。栄三は、その事に気付いていながらも、自分の考えを述べた。

「…赤い光…今年は出なかったんだよな」
「そうだと聞いた」
「…青い光の後には、必ず出るんですよね、桂守さん」
「そう聞いてます」
「……この二つから考えられる事と言えば……」

栄三の考えに、誰もが気付く。

「まさか…」

そのまさかの考えが、目の前で起こってしまう。
真子の右手から青い光が消えた瞬間。今度は、真子の左手に異変が起きた……。



(2006.3.12 第七部 第二十六話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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